オーディンが来日して数日経ったある日の夜。
八本脚のある巨大な軍馬――スレイプニルの馬車に俺やグレモリー眷族、アザゼル、オーディン、フレイヤ、ロスヴァイセが乗っていた。
現在は空を飛んでおり、広い夜空を移動中だ。
外には護衛として祐斗、ゼノヴィア、イリナ、そしてバラキエルが空を飛んでついてきていた。テロリストなどの襲撃者をいつでも迎撃出来るように。
「日本のヤマトナデシコはいいのぉ。ゲイシャガール最高じゃわい」
オーディンが満足げな表情で笑っていた。
更には――
「ねぇねぇリューセー、私は貴方のお部屋で二人っきりで過ごしたい~。だからもう家に戻ろうよ~」
フレイヤがずっと俺の腕に引っ付いて恋人みたいに甘えていた。
オーディンとフレイヤに言わせてくれ。お前等もういい加減にしろ!
と言うか、護衛として同行してる俺達の身にもなれ! いくら日本の神々と会談をやる前だからって、キャバクラや遊園地に行ったり、寿司屋に行ったりと好き勝手やり過ぎだ。フレイヤはフレイヤで密かに俺をラブホテルに連れて行こうとしてたし。
因みに俺達は未成年、高校生と言う事もあって、場所によっては店内に入れず、入り口付近の待合室で待機してる事も多かった。
端から見てオーディンはエロ爺、フレイヤは色ボケ女だよ。これがかの有名な北欧の神々だと到底思えないだろう。
俺だけでなく、グレモリー眷族も全員疲れた表情だ。アーシアもイッセーの肩に頭を寄せて眠っちゃってるし。正直言って今すぐ彼女を家に連れてベッドで寝かせてあげたいよ。
朱乃は………心ここにあらずだな。話しかけるなってオーラが全身から放ってるよ。ああなってるのは言うまでもなく、バラキエルが俺達と同行してるからだ。
フレイヤはともかく、問題はオーディンの相手だ。未成年お断りの店に入れない事で憎悪の念を抱いてるイッセーが怒ると、「耳が遠いから聞こえんぞい」とか「アザゼルさんや、おっぱいはまだかい?」とボケ老人みたいに惚けている。
本当なら懲らしめたいところだが、オーディンは大事な客である為に手が出せなかった。加えて会談を控えてる身だから、俺達の所為で台無しにする訳にはいかない。
なので、俺は会談後に実行する事にした。「帰国前にオトメ達がたくさんいる店に連れてってあげます」と俺が言うと、オーディンは何の疑いもなく「それは楽しみじゃ」とニヤけながら了承してくれた。
その返答を聞いて俺はほくそ笑みながら、その店にいる店主に連絡した。豪華プランの予約をする為に。因みに俺の近くで聞いていたイッセーは密かに、「爺さん、生きろよ……!」とオーディンに向けて合掌していた。
絶対に抗議してくると思うが、俺は一切嘘を吐いていないと惚けるつもりでいる。
「オーディンさまにフレイヤさま! もうすぐ日本の神々との会談なのですから、旅行気分はそろそろお収め下さい。このままでは、帰国した時に他の方々から怒られます」
ロスヴァイセはこの数日、必死に我慢しつつもクールに対処していた。けれどもう限界のようで、額に青筋を立ててぶちギレ寸前だ。
「まったく、おまえは遊び心の分からない女じゃな。もう少しリラックスしたらどうじゃ? そんなだから新しい男が出来んのじゃよ」
「そうよそうよ。もう少し柔軟になりなさいよ。言っておくけど、リューセーはもう私のだから寄りを戻そうなんてしないでね」
「か、か、彼氏は関係無いでしょう! す、好きで独り身やっているわけじゃないんですからぁぁ! それにフレイヤ様はいつからリューセーさんの彼女気取りなんですかぁぁぁっ! もういい加減に離れてくださぁい!」
ありゃりゃ、また涙目になっちまった。ってか、俺に引っ付いてるフレイヤを引きはがそうとしてるし。もう本当に面倒くさいわ、北欧勢は。そろそろ本気で帰りたくなって来たよ。
ガックンッ! ヒヒィィィィィィィンッ!
そう思った直後、移動中の馬車が突然停まり、急停止の衝撃波が俺達を襲った。
不意の出来事によって、全員が態勢を崩していた。
「なぁ兄貴、これってもうお決まりのアレだよな?」
「ああ、そうだな。碌でもない事が起こるパターンだ」
全員が慌てている中、俺たち兄弟は冷静に会話をしている。修行の旅で、こう言うのはよくあったからもう慣れている。
スレイプニルの鳴き声を聞く限り、何か遭ったと言う事だ。
俺たち兄弟は顔を見合わせて頷いた後、速攻で馬車から出て飛翔する。外ではバラキエルを中心に裕斗とゼノヴィアとイリナがそれぞれ展開し、戦闘態勢になっていた。
因みにイッセーは悪魔になっているから、翼を出して空を飛ぶ事が出来る。が、既に人間の頃から飛翔術を使えるので翼は大して意味は無い。
外に出た俺とイッセーはいつでも迎撃出来るよう、用心の為にオーラをいつでも開放出来る状態にしていた。イッセーもその気になれば、
そして前方には男性らしき者が浮遊している。少々目つきが悪い端正な顔立ちをした奴だ。オーディンの正装と似た黒いローブを身に纏っている。
男性を確認した俺とイッセーは目を見開いた。何故なら目の前に奴は知っている奴だからだ。
こちらの反応を見た男性はマントをバッと広げると、口の端を吊り上げて高らかに喋り出す。
「はっじめまして、諸君! そしてひっさしぶり、聖書の神に赤龍帝! 我こそは北欧の悪神! ロキだ!」
男性――ロキの自己紹介に誰もが目元を引き攣らせている。
俺達の後から出てきたアザゼルが黒い翼を羽ばたかせ、俺の近くで浮遊する。
「本当に久しぶりだな、ロキ。この前に俺とイッセーがヴァルハラへ訪れた以来だな。それで、一体何の御用かな?」
「ロキ殿、この馬車にはそちらの主神であるオーディン殿が乗られている。それを承知の上での行動だろうか?」
俺とアザゼルが冷静に問いかけると、ロキは腕を組みながら口を開いた。
「いやなに、我等が主神殿や女神が、我等が神話体系を抜け出て、我等以外の神話体系に接触していくのが実に耐えがたい苦痛でね。我慢出来ずに邪魔をしに来たのだ。もうついでに、この町は以前我等の
悪意全開の宣言に加え、俺たち兄弟に対する復讐と言う名の仕返しだった。相変わらずな物言いだな。
それを聞いたアザゼルと俺は口調を変える。
「堂々と言ってくれるじゃねぇか、ロキ」
「何が復讐だよ。俺たち兄弟と会って早々に自分勝手な言いがかりで喧嘩を吹っ掛けたのはお前じゃないか、ロキ。あの後にオーディン殿に絞られたってのに、全然懲りてないようだな」
平和な日常が好きなアザゼルや俺にとって、それを乱そうとする奴は大嫌いだ。目の前で堂々と宣言したロキが特に。
アザゼルと俺の台詞を聞いて、ロキは楽しそうに笑う。
「それに自分の発言が矛盾してるって事に気付いてないのか? お前だって今こうして他の神話体系に接触してるだろうが」
「他の神話体系を滅ぼすのならば良いのだ。和平をするのが納得出来ないのだよ。我々の領域に土足で踏み込み、そこへ聖書を広げた元凶――
「……そんな大昔の話を引っ張り出されても困るんだがな」
人間に転生した
「更に許しがたい事に
「何か人を元凶扱いみたいに言ってるな。ってか、例えオーディン殿が
「だとしても貴様が一番の切っ掛けである事に変わりはあるまい、聖書の神。そして主神オーディン自らが極東の神々と和議をするのも問題だ。これでは我等が迎えるべき『
どうやら今でも『
すると、ロキの言い分を聞いていたアザゼルは指を突きつけて訊いた。
「ひとつ訊く! おまえのこの行動は『
訊くだけ無駄かと思うアザゼルだったが、ロキは面白くなさそうに返す。
「あの愚者たるテロリストと我が想いを一緒にされるとは不快極まりないところだ。此処へ来たのは己の意思で参上している。オーフィスの意思はない」
予想外な返答にアザゼルは体の力が抜けていた。
「どうやらロキは何処ぞの堕天使達みたいに、独断で動いているみたいだな」
「一々俺を見ながら言うんじゃねぇよ、リューセー」
意味深に言う俺に、アザゼルは鬱陶しそうに言う。
さぞかし耳が痛いだろうなぁ。嘗てアザゼルの部下――女堕天使レイナーレと堕天使幹部コカビエルが独断で駒王町へやって、俺達に喧嘩を吹っ掛けてきたんだからな。
「ったく、『
「そうだな。んで、オーディン殿。貴方がこの前仰ってた問題の阿呆が来たんですが?」
俺が馬車の方へ顔を向けると、オーディンがフレイヤとロスヴァイセと引き攣れて馬車から出ていた。足元に魔法陣を展開して魔法陣ごと空中を移動していく。
オーディンは当然として、さっきまで俺の腕に引っ付いていたフレイヤも真剣な顔となってロキを睨んでいる。睨む、と言うより不快と言った方が正しいか。
「すまん、リューセー。まさかロキが自ら此処へ出向くほどの阿呆とは思わなくてのぉ」
「ロキ、私とリューセーのデートを邪魔するなんて……随分いい度胸してるじゃない」
オーディンが俺に謝罪しながら言ってると、フレイヤはロキに向かって不機嫌な表情で言い放つ。フレイヤって良い所で邪魔されると、こんな感じで怒るんだよなぁ。
「ロキさま! これは越権行為です! 主神やフレイヤさまに牙を向くなどと! 許されることではありません! しかるべき公正な場で異を唱えるべきです!」
ロスヴァイセは瞬時にスーツ姿から鎧に変わり、ロキに物申していた。
だが、肝心のロキは聞く耳を持たないようだ。
「たかが一介の戦乙女ごときが我が邪魔をしないでくれたまえ。我はオーディンとフレイヤに訊いているのだ。まだこのような北欧神話を超えた行いを続けるおつもりなのか? そして人間に転生した聖書の神と、転生悪魔になった元人間の赤龍帝とも交流を続けると?」
返答を迫られたオーディンは平然と答えた。
「そうじゃよ。少なくともお主よりもサーゼクスやアザゼルと話していた方が万倍も楽しいわい。
「私もオーディンと一緒よ。それに鎖国同然だったヴァルハラの生活に飽き飽きしてたの。ロキだって知ってたでしょ? 私がずっと退屈な日々を送っていた事を。そんな時に日本からやってきたリューセーやイッセーくんとの出会いがなければ、私はずっとあのまま生ける屍も同然だった。だから、私はもう元の退屈極まりない生活に戻る気なんか無いわ。ロキが起こしたがってる『
それを聞いたロキは苦笑した。
「……認識した。なんと愚か極まりないことか。――ならば元凶の聖書の神を殺し、ここで黄昏を行おうではないか」
その直後、ロキの全身から凄まじい程の敵意を丸出しにした。そして俺に対する殺意も含めて。
「それは、三大勢力や
俺が最後の確認をしても、ロキは不敵に笑むだけだ。
「当然だ。特に聖書の神、貴様だけは絶対に我が手で殺してやる」
「……そうか、なら――」
ドガァァァァァァァァンッ!
俺が言ってる最中、ロキに凄まじい波動が襲い掛かった。