〈愛紗〉「ご主人様、申し訳ありません……。このような雑事を手伝わせてしまって」
〈一刀〉「いやいや、俺たちには人手が足りないんだからさ。何もしないって訳にはいかないよ」
――俺たちが公孫賛と合流してしばらく。俺たちは戯志才と入れ替わる形で彼女の客分という扱いになり、幽州での身分を保証してもらえるようになった。その見返りとして、軍事行動を要請されれば協力することになってる。ある程度の自由と援助と、ある程度の義務を公孫賛は俺たちに与えた形だ。
公孫賛の軍の中核に据えられなかったのは、あくまで新参だからというのもあるだろうが、その気になればいつでもここから離れられるようにとの心配りだろう。天の御遣いの身分を明かした俺をも自由にしてくれる。公孫賛の気の回しぶりには、感謝するばかりだ。
これから、大陸中に名を馳せようとするからには、いつまでも世話になってる訳にもいかないしな……。
〈一刀〉「で、何すればいいの?」
〈愛紗〉「そうですね……私が選んだ者の中から、隊の長を選んでいただけますでしょうか。天の御遣いに選ばれたとあれば、皆も一層意気に感じることでしょう」
〈一刀〉「なるほど……そういうことなら、タイガも何か意見出してくれよ」
〈タイガ〉『いやぁ……ウルトラマンがあんまりこういうことに口を出すのって、正直良くないし』
〈一刀〉「何だよ、ケチー」
なんて言い合いながら、愛紗から頼まれた仕事をこなしてく。
そして取り決めた人事案を、桃香に見てもらうために城の中を捜すが……なかなか見つからない。公孫賛のところにいるんだろうか?
〈雷々〉「電々ー。あそこのお茶美味しかったね~」
〈電々〉「ね~。私たちのお店でも売ってみたいね」
〈一刀〉「あ、雷々と電々」
代わりに、廊下の前から雷々と電々が並んで歩いてきた。
〈雷々〉「あー、ご主人様だ!」
〈電々〉「こんにちは~!」
〈一刀〉「こんにちは。二人そろって……はいつものことか」
〈タイガ〉『何やってるんだ?』
尋ねると、雷々と電々は顔を見合わせた。
〈雷々〉「何って言うと……何だろうねぇ?」
〈電々〉「うーん……見聞を広めてる、かな?」
〈雷々〉「あ、そうそれ! 雷々たちは色んなお店を参考にしないといけないからね!」
〈一刀〉「勉強熱心だなぁ」
〈雷々〉「えへへー、それほどでもー!」
〈電々〉「どこのお菓子も美味しくて止まらなくなっちゃったよー」
〈タイガ〉『ただの食べ歩きじゃんか』
〈雷々〉「えー、違うよー!」
〈電々〉「商材になるかもしれないものを、舌で確かめてたのー!」
うん、まぁ、そういうことにしておこう。
〈一刀〉「ところでさ、桃香がどこにいるか知らないかな」
〈雷々〉「桃香ちゃん? 会ったよ」
〈電々〉「うん、ついさっき」
〈一刀〉「ほんとか? どこで?」
〈雷々〉「ご主人様、桃香ちゃんに用事?」
〈一刀〉「ああ、愛紗と一緒に部隊編成とか考えたから、桃香に確認してもらおうと思って」
〈電々〉「おー、すごーい! ご主人様も愛紗ちゃんみたいなお仕事できるんだ!」
〈一刀〉「い、いやぁ……俺は大したことは……。あ、で、桃香は?」
〈電々〉「あ、そだったそだった。桃香ちゃんはね、お茶屋にいるよ~」
〈一刀〉「お茶屋ぁ?」
〈雷々〉「何かね、お茶屋のご主人が急にお腹を壊しちゃったんだって!」
〈電々〉「で、たまたま通りがかった桃香ちゃんが、店番を変わってあげたって言ってたよ」
なるほど。道理で城を捜しても見つからない訳だ。
〈タイガ〉『はは、桃香らしいな』
〈雷々〉「ねー! 桃香ちゃんは優しいよね!」
〈電々〉「そこのお茶もすっごく美味しかったんだよ~。桃香ちゃんに勧められて、ついつい飲んじゃったんだけど」
確かに、桃香に勧められたら、いくらでも飲んでしまいそうだ。
〈雷々〉「……あ、で、お仕事なんだよね! 雷々たちが桃香ちゃんを呼んできてあげよっか?」
〈一刀〉「え、でも戻ってきたばかりだろ? 市場まではそう遠くないし、俺が行ってもいいけど……」
〈電々〉「ううん、いいのいいの! ご主人様はここで待ってて~!」
二人は俺を制して、パタパタと走っていってしまった。
……まぁ、すれ違いになってもまずいし、ここは任せようか。
〈タイガ〉『なぁ一刀』
〈一刀〉「何だ?」
〈タイガ〉『桃香が城に戻ってきたら、誰がその店を見てるんだ?』
〈一刀〉「ああ、そういえば……」
生憎、置いていかれた俺にもそれは分からなかった。
ほどなくして、桃香が小走りで俺の元に来る。
〈桃香〉「ごめんごめん~~!」
〈一刀〉「そんな走ってこなくても」
〈桃香〉「ううん、ご主人様が待ってるって言うから……! そ、それでなぁに? お仕事のお話しだよね?」
〈一刀〉「あ、そうそう。これ……愛紗が決めた部隊の編成なんだけど」
それを書いた書類を差し出すが……桃香は妙にうなる。
〈一刀〉「……桃香?」
〈桃香〉「あ、ごめんごめん! 何だか本物の軍隊みたいですごいなーって」
脱力してしまいそうなひと言に、一刀とタイガはついつい苦笑。
〈タイガ〉『いや、本物の軍隊なんだって』
〈桃香〉「あっ、そうだった……。うん、愛紗ちゃんが決めたことだったら心配いらないと思うし、これで大丈夫! わたしが直接、愛紗ちゃんに言った方がいいよね?」
〈一刀〉「うん、その方がいいと思う」
〈桃香〉「分かった。じゃあ、愛紗ちゃんのところに行ってくるね。ご主人様、わざわざありがとう!」
〈一刀〉「あ、雷々と電々が呼びに行ってくれたと思うんだけど、二人は?」
〈桃香〉「あー……急いで戻ってきたから、ちょっと分からないかも」
〈一刀〉「そっか。じゃあ、俺、ちょっと二人を捜してくるよ」
〈桃香〉「うん! じゃ、ご主人様、また後でね!」
手を振る桃香と別れ、俺はタイガに目を落とす。
〈一刀〉「雷々たちはまだ市場かな」
〈タイガ〉『だろうな。何やってるんだろうな?』
ともかく、二人がいるだろう市場へと足を向ける。
結局、市場には行くことになったな。
そしてやってきた市場で、辺りを見回して捜すが、人混みからはなかなか見つからない。二人とも、身長低いからな。
しかしやがて、どこからか目当ての二人の声が耳に入ってくる。
〈電々〉「よってらっしゃいみてらっしゃ~い!」
〈雷々〉「とーっても美味しいお茶ですよー! 買い物休憩に一杯如何ですか~?」
〈一刀〉「ん? この声……この文句……」
〈タイガ〉『呼び込みだよな……』
声のする方向へと足を運ぶと、そこには、
〈電々〉「さー、おじさま、是非飲んでいって下さいな~」
〈おじいさん〉「あぁ、それじゃあ一杯いただこうかねぇ……」
〈電々〉「は~い! お客様一人ご案内~!」
〈雷々〉「はいよー!」
お茶屋でバリバリ働いてる雷々と電々の姿が!
〈電々〉「あー、ご主人様。どうしたのー?」
俺に気づいた電々がこっちに駆けてきた。
〈タイガ〉『いや、そりゃこっちの台詞だろ』
〈一刀〉「二人を捜しに来たんだけど」
〈電々〉「私たちを? 何で?」
〈一刀〉「桃香にちゃんと資料を渡せたからさ、お礼を言おうと思って」
〈電々〉「あ、そうなの~! でもいいよう、お礼なんて~」
〈一刀〉「いやいや、そういう訳にも……。ところで、二人はここで何をしてるんだ?」
〈電々〉「店番だよ~? あ、そうだ! お礼したいなら、ご主人様もお茶を飲んでって~!」
〈一刀〉「あッ、ちょっと……!」
返事をする間もなく、電々は俺の腕をがっちり抱きしめ、お茶屋の中に引っ張っていった。
ここで分かったことだが……電々も見た目の割には柔らかかった。
〈電々〉「雷々、ご主人様ごあんな~い!」
〈雷々〉「いらっしゃーい! さぁご主人様、ここに座ってね! お茶は冷たいの? 熱いの?」
店内に入ると、雷々も加わって席に通された。
どうでもいいことだけど、ここでご主人様なんて呼ばれたら、違う喫茶になりそうだな。
〈一刀〉「じゃあ冷たいので……」
〈雷々〉「はーい! ちょっとお待ちを~」
店の奥に引っ込んだ雷々は、すぐに湯呑みをお盆に載せて戻ってきた。
〈雷々〉「お代はのちほど~!」
〈一刀〉「ええ!? 俺、お金持ってきてないよ!?」
目が飛び出そうになる俺。ちょっと二人を捜して戻るだけのつもりだったからだ。
〈雷々〉「えー、しょうがないなぁ。じゃあ桃香ちゃんにツケとくね!」
〈一刀〉「さ、流石商売人……。で、二人はどうしてまたお茶売ってるの?」
〈電々〉「んとね、お茶屋のご主人さんね、お腹が痛いのが治らなくて、今、お医者さんのところに行ってるの」
〈雷々〉「でも桃香ちゃんはお仕事があるから、雷々たちが店番を引き受けたって訳!」
〈一刀〉「なるほどねぇ……」
話を聞きながら、お茶をゆっくり啜る。
〈電々〉「……ご主人様、何か、おじいちゃんみたいだね」
〈雷々〉「もっと元気に飲もうよ! 若々しく、こう、ぐいっと! それからもう一杯飲んでみるとかどう?」
〈一刀〉「ツケにしてもらってる身でそんなこと出来ません!」
〈雷々〉「ちぇー」
〈電々〉「まぁ、しょうがないよねぇ。このお茶、結構いい奴だし」
桃香、すまん……。
〈タイガ〉『それで、ただの店番だけじゃなくて、呼び込みもしてるのか』
〈雷々〉「そうだよ! 私たちは商売人だからね!」
〈電々〉「お茶もいっぱい売っちゃうよ~! 桃香ちゃんには負けないんだから! じゃ、気を取り直して、またお外に行ってくるね!」
〈雷々〉「分かった!」
息まいて外に出ていく電々。二人の営業の様子を、俺とタイガは店内から観察する。
〈電々〉「お姉さん、お買い物休憩にお茶は如何ですか~? お持ち帰りも出来ますよ~?」
〈雷々〉「そちらの綺麗なおばさま! 美味しいお茶は如何ですか? お持ち帰りすればお子さんも喜ぶこと間違いなし! 騙されたと思って一杯でも飲んでいって~?」
随分張り切って、多少強引にでも店の中に誘導しようとする。無理矢理連れ込む、というところまでは行かないが……。
〈タイガ〉『……ああいうのは、俺はあんまり好かないな』
〈一刀〉「タイガ」
〈タイガ〉『自分がされた場合を考えたら、ちょっと引くよ。光の国じゃ、あんな強引な呼び込みはなかったし』
タイガの言うように思う人も、ここには少なくない。傍目から見れば、往来には電々から一歩離れて歩く人の姿もよく見える。
うーん……宣伝をしないことには、どんなにいい商品だって売れないものだけど……。
日が落ちる頃には、店の主人の体調も良くなって戻ってきた。一日中店番をしてもらったことを、深く感謝されたのだが……。
〈雷々〉「むすー」
店を出た雷々は、すぐに鼻息荒くむくれた。
〈一刀〉「どうしたんだ?」
〈雷々〉「……何でもないよー」
〈一刀〉「絶対何でもなくないでしょ」
〈電々〉「んとね、桃香ちゃんの時の方が、私たちの時より売り上げが良かったんだ」
〈一刀〉「え? 桃香って朝の間くらいしか店番してなかったんじゃ?」
〈雷々〉「まぁ、売り上げ自体は雷々たちの方が良かったよ? けど、桃香ちゃんが雷々たちと同じくらい店番してたら、ずーっとたくさん売り上げてたと思うんだよね……」
単位時間辺りの売り上げを算出して比較したのか。そこまで気にするとは、大商人の娘だけある。
〈電々〉「おかしいよねぇ。電々たち、二人で店番してたんだから、ほんとならもっともーっと売り上げててもおかしくないのに……」
〈雷々〉「うーん、朝の方がお茶を買ってくれる人が多かったのかなぁ」
思い悩む二人に、タイガが告げる。
〈タイガ〉『俺としても、桃香が売り子してたなら、買ってたかもな』
〈雷々〉「えっ、勇者様、それって……」
〈電々〉「勇者様も、おっぱいおっきい子が好みなんだ……」
〈タイガ〉『いやそんな話じゃねぇよ!?』
あらぬ疑惑を掛けられたタイガが突っ込んだ。
〈タイガ〉『ほら、桃香なら、お茶は如何ですか~? ってのんびりにこにこした感じで売りそうだろ? そういう、さりげなく売りに来る方が、気持ちを絆されて手が伸びそうってことだ』
〈一刀〉「ああ。ここら辺は静かな方だし、桃香の方が街の空気に馴染んだのかもな。逆に大きな市場街とかなら、二人のやり方の方が適してるのかも」
〈雷々〉「なるほど~……場の雰囲気に合わせるのも大事かぁ……」
俺たちの言葉を受けて、考えた雷々と電々がうなずき合う。
〈雷々〉「電々、お部屋に帰ったら、今日のことをもっとよく反省して分析しよう!」
〈電々〉「うん! もっと他にも理由があって、お茶をたくさん売る方法があるかも!」
〈一刀〉「二人にしてみたら、何事も勉強だな」
〈雷々〉「そうだよ! 雷々たちは大陸一の商売人になるんだからね!」
〈電々〉「桃香ちゃんに負けっぱなしじゃ駄目だもん!」
商売に張り切る雷々と電々の姿に、俺とタイガは苦笑を浮かべる。
雷々も電々も、今はまだまだ未熟だけど、これから色んな経験を積んで、商売人として大きくなっていくんだろう。俺も負けないよう、頑張っていかないとな!