奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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大乱、幕を開けるのこと

 

 ――幽州啄郡にある町の屋敷の廊下を、俺と桃香が走ってた。

 

〈桃香〉「ふえぇ~! 長老さんたちとの会食に、遅刻しちゃうよ~!」

 

〈一刀〉「もう、勉強の途中で寝てるから……」

 

 まぁ、ここのところ、すっかり忙しくなったのは分かってるけど……。

 

〈一刀〉「でも桃香、また勉強してたの?」

 

〈桃香〉「うん。役人のお仕事って、覚えることがたくさんありすぎて」

 

〈一刀〉「……そうだよなぁ」

 

〈桃香〉「でも、戻ってきたいとは思ってたけど、まさかこんなに早く戻ってくることになるなんて思わなかったよ」

 

 急ぎながら、桃香がぼやいた。

 そう、俺たちが今いるところは、最初にいた町の、役所代わりに使ってる屋敷だ。

 

 

 

 薊にまで赴き、公孫賛の食客になった俺たちだが、盗賊を退治し続けてたある日、公孫賛から程立と、顔も知らないもう一人が役人を辞めるという報せを聞かされた。何でも、彼女たちが世話になってた水鏡先生という人が病気になって、その見舞いに荊州にまで行くこととなったからだ。

 見舞いで役人を辞任なんて……というのは現代人の思考だ。幽州から荊州までは相当な距離があると言うし、そこまで行って戻ってくるのはかなりの日数がいる上、戻ってこられる保証すらない。だから、長距離を移動する場合は、仕事を辞める必要すら生じるんだ。

 ともかく、それを聞いた桃香は公孫賛に、また役人がいなくなる町を何とかしたい、と訴え出た。すると程立の方も、桃香がそう言うことを見越して、後任に桃香を推薦していたという。それで公孫賛の許可を得て、俺たちは啄郡に戻ってきたという訳だ。

 しかし、役人の仕事はやはりと言うべきか、町の復興の手伝いなんかとは訳が違い、やることが山積み。程立たちもわざわざ役人のマニュアルとでも言うべき冊子を残してくれてたが、それでも俺たち、特に責任者となった桃香は日々の仕事の多さに、てんてこ舞いになってるのだった。

 

 

 

 今日の執務が全て終わった時には、空はすっかり夕焼けに染まってた。

 

〈桃香〉「……はふぅ。疲れたぁ」

 

 桃香はすぐに、文机にぐったりと突っ伏す。

 

〈タイガ〉『だらしないぞ、桃香』

 

〈桃香〉「もうご主人様たちしかいないし、いいよぅ……。勇者様も、少しは手伝ってくれればいいのに……」

 

〈タイガ〉『悪いとは思うけどさ……俺が政治に関与するのは、まずいんだよ。俺が良くっても、他の宇宙人に、お前もよその星を好き勝手にしてるなんて突っ込まれるようになったら、下手したらここにいられなくなるかもしれないからな……』

 

 恨み言をぶつける桃香に、タイガは申し訳なさそうに返した。

 

〈一刀〉「宇宙人か……。前にも言ってたけど、本当に来るのかな」

 

〈タイガ〉『俺たちはまだ見てないけど……もう来てる可能性はあるぞ。前に聞いただろ、あの噂』

 

〈一刀〉「ああ……苑州の陳留というところで、虫人間が捕獲されたって奴か……」

 

 陳留って確か、タイガの仲間がいるところの一つだよな。となると、孝矢か鎗輔のどっちかも、虫人間が現れたところにいるってことに……大丈夫なのかな。心配ではある。

 

〈タイガ〉『そいつの正体は多分、宇宙人だ。だから、今の時点でも痛いところを突かれないようにしとかないと。今後の活動に関わりかねない』

 

〈桃香〉「う~ん……勇者様にも、結構しがらみがあるんだねぇ……」

 

 桃香が両手で頬を支えてうなってると、

 

〈馬超〉「何だ、随分疲れてるみたいだな」

 

〈桃香〉「……ふぇっ!? 馬超さん! 帰ってたんですか!!」

 

〈愛紗〉「桃香さま……だらしないですよ」

 

〈桃香〉「あ、あうぅぅ……愛紗ちゃんも。ご主人様ぁ……二人が帰ってきてるなら、帰ってるって……」

 

〈公孫賛〉「私も来てるんだが」

 

〈桃香〉「白蓮ちゃんまで! 何で!?」

 

 馬超、愛紗、公孫賛の三人がぞろぞろと執務室に入ってきた。

 

〈公孫賛〉「馬超も寄るって聞いてたし……何より、桃香がちゃんと仕事できてるか気になってな」

 

〈桃香〉「もう……ご主人様ぁ」

 

〈一刀〉「言おうと思ったらみんなが先に入ってきたんだってば」

 

〈馬超〉「ま、机の仕事が面倒なのは分かるけどな。あたしも鶸に任せっきりだよ」

 

〈一刀〉「で、どうだった? 賊は」

 

 近辺の賊討伐に出てた愛紗たちに、俺が状況を尋ねると……三人は、いやに神妙な顔つきとなった。

 

〈愛紗〉「それが……どうにもおかしな状況になってきておりまして」

 

〈桃香〉「おかしな状況? って?」

 

〈馬超〉「元々賊なんて、どこからともなく湧いて出てくるもんだけど……しばらく数が減ってきてたのが、ここに来てどういう訳か、一気に増え出してるんだ。しかも、今までは格好がバラバラだったのが、一つの共通点を持つようになってる。それも、別々の場所にいる賊同士でだ」

 

〈桃香〉「ええ? 別々の賊が……同じ格好を、ですか?」

 

〈馬超〉「ああ。それも、県とか郡とかの単位でじゃないぞ。青州でも、徐州でもだ」

 

〈公孫賛〉「私もそれを聞いて、驚いた。幽州の賊も、同じなんだ。噂を纏めると、苑州でも、揚州ですら……。この分だと、大陸全土でこの事態が発生してるみたいだな。私がここに来たのも、皆でこのことを相談するためもある」

 

〈桃香〉「そんな……。そんな遠い土地同士の賊が、結束するなんてこと、あり得るの?」

 

〈公孫賛〉「信じられない話だろうが……実際に、この目で見たんだ」

 

〈一刀〉「……!」

 

 みんなの話を聞いて――俺にはその事態、そしてこれから起こるだろう大事件の心当たりがあった。

 それは、三国志の序盤に発生する一大事件。世界史の授業にも名前が出てくるくらいに中国の歴史上で重大な出来事となる大乱……。この乱こそが、漢王朝の凋落を決定的なものにして、やがて群雄割拠の時代を呼び起こすきっかけとなるんだ。

 

〈公孫賛〉「賊たちは皆……」

 

 そう……この乱に参加した者たちは、皆……。

 

〈公孫賛〉「背中に、白い翼の作り物をつけていたんだ」

 

 頭に黄色い布を……。

 えッ!?

 

〈桃香〉「し、白い翼……? それ、どういうこと?」

 

〈愛紗〉「意味は全く分かりません……。誰を尋問しても、みんながやってるから……としか答えないので」

 

〈馬超〉「一体誰が、あんなおかしな格好を始めて、それを広めたんだ? 何故誰もが、それに従う? 訳が分からんよ……」

 

〈公孫賛〉「どこかに、賊の団結を主導する輩がいるのには違いないんだろうが……」

 

〈一刀〉「ち、ちょっと待って!」

 

 首を傾げてる愛紗たちの話に、慌てて割り込む。

 

〈一刀〉「その賊が身に着けてるのって……黄色い布じゃないの!? 頭に!」

 

〈愛紗〉「ご主人様……? 黄色い布は、一度も見かけてはおりませんが……」

 

〈馬超〉「あたしも」

 

〈公孫賛〉「私もだが?」

 

〈一刀〉「そ、そんな馬鹿な……。これって、黄巾の乱じゃないのか……? 白い翼……? 中国の歴史の中で、そんな事件起こったっけ……?」

 

 腕を組んで混乱する俺に、タイガが重々しい口調で尋ねかける。

 

〈タイガ〉『一刀……みんなが言う事態に、何か思い当たる節があるんだな』

 

〈公孫賛〉「そう言えば、北郷は天の国から来たんだったな」

 

〈愛紗〉「天の国は、正確には今より遥か数千年の時代を下った先の世界と聞いております。……もしや、ご主人様の知る歴史と、食い違いが起きているのでは?」

 

〈一刀〉「ああ……実はそうなんだ……」

 

 これまでは、歴史のことを話してみんなを混乱させたりするのはまずい、と思って、あんまりこういう話をするのは避けてきたけど……今はあえて、俺の知る歴史……黄巾の乱のことを説明しよう。

 

〈一刀〉「後漢末期……つまり漢王朝支配の時代、朝廷の腐敗によって民の暮らしはどんどん貧しくなって、国全体が荒廃しつつあった」

 

〈公孫賛〉「ちょうど、今のこの国のありさまだな」

 

〈一刀〉「そこに現れたのが、張角という名前の男……いや、この人も女か? まぁ性別は今はいいか……。ともかくその張角が、漢王朝に不満を持つ人たちを纏め上げて、大陸全土を巻き込むほどの大反乱を引き起こしたんだ。その反乱に参加した人たちは、頭に黄色い布を巻いてトレードマーク……目印にした。それが、黄巾の乱」

 

〈愛紗〉「なるほど……。現在の状況と、目印の部分以外はほぼ一致しますね」

 

〈桃香〉「でも、大陸全土を巻き込むって……どうして一人の人間が、そこまでのことが出来るの?」

 

〈馬超〉「……あたしは、その理由が何となく分かるよ」

 

 馬超が苦虫を嚙み潰したような顔でつぶやいた。

 

〈馬超〉「大陸を回って分かった。この国の荒れようは、あたしの想像をはるかに超えたものだった。特に青州はひどいよ……。虫が田畑を食い荒らした後のようだ。それだけの土壌があれば、何かのきっかけで大反乱が起こったとしても、何ら不思議じゃないね」

 

〈一刀〉「ああ……。張角も、宗教の力で人心を纏め上げたそうだ」

 

〈公孫賛〉「宗教か……。それなら、あの羽の飾りにも説明がつくな」

 

〈桃香〉「でも……どうしてご主人様の言う黄色い布が、白い翼に変わってるんだろう?」

 

 桃香の疑問に、タイガが答える。

 

〈タイガ〉『そこのところは、俺に心当たりがある』

 

〈桃香〉「勇者様に?」

 

〈タイガ〉『昔、聞いたことがあるんだ。異次元人……天の国の悪党の一派に、宗教的な色合いを強く持ち、人を洗脳して支配しようとする奴らがいるってな。そいつらが支配した人たちにさせる格好が、白い翼の飾りだ』

 

〈愛紗〉「……!! では、今回の事態も、勇者様の言う天の国の侵略者が関与していると……!」

 

〈タイガ〉『そこはまだ断言できない。偶然かもしれないからな。けど……何者かが、この世界の陰からの侵略を目論んでるってことは、十二分にあり得る話だ。……俺も人間同士の争いと、静観してる場合じゃないかもしれないな』

 

 タイガの真剣な口調に、俺たちはゴクリと固唾を呑んだ。

 この大陸で起こる大乱……それに、違う世界からの侵略者が手を伸ばしてる……。俺たちは、今までの盗賊征伐や怪獣退治のような戦いとは全くレベルが違う、激闘に身を投じることになるのかもしれない……。

 

 

 

 ――その後、公孫賛の予想通りに、大陸中に出没して大暴れするようになった白い翼の賊たちは、王朝から『白翼党』という名称をつけられ、各地の刺史に討伐と反乱の鎮圧の勅令が発布されたことが、公孫賛から俺たちに報じられた。

 


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