オレが祭さんたちの指導の下に、本格的に戦闘訓練をするようになってから数日後、城の廊下を歩きながらタイタスに聞いてみる。
〈孝矢〉「タイタス、オレ強くなってっかな。お前の目からどう思う?」
〈タイタス〉『そんなにいきなり劇的に変わったりはせんさ。肉体とは長い時間、継続して鍛えることで完全に仕上がるもの。スポーツでもそうだろう?』
〈孝矢〉「まぁ、そりゃそっか」
〈タイタス〉『今はまだ付け焼き刃ですらない。まぁあまり焦らないことだ。急ぎ過ぎたら、逆に身体を壊してしまうぞ』
タイタスからのありがてぇ忠告。けど、あの西園寺の野郎がまた現れるまでには、せめて奴から一本取れるぐれぇにはなっときてぇな……。
なんて思ってたら、いきなり、
「バッカもんっ!」
〈孝矢〉「おわッ!?」
曲がり角の向こう側から、怒鳴り声がしたんで思わず首をすくめた。
〈孝矢〉「な、何だ? オレ何もしてねーぞ」
〈タイタス〉『馬鹿で自分のことだと思うな。悲しくなってこないか?』
〈孝矢〉「ほっといてくれよ。それよか、何があったんだ……」
声のした方に向かってって、角からヒョコッと顔を出す。
すると見えたのは――。
〈祭〉「全く、この石頭め! 何度、同じことを言ったら分かるのだ!」
〈冥琳〉「……申し訳ございません」
な、何と! あの冥琳が、あの祭さんに叱られてるのだ!
〈孝矢〉「……珍しいこともあるもんだな。いつもは逆なのに」
〈タイタス〉『うむ……。年功序列で言えば、普段の方が本来おかしいのだがな』
それ言ってやるなって。
ところで、祭さんは何で冥琳に怒ってんだ?
〈祭〉「良いか、周公瑾。人生の伴侶は酒と戦だぞ? それを忘れて知のみを追求するような者に、人はついていかんのだ!」
〈冥琳〉「はぁ……」
〈祭〉「幼い頃から聞かせておるだろう。儂の言葉を忘れたのか!」
〈冥琳〉「いいえ、そういう訳ではござませんが……」
〈祭〉「ならば、つべこべ言うでない! 黙って儂に酒を飲ませぬか!!」
〈冥琳〉「し、しかし、祭殿……」
……んん?
〈孝矢〉「何か、様子変じゃね?」
〈タイタス〉『ああ……。仕事のミスなどで叱られているようではなさそうだ……』
どうなってんのか。もうちっと様子を窺ってみる。
〈祭〉「しかしもかかしもありゃせんわ! 口答えばかりしおってからに!」
〈冥琳〉「いえ、口答えではなくですね……」
〈祭〉「やかましいっ! では何か? お主はこの儂に、人生の伴侶を見殺しにせいと、そう申すのか!?」
〈冥琳〉「何もそうは言っておりません。私はただ……」
〈祭〉「ええい、やかましいと言っておるのだ! お主は本当にしつこいの!」
……何があったかは分かんねぇけど、祭さんが無茶苦茶言ってるってのは分かってきた。冥琳も落ち込んでるってより、困ってるって感じだし。
〈タイタス〉『そろそろ止めた方が良さそうだぞ』
〈孝矢〉「ああ……」
タイタスに言われて、角から出てく。
〈孝矢〉「おーい、お二人さん。そこで何やってんの?」
〈冥琳〉「……南出」
〈祭〉「おお、南出か! ちょうど良いところに現れた! この頭でっかちな小娘に、お主からもズバッと言ってやってくれい!」
オレの腕をグイッと引っ張る祭さんの息は……やたら酒臭かった。とても真っ昼間に漂わせていい臭いじゃねぇぜ。祭さんにはよくあることだけどよ。
〈祭〉「さぁ、行け! やってやれ、南出!」
〈孝矢〉「ち、ちょっと待てよ。オレ来たばっかだぜ? 何の話かも分かんねーのに、やれって何を……」
〈祭〉「どうしてじゃ?」
〈孝矢〉「は……?」
〈祭〉「はっ! もしや、お主までもが儂をいじめようというのかっ!?」
〈孝矢〉「何でだよッ!」
〈タイタス〉『支離滅裂だ……』
祭さん、完全に酔ってんじゃねーかッ!
〈タイタス〉『祭殿、一旦落ち着いて下さい。まずはどのように今の状況に至ったのかを、順を追って説明して下さい』
〈祭〉「ふ、ふぅむ……」
タイタスが祭さんをなだめすかして、まともな話をさせる。
〈祭〉「つまりだな……儂が酒を飲んでいた」
〈孝矢〉「うん」
〈祭〉「冥琳に見つかった」
〈孝矢〉「で?」
〈祭〉「叱られた」
〈孝矢〉「はい、解散解さーん」
〈祭〉「おい!? どこへ行こうというのじゃっ! 話はまだ終わっておらぬぞ!」
呆れて立ち去ろうとするオレの腕を、祭さんが掴んで止めた。ったく、この人は……。
〈孝矢〉「何だよ。要は祭さんが悪りぃんだろ? また隠れて酒飲んでたってだけだろ」
〈タイタス〉『大人しく、そのまま叱られていて下さい』
〈祭〉「そう早まるな! ちと言い方が悪かった!」
こんなこと言ってっけど、冥琳見る限り、祭さんが全面的に悪りぃとしか思えねぇぜ。
〈祭〉「もっと仔細に話すぞ。まずは……台所に酒が置いてあったのじゃ」
〈孝矢〉「ああ」
〈祭〉「これがなかなか良い器に入っており、香りを軽く嗅いだだけでも、逸品と分かる上等な酒であった。それで儂は思った。一体、どこのどいつが、これほどの酒をこんな場所に置きっぱなしにしたのか、と。お主らもそう思うじゃろ? 盗まれでもしたらどうするのだ」
〈タイタス〉『城の中に盗人がいるとでも言うのですか』
〈祭〉「混ぜっ返すでないわ! とにかく、呉随一の勇将であるこの儂が、きちんとその酒を保護してやろうと思ってじゃな」
何かオチ見えた気がすんだけど。
〈祭〉「しかしだ。保護する前に、まずは相手の真意を確かめにゃならん。そのために、儂は酒の味を確かめてやった」
〈タイタス〉『いや、その理屈はおかしい』
〈祭〉「儂ほどになると、味を見ることで酒の気持ちが分かるのじゃ!」
何だその無茶理論。
〈祭〉「しかし、これが思いのほか美味でなぁ。ついつい手が止まらなくなって――全て飲み干してしまったのじゃ」
〈孝矢〉「へ~」
〈祭〉「分かってくれたか?」
〈孝矢〉「ああ!」
ガッと祭さんの腕を掴み返して、引っ張り上げた。
〈孝矢〉「はい! ここに盗人がいまーす!」
〈祭〉「な、何!? やめんかっ! 儂は酒を保護しようとしただけじゃ!」
〈孝矢〉「飲み干してんじゃねーかッ! それ盗んだって言うんだろ!」
〈タイタス〉『それも他人の、高級なお酒を……。冥琳が叱るのも当然でしょう』
タイタスもすっかり呆れ返ってるぜ……。
〈タイタス〉『と言うより、城の台所という公共の場に置いてあったのだから、単なる私物ではなく、もっと大事な物だったのではないですか?』
〈祭〉「ぎくっ」
〈孝矢〉「図星だ」
〈祭〉「なっ、何を言うか……儂は別に……」
めっちゃ目が泳いでるぜ……。
〈冥琳〉「流石はタイタス殿。おっしゃる通り、祭殿は最も重要な点を話しておられぬ」
〈孝矢〉「やっぱり」
〈祭〉「そ、それはだな……」
〈タイタス〉『祭殿……正直に、全て打ち明けて下さい。隠し事をしても、己の立場を悪くするだけですよ』
タイタスに諭され、祭さんも観念する。
〈祭〉「……実は、その酒なのだが……」
〈孝矢〉「ああ」
〈祭〉「帝への献上品だったのだ」
……チラッと冥琳の方を見ると、冥琳はうなずいてた。
〈孝矢〉「祭さん……」
〈祭〉「儂の味方をする気になったかの?」
〈孝矢〉「な訳ねーだろッ!」
〈祭〉「な、何を言うか! 儂の話をちゃんと聞いておったのか?」
〈孝矢〉「どの角度から切り取っても、祭さんが悪りぃとこしかねーじゃんかよ!」
〈タイタス〉『祭殿……罪を認めた方が、楽になれますよ』
〈祭〉「罪じゃと!? お主らまでそんなことを言うか! 冥琳、お主からも何とか言ってくれ!」
〈冥琳〉「……私にどうしろと?」
あーもう滅茶苦茶だよ。
〈祭〉「ううぅ~、どいつもこいつも、寄ってたかって儂を悪者にしよってからに! 儂のことが若造に分かってたまるものか! 良いか、人生と酒というのはな……!」
祭さんは完全に開き直って、持論を長々とぶちまけ出した。
オレたちは手がつけられずに、そろってため息吐いてた。
〈孝矢〉「ったく……祭さんにゃ困ったもんだよな。酒が絡むとすぐあれだ」
ようやく解放されて、オレはコキコキと肩を鳴らした。ずっと同じ姿勢だったから、肩が凝っちまったぜ。
〈タイタス〉『しかし、これは笑い話では済ませられないのではないか、冥琳よ?』
〈冥琳〉「何のことでしょうか?」
〈タイタス〉『帝への献上品を飲み干してしまったなど……場合によっては、大事になってしまうのでは』
〈冥琳〉「それならご心配には及びません。別の酒を手配するだけです」
〈孝矢〉「それでいいのかよ」
〈冥琳〉「もちろん、そこいらの酒では話にならん。また上質の物を酒屋から、調達せねばならんがな。その任は祭殿にやってもらうとしよう」
〈孝矢〉「また飲んじまうじゃねーの?」
〈冥琳〉「はは、あの方も馬鹿ではない。当然、その分の酒代は、祭殿の給金から引かせてもらうことにするからな」
いや~、それでもあの人見境なくしちまうんじゃねぇかな……。
つか、献上品がなくなったってことは、さして問題にしてねぇ感じだな。だったら何で祭さんが逆ギレするぐれぇ叱ったんだ?
〈冥琳〉「どうしたのだ? そんなに不安か?」
〈孝矢〉「んッ、あー……不安っちゃあ不安だけどな。あの人、マジ酒癖悪りぃからな。さっきの逆ギレも相当だったしよ」
〈冥琳〉「逆ぎれ? それは天の国の言葉だな。どういう意味だ」
あッ……うっかり冥琳の好奇心スイッチ押しちまったぜ。こーいう時の冥琳、かなり根掘り葉掘り聞いてくるから、物知らねぇオレはよく困らされるんだ……。
〈孝矢〉「おいタイタス、説明頼む」
〈タイタス〉『全く、君は君で……。逆ギレというのは、責められるべき立場の者が、反対に発憤するということだ。逆に切れるから、逆ギレ』
〈冥琳〉「ぷっ……ははは、なるほど。まさに、あの方にぴったりの言葉だな」
何か冥琳のツボにはまったみてぇだ。珍しく、笑いが止まらねぇ様子。
〈孝矢〉「祭さんってんな逆ギレすること多いのか?」
〈冥琳〉「そうだな。祭殿が賑やかなのはいつものことだからな」
〈タイタス〉『そんな調子につき合わされて、疲れたりしないのか』
〈冥琳〉「なぁに、慣れている。あの方は天真爛漫なだけだ」
〈孝矢〉「んな可愛い人なのかよ」
〈冥琳〉「ふっ、口は慎んだ方が良いぞ、南出。聞かれるかもしれんぞ」
おっと、やべぇ……。聞かれたら祭さん、まためんどくせぇぞ。
〈冥琳〉「あの方はな、甘えているのだ」
〈孝矢・タイタス〉「『甘えて?」』
〈冥琳〉「分からぬか? あの方がああいうことをするのは、心を許した仲間にのみ、だからな。あれらを全て、意識せずやっているのが、祭殿のすごいところだが……」
んー……確かに。普通の兵士とかの前だと、鬼教官って態度を崩さねぇからな。あんな子供っぽいとこ、どこででも見せる訳じゃねぇや。
しかし、冥琳の口振りは何か楽しそうだ。
〈孝矢〉「冥琳、何か嬉しそうじゃねぇか」
〈冥琳〉「……ん?」
〈孝矢〉「祭さんに甘えられんのが嬉しいのかって」
〈冥琳〉「嬉しい……か。確かに、私もそういう感情を抱いているかも知れんな」
〈孝矢〉「素直に認めんだな」
冥琳みてぇなタイプの人だと、恥ずかしがったりするのが定番なもんだが、ちっと意外だ。
〈冥琳〉「このようなことで、自分を偽ってどうする。……ま、甘えられて嬉しい、というのは少々違う気がするが」
〈孝矢〉「じゃ、どーいうのなんだ?」
〈冥琳〉「一番なのは、あの方が元気でいて下さることだ。お元気でいてほしいからこそ、飲酒についても、やかましく言う必要があるのだよ」
そっか……冥琳も普段は祭さんに口うるさくしてっけど、それも心配してのことだって訳だな。そーいうの、こっちもほっこりするぜ。
〈冥琳〉「何だ、そんな顔をして?」
〈孝矢〉「や。冥琳も何だかんだで優しいんだなって」
〈冥琳〉「何を言う? 私は見た目通りの優しい人間だ」
〈孝矢〉「自分で言っちゃうかぁ? んなこと」
〈冥琳〉「当然だ。私ほど慈愛に満ちた人間は他におらんぞ? 雪蓮、祭殿、穏……あれらの問題児を山ほど抱えて、為政に携わっているのだからな」
ははッ、はっきり言うぜ。まー確かに、ここにゃ変人多いな。
〈冥琳〉「単に知謀の人間というだけでは、孫呉の軍師は務まらんのさ」
〈孝矢〉「すっげー自信だな」
ビッグマウスな冥琳だが、実際言う通りだし、嫌味な感じはねぇや。
〈孝矢〉「……けど、それなら冥琳はいつ羽伸ばしてんだ?」
〈冥琳〉「私が?」
〈孝矢〉「さっきタイタスが言ったけど、疲れねぇのかよ? 色んな人の面倒見て」
〈冥琳〉「それこそ心配ない。皆の笑顔が集まるところ。そこが、私の安らぎの場所だからな」
〈タイタス〉『ふふッ……いいことを言うのだな』
〈冥琳〉「ええ。皆の笑顔が絶えぬようするのも、なかなか難しいですからね。充実感があります。……これを思えば、タイタス殿が世のために無償で働く気持ちも理解できます」
〈タイタス〉『はは。冥琳も、ウルトラマンの精神を分かってくれるか。ありがたいな』
笑い合うタイタスと冥琳。……二人とも、優しさでいっぱいの人間だなって思う。そんな人がオレのすぐ隣にいるってのは、幸せなことなんだろう。
〈冥琳〉「そしてこれらのことは、一人では限界がある」
〈孝矢〉「ん?」
〈冥琳〉「分からぬか? 力及ばぬ時には、手を貸してほしいということだ」
〈孝矢〉「オレに?」
〈タイタス〉『他にいないだろう。君は私のバディでもあるのだぞ』
〈孝矢〉「まぁ、そうだが……そんなん、わざわざ言わなくたって分かってるぜ」
〈冥琳〉「おや、そうだったのか」
〈孝矢〉「当ったりめぇだろ。いっつも助けてもらってんだからよ、言ってくれりゃあ何だってするし……オレのこんな笑顔でも、冥琳が嬉しくなってくれんだったら、いくらでも笑ってやるぜ」
〈冥琳〉「南出……」
……ちょいとカッコつけすぎたかな。
〈孝矢〉「まぁ、今は出来ねぇことの方が多いけどな……」
〈冥琳〉「いや……ありがとう。……もうなってるさ」
〈孝矢〉「ん? どうかしたか?」
〈冥琳〉「いや、何でもない。……では、私は仕事に戻る」
〈孝矢〉「ああ。また祭さんに見つかってつき合わされたら大変だしな」
〈冥琳〉「ふふっ、そうだな。ではな」
〈孝矢〉「ああ。じゃあ」
反対の方向に歩き出してくオレたち。……冥琳と話したことで、俄然やる気が湧いてきたぜ。
冥琳が、みんなが喜んでくれるってぇなら、いくらでも頑張れる気がする。今よりもっとでっけぇ男になって、西園寺みてぇなのに二度と負けねぇようになんなくちゃな!