鎗輔とフーマが異世界の曹操こと、華琳に天の御遣いとして拾われてから、数日後。出城の一室にて。
〈鎗輔〉「うーん……参ったな……」
PALのハードウェアであるスマホを前にしてうなっている鎗輔に、フーマと香風が近寄る。
〈フーマ〉『どしたよ鎗輔。何か問題か?』
〈鎗輔〉「うん……。実は、予備のバッテリーがこれで最後なんだ」
鎗輔が手に持っているのは、スマホのバッテリー一個。
〈フーマ〉『バッテリー? ……ああ、そっか。充電できねぇよなここじゃ』
〈鎗輔〉「そうなんだよ。これも一日二日で切れるだろうし、PALをどうしたものかと……」
〈香風〉「お兄ちゃんたち、何の話をしてるの……?」
鎗輔とフーマの会話の内容がさっぱり理解できない香風が小首を傾げながら尋ねた。
〈鎗輔〉「あー……この小さい板は、PALの動力源、ご飯みたいなものなんだ。PALはこれじゃないと食べられない。だけど、もう蓄えがない。補充も出来ない」
〈香風〉「!? それじゃ、パルは死んじゃうの……!?」
〈鎗輔〉「いや、死ぬのとはちょっと違うけど……まぁ事実上は同じか。どうにかする方法はないものか……」
悩んだ鎗輔は、ふと己の右腕に装着されている、フーマからいただいたタイガスパークに目を落とした。
〈鎗輔〉「……そういえば、このタイガスパークというの、読み取った物に応じて音声が変わるよね。ということは、それを判断するCPUに類するものが搭載されてるんだよね」
〈香風〉「?」
〈フーマ〉『元々俺のじゃねぇからよく知らねぇけど、多分そうだと思うぜ。光の国のアイテムだし、相当優秀なの使ってんだろうな』
〈鎗輔〉「だったら、メモリの容量も……。よし、駄目で元々だ。試してみよう」
言うが早いや、ジャケットの内ポケットからドライバーなどの工具や接続コードなどが出てきて、手早く机に並べる。
〈フーマ〉『うお!? お前、いつもこんなの持ち歩いてるのかよ……』
〈鎗輔〉「PALの修理用にね。上手く行けばいいんだけど……」
つぶやきながら、鎗輔は工具を使ってタイガスパークのカバーを取り外し始めた。
〈フーマ〉『おいおい無茶すんなよ!? 壊れても知らねぇぞ!』
〈鎗輔〉「すごいな……現代科学よりはるかに優れた技術の産物だとひと目で分かる。だけど……ここをこうして……ちょっと無理矢理だけど、接続はこれで良しと……」
未知の機械を相手に手探り状態ながら、どうにかこうにかスパークとスマホを接続。そして、
〈鎗輔〉「これで転送して……と。PAL、どうだい?」
作業を済ましてスパークを元に戻した鎗輔が呼び掛けると――PALが返事をした。
〈PAL〉[システム動作確認……全て良好。タイガスパークへの転送、問題なく完了しました。エラーは確認できません]
ただし、スマホの方は作動していない。スパークの方から声が出ている。
〈鎗輔〉「よし! 大成功!」
〈フーマ〉『マジかよ鎗輔! PALをスパークの中に移し替えやがったのか! 信じらんねぇ!』
〈香風〉「何がすごいのかも分からないけど……お兄ちゃんすごい」
〈鎗輔〉「スパークの優れた設計と拡張性のお陰だよ。タイガスパークだったら、エネルギー切れの心配はないよね」
〈フーマ〉『ああ』
〈鎗輔〉「よし。これで今後もPALを使い続けられるぞ!」
新たにPALのプログラムを移植したタイガスパークを掲げ、鎗輔は誇らしげに宣言した。
その翌朝。
〈一同〉「いただきます」
鎗輔は華琳たち一同とともに、城の食堂で朝食をいただいていた。
〈鎗輔〉「……」
他の者たちがそれぞれのペースで食べ進める中、鎗輔だけはレンゲにすくった粥をじーっと見つめている。
〈フーマ〉『何だ鎗輔、食べねぇのか?』
〈鎗輔〉「いや……そういう訳じゃないんだけど……」
反対の手で自分の腹をなでる鎗輔。
〈鎗輔〉「初めてここに来た時から……何でなんだろ……」
〈フーマ〉『?』
〈春蘭〉「何を粥とにらめっこしている、さっさと食え。それともこんな粥が珍しいか?」
〈鎗輔〉「ああ、はい」
春蘭に呼び掛けられて、鎗輔は我に返って粥を口に入れた。
鎗輔が黙々と食べている中、秋蘭が食堂にやってきて華琳の前に控える。
〈秋蘭〉「華琳さま、遅くなりました」
〈華琳〉「構わないわ。それで?」
〈秋蘭〉「はっ。こちらが、各地の怪物……東雲たちの言うところの怪獣による被害状況を纏めたものです」
秋蘭が差し出した書類を、華琳はパラパラとめくって目を通す。彼女は、これだけで書かれている内容の全てを把握し切れるようである。
華琳はそもそも、昨今出没するようになった怪獣による被害が、日が経つにつれ無視できないほどに増大化していっているため、太守として己が預かる郡の現状をその目で確かめるために土地の調査に出ていたという。その途中で、鎗輔とフーマと遭遇したという訳だ。
〈華琳〉「……結構。これで郡全域の現状の把握が完了したわね。天の御遣いという拾い物も出来たし、食事を終えたらすぐに城に戻るわよ」
〈春蘭秋蘭〉「はっ」
〈華琳〉「鎗輔たちも支度をしておきなさい。城に着いたら早速指示を出すから、用意は怠らないように」
〈鎗輔〉「は、はい」
〈フーマ〉『うーい』
〈PAL〉[鎗輔、忘れ物のないように。この世界では、送り届けには期待できません]
PALの声が生じるタイガスパークに注目する華琳。
〈華琳〉「……つい昨日までは、すまほとかいう薄い板がしゃべっていたけれど、どうして今はその籠手がしゃべっているのかしら?」
〈鎗輔〉「ああ、PALをこれに移し替えたんですよ。PALに重要なのは中身で、入りさえすれば器は何でもいいので」
〈華琳〉「……天の国の人間のすることは、つくづく理解の範疇を超えているわね」
華琳のひと言は、この場の漢の国の人間の総意そのままであった。
それから、一行は列を成して陳留の城下町を目指して出発したのだが――。
〈鎗輔〉「ち、ちょっと待って……もう限界……」
現在は、鎗輔が道端でうずくまっていた。
華琳たちはその様子を、冷めた目で見下ろしている。
〈華琳〉「呆れた……。まだ一刻も経っていないのよ。それでそんなありさま?」
〈フーマ〉『おい鎗輔、情けねぇぞ。他のみんなはケロッとしてるじゃねぇか』
〈鎗輔〉「そ、そうは言っても……こんなに長く乗馬してたことないし……鐙もないし……悪路続きだし……お、おえぇぇ……」
フーマからも呆れられるが、鎗輔は疲労と乗り物酔いで顔が青ざめ切っていた。
馬は跨って揺られているだけでも体力を消費するもの。足を掛ける鐙もこの時代にはまだないので、脚で馬の胴体を挟む必要があるからなおさら。更に、道路は舗装などされていない。この三つの要素で、鎗輔はあっという間にバテてしまった訳であった。
〈春蘭〉「そういえば、初日も町に着く頃には今にも死にそうになっていたな。そのせいで聴取が大分遅れた。それがあってこれ……全く、勘弁してくれ!」
〈秋蘭〉「悪路と言うが、この辺りはまだ整っている方だぞ。天の国の人間は、知識はあっても肉体がこうも貧弱なのか?」
〈PAL〉[鎗輔は極端に運動不足なのです]
〈鎗輔〉「よ、余計なことを……うえっぷ……」
〈華琳〉「はぁ……こうなることくらい予想がついたでしょうに。出城にいる間に、少しは鍛えておきなさいな。先が思いやられるわ……」
〈フーマ〉『そうさせときゃよかったなー……』
〈香風〉「陳留に着いたら、シャンがつき合ってあげるね」
優しい言葉を掛けてくれるのは香風だけであった。
〈華琳〉「でも、今の鎗輔がこんなでは、いつまで経っても陳留にたどり着かないわ。何度足止めされることか」
〈春蘭〉「もう置いていけばいいのではないでしょうか?」
〈秋蘭〉「しかしこいつは捨て置けば、ほぼ間違いなく行き倒れるぞ。天の御遣いが誰に知られることなく野垂れ死になど、笑い話にもならん」
〈華琳〉「困ったものね……」
華琳たちが頭を悩ませるので、フーマがため息交じりに鎗輔に近寄った。
〈フーマ〉『しょうがねぇなぁ……今回だけだからな』
〈鎗輔〉「え……?」
鎗輔が顔を上げた目の前でキーホルダーの状態に変身する。
〈フーマ〉『さぁ、変身しな』
〈鎗輔〉「で、でも」
〈フーマ〉『俺の気が変わらねぇ内にさっさとしな。でなきゃ、ホントに野垂れ死にだぜ』
〈鎗輔〉「あ、ありがとう」
礼を述べて、鎗輔はタイガスパークのレバーを下ろす。
[タイガスパーク、スタンバイ]
〈鎗輔〉「フーマ!」
フーマの名を唱えながら左手でキーホルダーを掴み、右手に持ち替える。その際にキーホルダーから生じた波長が手の平を通り抜けてタイガスパークに伝わり、ランプが青く光った。
〈鎗輔〉「Buddy Go!!」
タイガスパークを嵌めた右手を掲げる鎗輔。それから閃光が発せられ、鎗輔を包み込む。
[ウルトラマンフーマ、変身完了]
「セイヤッ!」
鎗輔の身体がフーマと一体になり、瞬く間に巨大化したフーマが華琳たちの眼前に立ち上がった。
〈春蘭〉「おお……!?」
〈秋蘭〉「変身とはこうして行うものか……」
実際に鎗輔が変身するところを目にした華琳たちは、分かっていても驚きの表情。率いている兵の中には、ありがたやとフーマを拝む者までいる。
〈フーマ〉『これでひとっ飛びだ。ただ、正確な場所が分かんねぇからな。華琳、一緒に来て案内してくれ』
〈華琳〉「え、ええ……」
手の平を地面に下ろして、華琳を乗せようとするフーマ。
〈春蘭〉「お待ちを! 華琳さまお一人だけ行かせるなど言語道断。私が同伴致します。こやつらが、華琳さまに良からぬ真似をするかもしれませんからな……」
〈フーマ〉『全く、疑り深けぇなお前……』
〈華琳〉「全員は連れていけそうにないわね。秋蘭は悪いけれど、私に代わって兵を連れ帰ってきてちょうだい」
〈秋蘭〉「かしこまりました」
〈フーマ〉『他に一緒に来たいって奴はいねぇか?』
聞くと、香風がぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を挙げた。
〈香風〉「シャン……! シャンも乗りたい……!」
〈フーマ〉『オッケー。この三人でいいな?』
確認を取って、フーマが華琳、春蘭、香風の三名と彼女らの馬を右手の平に乗せると、左腕をまっすぐ頭上に伸ばした。
「セイヤッチ!」
そして秋蘭たちが見送る中で、高々と飛び上がって陳留の方角に向かって進み始めた。
〈春蘭〉「お、おおお!? 飛んでる! 華琳さま、私たち今、空を飛んでますよ!」
〈華琳〉「ええ……。こんなに高くから大地を見下ろしたこと、一度だってないわ……」
流石の華琳も、今までの人生に一度もない体験にすっかり呆けている。しかし最も感動しているのは香風だった。
〈香風〉「すごい……シャン、飛んでる……!」
ほどなくして、彼らの視界に四方形の立派な城壁で囲われた、広大な面積の城下町が見えてきた。
〈フーマ〉『あそこか?』
〈華琳〉「ええ……。ここまでの俯瞰で見たことはないけれどね」
〈フーマ〉『よし。このまま乗り込んだら大騒ぎだから、一旦降りるぜ』
フーマは近くの森の側に着地して華琳たちを降ろすと、変身を解除した。
〈春蘭〉「うおっ、元の大きさに戻った! 自在な奴だ……」
〈華琳〉「普通なら数日は掛かる道程を、こうも早くたどり着くなんてね……」
〈フーマ〉『これでもゆっくり飛んだ方だぜ。にしても鎗輔……』
移動が完了してから、フーマが鎗輔を叱り出す。
〈フーマ〉『ウルトラマンはタクシーじゃねぇぞ!? 移動のためだけに変身する奴なんて前代未聞だ! 今回は特別にやってやったが、二度目はねぇからな! せめて、旅に耐えられるぐらいには身体を鍛えやがれ! さもないと承知しねぇからな!』
〈鎗輔〉「ごめんなさい……」
〈春蘭〉「何だ。こんなにも早く移動できるのならば、やってやればいいではないか」
〈フーマ〉『プライド……矜持ってもんがあるだろ。お前だって、誰かから乗り物扱いされたら嫌だろ?』
〈春蘭〉「当たり前だ!」
〈華琳〉「おしゃべりはそれくらいにして、早く城に向かうわよ。あなたたちも、秋蘭たちが到着するまで野宿よりは屋根があるところで寝たいでしょう」
〈春蘭〉「はっ」
一行は馬に乗り換えて、陳留の城下町へと向かっていく。
そして城壁が間近に見えたところで、鎗輔が感嘆の声。
〈鎗輔〉「おお……!」
〈春蘭〉「ふふん。驚いたか」
〈鎗輔〉「はい。古代中国の城の、遺跡じゃない当時の状態を目の当たりにする日が来るなんて思いもしませんでした」
〈春蘭〉「……何だか驚き方が、私の想像と違うな」
城門の前までたどり着いたところで、向こうから門が開いて、華琳に顔立ちが似ている少女が一行を出迎えた。
〈???〉「お帰りなさいませ! お姉様!」
〈鎗輔〉「……華琳さま、あの子は?」
頭に小さい帽子をちょこんと乗せ、何故かうさぎのぬいぐるみを抱えている少女について、そっと華琳に尋ねる鎗輔。
〈華琳〉「我が曹一門の一人、曹洪よ。陳留の金庫番を任せているの。……先に言っておくけれど、あなたはあの子と話している間は静かにしているように。私に聞かれたことだけ答えなさい」
〈鎗輔〉「? 分かりました」
いささか疑問に感じたが、鎗輔は華琳の指示に従う。
〈華琳〉「今戻ったわ、栄華。……けれど、何もここで出迎えなくてもよかったのよ」
〈曹洪〉「見張りから遠くにお姿が見えたと報告がありまして、驚いて飛んできてしまったのですわ。まさかこんなにも早く戻られるとは思いませんでしたから! ……あら、秋蘭さんや兵たちは?」
〈華琳〉「少し事情があってね、私たちだけ先んじたの。後で詳しく説明するわ」
〈曹洪〉「それは構いませんが……ああお姉様、御髪もお衣装も砂だらけで。お風呂とお召し物の支度をさせていますから、整いましたらすぐにお使い下さいまし」
〈華琳〉「ありがとう。だけど、急がせてくれなくてもいいわ。留守中は変わりなくて?」
〈曹洪〉「はい。柳琳もいましたし、華侖さんも……彼女なりに、よくやって下さいましたわ」
華琳と話している曹洪が、鎗輔と香風の方に……主に、香風の方に注目した。
〈曹洪〉「それと、その……お姉様。……新しく迎えた客人がいるとか。そちらの方が……」
〈華琳〉「……ふふっ、そうね。二人とも、近くに」
〈鎗輔〉「はい」
〈香風〉「はーい」
鎗輔と香風が華琳の隣に踏み出すと、
〈曹洪〉「あらあら、まあまあ……!」
〈香風〉「……?」
〈曹洪〉「ふふっ。とっても可愛らしいですわね……。お姉様、この子は?」
〈華琳〉「遣いに持たせた連絡の通りよ。私の元でしばらく働いてくれることになったわ」
〈曹洪〉「そうですの!」
曹洪は妙に嬉しそうに笑みながら、身を屈めて香風の顔を覗き込む。
〈曹洪〉「わたくしは曹洪と申しますわ。あなたのお名前は?」
〈香風〉「徐晃。……でも、シャンのことは香風でいい」
〈曹洪〉「香風さんですわね。なら、わたくしのことも真名の栄華でお呼びになって?」
〈香風〉「……分かった」
〈曹洪〉「それと香風さん。客人用のお風呂の支度もしてありますから、良ければお湯をお使いになって下さいまし」
〈香風〉「わーい」
〈曹洪〉「それから……良ければ、お召し物も用意させていただきますわ。それにぼさぼさの御髪もちゃんと整えないと、可愛いお顔が台無しですわよ。お姉様、よろしくて?」
〈華琳〉「ふふっ。好きになさい」
〈香風〉「……うん?」
〈曹洪〉「後は、そうですわね……。身だしなみがなっていないのは、それでいいとして……口調に気品が感じられないのは、おいおい躾ければ良さそうですわね……。都の役人を務めていたというから、最低限の学問は修めているのでしょうし……後は、家での振る舞いとお作法を仕込んで、わたくしへの奉仕の仕方も……ふふ……ふふふ……」
〈香風〉「……ひっ。お、お兄ちゃん……」
言動がエスカレートしていく曹洪に恐れを抱いた香風が鎗輔に抱き着いた。その背中をポンポン叩く鎗輔。
〈鎗輔〉「大丈夫。怖くないからね……多分」
〈華琳〉「栄華」
〈曹洪〉「あ……。ふふっ、申し訳ありません。つい癖で……」
ここまでで、鎗輔は曹洪がどういう人物なのか、おおまかに察した。
〈曹洪〉「ご安心なさって。お姉様のお手つきの子に手を出すような真似は、誓って致しませんわ」
〈香風〉「……お手つき?」
〈鎗輔〉「そこは気にしちゃいけないところだと思う」
〈華琳〉「栄華、もう一人も紹介するわ。……鎗輔、名乗りを」
〈鎗輔〉「はい。ぼくは東雲鎗輔です。色々あって……」
〈曹洪〉「それで結構ですわ。お姉様の連絡には目を通しましたから、もう十分」
〈鎗輔〉「早ッ!?」
〈フーマ〉『何つぅ温度差だ……』
これにはフーマも呆れるばかり。
〈華琳〉「栄華。鎗輔はこれでも予言の天の御遣いよ。必要以上にはしなくていいけれど、相応の扱いはするように」
〈曹洪〉「それは……どうしてもですの? お姉様」
〈華琳〉「どうしてもよ」
〈曹洪〉「はぁ……承知致しました」
曹洪は何とも嫌そうに鎗輔に向き直る。
〈曹洪〉「では、厩の隅に藁を積んでありますから、好きにお使いなさい。使った藁は間違って馬が食べてしまわないように、ちゃんと片づけて下さいまし。よろしくて?」
〈鎗輔〉「いや、藁って……」
〈フーマ〉『人間扱いしろよ……』
〈華琳〉「……栄華」
流石に咎める華琳。
〈曹洪〉「ですがお姉様……! 香風さんのような可愛らしい子ならいざ知らず、こんな藁が人間になったかのようなのは厩に置く経費ももったいないのですけれど!」
〈華琳〉「私は、同じことを二度言わせる子は嫌いよ」
〈曹洪〉「ぐっ……分かりましたわ。お部屋を用意させます」
曹洪もようやく観念したようだ。
〈鎗輔〉「ありがとうございます。お世話になる分はちゃんと働きますから」
〈フーマ〉『この流れで礼言えるのすげーな』
〈曹洪〉「当たり前ですわ。あなたがここで暮らす中で、どれだけのお金が無駄に掛かっているか……ちゃんと理解して過ごして下さいまし。それと、今後はわたくしの視界の中に入らないで下さる?」
〈鎗輔〉「え、ええ……?」
〈曹洪〉「今はお姉様の指示で、我慢して話していますけれど……わたくし、本当は愛らしい女の子しか視界に入れたくありませんの。よろしくて?」
〈鎗輔〉「は、はぁ……」
〈フーマ〉『無茶苦茶だな……』
曹洪の剣幕に押されてタジタジの鎗輔であった。
〈曹洪〉「ならわたくしは先に城に戻っていますわ。春蘭さん! お話しがありますので、一緒に来て下さいまし。……あと香風さんも、お風呂にご案内致しますわ」
〈春蘭〉「おう。……では華琳さま、お先に」
春蘭は華琳に一礼して馬を曹洪へ向かわせるが、香風は鎗輔の裾を掴んだまま離れない。
〈香風〉「うぅ……お兄ちゃん、一緒に来て」
〈鎗輔〉「気持ちは分かるけれど……ぼくが一緒に行ったら、また曹洪さんが怒るだろうから……。一人でも大丈夫ですよね? 華琳さま」
〈華琳〉「栄華は自分の言ったことには責任を持つ子よ。手を出さないと誓った以上は、大丈夫でしょう」
〈鎗輔〉「ね? お風呂、ゆっくり使わせてもらいなよ」
〈香風〉「……分かった」
背中を押された香風が手を放し、ぱたぱたと春蘭たちの方へ走っていった。
〈鎗輔〉「……あれが曹洪か。また強烈な……」
〈フーマ〉『俺、結局名乗ってねぇんだけど』
〈華琳〉「ごめんなさいね、栄華は男相手だといつもあんな感じで……。でも、本質は優しくて賢い子よ」
〈フーマ〉『優しいねぇ……あれが』
〈華琳〉「けれど、フーマ、あなたのことは出会う人にいちいち説明していたら大変になるから、後で皆の前で纏めて話すわ。名乗りはその時まで取っておいて」
〈フーマ〉『しょうがねぇなぁ』
〈華琳〉「さっ、私たちも行きましょう。いつまでもこんなところにいても仕方がないわ」
促されて、鎗輔も華琳とともに城門をくぐり、陳留の都に足を踏み入れていった。