〈華侖・季衣〉「「いっただっきまーす!」」
〈鎗輔〉「いただきます」
ある日の昼時、鎗輔は華侖、季衣の二人と料理店を訪れ、昼食をいただいていた。
その最中に、季衣が鎗輔たちに尋ねかける。
〈季衣〉「今日は兄ちゃんと華侖さま、何をしてたの?」
季衣は鎗輔と華侖が一緒にいたところに出くわし、昼食に相伴したのであった。
華侖がため息交じりに答える。
〈華侖〉「実は、華琳姉ぇから難しい宿題を出されたんっすよー。それで困ってたのを、鎗輔っちに助けてもらったっす」
〈フーマ〉『要するに、華侖の勉強を鎗輔が教えてたって訳だな』
〈華侖〉「んもー、めちゃくちゃ難しい問題ばっかりで……鎗輔っちが通りがからなかったら、城で干からびてたところっす……」
〈季衣〉「華琳さまからの宿題かぁ……何かすっごく難しそう……」
そのすごく難しそうな問題を、華侖が唱える。
〈華侖〉「一つ金五〇の肉まんを五つと、金六〇の果物を五つ。手持ちが金四六〇だったら、買い物をした後の金はいくらになるでしょう?」
〈季衣〉「ふえ? 何それ?」
〈華侖〉「華琳姉ぇの宿題にあった問題っす。季衣に解けるっすか?」
要は算数であった。――ちなみに、問題文が記載されていたものと間違っている(これでは答えがマイナスになる)のだが、鎗輔はあえて流した。
〈季衣〉「ええーっと……金五〇の肉まんが五つに、金四〇の果物が……いくつだっけ? ううー……」
そして季衣も問題文すらろくに覚えられず、すぐに投げ出した。
〈季衣〉「そんなのお店の人に聞いた方が早いよぉ……」
〈華侖〉「そうっすよね! あたしもそう思うっす!」
算数一つろくに出来ない二人を、鎗輔がたしなめる。
〈鎗輔〉「自分で計算できないと、もしお店の人に勘定をごまかされた場合、気づけないよ」
〈華侖〉「そんな悪いことするお店には行かないっす!」
〈鎗輔〉「だから、その悪いことをしてるかどうかをどうやって見破るかってこと。正しい計算が出来ないんじゃ、そんなの分かりようがないでしょ?」
〈華侖〉「うっ……それもそうっすね……」
鎗輔の言うことにフーマも同意。
〈フーマ〉『その通りだ。人に騙されねぇようにするには、教養を身に着けるのが一番だ。腕っぷししかねぇ野郎はコロッと詐欺られるぜ。俺の経験則だ』
一体何の経験なのかが、鎗輔は少し気になった。詐欺に遭ったことでもあるのだろうか。
〈鎗輔〉「華琳さまも、今より成長してほしいと期待を掛けてるからこそ、わざわざ宿題を出すんだよ。得意なことばかり伸ばすんじゃなくて、苦手を克服していくのも大事なんだ」
〈フーマ〉『お前は運動苦手なまんまだけどな』
〈鎗輔〉「うるさい」
〈季衣〉「なるほど……流石華琳さま」
〈華侖〉「それも華琳姉ぇの愛情ってことっすよね! あたし、頑張るっす!」
鎗輔の言葉で華侖が発奮していると、
〈春蘭〉「うむ! なかなかいい心掛けだ!」
〈華侖〉「春姉ぇ! それに栄華も!」
春蘭と栄華の二人が、鎗輔たちの席の側にやって来た。
〈華侖〉「こんなところで会うなんて偶然っすね!」
〈フーマ〉『珍しい組み合わせじゃねぇか』
〈栄華〉「軍の備品関係のことで、一緒に視察に行っていましたの。……それより、何故華侖さんと季衣さんのお二人と食事をなさっているんですの?」
〈鎗輔〉「ちょっと華侖ちゃんの勉強を見てあげてたんですよ。季衣ちゃんとは街で偶然会って、一緒に食事を」
説明する鎗輔に、栄華は疑わしげな目を向ける。
〈栄華〉「……本当に? 本当に食事だけですの? お腹を満たしたところで、どこか人気の無いところに二人を連れていって……などとやましいことを考えていたのでは……」
〈鎗輔〉「事実無根だッ!」
流石に心外な鎗輔。フーマもまた言う。
〈フーマ〉『よく考えてみろよ。そんなことしたら、その場で鎗輔が死ぬ以外の結末がねぇだろ?』
〈栄華〉「それはそうですけれど……」
〈鎗輔〉「……」
何も言い返せなかったが、憮然とはする鎗輔であった。
〈春蘭〉「まぁ東雲のことはどうでもいいじゃないか。今は飯だ! 同席しても構わないか?」
〈季衣〉「はいっ! どうぞどうぞ!」
春蘭も一緒するとなって、季衣が快諾するが、栄華は鎗輔の顔を一瞥して顔をしかめた。
〈栄華〉「えぇー……」
〈春蘭〉「何ぼーっと突っ立ってるんだ、栄華も座らないか」
春蘭に急かされ、華侖と季衣の間に座る。
〈栄華〉「男が視界に入ってしまいますけど……ここに失礼致しますね」
相変わらずの様子の栄華は置いて、春蘭が尋ねる。
〈春蘭〉「で? ここは何がおススメなんだ?」
〈季衣〉「肉料理が美味しいですよ! 山菜の炒飯とよく合うんです!」
〈春蘭〉「よし、それじゃあわたしはそれを三人前頼もう。栄華も同じでいいか?」
〈栄華〉「わ、わたくしはそんなに食べられません! 一人前で結構です」
〈春蘭〉「そうか? しっかり食べないと大きくなれないぞ」
〈栄華〉「そういう時期は過ぎていますから……」
〈春蘭〉「そうか。しかし、東雲は前々から思っていたが、もっと食べないといかんだろう。華侖にも季衣にも負けてるではないか。それでも男か」
〈鎗輔〉「華侖ちゃんはともかく、季衣ちゃんと比べないでほしいんですけど……」
〈フーマ〉『季衣に勝てる奴なんて、ファントン星人くらいなもんだぜ』
山のように盛られた三人前の炒飯が運ばれてくると、春蘭は匙を使って豪快にかき込んでいく。
〈春蘭〉「はぐっ、もぐっ……そういえば、華侖は東雲に勉強を見てもらっていたと言っていたが……もぐむぐ……」
〈栄華〉「ちょっと春蘭さん……口の中の物を飲み込んでから話して下さい」
〈春蘭〉「んぐっ、ごく……どんなことを勉強していたんだ?」
〈華侖〉「数字がたくさん出てくる問題っす……どれも難しくて……」
〈季衣〉「さっき問題を聞いたんですけど、難しくてボクにも出来ませんでした」
興味を示した春蘭が、意気揚々と申し出る。
〈春蘭〉「ほほう、言ってみろ。わたしが解いてやろう」
〈華侖〉「それじゃあ行くっすよー……」
華侖が一拍置いた後に、問題文を述べた。
〈華侖〉「一つ金三〇の肉まんを五つと金四〇の果物を四つ、手持ちが金四六〇だったら、買い物をした後の金はいくらになるでしょう」
また問題文が変わっていた。今度はちゃんとプラスだが。
〈春蘭〉「なっ……えーっと……肉まんが五つで果物が四つ……うむむ……」
〈華侖〉「解けそうっすか?」
〈春蘭〉「ぐぬぬ……肉まんは金三〇でそれが五つだから……合計は三五……」
〈栄華〉「どうしてそうなるのですか……肉まんの合計は金一五〇です」
早速計算が間違う春蘭に栄華が突っ込んだ。
〈春蘭〉「ううっ……わ、分かっている! それで……果物が四つで金三〇の……」
〈栄華〉「果物の価格は一つ金四〇です」
〈春蘭〉「ぬわーっ! そんなもの、わざわざこちらがやらずとも、商人に計算させれば良いではないか!」
華侖、季衣と同レベルの春蘭に、鎗輔は乾いた笑いを浮かべた。まぁ、こうなるだろうと思っていたが。
〈栄華〉「それじゃあ問題にならないでしょう……」
〈華侖〉「栄華はこの問題解けるっすか?」
〈栄華〉「答えは金一五〇ですわ」
即答であった。
〈華侖〉「早っ!?」
〈鎗輔〉「そりゃあ、栄華さんは苑州の経理担当だしね」
〈フーマ〉『こんぐらいは即答してもらわねぇと、華琳が困るだろ』
〈華侖〉「ふえー、流石栄華っすねぇー」
〈春蘭〉「うむ、それでこそ我が国の金庫番だな!」
〈栄華〉「こ、これくらいのことが出来たからと言って、自慢にもなりませんわ。というか、春蘭さんくらいの地位にある方なら、このくらいの計算は苦もなく解いていただきたいのですけれど」
〈フーマ〉『そいつは言えてる』
〈PAL〉[一度、修学し直されてはどうでしょうか]
〈春蘭〉「だ、黙れ貴様らッ! 栄華に便乗するな! そういうことは得意な人間に任せるのが、間違いもないし一番だろう! それより! さっさと食べないとせっかくの食事が冷めてしまうぞ!」
〈栄華〉「はぁ……」
皿に手を付けてごまかす春蘭に、栄華がため息を吐いた。彼女も苦労しているみたいだ。
〈春蘭〉「はぐっ、もぐっ……しかし、この肉料理は絶品だな! かき込む手が止まらないぞ!」
〈季衣〉「ですよね♪ ボクももう一杯おかわりしちゃおうかな」
〈華侖〉「あたしも! もう一杯頼むっすー!」
〈栄華〉「ああもう、二人とも口の周りがべとべとではありませんの……」
春蘭のように食べて口の周りを汚す季衣と華侖に呆れた栄華が、いつも抱えているウサギのぬいぐるみの口のファスナーを開くと、中から手拭きを取り出して華侖の口を拭う。
〈華侖〉「あはっ、あははっ……くすぐったいっすー」
〈栄華〉「じっとしていて下さい……あなたも女の子なのですから、もう少し気をおしとやかになさって下さい……。季衣さんも……口元に餡をつけたままでは、せっかくの可愛いお顔が台無しですよ」
〈季衣〉「あ、う……えへへ、ごめんなさい」
それを見たフーマたちが、ぼそりとつぶやく。
〈フーマ〉『前から気になってたが、あのぬいぐるみ、ああなってたんだな……』
〈PAL〉[鞄を兼ねているのですね]
〈鎗輔〉「Security blanketかと思ってた」
〈華侖〉「せきゅ……? 鎗輔っち、今何て言ったっすか?」
〈鎗輔〉「あッ、う、ううん。何でもないよ」
意味を説明したら栄華がまたうるさそうなので、黙っておく。
〈春蘭〉「ははっ、二人ともまるで子供みたいだな」
〈栄華〉「そういう春蘭さんも、ほっぺに米粒がついていますわよ」
〈春蘭〉「なっ!?」
〈栄華〉「大皿から直接食べるからそうなるんです……取り分けますから、小皿を貸して下さい。……あなたの分はご自分でお取り下さいまし」
〈鎗輔〉「あッ、はい……」
栄華は手慣れた様子で、春蘭たちの食事を甲斐甲斐しく世話した。仕切り屋らしい働きぶりである。
全ての皿が空になると、春蘭が大きく息を吐き出す。
〈春蘭〉「ふぅー、いやぁ食った食った! たまたま入っただけの店だが、ここは当たりだな!」
〈季衣〉「こんなに美味しい肉料理食べたの久しぶりです」
〈華侖〉「みんなにも教えてあげたいっすね!」
〈春蘭〉「そうだな、華琳さまにも是非味わっていただきたい! 土産に買って帰るか!」
〈華侖〉「それいいっすね!」
〈栄華〉「分かりました、では二人前ほど包んでいただきましょう。ついでに会計も済ませて参ります。合計を計算して、人数で割り算していて下さいね」
何気ない提案であったが、栄華の最後のひと言で華侖たちが目を剥いた。
〈華侖〉「ふぇっ!? わ、割り算っすか……」
〈春蘭〉「そ、それくらい得意な栄華がやってくれれば……」
〈栄華〉「お姉様へのお土産が出来るまでの暇潰しですわ。見事正解なさった方には、甘い飴を差し上げますから」
〈季衣〉「うっ……に、兄ちゃん、一人いくら?」
〈鎗輔〉「ぼくが答えたら、みんなの勉強にならないでしょ。頑張って計算して」
三人がう~んう~んと指を折っている間に、栄華が席を立って会計に行く。その一方で、鎗輔とフーマがヒソヒソ言い合った。
〈鎗輔〉「栄華さん、ほんとお母さんみたいだね」
〈フーマ〉『飴あげるって言うとこは、母親っつぅより関西のおばちゃんみてぇだけどな』
〈鎗輔〉「ちょッ……何でそんなこと知ってるの……」
噴き出しそうになってこらえる鎗輔に、栄華がきつい目を向けた。
〈栄華〉「……何ですの、気持ち悪い顔をして」
〈鎗輔〉「な、何でもないです……」
〈栄華〉「全く、何を考えているのやら……。これだから男の人は不潔で嫌なのですわ……」
ぷりぷりと背を向ける栄華に、鎗輔は肩をすくめる。
〈鎗輔〉「相変わらず、ぼくには冷たいなぁ……」
〈フーマ〉『まーでも、初めて会った時よりは大分態度軟化してるだろ。ありゃあ性分だと思って、割り切るしかねぇな』
〈鎗輔〉「うん……。いつかはぼくも、飴をもらえるくらいにはなれるかな」
そんなことを思いつつ、華侖たちは勘定を人数分に割り切れただろうかと振り返るのであった。