奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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孫母娘の形!!

 

 炎蓮さんが白翼党との戦で負った傷は存外に深く、雷火さんから外出禁止を言い渡された。街に飲みに行くのだって禁止だってんだから、よほど心配してるみてぇだ。

 だが――あの炎蓮さんが、するなと言われてはい分かりましたと大人しくしてる訳がねぇもんで――。

 

 

 

〈孝矢〉「らぁぁぁぁッ!」

 

〈雪蓮〉「ふっ!」

 

 オレの振り回すバットを、雪蓮が頭を下げてかわす。今は雪蓮に戦闘訓練をつけてもらってるんだ。

 バットを振り抜いて一瞬動きが止まったとこに、雪蓮の剣の切っ先が喉元に突きつけられた。

 

〈孝矢〉「うッ……!」

 

〈雪蓮〉「これで五回死んだわね、孝矢」

 

 すぐに剣を引いた雪蓮に意地悪な笑みを向けられた。くそッ、やっぱ呉の武将は強えぇぜ……。

 

〈雪蓮〉「孝矢は何でもかんでも大振り過ぎなのよ。もっと小刻みに動くことも覚えなきゃ、隙だらけのままだわ」

 

〈孝矢〉「頭じゃ分かってんだけどよー……いざやるとなるとなかなか難しいな……」

 

 野球の時は、あえて小さく振る必要がある場面なんかほとんどなかったからな。バントも苦手だったし……。身体に染みついちまってるもんを変えるのは、思った以上に難しいもんだ。

 

〈雪蓮〉「とりあえず、もうお昼時だしここまでにしましょう。今日は何食べる?」

 

〈孝矢〉「何がいっかなー……大分動き回ったし、がっつり肉が食いてぇな」

 

〈雪蓮〉「もう、孝矢はすぐにお肉食べたがるわね。母様みたいだわ」

 

〈タイタス〉『食欲だけは、炎蓮殿にも負けていないな、孝矢は』

 

〈孝矢〉「だけって何だよだけって」

 

 軽口叩きながら、街に食べに行こうかってとこに――城を駆け回ってる衛兵の大声が聞こえた。

 

〈衛兵〉「程普様ぁー! 黄蓋様ぁー! どこにいらっしゃるのですかーッ!?」

 

 滅茶苦茶慌ててる様子だ……。ただ事じゃねぇことが起きたみてぇだ。

 

〈孝矢〉「何だ? 怪獣が出やがったのか?」

 

〈タイタス〉『それならば、捜すのは私たちだろう』

 

〈雪蓮〉「だけど、ちょっとした面倒事には違いないわね」

 

〈孝矢〉「……雪蓮、まさか」

 

 振り返ると、雪蓮はオレににっこり笑った。

 

〈雪蓮〉「急ぎの用件じゃ大変でしょ?」

 

 オレの思った通り、雪蓮は走り回ってる衛兵を捕まえに行った。

 

〈雪蓮〉「どうしたの!」

 

〈衛兵〉「ああ、孫策様と南出様! いや、しかし、孫策様のお手を煩わす訳には……」

 

〈雪蓮〉「徳望も公覆もすぐに見つかるとは限らないでしょ? それとも、大して急ぎじゃない用件なの?」

 

〈衛兵〉「ああ、いえ、そういう訳では……!」

 

〈雪蓮〉「なら早く言いなさい、どうしたの!」

 

 雪蓮に説得されて、衛兵が何事か話した。

 

〈衛兵〉「い、市場で乱闘が起こっておりますっ! それも双方二十人ほどの徒党を組んだごろつき同士の抗争のようで……市中で剣を抜いて振り回しているようなのです!!」

 

 喧嘩か……。血の気が多い奴が多い建業じゃよくあることだけど、そこまででっけぇ争いになってんのは珍しいな。刃傷沙汰は確かにやべぇ。

 

〈衛兵〉「ちょうど手の空いた衛兵の数も少なく、町民に被害が出ないように守るのが精いっぱいのようで……」

 

〈雪蓮〉「なるほど、そりゃ徳望か公覆を捜すのも分かるわ」

 

 苦笑した雪蓮がすぐに名乗り出る。

 

〈雪蓮〉「……分かった、私が行く。あなたは独房を全部開けて待ってなさい」

 

〈衛兵〉「はッ、はい! かしこまりました!」

 

 衛兵を先に行かせると、雪蓮はオレに振り向いた。

 

〈雪蓮〉「って訳で、お昼はごろつき退治の後になりそうだけど、構わない?」

 

〈孝矢〉「ああ。ってゆーかオレも手伝うぜ。こーいう時に出なきゃ、訓練の意味ねぇからな!」

 

〈雪蓮〉「ふふっ、張り切ってるわね。だけど、まだまだ駆け出しなんだから無理しないでよ? じゃ、早速行きましょう」

 

〈孝矢〉「おうッ!」

 

 前を走る雪蓮に続いて、城門に向かって駆け出してった。

 

 

 

 街の市場にたどり着いたオレと雪蓮を、空気を震わすような野太い雄叫びの数々が出迎えた。

 

〈雪蓮〉「うわっ、何これ、どういう騒ぎ!?」

 

〈孝矢〉「間違えて祭りの会場にでも来ちまったのか?」

 

 衛兵の話じゃ二十人程度の集団のぶつかり合いだってのに、目の前で起きてる暴動は、とてもその程度の争いとは思えねぇほどの怒号が巻き起こってた。

 

〈タイタス〉『何があって、ここまで騒ぎが拡大したのか……。二人とも、気をつけた方がいいぞ』

 

〈雪蓮〉「そうね……! 白翼の残党とかかしら――」

 

 警戒するオレたちの耳に、乱闘の中心から――聞き慣れた声がした。

 

「はっは――っ!! この程度でオレに刃を向けるかぁっ! 文字通りの三下だなぁ、てめぇらぁっ!!」

 

 その途端――オレと雪蓮は顔を合わして、まだ何もしてねぇのにどっと疲れた気分になった。

 

〈雪蓮〉「はぁ……」

 

 あそこで誰よりも大声で怒鳴り散らし、ごろつきどもを殴り倒してんのは――。

 

〈炎蓮〉「ええっ、さっきまでの威勢はどうしたぁっ!? オレをぶっ殺して王になるんじゃねぇのかっ!!」

 

 そう、炎蓮さんだよ……。あの人一人で、二つの集団の計四十人ぐれぇのごろつきどもをちぎっては投げ、ちぎっては投げと大暴れしてた。

 ごろつきどもは炎蓮さんを完全に取り囲んで四方八方から襲い掛かってんのに――まぁ当然っちゃあ当然だが――ぶちのめされてんのはごろつきどもの方で、炎蓮さんは傷一つねぇ。完全に逆リンチだぜ。

 

〈孝矢〉「炎蓮さん、何であんなとこに……。外出すんなって言われてんだろ……」

 

〈タイタス〉『炎蓮殿がいるのなら、この大騒ぎも納得だな……』

 

〈孝矢〉「あッ、今剣持って斬りかかった奴が返り討ちになった」

 

〈タイタス〉『うわ……あれは両腕の骨が折れたぞ』

 

〈孝矢〉「うーわ、絶ってぇやべー折れ方しただろあれ……。あれちゃんと治んのかな?」

 

〈タイタス〉『難しいだろうな……。まぁ自業自得ではある。仮にも無手の相手に剣を使おうとは、男の風上にも置けんな』

 

 ごろつきどものあまりのやられっぷりに、オレとタイタスはすっかり呆然となってた。あの炎蓮さん相手に命があるだけでもありがてぇと思うべきか、炎蓮さんちょっと大人げなくね? と思うべきか……。

 

〈雪蓮〉「あの人はもうっ……!」

 

 一方で雪蓮は、憤然と炎蓮さんのとこに行こうとする。

 

〈孝矢〉「雪蓮!?」

 

〈タイタス〉『危ないぞ!』

 

 雪蓮は娘なのに、タイタスはついそう言ってた。

 

〈雪蓮〉「誰かが止めなきゃいけないでしょ!」

 

 雪蓮はそのままズカズカと、まっすぐ炎蓮さんのとこに向かってった。

 

〈炎蓮〉「さぁ、次の相手はどいつだ……?」

 

〈雪蓮〉「もうそこまでよ!」

 

〈炎蓮〉「あん?」

 

 すっかりバトルモードになってた炎蓮さんも、雪蓮の姿に少しは落ち着く。

 

〈炎蓮〉「何だしぇ――いや、伯符、何の用だ?」

 

〈雪蓮〉「何の用だじゃないわよ母様! このありさまは何!?」

 

〈炎蓮〉「見りゃ分かるだろう、喧嘩だ」

 

〈雪蓮〉「そういうことを聞いてるんじゃないの! どうして母様が大立ち回りをしてるのかってことよ!」

 

〈炎蓮〉「何だそんなことか。オレを倒したら、こいつらが争ってたとかいう一画の土地をくれてやると約束したからな」

 

〈雪蓮〉「はぁっ!? どうしてそんなことになったの!」

 

〈炎蓮〉「こいつらがつまらん理由で喧嘩を始めたからな。だからオレが直々に相手をし、勝った奴に土地をやる、ということで場を収めたんだ」

 

 物理的な意味で収めんなよ。

 まぁ話纏めると、炎蓮さんがこっそり街に出てた時に、ごろつきどもが土地の権利巡って抗争を始めて、それが炎蓮さんの目に留まったんだな。あいつらが悪りぃとはいえ、何てついてねぇ連中なんだ……。

 

〈雪蓮〉「……色々言いたいことはあるけど、ひとまず大事なことは分かったわ」

 

〈炎蓮〉「あん?」

 

〈雪蓮〉「母様を倒したら土地をもらえるのよね? ならその喧嘩、私にも買わせてよ」

 

〈炎蓮〉「ほう……」

 

 ちょちょちょちょッ!

 

〈孝矢〉「お、おいおい雪蓮! ちょい待てって……!」

 

〈雪蓮〉「孝矢、公の場では伯符よ」

 

〈孝矢〉「伯符! オメーまでおっぱじめたら、もっと騒ぎになんだろ……!」

 

〈炎蓮〉「何だ孝矢もいたのか? お前もやるのか?」

 

〈孝矢〉「やんねーからッ!」

 

 オレも短気な方だとは思うけどよぉ、いくら何でも炎蓮さんに喧嘩売るほど身の程知らずじゃねぇよ!

 

〈孝矢〉「なぁ伯符、マジでやるつもりかよ……」

 

〈雪蓮〉「本気よ」

 

 うわッ、目がマジだよ。

 

〈孝矢〉「炎蓮……あー、文台さん?」

 

〈炎蓮〉「オレは売られた喧嘩を買うだけだ。やらねぇならすっこんでろ」

 

 言うと思ったよ……。

 

〈雪蓮〉「待ってよ母様。私と母様がやり合ったら、どっちか死ぬまでやっちゃうでしょ。だから、孝矢には審判をやってもらいましょう。やばいと思ったら止めに入りなさい」

 

 おいマジか……。オレぁ審判(アンパイア)じゃなくて選手(プレイヤー)だってのに……。

 

〈孝矢〉「タイタス……! どうにかなんねぇ……!?」

 

〈タイタス〉『無理だな……。二人とも既に火が点いてしまっている。押しとどめることは出来んぞ』

 

〈孝矢〉「マジかよ……」

 

〈タイタス〉『案ずるな……。最悪の場合には、ウルトラ念力を使う』

 

 念力なんてもん使わなきゃいけねぇほどとは、改めてこの母娘やべーな……。

 

〈炎蓮〉「孝矢、オレたちの得物を預かれ。血が上っては反射的に抜くかもしれん」

 

〈孝矢〉「おう……」

 

〈炎蓮〉「それと! 伸びている貴様らっ! 変な気を起こして手を出してみろ、命の保証はせんぞ」

 

 元々の喧嘩をしてたごろつきどもが完全に怖気づいて、すごすご野次馬の列まで下がってった。

 もう何の騒ぎだか分かんねーな、こりゃ……。

 

〈炎蓮〉「……では始めるぞ、伯符」

 

〈雪蓮〉「ええ……手加減しないわよ、母様!」

 

 そして遂に、孫家による史上最大の親子喧嘩が勃発した――。

 

 

 

 時は経って、夕方。

 

〈雪蓮〉「はぁ~~~~……。我が母ながら信じられないわ、何なのあれ。ほんとに怪我してるの……?」

 

〈孝矢〉「口じゃあ傷が痛んで仕方ねーな、とか言ってたけどな……」

 

 けどあれじゃ完全に嫌味だぜ。

 結果で言うなら、雪蓮の完敗だった。親越えにはまだ遠いみてぇだ。それでもごろつきどもよりは大分勝負になってたんだがな。そのごろつき連中は、結局祭さんと粋怜がしょっぴいてった。

 

〈雪蓮〉「はーあ……二度とあんな無茶させないために、ボッコボコにするつもりだったのになぁ……。自分が情けないわ。孝矢もガッカリしたでしょ?」

 

〈孝矢〉「んなことねぇよ。それ言ったら、オレの方が色々ひでーしよぉ」

 

〈タイタス〉『それに、雪蓮も炎蓮殿の身を案じてあえて挑んだのだろう? その気持ちは尊ぶべきものだ』

 

〈雪蓮〉「ありがとう……。でもね、母様の言葉を聞いたら、あれもまた正しいんだなって……」

 

〈孝矢〉「お前らは孫呉という家でオレの舎弟やってるのがお似合いだーって奴か?」

 

 炎蓮さんはその言葉で、場を締めたのだった。

 

〈雪蓮〉「あの人たちが騒ぎを大きくして他の民に危害が加えられること、それは避けなきゃいけない。だけど、頭ごなしに言うだけじゃ従わない。だから、母様は自分を標的にして、無理矢理収めた」

 

〈孝矢〉「乱暴なやり方だけどな」

 

 んなことする炎蓮さんだから、雪蓮も心配が尽きねぇで、喧嘩吹っ掛けたりもしたんだろう。

 

〈雪蓮〉「……それでも、母様は何回でも同じことをするでしょうね。戦場と同じように」

 

〈孝矢〉「自分が一番に敵に突っ込んでくってことか?」

 

〈雪蓮〉「ええ。皆は母様のそんな姿を見て、戦意を更に強める。そして、色んな暗い感情も、母様は自分で引き受ける……。まっ、当人はそんなこと考えず、好きにやってるだけかもしれないけどね!」

 

 そーだな……実際、炎蓮さんはどう思ってやってんのかな。もしかしたら、本人にも分かってねぇのかもしれねぇけど。

 

〈タイタス〉『実に器の大きなお人だ。しかし、危険な生き方だ。全てを身一つで受け止めようとすると、押し潰されてしまいがちだ』

 

〈孝矢〉「ああ。やっぱ雪蓮は心配になるよな」

 

〈雪蓮〉「だから、それを矯正するいい機会だったのになー。やれやれ……私ももっと頑張らないと」

 

 炎蓮さんに比べりゃ、オレだけじゃなく、雪蓮ですらひよっこなんだよな。恐ろしいことに。

 

〈雪蓮〉「もういい年なんだから、限界があるってこと、自分で分かってくれたらいいんだけどね~」

 

〈孝矢〉「それ言ったら、また殴り掛かられるかもしんねぇぜ?」

 

〈雪蓮〉「それならそれで望むところよ。今日は無理でも、いつか私が倒してやるんだから。あの人を殺さずに止められるのは、きっと私だけだから」

 

 ……これも親子愛の形か。オレには親子のことは何も分かんねぇけど、雪蓮と炎蓮さんは互いのことを本当に愛し合ってんだってことが、何となくでも分かる。

 それを横から見てるだけでも、オレは何だか嬉しい気分になった。

 

〈雪蓮〉「さって、落ち込むのはもうおしまい! 何か晩ご飯って時間になっちゃったけど、食べに行きましょうか?」

 

〈孝矢〉「ああ。今日はオレが奢るぜ」

 

〈雪蓮〉「何で……って聞いたら虚しくなりそうだからやめとこ。じゃ、今日はお言葉に甘えて奢られちゃお~っと」

 

 心なしか、いつもより距離が近けぇ雪蓮。

 今日はひと晩中、雪蓮の炎蓮さんへの愚痴につき合ったのだった。

 


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