〈一刀〉「劉備、関羽、張飛……」
ある日の昼下がり、俺はお世話になってる街の屋敷の中庭に腰を下ろしながら、ぼんやりとつぶやいた。
〈タイガ〉『どうしたんだ、一刀? そんな上の空に、桃香たちの名前を唱えて』
〈一刀〉「いや……ちょっと、俺がこの名前に抱いてたイメージと、みんなの見た目がすごいかけ離れてるから、未だに現実感がなくってさ。まぁ、俺の知ってる三人とは性別自体が違う訳だけど」
〈タイガ〉『そうなのか? 俺は三国志? って奴を知らないから、そう言われても共感できないけど』
〈一刀〉「まぁ、桃香と愛紗はまだマシだけどさ。桃香は他人のことを重んじる義理人情の人、愛紗は実直な武人。だけど、鈴々は……」
〈鈴々〉「はーっ、たーっ! やぁ、やっ、や! はっ!!」
視線の先では、当の鈴々が蛇矛を振り回して鍛錬してる。
〈一刀〉「……鈴々が図抜けて、イメージする『張翼徳』とギャップがある。俺のイメージしてた張飛は、三人の中でも一番の大柄のパワーファイターなんだ」
〈タイガ〉『タイタスみたいな感じか。なら確かになー。鈴々、パワーはともかく体格はまるっきり反対だな』
そうなんだよ。自分の身長よりも高い矛を振り回して、身体が流れないどころか、使いこなしてる。重心バランスとかどうなってるんだろうか。
〈鈴々〉「たっ、たっ、や、はっ!」
矛を振るうスピードが上がると、切っ先が目で追えなくなる。軌道が白い流れ星のように見えるだけだ。
〈鈴々〉「は―――――――っ!」
あの流麗で力強い身のこなしは、天下の猛将そのものだけどな。
俺も剣道をたしなんでたけど、鈴々の槍さばきは俺なんかとは全く違う。実戦で鍛えられた、気迫あふれるものだというのが見て取れる。
〈鈴々〉「はあああぁぁ~~~~っ! はぁ、はっ、はっ!!」
〈一刀〉「すげぇな……」
自然と、口について出てた。タイガがそれにうなずく。
〈タイガ〉『ああ。磨き上げられてる。俺の見てきた中でも、あれぐらいの技のキレを持つ奴はそうそういなかったぜ』
〈鈴々〉「はーっ! たっ、や、た!」
俺たちが感服しながら見つめてると、
〈鈴々〉「にゃーっ!」
……コケた。
〈鈴々〉「にゃっ、そこにいるのは誰なのだ!」
〈一刀〉「俺です!」
こっちに気づいた鈴々が、蛇矛を向けたので、反射的に立ち上がって両手を挙げた。
〈鈴々〉「……あ、お兄ちゃん。そだそだ」
俺だと分かった鈴々は、無造作に矛を放り捨てて駆け寄ってきた。っておいおい。
〈鈴々〉「何してるの? お散歩? 退屈なら鈴々と遊ぶのだ」
俺の腰に飛びついて、すりすりと頬を寄せてくる鈴々。猛虎が、一瞬にして猫に変わってた。
しかし……。
〈一刀〉「捨てちゃダメだろ、武器……」
〈鈴々〉「ほえ?」
〈一刀〉「よく言うじゃん、武器は武人の魂だとか」
それを雑に扱って……愛紗辺りに見られたら怒られるんじゃ……と思ってたら、鈴々の言い分は、
〈鈴々〉「武器は武器なのだ」
愛らしく小首を傾げる鈴々。
〈鈴々〉「矛でも剣でも包丁と変わらないよ。戦場で戦うのも鈴々、傷つけるのも鈴々なのだ」
〈一刀〉「物騒なことを……」
でも、鈴々の言う通りかも。武器はあくまで物。それにどういう意味を持たせるかは、使い手次第だ。どんなに小さくても愛らしくても、それが分かってる鈴々はやはり武人なんだ。
〈タイガ〉『鈴々の言うことも一理あるな。けど……』
〈鈴々〉「にゃ?」
〈タイガ〉『流石に放り投げたら危ないだろ。誰かに刺さったらどうするんだ?』
〈鈴々〉「あうっ。気をつけるのだ……」
タイガに現実的な注意をされて、少しうなだれた鈴々は……。
〈鈴々〉「ところで、何してたんだっけ?」
自分がしてたこと、忘れちゃってるよ……。武人だったり、子供だったり、安定しないなー。
〈一刀〉「……鍛錬してたんじゃないの?」
〈鈴々〉「そうなのだ! 鈴々、鍛錬の途中だったのだ」
我に返った鈴々は矛の元へ戻って、拾い上げる。
〈鈴々〉「遊ぶのは後、ごめんねお兄ちゃん! 構ってあげられないのだ」
ちょっと大人ぶる鈴々の発言。それがむしろ余計に愛らしい。
〈一刀〉「ごめんごめん、邪魔しちゃったかな」
〈鈴々〉「邪魔ってことはないけど、鈴々は鍛錬の途中だから遊んではあげられないのだ」
〈一刀〉「一生懸命なんだなぁ」
〈鈴々〉「一生懸命なのだ!」
言葉は拙いが、鈴々の表情は引き締まってて、真剣そのもの。
〈鈴々〉「愛紗が言ってた『やくわり』なのだ。鈴々は難しいことは分からないからね、難しいことはお姉ちゃんとお兄ちゃんにお任せ。その代わり、戦うのは鈴々にお任せなのだ! ……あ、でも、山のようにでっかい怪獣はタイガお兄ちゃんにお任せするのだ」
〈タイガ〉『分かってるって。俺にドーンと任せときな!』
〈一刀〉「はは、頼もしいけど……鈴々、愛紗は守ってあげないの?」
〈鈴々〉「愛紗は鈴々の次に強いから、勝手に自分の身を守ればいいのだ」
鈴々の次に、かぁ。その自信はどこから来るんだろう。
〈鈴々〉「でも、危なかったら助けてあげるのだ」
〈一刀〉「……鈴々は優しいんだな」
〈鈴々〉「褒められたのだ」
無邪気な鈴々の姿を見てると、毒気というか、この乱世の世界に臨むことの恐れの感情が拭い去られるように思える。
〈一刀〉「立派だな鈴々は。小さいのに、ちゃんと自分の役割を分かってて」
〈タイガ〉『ああ。心構えは、大人にだって負けてねぇな。こんなに小さいけど』
〈鈴々〉「小さくないのだ!」
〈一刀〉「っと、ごめんごめん。馬鹿にしてるんじゃないよ。な?」
鈴々がむくれるので、そのほっぺをつついてご機嫌取り。
〈鈴々〉「ほっぺにイタズラしちゃダメなのだー♪ 鈴々、やり返すもんねー」
〈一刀〉「わ、くすぐったいよ」
〈鈴々〉「にゃはははは、つんつん」
俺の頬を逆につついてくる鈴々。こんな感じの幼い振る舞いは、この間の街の子供たちとほぼ同じなんだけどなぁ。
〈鈴々〉「いけない。鈴々、鍛錬の途中って言ってるのだ!」
〈一刀〉「っと、そうだったな……ごめん。鈴々がかわいくて、つい構っちゃうんだよ」
〈鈴々〉「鈴々、かわいいの?」
〈一刀〉「うん」
〈タイガ〉『むしろ、それ以外の感想がないって』
俺とタイガがそう言うと、鈴々はへにゃっとはにかんだ。
〈鈴々〉「……にゃは♪ お姉ちゃんじゃない人に、かわいいって言ってもらったのは初めてなのだ」
〈一刀〉「そうなの? じゃあ、かわいいかわいいすりすり~」
あんまりにも鈴々がかわいいので、ぎゅっと抱きしめてほっぺすりすり。
〈鈴々〉「にゃははは、ダメなのだー」
うーむ、何と柔らかいほっぺなんだ。
〈鈴々〉「だから、鈴々は鍛錬の途中なのだ―――――っ!」
しかしやり過ぎたら、バッと振り払われてしまった。
〈鈴々〉「んもう……そんなに暇だったら、鈴々と一緒に鍛錬する?」
〈一刀〉「え!? それはちょっと、実力に開きがありすぎるような気が……」
〈鈴々〉「にゃはは、鈴々は天下で一番強いから、誰と戦っても開きがあるのだ! 気にしなくて全然、平気」
そうは言っても……と悩んでると、タイガが意見する。
〈タイガ〉『一刀、世の中何が起こるか分からねぇ。いざって時に、自分自身の力で切り抜けられるように鍛えとくのはとても大事だぜ。お言葉に甘えてみたらどうだ』
〈鈴々〉「うんうん。胸を借りるつもりで、鈴々に鍛えられるのだ」
〈一刀〉「そう言うなら……うん、それじゃあお願いしようかな」
二人に勧められて、その気になる。
〈鈴々〉「そう来なくっちゃなのだ!」
〈一刀〉「ただし、ちゃんと加減してくれよ」
〈鈴々〉「うん!」
〈一刀〉「それじゃあ……」
早速鍛錬を始めようとするが……待てよ? 俺の今の武器は、愛紗にもらった短めの直刀。対する鈴々の得物は、身長をはるかに超える長大な蛇矛。これは……。
〈鈴々〉「腕が鳴るのだー」
〈一刀〉「待った! 分かってるよね!? 実戦形式じゃなくて、鍛錬だろ!? 鍛錬は俺を鍛えるって意味だ、気構えとかお役立ちの技とか教わる意図ッ」
嫌な予感がビンビンにしたので、必死に言い聞かしたが、
〈鈴々〉「……戦ってれば適当に身につくのだ」
〈一刀〉「戦う前に!」
〈鈴々〉「……??」
まずい……早まったかもしれない……。鈴々はさっぱり分かってない顔をしている……。
〈一刀〉「例えば『俺が実戦を迎えた時、こうすればいいよ』……みたいなこととか」
〈鈴々〉「敵と戦う時?」
〈一刀〉「そう、鈴々はこうやって実戦を乗り越えてきた! みたいな話とか、うん、話を聞きたいなぁ」
どうにか話を誘導し、物理的な方向に持っていかないようにする。
〈鈴々〉「ん~と、敵と戦う時は……そうそう、まず気持ちで負けちゃダメなのだ」
〈一刀〉「おぉ、それっぽい」
〈鈴々〉「今から鈴々、敵ね? こうやって、敵と対峙した時は」
話を聞きながら、身構えてる俺。流れで、いきなり突きが飛んでこないとも限らないからな。
〈鈴々〉「……むー」
〈一刀〉「……?」
〈鈴々〉「何してるの! 気持ちで負けちゃダメって言ったでしょ。にらまれたらにらみ返すのだ」
〈一刀〉「にらみ返す?」
〈鈴々〉「なのだ! もう、すんごいにらむのだ。すっごく怖い、戦ってもこれは勝てないって思わせるように」
〈一刀〉「……そ、そう言われても……こんな感じか?」
目に力を込めてみるが、鈴々のお気には召さないよう。
〈鈴々〉「もっとなのだ」
〈一刀〉「……む~~~~」
〈鈴々〉「ちっとも怖くないのだ! こうっ!」
鈴々がお手本を見せてくれるが……子供がむくれてるようにしか見えない。
〈一刀〉「鈴々もあんまり怖くない……」
〈鈴々〉「何か言ったのだ!?」
〈一刀〉「独り言です! そして、今のはちょっと怖かった」
危ない……。子供みたい子供みたいと言っても、力の差は歴然なんだ。迂闊なことは言わないようにしないと……。
〈鈴々〉「ずっとにらんでたら、相手が弱く見えてくるのだ」
〈一刀〉「……そうなの?」
〈鈴々〉「相手は、鈴々のことがすっごく強そうに見えてきてるのだ」
〈タイガ〉『まぁ、気持ちで敵に負けないってのは基本中の基本だ。ビビってたら、勝てるもんも勝てないぜ』
〈鈴々〉「そうそう、そうなのだ! 負けないぞって感じになった?」
〈一刀〉「……多分」
〈鈴々〉「そしたら、倒すのだ」
〈一刀〉「倒すのだとな!?」
色々はしょりすぎじゃ!?
〈鈴々〉「倒さないと戦いが終わらないのだ」
〈一刀〉「……??」
〈鈴々〉「これさえ出来れば、大体の戦いは勝てるのだ」
〈タイガ〉『……いや、その間に、もっと色々とあるだろ? その辺は?』
〈鈴々〉「うにゃ? 鈴々、いつもこんな感じで戦って、勝ってるのだ」
〈タイガ〉『大雑把すぎるだろ……』
タイガが呆れてる。ま、まぁ、ざっくばらんに言えば、全部の戦いがこういうことなんだろうけど……。
〈一刀〉「な、なるほど、参考になったよ。あはは……」
愛想笑いする俺。う、うん、鈴々の天才的思考を、凡人の俺が理解しようというのが間違いだったのだろう。きっとそうだ。
〈鈴々〉「分かったら、早速実践してみるのだ」
〈一刀〉「……実践と言いますと」
最早、嫌な予感しかしない。
〈鈴々〉「鈴々と! ほら、教えたようにやってみるのだ」
〈一刀〉「こ、こういうことか? ジロッ」
〈鈴々〉「そうそう、勝つぞーって気持ちで。そのままなのだ……うりゃ!」
〈一刀〉「うおッ!?」
鈴々がいきなり矛を振り下ろしてきたので、咄嗟に回避!
〈鈴々〉「あ、腰が引けたらダメなのだ! 攻撃されてもなお、やってやるぞの気持ちで」
〈一刀〉「分かるよ、分かるんだけどッ!?」
鈴々は遠慮なく矛を振るってくるので、よけずにはいられない!
〈鈴々〉「逃げる練習じゃないのだ!」
そうは言っても、当たったら痛いじゃ済まないよねこれ!?
〈一刀〉「せめて、こういう時……はぁ、相手の方が長い武器を使ってる時の対処方法とか!」
〈鈴々〉「鈴々より長い武器を使う相手と戦ったことは、あんまないのだ」
だろうけど!
〈鈴々〉「あ! よけて、懐に飛び込むのだ。これ名案」
〈一刀〉「理屈は分かるんだってば! もっと、コツとか……」
しかし鈴々は矛を振るう手をますます速めるばかり!
〈鈴々〉「うりゃうりゃ、飛び込んでくるのだ!」
〈一刀〉「近寄ることも出来ないよ! せめて突きのスピッ、速さを十分の一にしてくれ!!」
〈鈴々〉「にゃはは、そこは気合いなのだ。やってやるぞって気持ちで、ほら」
〈一刀〉「もう、にらむとかそういう次元の話じゃない!」
結局、俺は明らかに楽しんでる鈴々から必死に逃げるばかり。鍛錬とか、それどころじゃなくなってしまった……。
その最中に、タイガがあきらめ切ったような声で、こう言った。
〈タイガ〉『……後で、俺が戦い方教えてやるよ……』
うん……。初めからそうしておけば良かったかもしれない……。