このオレ、南出孝矢はウルトラマンタイタスとともに、三国志の世界を呉の孫家の下で生きてくこととなった。まぁここが純粋な三国志かっつーと疑問があるとこだが、そこをしつこく言ったってしょうがねぇ。あるがままを受け入れるだけだ。
そんで今は、タイタスの『まずは取り巻く環境を把握することが大事だ』という提案で、祭さん、雷火さん、粋怜の呉の宿将三人から今の中国大陸がどーなってんのかを教えてもらってる。
〈タイタス〉『手始めに、この大陸の名義上の支配者は漢王朝でよろしいのですね?』
話を始めたのは、オレの胸元のタイタス。今はキーホルダーの状態で、紐を通してオレが首から提げてる。いつもあんたが肩の上に乗っかってたら、肩こりするってオレが文句つけたらこーいう風にしてくれたんだ。
〈雷火〉「名義上とは何じゃ? 漢は名実ともに、この大陸を統べておる王朝じゃ」
タイタスの言葉に言い返す雷火さんだが、そこに更に粋怜が突っ込む。
〈粋怜〉「実は伴ってないのでは?」
〈雷火〉「むぅ……」
〈祭〉「そうじゃな。天子様にお力はなく、洛陽では宦官や外戚どもが、我が物顔でのさばっておる。国を荒らす怪物……怪獣についても、ろくに手を打とうとせん始末」
〈雷火〉「嘆かわしいことじゃ」
〈祭〉「漢も先が見えておるのう」
〈雷火〉「祭、滅多なことを申すな」
〈粋怜〉「ですが雷火先生、どんなに栄華を誇った王朝も、いずれは滅びるものですよ? 高祖様だって、今の衰えた漢をご覧になったら、お嘆きになり、滅んだ方がいいと思うかもしれませんね」
〈雷火〉「ふん、知った風な口を聞きおって」
漢王朝の力が弱って、世の中が乱れてくのが三国志の始まりだってことは、オレの乏しい三国志知識の中にもある。
〈タイタス〉『現在の漢王朝の頂点……皇帝のお名前は?』
〈祭〉「霊帝じゃ。だが、先ほども申した通り、天子様も今は名ばかり……十常侍に操られ、実権は無きに等しい」
〈孝矢〉「じゅーじょーじって何?」
〈雷火〉「特に力を持った、十人の宦官のことじゃ。張譲、趙忠などがその筆頭じゃな」
へー。そんなんは初めて聞いたな。ゲームに出てきたっけ? 覚えてねぇ。
〈粋怜〉「宦官もはびこってるけど……陛下は市井上がりのお妃に、すっかり骨抜きにされているとか」
〈雷火〉「言葉を慎まんか」
骨抜きねぇ……その霊帝っつーのは男みてーだな。まさか妃を娶って、女だってことはねーだろ。
〈孝矢〉「確か、そのお妃の兄貴が何進だよな?」
〈粋怜〉「よく知ってるわね。だけど、一つ訂正。何進は何太后の姉よ」
そっちは女なんか……。
〈祭〉「何進も、元は肉屋であろう? 妹を後宮に送り込んで、上手く出世したもんだ。なかなかのやり手じゃな」
〈雷火〉「小賢しいだけよ。あのような者が大将軍とは、まさに世も末じゃな」
〈粋怜〉「漢の始祖、劉邦様も、元はヤクザ同然の最下級の役人だったじゃないですか?」
〈雷火〉「む……」
勉強になるな。期末試験の前だったら、歴史であんな悲惨な点数になんなかったのに。
で、ここまでの振り返り。今は十常侍や何進が実権握ってんだな。じゃあ、三国志の暴君と言えばのあいつはどうなってる?
〈孝矢〉「董卓は今どうしてんの?」
聞いてみたが、三人ともポカンとした顔。
〈祭〉「うん? 何者じゃ?」
〈粋怜〉「聞いたことのない名前ね。雷火先生はご存じですか?」
〈雷火〉「いや、わしも知らんの」
あッ……今は名前も売れてねーんだ。
〈祭〉「誰なのじゃ?」
〈孝矢〉「あーいや、ネタバレになるんで忘れてくれ」
〈粋怜〉「ねたばれ?」
〈タイタス〉『未来のことを話してしまうというような意味合いですね』
〈祭〉「では、尋ねる訳にはいかんの。未来を知ることは、炎蓮様がお禁じじゃ」
フォローを入れるタイタス。あんま根掘り葉掘り聞かれたらオレが困るんで、そうしてもらいたい。今後国を乗っ取る奴とか言ったら、みんな仰天だろうし。
〈タイタス〉『他の有力者には、どのような人がいるのでしょうか』
〈粋怜〉「そうね……パッと思いつくのは、冀州の袁紹殿、荊州の劉表殿、益州の劉璋殿……」
〈祭〉「他には涼州の馬騰殿辺りか? まぁ、南陽の袁術も有力といえば有力じゃな」
袁術の名前を口にする祭さんの表情は苦々しかった。嫌いなんかな?
〈タイタス〉『では、ここ孫呉の勢力は、大陸のどの程度に位置しますか?』
〈雷火〉「残念ながらまだまだじゃの。中央からも離れておるし、地方の一豪族といったところか」
〈タイタス〉『この揚州では?』
〈祭〉「呉、淮南、盧江の三郡と、ここ丹陽郡の一部を収めておる。揚州では最も強勢を誇っておるな」
〈粋怜〉「ええ。刺史の劉耀様には悪いけれど、正直、孫家の方が勢力はずっと大きいわね」
〈孝矢〉「しし?」
〈雷火〉「州の長官じゃ」
なるほど。立場的には劉耀っつー人が上だけど、実力じゃ炎蓮さんが上回ってんのね。
〈孝矢〉「炎蓮さんの役職は何なの?」
〈雷火〉「正式には呉郡の太守じゃ。今は拠点を、この丹陽郡建業に移しておられるが」
〈孝矢〉「ふーん……。でも結局のとこ、揚州じゃ炎蓮さんが一番強えぇんだろ?」
〈祭〉「応。兵力もだが、土地の結束力でも他家に負けはせぬぞ? 炎蓮様のご統治には微塵の隙もない」
〈粋怜〉「炎蓮様の善政を慕って、近頃は他の土地からも、孫家の支配地に大勢の民が入ってるものね」
〈祭〉「それに孫家には伝統という強みもある」
〈孝矢〉「伝統?」
〈粋怜〉「あら、それは“未来”には伝わっていないのかしら? 炎蓮様のご先祖様は、あの高名な孫武様なのよ?」
孫武……いや、悪いけど知らねぇ。
〈タイタス〉『もしや、それはかの孫子のことでは?』
〈孝矢〉「知ってんのか? タイタス」
〈タイタス〉『聞いたことはないか? 敵を知り、己を知らば百戦危うからず』
〈孝矢〉「あーそれなら知ってる。監督が言ってた。へー、あの孫子!」
〈雷火〉「何じゃ。他国のタイタス殿の方が詳しいとはどういう了見じゃ?」
うッ、雷火さんから呆れられた。けど、オレが特別物を知らねぇって訳じゃねーよな? 歴史の知識を持ってねぇ奴が、現代にどんだけいるのか。
〈雷火〉「じゃが、炎蓮様は単にその家柄にあぐらをかいていた訳ではない。孫武の流れとはいえ、あの方も元々は、呉郡の一兵家に過ぎなかった」
〈タイタス〉『炎蓮殿の若い時分は、孫呉は今よりもずっと小さかったということですね』
〈雷火〉「そうじゃ。それが海賊退治で名を馳せ、外患の種となるものを徹底的に排除して、呉を統一なされた」
〈粋怜〉「太守に任命されてからも、中央の圧力に屈さず、呉に善政を敷いて人心を掴まれたわ」
〈祭〉「呉の地盤を強固にしてからは、積極的に外征も行うようになられた。淮南、盧江、この丹陽郡建業も、かつては酷いありさまじゃったが……」
〈雷火〉「うむ。炎蓮様がかつての無能な太守どもを追い出し、民の暮らしを改善し、その心を孫家の下に、一つにまとめ上げたのじゃ」
〈孝矢〉「偉人じゃん!」
〈祭〉「応! 今はまだ揚州三郡を治めるに過ぎんが、炎蓮様を中心とした結束力はどこにも負けん。天下一じゃ!」
三人とも実に誇らしげな顔だ。嘘を言ってる雰囲気は微塵もねぇ。炎蓮さんへの信頼、忠誠心が言葉だけのもんじゃねぇってひしひしと伝わってくるぜ。
〈孝矢〉「すげー話だなぁ。まさにサクセスストーリー!」
〈祭〉「さくせす? また天の国の言葉か?」
〈タイタス〉『サクセスとは成功という意味で……』
〈炎蓮〉「誰の噂話だ?」
なんて炎蓮さんの話で盛り上がってたら、当の本人がオレの後ろからやってきた。
〈祭〉「炎蓮様!」
〈炎蓮〉「おい孝矢。貴様に話がある、ついて参れ」
〈孝矢〉「は、はい?」
〈粋怜〉「炎蓮様、どちらへ?」
〈炎蓮〉「少しばかり散歩にな」
〈雷火〉「行き先を教えてもらわねば、我らが困ります」
〈炎蓮〉「うるさい婆め、城下よ。行くぞ、孝矢!」
〈孝矢〉「あッ、ちょッ……!」
突然引っ立てられて少し戸惑うオレのことなんか構わず、炎蓮さんはオレの腕をぐいぐい引っ張って城の庭から連れ出してった。
そのまんま炎蓮さんの後ろにつく形で、一緒に城下町に入る。
街はどこもかしこも人でごった返して、熱気にあふれてる。ついこないだに怪獣が出て大騒ぎだったのが嘘みてーな活気ぶりだ。
〈炎蓮〉「うむ」
炎蓮さんも満足そうにしてると、こっちに気づいた人たちがわっと寄ってきた。
〈男〉「孫堅様!」
〈女〉「まぁ、孫堅様!」
〈炎蓮〉「おう貴様ら、今日も真面目に働いてるな?」
〈男〉「へえ!」
〈女〉「孫堅様のお陰で、我々も働いた分だけ、ちゃんと暮らしにゆとりが持てるようになりましたから……」
〈男〉「前の太守様がいた頃は、いくら稼いでも税金で全部、取られちまったもんなぁ」
〈男〉「全くだ。孫堅様がいらしてから、本当に暮らしが楽になったぜ」
〈炎蓮〉「そいつは何よりだ」
〈女〉「孫堅様! どうかウチの赤ん坊を抱いてやっていただけませんか?」
〈女〉「私の娘も!」
〈炎蓮〉「ははっ、別に構わんが。オレが抱いたら将来、熊か虎みてぇな女になるかもしれんぞ?」
〈男〉「ハハハハッ!」
〈炎蓮〉「クククっ、そんなに笑えるかぁ?」
〈男〉「ヒィッ!?」
街の人たちは口々に炎蓮さんを慕う言葉を唱える。そのどれもに、世辞の色はなかった。
〈タイタス〉『炎蓮殿の偉大さが垣間見られるな』
〈孝矢〉「ああ……」
オレもタイタスも感心し切りで様子をながめてた。
〈男〉「我ら建業の民、孫堅様のご統治には皆々、心の底から深く感謝しております!」
〈炎蓮〉「分かった分かった。んなことはいいから、しゃべってないで働きやがれ。うらぁっ、もう散れっ!」
〈男〉「は、はいッ!」
〈女〉「それでは失礼致します!」
〈炎蓮〉「はっはっはっ!」
街の人たちは去る時も嬉しそうで、炎蓮さんも実に楽しそうな笑い声だ。何つぅか、器のでっけぇ人だな……。
〈炎蓮〉「ところで孝矢」
〈孝矢〉「はい?」
〈炎蓮〉「さっきのババアどもと、何の話をしていたんだ?」
〈タイタス〉『炎蓮殿。家臣といえども、人のことを悪しざまに呼ぶのは……』
〈炎蓮〉「いちいちうるせぇな。オレが誰をどう呼ぼうとオレの勝手だろうが」
は、はは……。ほんと豪快な人だぜ……。
〈孝矢〉「大陸の情勢とか教えてもらってたんだ。それと……」
〈炎蓮〉「うん?」
〈孝矢〉「炎蓮さんって、孫子の子孫なんだって? オレびっくりしたんだけど」
〈炎蓮〉「ああ」
〈タイタス〉『実に名誉なことですな。歴史に名を残すような方を先祖に持つとは、これぞ有り難きことで……』
褒めちぎるタイタスだが、炎蓮さんはそっけない態度だ。
〈炎蓮〉「人の先祖のことでごちゃごちゃ言うな。オレには関係ねぇ」
〈孝矢・タイタス〉『へ?』
〈炎蓮〉「そりゃあ、オレじゃなくて、孫武のババアが大した奴だったって話さ」
孫子も女なのかよ。
〈炎蓮〉「出自なんぞはどうでもいい。先祖がどれだけ偉かろうと、本人がクソなら意味ねぇだろ?」
〈孝矢〉「そ、そりゃそうだろうけど……」
〈タイタス〉『炎蓮殿のように考える人は珍しいのでは?』
〈炎蓮〉「まぁな。孫子の末裔ってのは確かに有利だ。勢力の拡大には利用させてもらってるさ」
〈孝矢〉「使えるものは何でも使うってことだな?」
〈炎蓮〉「ああ。おい、そんなことより、この街を見てみろ」
炎蓮さんはグルッと腕を回して通りを示した。
〈孝矢〉「すげぇ賑わってんな」
〈炎蓮〉「だが、オレが建業に乗り込んだ時、街は荒れ放題だった。侠崩れのごろつきや盗賊で溢れていてな」
〈タイタス〉『悲しいことだ……。フーマの生まれ故郷みたいな話だ』
フーマってのはタイタスの仲間のウルトラマンだよな。ウルトラマンの故郷が、治安悪いって……意外すぎる。
〈タイタス〉『以前の統治者の仕事がよほど酷かったのですね』
〈炎蓮〉「ああ。刺史の劉耀も、丹陽のことはほったらかしだった。だから、オレが使えん太守ともども、ごろつきを綺麗に掃除してやったのさ」
〈孝矢〉「つまり、今の建業は炎蓮さんが作ったって訳だ」
〈炎蓮〉「オレは掃除をしただけよ。街を再興したのは民の力だ」
〈タイタス〉『ですが、民の力を駆り立てるのも統治者の手腕あってのことです』
〈炎蓮〉「おいおい。そういう意味合いでも口うるさくなるんじゃねぇよ。おだてたところで、何も出やしねぇぞ?」
タイタスも正直な奴だ。悪いと思ったことはすぐ注意して、いいと思ったことはすぐ褒める。
〈炎蓮〉「孝矢、タイタス。天の世界には、ここよりもっと大きな街があるのか?」
〈孝矢〉「ああ。ずぅっと高けぇ建物が並ぶ街が、世界中にあるぜ」
〈タイタス〉『タイガの国ならば、街の全てがウルトラマン基準なので、己が小さくなったのかと錯覚することでしょう』
〈孝矢〉「タイタスのとこもそうじゃねーのかよ?」
〈タイタス〉『U40では巨大化できるのは、私も含めて手で数えられるほどしかいないのだ』
〈孝矢〉「あ、そーなの? 誰でもでけぇって訳じゃねーんだ」
〈炎蓮〉「なるほどなるほど。流石は天の国よ。クククっ、そいつは征服のし甲斐があるな」
〈孝矢・タイタス〉『……』
本気かよ……。ウルトラマンの国を侵攻なんて、流石に無茶じゃね? 国民の一人に至るまでウルトラマンだぞ?
〈孝矢〉「炎蓮さんの目的って、やっぱ大陸の天下統一なんか?」
〈炎蓮〉「ふっ……それはつまり、このオレに漢王朝を倒せと申しておるのか?」
〈孝矢〉「えッ、や、そんなつもりじゃねーけど……。炎蓮さんならやりそうだなって思って」
〈炎蓮〉「我が願いは天下の民の安寧だ。漢王朝にその力がないのなら、オレが代わりにやるしかあるまい?」
〈孝矢〉「いや……いくら何でも、そんな堂々と言っていいもんなのかよ?」
〈炎蓮〉「貴様が尋ねたのだろう? まぁ……とは言え、漢はオレの生まれた国だ。衰え、消えるを見るのは、正直つらい気分だがな」
〈孝矢〉「やっぱそうなんか……」
〈炎蓮〉「ならばいっそのこと、オレがこの手でトドメを刺してやるのも悪くない。そうだろう?」
やっぱ、そういう考えに行き着くんじゃねーかよ……。
〈炎蓮〉「だが今の孫呉の力では、天下など夢のまた夢よ。オレの代では、揚州の統一がいいところか……。その時、後を託せる者が育っておればいいのだがな」
不意に真顔になる炎蓮さん。性格は豪胆だが、先を見る時は割と現実的な思考だ。
〈孝矢〉「雪蓮がいるじゃんかよ」
〈炎蓮〉「雪蓮か。あれはなぁ……」
〈孝矢〉「孫策伯符だろ? 何か問題でもあんの?」
〈炎蓮〉「噂をすればだ。あれを見ろ」
炎蓮さんが顎をしゃくった先に、いたのは……。
〈雪蓮〉「んぐ……は~、美味しい♪」
〈酒屋〉「若殿様! 今日は良い酒が入ってますよ!」
〈雪蓮〉「ありがと、おじさん。また後で寄らせてもらうわね」
〈乾物屋〉「伯符ちゃん、おつまみどう? そんなお酒だけじゃ物足りないでしょう?」
〈雪蓮〉「いいねー♪ おばちゃん、それいくら?」
〈孝矢〉「……」
雪蓮が、真っ昼間から酒飲んで食べ歩きしてた。
〈炎蓮〉「ほれ見ろ。あのバカ面が、孫家の跡取り娘のツラか?」
〈孝矢〉「い、いやー、でもみんなと仲良さそうじゃん……」
〈炎蓮〉「民に慕われるだけが施政者の条件ではないわ、バカ者。あれには緊張感がまるで足らん」
精一杯のフォローをするが、炎蓮さんはちっとも気に留めてくれなかった。
〈炎蓮〉「ククっ、良いことを思いついた」
〈孝矢〉「え?」
〈炎蓮〉「ヤツがちったぁ、オレの跡継ぎとして相応しくなったか試してやる」
〈孝矢〉「あッ、ちょッ……」
言うが早いか、炎蓮さんはオレが止める間もなくどっかに消えちまった。……いや、文字通り、すぐさっきまで隣にいたのに、振り返った時にはいなくなっちまった。
な、何つう速さ……。野球やったら盗塁王間違いなしだぜ。
〈雪蓮〉「あっ、孝矢じゃないの。そんなキョロキョロしてどうしたの?」
狼狽えてたら、雪蓮がこっちに気づいて近づいてきた。が、
〈孝矢〉「あッ!?」
〈雪蓮〉「へ?」
その瞬間に、炎蓮さんが音もなく雪蓮の背後に現れた。そして、
〈炎蓮〉「うおおおりゃああああっっ!!」
後ろから雪蓮の頭をぶん殴った!
〈雪蓮〉「んぎゃああっっ!!?」
もろ不意打ちを食らった雪蓮は、その場にぶっ倒れた……。
〈タイタス〉『い、炎蓮殿! いきなり何を……』
〈雪蓮〉「何するのよっ!?」
タイタスが言う前に、雪蓮が起き上がって炎蓮さんに抗議した。断末魔上げて倒れたのに、復帰早えぇな。
〈炎蓮〉「はっ、未熟者め。貴様はそれでも武人か?」
〈雪蓮〉「はああ?」
〈炎蓮〉「我らは常に命を狙われておるのだ! それを易々と不意打ちを食らうとは……オレの教えを忘れたかっ!?」
〈雪蓮〉「くっ……殺気があれば気づいてたわよ! 母様にいきなり襲われるなんて、考える訳ないでしょ!?」
〈炎蓮〉「そういう下らん言い訳をするところが未熟なのだ。オレよりも手練れの相手だったらどうする? いや、オレ自身が乱心していたら?」
〈雪蓮〉「くっ……」
〈炎蓮〉「大体、泣きそうな顔で何が母様だ。お前は童か?」
〈雪蓮〉「泣きそうな顔なんてしてないわよ!」
〈炎蓮〉「乱世に母も子もあるか! お前はもう家督を継ぐのは自分だと、慢心しているのではないか?」
〈雪蓮〉「そ、そんなことないし……」
〈炎蓮〉「お前に能力がなければ、家督はいつでも妹たちに継がせるぞ? いっそ祭か粋怜に譲った方が、孫家のためになるかもしれんな」
〈雪蓮〉「くぅうううう……!!」
〈炎蓮〉「フハハハハハっ! 良い顔だ! 孫家の家督が欲しければ、オレを殺す気で食らいつけっ!!」
な……何つースパルタ教育だ……。自分の子供を後ろから殴って、殺す気で来いとか、漫画でしか見ねーやり取りだよ。
〈孝矢〉「なぁタイタス。U40でも、こんな感じの訓練とかあんの?」
〈タイタス〉『いや……U40の訓練も厳格ではあるが、流石にここまでのことはせんな……』
タイタスも若干ヒキ気味だ。そんだけ炎蓮さんは過激なんか。
〈炎蓮〉「ほれ、分かったら酒はその辺にして、城に戻って鍛錬でもしろ。どうしても城下を歩きたいのなら、供をつけ、しっかりと守ってもらうことだな?」
〈雪蓮〉「ううぅ……もう、分かったわよ! 帰ればいいんでしょ、帰れば! せっかくの酔いも醒めちゃったわ!」
〈炎蓮〉「ふん、口の減らん奴め」
〈雪蓮〉「じゃあね! 孝矢!」
〈孝矢〉「お、おう……」
雪蓮はプンスカしたまま、城の方に歩いてった。
〈炎蓮〉「……という訳だ。あのような半端者に、まだまだ家督は譲れんな」
〈孝矢〉「厳しいんだな、炎蓮さんの教育って……」
あまりの経緯に呆気にとられるが、ここでちっと意地の悪いことを聞いた。
〈孝矢〉「けど、炎蓮さんだって雪蓮のこと言えねーんじゃね? 街のこと何も知らねぇオレ連れ回すのに、護衛もなしなんて」
すると、意外なとこから否定をもらった。
〈タイタス〉『そうではないぞ、孝矢。護衛ならば、先ほどからついて回っている』
〈孝矢〉「へ?」
〈炎蓮〉「ククっ、力の賢者という自称は伊達ではないようだな。その通り」
炎蓮さんがサッと手を挙げたら、数人の男女が通りに出てきた。格好は周りに溶け込んでるが……全員、オレにだけ見えるように刃物を懐から出してた。
〈孝矢〉「んなッ!?」
〈炎蓮〉「こういうことだ」
事実を知ると、炎蓮さんの護衛たちはすぐに人混みに混じってった。あまりに自然な動きで、そうと知らなきゃ誰もあの人たちの正体に気づかねぇだろう。
〈炎蓮〉「己を省みず、理不尽に娘を殴ったりせん」
〈孝矢〉「ま……参りました」
正直に降参する。炎蓮さんの考えは、オレなんかよりずっとずっと上を行ってんだな……。
〈孝矢〉「けど、炎蓮さんでもこんなにやらなきゃならねぇぐらい、命の危険があんのか?」
〈炎蓮〉「オレはかなり強引に三郡を征服したからな。恨んでいる者は多い。街中だろうと戦場だろうと、刺客に襲われるなんざ、オレには日常茶飯事よ」
〈孝矢〉「そうなんか……」
マジでバトル漫画の世界だぜ……。けど、それが炎蓮さんの現実なんだな。
〈炎蓮〉「だが、それは貴様らとて同じだぞ?」
〈孝矢〉「え……!!」
〈タイタス〉『それはそうだろう。天の御遣いと呼ばれるほどの者を、悪心を持つ者たちが放っておくはずがない。私自身、そのような経験は幾度となくある』
ま、マジかよ……。オレもとっくに、バトル漫画の世界に入っちまってたってことか……。
〈タイタス〉『良い機会だ。これを機に、君が既にこの世界の重要人物になっていることを自覚しなさい。何かあってからでは遅いぞ』
〈炎蓮〉「うむ。天の国がどのような時代か知らんが、今のこの世は常に死と隣り合わせだ。ゆめゆめ用心を怠るな。ここでは気を抜いた者から死んでいく。分かったな?」
〈孝矢〉「わ、分かった……」
〈炎蓮〉「小難しい話はこの辺にして、行くぞ孝矢。そろそろ腹も減った。その辺でメシでも食うか?」
〈孝矢〉「は、はい……」
炎蓮さんに連れられて歩くオレは、すっかり緊張でガチガチだった。
元の世界じゃ考えもしなかったことが、ここでは当然。それを実感させられる体験だった……。