俺、北郷一刀は歴史資料館を見学した際に、銅鏡に吸い込まれるという前代未聞のトラブルに遭遇して、気がつけば後漢時代の中国大陸……つまり三国志の舞台にいた。しかしそこは俺の知ってる三国志とは少し……いや、大分異なり、何と劉備や関羽、張飛といった武将がみんな女の子として存在してる世界だったのだ。更に俺は出会ったこの三人から、大陸を平和にする天の御遣いとして扱われ、三人の旗頭となる主に迎えられたのだった。波乱万丈の始まりだ。
おっと、もう一つ、忘れてはいけない大事なこと。それは完全にフィクションの存在だと思っていたウルトラマン、その名もタイガだ。この世界には本物の怪獣も存在してて、人間を狙うそいつらと戦うウルトラマンとして、タイガは俺を選んだのだった。
大陸に平和をもたらす、ウルトラマンに変身する天の御遣い……。責任重大な役目を背負ってしまったものだが、俺はやると決めた。だから、これから全力で困難にぶつかっていってやるぜ!
という意気込みはともかくとして、俺はまず劉備――ここで言う真名だと桃香たち、桃園の義姉妹の現況を把握するところから、天の御遣いの役目をスタートした。
〈愛紗〉「……というのが現在に至るまでの私たちの活動です、ご主人様」
〈一刀〉「分かった。ありがとう」
桃園の誓いを結んだその晩、俺とタイガは三人が身を置いてる屋敷の一室で、愛紗から話を聞いた。
簡単に纏めると、出会った三人が苦しむ人々のために義勇兵として立ち上がったのは聞いた通り。そして通りがかったこの街が、盗賊に襲われてるのを発見。救助に向かって盗賊を蹴散らし、感謝した街の人たちに用心棒として迎えてもらったという。それから、ここを拠点に活動してるそうだ。
しかし、たった三人だけ……桃香は戦闘要員じゃないから、実質二人で武装した何十人もの盗賊を退けるなんて、優美な見た目に反してすさまじい強さだな……。怪獣だって――昨日出てきたのほど大きいのを相手したことはなかったみたいだけど――何体か倒してるというし、流石は劉備を生涯支えた、いや支えることになる関羽と張飛だ。
〈一刀〉「今日までこの街を守り切ってたなんて、愛紗も鈴々も強いんだね」
〈愛紗〉「いえ、それほどでは……。それに、私たちだけでは出来ることはたかが知れているのはお話しした通り。ですが、ご主人様を迎え入れたからには、これからは志を同じくする人間が集まり勢力を拡大していけることでしょう」
〈鈴々〉「というより、タイガお兄ちゃんがいればどんな悪い奴が相手だって怖くないのだっ!」
嬉しそうに言う鈴々だが、タイガが申し訳なさそうに告げる。
〈タイガ〉『そのことなんだが……悪いが、俺は人間の相手はしないぞ。特に、大集団を相手にするような時はな』
〈鈴々〉「えー!? 何でなのだ!?」
〈タイガ〉『俺の国の決まり事でな……他の国の、歴史や政治、戦争とかには関わっちゃいけないんだ。たとえ相手がどんな人間であろうとな。俺が戦えるのは、怪獣とか宇宙人……他の世界から来る侵略者ぐらいのもの』
〈愛紗〉「他の世界からの侵略者……と言いますと、ご主人様や勇者様のような、しかし悪しきたくらみを抱いてこの地に入り込む輩ということでしょうか」
〈タイガ〉『そうだな。まぁ、それが来るかどうかはまだ分からねぇけど』
〈鈴々〉「そんなー……。せっかくタイガお兄ちゃんが鈴々たちの頼もしい味方になってくれるって思ったのに」
残念そうな鈴々を愛紗がたしなめる。
〈愛紗〉「鈴々。平時より勇者様の力を当てにしようとは、武人として恥ずかしいと思わんのか。こちらが無理を言っている立場なのだ、わきまえろ」
〈鈴々〉「はーい……」
渋々うなずく鈴々。こうしてると、この二人は本当の姉妹みたいに見えるな。
〈桃香〉「勇者様ー!」
そこに桃香がパタパタとやってくる。
〈桃香〉「頼まれたもの、こしらえたよ!」
〈タイガ〉『おッ、ありがとな!』
〈一刀〉「タイガ、それは?」
タイガが桃香から受け取ったもの。それは……。
〈一刀〉「紐?」
〈タイガ〉『ああ。これをこうするんだ』
そしてタイガはキーホルダーの状態に変身して、紐をリング部分に通した。
〈タイガ〉『一刀、これで俺を首にでも提げな。いつも俺が肩の上に乗っかってたら、知らない人がビックリするだろ。これなら幾分かは自然のはずだ』
〈一刀〉「なるほどね」
指示通りに紐を首に掛け、キーホルダーとなったタイガを胸に提げる。これでいつでも堂々とタイガと行動できるって訳だな。
〈鈴々〉「おおっ! お兄ちゃん、決まってるのだ!」
〈愛紗〉「見る者が見れば、これでも天の御遣いの証左となるでしょう」
〈桃香〉「うんっ! 改めて、ご主人様とわたしたちの活動の始まりだね!」
桃香の言う通り、この瞬間から、俺とタイガの天の御遣いとしての活動の幕が上がったのだった。
とは言っても、すぐに何かをどうこうするという訳でもなかった。いきなり大事件が起きるというものでもないし、数日間は、この世界の情報を集めて環境に慣れるところから始めることとなった。
今は一人で街の中を散策してる。街の様子はどこものどかなもので、子供たちがはしゃぎながら通りを走ってたり、道端では奥様たちが井戸端会議に花を咲かせてたりする。こういう日常の光景は、おおまかなところは今も昔も変わらないみたいだ。
〈一刀〉「何か……思ってたよりずっと平和だ。桃香たちは国中が荒れ果ててるって言ってたから、どんな世紀末のありさまなのかって最初は身構えたもんだけど」
〈タイガ〉『この街が平和なのは、あの三人が頑張った証拠だな』
小声で、キーホルダー状態のタイガと言葉を交わす。あんまり大っぴらに話してると、危ない奴認定されるだろうからな。
〈タイガ〉『けど、俺たちはまだ他の街や邑がどんななのか知らない。きっと、悪い人間や怪獣に襲われてボロボロになってるところもあるはずだ。早いところ、そういう場所の人たちも助けられるようになりたいもんだ』
〈一刀〉「ああ……」
〈タイガ〉『? どうした一刀。変に元気ないな』
訝しんだタイガに、この街を知ってから、内心考えてたことを打ち明ける。
〈一刀〉「タイガやみんなはすごいなって思って……」
〈タイガ〉『え?』
〈一刀〉「タイガはこの前見た通り。桃香たちも、たくさんの人を助けるんだという気持ちが言葉だけじゃないってのは、ここを見れば分かる」
この街は一見活気づいてるように見えるけど、よく観察したら、壁や道のあちこちが破損してたり刀傷が入ってたりしてる。それもまだ新しい。彼女たちの言うような盗賊の襲撃があってまだ間もないんだろう。それを退けた……。
〈一刀〉「みんな、人を助けられるだけの力がある。それに対して俺は、何が出来るんだろうって……」
〈タイガ〉『そんなの、桃香たちが言ってただろ。お前は天の御遣いとして、みんなの象徴になるって』
〈一刀〉「だけど、俺の知る歴史だと、劉備たちは三人でのし上がってくんだ。みんなに乞われたから引き受けたけど……本当は、俺はいてもいなくても同じなんじゃないかなって……」
〈タイガ〉『一刀……』
みんなに対しての劣等感を吐き出した俺に、タイガが笑いかける。
〈タイガ〉『そんなこと言ってたって始まらないぜ! 言っただろ、必要なのは気持ちだって。人が何かをするのに、必要とか不必要とかはないんだよ。男なら、もっとドーンと構えな!』
〈一刀〉「あ、ああ……」
励ましてくれるのは嬉しいけど……そう簡単に心情を変えられるもんじゃない。心の片隅に、一抹の不安を抱えてると……。
「わわわわ、引っ張らないで~」
〈一刀〉「ん?」
前を見れば、何やら人だかりが出来てる。その中心から、聞き覚えのある声がしたのだ。
よくよく見れば、人垣を成してるのは大半が子供だ。だから彼らの頭越しに、人だかりの中心を見やる。すると、
〈桃香〉「はうー」
桃香が子供たちに囲まれて参ってた。お供の愛紗が、こちらに気づく。
〈愛紗〉「おや」
〈桃香〉「ご主人様……ひゃんっ!? こらぁ、誰っ? お尻触ったの」
〈子供〉「ボクじゃないよ」
〈子供〉「オイラでもないぞ」
〈桃香〉「嘘ぉ、だって……きゃう!? 裾を引っ張っちゃダメー」
〈子供〉「遊んでー、劉備さまー!」
〈桃香〉「今日はダメ、遊びに来たんじゃないのっ! わたしたちはみんなの平和を守るために……」
子供たちをたしなめる桃香だけど、
〈子供〉「……ふえっ」
〈桃香〉「何して遊ぼっかー? 追いかけっこかなー?」
一人が泣き崩れそうになったので、すぐに折れた。人が好いなぁ……。
桃香が子供たちの相手をしてる間に、愛紗がこっちに来た。
〈愛紗〉「ご主人様が見当たらないと心配していたのですが、街を散策なさっていたのですか」
〈一刀〉「何となくね。断りもなく出かけちゃって、ごめん」
〈愛紗〉「いえ、問題ありません。ここは平和な街です」
〈桃香〉「愛紗ちゃ~ん、ご主人様~」
話してたら、すっかりもみくちゃの桃香が半べそかいて助けを求めてきた。
〈一刀〉「はははッ、頑張れよー」
〈子供〉「んとね~、えっとね~。だっこ!」
〈桃香〉「遊ぶんじゃなかったの~?」
〈子供〉「だっこで遊ぶ!」
無茶を言う子供たちに、桃香はてんてこ舞いだ。
〈一刀〉「子供が言うことは脈絡がないよね」
〈愛紗〉「微笑ましいものです」
〈タイガ〉『全く。子供が元気なことこそ平和の証だ』
〈愛紗〉「ええ。桃香さまが街へ出ると、いつもこの調子です」
子供たちの手前、愛紗は声を潜めて肩をすくめた。
〈愛紗〉「桃香さまは暇さえあれば、こうして自ら街の治安維持に務めていらっしゃいます」
〈桃香〉「愛紗ちゃ~ん」
〈一刀〉「治安維持、か……」
今は子供たちに振り回されっぱなしだけど。
〈一刀〉「それで愛紗は護衛? だとしたら、ちょっと張り合いないでしょ」
〈愛紗〉「ああいう子供たちに紛れて、桃香さまの命を狙う輩がいないとも限りません」
〈一刀〉「……少なくとも今のとこ、桃香はそこまで大陸に影響力を持つ人物じゃないでしょ」
〈愛紗〉「無論、可能性は万に一つもないでしょう。何事もなければそれで良いのです」
忠義のため、か。その割には、困ってる桃香を助ける気はないみたいだけど。
〈一刀〉「愛紗が目を光らせていれば、どこに行っても安心だ」
〈愛紗〉「そうとも言えませんよ。武では何者にも引けを取らぬつもりでいますが、それで万事、事足りるとは思っていません。先日のようなこともあります」
〈桃香〉「またお尻触った~!」
〈一刀〉「……こういう時、武をひけらかす訳にはいかないもんなぁ」
〈愛紗〉「困ったものです。桃香さまはこの通り、街を歩けばすぐ呼び止められてしまいます」
そう言いつつも、口調は困ってない。やれやれ、という感じだ。
〈愛紗〉「特に、子供たちに見つかってしまうとあきらめる他ありません」
〈一刀〉「流石、みんなに慕われてるんだな」
〈愛紗〉「この街に生きる老若男女、ネズミの一匹に至るまで、桃香さまを慕わぬ者はおりません」
〈タイガ〉『また大きく出たな』
〈愛紗〉「決して誇張とは思っていません。これぞ、私や鈴々が剣を捧げると決めたお方の威徳というものです」
愛紗はまるで自分のことのように豊かな胸を張って誇る。
〈愛紗〉「この大陸において民が求めているのは唯一……弱きを守る、慈しみの心を有した指導者です」
〈一刀〉「そういうものかもな……。うん」
〈愛紗〉「すなわち優しさこそが王の資質。桃香さまにはそれがある……万人に己を重ね、その痛みを己の痛みとすることが出来るお方です」
桃香の人となりについてすらすらと出てくる愛紗。それほど、彼女が桃香を強く信頼してる証拠だろう。
しかしそうなると、ますます俺自身はどうすれば……何を目指していけば……。
〈愛紗〉「何か?」
〈一刀〉「あ、いや……。愛紗や鈴々が桃香をすごく信頼してるのはよく分かったよ」
〈タイガ〉『いい仲間たちだぜ』
〈愛紗〉「あなた方も、我々と共に行くと誓って下さったでしょう。他人事のように言わないで下さい。桃香さまは、あなた方を頼りにしていらっしゃるのですよ」
〈桃香〉「ひ~ん」
その桃香は、ちょうど今泣き声を上げた。
〈愛紗〉「我らが歩む道は、長く……険しいものでしょう。時には道に惑うこともあるかもしれません」
〈桃香〉「愛紗ちゃあ~ん、みんなをたしなめて~……」
〈愛紗〉「期待していますよ、天の御遣い殿」
情けない声を上げる桃香を放置して、俺に語り掛ける愛紗。
何だ、この構図……。ますます俺にどんな役割を求められてるのか分からなくなってきたが……それでも、仲間として認められてるのは嬉しく感じる。
〈一刀〉「ん……頑張ろうな」
〈愛紗〉「日輪よ、我らが行く道を照らせ! 我らは行くぞ!」
〈桃香〉「ご主人様ぁ~……」
愛紗が熱く心意気を口にする一方で、桃香は小さな女の子を抱え上げてホームヘルパーみたいになってた。何かこう……緩いなぁ……。
〈子供〉「ずるいぞー、劉備さま! ボクたちとも一緒に遊んで!」
〈桃香〉「街の見回りを……」
〈一刀〉「ああやって拒むから、かえって子供たちもムキになるんだろうに……」
〈愛紗〉「おや、心得ている雰囲気ですね」
感心する愛紗だが、俺だとあそこまで子供に囲まれないだろうけど。
〈愛紗〉「これでは、いつまで経っても見回りの続きが出来ません。試しにという訳ではありませんが、役に立っていただきましょうか」
〈一刀〉「役に……?」
〈愛紗〉「子供らよ、こちらの方がお前たちの遊び相手を務めてくれるそうだ」
〈桃香〉「ほんとっ!?」
一番反応してるのが桃香なのがまた。
〈桃香〉「やった♪ みんな、お兄ちゃんにも一緒に遊んでもらおっ」
一緒にって言ったら、自分は抜け出せないのに……。
〈愛紗〉「さ、どうぞ? ご主人様」
〈一刀〉「どうぞって、いきなり言われても……!」
愛紗に前に押し出された俺に、子供たちの奇異の視線が集まる。
〈子供〉「だぁれ?」
〈子供〉「知らないおじちゃん」
〈子供〉「変な首飾りー」
〈一刀〉「一刀って言うんだ。桃香や愛紗の友達だよ」
〈子供〉「りゅーびさまのおともだち?」
〈一刀〉「そうそう、だから君たちともお友達。一緒に遊んでもいい?」
〈子供〉「んっと……」
子供たちは控えめな反応ながらも、拒む様子はなかった。
〈一刀〉「ありがと。さて何して遊ぼうか……なッ、と♪」
〈子供〉「きゃあっ♪」
一番近くの女の子を抱え上げると、ノリ良く歓声が上がった。
〈桃香〉「あ、いいなぁあれ」
桃香まで指をくわえてるのはともかく、程よく子供たちの注意を引けたみたいだ。
〈子供〉「すっげー」
〈子供〉「お兄ちゃん、それやって。それー」
〈一刀〉「よしよし、お兄ちゃん暇だからいくらでも遊ぶぞ」
〈一刀〉「追っかけっこだー!」
あっという間にこっちが囲まれた。この時代だと、やっぱりみんな娯楽に飢えてるんだろうか。
〈愛紗〉「見事なものです……では、この場はお任せします。桃香さま?」
愛紗は当初の目的通りに、愛紗を連れて見回りに戻ろうとするが……肝心の桃香はと言うと、
〈桃香〉「じゃあじゃあ、じゃんけん? 鬼を決めないと」
〈愛紗〉「……」
そんな目で見られても……桃香のことまで頼まれた覚えはない。
〈桃香〉「何してるの? 愛紗ちゃん。一緒に遊ぼ」
更に桃香は、愛紗までも誘い出す。
〈子供〉「一緒に遊ぶの?」
〈愛紗〉「うっ……!?」
子供たちのキラキラした瞳が自分に向いて、よろめく愛紗。
〈愛紗〉「……少しだけなら、つき合っても良い」
〈一刀〉「やったな。みんな、お友達を呼んできたら? 大勢の方が楽しいだろ」
〈子供〉「うん!」
蜘蛛の子を散らす勢いで、友達を呼びに走ってく子供たち。すぐにまた集まるだろうけど、その間俺たちは解放される。
〈桃香〉「みんなとちゃんと遊ぶの久しぶり。楽しみだね♪」
〈タイガ〉『そうなんか』
〈桃香〉「うん、いつもはさっきみたいにじゃれつかれて終わりになっちゃうの」
〈一刀〉「そういう時は、ちゃんと自分で場を仕切らないと」
〈桃香〉「勉強になる~」
感心する桃香。俺があの劉玄徳に物を教えてると思うと、何か変な気分だ。
愛紗は桃香にしかめ面を向ける。
〈愛紗〉「私まで巻き込むとは、どういうおつもりです……」
〈一刀〉「いいじゃん、急ぐ用事もないんだろ?」
〈タイガ〉『子供を大事にしてこそ、人の上に立つ者だぜ』
〈愛紗〉「私のような武骨の者が子供たちの相手などすれば、怖がらせてしまうでしょう」
〈一刀〉「そんなことないってば。みんな、愛紗のこともすごく慕ってたじゃん」
〈愛紗〉「であればこそです、信頼を裏切るのが……お、恐ろしいと申しますか」
〈タイガ〉『ははぁ、子供と触れ合うのが苦手な訳だ』
〈愛紗〉「そ、そうとは言っていないでしょう!」
〈一刀〉「いいや。加減は慣れないと身につきません」
二人がかりで諭す俺とタイガ。
〈一刀〉「愛紗がいなくなってる方が、子供たちはよっぽど残念がるよ?」
〈桃香〉「そうそう」
〈タイガ〉『子供と遊ぶのはすごく大切なことだぞ』
桃香も加わり、俺はとどめとばかりにぽんと愛紗の肩を叩いた。
〈一刀〉「子供たちの笑顔って、何よりも大切に……守っていかないといけないものだろ?」
〈愛紗〉「それは……はい、おっしゃる通りです」
〈一刀〉「なら、大切なものを知っておかないと。子供たちと遊んで、たくさんの笑顔に囲まれることは、きっと明日の俺たちの力になるよ」
〈タイガ〉『ははッ。一刀、結構分かってるじゃんか』
〈一刀〉「あはは」
笑う俺たちに絆されるように、愛紗の表情も和らいだ。
〈愛紗〉「……はい」
〈桃香〉「……えへへ♪ そんな風に、愛紗ちゃんが子猫になってるのは初めて見たかも」
〈愛紗〉「だ、誰が……っ、そのような!?」
そうやって真っ赤になって恥じらってるところかな。
〈桃香〉「うふふ、ご主人様たちが来て下さってよかったね」
〈一刀〉「おいおい、桃香……あんまりそういうことを言うと、愛紗が困っ」
〈愛紗〉「~……っ!」
〈一刀〉「……え?」
顔が真っ赤ながらも……愛紗は確かにうなずいてくれた。
〈一刀〉「え、えっと、その……何だ? ありがとう」
〈愛紗〉「礼など必要ありません。むしろ、礼はこちらから申し上げたいくらいです」
愛紗は腰の前で手をそろえ、俺とタイガに向かって恭しく一礼する。
〈愛紗〉「守るべきは次代を担う子供たちの笑顔……と、当たり前におっしゃるあなた方は、そう、桃香さまに近しいものを感じます」
〈桃香〉「そうかなぁ……自分では、よく分からないけど」
俺たちは互いに微笑み合いながら、束の間の和やかな時間を堪能した。
――しかし、既に災厄は彼らのすぐ側にまで忍び寄っていたのだ。
〈女〉「きゃああー!!」
〈男〉「大変だー!!」
一刀たちとは別の場所の街の一画で、街の住民たちが井戸を中心に、にわかに騒いでいた。
〈女〉「どうしたってんだい?」
〈女〉「そ、それが……人が、井戸に引きずり込まれちゃったの!」
〈女〉「ええ!?」
〈男〉「何か、でっけぇ赤い蛇が出てきて……!」
〈男〉「赤い蛇だぁ!?」
〈男〉「いや……ミミズか? 長げぇヒルか? よく分かんねぇ……」
〈男〉「おいおい何だよ、はっきりしねぇな」
〈男〉「と、とにかくバケモンだよ! バケモンが人間を捕まえて、井戸に引っ張り込んだんだ!」
〈女〉「ほんとなの……!?」
民たちは騒然となりながら、化け物が出てきたという井戸を囲む。内の一人が、その中を覗き込もうとした時、
「ギャアアアアアアアア――――――!」
井戸からまさに、真っ赤で平たく細長い、しかし人間を優に捕獲できる大きさの得体の知れないものが飛び出てきて、野次馬たちは一斉に悲鳴を発した。
〈女〉「きゃああああああ―――――――!?」
〈男〉「うわああぁぁぁぁ―――――!! 化け物だぁ―――――――!!」
〈男〉「あ、ありゃあ……なっげぇベロか!?」
更に、井戸の水が……いや、井戸に潜んでいた『液状の何か』がボコボコと盛り上がっていき、天を突くほどにそそり立つと、一体の獰猛な怪物の姿に変化した。
「ギャアアアアアアアア――――――!」
その名は、液体大怪獣コスモリキッド。身体を震わし、街中を震撼させるように、高々と咆哮を発した。
液体大怪獣コスモリキッド
啄郡の街の井戸に潜んでいた怪獣。全身の細胞を、固体と液体の状態に自在に切り替えられる能力を持っている。長い舌を伸ばして、人間を捕まえ食べてしまう恐ろしい奴だ。