奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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If you need protection, find an influential man

 

 陳留の城の謁見の間にて、燈と喜雨の親子が玉座の華琳の前に通された。

 

〈燈〉「華琳さま。陳珪、陳登、ただいま陳留に到着致しました」

 

〈華琳〉「ええ。沛の様子は?」

 

〈燈〉「信頼の置ける後任の者に、ひと通り引き継ぎの作業は終えて参りました。今後は華琳さまの思うままに」

 

〈華琳〉「結構。喜雨もご苦労様」

 

〈喜雨〉「……うん」

 

〈燈〉「申し訳ありません、華琳さま。相変わらずな子で」

 

〈華琳〉「構わないわ。引き続き、苑州と豫州の農地のことは任せるわよ」

 

〈喜雨〉「もちろん。こっちこそよろしく」

 

 華琳と燈たちのやり取りを、控える鎗輔たち幹部が不安半ばに見守っている。

 

〈鎗輔〉「とうとうこの日が来たか……」

 

 華琳への恭順後、ひとまずは戦後で混迷していた沛国の事後処理をしていた燈だが、本日から娘の喜雨を連れて、正式に華琳の部下として活動を始める。しかし、燈の参入を歓迎する者は少ない。

 

〈栄華〉「大丈夫ですの? 喜雨さんはともかく、燈さんは」

 

〈桂花〉「大丈夫な訳ないでしょ。華琳さまは気にしていらっしゃらないようだけれど……その分、こちらで警戒するしかないわね」

 

〈栄華〉「……ですわね」

 

 桂花、栄華はその筆頭だ。基本的に来る者拒まずで、身分能力様々な人材であふれる華琳の軍だが、流石に一国の相だった人物が加わるのは前例のないこと。特に燈は考えが見通せない人物であるため、そう簡単に信用できないのだった。

 

〈春蘭〉「いちいち気にすることもあるまい。華琳さまの前に立ちふさがるようなら、斬り捨てるまでだ」

 

〈桂花〉「あんたは簡単でいいわね……」

 

〈春蘭〉「ふふん」

 

〈桂花〉「褒めてないからね」

 

 桂花が突っ込んでいる内に、華琳たちの話し合いが終わる。

 

〈華琳〉「細かい話はまた改めてにしましょう。今日はひとまず、ゆっくり休むといいわ」

 

〈燈〉「はい。ご配慮、感謝致します」

 

 燈が恭しく頭を下げると、鎗輔たちも解散となった。

 

 

 

 顔合わせが済み、謁見の間から出た鎗輔を、先に退出していた燈が待っていた。

 

〈燈〉「鎗輔さま」

 

〈鎗輔〉「燈さん……豫州からはるばる、お疲れ様です」

 

〈燈〉「鎗輔さまも色々とありがとう。これからも、引き続きよろしくお願いするわね」

 

〈鎗輔〉「こちらこそ……ですけど、今日はもう休んでいいと言われてましたのに、わざわざ」

 

〈燈〉「ふふっ。挨拶回りくらい、仕事の内に入らないわよ」

 

〈鎗輔〉「そうですか……。あ、あの」

 

〈燈〉「何でしょうか? 鎗輔さま」

 

〈鎗輔〉「その、鎗輔さま、なんてよして下さい。普通に呼んでもらって結構ですので」

 

 遠慮すると、燈はくすくすとおかしそうに肩を揺らした。

 

〈燈〉「そんなに変かしら? 華琳さまや他の曹家の皆様もさま付けじゃない」

 

〈鎗輔〉「いえ、ぼくは曹家じゃありませんから……」

 

〈燈〉「でも、鎗輔さまはかの天の御遣いなのでしょう? 位で言うならば、むしろ天子さまをも凌ぎ得るわ」

 

〈鎗輔〉「そ、そんな! 滅多なこと言わないで下さい! 誰かに聞かれたら、厄介なことになるかもしれませんよ!」

 

 燈の爆弾発言に慌てる鎗輔。この漢王朝において皇帝は、『天子』と呼ばれることから分かる通り、神格化されている存在である。実際の権威が凋落しているとは言え、未だ特別視する者は少なくない。それを貶めるような発言は、たとえ陳留でも危険だ。

 

〈燈〉「あら、新参の私を心配して下さるの? 鎗輔さまはやはりお優しい人なのね」

 

〈鎗輔〉「優しいとか、そういうことじゃ……。ともかく、『さま』なんていらないですから。ぼくは特別視されたい訳じゃありません」

 

〈燈〉「そうねぇ……」

 

 燈が腕を組む。すると、あまりに豊かな胸が押し上げられて谷間が深まった。心なしか、燈は所作の端々で豊満な胸をアピールするように揺らしたり強調したりしているように見える。

 鎗輔は、努めてそこに意識しないように微妙に目線を外していた。

 

〈燈〉「だったら……」

 

 燈はその目線の先に回り込んで、瞳をじぃっと覗き込みながら艶めかしく唇をうごめかせた。

 

〈燈〉「……鎗輔」

 

〈鎗輔〉「……ッ!!」

 

 カァァ、と鼻孔の奥から熱がこみ上げそうになる鎗輔。ただ名前を呼ぶだけなのに、こうも艶やかな動作を挟むのは、もう分かってやっているとしか思えない。

 

〈燈〉「それとも、こっちの方がいい……?」

 

 今度は身を乗り出して、息が吹きかかりそうなほど鎗輔の耳元に唇を寄せて、ねっとりと、

 

〈燈〉「鎗輔さん……」

 

〈鎗輔〉「そんなに近寄る必要あります!?」

 

 バッ! と囁かれた耳を抑えながら燈から離れた。

 

〈燈〉「あら。親愛の情を込めたつもりだったんだけど? 鎗輔さん♪」

 

〈鎗輔〉「込めすぎですよ! ぼくの名前呼ぶ度やるんですか!? 普通でいいですから!!」

 

〈燈〉「私にとっては普通なのだけれど……?」

 

〈鎗輔〉「嘘でしょそれは! こんなのやってるとこ、見たことありませんよ!」

 

〈燈〉「あら。そんなことが言えるほど、私のことを熱心に見ていたのかしら……鎗輔さんはぁ♪」

 

〈鎗輔〉「だから、すり寄ってこないで!!」

 

〈PAL〉[心拍数が上昇しています]

 

〈鎗輔〉「そんなの言わなくていい! わざわざッ!」

 

 顔が真っ赤の鎗輔に、燈は実に愉快そうにくすくす笑っていた。

 

〈鎗輔〉「はぁ……もう好きに呼んでくれていいですよ……」

 

〈燈〉「ええ、分かったわ、鎗輔さま」

 

 あっけなく言い負かされた鎗輔に、フーマがヒソヒソ話しかける。

 

〈フーマ〉『鎗輔、もっとしっかりしろってんだ。向こうのペースに飲まれっぱなしじゃねぇか』

 

〈鎗輔〉「うん……気をつけるよ……」

 

 警戒心を忘れるなというフーマからの忠告。何せ、燈は明らかにこれまでの仲間とは違って、真意を掴み難い人物なのだ。注意していないと、万が一のことがあるかもしれない。

 ひとまずは、燈を部屋に送りながら、今後の予定を尋ねた。

 

〈鎗輔〉「じゃあ、しばらくは陳留に滞在するんですね?」

 

〈燈〉「ええ。沛にいた頃もある程度の情報は集めていたけれど、完全ではないしね。まずは必要な情報を纏めてからでないと、お役目は果たせないもの。鎗輔さまにも色々聞くかもしれないけれど、その時はよろしくね」

 

〈鎗輔〉「ええ。あッ、そこ段差が……」

 

 鎗輔が注意した時には既に、燈は足を段差に引っ掛けていた。

 

〈燈〉「きゃっ!」

 

〈鎗輔〉「わッ!?」

 

 よろけた燈は、鎗輔の方に向かって倒れてきた。もつれ合って転倒する鎗輔。その結果、

 

〈燈〉「鎗輔さま、大丈夫?」

 

〈鎗輔〉「ぼ……ぼくは大丈夫、です……けど……」

 

 燈の下敷きになり、そして顔面が、

 

〈燈〉「あら鎗輔さま、どうかした?」

 

〈鎗輔〉「い、いや、どうしたかって……これ……!」

 

 ちょうど燈の胸にうずまっていた。

 

〈燈〉「え……あ、きゃっ!」

 

〈鎗輔〉「と、燈さん! そんな、抱きしめないで……! 落ち着いて……!」

 

〈PAL〉[脈拍上昇]

 

〈鎗輔〉「だから言わなくていいッ! 燈さん、とりあえず立って……!」

 

〈燈〉「え、あ……そ、そうね……んっ」

 

 上からどくよう言いつけるが、燈も動揺しているのか、鎗輔に回した腕の力を強めた。鎗輔の顔面に掛かる、柔らかい感触も強まる。

 

〈鎗輔〉「ちょッ、燈さん、苦し……苦しくはないけど……苦し……!」

 

〈燈〉「ふぁ、鎗輔さまぁ……そんな、動か……」

 

「……何やってるの、母さん」

 

 まさしくくんずほぐれつしているところに、掛けられる声。

 

〈燈〉「あら、喜雨。華琳さまも」

 

 いつの間にか、喜雨と華琳の二人が、鎗輔と燈を呆れ果てた目で見下ろしていた。

 

〈喜雨〉「……」

 

〈華琳〉「……」

 

〈鎗輔〉「か、華琳さま……! いや、これは違……」

 

〈華琳〉「……鎗輔。あなたたちが何をしようが構わないけれど……私の城でするなら、時と場所くらいはわきまえてちょうだい」

 

〈喜雨〉「母さんもだよ……」

 

〈鎗輔〉「違うんですって! 事故なんですよこれはッ!」

 

 何ともベタな台詞を吐く鎗輔であった。

 

〈燈〉「そ、そう……ですわね。申し訳ありません。今後は気をつけますわ」

 

〈鎗輔〉「燈さんも何言っちゃってるんですか!? それだと認めたことになりますよ!?」

 

〈燈〉「喜雨は何を?」

 

 鎗輔のツッコミを、完全スルーの燈。

 

〈喜雨〉「華琳さまと豫州の農業の話だよ」

 

〈鎗輔〉「……もう休むんじゃなかったの? 母娘そろって……」

 

〈喜雨〉「こんなの仕事の内に入らないよ。だよね、華琳さま」

 

〈華琳〉「ふふっ、そうね。なら行くわよ、喜雨」

 

〈喜雨〉「うん」

 

 華琳と喜雨は鎗輔たちに軽蔑したような目をくれたまま、立ち去っていってしまった。

 

〈燈〉「あらあら、怒られてしまったわね」

 

〈鎗輔〉「うぅ……変な噂、立てられないかなぁ……」

 

 ようやく起き上がって、がっくし肩を落とす鎗輔。

 そんな彼に、フーマが囁きかける。

 

〈フーマ〉『おい鎗輔……今の、おかしくなかったか?』

 

〈鎗輔〉「えッ、何が?」

 

〈フーマ〉『燈だよ。よろけ方が何か不自然だったぜ。わざとお前の方に倒れてきたような……』

 

〈鎗輔〉「……考えすぎだよ、それは。そんなことして、何のメリットがあるのさ。偶然だよ、きっと」

 

〈フーマ〉『そっかなぁ……』

 

 フーマは釈然としない様子であったが、ともかく燈を部屋に送り届けたのだった。

 

 

 

 その数日後。

 

〈鎗輔〉「じゃあ、今日は午後からは華侖ちゃんと柳琳ちゃんのところに行くね」

 

〈柳琳〉「よろしくお願いします、姉さん、鎗輔さん」

 

〈華侖〉「任せるっすよー!」

 

〈香風〉「二人が行くなら、シャンも行く……!」

 

〈PAL〉[ですが香風は、本日は書庫整理と聞いていますが]

 

〈香風〉「あ……」

 

〈柳琳〉「二人いれば十分だから、気持ちだけもらっておくわね、香風」

 

 廊下で華侖、柳琳、香風と軽い打ち合わせをしているところに、書類の束を抱えた燈がやってきた。

 

〈燈〉「あらあら、みんなそろって何のお話かしら?」

 

〈鎗輔〉「燈さん。少し、今日の予定について」

 

〈華侖〉「お昼ご飯食べたら、鎗輔っちと柳琳のお仕事を手伝いに行くんすよー!」

 

〈柳琳〉「はい。古い備品が倉庫に溜まってしまったので、不要な物は一度処分しようということになりまして……」

 

〈香風〉「シャンもお手伝いしたかった」

 

〈燈〉「香風さんは他に用事が?」

 

〈香風〉「書庫で資料整理……土地の記録のまとめ」

 

〈燈〉「土地の記録って……もしかして、これのまとめ直し?」

 

 燈が目で指した一番上の紙束を、香風が手に取る。

 

〈香風〉「あー。これ」

 

〈燈〉「良ければ私がしておくわよ?」

 

〈香風〉「いいの?」

 

〈柳琳〉「あの、悪いんじゃありませんか?」

 

〈燈〉「今から見ようと思っていた資料だし……ついでで良ければね。香風さんは、柳琳さまをお手伝いしてあげて」

 

〈香風〉「うん。ありがと、燈」

 

〈柳琳〉「何だかすみません、燈さん」

 

〈燈〉「気にしないで……あっ」

 

 親切に香風の仕事を肩代わりした燈であったが、柳琳の方を向いた瞬間に、紙束のバランスが崩れてこぼれ落ちてしまった。

 

〈香風〉「あー」

 

〈鎗輔〉「拾いますよ、燈さん」

 

〈華侖〉「あたしも拾うっす!」

 

〈燈〉「申し訳ありません、鎗輔さま、華侖さま」

 

〈華侖〉「気にしなくていいっすよ!」

 

〈鎗輔〉「ええ。これくらい軽いも……の……」

 

 紙束を拾って顔を上げた鎗輔の目の前に……しゃがみ込んで前かがみになった燈の胸元がアップになっていた。

 

〈燈〉「鎗輔さま?」

 

〈鎗輔〉「……はい。資料です……」

 

〈燈〉「ふふっ、ありがとうございます」

 

 赤面をそらしながら紙束を突き出す鎗輔に、燈は含み笑いを浮かべた。

 

〈華侖〉「ねーねー、鎗輔っちー」

 

〈鎗輔〉「な、何?」

 

〈華侖〉「そんなに燈のおっぱいが気になるんすか?」

 

 ブゥッ! と鎗輔が勢いよく噴き出した。

 

〈柳琳〉「ちょ、ちょっと、姉さん!!」

 

〈香風〉「お兄ちゃん……」

 

〈燈〉「あらあら」

 

〈鎗輔〉「いやいや、違うんだよこれは! 顔を上げたら、たまたま目の前にあったってだけで、別に特別気にしたとかそういうのじゃ……!」

 

 必死に言い訳しながら無意識に後ずさった鎗輔の足が――燈の足と絡まった。

 

〈燈〉「きゃっ!」

 

〈鎗輔〉「わッ!?」

 

 どこかで見たような反応とともにもつれ合って倒れ込む二人。そして、

 

〈燈〉「あら……嫌ですわ、鎗輔さま」

 

〈鎗輔〉「……またこれかッ!」

 

 またも鎗輔は燈の下敷きになって、顔に胸が押しつけられる形となっていた。

 

〈PAL〉[血流速度上昇]

 

〈鎗輔〉「言うなっつーの!!」

 

〈フーマ〉『鎗輔、口調が荒れてるぞ』

 

〈柳琳〉「はわわ……そ、鎗輔さんっ」

 

 鎗輔の状況に恥ずかしがる柳琳だが、顔に当てた手の平の指の間からしっかりと見ていた。

 

〈燈〉「うぅ、こんなところでなんて……恥ずかしい」

 

〈鎗輔〉「燈さんも、乗っからないで!」

 

〈華侖〉「うー、燈ばっかりずるいっすー! あたしも鎗輔っちにおっぱいぎゅーってしたいっす!」

 

〈柳琳〉「ちょっと姉さん、こんなところで脱がないで!」

 

〈香風〉「だったら、シャンもー!」

 

〈鎗輔〉「わぁーッ! 違うからこれは! これ以上ややこしくしないでーッ!」

 

 暴走する華侖、香風を何とかなだめ、起き上がった鎗輔に、フーマが告げる。

 

〈フーマ〉『鎗輔……やっぱおかしいぞ。燈の奴、さっきわざと足引っ掛けたとしか思えねぇ……』

 

〈PAL〉[鎗輔が書類を拾った際も、立ち位置を変えていました]

 

〈鎗輔〉「……ま、まだ分からないよ。後ずさったのはぼくだし、書類を受け取るのに近づいただけかもしれないし……」

 

 それでもまだ言い繕う鎗輔であった。

 が、しかし――。

 

 

 

〈鎗輔〉「……いい加減、ぼくも分かりましたよ。ええ」

 

〈燈〉「はい?」

 

〈鎗輔〉「……わざとやってますよね? 偶然に三度目はないんですよ。天の国の格言です」

 

 更に数日後に、三度燈に、今度は出会い頭に押し倒されたことで、ようやく認めた。

 

〈燈〉「あらやだ、そんなに私の胸にお鼻を押しつけながら言われても……あーれー♪」

 

〈鎗輔〉「自分からやってるんでしょうが! 早くどいて下さいよ! 立てるんでしょ!?」

 

〈燈〉「でも、嫌ではないでしょう? 現にここも……」

 

〈鎗輔〉「わーッ!! 股間を触ろうとしないで下さいよッ! な、何でこんな馬鹿げた真似するんですか!? からかってるんですか!?」

 

 煩悩を振り払うように声を荒げて問い詰める。

 

〈燈〉「んー……可愛い子を食べたいって言ったら?」

 

〈鎗輔〉「だぁーッ!! だからそういうのは無しでッ! 何か、目的があるんでしょう!? じゃなきゃ痴女ですよッ!」

 

 痴女と呼ばれるのは流石に心外だったか、燈も口を割る。

 

〈燈〉「……まぁ、大陸の運命を左右する天の御遣いに、安全のために取り入りたいという気持ちがあるというのも、否定はしないわね。寄らば大樹の陰というもの。今の内に十分つながりを作っておけば、後から誰か言い寄ってきても、差をつけておけるでしょう?」

 

 そう答えた瞬間――。

 慌てふためいていた鎗輔の雰囲気が、一変した。

 

〈燈〉「……あら?」

 

〈鎗輔〉「……つまり、色仕掛けでぼくを篭絡しようとしたということですか。――己の利益のために、人の気持ちをもてあそんで」

 

〈燈〉「そんな言い方をすると、聞こえが悪くなってしまうけれど……?」

 

 グイッ、と、自分の上から燈を引き離す鎗輔。急激に冷徹な態度になった彼に、燈もいささか面食らっている。

 

〈燈〉「あの、鎗輔さま……?」

 

 鎗輔はあれだけ狼狽していたのが一転して、すっくと立ち上がって淡々とジャケットの襟を正し、ポカンとしている燈に改めて目を向けた。

 その瞳は、普段の温情にあふれた彼のものとは思えないほど、冷ややかであった。

 

〈鎗輔〉「……燈さんはまだここに来たばかりですし、あまりうるさいことは言いません。……ですが、今後もこういった、仲間の気持ちを玩具にするような真似をするようでしたら……ぼくは、そんな人とは目も合わせたくありませんから。仲間だなんて絶対思いません」

 

〈フーマ〉『お、おい鎗輔。何もそこまで言わなくても……』

 

 フーマも戸惑いを見せていた。警戒しろとは言ったが、まさか鎗輔がここまで過敏に反応するとは思わなかった。

 その取り成しの言葉にも、鎗輔は取り合わなかった。

 

〈鎗輔〉「行こう、フーマ」

 

〈フーマ〉『お、おい!』

 

 そのまま燈に背を向け、ツカツカと歩み去っていく。一度も振り返ることはなかった。

 彼の態度の急変に呆気にとられて、座り込んだままの燈が、やがてひと言つぶやいた。

 

〈燈〉「……打算的な女は、お嫌いだったのかしら……」

 

 

 

 その後、廊下を移動する燈の下に、華琳が姿を見せて注意をした。

 

〈華琳〉「燈、悪ふざけもほどほどになさいな」

 

〈燈〉「あら。何のことでしょうか、華琳さま?」

 

〈華琳〉「とぼけないで。聞いているわよ? あなたが、鎗輔の前でだけ不注意になって、度々転倒していると。――別にあれにどんなちょっかいを掛けようとも自由だけれど、城の風紀を乱すようなことはやめてちょうだい。将兵の士気にも影響しかねないわ」

 

 苦々しく言いつける華琳。燈はそれを素直に受け入れた。

 

〈燈〉「申し訳ございません。二度と致しませんわ。――鎗輔さま当人にも叱られてしまいましたし」

 

〈華琳〉「鎗輔に?」

 

 いささか驚く華琳。鎗輔が、多少からかわれたくらいで人を叱りつけるとは思えない。

 

〈燈〉「お気に召さなかったようですわ。……それと、華琳さま」

 

〈華琳〉「何かしら」

 

〈燈〉「……余計なお世話かもしれませんが、鎗輔さまへのご対応はどうぞお気をつけを。愛らしいお顔をして、あの方は何かを心に抱えておられる様子。一つお間違えになったら、大変なことになるかもしれませんわ」

 

〈華琳〉「……そう。覚えておくわ」

 

〈燈〉「うふふ。それでは失礼致します」

 

 微笑とともに立ち去っていく燈。

 その場に残された華琳は、これまでの鎗輔の顔を思い返した。――しばしば見せる、陰のある表情。

 

〈華琳〉「……本当に余計なお世話よ。そんなこと、言われずとも分かっているわ……」

 

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