鎗輔が天幕を出た時には、復興作業は義勇軍や街の人たちを中心に既に取り掛かられていた。鎗輔は作業の人が行き交う間を通り抜けて、配給に出された沙和、華侖、柳琳の三名の姿を捜す。
〈鎗輔〉「さて、三人は今どこかな……」
しばらく歩いていると、まずは華侖の姿を見つけた。
〈華侖〉「あははーっ。待つっす待つっすー!」
〈子供〉「わーい! かろんなんかにつかまらないよー!」
〈子供〉「ここまでおいでー!」
〈華侖〉「よーっし。負けないっすよ! 絶対に捕まえるっすー♪」
街の子供と鬼ごっこに興じていたので、ガクッと肩が下がった。
〈鎗輔〉「か、華侖ちゃん……仕事中でしょ……」
〈柳琳〉「鎗輔さん。遊ばせてあげて下さい」
華侖を注意しようとした鎗輔を止めたのは、空のお盆を提げた柳琳であった。
〈鎗輔〉「柳琳ちゃん……いいの?」
〈柳琳〉「はい。あの子たち、姉さんが来るまでずっと崩れた家の脇で泣いてたんです。そこを姉さんが声を掛けて……」
〈鎗輔〉「……そうなんだ」
華侖のことを見直す鎗輔。華侖も、何も考えずに生きている訳ではないのだ。
〈柳琳〉「それに……姉さんのお陰で子供が笑って、その声で街の方々もこの状況下で心を落ち着かせています。子供は国の宝……子供の笑い声がある内は、この街もきっと大丈夫です」
周りの様子を確認すると、柳琳の言う通りに、瓦礫まみれの中において、人々の顔に悲嘆の色は見えなかった。
〈鎗輔〉「そうみたいだ……。華侖ちゃんの才能はすごいね。子供と程度が同じなだけの気もするけど」
〈柳琳〉「ふふっ。でも、子供と同じ目の高さで触れ合える姉さんを、私は誇りに思います」
〈鎗輔〉「じゃあ、華侖ちゃんはしばらくあのままにしておこう。沙和さんはどこかな? 案内してもらえる?」
〈柳琳〉「はい。私も次の食事を取りに戻らないと」
先に柳琳に先ほどの作戦の伝達をしながら、沙和の元へと歩いていった。
柳琳に案内された先で、沙和は食料の配給を行っていた。
〈沙和〉「はい、どうぞー。落とさないように、気をつけて下さいなのー」
〈柳琳〉「沙和さん。鎗輔さんがいらっしゃいましたよ」
配給役を柳琳に代わってもらって、沙和が鎗輔と向かい合う。
〈沙和〉「隊長、話って何なの? ……はっ、まさか!」
〈鎗輔〉「その予想はハズレだから安心して」
誤解は早く解いておくべきと、鎗輔は速攻で正した。
〈沙和〉「ありゃ、そうなのー。それで?」
〈鎗輔〉「軍議の結論が出たんだ。炊き出しはぼくがやるから、沙和さんは自分の隊を率いて偵察に出てほしい。行き先の指示は本陣で桂花さんがしてくれるから」
〈沙和〉「偵察かぁ……。分かったの」
沙和はあまり乗り気ではないようだ。義勇軍に参加していても、荒事を好むタイプではないらしい。
〈鎗輔〉「……炊き出しの方がいいなら、ぼくが行ってくるけど」
〈沙和〉「んー。偵察だったら戦わなくていいから、別にそれでもいいの」
〈鎗輔〉「……一つ、質問いいかな?」
〈沙和〉「胸の大きさとか処女かどうかは秘密なのー♪」
〈鎗輔〉「そ、そうじゃなくて! 戦いが好きじゃないなら、何で義勇軍にいたの?」
赤面しながらも尋ねると、沙和はあっけらかんと答えた。
〈沙和〉「凪ちゃんと真桜ちゃんが行くって言ったから、私も来たの」
〈鎗輔〉「そ、それだけが理由?」
〈沙和〉「それだけなの」
あまりにも簡潔な動機に、やや唖然とする鎗輔。
〈鎗輔〉「別に、帰りを待っててもいいだろうに、どうして危険を冒してまで同行を……」
〈沙和〉「だってー、凪ちゃんは全然お洒落しようとしないし、真桜ちゃんは発明以外は全然だらしないから、私が面倒見てあげないと駄目なの。どっちも、女の子にはとってもとっても大事なことなの!」
〈鎗輔〉「そ、そう……」
沙和は、鎗輔にはあまり理解できない感性で行動する人間のようである。
〈鎗輔〉「……ところで、凪さん……楽進さんと仲いいんだ」
〈沙和〉「仲良しさんなの。それがどうかしたの?」
〈鎗輔〉「ああ、いや……こっちのこと」
〈沙和〉「?」
楽進と于禁は不仲で有名、なんて言ってもしょうがないので黙っていると、華侖が子供たちの歌声が耳に入ってきた。
〈鎗輔〉「ん……この歌は……」
〈沙和〉「隊長は知ってる? 今、色んな街で流行ってる歌なの。あれを聴いたら、すっごく元気が出てくるの! 沙和も大好きなの!」
と沙和が絶賛する歌は、季衣が歌っていたものと同じ――白翼党の首領、張三姉妹の歌だ。
〈沙和〉「凪ちゃんたちもね、あれを聴いてがんばろーって思ったから、義勇軍を立ち上げたんだって」
〈鎗輔〉「そうなんだ……」
その歌を初めに歌った人たちが、現在大陸に争いを招いていると知ったら、凪たちはどんな顔をするだろうか。
同時に鎗輔は、こんな人を元気づける歌を歌う人たちが悪逆な野心家だと、一層思いたくなくなった。何か事情があるはず……あってほしい。そして、虫のいいことかもしれないが……罪を背負うことなく救われてほしい――。
考えに耽っていると、沙和が尋ねかけてくる。
〈沙和〉「ところで隊長。沙和と交代するのはいいけど、お料理って出来るの?」
〈鎗輔〉「手先には自信があるんだ。炊き出しくらいは出来るよ。――じゃあそろそろ交代しようか。柳琳ちゃん」
〈柳琳〉「はい。なら、姉さんも呼んできますね」
声を掛けられた柳琳が行く前に、華侖の方からこちらにやってきた。
〈華侖〉「何なに、どうしたんすかー?」
〈鎗輔〉「ちょうどいいところに。実は……」
切り出しかけた鎗輔だが、振り返ってみると、華侖は先ほどの子供たちを連れていた。
〈柳琳〉「どうしたの、姉さん? この子たち……」
〈華侖〉「この子たちも、ご飯配るの手伝いたいって言ってるっす! ……どうしたんすか?」
鎗輔は一瞬苦笑を浮かべて、華侖に改めて切り出した。
〈鎗輔〉「華侖ちゃん――柳琳ちゃんと沙和さんが偵察に出るから、その間ぼくと炊き出しの続きをしてほしいんだ。もちろん、その子たちも一緒にね」
柳琳と沙和に目配せすると、二人とも笑顔でうなずき返した。
〈華侖〉「任せるっす! だったらみんなーっ、街の復興のために、力を合わせて頑張るっすよー!」
〈子供たち〉「おー!!」
理不尽な暴力に蹂躙された街にあって、子供たちに活気を与える華侖の姿に、鎗輔も胸の奥に温かさを感じる。
白翼党との争いの果てが、どんな結末になるのかはまだ分からない。ただ……自分はどんな時も、今目の前にあるような笑顔を守るために頑張ろうと、鎗輔は己の胸中に誓ったのだった。
それから数日後、偵察によって山奥の廃棄された砦を白翼党が物資の集積地にしていることを突き止め、苑州軍は移動を開始。密かに件の砦に接近して、様子を窺っていた。
〈凪〉「敵の本隊は近くに現れた官軍を迎撃しに行っているようです。残る兵力は一万がせいぜいかと」
凪が最新の偵察結果を報告する。
〈鎗輔〉「官軍が?」
〈春蘭〉「だから連中、わざわざ砦を捨てて逃げようとしているのだろう」
砦では、白翼党が門を開け放して忙しなく退去作業を行っていた。苑州軍に手痛い敗北を喫したばかりで、まともな戦力が纏まっていないのだろう。時間稼ぎをしている内に拠点を移して、態勢を整える腹積もりのようだ。
〈華琳〉「凪、こちらの兵は?」
〈凪〉「我ら義勇軍と併せて、八千と少々です。向こうはこちらに気づいていませんし、絶好の機会かと」
少々劣る数だが、奇襲にはもってこいの状況。速攻を仕掛ければどうとでもなる程度の差だ。
〈華琳〉「ならば、一気に攻め落としてしまいましょう」
〈桂花〉「華琳さま。それに際して、一つご提案が」
攻撃に出る前に、桂花が進言する。
〈華琳〉「何?」
〈桂花〉「戦闘終了後、全ての隊は手持ちの軍旗を全て砦に立ててから帰らせて下さい」
〈華侖〉「え、置いて帰るんすか? 何で?」
〈桂花〉「この砦を陥としたのが、我々だと示すためよ」
〈華琳〉「なるほど。白翼の本隊と戦っているという官軍も、狙いは恐らくここ。ならば、敵を一掃したこの城に曹旗が翻っていれば……」
官軍はかなり悔しい思いをすることだろう。
〈華琳〉「面白いわ。いいでしょう、軍旗を持って帰った隊は厳罰よ」
華琳の命令に、栄華だけが唇を尖らせた。
〈栄華〉「全くもう……砦もですけれど、軍旗もただではありませんのよ?」
〈華琳〉「あら、栄華は反対?」
〈栄華〉「……いいえ。今後のために必要な策だと理解していますから、結構ですわ。そういう意見があることだけ、お心に留めておいて下さいまし」
〈真桜〉「せやったら、誰が一番高いところに旗を立てられるか、競争やな!」
〈凪〉「こら、真桜。不謹慎だぞ」
真桜の思いつきを、真面目な凪はたしなめたが、
〈華侖〉「面白そうっすー! あたしもやるっす!」
〈春蘭〉「ふん。新入りなどに負けるものか。季衣、お前も負けるんじゃないぞ!」
〈季衣〉「はいっ! もちろんですっ!」
〈香風〉「いちばん高いところ……。シャンもがんばる」
〈凪〉「……むぅ」
ノリノリの者が多いので、逆に恥ずかしくなった。
〈華琳〉「そうね。一番高いところに旗を立てられた者には、何か褒美を考えておきましょう。ただし、作戦の趣旨は違えないこと。狙うは敵の守備隊の殲滅と、糧食を残らず焼き尽くすことよ。いいわね」
〈沙和〉「あの……華琳さま?」
糧食の点で、沙和がおずおずと尋ねる。
〈華琳〉「何? 沙和」
〈沙和〉「その食料って……さっきの街に持っていっちゃ、駄目なの?」
〈華琳〉「駄目よ。糧食は全て焼き尽くしなさい。私たちの糧食とすることも禁じるわ」
〈沙和〉「どうしてなの……?」
沙和の疑問ももっともだ。街はまだまだ戦闘の爪痕が深く、食料が不足気味。目の前の砦にある分を注ぎ込めば、大分マシにはなるだろうが、しかし。
〈桂花〉「我が軍は今まで、どこからも略奪を行わずに戦ってきたのよ。それをよりにもよって、盗賊如きの糧食をかすめ取るような真似をしてご覧なさい。今まで築いてきた評価が台無しになってしまうわ」
〈沙和〉「けど……!」
〈華琳〉「それに、奪った糧食を街に持っていけば、今度はその街が白翼党の復讐の対象になるかもしれない。規模は前回とは比較にならないでしょうね」
〈沙和〉「……あ」
〈鎗輔〉「攻撃するのはぼくたちなのに、仕返しの矛先が、食料を運び込んだとはいえ街へ向かうんですか?」
〈華琳〉「以前も言っていたけれど、誰しもが道理に沿うほど賢くないのよ。ああいう手合いは特にね。あの街には既に、警護の増援と必要な糧食を手配済みよ。白翼党からは、米一粒たりとも持ち帰ることは許さない。それが奴らの怒りを全てこちらで引き受け、街を守る手段だと理解なさい。いいわね?」
そうまで言われては、沙和たちは何も反論できなかった。
〈華琳〉「なら、これで軍議は解散とするわ。先鋒は春蘭が務めなさい」
〈春蘭〉「はっ! お任せ下さい!」
〈華琳〉「ならば、この戦を以て、大陸の全てに曹孟徳の名を響き渡らせるわよ。我が覇道はここより始まる! 各員、奮励努力せよ!」
華琳の号令で軍議を締め、部隊単位での準備の時間となる。
その間、鎗輔は特にすることもなく、請け負った義勇軍の動きをじっと監督するだけであった。
〈鎗輔〉「やることないな……。必要なことは全部、凪さん三人がやってくれるから」
〈フーマ〉『こういう時、じっとしてんのはお前には珍しいじゃねぇか』
〈PAL〉[今までは、報告したりされたりで休む暇もありませんでしたね]
副官のありがたみを噛み締めていると、当の凪が鎗輔の元へ報告に来た。
〈凪〉「隊長。楽進隊、布陣完了しました!」
〈鎗輔〉「お疲れさま。……そうだ、凪さん」
〈凪〉「何でしょう?」
〈鎗輔〉「沙和さんのことで、聞きたいことが」
〈凪〉「沙和が何か不手際でも……? ……まさか!」
何やら良からぬ想像をした凪が、ギリギリと拳を引き絞った。
〈鎗輔〉「待って待って! 変なこと聞くんじゃないから! 構えを解いてッ!」
〈凪〉「……そうですか」
必死に凪を落ち着かせて、はぁ~と安堵の息を吐いてから、改めて質問する。
〈鎗輔〉「沙和さん、どうして義勇軍に入ったのかなと。沙和さん自身は、凪さんと真桜さんについてきたなんて言ってたけど、本当のところを知ってたりしない?」
〈凪〉「いえ。沙和がそう言ったのならば、そうなのでしょう」
〈鎗輔〉「本当に?」
〈凪〉「正直、自分はそういう……空気を読むとか察するとかいうことが、どうも苦手で……。いつも二人に注意されてばかりなのです」
〈鎗輔〉「そうか……」
凪は性格の通り、真面目一辺倒の人間で、人の心の機微や言葉の裏を読み解くのは不得意なようであった。
〈凪〉「ですが、ただ一つ言えるのは……沙和が決めたことなら、沙和は後悔しないだろう、ということです」
〈鎗輔〉「……信頼してるんだ」
〈凪〉「長いつき合いですから」
〈鎗輔〉「長いつき合い、か……」
そのひと言に、妙な感慨を見せる鎗輔。
〈真桜〉「何や何や。何面白い話ししとるん」
凪と話していると、真桜が興味を示して近寄ってきた。
〈鎗輔〉「別に、些細な話だよ」
〈真桜〉「あー。早速凪に声掛けてフラれよったな、へんたーい」
〈凪〉「な……っ!」
〈鎗輔〉「いや、違……!」
〈フーマ〉『そーなんだよなー。こいつってば、こんなツラして女と見たらすぐに手ぇ出してなー。陳留に来てからも、すぐにあっちこっちに声掛けしてよぉ』
〈鎗輔〉「フーマ! 人聞きが悪いこと言わないでよッ! ぼくはただ、みんなのことを知っておきたいと思っただけで、やましいことは一つも……」
〈PAL〉[データは可能な限り収集しておくのが望ましいことです]
〈フーマ〉『PALはPALで、言うこと堅苦しすぎだぜ』
鎗輔をからかうフーマと擁護するPALの声で、凪と真桜がキーホルダーとタイガスパークに注目した。
〈凪〉「……こうして見ても、未だに信じがたいです。隊長が噂の天の御遣い……あの青い巨人に変身するだなんて」
〈真桜〉「ウチはそのしゃべる籠手に興味あるわー。人格を人工で再現? なんて、天の国はものごっつ進んどるんやなー! どんなとこか、一度見てみたいわ~」
〈鎗輔〉「はは、真桜さんはそう言うと思った。ところで、隊の準備は終わったの?」
〈真桜〉「その報告に来たに決まっとるやん。それで、何話しとったん?」
〈鎗輔〉「ちょっと、沙和さんがどうして義勇軍に入ったのかなって。本人にはもう聞いたけど」
〈真桜〉「ならそれが答えやろ。あの子、自分で決めたことをいちいち後悔するようなタマやないで」
真桜もそう語る。沙和は、ほわほわした見掛けほど軽率な性格ではないようだ。
〈鎗輔〉「後悔しない、か……。沙和さんも、強い人なんだね……」
〈凪〉「……?」
鎗輔がまた遠い目をしたので、凪と真桜は怪訝な顔となる。
〈真桜〉「隊長、どうかしたん?」
〈鎗輔〉「いや……」
〈沙和〉「あー。みんな何お話ししてるのー。ずるーい! 布陣も終わったんだから、沙和も混ぜてなのー!」
この場に沙和もやってくると、真桜はニヤリと笑って振り返った。
〈真桜〉「おお、ええところに来た! この戦が終わったら、隊長がウチらの歓迎会開いてくれるって!」
〈鎗輔〉「えッ!? そんなことひと言も……!」
〈沙和〉「ホント? やったぁ!」
〈鎗輔〉「だから、言ってないって……!」
〈真桜〉「言うたよな? 凪!」
発言を捏造される鎗輔。若干焦りつつ、凪に顔を向ける。
〈鎗輔〉「凪さん、真桜さんの悪ふざけを止めて……」
〈凪〉「……ありがとうございます、隊長」
〈鎗輔〉「現金だなオイ!」
〈フーマ〉『いいじゃねぇか、鎗輔。新入りはパーッと派手に迎えてやるもんだぜ』
などと騒々しくしていたら、出撃の合図の銅鑼が激しく打ち鳴らされる。話している内に、砦への攻撃開始の時間が来たのだ。
〈鎗輔〉「あッ、いけない! みんな、自分の隊の先頭に着いて!」
〈凪〉「御意!」
〈真桜〉「いっちょやったるでー!」
〈沙和〉「がんばるのー!」
鎗輔たちが所定の位置に着くと、春蘭の号令が全隊に轟き渡る。
〈春蘭〉「鬨の声を上げろ! 追い剥ぐことしか知らぬ盗人と、威を借るだけの官軍に、我らの名を知らしめてやるのだ!」
〈春蘭〉「総員、奮闘せよ! 突撃ぃぃぃぃっ!」
苑州軍が雄叫びを発しながら、砦に向かって一斉に押し寄せていった!