奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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The Shadow of White Wing

 

 謁見の間にて、桂花がこれまで収集した白翼党の目立った活動を、華琳に報告する。

 

〈桂花〉「……白翼党の暴乱は日に日に、大陸中に拡大する一方です。青州では斉国にて千人規模の城攻め、揚州では十五万もの軍勢が集結したとのこと。既にそれぞれ幽州刺史の公孫賛、呉郡太守の孫堅によって討ち破られておりますが、いつまた同等の規模の反乱を起こすものか、予測がつきません」

 

〈春蘭〉「ぬぅぅ……何度も何度も討伐されているというのに、一体どこから湧いて出てくるというのだ、白翼党は……」

 

〈秋蘭〉「それほどまでに王朝への恨みが民草に溜まっていたということになる。しかし、その上でも空恐ろしい話ではある……」

 

 常識をはるかに上回る事態に、流石の春蘭と秋蘭も背筋を寒くしていた。

 

〈桂花〉「……これにつきまして、気になる点が一つ」

 

〈華琳〉「何かしら?」

 

〈桂花〉「白翼党の人員の移動速度が、不自然に速すぎるのです。揚州丹陽郡での乱の決起などは最たる例で、明らかに少なすぎる日数で十五万の兵が集まっています。仙術か何かで距離を縮めたとかでもない限りは説明がつきません」

 

〈華琳〉「そう……。ならば、鎗輔とフーマが話したことがいよいよ信憑性を帯びてきたということになるわね」

 

 一瞬、鎗輔の方へ目を向ける華琳。鎗輔も、自分にとっても異界の存在が乱の糸を引いているだろうことを感じ、不安と緊張で表情を険しくしていた。

 

〈華琳〉「それで、肝心の張角に関する情報はないのかしら?」

 

〈桂花〉「申し訳ありませんが……。捕虜にした者たちは依然として、誰も口を割ろうとしません」

 

〈春蘭〉「全く、頑固なものだ……。張角とやらの何がそこまで賊の心を惹きつけるのだ」

 

〈華琳〉「言っても仕方ないわ。ならば、白翼党の兵からではなく、地元の民から何か有力な情報が得られないか……」

 

 会議の途中で、一人の兵士が扉を突き破るような勢いで飛び込んできた。

 

〈兵士〉「会議中、失礼致します!」

 

〈華琳〉「何事だ!」

 

〈兵士〉「はッ! 南西の村で、新たな暴徒が発生したと報告がありました! また白翼です!」

 

 もたらされた報せで、華琳たちの雰囲気が一瞬で武官のそれとなる。

 

〈華琳〉「休む暇もないわね。今度は誰が行ってくれるのかしら?」

 

〈季衣〉「はいっ! ボクが行きます!」

 

 季衣が即座に挙手したが、華琳はその申し出をすぐに認めようとはしなかった。

 

〈春蘭〉「……季衣。お前は最近、働き過ぎだぞ。ここしばらく、ろくに休んでおらんだろう」

 

 春蘭までも季衣の身を案じた。彼女は白翼党が世を騒がせるようになってから、ほぼ連日鎮圧に出向き続けているのだ。

 

〈季衣〉「そんなの平気です! それに、また知らない村が襲われてるんですよ? せっかくボク、そんな困ってる人たちを助けられるようになったのに……」

 

 それでも退こうとしない季衣を、鎗輔も説得する。

 

〈鎗輔〉「心掛けは立派だけど、もしも季衣ちゃんが倒れてしまったらどうする? その後は、もう誰のことも助けられないんだよ。幸い、ここには戦える人が多い。いつ状況が変化するかも分からないし、休める時に休むようにして、今回は代わってもらった方がいいよ」

 

〈香風〉「なら、シャンが行く」

 

〈華侖〉「あたしも行くっすー!」

 

 鎗輔の言葉に香風と華侖が乗っかり、華琳もうなずいた。

 

〈華琳〉「そうね。今回の出撃、季衣は外しましょう。確かに最近の季衣の出動回数は多すぎるわ」

 

〈季衣〉「ボク、全然疲れてなんかいません!」

 

 食い下がる季衣を、華琳が諭す。

 

〈華琳〉「季衣。自らの力を過信しては、いずれ足元をすくわれるわよ」

 

〈季衣〉「そんなこと……ないです」

 

〈華琳〉「いいえ。これは命令よ」

 

〈季衣〉「……でも、みんな困ってるのに……」

 

〈華琳〉「そうね。けれど、鎗輔も言ったように、目の前の百の民を救うためにあなたが命を投げ打っては、その先救えるはずの何万という民を見殺しにすることにもつながるの。……分かるかしら?」

 

〈季衣〉「だったらその百の民は見殺しにするんですか!」

 

〈華琳〉「する訳ないでしょう!」

 

 一喝して黙らせる華琳。その迫力は、この場の全員が一瞬首をすくめたほどだ。

 

〈季衣〉「……っ!」

 

〈春蘭〉「季衣。お前が休んでいる時は、わたしたちがその百の民を救ってやる。だから、今は休め」

 

〈季衣〉「ううー……」

 

〈華琳〉「今日の百人も助けるし、明日の万人も助けてみせるわ。そのために必要と判断すれば、無理でも何でも遠慮なく使ってあげる。……けれど今はまだ、その時ではないの」

 

 いくら言い聞かされても季衣は不服そうであるが、華琳はもう話を先に進める。

 

〈華琳〉「桂花。編成を決めなさい」

 

〈桂花〉「御意。……では秋蘭、柳琳。今回の件、あなたたちが行ってちょうだい」

 

〈香風〉「えー」

 

〈華侖〉「何でっすかー! あたしと香風が行く気満々だったっすよー!?」

 

 先に名乗り出ていたのに、見事に無視された二人が不満を唱えた。

 

〈桂花〉「白翼党相手は、戦闘よりも情報収集が大切になってくると華琳さまもおっしゃったでしょ。……二人とも、気がついたら突撃してるじゃない」

 

〈香風〉「……そんなこと、ない。命令なら、ちゃんとする」

 

〈華侖〉「そ、そうっすー!」

 

〈鎗輔〉「目が泳いでる……」

 

 何と分かりやすい……と心中でつぶやく鎗輔であった。

 

〈華琳〉「決まりね。秋蘭、柳琳。くれぐれも情報収集は入念にしなさい」

 

〈秋蘭〉「は。ではすぐに兵を集め、出立致します」

 

〈季衣〉「秋蘭さま! 柳琳さま!」

 

〈柳琳〉「大丈夫よ。私たちが、季衣さんの分までしっかり村の人を守ってくるから」

 

 柳琳にそこまで言われたら、季衣もそれ以上はごねられなかった。

 

〈季衣〉「はい……。よろしくお願いしますっ!」

 

〈秋蘭〉「うむ。私たちにしかと任せておけ」

 

 こうして、秋蘭たちの白翼党制圧の任が決まった。

 

 

 

 その後、季衣は城壁の見張り台で出発していく秋蘭たちを見下ろしながら、一人黄昏れていた。

 

〈鎗輔〉「季衣ちゃん、こんなところにいたんだ」

 

 そこに梯子を登って、鎗輔が顔を出してくる。

 

〈季衣〉「あ、兄ちゃん……」

 

〈鎗輔〉「そんなに落ち込んで……許可が出なかったのがそんなに残念?」

 

〈季衣〉「うん……。ボク、全然疲れてなんかないのに……。そりゃ、ご飯はいつもの倍は食べてるけどさ」

 

 普段の季衣の食事量の二倍と来たら、鎗輔にはもう想像するだけで胃もたれしそうな世界だ。

 

〈鎗輔〉「いや、疲労というのは自覚しない形でも溜まるものさ。白翼党と本格的に事を構えるのはまだ先のことになるし、繰り返し言うけど今は大事を取った方がいいよ。無理はなるべくならするべきじゃない」

 

〈フーマ〉『だな。勇猛と無謀をはき違えると、とんでもねぇ目に遭うぜ』

 

 フーマがしみじみと、いやに実感のある忠告をした。

 

〈フーマ〉『他人だけじゃなくて自分のことも大事にするのも、戦士には必要な資質さ。じゃねぇと早死にだぜ』

 

〈季衣〉「フーマ兄ちゃんが、そこまで言うなら……」

 

〈鎗輔〉「うん。それに、季衣ちゃんは一人で戦ってるんじゃないんだ。信用の置ける仲間が、周りにたくさんいる……」

 

 季衣に説きながら、鎗輔がボソリと小さくつぶやく。

 

〈鎗輔〉「羨ましい……」

 

〈季衣〉「えっ……?」

 

〈鎗輔〉「――あッ、いや、何でもない、こっちのこと。ともかく、季衣ちゃんの力が本当に必要になる時は、必ずやって来る。その時に疲れてないよう、体力を蓄えておくのも戦いの内だよ」

 

〈季衣〉「……うん、分かった」

 

 元気が戻ってきた季衣は、ひょいと城壁の上に飛び乗った。

 

〈鎗輔〉「ちょっと、危ないよ!」

 

〈季衣〉「大丈夫だよー。それに今、何て言うか、力が湧いてきて、我慢できない感じなんだ!」

 

 今度はそわそわと落ち着かなくなった季衣が、情動を発散させるように、歌を歌い始めた。

 

〈フーマ〉『……元気いっぱいでいいじゃねぇか』

 

 声を張るだけで上手とは言えない歌ではあったが、フーマは称賛する。一方で鎗輔は、そのメロディに眉を寄せた。

 

〈鎗輔〉「あれ、どこかで聞いた覚えが……」

 

〈PAL〉[城下町の視察の際に、街頭の旅芸人が歌っていたのと同じ旋律です]

 

〈鎗輔〉「ああそうだ、それだ。何て歌か知ってる?」

 

〈季衣〉「分かんない。でもいい歌を歌う芸人さんだよね。確か、ちょうかくって名前で……」

 

 途端、鎗輔が目を剥いて振り返った。

 

〈鎗輔〉「張角……!?」

 

〈季衣〉「兄ちゃん!」

 

 季衣も名前を口で唱えて、気がついたようだった。

 

〈鎗輔〉「季衣ちゃんは華琳さまに伝えに行ってきて! ぼくは秋蘭さんたちの方へ!」

 

 今ならまだ間に合うはずと、鎗輔は急いで見張り台から駆け下りていった。

 

 

 

 数日後、秋蘭たちが討伐から戻ってきてすぐに、休んでいる暇も惜しんで報告会が開かれた。

 

〈秋蘭〉「東雲に言われた件を確かめてきましたが……今日の村にも、三人組の女の旅芸人が立ち寄っておりました」

 

〈季衣〉「はい。ボクが見た旅芸人さんも、女の人の三人組でした。姉妹だって言ってました」

 

〈柳琳〉「村の方たちが聞いた歌も季衣さんが歌った歌と同じでしたから、同じ方と見て間違いないかと」

 

〈桂花〉「季衣の報告を受けて、こちらでも白翼の蜂起があった陳留周辺のいくつかの村にも調査の兵を向かわせましたが……大半の村で、同様の目撃例がありました。もちろん、歌も」

 

〈華琳〉「そう。白翼党は張角の他に、張宝、張梁の三人が中核を成していると聞くわ。これはもう疑いようがないわね」

 

〈春蘭〉「これで、張角とやらの正体は判明か……。しかし、まさか旅芸人だとは。東雲、お前が言った宗教家とはまるで違うではないか」

 

 春蘭が咎めるように言ってくると、鎗輔はこう返す。

 

〈鎗輔〉「負け惜しみのようですけど、芸人と宗教家、両者はあながち遠くはいませんよ」

 

〈春蘭〉「何?」

 

〈鎗輔〉「芸能とは元々神事。どこの世界でも、歌の形で神に祈祷をします。宗教と根を同じくしてると言えるでしょう。だから、歌にも人の心を惹きつける力はあります」

 

〈フーマ〉『俺らの世界でも、アイドルのファンのこと“信者”って言ったりするしな』

 

〈鎗輔〉「……もっとも、ここまで極端なのは普通じゃないと思いますが」

 

〈華琳〉「ともかく、正体が判明したのは前進ね。可能ならば、目的も知りたいけれど」

 

 華琳のひと言にも、鎗輔が意見。

 

〈鎗輔〉「本人たちも、動乱を起こすつもりはなかったんじゃないでしょうか」

 

〈春蘭〉「どういうことだ?」

 

〈鎗輔〉「これまでの情報からして、何かしら人外の力が白翼に働いてるのはほぼ確実。だから反乱の糸を引く者は別にいて、それが旅芸人の姉妹を神輿として利用してるのだと推測します」

 

〈桂花〉「そんなの分からないじゃない。大それた力を得て、野心に駆られたとする方が、ただの一旅芸人にたまたま白羽の矢が立てられたよりもあり得るわ。そう予想するだけの根拠はあるの?」

 

〈鎗輔〉「それは……」

 

 季衣が気に入っている芸人が、本心から争いを引き起こしているとは思いたくない……という個人的願望でしかなく、口ごもる。

 

〈華琳〉「……仮に鎗輔の推測が当たっていた場合は、余計に性質が悪いけれどね。大陸制覇の野望でも持っていてくれた方が、遠慮なく叩き潰せるから」

 

〈鎗輔〉「叩き潰すこと前提なんですか……」

 

〈華琳〉「その手の象徴の潰し方を間違えると、後で奉られてしまうのよ。そうなっては、それこそ手がつけられないわ」

 

〈鎗輔〉「……そういうことですか。遺志を継がれないようにすると」

 

 納得する鎗輔と反対に、春蘭はしかめ面。

 

〈春蘭〉「遺志などが力になるというのか? 首謀者当人がいなくなるのだぞ?」

 

〈フーマ〉『春蘭、狂信ってのはかなり厄介なんだぜ。俺の同胞にジードって奴がいるんだが、ちょうどそういう奴にかなり苦しめられたって聞いてる』

 

 フーマが例え話を持ち出して春蘭を諭す。

 

〈フーマ〉『例えばだぜ、華琳が道半ばに倒れたとして』

 

〈春蘭〉「何だと!? 何をいきなり不吉なことを……」

 

〈フーマ〉『もしもの話だよ! すぐ熱くなるなっての。で、華琳が春蘭に、私の代わりに大陸を統一しなさいとか遺言したら、お前はどうする?』

 

〈春蘭〉「そんなお言葉を託されたら、我が命燃え尽きるまで、華琳さまのご遺志に従うまでだ!」

 

〈フーマ〉『ほれ。こういうことだよ』

 

〈栄華〉「……ですわね」

 

 あまりもの説得力に、誰もが納得せざるを得ない。

 

〈春蘭〉「だが、当たり前ではないか! 華琳さまが遺されたお言葉だぞ。わたしの手を握って、最後の力で伝えて下さったお言葉を……ぐすっ、聞き届けぬ訳には……」

 

〈鎗輔〉「いや、誰もそこまで言ってませんって」

 

〈フーマ〉『勝手に熱中して、想像で泣くなよ……』

 

 これには華琳も呆れ顔。

 

〈秋蘭〉「姉者。あくまで仮定の話だ。華琳さまはお元気だぞ」

 

〈春蘭〉「わ、分かっておるわ……。だが、もしものことでも考えたら……考えたら……」

 

〈柳琳〉「大丈夫ですから、春蘭さま。ご安心なさって」

 

〈栄華〉「全くもう。東雲さんたちのせいですわよ」

 

〈鎗輔〉「えッ、ぼくも悪いのこれ」

 

〈華琳〉「春蘭もいい加減泣きやみなさい。あなたの働き次第で、そんな運命はいくらでも覆せるわ」

 

〈春蘭〉「そ、そうですね……ひっく。……わたしが何としてでも華琳さまをお守りすれば……」

 

 春蘭を落ち着かせると、華琳が話を元に戻す。

 

〈華琳〉「誰がどんな思惑を以て立ち上げたにせよ、ここまで騒動が膨れ上がってしまったのだもの、白翼党は叩き潰すしかないわ。最悪の事態を招かないよう、首魁の件もきちんと処理してね」

 

〈鎗輔〉「ですが、実際問題どうするんですか? 結局のところ、首謀者をどうにかしないことには、いつまで経っても同じことの繰り返しですよ。張角がいるだけで、その辺りの農民が暴徒に変わるんですから」

 

〈華琳〉「ええ。……地道に足取りを追うしかないか」

 

 話し合っていると、警備のために会議に立ち会っていなかった華侖が大声を発しながら駆け込んできた。

 

〈華侖〉「華琳姉ぇ、大変っすー!」

 

〈華琳〉「どうしたの、華侖」

 

〈華侖〉「ええっと、陳留の隣の郡で、また白い羽の人が出てきたって報告が届いたっす! それも、たくさん!」

 

〈香風〉「たくさん……?」

 

〈華侖〉「えーっと、すごい数で、街に近づいてるって!」

 

〈華琳〉「……とうとう苑州でも徒党を組み出したか。桂花、今使える兵はどれほどある?」

 

 問われた桂花は、申し訳なさそうに答えた。

 

〈桂花〉「それが……ここしばらく出動が重なっていましたので、当直の兵くらいしか……。今すぐ招集を掛けるにしても、出立は早暁になるかと」

 

〈華琳〉「……遅いわね」

 

〈栄華〉「それに、糧食も足りません。こちらも急ぎ準備するにしても、同じ頃かもう少し掛かるかと」

 

〈華琳〉「仕方ないわ。ならば、出来るだけ急ぎなさい」

 

 すぐには出動できないというところに、柳琳と秋蘭が申し出る。

 

〈柳琳〉「お姉様。私の隊なら、まだ旅装を解いている最中です。ご命令を戴ければ、すぐに出立できます」

 

〈秋蘭〉「私の隊も同じです。糧食も残っていますから、先遣隊として動く分には問題ありません」

 

〈華琳〉「柳琳、秋蘭……」

 

 渡りに船のような申し出だったが、華琳は眉間に皺を寄せた。悩んでいるようだ。

 

〈桂花〉「恐らく連中は、青州や揚州のような、組織化された集団だと思われます。白翼の大集団は怪獣も使役するという話も聞いていますので……いくら先遣とはいえ、遠征から戻ったばかりのお二人では厳しいかと」

 

 桂花が意見すると、季衣が手を挙げる。

 

〈季衣〉「華琳さま! ボクも行きます!」

 

〈春蘭〉「季衣! お前はしばらく休んでおけと言っただろう!」

 

 春蘭が一喝するが、季衣は退かなかった。

 

〈季衣〉「だけど、華琳さまはおっしゃいましたよね! 無理すべき時は、ボクに無理してもらうって! それに百人の民も見捨てないって!」

 

〈香風〉「華琳さま。だったら、シャンも行く。……季衣だけ、戦わせられない」

 

〈華琳〉「……」

 

〈柳琳〉「お姉様。でしたら、それは私たちも同じです」

 

〈華侖〉「だったら、あたしも一緒に行くっす!」

 

〈華琳〉「柳琳……華侖……」

 

〈香風〉「……華琳さま」

 

〈季衣〉「華琳さま!」

 

 香風たちが次々名乗り出る。果たして、華琳の決断は、

 

〈華琳〉「……そうね。その通りだわ」

 

〈季衣〉「華琳さま……」

 

〈華琳〉「ならば季衣。秋蘭と柳琳の隊を率いて、先遣隊としてすぐに出発なさい。香風、あなたも出られる?」

 

〈香風〉「もちろん、平気」

 

〈季衣〉「はいっ! ……って、えっ!? ボクが秋蘭さまと柳琳さまの隊を率いるんですか!?」

 

 仰天する季衣。それはそうだろう。季衣は平民から抜擢されたばかりの身。曹一門の古参である二人を差し置いて指揮など、本来なら畏れ多いことだ。

 

〈華琳〉「二人は討伐任務から帰ったばかりだから、指揮まで任せたくないの。やれるわね? 季衣」

 

 しかし華琳直々の指示とあっては、断る訳にはいかない。

 

〈季衣〉「あ……は、はい……。秋蘭さま、柳琳さま、よろしくお願いします」

 

〈秋蘭〉「うむ。よろしく頼むぞ、季衣」

 

〈柳琳〉「一緒に街の人を救いましょう」

 

〈季衣〉「へへ……っ、何か、くすぐったいです……」

 

〈華琳〉「補佐とは言っても、指揮の経験は他の皆の方が豊富よ。本隊が追いつくまで、秋蘭たちの助言に必ず従いなさい。いいわね?」

 

〈季衣〉「分かりました!」

 

〈華侖〉「華琳姉ぇ、あたしは!? あたしは行っちゃダメなんすか?」

 

 存在を主張する華侖には、華琳はこう告げる。

 

〈華琳〉「あなたまで出ては、本隊の準備が手薄になってしまうわ。ここは柳琳たちを信じなさい」

 

〈華侖〉「うぅ……。柳琳、すぐ追いつくっすよ!」

 

〈柳琳〉「うん。ちゃんとお姉様の言うことを聞いてね、姉さん」

 

〈華琳〉「春蘭と華侖はすぐに本隊の準備を。栄華と桂花は、城下に降りて糧食の調達に向かいなさい。夜明けを待ってはいられないわ。夜が明けるまでには、本隊も出陣させるわよ。いいわね!」

 

〈全員〉「「「はっ!」」」

 

〈華琳〉「今回の本隊は私が率いるわ。以上、解散!」

 

 華琳の号令で皆が慌ただしく謁見の間から離れていくが、一人だけ残っている者がいた。

 

〈鎗輔〉「あの、華琳さま……」

 

 鎗輔である。彼だけ何も言い渡されなかったのだ。

 

〈華琳〉「どうしたの?」

 

〈鎗輔〉「口を挟む暇がありませんでしたけど……ぼくも、季衣ちゃんたちについていった方がいいでしょうか? 怪獣が出るかもしれないんだったら……」

 

〈華琳〉「ああ……寝ておけば?」

 

 今のひと言に、鎗輔は唖然。

 

〈鎗輔〉「い、いやいや……みんなが頑張ってる時に、寝てるなんてそんな……」

 

〈華琳〉「怪獣がいるなんてまだ決まってないのだから、今は身体を休めておきなさい。あなたは特に、走り回ればすぐへばってしまうのだから。私もひと眠りするわよ」

 

〈鎗輔〉「ですけど……」

 

 ためらう鎗輔を、フーマも説得する。

 

〈フーマ〉『休める時に休むようって言ったの、お前だろうがよ。ここはお言葉に甘えとけって。今何時だ?』

 

〈鎗輔〉「う~ん……」

 

〈華琳〉「他の皆は夜を徹して作業することになるでしょう。恐らく馬上で休むことになるから、その間、事態に即応できる人間が必要になるわ。私の注意が及ばない場面でそれが出来るのは、ここではあなた以外にいないのよ」

 

 そうまで言われては、鎗輔も受け入れなくてはならない。

 

〈鎗輔〉「分かりました……。それじゃあ、休んできます……」

 

〈華琳〉「ええ。行軍中に生あくびをするようなら、春蘭辺りに首を飛ばされるから、よく寝ておくように」

 

〈鎗輔〉「脅さないで下さいよ……。寝つけなくなります」

 

〈華琳〉「ふふっ。寝つけないのなら……私の閨に来る?」

 

 ブゥーッ! と鎗輔が勢いよく噴き出した。

 

〈鎗輔〉「なッ、ななな……! 冗談でもやめて下さい、そんなこと! ぼくはみんなと違って、男なんですよ!?」

 

〈華琳〉「あら……男のあなたを閨に入れたら、私はどうなってしまうのかしら……?」

 

〈鎗輔〉「分かってて言ってるでしょ、もう! し、失礼しますッ!」

 

 耳まで真っ赤になった鎗輔が、逃げるように謁見の間を後にしていった。

 

〈フーマ〉『鎗輔、お前遊ばれてんぞ』

 

〈鎗輔〉「分かってるよ、それぐらい……!」

 

 その後ろ姿を見送った華琳がくすくす笑う。

 

〈華琳〉「全く……女に囲まれた環境にいるのに、いつまで経っても純朴なんだから」

 

 しばらくは鎗輔をからかった余韻に浸っていたが、ふとあることを思い返して、眉間に皺を刻んだ。

 

〈華琳〉「しかし……先日の侵入者は、何だったのかしら……。あれ以来、特におかしなことは起きていないけれど……」

 

 城下町の視察後に、城で自分に忠告をしてきた謎の人影。あれから再び現れたことはなく、ともすればあの出来事は白昼夢だったのではと疑いそうになる。

 だが、あれは確かに現実だった。天の御遣いについて何かしらを知っているような口ぶりをした男が、自分の前に現れたのだ。また接触してくるかどうかは、定かではないが……。

 


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