砦に向かって押し寄せる苑州軍の起こす鬨の声と土埃で、撤退作業に当たっていた白翼党は一斉に振り返った。
〈白翼党〉「まだ軍がいたのか……しつこい奴らめ!」
彼らは早急に物資から武器へ持ち替え、迎撃態勢を取る。しかし戦闘を予想していなかったので、足並みがそろっていない。奇襲は成功したと言える。
会敵する直前に、馬で駆けながら華琳が凪たちに問う。
〈華琳〉「これから本格的な戦いになるわよ。大丈夫?」
〈凪〉「はい。覚悟は出来ております」
即答する凪。正規の軍としての戦闘はこれが初となるが、元より義勇兵として白翼党相手に苦しい戦いを続けていた身。心構えはとうに出来ていた。
〈華琳〉「そう。頼りにしているわよ」
〈春蘭〉「我らの精強さを官軍に見せつけ、ついでに恩も売ってやりましょう!」
鼻息荒くする春蘭を一番槍に、苑州軍が白翼党に激突した!
〈春蘭〉「はぁぁぁーっ!」
〈白翼党〉「「「ぐわああぁぁぁ――――ッ!」」」
春蘭の先制攻撃が決まり、白翼党数名が纏めて吹っ飛ばされた。それに続いて、苑州軍全部隊が次々に攻撃を仕掛けていく。
鎗輔が預かる元義勇軍の部隊も同様だ。
〈凪〉「進めっ! まだまだぁっ!」
〈真桜〉「行けぇーっ! そらぁっ!」
〈沙和〉「やれーっ!」
〈白翼党〉「うぎゃあぁぁッ!」
凪が隊を指揮しながら、同時に手甲で覆った拳で敵を殴り倒していく。真桜は螺旋状の溝が掘られた穂の槍で突撃して、白翼党の陣形を崩す。沙和も中国刀の二刀流を振りかざして……自分では斬りかからず、兵たちをけしかけていった。まともに戦闘態勢が整っていなかった白翼党はこれらの攻撃に抗えず、片端から斬り伏せられていく。
戦えない鎗輔は彼女たちの後方から、奮闘ぶりを見守っていた。
〈フーマ〉『鎗輔、お前大丈夫か? 気分は……』
フーマが鎗輔の身を気遣う。前回の戦闘はずっと変身して戦っていたので、人と人の戦争を間近で目撃するのは実質的に二回目となる。まだ慣れるには早いはずだ。
事実、鎗輔は胸元こそ苦しげに握り締めているが、以前ほど体調を乱してはいなかった。
〈鎗輔〉「うん、前よりはマシ。……それより、あれなんだけど……」
鎗輔が気に掛けたのは、真桜が扱っている独特な槍のことだ。どう見ても、穂先が回転している。
〈鎗輔〉「あれ、ドリルだよね……」
〈フーマ〉『ああ、ドリルだな……。変な形した槍だなぁとは思ったけどよ……』
〈鎗輔〉「本当に回るとは……。動力には何を使ってるんだろ」
〈PAL〉[オーバーテクノロジーですね]
真桜驚異の技術力を目にして呆けている鎗輔だが、彼もゆっくりとはしていられなかった。
〈白翼党〉「うおおおぉぉーッ!」
〈鎗輔〉「うわッ!? こっちに来たッ!」
〈凪〉「隊長っ!」
凪たちが討ち漏らした敵兵が、鎗輔に向かってきたのだ。武術の心得などない鎗輔は大いに焦ったが、
〈柳琳〉「鎗輔さんっ!」
〈白翼党〉「ぐはぁッ!」
柳琳の騎馬が駆けつけて、一刀の下に敵兵を斬り伏せた。香風以下彼女の隊も続く。
〈柳琳〉「ご無事ですか? 鎗輔さん」
〈鎗輔〉「う、うん。ありがとう、柳琳ちゃん」
〈柳琳〉「いえ。先日は鎗輔さんたちに助けていただきましたし、今日は私たちがお守りします。どうぞ、鎗輔さんは下がっていて下さい」
〈鎗輔〉「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
無理はせず、守ってもらうことを選択する鎗輔。柳琳は彼を背にして、白翼党へ攻撃を仕掛けていく。
〈柳琳〉「行きましょう、虎豹騎の皆さんっ!」
〈虎豹騎〉「「「おおおおおぉぉぉぉぉ―――――――ッ!!」」」
柳琳の率いる騎馬隊の面々は皆屈強であり、猛烈な勢いで白翼党を蹴散らしていく。
〈柳琳〉「たぁっ!」
〈香風〉「砕く……」
〈白翼党〉「「「ぬわああぁぁぁッ!」」」
柳琳の剣や香風の戦斧も白翼党をバッサバッサと薙ぎ倒す。
〈凪〉「援護に回るぞっ!」
〈真桜〉「みんなー! 立て直すでー!」
鎗輔が狙われたことで一瞬動揺した凪たちも、柳琳らに加勢して白翼党を更に追いつめる。
〈柳琳〉「今が好機!」
〈香風〉「行くよ……!」
そして柳琳と香風がここぞとばかりに騎馬隊を突貫させて、とどめを刺した。
〈白翼党〉「「「ぎゃあああああ――――――――!!」」」
砦の外部の敵部隊は瓦解し、まだ動ける敵兵は散り散りに逃走していった。これで砦の守りは完全になくなった。
〈凪〉「奪うことしか知らぬ賊徒め……我らの恨みを思い知れ!」
敵部隊を指揮していた男を殴り倒した凪が、崩れ落ちた相手に言い放った。
〈白翼党〉「ここで俺たちを討っても、もう流れは、止められんぞッ……!」
指揮官は負け惜しみを吐きながら、ガクリと気を失う。伏せった男の頭に、華琳が毅然と宣言した。
〈華琳〉「止めるわよ。この大陸を制覇するのは、お前たちではないわ」
砦の周りを制圧した苑州軍は、勢いに乗って城壁内に進入していき、砦自体の制圧に取り掛かる。
鎗輔たちが入り込んだ時には華侖が先んじていたが、彼女に物陰に潜んでいた敵が背後から襲い掛かる。
〈凪〉「華侖さま! はああああああああっ!」
〈華侖〉「……へっ!?」
それを見た凪が、全身から生じたオーラのようなエネルギーを一点に凝縮して、発射した!
〈白翼党〉「うわぁあぁぁぁぁぁぁぁあ……ッ!」
奇襲を図った敵兵は、エネルギーの塊を食らって吹っ飛ばされた。
〈凪〉「大丈夫ですか、華侖さま!」
〈華侖〉「ほへー。びっくりしたっす……」
凪に助けられた華侖は、突然のことに呆けていたが――それ以上に唖然としたのは鎗輔であった。
〈鎗輔〉「凪さん……」
〈凪〉「はい?」
〈鎗輔〉「今の……何? 手から光みたいなのが出たんだけど……」
〈凪〉「何と言われましても……ただの氣ですが」
さも当たり前のように答えた凪に、鎗輔が取り乱しながら詰め寄った。
〈鎗輔〉「いやいやいやいや!! 外気功は疑似科学の域を出ないはずだよ!? それがあんなにはっきりと、破壊力を伴ってッ! いくら何でもあり得ないって!!」
〈凪〉「そ、そう言われましても……出せるものは出せるとしか答えようが……」
〈鎗輔〉「いいや受け入れがたいッ! 怪獣やら何やら色々トンデモ見てきたけど、人体から謎エネルギーが出てくるなんてことは流石にッ! もっと、科学的な説明を……!」
鬼気迫る鎗輔に押されてタジタジの凪に、フーマが助け舟を出す。
〈フーマ〉『落ち着けよ鎗輔。そんな慌てるようなことかよ……』
〈鎗輔〉「いやだって! どう考えたって今のおかしい……!」
〈フーマ〉『何がおかしいんだよ。んなこと言ったらお前――俺だって手から光線出るぜ?』
そう言われて、鎗輔がはたと止まり、
〈鎗輔〉「――それもそうか」
落ち着いた。
〈凪〉「よく分かりませんが……いずれにしても、ここからでは追いつけそうにありませんね」
凪が見上げた先は、砦の楼閣の屋根。誰よりも先行した春蘭と季衣は、既にその上を駆け回って白翼党を叩き落としていた。
戦いの趨勢は既に決定し、今は誰が一番高いところに軍旗を立てられるかの軍内での勝負になっていた。
〈フーマ〉『あの二人もよくやるよな。マジになっちゃってまぁ』
〈鎗輔〉「あっちは大丈夫だろうから、他のみんなの様子を確認しに行こう」
鎗輔はこの場を凪に任せて、別の場所の確認へ行った。
〈鎗輔〉「今回は、怪獣は出てこなかったね」
〈フーマ〉『いたら官軍相手に撤退なんかしねぇだろうし、そうだと思ったけどな』
出番がなかったことについて話しながら移動していく鎗輔。他の場所でも戦闘は既に片がついて、安全を確保して休んでいる者も少なくなかった。
〈香風〉「んー」
〈真桜〉「やっぱ、上手く行かへんなぁ……」
そして庭園では、香風が戸板を両手に一枚ずつ持って、バタバタ振り回しながらピョンピョン跳びはねていた。
〈鎗輔〉「……何やってるの、そこ」
〈香風〉「……飛べるかなって」
〈鎗輔〉「飛べるって……」
〈香風〉「ここからぴゅーって飛べば、一番高いところにもすぐ行ける。そうなったら、大逆転!」
今から楼閣を駆け上がっても春蘭と季衣には追いつけないので、一気に頂上まで飛んでいくしかない。そういう考えのようだ。
〈真桜〉「香風にそう言われたから、何かええ方法ないか思うて考えとったんやけどなー」
〈鎗輔〉「それで、戸板を鳥の羽代わりにしようって訳?」
〈真桜〉「お、流石天の国の人は見て分かるんか」
〈香風〉「真桜は、これで鳥さんみたいに飛べるかもって」
〈鎗輔〉「でも悪いけど、鳥は羽があるから飛べるんじゃないんだよ。鳥の羽は流体力学に適った構造をしてて、空気の流れを掴めるから飛翔できるの。だからただの板をバタバタ羽ばたかせても、空気が逃げるだけで浮き上がるのは無理……」
つい説明に入れ込んでいると、香風が目をキラキラさせながらこっちを見ているのに気づいた。
〈香風〉「お兄ちゃん、空の飛び方にも詳しいの……!?」
〈鎗輔〉「あ、ああ、まぁ……」
〈真桜〉「ええなぁ、隊長。すごいカラクリがぎょうさんある世界に生まれて。ウチも天の国に生まれてきたかったわぁ」
〈香風〉「教えて、空を飛ぶ方法……!」
〈鎗輔〉「い、今すぐは無理だよ。また時間がある時にねッ!」
ここで捕まったら大変だと判断した鎗輔が、はぐらかして香風から逃げるように離れていった。
凪と真桜の無事は確認したので、今度は沙和を捜しに行く。
〈沙和〉「あ、隊長ー。大丈夫だったのー?」
沙和は庭の中央で、栄華と一緒にいた。
〈鎗輔〉「うん。沙和さんこそ、途中から姿が見えなかったけど、大丈夫だった?」
〈沙和〉「ん、平気なのー」
言葉通り、沙和は疲労こそ見えたが、外傷は一つもなかった。
そしてこの場所では、秋蘭が押収した砦中の糧食を集めさせて、火を掛けるところであった。
〈秋蘭〉「火を放て! 糧食を持ち帰ること、まかりならん! 持ち帰った者は厳罰に処すぞ!」
火を点けられ、灰になっていく食料の山を見やり、沙和と栄華がため息を吐く。
〈沙和〉「あーあ。やっぱり、もったいないの」
〈栄華〉「全くですわ……。これだけの糧食があれば、我が軍が何日食べつなげることか」
〈鎗輔〉「でも、華琳さまの命令だから……。それに灰は肥料になるから、全くの無駄にはならないですよ。いくら白翼党も、灰を取り返しには来ないでしょうし」
そう言って慰めるが、栄華は納得しない様子。
〈栄華〉「それを理解するのと、もったいないと思うのは別問題ですわ。それとも東雲さんは、この光景を見て何とも思いませんの?」
〈鎗輔〉「そりゃあ、思いますよ。糧食が心許ない状況なんですから」
そのつぶやきを、沙和が気に病む。
〈沙和〉「もしかして、食料が足りないのって街の人たちのところに色々置いてきちゃったからなの? 沙和がもっと出せませんか、って聞いたから……」
〈栄華〉「あれは、あの場では必要な行いでしたわ。それにそれを責めるなら、三日分は置いて良いと判断をしたわたくしの責任でしてよ、沙和さん」
〈鎗輔〉「元より急な出撃で、糧食を確保できたのがありがたかったし。なるべくしてなった状況だよ」
〈沙和〉「じゃあ、帰りにあの街に寄って、炊き出しのお手伝いも出来ないの……?」
〈栄華〉「今街に戻っても、この人数では迷惑を掛けるだけですわ。補給が到着するのももう少し先のはずですし……。帰り道では、あの街はそのまま通り過ぎるでしょうね」
〈沙和〉「うみゅぅ……」
糧食の残量は、そのまま軍の体力を示す。糧食の余裕がなければ、人を手助けすることも出来ないのだ。
〈PAL〉[食べないといけない人間は、何かと不便ですね]
〈鎗輔〉「君も本当は、とっくに電力切れの身なんだけどね……」
雑談はこれくらいにして、旗立て勝負もそろそろ佳境のはずなので、鎗輔たちは本陣に戻ろうとする。
〈鎗輔〉「……そういえば、栄華さんは勝負に参加しなかったんですね」
〈栄華〉「当たり前でしょう。ああいうことは、運動の得意な皆さんに任せておけばいいんですの」
〈沙和〉「なのー。沙和たちはもう、城壁のところに全部立てちゃったの」
改めて楼閣を見上げると、ちょうど季衣が身軽に壁をよじ登って、砦の頂点に旗を突き刺したところだった。綺麗な決着に、あちこちから歓声が飛ぶ。
〈栄華〉「終わったみたいですわね」
〈鎗輔〉「勝者は季衣ちゃんか」
春蘭も食い下がっていたが、流石に彼女の体格で壁をよじ登るのは無理だったようだ。
季衣は楼閣の上から地上に向かって大きく手を振っていたが、急に手を止め、慌てて屋根から下り始めた。その様子の変化を鎗輔たちは訝しむ。
〈沙和〉「何だか、様子が変なの」
〈鎗輔〉「何かあったのかな……」
季衣は楼閣の上から、砦に向かって一騎の騎馬が大急ぎで駆けてくるのを見つけたのだった。その報告で苑州軍の幹部が本陣に招集されると、その騎馬が華琳にある報せをもたらした。
〈華琳〉「……沛の城が襲われたですって!?」
騎兵の正体は陳珪と陳登の国、沛の兵士であり、華琳に救援を求めに来たのだった。
〈沛国兵士〉「はい。白翼党が大軍を率い、我らが沛国の都を……。包囲が完了するまでのわずかな時間で、自分は陳珪さまの命を受け、この地に出陣しておられる曹孟徳殿に助けを求めるように出されたのです」
〈華琳〉「分かったわ。ひとまず、あなたは控えていなさい。向こうに食事と寝床を用意させてあるわ」
〈沛国兵士〉「……感謝致します」
不眠不休でここまで来たのだろう兵士は、ふらつく足取りで天幕から離れていった。
〈華琳〉「しかし……大変なことになったわね」
〈鎗輔〉「今は、陳登ちゃんも沛国に戻ってるはずですよね……。大丈夫でしょうか……」
〈真桜〉「けどさっきの遣い、陳留やのうて出陣しとるこっちに行くよう言われたて、どないなっとんの? 沛の都からここと陳留じゃ、方角が全然違うで?」
真桜が疑問に持つ。陳珪は、何故華琳たちがこの砦に来ると分かったのか。
〈桂花〉「こちらの動きは把握済みだったんでしょ。あの女狐のことだから、それくらいの情報収集はしてても不思議でも何でもないわ」
〈栄華〉「もっとも、それを知られるのは向こうにとっても本意ではないはず。……それだけ余裕がなかったとも取れますわ」
〈桂花〉「……もちろん、罠とも思えるけどね」
〈鎗輔〉「でも、さっきの人が嘘を言ってるようには見えませんでしたよ」
反論する鎗輔。あの疲労困憊ぶりは、演技で出せるようには思えない。
〈桂花〉「本当の情報を伝えられていないこともあり得るわよ。敵を騙すには、まず味方からなのが調略の基本なんだから」
〈秋蘭〉「どうなさいますか、華琳さま。沛に向かうのですか?」
最終的な判断は、華琳に委ねられる。華琳の決定は。
〈華琳〉「ええ。陳珪には借りも多いし、陳登はこれからの陳留に欠かすことの出来ない人材よ」
それにすぐに桂花が異議を申し立てる。
〈桂花〉「反対です。我が軍は既に連戦に連戦を重ね、疲弊の極みにあります。何より行軍に必要なだけの糧食がありません」
〈栄華〉「わたくしも桂花さんの意見に賛成ですわ。救出に向かうにせよ、一度陳留まで戻り、準備を整えてから改めて出直すべきかと」
〈桂花〉「陳珪は朝廷との癒着の証拠も多く見つかりましたし、罠の可能性も否定できません。ここから無理に兵を動かすことも計算の上で、どこかで待ち伏せしている可能性すらあります」
〈春蘭〉「……まさか、白翼党と戦っている官軍と結託しているなどとは言わんよな?」
〈桂花〉「流石にそこまではないと思うけど……せめて、沛城襲撃の裏づけを取ってからの出陣を提案致します」
〈華侖〉「んー。でもそんなことしてて、間に合うんすか?」
〈香風〉「……多分、無理」
華侖でも分かることであった。陳留を経由していたらあまりに遠回りだ。救援が事実ならば、とてもそんな時間の余裕はない。
〈華侖〉「え、それじゃ意味がないっす……」
〈華琳〉「意味がない訳ではないわ。少なくとも、救出に向かったという事実は出来るもの。……間に合うかどうかは別としてね」
〈鎗輔〉「……華琳さまは、それでいいんですか?」
鎗輔が、やや険しい顔つきで問いかけた。華琳の選択を推し量ろうとしているようであった。
〈華琳〉「いい訳がないでしょう。まだあれには対価の支払いも済んでいないのよ。踏み倒すには、少し額が多すぎるわ」
その返答に、鎗輔は少し安堵していた。
〈季衣〉「だったら……!」
〈華琳〉「ただ、私たちも万能ではないもの。届く手の長さは決まっているし、手で掬える大きさにも限りがある」
〈季衣〉「……なら、華琳さま、お願いがあります」
〈華琳〉「何?」
季衣はまっすぐに華琳に向かい合って、申し出た。
〈季衣〉「ボクを、沛国に行かせて下さい」
〈春蘭〉「季衣。お前、またか!」
〈季衣〉「あの砦の一番高いところに旗を立てたら、ご褒美があるんですよね? だったらボク、あの人たちを助けに行きたいです」
〈華琳〉「……」
〈季衣〉「華琳さまの手が届かないなら、ボクが一緒に手を伸ばします。華琳さまに掬えないものは、ボクもお手伝いします」
普段の明るさを抑えてでも、真剣に訴え出る季衣であるが、桂花が反対する。
〈桂花〉「駄目よ。季衣だって、ここに来るまでにどれだけ戦ったと思ってるの。それにいくら白翼の連中が雑魚ばかりでも、季衣一人が行ったところで……」
〈栄華〉「何より、もう食料がありませんのよ。せめて、こちらに向かっている輸送部隊と合流して、補給を済ませてからでないと」
〈季衣〉「それじゃ間に合わないかもしれないんでしょ! それに、その食べ物は街の人たちのものなんだから」
手はつけられない、と言う前に、季衣の大きな腹の虫が鳴った。
〈栄華〉「……ほら。今のわたくしたちは、その空腹を満たすのが精いっぱいですのよ」
〈季衣〉「だ、大丈夫だよ。お腹が空いてるのも、絶対に我慢するから! うぅ……お腹なんか減ってない、減ってない……」
〈鎗輔〉「……華琳さま、どうしますか。ご決断を」
華琳に問いかける鎗輔。もちろん彼も心情的には季衣と同じだが、だからと言って季衣に無理をさせることも出来なかった。
この判断は、華琳にしか出来ないのだ。
〈華琳〉「そうね……」
〈季衣〉「華琳さま、助けに行きましょう!」
〈桂花〉「ここは公正な判断を……華琳さま!」
〈栄華〉「お姉様!」
全員の目が、華琳に集まる。
華琳が出した結論は――。