奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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錦帆賊の甘寧!!

 

 ――夜、孝矢と孫権は甘寧の説得のため、二人だけで舟を出したが……この時、甘寧の住居には、先客が訪れていた。

 

〈甘寧〉「……黄祖殿」

 

〈黄祖〉「ふっふっ、左様な顔を致すな」

 

 八千人もの錦帆賊を束ねるのにふさわしいだけの迫力を持つ甘寧が、今は来客によっていささか眉をひそめている。

 細身であり、戦場をくぐり抜けられるほどの豪傑の武将には見えないが……どこか蛇を思わせるような、冷ややかな雰囲気を纏う女性は、荊州江夏太守の黄祖。弓の腕に優れるが、最大の武器は頭脳と謳われる策士で知られ、荊州に野心を向ける袁術の軍勢、その援軍として派遣される孫呉の兵たちの侵攻のことごとくを押し返すほどの力量である。

 その黄祖は、長江最大の江賊と名高い錦帆賊を手に入れ、長江の制河権を握るために、既に何度も甘寧の元を訪れて抱き込もうとしているのだった。

 しかし、何度来ても甘寧の心は変わらなかった。

 

〈甘寧〉「我が答えは変わらぬと、何度もお伝えしたはず」

 

〈黄祖〉「されど今は……孫呉の小娘が、そなたの庭を荒らしに参っているようだな。望むならば兵を出すぞ?」

 

 長江に情報網を持っているのは、錦帆賊だけではない。黄祖もまた、孫権たちが討伐に来ていることも、当然のように把握済みであった。

 

〈甘寧〉「黄祖殿から援助を受ける謂れはない」

 

 再三断られても、黄祖には動揺は微塵もなかった。

 

〈黄祖〉「ふっ、左様か。まぁ、あのような小娘が何隻率いてこようと、そなたの敵ではあるまいが……」

 

〈甘寧〉「はー……どうかお引き取りを。劉表殿に仕える気はない」

 

〈黄祖〉「ふふふっ、さもあろう」

 

〈甘寧〉「?」

 

 黄祖の返答を不審に思う甘寧。そこが分かっているならば、どうしてこう何度もしつこく足を運んでくるのか。

 

〈黄祖〉「くっくっ……甘寧、そなたを欲しておるのは……この私よ」

 

〈甘寧〉「黄祖殿?」

 

 

 

 錦帆賊の根城だっつぅ河の畔に着いたオレと孫権は、江賊らしいならず者たちに囲まれてた。

 

〈錦帆賊〉「怪しい奴ってのはこいつらか?」

 

〈錦帆賊〉「へッ、あの孫堅の娘だとよ。信じられるか、そんな話」

 

〈孫権〉「貴様が信じずとも、私は呉郡太守孫堅が次女、孫仲謀だ」

 

 最大の江賊ともなると見張りも厳重なようで、オレたちの舟は到着前に見つかってたが、侵入するのが目的じゃねぇ。そのまんま上陸し、孫権はオレに隠れることもなく堂々と賊の前に立ってた。

 

〈孫権〉「錦帆賊頭目、甘寧殿へのお目通りを願いたい」

 

〈錦帆賊〉「お頭に会わせろだぁ?」

 

〈錦帆賊〉「孫家のご令嬢が、たった二人で乗り込んできたってのか? やっぱり信じられねーなぁ」

 

〈錦帆賊〉「そっちの男は何なんだよ? 漕ぎ手に雇った江賊か?」

 

 またこんな扱いかよッ。

 

〈孝矢〉「南出孝矢って名だ」

 

〈錦帆賊〉「はぁ!? 知るかよ、テメェなんざッ!」

 

〈錦帆賊〉「魚の餌になりたくなきゃ、とっとと帰るんだなッ!」

 

〈錦帆賊〉「もちろん、身ぐるみ剥がさせてもらった後だけどなッ! ひゃははッ!」

 

 ガラ悪りーなぁ……。周りの賊はどいつもこいつも、分っかりやすい海賊風の荒くればっかだ。トレードマークなのか、全員が身体のどっかに鈴を吊るしてるのが特徴的だが……。最初から刀を抜いて恫喝してきてる。

 オレが言い出しといて何だが……こんな奴らのボスが、マジで武人なんだろうな……? 最悪の場合は、孫権を河に突き落としてでも逃がさなきゃな。

 

〈孫権〉「話の分からん連中だな……とにかく、甘寧殿にお伝えしろ。孫仲謀が話し合いに参ったと」

 

〈錦帆賊〉「お頭の名前を気安く呼んでんじゃねぇッ!」

 

〈錦帆賊〉「ガキめ、ぶち殺すぞッ!!」

 

〈孫権〉「はぁ……」

 

 流石孫権は、こんな連中を前にしても平然としてる。オレも、炎蓮さんたちで鍛えられたから平気だ。けど、こいつらじゃ話になんねぇな……。

 ちなみに、今はタイタスは本陣に置いてきた。万が一巨人になるって知られたら、脅しだと思われて話し合いにならなくなっちまうからな。それに、危ねぇ時はタイタスの力に頼るような男だとは孫権にゃ思われたくねぇ。

 

〈孝矢〉「とりあえず、孫仲謀が来たってことだけは知らせてくれよ。オレたちゃ何も抵抗しねぇからさ」

 

〈錦帆賊〉「へッ、悪いがお頭は大事な客人と会っていなさるんだ」

 

〈孫権〉「客……?」

 

〈錦帆賊〉「分かったら失せな! てめーらなんぞに会ってるほど、お頭は暇じゃねーんだよッ!」

 

 先客か……タイミング悪りぃな。

 もしかして……他のとこが、オレたちみてぇに甘寧に接触しようとしてんじゃねぇだろうな?

 

 

 

 ――黄祖がじりじりと、異様な雰囲気を醸し出しながら甘寧ににじり寄る。甘寧は相対したことがない妙な威圧感を前にして、本能的に後ずさっていた。

 

〈黄祖〉「甘寧……そなたは誰よりも美しく、気高い狼よ。さりとて一匹の狼に、虎を斃すことは叶わん」

 

〈甘寧〉「……孫堅のことか?」

 

〈黄祖〉「そうとも。だが、私とそなたが手を組めば、あの虎を長江の底に屠ることも出来よう」

 

 黄祖は危険な輝きを目に宿して、少しずつ甘寧との距離を詰めていく。

 

〈黄祖〉「私の許へ参れ、ともに長江を支配しようぞ……思春」

 

〈甘寧〉「……貴様ぁっ!!」

 

 それまで冷や汗を垂らしていた甘寧だが、黄祖のひと言で一転、激情を起こして短刀で黄祖の手を斬りつけた。

 

〈黄祖〉「っ……!」

 

〈甘寧〉「私から離れろ! 貴殿に真名を許した覚えはないっ!」

 

〈黄祖〉「あああぁ……何と言う凛々しさか……」

 

〈甘寧〉「離れろぉっ!」

 

 切り傷を浴びせられても、甘寧に恍惚としていた黄祖であったが……やがて呼吸が落ち着いた。

 

〈黄祖〉「はぁぁ……す、すまぬ、甘寧よ……どうか無礼を許してくれ……」

 

〈甘寧〉「……黄祖殿、今宵のことは忘れましょう。さぁ、お引き取りを!」

 

 甘寧に短刀で扉を指され、黄祖も折れる。

 

〈黄祖〉「わ、分かった……今宵もこれで引き上げよう」

 

 しかし去り際に、甘寧に振り返って言い残した。

 

〈黄祖〉「思……いや、甘寧よ。次こそは良き返事を期待しておるからな……? ふふふふふふふふふ……」

 

〈甘寧〉「……」

 

 

 

〈孫権〉「いい加減にしろ! 貴様たちは夜が明けるまで、ここで押し問答を続けるつもりなのか!?」

 

〈錦帆賊〉「い、いや、だから……」

 

〈錦帆賊〉「お頭は今、客人と……」

 

〈孫権〉「たとえ来客中であろうと、孫仲謀が参ったことを伝えることぐらいは出来ようっ!」

 

〈孝矢〉「仲謀、ちょっと落ち着けって……頼みに来てんのはこっちだしよ」

 

〈孫権〉「こ奴らの態度が煮え切らぬからだっ!」

 

 脅してくる錦帆賊に孫権は粘り続け、いつしか攻守逆転してた。孫権の迫力に、あんだけイキッてた錦帆賊もすっかりタジタジで、オレがフォローに回るぐれぇだ。

 とかやってたら、正面にある家の玄関扉が中から開いた。

 

〈錦帆賊〉「おッ、客人が出てきたぞ……もう済んだようだな」

 

〈孫権〉「……あれが?」

 

 出てきたのは長身の女だ。ただの遣いの者って感じじゃあなさそうだが……何たって、遠目だからよく分かんねぇが……蛇みてぇな冷てぇ感じの女だからだ。何かと明るい孫呉のみんなとは真逆の雰囲気だ。

 

〈孫権〉「誰なのだ?」

 

〈錦帆賊〉「それは言えねぇよ」

 

〈錦帆賊〉「ああ。お頭の許しもなく、客人の名は明かせねぇ」

 

〈孫権〉「それはそうね……」

 

 向こうの女は、オレと……孫権を見ると、うっすらと笑いを浮かべた。

 それこそ……蛇が獲物見つけたような感じの嫌な笑い方で、思わず怖気が走ったほどだ。

 

〈孫権〉「……!」

 

 孫権も同じことを思ったか、自ずと身構えたが……女はそのまま夜の闇の中に消えてった。

 その後で、同じ家からまた女が出てくる。こっちは鋭い目つきだが、雰囲気はまぁまぁ人間離れしてねぇ。

 

〈錦帆賊〉「あッ、お頭!」

 

 錦帆賊は女の顔を見てすぐに背筋を伸ばした。じゃあ、あれが甘寧なのか……。

 

〈甘寧〉「何だ、その者たちは……」

 

〈孫権〉「久しぶりだな、興覇」

 

〈甘寧〉「っ……仲謀か……」

 

 直接会ったのは子供の時以来のはずだが、甘寧はそれだけでこっちが誰か分かったみてぇだ。

 

〈甘寧〉「貴様らはもういい。下がれ」

 

〈錦帆賊〉「へいッ!」

 

 あんだけしつこかった錦帆賊が、甘寧のひと言で身を引いた。口調といい、部下たちとは全然違げぇ空気だ。これなら話も通りそうか?

 

〈甘寧〉「隣の男は誰か?」

 

〈孝矢〉「南出孝矢って名前だ」

 

〈甘寧〉「何者だ?」

 

〈孝矢〉「あー……今孫家で厄介になってんだ」

 

〈甘寧〉「……天の御遣いか? 証の首飾りはつけていないようだが」

 

〈孝矢〉「!」

 

 タイタスはいねぇってのに、瞬時に見抜きやがった……。みんなオレを、大体小間使いの男か何かと思うってのに……。こいつぁただ者じゃねぇぜ……。

 

〈孫権〉「興覇、流石の眼力ね」

 

〈甘寧〉「噂に聞いていたからな……まぁいい、二人とも中に入れ」

 

〈孫権〉「ああ、お邪魔させてもらおう」

 

 甘寧に案内されて、オレたちは家の中に上がってった。

 

 

 

 ――闇の中から、孫権たちが甘寧の家に入ったのを密かに確かめた黄祖は、うっすらと笑みを浮かべ続けていた。

 

〈黄祖〉「あれは間違いなく、孫家の次女、仲謀……。一人だけ供を連れて思春の許を訪れたということは……ふっ、生意気にも私と同じことを考えているか」

 

 孫権と一緒にいた男の素性は、ひと目見ただけでは分からなかった。噂の天の御遣いとも思ったが、話によると御遣いは、首飾りを証のように提げているという。それがないからには、恐らく護衛兼送迎係の水夫か何かだろう。櫂の漕ぎ手としてはそれなりに役立ちそうだ。

 

〈黄祖〉「ふむ……情報によれば、思春と仲謀はかつて書簡のやり取りをしていたほどの仲。さりとて、あの思春がそう簡単に孫家になびくとも思えんが……」

 

 黄祖は、孫権に接触された甘寧がどう行動するかを予測する。二人の間につながりがあるからには、甘寧が孫家に下る可能性も全く無いとは言えないが……甘寧とて八千の錦帆賊を率いる身。説得された程度で恭順することはまずあり得ない。

 賊の流儀からして、可能性があるとするなら――。

 

〈黄祖〉「……ふふふ。かような小娘が思春に敵うとも思わんが……万が一ということもある。その時は……思春よ、私が『加勢』してやろうぞ……」

 

 ニィッ……と口の端を吊り上げた黄祖の横顔に掛かる夕闇が、色を濃くした――。

 

 

 

〈甘寧〉「茶だ」

 

〈孫権〉「ありがとう」

 

〈孝矢〉「どうも……」

 

 甘寧の家は、八千の賊を率いる大頭目とは思えねぇほど質素だった。生活に必要なもんしか置いてねぇし、茶も自分で出す。男の生活スペースみてぇだ。まぁ、そこが武人って評価の説得力を増してるが。

 

〈甘寧〉「……して、如何なる用で参った? 我らを討伐する仕度で忙しいと思っていたが」

 

〈孫権〉「お前の返答次第ではな。此度は我が母、孫堅の代理として参った。興覇、お前の力を孫呉に貸してほしい」

 

 直球ストレートに頼み込む孫権だが、甘寧はまたか、って顔だ。

 

〈甘寧〉「ふー……」

 

〈孫権〉「……我ら以外からも、誘いを受けているのか?」

 

〈甘寧〉「お前に話す義理はない」

 

〈孫権〉「そうか……」

 

 互いに必要なこと以外は何も言わねぇ、重い空気だ……。ふとしたら、どっちも女ってことを忘れちまいそうになる。

 

〈孫権〉「では、改めて私の用件を申す。興覇、お前が漢王朝を憎んでいるのは知っている。しかし我ら孫家とて、今の世を良しとはしていない。それを変えるためにも、お前の力が必要なのだ」

 

〈甘寧〉「書簡で何度も説かれた話だな。私の答えは返書にしたためているはずだ。わざわざ来てもらって悪いが、お引き取り願おうか」

 

〈孫権〉「そうはいかない。一度こうして、お前に会って……腹を割って話がしたかったのだ」

 

〈甘寧〉「話すことは何もない」

 

〈孫権〉「興覇、聞け」

 

 取りつく島もねぇ甘寧だが、孫権は粘り強く交渉する。オレはその様子を、緊張しながら見守る。

 

〈孫権〉「孫呉に加われば……確かに、これまでのように自由な振る舞いは出来なくなるだろう。だが少なくとも賊として、討伐の対象にされることはない。何度も官軍の討伐部隊が来ているのだろう?」

 

〈甘寧〉「だが官軍が我らを捕らえられているのか。答えはここにある。我らを討とうという者は、いつでもお相手致す」

 

〈孫権〉「興覇……賊を続けて、その先に何がある? 我らに力を貸してくれれば、孫呉の中でもお前に……いや、お前の部下たちにも確固たる地位を約束しよう。今の支配はそのままで……ただ、戦の時にはお前たちの手を貸してほしいと申しているのだ」

 

〈甘寧〉「いずれにせよ、我らを孫軍に編入するのであろう?」

 

〈孫権〉「それは……形としてはそうなるが……」

 

〈甘寧〉「お上など信用できるものではない。お前たちは甘言を弄して、我らを取り込んだ挙句、戦の道具として使い潰すだけだ」

 

〈孫権〉「誤解だ! 興覇」

 

〈甘寧〉「誤解なものか。戦の時だけ力を貸せだと? 平時はどうだ? お前たちはこの流域の民の暮らしに、目を向けるつもりさえない」

 

〈孫権〉「そ、それは……」

 

 ……孫権が押され気味だ。ノーアウト満塁ぐれぇには精神的に追い詰められてる感じだ。こりゃちょっとまずいかもな……。

 だからピッチャー交代だ。

 

〈孝矢〉「仲謀。甘寧の言う通り、言葉で釣ろうってのはやめにしようぜ」

 

〈孫権〉「南出……!」

 

〈甘寧〉「……ほう?」

 

〈孝矢〉「ぶっちゃけると、とりあえず今こっちが欲しいのは、あんたと錦帆賊だ。長江は重要だからな。河が使えなきゃ、移動にかなり苦しむことになる。あんたらが他のとこについたとしたら最悪だ」

 

〈甘寧〉「申すこと、もっともだな」

 

〈孝矢〉「だから仲間になってほしい。頼む」

 

 深々と頭を下げる。まず見せなきゃいけねぇのは、誠意だ。言葉で飾らずに、態度で示す。

 

〈孫権〉「……」

 

〈甘寧〉「……これが天の御遣いか。度が過ぎる正直者だが、誠実ではあるようだな。肝も据わっている」

 

〈孫権〉「興覇……じゃあ」

 

〈甘寧〉「話は終わりだ」

 

〈孫権〉「興覇!」

 

〈甘寧〉「我らは長江に漂う賊、主を仰ぐことはない。……それが我らをねじ伏せ、頭を垂れるにふさわしい力を示せるほどの相手でなければな……」

 

〈孫権〉「っ……つまり……」

 

〈孝矢〉「何だ、それ早く言ってくれよ」

 

 ようやく甘寧が譲ってくれたんで、嬉々として顔を上げた。

 

〈孝矢〉「つまり、仲間にしたけりゃこっちに勝ってみせろ、ってことだろ?」

 

 甘寧は小さくうなずいた。

 

〈甘寧〉「江賊には力こそ全て。仮に私が孫呉への帰順を選んだとしても、配下の者どもは決して納得せんだろう」

 

〈孫権〉「しかし興覇……それは、無駄な血ではないか? 負けた方に恨みを残しかねないぞ?」

 

〈甘寧〉「大いに我らを恨んで結構」

 

〈孫権〉「ふっ……言ったわね?」

 

 分かりやすくていいじゃねぇか。オレを誠実だなんて言ったが、甘寧もなかなか誠実だぜ。好感が持てる。

 

〈孫権〉「興覇、今一度、はっきりさせておきたい。この戦に敗れれば、お前は孫呉に加わるのだな?」

 

〈甘寧〉「私が敗れれば、それはお前が私より力がある証拠だろう。ならば、部下ともども、それを認めるしかない。しかし勝っても……孫家の次女を長江に沈め、私は孫堅の怒りを買うだけか。我らには益の無い戦いだな」

 

〈孝矢〉「どうせ賊だろーが。遅せぇか早えぇかだけの違いだろ」

 

〈甘寧〉「言ってくれる」

 

〈孫権〉「それに、心配は無用よ。私はお前の首に縄を掛け、建業まで連れて戻る。母上はさぞかしお喜びになるわ」

 

 孫権の挑発を、甘寧は不敵な笑いで受け止めた。

 

〈甘寧〉「そろそろ帰ったらどうだ?」

 

〈孫権〉「ふっ、そうね……南出、帰るぞ」

 

〈孝矢〉「あッ、おう」

 

 話はこれで終わり。こっから先は戦で決着を着けることを誓い合って、オレたちは舟に戻ってった。

 

 

 

〈タイタス〉『……そういう経緯になったか。よく分かった』

 

 河を上って本陣に戻ると、心配してくれてたんだろう、タイタスが真っ先に飛んできて結果を聞いてきた。

 

〈孝矢〉「けど結局は、戦はしなくちゃなんねぇ訳だ」

 

〈孫権〉「まぁ、タダで手に入るほど錦帆賊は甘くはないということね」

 

 帰りにも一度も攻撃されなかっただけありがてぇってとこかな。甘寧はマジの武人みてぇだ。これなら約束も信用できるぜ。

 

〈孝矢〉「しかし、遅くなっちまったな。みんな、起きてっかな」

 

〈孫権〉「私たちが敵地に交渉に行っていたのに、もしものんきに眠っていたら、穏たちは逆さ吊りだ」

 

〈孝矢〉「ハハッ、そいつはひどくね?」

 

〈孫権〉「何を言う。私はこれでも総大将を任せられただぞ?」

 

 孫権の発言で笑いがこぼれてたら、タイタスも笑って、

 

〈タイタス〉『ははは。上流に行って戻ってくるだけで、随分と打ち解けたではないか』

 

〈孝矢〉「え? あー……」

 

 言われてみりゃあ……気がつけば、孫権と普通に話が出来てるぜ。不思議だな。

 

〈孫権〉「なぁ……南出?」

 

〈孝矢〉「ん?」

 

〈孫権〉「先ほどは助かった。お前が意見してくれなければ、話し合いはあそこまで進展しなかっただろう」

 

〈孝矢〉「いやー、それほどでもねぇよ。結局は戦うことになったんだしよ。もっといいやり方あったんじゃねぇかなーって思うぐれぇだ」

 

〈孫権〉「そんなことはない。少なくとも私は……昔のように、興覇と話せたから……」

 

 つぶやく孫権は、嬉しそうにはにかんだ。

 あんな真っ向勝負しか出来なかったオレでも、役に立てたんなら幸いだ。

 

〈孫権〉「……ただ、流石に何もかも正直に話し過ぎだ。交渉事には建前も重要なのだからな? 相手が興覇だから良かったものの……弱みを見せたらつけ込まれるぞ」

 

〈孝矢〉「あー……そこはこれから覚えてくんで、見逃してくれや」

 

〈孫権〉「やれやれ……」

 

〈孝矢〉「……あッ、そうだ」

 

〈孫権〉「どうした?」

 

 最後に、これだけは言っとこ。

 

〈孝矢〉「仲謀と一緒に行って、良かったぜ。タイタスの言うように、普通に出来るようになったからな。これからもよろしくな?」

 

〈孫権〉「……ふ、ふんっ。あまり図に乗るなよ?」

 

〈孝矢〉「え?」

 

〈孫権〉「あれぐらいのことで……私はまだ、貴様を認めた訳ではないからな?」

 

〈孝矢〉「ハハッ、手厳しいぜ」

 

〈孫権〉「ふん……」

 

 プイッとそっぽを向く孫権。まぁ口で言うほど突き放されてる訳でもねぇみてぇだから、とりあえずはこれでいいだろ。

 

〈孫権〉「さっ、夜が明けない内に軍議を済ませるぞ?」

 

〈孝矢〉「おうよ!」

 

 談話はこんぐれぇにして、オレたちは穏たちを集めてた。

 

 

 

 真夜中の軍議の席で、孫権が穏たちに、甘寧との交渉の結果をかいつまんで説明した。

 

〈孫権〉「要は、力のない者には従わん、ということだな」

 

〈穏〉「そうですかぁ、残念です。話し合いだけで解決できれば、それが最善だったのですが~」

 

〈小蓮〉「そうかな? メンドーな手間が省けていいじゃん」

 

〈明命〉「はい! 錦帆賊は孫呉の水軍を侮っているのです! 目に物見せてやりましょう!」

 

〈孫権〉「ええ……でも実際、錦帆賊は百戦錬磨の強者だ。普通に戦っては、まずこちらに勝ち目がない」

 

〈明命〉「は、はい……」

 

 まぁ、一種の賭けだよな、これって。負けたら元も子もねぇんだ。

 

〈孫権〉「穏。もちろん、策は用意できているな?」

 

〈穏〉「はい~。ふふふっ、実は仲謀さまが交渉に行って下さったことで、状況はわたしたちに、かなり有利になってますね~♪」

 

〈孫権〉「どういうことだ?」

 

〈穏〉「敵の本拠地をしっかりと確認して、おまけに決戦のお約束まで取りつけて下さったんですから~」

 

 そして、穏が策をみんなに説明し出した……。

 


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