いよいよ二万の軍勢が、丹陽郡南部の白翼党の陣に向けて出発する日がやってきた。
〈孝矢〉「んじゃあピグ、行ってくるぜ」
〈タイタス〉『大人しく待っていてくれ』
〈ピグ〉「お気をつけてー、なんだな」
ピグは建業で留守番だ。あの手に剣握らすのは無理だからな。それに、この世界に迷い込んできただけの奴に戦場出ろってのも酷な話だ。
で、今は二万の兵の列に混ざって、馬に跨って南に移動してるとこだが……。
〈孝矢〉「二万人も兵士いると、やっぱ移動するだけで大変なんだなー」
ぼんやり荷車の列をながめてるだけで、はぁーと息が漏れ出た。
何たって、すんげぇ荷車の数だ。食料はもちろん、武器や、陣地設営の資材とかを一台に山積みにしても、列の最後尾が見えねぇ。ゲームじゃあ軍隊動かすのなんざ、ちょっとコントローラーいじるだけだが、実際はこんな大掛かりなんだなーと、目の当たりにすることで実感した。
〈冥琳〉「ふっ、私の苦労を分かってくれたか?」
〈孝矢〉「ああ。この数計算すんのも、冥琳の仕事なんだろ? すげーや」
〈冥琳〉「まぁ、雷火殿や穏にも、かなり手伝ってもらったがな」
雷火さんと穏は前回みてぇに、建業で留守居だ。ピグが迷惑掛けてねぇだろうな? あいつ、割と女にデレデレだからな。ロボットのくせに。
〈冥琳〉「兵站は戦で何よりも重要だ」
〈孝矢〉「腹が減っては戦は出来んって奴だな」
〈冥琳〉「ああ。大軍での出陣で、最も頭を悩ますことだな……。武具を整えるのも、もちろん難しいが、糧食を整えるのはその比ではない」
冷凍食品はもちろん、缶詰すらねぇからな。食いもんはなかなか日持ちしねぇ。大変に決まってるぜ。行軍食は正直まずいが、贅沢なんか言ってらんねぇ。
〈冥琳〉「少しでも食が不足すれば、たちまち兵は軍を抜け、勝手に故郷へ帰ってしまう。無秩序な略奪も横行する。我らはそれを咎められん」
〈孝矢〉「食いもんの恨みだな。マジ大変だな」
略奪なんてとんでもねぇ、ってのは現代人の感覚なんだな。こんな切実な理由を突きつけられちゃ、何も言えねぇぜ。
〈冥琳〉「ああ。だから、現地での徴発は当然のこと、敵から兵糧を奪うことも想定に入れている」
〈孝矢〉「……戦争って大変だな。白翼党は五万人もいて、そこんとこどうしてんだろうな」
〈冥琳〉「それはあずかり知らぬところだがな。この兵站のことを考える度、タイタス殿が羨ましくなる。戦いに臨むのに身一つで十分、糧食も不要と来た。兵士もそうなら、どれだけ楽になるか」
〈孝矢〉「確かにな。タイタスってずりぃよなー」
〈タイタス〉『おい、その感想は何だ。人聞きの悪い』
タイタスに文句を返されてると、粋怜がオレたちのとこに来た。
〈粋怜〉「冥琳」
〈冥琳〉「あっ、粋怜殿」
〈粋怜〉「炎蓮様がお呼びよ」
〈冥琳〉「ははっ、直ちに。では南出、また後でな」
〈孝矢〉「おう」
冥琳が馬を走らせて隊列の先頭に向かってって、粋怜が代わるようにオレの横についた。
〈粋怜〉「元気? 孝矢くん」
〈孝矢〉「ああ。……ああそうだ。ちっと聞きてぇことあんだけどさ」
〈粋怜〉「どうしたの?」
〈孝矢〉「オレなんかが気にすることでもねーんだろうけどさ。袁術のことで……」
〈粋怜〉「ああ、みんなに嫌われてるでしょう?」
〈孝矢〉「ああ。一緒に戦うってのに、そんなんで大丈夫なのか?」
チームで一番重要なのは、チームワークだ。どんなに一人一人の能力があったって、ボールもろくに受け渡しできねぇようなチームじゃ試合になんねぇからな。正直不安なとこだ。
〈粋怜〉「平気よ。共闘と言っても、こっちは最初から袁術の戦力なんてアテにしてないもの。私たちはいつもと同じ。炎蓮様のご命令に従って、賊を討伐するだけよ」
〈孝矢〉「それならいいんだけどよ……。粋怜も、みんなと同じで、袁術のこと嫌いなんか?」
〈粋怜〉「どっちかと言えば、私は好きねー」
〈孝矢〉「へ? 何で?」
〈粋怜〉「だって袁術ちゃん、ちっちゃくて可愛いんだもん。お持ち帰りしたくなるわね♪」
ちっちゃくて、可愛い……? 一体どんな奴なんだよ、袁術……。
〈孝矢〉「なぁ、タイタスはどう思う……」
ふと話しかけたが……タイタスは何か、妙にそわそわしてた。
〈孝矢〉「おいタイタス、どうしたんだよ。人の胸元でモゾモゾすんなって。くすぐってぇ」
〈タイタス〉『孝矢……きみは何も感じないか?』
〈孝矢〉「感じる? 何をだよ?」
〈タイタス〉『……建業を発ってから、誰かに見張られているような気配が続いているのだ。近くにそれらしき姿は、全くないのだが……』
〈孝矢〉「見張られてる? 一体誰にだよ、こんなとこで」
〈粋怜〉「私も、気配なんて特に感じないけれど?」
〈タイタス〉『うぅむ……気のせいだろうか……』
変なこと言う奴だな……。これから戦だってんで、ナイーブになってんじゃねぇのか?
――荒野を横切っていく建業軍から相当離れた場所、人間の視力ではどうあがいても軍隊の様子など視認できないような距離から、行軍に交じっている孝矢を監視する者の姿があった。
〈???〉「……天の御遣いの三人目……どうにも不真面目そうな奴だが……あれはどうなんだ? しばらく様子見を続けるか……」
独り言ちるのは、孝矢と同じほどの年代の青年。その腰には、鞘に収まった反りの緩やかな曲刀――日本刀が挿してあった。
孫軍は予定通りに、袁術の軍と合流する目的の地点に到着。陣を張って、向こうの到着を待つ間、雪蓮が炎蓮さんに尋ねかけた。
〈雪蓮〉「母様、敵の数は五万よね? どうせ袁術軍なんか期待できないし、私たちだけで仕掛ける?」
〈炎蓮〉「いや、敵は十五万らしい」
〈雪蓮〉「……へ?」
あんまりにもあっさりした回答だったが、内容のとんでもなさにオレも思わず振り返った。
〈雪蓮〉「じ……十五万っ!?」
〈冥琳〉「ええ……どうも勅命にあった敵の数は、随分控え目に見積もられていた……。正面に布陣した敵の数は確かに五万。だが、背後には十万の白翼党本隊が集結しているようだ」
〈雪蓮〉「そんな……」
じ、十五万って……。五万でも多いってのに、三倍って……。
〈炎蓮〉「ふふっ、中央の連中は、我らを最初にぶつけておき、弱った敵を官軍で潰したいのだろう。だが、そうはいかん。官軍に手柄などくれてやるものか」
〈雪蓮〉「か、母様……もしかして……私たち二万だけで、十五万と戦うつもり?」
〈炎蓮〉「何か不満なのか?」
〈雪蓮〉「うぅっ……私……頭が痛くなってきたわ」
二万対十五万かぁ……。一人当たり七、八人倒しゃ何とかなる計算か。いや、無理だろそれは。
〈孝矢〉「袁術軍は何人いるんだ?」
〈冥琳〉「二万だと聞いている」
〈孝矢〉「それでも四万かー……」
きっついね、こりゃ。素人でも分かる。
〈雪蓮〉「あんな奴、数に入らないわよ」
〈炎蓮〉「ふっ……まぁ、話は後だ」
〈雪蓮〉「えっ、後って……」
〈炎蓮〉「間もなく袁術が到着する。まずは奴と会ってから、この戦、如何にするかの方針を定める」
〈雪蓮〉「会うだけ無駄よ。あいつはまた高みの見物をして、最後に手柄を横取りするつもりだわ」
〈炎蓮〉「可愛げがあるではないか」
〈雪蓮〉「どこが!?」
〈炎蓮〉「あのような奴は気にするな。いずれ我らと覇を競う器でもあるまい?」
そう言われても、雪蓮は大分不満そうだ。ボソッとした独り言が聞こえた。
〈雪蓮〉「私は袁術が母様を甘く見てるのが許せないのよ……!」
そっか……それが雪蓮の本心か。親を侮られてるから、余計に腹が立つ。
オレには今まで縁のなかった感情だが、炎蓮さんたちと出会った今なら、その気持ちが分かる。
炎蓮さんは間もなくっつったが、袁術軍の到着は、夜も更けてからだった。
篝火に照らし出される軍勢は、確かに孫軍と同じぐれぇの人数っぽい。が……。
〈袁術軍兵士〉「ふー、やっと着いたぜ。足が痛てぇー」
〈袁術軍兵士〉「疲れてやってられねーよ。酒だ酒だッ」
〈袁術軍兵士〉「ところで俺たち、ここで誰と戦うんだ?」
〈袁術軍兵士〉「さぁ? 知らね」
〈袁術軍兵士〉「誰でもいいよ。さっさと食い物を分捕って帰りてぇなぁ~」
〈袁術軍兵士〉「全くだぜ」
ぐ……グダグダ過ぎだろ……。試合前にこんな調子でいたら、監督にぶん殴られてるぜ……。
〈雪蓮〉「はー、やる気のないのがダダ漏れね」
〈孝矢〉「あいつら……いつもこんななのか?」
〈雪蓮〉「そうよ。主が主だから、兵士だってあんなもの。呆れちゃうでしょ?」
そりゃあ、雪蓮だって数に入れねぇわ……。オメーらこれから殺し合いすんだぞって、ちょっと問い詰めてやりてぇぐれぇだ。素人のオレにそう思われんだから、相当だぜ。
もう不安が胸いっぱいになってると、冥琳と炎蓮さんがオレたちのとこに来た。
〈冥琳〉「ここにいたのね、雪蓮。これより袁術殿と軍議を開くわよ」
〈雪蓮〉「はーい……」
〈炎蓮〉「孝矢はまだ起きていたのか? 人目につく、さっさと寝よ」
〈雪蓮〉「人目?」
〈冥琳〉「ああ、伝え忘れていたが……此度は天の御遣いではなく、一兵卒として振る舞え」
冥琳は袁術軍には聞こえねぇように、声を潜めながらそう言った。
〈孝矢〉「そりゃあいいけど……何でだ?」
〈冥琳〉「天の御遣いの噂は、既に大陸中に知れ渡っている。その一人が今、ここにいると知られるのはよろしくない。分かるな?」
〈孝矢〉「……そりゃ、袁術がオレを奪いに来るかもってことか?」
〈炎蓮〉「左様。天の御遣い殿は我らが建業に囲っておる。ここにいるのは一兵卒の孝矢だ。雪蓮も分かったな?」
〈雪蓮〉「ええ。確かに袁術なら、目の色変えて孝矢を手に入れようとしそうだもんね」
〈孝矢〉「ま、それがなくても、オレが天の御遣いだってこたぁ、知られねぇようにした方がいいよな」
〈炎蓮〉「ほう、それは何故だ?」
〈孝矢〉「だってよ。大陸を救う天の御遣い様がコレってなったら、みんなガッカリだろ?」
って言うと、三人とも噴き出した。
〈炎蓮〉「ははは! 全くその通りだ」
〈冥琳〉「南出は自分のことがよく分かっているな」
〈孝矢〉「っておいおい。ここは嘘でも否定するとこだろーが」
〈雪蓮〉「でも、ごめんね? 利用してるみたいで」
〈孝矢〉「そりゃ別にいいぜ。世話になってばっかの身だしな」
〈炎蓮〉「なら、さっさと雪蓮を孕ませろ」
〈雪蓮〉「母様!」
〈冥琳〉「はっはっ」
はぁ……炎蓮さんはすぐそれだ。
まぁ、袁術がどんな奴か気にはなるが、今日は言われた通りさっさと寝るか。きっと、明日も早えぇしな。
翌朝、炎蓮さんがみんなに軍議の結果を報せた。
〈祭〉「思った通りじゃな。あの小娘め、また我らにのみ戦わせるつもりか」
〈粋怜〉「いつものことだけどね」
作戦は、孫軍がとりあえず前衛の五万とぶつかって、袁術軍はその脇と後方を守護する……って言うと聞こえはいいが、要はこっちに丸投げするっていう、事前に聞いた通りの内容となった。
〈雪蓮〉「母様、敵は全部で十五万よ? 私たち二万だけじゃ、戦にもならないわ。やっぱり袁術の軍勢を引っ張り出すべきじゃない?」
〈炎蓮〉「出来もせん連携に期待する方が危うい。袁術など初めから、おらぬものと考えよ」
〈雪蓮〉「袁術は絶対、最後の最後で動くわよ? 手柄だって全部あいつに奪われるかもしれない」
〈炎蓮〉「天の目は欺けぬ」
〈雪蓮〉「はー、もう……仕方ないわね。母様がそう決めたなら……」
〈祭〉「官軍は出ておらんのか?」
〈冥琳〉「いえ、出陣はしたようです。ただ、それこそいつ到着するか……戦力として数えられるのかも怪しいところですね」
〈祭〉「ふむぅ……敵に動く気配はないのじゃろう?」
〈冥琳〉「はっ、今のところは。ただ、袁術軍は動かず……官軍も到着が遅いと知れば、敵は今こそ勝機と見て、我らに攻めかかってくる恐れはあります」
〈祭〉「機先を制する他ないか」
〈粋怜〉「それが一番ね。敵もいきなり二万の兵で、こちらが攻めてくるとは思っていないでしょうし……」
〈孝矢〉「あッ、それなら……」
〈炎蓮〉「おう、何だ? 孝矢」
〈孝矢〉「今攻め込まれたらまずいんだろ? だったら陣を下げるなり、こっちの数を実際より多く見せるとかして牽制するなりして、時間稼ぎは出来ねぇのか? 十五万もいるなら、食料だってそう長くは持たねぇはずだろ? ここはこっちの土地だし、長期戦に持ち込みゃあ、向こうが不利のはずだ」
兵站に悩む冥琳を見てて、思いついた考えだ。食わなきゃ戦えねぇって条件は、白翼党だって同じだ。そして食料の減りが早えぇのは、当然数が多い方だ。食うもんがままならなくなりゃ、軍団はバラバラになっちまうはずだぜ。
〈冥琳〉「ふふっ……」
……また冥琳に意味深に笑われてんだが……一体何なんだよ……。
〈炎蓮〉「はは。着眼点はいいのだがな」
〈祭〉「陣を移すのはそう容易いことではない」
〈粋怜〉「兵力を多く見せかける用意もないわ。残念だけど、無理がある策ね」
〈孝矢〉「そ、そうか……」
また却下か……。やっぱ、思いつきで物言っても通らねぇか……。
けど、こうやって考えんのが大事だって、タイタスも言ってた。
〈冥琳〉「申し訳ございません。私が事前に、敵兵の数を念入りに調べておくべきでした」
〈雪蓮〉「冥琳のせいじゃないわよ。まさか詔勅に嘘が書かれているなんて誰も思わないし」
〈炎蓮〉「ああ、気にするでない。くくっ、お陰で面白い戦になったではないか……」
ゆったり構えてた炎蓮さんが、獰猛な笑みを浮かべる。同時に天幕の空気が一層緊迫した。
〈炎蓮〉「良いか、貴様ら! 今の形勢を有利に持っていくためにも、まずは敵の前衛五万を徹底的に叩き潰す! 袁術は元より、官軍もあてになどするでない! これは孫呉の戦だ! ここで我らの強さを天下に知らしめるのだっ!」
〈雪蓮〉「ええ! こうなったら、もうやるしかないわね……!」
〈炎蓮〉「いざ、出陣ぞ!」
〈一同〉「「「応!」」」
いよいよ、オレにとっての二度目の戦が始まる……。流石に、まだ慣れてはいねぇ。実戦を前にすると、今から緊張でガチガチだ。
天幕から出てく将軍に、ぎこちねぇながらも続こうとしたとこを、雪蓮に肩を叩かれた。
〈雪蓮〉「孝矢」
〈孝矢〉「雪蓮……」
〈雪蓮〉「入れ込み過ぎよ。もっと気を楽にして」
〈孝矢〉「ああ……」
〈雪蓮〉「孝矢のことは私が守る。だから、この前みたいに足を引っ張らないでね?」
〈孝矢〉「ギク……」
肩を叩いた手が、オレの頬をつねった。
〈雪蓮〉「馬鹿なことしたら、今度こそ見捨てるわよ♪」
〈孝矢〉「お、おう……」
〈雪蓮〉「孝矢は大人しく、私の後ろに控えていてね? まだまだ二度目の出陣……今回も戦の空気を感じるだけでいいんだから。分かったわね?」
〈孝矢〉「分かったぜ……!」
また女に守られんのか……。情けねぇ話だが、前みてぇに出しゃばって迷惑掛けんのはもっと恥だ。身の程をわきまえて、戦の先輩の指示に従おう。
そして出陣した孫軍が、日の出より早く白翼党の前衛五万にぶつかってく!
〈炎蓮〉「進めぇぇっ! 奴らの鼻っ柱をへし折り、孫呉の恐ろしさを叩き込めぇっ!」
〈白翼党将〉「敵襲かッ!? だがあのような小勢で何が出来る! 返り討ちにしてやれ!」
〈白翼党〉「ほぉあッ! ほああああああッ!」
〈雪蓮〉「なっ、何っ!? 何なのこの奇声は……」
〈冥琳〉「変わった鬨の声だな……」
マジで全員が白い羽の飾りを背中にくっつけてるっていう、妙な軍団と、孫軍が衝突した!