祭さんの買い物につき合って、城に戻ると、粋怜とばったり会った。
〈粋怜〉「孝矢くん。今、いいかしら?」
〈孝矢〉「粋怜。どうしたんだ?」
〈粋怜〉「孝矢くん、これから何か言いつけられてるお仕事か何かない?」
〈孝矢〉「仕事はねぇけど、今から訓練するつもりなんだけどよ」
今日の訓練はまだだ。ちゃんと毎日やっとかねぇと、身につかねぇからな。
〈粋怜〉「ふーん。孝矢くんって、女の子からのお誘いがあっても、そうやって断っちゃうんだ」
〈孝矢〉「えッ?」
〈粋怜〉「せっかくの非番だし、遊びに行かない? って誘いに来たんだけどなー。女の子が予定を聞くってそういうことよ?」
そ、そうなんか? 女から誘われたことなんかねーから分かんねぇ……。
〈粋怜〉「どうしてもというのなら、無理にとは言わないわよ?」
〈孝矢〉「あーいや、もちろんいいぜ。飲みに行く約束がまだだったしな」
自分の都合より、約束を優先しねぇとな。そこは大事だ。
〈粋怜〉「孝矢くん、まだ私に奢ってもらうつもりだったの?」
〈孝矢〉「元はと言やぁ、オレが言い出したことだしよ」
〈粋怜〉「もういいわよ。孝矢くんみたいなボクに奢ってもらったんじゃ、お姉さん、格好がつかないでしょ?」
〈孝矢〉「おい、それはひでぇだろ……」
ボクって……。オレだって、これでも男だぞ。
〈粋怜〉「あははっ、ごめん、傷ついちゃった? 私って、口がとっても正直なのよね」
フォローになってねぇよそれ……。
〈孝矢〉「あーとにかく、酒は奢るから!」
〈粋怜〉「ほんとに?」
〈孝矢〉「男に二言はねぇ!」
〈粋怜〉「ふふふ、そこまで言ってくれるんだったら、断ったら悪いわよね」
〈孝矢〉「決まりだな。じゃあ……まだ昼だけどよ、もう今から行くか?」
それじゃ祭さんみてぇだけどよ。
〈粋怜〉「いいえ、それは晩のお楽しみね。実はどこへ遊びに行くのかは、もう決めてきちゃってるの」
〈孝矢〉「どこ行くんだ?」
〈粋怜〉「ふふふ、それは着いたら分かるわよ」
思わせぶりな粋怜と一緒に、街に戻ることになった。
そして向かった先は、大通りから外れた歓楽街みてぇなとこ。その中の一軒の店の前。
〈孝矢〉「……ここって、賭博場か?」
〈粋怜〉「そうよ」
まだまだ勉強中の身だが、看板に書いてある文字から、そんぐれぇのことは読み取れた。
〈粋怜〉「孝矢くん……この路地に入ってからそわそわしてたけど、私がどんなお店に連れていくと思ったの?」
〈孝矢〉「そ、それは……」
〈粋怜〉「女の人が、いやらしいことしてくれるお店?」
〈孝矢〉「ぶッ!!」
は、はっきり言わねぇでくれよ、そーいうこと! そりゃちょっとは思ったけどよぉ! こんな場所なんだし!
〈粋怜〉「あははっ♪ もー、孝矢くんったら馬鹿ねぇ。天の御遣いの大切な子種を、私がそんなところでばら撒かせると思ったの?」
〈孝矢〉「よしてくれよ、んな言い方……」
〈粋怜〉「大体、そんなお店に行かなくたって、孝矢くんはお城で、女の子に毎日、いやらしいことし放題でしょ?」
〈孝矢〉「やめてくれって! 外でよぉ!」
誤解受けるだろうがッ! ……ま、まぁ、してねぇとは言えなくなっちまったけどさ……。
〈粋怜〉「で、孝矢くん。博打は好き? 好きそうな感じだけど」
〈孝矢〉「まー、遊びでなら仲間内でやってたけどよ」
〈粋怜〉「天の世界では、お店に行ったりしてなかったの?」
〈孝矢〉「店にゃ行ったことねーな。裕福とはとても言えねぇ生活だったし」
生みの親がいねぇと色々大変なんだよ。そもそも日本じゃ年齢制限あるしな。
〈粋怜〉「ふーん。あんまり経験ないんだ。まっ、すぐに慣れるわよ」
と言う粋怜だが、そこでタイタスが口出ししてきた。
〈タイタス〉『粋怜殿……あまり孝矢に悪い遊びを教え込まないでいただきたいのですが』
〈粋怜〉「あら、タイタス殿。悪い遊びなんて心外ですね」
〈タイタス〉『賭博は褒められたものではないでしょう。のめり込み過ぎて身を滅ぼす話はいくらでもあります』
〈粋怜〉「それは分別が利かない、精神の弱い人が陥る末路でしょう? タイタス殿は、孝矢くんがそんな自制心のない人間だとお思いで?」
〈タイタス〉『いや、そういう訳ではないですが……』
苦言を呈するタイタスを、オレも説得する。
〈孝矢〉「タイタス。言ってることは分かんなくもねぇけどよ、ここはオレの顔立てて、粋怜に譲ってくれよ」
〈タイタス〉『しかし、負けたらどうするのだ。手持ちだって多くはないだろう?』
〈孝矢〉「まーまー。そこは何とかするからさ!」
〈タイタス〉『……不安だ……』
〈粋怜〉「そうおっしゃらずに。さぁ孝矢くん、行きましょう♪」
ともかく、粋怜に連れられて賭博場に入ってった。
〈粋怜〉「こんにちはー」
〈客〉「おお、姐さん!」
〈客〉「程の姉貴! 待っていやしたぜ!」
入店すると、中にいた客が一斉に粋怜に挨拶を返した。
みんなそろいもそろってオレより強面の、明らかカタギじゃねぇ奴ばっかだ。しゃべり口もまんまヤクザだし……そんな奴らから姉貴って呼ばれてるとか、粋怜どんだけここ通ってんだ?
〈粋怜〉「今日は連れがいるのよ。初めてだから、みんな、優しくしてあげてね♪」
〈客〉「へい! 程姐さんのお知り合いなら!」
〈店員〉「さぁ客人! こちらへ!」
〈孝矢〉「ど、どうも……」
〈粋怜〉「ちょっと。そこ、私の席よ?」
〈客〉「あッ……へい! ど、どうぞ!」
粋怜、定位置あんのかよ……。大男がヘコヘコして譲ってるし。粋怜、ここでどんなことしてんの?
〈客〉「姐さん、そのお方はどちらさんで?」
〈粋怜〉「ふふっ、私が今、お気に入りの男の子よ♪」
〈客〉「ええ!? 程の姉貴がお気に入りの……」
〈客〉「ぬう……!」
〈客〉「確かにカタギじゃあなさそうだが……!」
あんたらに言われたくねぇよ……本物だろあんたら。
しかし、粋怜の紹介のせいで、店中の客からすっげーにらまれちまってる……。一人で路地裏歩けねぇな、こりゃ……。
ここでやってる博打は樗蒲っつー、簡単にいやぁすごろく使ったギャンブルだ。始まってから数時間、何ゲームか繰り返してんだが……。
〈客〉「くぅぅ……これで三回連続、姐さんの上がりだぜ!」
〈粋怜〉「あっはっはっ、悪いわねー。さぁ、みんな払ってちょうだい♪」
今んとこ、ほぼ粋怜の独壇場だ。とにかく強えぇ強えぇ……。サイコロの出目、操作できんじゃねぇだろうな?
〈客〉「おりゃッ! 出目は……くそ、五か」
〈孝矢〉「とぁッ! えーっと、これは……八だったか?」
〈粋怜〉「違うわ。十一よ」
〈孝矢〉「ああ十一か……」
出目はサイコロの合計じゃなく、組み合わせで決まる。ここんとこ、未だに覚えられてねぇが……。
〈粋怜〉「じゃあ、私の番ね……はっ!」
〈客〉「げぇっ!」
〈客〉「また王采かよ……!」
〈粋怜〉「ふふふっ、悪いわねー。んじゃ、もう一回♪ みんな、モタモタしていたら、また私が一人で先に行っちゃうわよ?」
賭け事が進む内に、タイタスがヒソヒソ話しかけてきた。
〈タイタス〉『孝矢、一体どうするつもりなのだ。これで負けたら、もう手持ちがないだろう? 入る前、何と言ったか覚えているか?』
〈孝矢〉「……タイタス」
〈タイタス〉『何だ?』
〈孝矢〉「こう、念力でよ……出目操作できねぇ?」
〈タイタス〉『……ウルトラ念力は、そんなことをするためにあるのではない』
駄目かぁ……。
とかやってたら、またしても粋怜に上がられてしまった。
〈客〉「くッ、くーッ……!」
〈客〉「つ、強すぎる……」
〈粋怜〉「さぁ、もうひと勝負! みんな、張った張った!」
〈客〉「ぬぅッ、今度こそ!」
〈客〉「ええい、これで全財産だ!」
他の客が次々に金を賭けてくが……オレは当然出せる金がねぇ。
〈粋怜〉「あれ? 孝矢くんはどうしたの?」
〈孝矢〉「いや……もうスッカラカンっす……」
〈粋怜〉「えええ?」
粋怜のあまりの強さに、せめて一回でもと熱中してる内に、こんなことになっちまった……。明日からどーしよ……。
〈粋怜〉「何だ、もうお金ないの? じゃあ、お姉さんが貸してあげるわよ。はい」
〈孝矢〉「い、いや、流石に借金は……」
〈粋怜〉「いいからいいから♪ 倍にして返せばいいじゃないの?」
〈孝矢〉「それドツボなんじゃねーの!?」
〈タイタス〉『孝矢、何としても断れ! これは破滅へ一直線だぞ!』
しかし、粋怜相手に断り切れず、最終的には……。
〈粋怜〉「はい、上がり~♪」
〈孝矢〉「うわああぁぁぁぁ―――――――ッ! 負けたぁぁぁぁぁぁッ!!」
〈タイタス〉『言わんこっちゃない……』
どんだけいい線行っても、結局、一度も勝てず終いだった……。
店を出た時にはすっかり夜で……オレはこれ以上は無理ってほどに肩を落としてた。
〈粋怜〉「あんなに借りちゃって。孝矢くん、返すアテなんてあるの?」
〈孝矢〉「粋怜がつき合わせたんだろーがッ!!」
〈粋怜〉「人のせいにするのは男らしくないわね。借りたのは孝矢くんでしょう?」
〈孝矢〉「ぐッ……」
〈タイタス〉『孝矢ッ!! お前という奴は、全くッ!! 結局借金まみれになって、一体どうするつもりなのだ!!』
借金は背負うし、タイタスにはきつく叱られるし、もう散々だ……。
〈粋怜〉「ふふ、しばらくの間はタダ働きね?」
〈孝矢〉「くっそー……。この借りは、ぜってぇ返すからな。二重の意味で」
〈粋怜〉「あら、いいこと言うわね。祭とは大違いだわ」
〈孝矢〉「祭さんともすんのか?」
やりそうと言やぁ、やりそうだが。
〈粋怜〉「ええ。でも、祭って負けても全然払わないのよねぇ。家が一軒建つぐらい、祭には貸しがあるわよ」
〈孝矢〉「どんだけ弱えぇんだよ、祭さん……」
金払い悪りぃと、誰もギャンブルしてくれなくなるぞ。
〈孝矢〉「けど、粋怜は粋怜でそんなに勝つのか? よく出禁になんねぇな」
〈粋怜〉「別にいつもって訳じゃないわよ。負ける時は全部負けるし。どっちも大きく張ってるから目立つってだけよ」
〈孝矢〉「けど、合計じゃ勝ってるから貸しも作れんだろ?」
〈粋怜〉「まぁね。けど、勝ったら勝った分、お店の人やお客にもぱーっとお酒を奢ったり、祝儀を上げたりしてるから」
〈孝矢〉「なるほどな」
だからあんな人気な訳だ。
〈粋怜〉「……という訳で。孝矢くんも借金の心配なんていらないからね?」
〈孝矢〉「ん?」
〈粋怜〉「チャラにしてあげるわよ。ご祝儀だと思って」
〈孝矢〉「いや、そーいう訳にはいかねぇよ。なぁなぁにすんのは良くねぇしな」
〈粋怜〉「どうやって? 身体で払ってくれるの?」
〈孝矢〉「働いて返すからッ!」
女がんなこと言うなよッ!
〈粋怜〉「あはは。もういいってば」
〈孝矢〉「いいや。男の矜持だ」
〈粋怜〉「意地っ張りねー……。まぁ、気長に待ってるわ。催促なんてしないから」
くぅぅ……今はそーいう言葉が逆につれぇ……。必ず借りは全部返してやるからな。
〈粋怜〉「さっ、お酒はどこ行きましょっか? 私の知ってるお店でもいい?」
〈孝矢〉「えッ? 今から飲みに行くのか?」
すっかり賭けに熱中してたが、もう日付変わるぐれぇの時間のはずだぞ。
〈粋怜〉「孝矢くんったら、約束忘れちゃったの? 飲みに連れてってくれるんでしょう?」
〈孝矢〉「言ったけどよ……もう金ねぇんだって……。悪りぃけど、今日は無理だ」
〈粋怜〉「私が奢ってあげるわよ。これは無理矢理、博打につき合わせたお礼だから。本当に遠慮しないで?」
〈孝矢〉「いいのか?」
〈粋怜〉「気乗りしないの? お姉さんとは飲みたくない?」
〈孝矢〉「いや、そうじゃねぇけど」
むしろ、負けっぱの現状を酒でどっか吹き飛ばしてぇ気分だ。
〈粋怜〉「じゃあ、行こっか♪ お姉さん、いい店知ってるのよ」
〈孝矢〉「ああ」
粋怜に連れられて移動する直前、タイタスが話しかけてくる。
〈タイタス〉『孝矢、心情は結構なのだが、実際どうやって返すつもりなのだ。借金のせいで、元の世界に帰りたくとも帰れないなんてことになったら、笑い話にもならんぞ』
〈孝矢〉「……タイタス」
〈タイタス〉『何だ?』
〈孝矢〉「怪獣やっつけるごとに、特別報酬もらえるようになんねぇかな」
〈タイタス〉『……そんな邪なことを考えていると、宇宙の果てまで運び去るぞ』
また叱られちまった。