ある日の評定のこと、冥琳がこんなことを告げた。
〈冥琳〉「かねてより情報を集めていました、南出以外の天の御遣いのことですが……昨日、遂に噂を入手致しました」
〈孝矢〉「えッ! 何か分かったのか!?」
思わず、声を上げちまってた。みんなの視線がオレに集まって、ハッと我に返る。
〈雪蓮〉「あらあら。今日は随分とがっつくわねぇ?」
〈粋怜〉「いつも頭をひねってるか、眠そうにしてるかのどっちかなのにね」
〈孝矢〉「あッ、いや……」
クスクス笑われて、何か恥ずいぜ……。
〈祭〉「ははは。まぁその反応も当然じゃろう。待望の仲間の安否じゃ」
〈炎蓮〉「冥琳、申してみよ」
〈冥琳〉「はっ。まず一人は、以前南出も申した通り、苑州陳留の太守、曹操がかくまっているとのことです。陳留では実際に、青い巨人の目撃談があります」
〈タイタス〉『それはフーマだろうな……』
タイタスがつぶやいた。フーマって、あん時鎗輔が手に持った奴か。
〈冥琳〉「もう一人。こちらは詳細は不明ですが、幽州において二本の角の生えた巨人が現れたという情報を掴みました」
〈タイタス〉『角の生えた……こちらはタイガだな。外見的特徴が一致する』
タイガってのは、あのウルトラマンタロウのパチモンだな。何か、息子だとかタイタスが言ってたが。
〈炎蓮〉「ふむ。苑州はいいとして、三人目がよりによって幽州だとはな……」
〈孝矢〉「それが何か問題なのか?」
〈雪蓮〉「問題といえば問題ね。幽州は、この漢王朝の最北端なのよ」
北って……あー、ここ揚州は大陸の南だからな。ちょうど反対側なのか。
〈粋怜〉「仮に孝矢くんが会いに行こうとするのなら、いくつも州を渡ることになるわよ。途中にはあの青州もあるし……はっきり言って、命懸けの旅になるわ」
〈穏〉「もっとも、タイタスさんは空を飛べますけどね~」
〈孝矢〉「確かに、飛んできゃすぐなんだろうけどな」
〈タイタス〉『しかし、今すぐ会いに行こうというのは勧められんな。他の地がどのような状態か、どんな危険があるか分からん。タイガなどは、正確な所在地も分からんしな』
確かに……建業は炎蓮さんのお陰で比較的平和だが、街の外に出りゃあ命の保証すらねぇのがここの現状だからな……。無闇に移動しようってのはまずいか……。
〈孝矢〉「ま、いいさ。生きてりゃその内、再会する時があるだろ。無事でやってんなら、それで」
〈雪蓮〉「なかなかに気楽ね~」
〈孝矢〉「そこがオレの取り柄よ」
何せ、ここは三国志の世界だ。いずれは、嫌でも他の国と関わる時が来るだろ。具体的にゃ、反董卓連合の時とか……。
〈タイタス〉『何、心配はいらないさ。フーマとタイガがついているならば、滅多なことはあるまい。あの二人も、少々落ち着かないが、戦士として頼りにはなる』
〈孝矢〉「そっか。タイタスもそう言うんなら、なおさら大丈夫だな」
〈炎蓮〉「ははは。元より、今更貴様を手放すつもりはないぞ。この地を捨てていこうとするならば……いっそのこと、首を刎ねてしまおうか? ククク……」
〈孝矢〉「ひッ……」
い、炎蓮さん、笑顔が怖えぇぜ……冗談っぽいけど、半分は本気だろ……。
〈雪蓮〉「も~、母様ったらまた孝矢を脅して。それで、こっちも他の天の御遣いは依然放置でいいのかしら?」
〈炎蓮〉「応。前も言ったが、今の建業に遠征などの贅沢は出来んからな。だが冥琳、大儀であったぞ」
〈冥琳〉「ありがたく存じます」
ひとまず、一刀と鎗輔が元気にやってるっぽいってのが分かって安心だ。
その後はつつがなく評定が済んだが、解散してから冥琳が話しかけてきた。
〈冥琳〉「南出、少し良いか?」
〈孝矢〉「ん? どうしたんだ? 冥琳」
〈冥琳〉「少々頼みたいことがあってな。雷火殿の様子を見てきてほしいのだ」
〈孝矢〉「雷火さんの?」
今日は休みだってんで、評定にはいなかったが……。
〈タイタス〉『何か、ご病気で?』
〈冥琳〉「そうではないと思うのだが……最近、やけに部屋に籠もられることが多いと心配している者が多くてな。あのお方のことだから、無理を押してどうこうするようなことはされないだろうが、それでも確認しておくに越したことはない。ただ、我々や城の者が様子を見に行っては気も張るだろうから、お前に頼もうと思ってな」
〈孝矢〉「何でオレならいいんだ?」
〈冥琳〉「お前は雷火殿に仕事の相談をしたりはしないだろう?」
ああ……なるほどな。
〈冥琳〉「お前の目で見て思ったことを伝えてくれればいい。それでは、頼んだぞ」
オレにそう頼んで、去ってく冥琳。足取りからして忙しそうだ。呉の筆頭軍師だからな。
しかし、雷火さんか……。あの人、何かとオレを日頃の態度や口振りが悪いって叱ってくるから、ちょいと苦手なんだがな……。
それから一度部屋に戻って、雷火さんの部屋に行くことにした。何で一度戻ったかって言うと……。
〈ピグ〉「どうして、ピグも一緒に行くのかな?」
〈孝矢〉「別にいいだろ。オメー暇してんだしよぉ」
こいつを道連れにするためだ。いざって時に、話しそらす対象にするためにな。
ピグを連れて雷火さんの部屋の前に来て、ドアをノックする。
〈孝矢〉「おーい、雷火さーん」
〈雷火〉「……何じゃ?」
〈孝矢〉「ちょいと、聞きたいことがあるんだけどよ」
〈雷火〉「……少し待っておれ」
部屋の中でゴソゴソと物を片づけるような音がしてから、雷火さんがドアを開けた。
〈雷火〉「何じゃ? 書で分からぬところでもあったか?」
〈孝矢〉「そうじゃねぇんだけどよ……今ちょっと時間いいか? 忙しいってんなら、後にするけど」
〈雷火〉「こうして応対に出てきておるのじゃ。それほどに忙しない訳がなかろう。まぁ立ち話も何じゃからな。入るが良い」
見たとこ、やっぱ病気か何かって訳じゃなさそうだ。至って元気そうだぜ。
〈孝矢〉「お邪魔しまーす」
〈ピグ〉「失礼するんだな」
部屋の中は、几帳面な雷火さんらしくキチッと片づいてる。ただ、机の上に本が一冊、広げられてた。
〈孝矢〉「読書してたのか? これ何て本?」
〈雷火〉「はぁっ!?」
〈孝矢〉「えッ……?」
軽く聞いただけなのに、何故かやたらと驚かれた。
〈雷火〉「お主――論語も知らんのか!?」
〈孝矢〉「ろ、ろんご?」
〈ピグ〉「黒猫が踊る奴だったかな?」
〈孝矢〉「そりゃタンゴだろ」
〈雷火〉「何を訳の分からぬことを言っておるか! 論語すら知らぬとは……天の国の書の事情は、どうなっておるのじゃ……」
何か呆れられた……。けど、しょうがねぇじゃん? 知らねぇもんは知らねぇんだから。
〈孝矢〉「タイタス、ろんごって何?」
〈タイタス〉『私に聞くより、もっと詳しい雷火殿がいらっしゃるのだから、直接教えてもらった方がいいだろう』
〈雷火〉「うむ。二人とも、そこに座れ。このわしが、論語が如何なるものか教えてやろう」
〈孝矢〉「へ、へぇ」
〈ピグ〉「お願いします、なんだな」
オレとピグは椅子に腰掛けて、机を挟んで雷火さんと向かい合う。
広げられてる本は随分擦り切れてて、受験用の参考書みてぇに赤線や手書きの文字がびっしり書き込まれてた(オレはこーいうのやったことねぇけど)。
〈孝矢〉「この書き込んでんのは、解説文とか? 雷火さんが書いたのか?」
〈雷火〉「そうじゃ。……ふん、まぁ一見してそれが分かる程度には読み書きのいろはを心得ておるようじゃな」
〈孝矢〉「どうもっす」
〈雷火〉「別に褒めておらん。この書はとても奥が深い。初めて読破してからもう大分経つが、読み返す度に新しい発見がある。その発見を忘れぬよう、こうして書き残しておるのじゃ。ちなみに、これは……ええと、何代目じゃったかの……」
〈孝矢〉「何冊も持ってんのか!?」
〈雷火〉「後で見てみるか? あの棚に眠っておる先代の論語たちを」
〈孝矢〉「え、遠慮しやす……」
先代……本の先代って……。そんな表現、初めて聞いたぜ……。
〈孝矢〉「そんなに同じ本を、何回も読み直さなきゃいけねーのか? 内容変わる訳じゃねぇだろ?」
〈雷火〉「当たり前じゃ。確かに、最近は驚くような発見もなくなってはきたが……それはあくまでわしの話じゃ。……書を道と考えてみるが良い。わしが幾度となく通り過ぎた論語という道も、初めて手に取る者にとっては、完全な未知の道じゃ」
〈ピグ〉「ダジャレかな?」
〈孝矢〉「おい茶々入れんなって」
オレが言わねぇようにしてたってのに、こいつは……。
〈雷火〉「……初めて論語の道を往く者は、わしがその道で見つけた様々な風景であったとしても、見落としてしまうことも多いじゃろう。残念なことに、世の人の大半は書など一度読んだら終わりじゃからの……」
まぁそうだな。何なら、オレなんか最後まで読む方が珍しいぐらいだぜ。
〈雷火〉「故に、わしは論語を初めて手に取った者たちでも、容易に深く理解できるよう、注釈をふんだんに盛り込んだ――論語注という書を書き上げようと思っているのじゃ。この書の魅力を簡単に理解できれば、より多くの人々が論語を手に取るようになるじゃろうしな」
なるほどなー。最近はその作業してたって訳か。
〈タイタス〉『実に素晴らしいお仕事です。流石は雷火殿』
〈雷火〉「痛み入る。若い世代がこの書に触れるようになれば――きっと、この大陸はもっともっと豊かに、大きくなる。それがわしの理想なのじゃ」
実に誇らしげな顔の雷火さん。そんなとこに、こう言うのは気が引けるんだが……。
〈孝矢〉「あー……それで……」
〈雷火〉「ん? 何じゃ?」
〈孝矢〉「結局、論語ってどーいう本なんすか……?」
〈ピグ〉「そうなんだな、やっぱし。そういう話だったんだな」
〈雷火〉「……良い機会じゃ。お主たちのような論語のろの字も知らぬ者に教え説く訓練をさせてもらおう。居眠りなどした暁にはどうなるか、分かっておろうな……?」
〈孝矢〉「も、もちろん……」
〈ピグ〉「はい、はい。気をつけます」
はい、雷火先生による、論語とは何かの授業のスタートです。
〈雷火〉「そも、論語とは孔子の弟子が記した儒学書じゃ」
〈孝矢〉「こうし? こうしねぇ……誰?」
〈タイタス〉『孝矢……君の年齢なら、名前だけでも必ず習っているはずだぞ……』
〈孝矢〉「あっははは……劣等生だったもんだからさ」
〈雷火〉「笑いごとではなかろうが! 知ったかぶりするよりはましじゃがな。ま、孔子そのものについては、書の内容とはそこまで関係がない。では、儒学とは何か分かっておるか?」
〈孝矢〉「全然」
〈雷火〉「お主、学生と言っておったが、天の国の宿舎では何を教えているのじゃ……?」
〈孝矢〉「いやー、色々あるんだけどよ……なぁピグ」
〈ピグ〉「そうなんだな。勉強と言っても、色々あるんだな。国語算数理科社会」
〈孝矢〉「小学生かよ」
〈雷火〉「もう良い。全く、呆れた連中よ……。タイタス殿は、もちろん儒学を学んでおりますな?」
〈タイタス〉『……雷火殿……』
タイタスはかなり申し訳なさそうに、言った。
〈タイタス〉『大変申し上げにくいのですが……天の国において儒学は、少数派の学説です……』
その言葉に、目をひん剥く雷火さん。
〈雷火〉「……な、何じゃとぉぉ!!? まさか……よりによって儒学が……!?」
〈タイタス〉『天の国では、古今東西で種々多様な学説がありますし、重点が置かれている教育の分野は、実用面で有用なものですので……道徳面に関しては、ほとんど重視されておりません』
〈雷火〉「な、何たること……天の国の人間は、人の心を捨て去ってしまっておるというのか……!?」
〈タイタス〉『確かに、現代人の道徳心の低下は、社会問題にもなっておりますが……』
〈孝矢〉「あー……天の国のことはいいからさ、話し先に進めてくれません?」
あんまりにも雷火さんがショック受けてるんで、この辺で止めた。
〈雷火〉「う、うむ、そうじゃったな……。気を取り直して、儒学について話そう」
呼吸を整えてから、続きを話し出す雷火さん。
〈雷火〉「儒学の基本は、仁、義、礼、智、信の五常じゃ。まず仁とは、他人を思いやることじゃ」
〈ピグ〉「うんうん。思いやりの心は、大事なんだな、やっぱし」
……ロボットがこれ言うのって、ひょっとしてギャグなんかな。
〈雷火〉「次に義とは、私欲に囚われず、正道を行うことじゃ」
〈孝矢〉「悪りぃことはしちゃいけねぇってことだな」
〈雷火〉「礼とは、常に慎みを持ち、目上を敬うこと。智は簡単じゃな。学問に励むことじゃ。そして最後、信とは誠実であることじゃ。儒教については様々な書や分派が存在しておるが、これら五常は概ね変わらんと言って良いじゃろうな」
〈孝矢〉「なるほどなー」
〈雷火〉「本当に分かっておるのか、お主……。ならば、礼とはどういうものか、自分の言葉で表現してみよ。わしの言葉をそらんじるだけなら鳥でも出来るからの」
〈孝矢〉「えーと……無駄に威張らず、年上に礼儀正しくしろってことか?」
〈雷火〉「……ほう。合格じゃ。もっとも、お主の普段の態度は礼が著しく欠けておるがの。何じゃ、その言葉遣いは」
〈孝矢〉「ギクッ……し、しょうがねーじゃん? 育ち悪りぃんでな……」
〈雷火〉「言い訳をするようでは成長は見込めんぞ。まぁ良い、次の質問じゃ。今のわしの解説を聞いて、それぞれ思ったことを率直に言ってみよ」
オレとピグに順番に目を向ける雷火さん。
〈雷火〉「この質問には正解がない。お主らなりに考えて、わしに伝えてみよ」
応用問題か。これに答えられて、理解したって言える訳だな。
〈孝矢〉「……何つーか、当たり前のことじゃね?」
〈ピグ〉「そうだな、そうなんだな。人として、ごくごく当たり前のことばっかりなんだな、やっぱし」
〈雷火〉「ほほう? 続けてみよ」
〈孝矢〉「今の聞くだけなら、わざわざ習うまでもねぇことなんじゃねぇかなーって……。少なくとも天の国じゃ、普通はガキの時に大人から躾けられることばっかだぜ」
〈ピグ〉「ま、それが出来てない人も多い訳なんだけどな、やっぱし」
〈雷火〉「……なるほど。先ほどのわしの言葉は撤回しよう」
〈孝矢〉「え?」
〈雷火〉「天の国では天の国なりの儒の教えがあるようじゃ。……そう、お主らの言う通り、儒学とは人として正しい生き方をするための手本書じゃ。処世術の集大成などと評する者もおるほどじゃな」
なるほど……だからタイタスもさっき、道徳面がどーとか言ってた訳か。
〈雷火〉「しかし……ピグも申したが、この国でもこれが分かっておらん者が多すぎる。特に若い連中よ!!」
〈孝矢〉「うおッ!?」
〈ピグ〉「ど、どうしたのかな? いきなり……」
〈雷火〉「目上を敬う礼もなければ、その姿から何かを学ぼうという智の姿勢もない! 仁、義、信は人それぞれというところじゃが……三つを兼ね備えた者などろくにおらぬ! 何と嘆かわしいことか……この地だけでなく、大陸の行く末が心配でならぬわ……」
……何か、老人が言いがちな「最近の若いもんは」って台詞まんまだな……。この台詞って、今も昔も変わらねぇんだなぁ。
〈孝矢〉「ああ、だから論語注書いてんのね……」
〈雷火〉「そういうことじゃ。若者の意識を、根底から改革していかねばならぬからな! わしの論語注を、より良き未来への一助とするのじゃ。乱世の平定は大前提じゃが、その後、再び乱世に陥らないようにするのが学と書の力なのじゃ」
〈孝矢〉「へぇー……先のこと考えてんだなー、雷火さん」
〈タイタス〉『完成の暁には、私にも一冊いただけませんかな? タイガとフーマと再会した時に、読ませてやりたいのです。特にフーマ』
……そのフーマってのもウルトラマンなんだろ? どんな性格してんだろ……。
〈ピグ〉「でも、だからってあんまり根を詰めるのは良くないんだな、やっぱし」
〈雷火〉「別にわしは根を詰めている訳では……む」
〈孝矢〉「あッ、ピグ……!」
余計なこと言うから、感づかれちまったじゃねーか。
〈雷火〉「どうも怪しいと思うておったが……冥琳辺りの差し金じゃな? 大方わしが最近引きこもっておるから、様子を見てこいなどと言われたのじゃろう? ん?」
〈孝矢〉「……当たりっす」
〈雷火〉「……やれやれ。あ奴とてわしの論語注については知っておるじゃろうに。どいつもこいつもわしを年寄り扱いしおって……」
〈孝矢〉「でも、雷火さん言ったじゃん。目上の人は敬えって」
〈雷火〉「馬鹿者! そこは、わしのこれまでの実績やらを敬い、信頼するところじゃろうが!」
〈孝矢〉「えー……!?」
〈雷火〉「論語注に掛かり切っておるからと言って本業は疎かにしておらぬ。ただ、普段の遊興の時間を削っているだけの話じゃ! それを変な気を回しおって……」
〈孝矢〉「いやでも、冥琳だって雷火さんが心配なんだって……」
〈雷火〉「それが余計と言っておるのじゃ!」
あーもう……言うことがメンドい年寄りまんまだよ……。
〈雷火〉「――お主今、年寄りはめんどくさいな、などと思うておったじゃろう!」
〈孝矢〉「ギクゥッ!? なな、何のことだ……?」
〈雷火〉「とぼけるでないわっ! 良いか、長く生きておればそれだけの経験があるのじゃ。つまり、それだけ様々な局面を乗り切ってきたということ……」
クドクドと説教が始まった……。けど、ここは大人しく聞いとくのが吉だな……。
〈雷火〉「わしを尊重するならば、何か書に取り掛かっているのだな、と察するところとは思わぬか?」
〈孝矢〉「そっすね……」
〈雷火〉「察した上で、わしのこれまでの実績を尊重し、張昭殿が頑張っているのだから私も、と意識を改めるところじゃろうが」
んな無茶な……。
〈タイタス〉『雷火殿、流石に冥琳も好意でのことですから、そう怒らずに……』
〈雷火〉「タイタス殿まで、何を言っておられるか。そうやって各々が意識を高め合っていくことで、それぞれの糧となり、人生はより豊かになる。豊かな人生を送る者たちが増えれば、その国は一層繁栄することじゃろう」
〈孝矢〉「そりゃもっともだけどよ……」
〈雷火〉「だけど、何じゃ」
〈孝矢〉「心配するってのは……つまり仁だろ。儒学に沿ってるじゃん」
〈雷火〉「……仁や信はさておき、仁に則った行動であると?」
〈孝矢〉「ああ……。だから、もう落ち着いて……」
雷火さんはホントに落ち着いて、言葉を区切った。
〈雷火〉「……なるほど、そういう考え方も、あるやもしれぬな。――冥琳には心配無用と伝えてくれるか。わしが言っていたと伝えれば、あれも納得するじゃろう」
〈孝矢〉「ああ」
良かった、予想以上に今の言葉が効いたみてぇだ。咄嗟の思いつきだったが。
じゃあ用も済んだし、おいとましようか、と腰を浮かしたが……。
〈雷火〉「……何をやっておるのじゃ、孝矢」
〈孝矢〉「へ?」
〈雷火〉「まだ講義は終わっておらぬぞ? 冥琳に遣いを頼まれる程度には暇だったのじゃろう? よもや、講義を受ける時間がないとは言わぬじゃろうな?」
言外の圧力に――浮かしかけた腰を落とした。
〈孝矢〉「お、お願いしやす」
〈雷火〉「良い心掛けじゃ」
満足げな雷火さんの一方で……オレとピグは、こっそりため息を吐いたのだった。
〈雷火〉「……そう思わぬか、孝矢? ……孝矢?」
〈孝矢〉「ぐごー……」
〈ピグ〉「うぅ~ん……むにゃむにゃ……」
〈雷火〉「……ふん、仁の話を出した時や、わしの質問に答えた時は少々見直したというのに」
〈タイタス〉『雷火殿、どうぞお手柔らかに……。今の孝矢には、儒学の真髄はまだ難しかったようです』
〈雷火〉「構いませぬ。わしもいささか、長話が過ぎたかもしれませぬからな。わしはしばし席を外しますので、その間に起こして部屋に戻るようおっしゃって下され」
〈タイタス〉『ありがとうございます』
〈雷火〉「ふっ……孝矢よ、儒学の心を真に学んだのならば、もっと学を深めよ。学問の探求は、お主が思っているよりも楽しきことじゃぞ」