奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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Sham Sleeping Beauty

 

〈桂花〉「――本日の報告は以上になります」

 

〈華琳〉「そう。ご苦労だったわね」

 

 ある晩の執務室にて、華琳が桂花から諸々の報告を受けていた。

 

〈華琳〉「ところで、鎗輔は副官につけた凪たち三人と上手くやっているのかしら。活動初日は散々だったと聞いているけれど」

 

〈桂花〉「はい。それはもうひどいありさまでしたが、以降はそれなりに面倒を見ているようです。まぁあのもやし男のことですから、見られていると言った方が正しいでしょうが」

 

 桂花がやや顔をしかめながら評した。幾分か私情の入った皮肉だが、流石に公的な報告であるので、不当に貶したりはしない。

 しかし、そこで華琳に尋ねかける。

 

〈桂花〉「……華琳さま」

 

〈華琳〉「何かしら?」

 

〈桂花〉「あの男――東雲鎗輔をこのまま陳留に置いておいて、本当によろしいのですか? いえ、あんな奴でも天の御遣いとしての評判は役立っておりますし、華琳さまの人物鑑定を疑う訳でもありませんが……」

 

〈華琳〉「……何か、あれに問題があるのかしら?」

 

 桂花の言いたいことは察しておりながら、聞き返す華琳。

 果たして、桂花は華琳の思った通りに言った。

 

〈桂花〉「東雲鎗輔は、あの華琳さまに斬りかかろうとした鬼と明らかに何やら深い関係があります。それなのに、本人は認めようとはしない……。これは華琳さまに対する裏切り行為に他なりません! そんな輩に、未だ何の罰もお与えにならないとは……!」

 

 鎗輔と西園寺楯の間にただならぬ関係があることは、(ごく一部の例外を除いて)全員が察していることだ。それでも、鎗輔本人が頑なに否定しているので、二人がどういう関係で、何があったのかは誰も知らず、なし崩し的に今まで通りのつき合いを続けている。

 

〈華琳〉「鎗輔が私に反逆した訳ではないでしょう? 仕事もよくやっているし、罰するまでのこともないでしょう。それともこの私に、部下を拷問しろとでも?」

 

〈桂花〉「で、ですが……万が一のことがあるやも……!」

 

〈華琳〉「それに、あの驚きようを見る限り……両者の関係がどうあれ、鎗輔はあの男がこちらの世界にいることは全く知らないようだったわ。だからあれと共謀しているという可能性もないわよ」

 

〈桂花〉「それはこの先どうなるか分かりません! もしかしたら、あの鬼に言いくるめられ、変心を起こす恐れも……!」

 

〈華琳〉「桂花」

 

 しつこく訴える桂花を、華琳は一声で制した。

 

〈華琳〉「私の身を案じてくれているのは理解している。けれど、疑い出したらキリがないわ。鎗輔にはフーマもついていることだし、しばらくは様子を見ましょう」

 

〈桂花〉「……ですが、フーマも華琳さまに反逆などしたら……」

 

〈華琳〉「その時は天運が無かったとあきらめる他ないわね。あの覇者の巨人に、どうやって対抗するというのかしら」

 

〈桂花〉「……失礼致します」

 

 桂花はもうそれ以上何も言えず、頭を垂れて下がっていく。

 

〈華琳〉「ええ。今日はもう遅いわ。早く休みなさい」

 

 最後に声を掛けて桂花を見送った華琳は――椅子の背もたれにどっと身を預けて、長く息を吐いた。

 

〈華琳〉「……鎗輔……」

 

 

 

 翌日、鎗輔は城の庭の普段通らないところを横切っていた。

 

〈鎗輔〉「あれ……やっぱりこっち、城門まで遠回りじゃないのか……」

 

 途中で独白する鎗輔。普段通らないのは、城と城下町の間を移動するに当たり、迂回するルートとなるからだ。

 どうしてそんな道をわざわざ通っているかと言うと――先ほど、華琳の下へ警備隊の活動状況を報告に来たのだが、彼女は最近身体を休めていないので、秋蘭たちに説得されて一日休暇を取っているというのだ。急ぐ用件でもないので、邪魔したら悪いと日を改めることにしたのだが……街へ戻ろうというところで、秋蘭からこちらの道が近道だと勧められたのだ。流石に訝しみつつも従ったのだが……やはりいつもより時間が掛かっている。

 

〈鎗輔〉「秋蘭さん、間違えたのかな……」

 

〈フーマ〉『ま、たまには回り道するのもいいだろ。人生と同じだぜ』

 

〈鎗輔〉「そんな分かった風な口利いて」

 

〈フーマ〉『おい、これでも俺ぁお前の何千倍も生きてんだからな』

 

 フーマとやり取りしながら、茂みの間を抜けたところ、

 

〈鎗輔〉「……あれ」

 

 木陰で、ハンモックのような寝具でくうくう眠っている華琳とばったり鉢合わせた。

 

〈鎗輔〉「華琳さまだ……こんなところでお昼寝を」

 

〈フーマ〉『……秋蘭の奴、まさかこれが狙いだったんじゃねぇか?』

 

〈鎗輔〉「まさか、そんな……。秋蘭さんが、華琳さまの休みを邪魔するようなことする訳ないよ」

 

 華琳を起こさないように声を潜めながら、フーマに返す鎗輔。二人は少し離れたところから、華琳の寝姿を見やる。

 

〈フーマ〉『しっかし、寝てるとこだけ見たら、とても苑州やら豫州やらの土地のトップ張るような責任ある人間にゃ見えねぇな』

 

〈鎗輔〉「そうだね……あれくらいの年頃なら、もっと遊んでてもいいだろうに。いつも気を張りすぎだとは思うよ」

 

〈フーマ〉『それはお前にも言えることだけどな』

 

〈鎗輔〉「まぁ……ぼくが特殊も特殊な人間なのは自覚してるよ」

 

 珍しい華琳の姿を目の当たりにして、つい会話が弾む鎗輔とフーマ。

 しかし――実はこの時の華琳は、しっかりと目が覚めていた。その上で寝たふりをして、聞き耳を立てているのだ。

 

〈華琳〉(……人が寝ていると思って、好き勝手言うじゃない。でも……どうして私、狸寝入りなんかしているの。この曹孟徳ともあろう者が、盗み聞きなんてこすい真似を……)

 

 自分の行動に疑問を持ちながらも、完全に起きるタイミングを逃してしまったので、寝たふりを続ける華琳。

 鎗輔とフーマの会話は、聞かれているとは思っていないので、華琳では意味を知らない天の国の言葉も出てくるが、そこは文脈で判断する。

 

〈フーマ〉『いや実際、華琳って小柄だよな。春蘭や秋蘭と並んでるとよく分かるけどよ』

 

〈鎗輔〉「うん……。こんなに小さい肩に、何千何万の人間の命の責任が掛かってて、背筋を伸ばして立ってる……。本当に偉大な人だよ」

 

〈華琳〉(……フーマ以外誰も聞いてないと思っているのに、よくまぁ歯の浮くようなことを平然と……。良くも悪くも正直な人間よね……)

 

 心の中で鎗輔を評しながら、華琳は少しばかり気恥ずかしくもなった。

 と同時に、何で寝たふりをしてしまったのかの理由も悟る。

 

〈華琳〉(……そうか、鎗輔が私のことを陰でどう評価しているか、知りたかったのね。私は)

 

 正直なようでいて、何か重大なものをひたすらに隠し続ける、複雑な心理の鎗輔の本心。それを知る絶好の機会なのだ。

 

〈フーマ〉『いや~でも、歳の割にゃあ小柄すぎるとも思うけどよぉ』

 

〈鎗輔〉「まぁ曹操って成した業績に反して、見た目は貧相な容姿の小男だったって謂うし、顔立ちがいい分まだマシだと思うよ」

 

〈フーマ〉『それでもだぜ? 春蘭秋蘭はまだしも、華侖や栄華たちよりも小さいのはどうなんだ。最初は華琳の方が姉って呼ばれてるのが大分違和感あったぜ』

 

〈鎗輔〉「ま~ルックスだけで言うなら、普通逆だよね」

 

〈フーマ〉『姉の威厳保つのも大変だったろうな~』

 

〈鎗輔〉「華琳さまの苦労が窺えるよねぇ」

 

〈華琳〉(……こ、こいつら……本当に好き勝手なことを……)

 

 アッハッハッ! とお気楽に笑い合うフーマと鎗輔に、内心ピキピキと来ている華琳。

 

〈華琳〉(……でも、そうか……。曹孟徳は、鎗輔から見ても偉業を成し遂げる人物なのね)

 

 もちろん、鎗輔の言う曹操と自分が別の人間だというのは分かっている。彼の言うことが、これから確実に起こることだという保証はない。

 それでも、『曹孟徳』が大業を果たすと言われるのは、悪い気分ではなかった。

 

〈フーマ〉『ああそうだ、鎗輔。ついでに聞くけど、お前、華琳のことはどう思ってんだ?』

 

〈華琳〉(……!)

 

〈鎗輔〉「え? どう思ってるって……」

 

〈フーマ〉『そりゃあお前、男と女のことなんだから決まってんだろ。誰のどういうとこが好きだとかそういうの、あんま口にしねぇじゃんか。いい機会だしよ~、ちょっと教えてみろよ。誰にも言わねぇからさ~』

 

〈鎗輔〉「う~ん……」

 

 フーマの問いかけに、鎗輔がどう答えるか――華琳はどういう訳か、変に胸の鼓動が大きくなっていくのを実感した。

 

〈鎗輔〉「そうだね……まぁ、何というか……今の漢王朝から、後の時代に続くまでの歴史を綴った本、『三国志』を読んだことがあるというのは話したよね?」

 

〈フーマ〉『ああ』

 

〈鎗輔〉「その時の感想から言うけど……三国志でぼくが一番嫌いだったのは――曹操だった」

 

〈華琳〉(……!!?)

 

 曹操が嫌いだった――。己自身に言われたのではないが、それでも華琳はショックを感じていた。

 

〈フーマ〉『何? そうだったのかよ』

 

〈鎗輔〉「うん。三国志の中の曹操は、野心まみれで、冷酷で、恐ろしくて……天下の民のために戦う劉備を幾度となく苦しめる。だから嫌いだった。この世界に来てからの状況を把握した当初は、よりによって曹操の下に来てしまうなんて、って本当は落胆したんだよ」

 

〈華琳〉(……)

 

〈鎗輔〉「でも……華琳さまのことを知ってすぐに、認識を改めた」

 

〈フーマ〉『へぇ?』

 

 華琳の指がぴくっと痙攣したが、幸い鎗輔たちは気づかなかった。

 

〈鎗輔〉「華琳さまは、世の安寧のために権力を拡大しようとしてる。それが傍からしたら、野心にまみれてるように見えるかもしれない。厳格だけど、それは規律を重んじて腐敗した政治を正すのに必要だからだ。……歴史書も人が書くものだから、必ず主観が入る。ぼくの知る曹操も他人からそう見えただけで、本当は華琳さまみたいな人だったかもしれない。……そう思うようになった」

 

〈フーマ〉『なるほどな』

 

〈鎗輔〉「そんな風に思わせるほど、華琳さまは立派な人だ……。ぼくは恋愛事にはかなり疎いけどさ……華琳さまのことを尊敬してるってことは、間違いなく言えるよ」

 

 華琳の頬は、知らず知らずの内に朱色に染まっていた。

 

〈フーマ〉『ふふッ……ま、今はそれでいいか』

 

〈鎗輔〉「……まぁでも、恐ろしいってところは間違ってないや。むしろ、ある意味じゃ本で読んだ以上だったね」

 

 しかし余計なひと言に、またもピキッと青筋を立てた。

 

〈鎗輔〉「華琳さま、怒ると相当怖いじゃん? あの体格であの迫力出すのは、鬼や悪魔でも難しいと思うよ。プロの技だよプロ」

 

〈フーマ〉『ハハハッ、確かにな~。命の危険すら感じさせるよな。いや実際あるか、命の危険は』

 

〈鎗輔〉「うんうん。だから、もうちょっと性格が穏やかになってくれれば、言うことないんだけどな~」

 

〈フーマ〉『そこが欠点って言や欠点か。――おっと、ちょっと話し込んじまったな。そろそろ行こうぜ』

 

〈鎗輔〉「うん……」

 

〈華琳〉「待ちなさい」

 

 クルリと背を向けた鎗輔に……華琳の声が掛かり……鎗輔は凍りついた。

 真っ青になって振り向くと……華琳は狸寝入りをやめて、完全に身を起こしていた。

 

〈華琳〉「怒ると怖くて、大変申し訳なかったわね。鬼や悪魔でも難しい迫力を出して、本当に悪かったわね。ええ」

 

〈鎗輔〉「……か、華琳さま……ご、ご機嫌麗しゅう……」

 

 鎗輔は恐怖のあまり、おかしなことを口走っていた。

 

〈フーマ〉『……いつから起きてたんだよ……』

 

〈PAL〉[華琳の意識は、初めから覚醒状態でした]

 

〈鎗輔〉「ちょッ!? 何でそれ言わなかったのぉ!?」

 

 問い詰める鎗輔に、PALは何気なく答える。

 

〈PAL〉[聞かれませんでした]

 

〈鎗輔〉「聞かれないと答えないようじゃ、君のようなAIを作った意味がないんだけどッ!!」

 

〈華琳〉「鎗輔!! フーマ!!」

 

〈鎗輔〉「華琳さま! 警備隊の活動状況についてなんですが!」

 

〈華琳〉「話をそらそうとするんじゃないわよ!! その件は明日聞かせてもらうわ!!」

 

 ひぃッ! と小さい悲鳴を上げる鎗輔。

 

〈華琳〉「差し当たりの罰として、この場で放り投げられるのと、悲鳴の一つも上げて誰か呼ばれるの、どっちがいいかしら?」

 

 鎗輔は恥も外聞も投げ捨て、土下座に走った。

 

〈鎗輔〉「お許し下さいッ! 何でもしますから!!」

 

〈華琳〉「放り投げられる方がいいみたいね。ちゃんと受け身は取りなさいな。首の骨が折れるわよ?」

 

〈鎗輔〉「い、いえ、何でもとは言いましたがそれは言葉の綾で、それ以外でという意味でしてね」

 

 それ以上の見苦しい言い逃れにはつき合わず、華琳の手が鎗輔の手首を捕らえて、

 

〈華琳〉「この無礼者――――っ!」

 

 ――鎗輔の戻りが遅いので、様子を見に来た凪は、庭でひっくり返ったまま失神している鎗輔の姿を発見したという。

 

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