〈炎蓮〉「……」
訓練帰りに庭園を横切ってると、庭の池の縁で炎蓮さんがじっと座ってんのを見かけた。
〈孝矢〉「炎蓮さん? そんなとこで何やってんだ?」
〈炎蓮〉「黙れ、静かにしろ」
〈孝矢〉「あ……わ、悪りぃ」
後ろから話しかけたら、何か怒られた。
よく見たら、細長げぇ棒を持ってる。その棒の先端から糸が一本伸びてて、水面に……。
〈孝矢〉(釣り?)
もしかしなくても、釣り竿だよな。けど、ここ人工の池だろ。釣れる魚なんかいんのか?
〈炎蓮〉「……」
あの炎蓮さんがじぃっとしてんで、オレもつい釣られて(ギャグじゃねーぞ)動向を見守る。
するとやがて、釣り糸がクイクイッと引っ張られた。糸の先には魚影が。
〈孝矢〉「おッ、掛かったぜ!」
〈炎蓮〉「戯け、騒ぐな……!」
〈孝矢〉「え?」
竿を引く炎蓮さんだが、引き上げた釣り針にゃ何も掛かってなかった。
〈炎蓮〉「ほれ見ろ、バラしたではないか」
〈孝矢〉「す、すまねぇ」
オレの声に驚いて、逃げちまったのか……。悪りぃことしちまった。
〈孝矢〉「けど、何で池なんかで釣りしてんだ?」
〈炎蓮〉「くくっ、この池は案外、侮れんのだぞ?」
針に餌を引っ掛けながら、炎蓮さんが笑う。
〈炎蓮〉「ここには主がおってな。七尺はある大鯉よ。そいつを狙っているのだが……」
〈孝矢〉「……タイタス、七尺って何メートル?」
〈タイタス〉『大体2メートルだな』
2メートル!? でっか! んな鯉見たことねぇ! そんなんいたとか全然知らなかったぜ……。
〈炎蓮〉「前にも一度、釣ったのだがな。鯉め、竿を折りやがった」
〈孝矢〉「釣ったら食うのか?」
〈炎蓮〉「ああ? 戯けたことを抜かすな。池の主など食って、祟られたらどうする?」
炎蓮さん、祟りとか気にすんのか。天をも恐れねぇ人なのに、意外だな。
〈雷火〉「炎蓮様。何をしておいでか?」
〈孝矢〉「おッ、雷火さん」
釣りしてる炎蓮さんの側に、雷火さんもやってきた。
〈炎蓮〉「見ての通り、釣りだ。婆も一緒にどうだ?」
〈雷火〉「まだ傷も癒えておられぬというに。大人しく屋敷で養生して下さらんか?」
〈炎蓮〉「説教はよせ。だからこうして大人しく、池の小魚と戯れておるのだろうが」
たった今、池の主釣るとか言ってたのに。
〈雷火〉「孝矢は何をしておるのじゃ?」
〈孝矢〉「訓練終えたとこだ。昼からは雪蓮の手伝いだな」
〈炎蓮〉「真面目な奴だな。オレと遠乗りでも行かんか?」
〈雷火〉「何を戯けたことを! 遠乗りなど以ての外じゃ!」
〈炎蓮〉「あああ、うるさいうるさい! 魚が逃げるだろうがっ!」
〈雷火〉「うるさくさせておるのはどなたかっ!」
〈炎蓮〉「ったく、やかましいぞババア!」
〈雷火〉「ババアとは何じゃ! この小童っ!」
〈タイタス〉『お二人とも、そんなすぐ喧嘩しないで下さい』
〈炎蓮〉「ふん、この年寄りが口うるさいからだ」
〈雷火〉「炎蓮様がいつまでも子供だからじゃ!」
はは……この二人が一緒になると、どっちも子供みてぇになるんだよな。
つか、小童って……雷火さん、見た目は完全ブーメランなんだけどな。
〈雪蓮〉「はー、じっとしていられない人ね。ほんと子供みたいよ?」
この場に雪蓮もやってきた。
〈炎蓮〉「おう、雪蓮」
〈雪蓮〉「傷の具合はどう?」
〈炎蓮〉「顔を見るやそれか。大袈裟に騒ぎ過ぎよ。大したことないと言っておるだろうが?」
〈雷火〉「ご油断は禁物じゃ、しばらくは養生なされ。戦場に出ることなど、決して認めませんからな。遠乗りもじゃ」
〈炎蓮〉「分かった分かった」
炎蓮さんはこう言うが、実際かなりの深手だったみてぇだ。タイタスもちょっとうなってたぐれぇだ。命に関わんなかったのはラッキーだが……。
〈雪蓮〉「もう……思い出したら、また腹が立ってきたわ」
〈孝矢〉「どうしたんだよ」
〈雪蓮〉「袁術よ! そもそもあいつがまともに兵を動かしていたら、母様だって怪我をしなくて済んだのに!」
〈炎蓮〉「背後を突かれなかっただけマシよ」
〈雪蓮〉「またそんなこと言って……でも、冗談じゃなくて、あいつもそろそろ野心を剥き出しにする頃ね」
〈雷火〉「うむ。以前より江夏の高祖殿とは抗争を繰り返しておる。白翼騒ぎが下火になれば、沛国の相、陳珪の恭順を受け入れ、実質豫州を獲得した曹操とも対立することじゃろう。つい先日も、我らに援軍を求める使者を送って寄越したわ」
〈雪蓮〉「呆れた。よくあんな戦の後で、援軍なんか頼めるわね」
〈炎蓮〉「いいや、あの図太さ、ツラの皮の厚さは、我らも見習わねばならん」
〈雪蓮〉「冗談でもやめてよね。でも、放っておけば、勝手に四面楚歌になって自滅しそうよねー♪」
〈炎蓮〉「お前はやたらと袁術を敵視し過ぎだ。あれとは下手に争わず、よしみを通じておけば良い。いたずらに敵を増やすのは愚か者のすることよ」
政治的判断で意見割れする炎蓮さんと雪蓮。この辺は、オレにはまだ難しい話だぜ……。
〈雪蓮〉「母様がどう思おうと、私の中であいつは敵よ。いつか絶対に袁術とは、戦う日が来ると思うわ!」
〈炎蓮〉「袁術なぁ……敵というのは、愛らし過ぎる小娘だが」
〈雪蓮〉「どこがよ? あんな憎ったらしい……」
……袁術ってマジどんな面なんだ? 結局、直に姿見るこたぁなかったからな……ちょっと気になるぜ。
〈炎蓮〉「ぉっ……」
そん時、炎蓮さんの釣り竿がまたピクピク引っ張られた。
〈雷火〉「また例の大鯉を狙っておられるのか?」
〈雪蓮〉「ふふっ、どーせ鮒よ鮒。鮒って匂いがきついから、私、好きじゃないのよねー」
〈雷火〉「それはさばき方がいかんのじゃ。まずはしっかりと泥を抜き……」
〈炎蓮〉「やかましいぞ……!」
竿のしなりが大きくなってくに従って、炎蓮さんも集中してく……。
〈炎蓮〉「すー……」
そして限界ギリギリまで竿がしなったとこで、一気に引き上げようと――!
〈穏〉「あ~っ! やっと見つけましたぁ~っ!」
〈炎蓮〉「ぬぁっ!?」
したとこで、穏の大声が響いた。炎蓮さんのタイミングがずれ、釣り針からは餌が消えただけ。
〈炎蓮〉「ああくそぉ! またバラしたっ!」
〈雪蓮〉「あらら……」
〈雷火〉「日頃の行いじゃな。やはり天は見ておられる」
〈炎蓮〉「ぬぅぅぅ……!」
〈穏〉「も~、お捜ししましたよ、炎蓮様ぁ♪ こんなところにいらっしゃったんですね~?」
〈炎蓮〉「うるぁあああっ!! 何の用だっ!?」
また逃がした炎蓮さんが、原因の穏に怒鳴り散らした。
〈穏〉「ひああっ!? どうして怒鳴るんですかぁっ?」
〈雪蓮〉「かわいそ……」
〈雷火〉「殷の暴君、紂王の再来じゃ」
〈孝矢〉「まーまー、炎蓮さん……」
〈タイタス〉『穏も、悪気があったのではないのですから……』
オレとタイタスで、カッカしてる炎蓮さんをどうにかなだめた。
〈炎蓮〉「ふんっ、もう釣りなんぞやめだ! ……して、如何した? 何か報せでも参ったのか?」
〈穏〉「あ、はい~。先ほど皖のお城から遣いが来たのですがぁ……近々、仲謀さまがお戻りになるそうですよ~♪」
穏の言葉に、炎蓮さんの機嫌がちょっと直った。
〈炎蓮〉「ほう」
〈雪蓮〉「随分久しぶりねー。ねぇねぇ、尚香や幼平も一緒に帰ってくるのかしら?」
〈穏〉「はい、恐らく~」
仲謀、尚香……それって孫権と孫尚香、つまり雪蓮の妹たちだよな。話だけは聞いてるが、とうとう顔見られんのか。オレも楽しみになってきたぜ。
〈雪蓮〉「宴の準備をしなくちゃねー」
〈炎蓮〉「雪蓮、浮かれるな。宴も良いがその前に、江賊どもの話をじっくり聞かせてもらわんとな」
〈雪蓮〉「釣りに夢中の人から言われたくないわよ」
こうぞく……こうぞくって何だっけ。
〈孝矢〉「タイタス、こうぞくって何だ?」
〈タイタス〉『長江の賊で江賊。要するに河にいる海賊という訳だ』
へー、河に海賊がねぇ……。確か、長江ってめっちゃ広いんだよな。どんだけなのかはまだ見たことねーから、実感ねぇけど。
〈雪蓮〉「孝矢、仲謀に会ったら、ちゃんと口説きなさいよ? あなたの一番大事なお役目、忘れていないでしょうね♪」
〈孝矢〉「ッ!!」
考えてたとこにんなこと囁かれたんで、息が詰まった。
〈雪蓮〉「何照れてるの~?」
〈穏〉「うふふ、お顔が真っ赤ですよ~」
〈孝矢〉「ふ、不意打ちで言うからだろ!」
〈炎蓮〉「はっ、いちいち口説く必要なんぞあるか。男なら、会ったその場で犯りやがれ」
〈孝矢〉「炎蓮さんはまたそれかよ……」
〈雪蓮〉「ちょっとー、もしも仲謀を泣かせたら、孝矢のアレ、切り取っちゃうわよ?」
〈孝矢〉「雪蓮は怖えぇこと言わねーでくれよ! しねぇからッ!」
〈雷火〉「この……やめんかぁっ!」
突っ込んでたら、雷火さんに怒鳴られた。
〈雷火〉「お庭先で昼間から、何たる何たる汚らわしさじゃ! ええい、耳が腐るわ!」
〈炎蓮〉「ババアのくせに、何を恥じらっておるか?」
〈雷火〉「わしはババアではない!」
〈穏〉「あはは~、また始まっちゃいましたね~♪」
炎蓮さんと雷火さんがまた口喧嘩してる間に、雪蓮が真剣な顔でオレに向き直った。
〈雪蓮〉「ねぇ孝矢……」
〈孝矢〉「ん?」
〈雪蓮〉「仲謀は本当に賢くて、魅力的な良い子なの。だけど、ちょっと堅物で、奥手なところもあるから……時間を掛けてゆっくりとね? 焦っちゃ駄目よ?」
〈孝矢〉「あ、ああ……」
いつものからかってるのとは違げぇ、真面目な調子の雪蓮。本気でオレと孫権の仲を望んでるみてぇだ。
そう思うと、何か緊張してくんな……。ここ一番の試合に臨む前みてぇだ……。
そして数日後、建業に当の孫権、孫尚香、そして幼平……周泰っつぅのの三人が帰ってきた。
〈孫権〉「母上、ただ今戻りました!」
謁見の間で炎蓮さんに頭を下げたのは、なるほど確かに炎蓮さんと雪蓮によく似た顔立ちの美少女だ。けど、雰囲気は破天荒で奔放な二人とは真逆の、実直そうな感じ。話に聞いた通りだ。
孫権と一緒に謁見の間に来た二人の内片方は、孫権を更に幼くした感じの子だ。こっちはどっちかっつーと、天真爛漫って感じの雰囲気だな。あれが孫尚香で……もう一人は、孫権と孫尚香の間ぐれぇの年頃と体格だ。ここ中国なのに、何か忍者っぽい服装だが……。
〈炎蓮〉「よく戻った、仲謀。長らくの役目、ご苦労であった」
〈孫権〉「はっ!」
〈雪蓮〉「ほんと久しぶりよねー。尚香、幼平も元気にしてた?」
〈孫尚香〉「うん、姉さま♪」
〈周泰〉「はい! 達者に暮らしていました!」
雪蓮が声掛けした後に、尚香が謁見の間の端にいる、オレの方を向いた。
〈孫尚香〉「へー……姉さま、見て見て」
〈孫権〉「何よ、尚香」
〈孫尚香〉「ほら、見てってば。あの人が天の御遣いだよ。話に聞いた通りの特徴っ」
〈孫権〉「尚香、謁見の間で私語は慎みなさい」
〈孫尚香〉「もーう」
孫権は尚香と違って、こっちを見もしねぇ。堅物って評価は確かか……。
じっと観察してたら、雪蓮に肘で小突かれた。
〈雪蓮〉「孝矢。品定めは後よ」
〈孝矢〉「べ、別にんなつもりじゃ……」
〈雪蓮〉「でも、嘘じゃなかったでしょ?」
〈孝矢〉「何がだ?」
〈雪蓮〉「か・お♪」
はは……確かに、可愛さじゃ上なのは確かだな。
〈孫権〉「母上。丹陽郡の統一、心よりお喜び申し上げます」
〈炎蓮〉「おうっ」
〈孫権〉「白翼討伐における鬼神の如きご活躍ぶり……この仲謀も皖にあって、その報に心沸き立つ思いでした。ともに戦えず、無念でございますっ……」
〈炎蓮〉「はっはっ、お前はまだ若い。これからいくらでも手柄を立てる機会はあろう」
〈孫権〉「はっ! それで、その……その戦の際に、お怪我をされたと聞きましたが……」
〈炎蓮〉「見ての通りよ、大事ない。して、盧江の様子はどうだ?」
〈孫権〉「はい。白翼党の撤退後、民は落ち着いています。ただ……気になるのは、やはり江賊の動きです」
〈炎蓮〉「ふむ……」
〈孝矢〉「江賊ってどんぐれぇの規模なんだ?」
ちょっと冥琳に聞いてみたら、孫権にジロッとにらまれた。
な、何だよ……分かんねーこと聞くのは悪りぃことじゃねぇだろ。
〈冥琳〉「江賊はいくつもの集団があり、規模も人数も様々だ」
〈孝矢〉「へー、一個の集団じゃねぇのか」
〈祭〉「うむ。長江の流れに沿って生きる我らにとって、江賊は対決を避けては通れぬ相手じゃな」
〈粋怜〉「下流の江賊は、ほとんどが炎蓮様に従っているけど、中流から上になると、まだまだ独立した勢力が多いのよね」
〈孝矢〉「なるほどな。じゃ、次はそいつらを……」
〈孫権〉「母上!」
言いかけたとこで、孫権が声を張った。
今、わざとオレに被せなかったか……?
〈孫権〉「母上がこの揚州を制した後は、当然、荊州方面への進出もお考えでしょう。今からその時に備え、盧江の江賊を早急に討伐すべきかと」
〈炎蓮〉「ああ、やるならさっさと潰すか……よし!」
孫権の意見で、炎蓮さんが玉座から立って宣言を出す。
〈炎蓮〉「者ども、戦だっ!」
〈孫権〉「え……? ですが母様は……」
〈雷火〉「お待ち下され、炎蓮様!」
〈穏〉「そんな、駄目ですよぉ~」
今にも飛び出しちまいそうな炎蓮さんに、雷火さんと穏がストップを掛けた。
〈炎蓮〉「ああ?」
〈雷火〉「全く、血の気の多い殿じゃ。先日、お諫めしたばかりではござらんか!」
〈雪蓮〉「何があっても母様には出陣させないわよ! 今度という今度は絶対、建業で大人しくしていてもらうからね!」
〈炎蓮〉「案ずるな。傷など、とっくに……」
〈雪蓮〉「駄目! 許さない!!」
今回ばかりは雪蓮も頑として譲らず、炎蓮さんを根負けさせた。
〈炎蓮〉「ふー……しょうがねぇな、分かったよ」
玉座に腰を落とした炎蓮さんに、みんなが安堵する。
〈雪蓮〉「仲謀」
〈孫権〉「あ、はい!」
〈雪蓮〉「此度の江賊討伐、あなたに命ずるわ。皖城に長くいて、盧江の江賊の動きはあなたが一番、よく把握できているはず」
〈孫権〉「……はい! お任せ下さい」
炎蓮さんに代わって指示を出す雪蓮に、炎蓮さんがふぅとため息を吐いた。
〈炎蓮〉「やれやれ……遂に当主の座から、オレを追い落とすつもりか? 年寄りは黙って屋敷に引っ込んでろか?」
〈雪蓮〉「そういうこと♪ 母様はのんびり釣りでも楽しんで」
〈炎蓮〉「応! そうするか!」
炎蓮さんはむしろ嬉しそうに、謁見の間から離れようとする。
〈炎蓮〉「雷火、貴様も参れ! 今日こそ池の主を釣り上げるぞ!」
〈雷火〉「御意」
んで雷火さん連れて、ホントに評定から抜け出ちまった。自由だなぁ、あの人は。
〈雪蓮〉「相変わらずでしょ?」
〈孫権〉「あ……え、ええ。でも、お元気そうで良かった。お怪我をされたと聞いた時は、本当に心配で……夜も眠れなかったんです……。すぐに建業に戻りたかったけれど、お母様からの遣いが、どうしても駄目だと言うから……」
〈雪蓮〉「ふふっ……ま、あの人には傷がちゃんと治るまで、ゆっくりしてもらいましょう。私たち姉妹で、母様の代わりを務めるわよ?」
〈孫権〉「はい、励みます!」
〈雪蓮〉「尚香もいいわね?」
〈孫尚香〉「はーい、伯符姉さま!」
〈雪蓮〉「では……出陣の日取り、軍の編成等は追って指示するわ。あなたたちも長旅で疲れたでしょう? 今日はもう休みなさい。明日にでも宴を開くわ」
〈孫権・孫尚香〉「「はい!」」
〈周泰〉「ありがとうございます!」
これで評定は解散になって、尚香と周泰は先に謁見の間を離れたが……孫権はやたら厳しい顔で、こっちに歩いてきた。
〈孫権〉「私は孫家の次女。姓は孫、名は権、字は仲謀だ」
〈孝矢〉「おう。オレぁ南出孝矢だ。こいつは相棒のウルトラマンタイタス」
〈タイタス〉『ウルトラマンタイタスだ。以後よろしく』
〈孫権〉「知っている。天の御遣いと呼ばれているそうだな」
〈孝矢〉「あー……と、オレたちのこと、どこまで聞いてんだ? 何か質問とかあるか?」
何話しゃあいいもんか、と聞いてみたら、
〈孫権〉「……胡散臭いわね」
〈孝矢〉「へ?」
〈孫権〉「ふん……何のつもりで建業に来たか知らないが、孫家に取り入って、一体何をたくらんでいる? 怪物を退治してみせて、恩でも売りたいというのかしら。邪な考えを抱いているのなら、どこかよそに行きなさい」
〈孝矢〉「……」
〈孫権〉「何だ?」
孫権の一方的な物言いに――むかっ腹が立ってきた。
こちとら何も分かんねぇ状態で、いきなりこの世界に放り出されたんだぞ。そんで何度も危ねぇ目に遭って、それでもみんなのためと思って頑張ってきたんだ。なのに、初対面の相手に何でこんな言われなきゃなんねーんだ? タイタスだって、あんなにもいい奴だってのに、下衆の勘繰りみてーなこと言いやがって……とんだ侮辱じゃねぇか。
〈孫権〉「どうした、何故黙っている? やはり、心の底にやましいものでもあるのか?」
〈孝矢〉「……そっちだってなぁ、孫家の次女のくせに、失礼じゃねーのか?」
〈孫権〉「何?」
〈タイタス〉『おい孝矢……!』
〈孝矢〉「テメーがオレと、タイタスの何を知ってんだよ! 恩を着せるつもりじゃあねーが、オレたちゃ何度もみんなの命救ってんだぞ! それで最初に浴びせる言葉がそれなのか!? おおッ!?」
〈孫権〉「……っ……」
〈雪蓮〉「はいは~い♪ 早速、仲良くしてるみたいねー」
〈孫権〉「姉様」
〈祭〉「阿呆か、孺子……」
〈孝矢〉「いでッ!?」
思わず熱くなってたら、祭さんに耳をつねられて孫権から引き離された。
〈孝矢〉「な、何すんだよ……!」
〈祭〉「何をする、ではない、この戯けが。女子の扱いを知らんのぉ……売り言葉に買い言葉で如何する?」
〈孝矢〉「そ、それは……!」
〈タイタス〉『少し落ち着け……! 彼女の立場になって考えてみろ。私たちは、いきなり現れた得体の知れない人間だ。警戒するのも無理からぬこと。逆上しては、余計に印象を悪くするぞ……!』
タイタスからも注意されて、頭に上った血も引いてきた。
〈孝矢〉「けど、あいつタイタスのことまで……」
〈タイタス〉『その気持ちは嬉しいが、あらぬ疑いを掛けられることくらい、私のような者にはよくあることだ。信頼とは、言葉ではなく振る舞いで築くもの。ムキになっても仕様がないぞ』
〈祭〉「うむ。それでなくとも仲謀殿は難しいお年頃なのじゃ。男の度量で受け止めよ」
……そうか。ついカッとなっちまったぜ……。
〈冥琳〉「まぁ、それだけではなく……」
〈孝矢〉「冥琳」
〈冥琳〉「仲謀殿は高貴な者の心得を、実践なさっておられるのだ」
〈孝矢〉「心得?」
〈冥琳〉「素性の知れない者を近づけない。甘言を弄する人間を近づけない。金玉に執着しない」
他人は疑って掛かれ、ってか。確かに、いきなり信用しろだなんて都合のいいことだった。悪りぃことしたな……。
〈タイタス〉『しかし、あそこまで怒るとはな。雷火殿からは日常的にきつく叱られているというのに。そんなにも腹が立ったか?』
〈冥琳〉「ふふ……それは逆に良い傾向なのかもしれません。歳が近い故、仲謀殿とは気兼ねなく話が出来るのかも」
〈孝矢〉「あー……」
それはあるかも。今まで周りにいるのは目上ばっかだから、何言われてもしょうがねぇって思えたが、孫権はそんな風には思わなかったからな。無意識に、近けぇ距離で話してたのかも。
その孫権は雪蓮から何か言われてたが、オレを一瞥すると、不機嫌そうにそっぽ向いて謁見の間を出てった。
〈雪蓮〉「はー……」
〈孝矢〉「悪りぃ、雪蓮。仲良くするどころか、こんなことになって……」
〈雪蓮〉「ううん、こっちこそごめんなさい。仲謀があなたに失礼なことを言ったそうね?」
〈孝矢〉「いや、オレも悪かったぜ。怒鳴り散らして」
〈雪蓮〉「第一印象はお互いに最悪かなー? もっと事前に孝矢のことを、話しておけば良かった」
〈孝矢〉「オレはもういいけどよ……」
〈冥琳〉「まぁ肝心なのはこれからだ、南出」
〈祭〉「考えてみれば、南出も難しい年頃であったな。かっかっかっ、若い者はええのう」
〈雪蓮〉「祭、オヤジみたいよ?」
肩をすくめる雪蓮。
ともかく、孫権との顔合わせは失敗だった。これから、あいつと上手いことやってけんのかな……。