奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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Prospects for the Dynast

 

 東雲鎗輔は紀元二世紀代の中国、いわゆる三国志の時代に酷似した世界に迷い込み、曹操の名を冠する少女、華琳の庇護の下に生活をすることとなった。そして華琳が太守を務める陳留での生活の、第一日目の早朝のことである。

 

〈鎗輔〉「今日から何もかもが未体験の生活の始まりだ。まずは、これからの活動方針を決定することから始めよう」

 

 あてがわれた城の一室にて、鎗輔がフーマとPALを相手に相談を開始した。するとフーマが一番に意見する。

 

〈フーマ〉『そんなん決まってんだろ。まずはお前の身体を鍛えるのが先決だ。散々言っただろ?』

 

〈鎗輔〉「うぐッ……そ、それは個人的な事情だ。ぼくは、ここで働くことになった身。それで一日を終わらせるんじゃなくて、みんなの役に立つことをしないと。戦いはフーマの役目、ぼくの役目は別に見つけなきゃ」

 

 言葉を詰まらせながらも、鎗輔は反論。次に意見したのはPAL。

 

〈PAL〉[ですが鎗輔、私たちはこの世界のことをまだ十全に把握していません。そんな状態で何かしようとしても、反対に皆に迷惑が掛かる結果になってしまうのではないでしょうか]

 

〈鎗輔〉「うん。だから、何をしたらいいのかを指示をもらいに行こうと思う。けど、その前に……」

 

 答えた鎗輔が、フーマに振り向いた。

 

〈鎗輔〉「フーマ。そのままの状態の君を連れ回してたら、事情をよく知らない人たちから驚かれるよ。いちいち説明するのも時間の無駄だ」

 

〈フーマ〉『まぁ、そうだろうな』

 

〈鎗輔〉「だから……変身する時にキーホルダーみたいな姿になってたでしょ? 普段はその状態になって、ぼくが持ち歩くようにこれからしよう。いいかな?」

 

〈フーマ〉『構わないぜ。元々の地球で活動してた時からそうしてたからな』

 

 鎗輔の提案により、フーマはキーホルダーの状態に変身。それに紐を通して、鎗輔は己の首から提げた。

 

〈鎗輔〉「これでよし。ところで、地球で活動してたって?」

 

〈フーマ〉『仲間と一緒にな。その辺は長くなるから、また時間がある時にでも教えてやるよ』

 

 用意を整えた鎗輔は、フーマとPALを携えて、部屋の外へと新生活の第一歩を踏み出していった。

 

 

 

 そして移動した先は、華琳の執務室。

 

〈鎗輔〉「……という訳でして、何かぼくに役立てそうなことはないでしょうか」

 

〈華琳〉「自分から仕事を求めに来たのね。勤労意欲が高いのは感心だけど……」

 

 尋ねた鎗輔に、華琳は皮肉げな笑みを浮かべつつ問い返す。

 

〈華琳〉「少し馬に乗っただけで疲労困憊になるような男を労働の場に出しても、邪魔になるとしか思えないのだけど?」

 

〈鎗輔〉「うッ……た、確かに肉体労働は不得手ですけど、知識には自信がありますよ」

 

〈華琳〉「知識?」

 

〈鎗輔〉「ぼくはこの時代から、ぼくの時代までの約1800年分の様々な分野の知識を学習してます。その中には、きっとこの時代でも役立つものもあるはずです。それなら結構な貢献になるでしょう?」

 

 そう申し出る鎗輔だが、

 

〈華琳〉「それこそ不要よ」

 

〈鎗輔〉「えッ、どうしてですか?」

 

〈華琳〉「あなたの言う未来の知識がこの時代にないのは、まだ誰も必要としていないからよ。本当に必要な事柄なら、それを心から欲する者が自ずと見出すはず。何よりあなたのそれは、その知識を開発するために心血を注いだ先達を愚弄する行いだわ」

 

 理由を説明する華琳。しかし、

 

〈鎗輔〉「そうでしょうか」

 

〈華琳〉「あら、反論があるの?」

 

〈鎗輔〉「実例を挙げますが、未来の世界には缶詰という、木箱なんかとは密封の度合いが全く違う容器があります。ですがあまりに強固に密閉されてるので、開けるのが難しいという欠点がありました。それを解消する缶切りという道具が発明されたのは、缶詰が作られてから48年も後のこと。それまでの間、缶詰を楽に開ける方法が必要とされてたはずなのに、それが見出されてはいませんでした」

 

 話を聞いた華琳が眉を少し上げた。

 

〈華琳〉「つまり……必ずしもどんなものも、必要とされているからと作り出される訳ではないと言いたい訳ね」

 

〈鎗輔〉「おっしゃる通りです。それに、どんな人間も『己の過去から』学んだ知識、経験を元に自身の生きる道を切り開きます。本当に何もないところから一を創造できる人間なんていない。たとえ時系列が逆さになろうとも、人の役に立つのなら積極的に用いるべきだとぼくは思います」

 

 鎗輔に意見に華琳は感心を示す。

 

〈華琳〉「……意外と考えているみたいね。――だけど、それでも不要よ」

 

〈鎗輔〉「な、何でですか」

 

〈華琳〉「よく考えなさいな。例えば、今あなたが例に出した缶詰なる容器を、この時代の技術で作れるとあなたは考えるの?」

 

 指摘されて、問題点に気がつく鎗輔。

 

〈鎗輔〉「……無理ですね」

 

〈華琳〉「あなたの言う未来の知識は、未来の社会基盤や常識が根底にあって初めて実用に耐えるもののはずよ。今の陳留には、余裕も乏しい。どんな知識を披露したところで、机上の空論で終わるでしょうね。そんなものを並べられても、時間を浪費するだけだわ」

 

〈鎗輔〉「はい……」

 

〈華琳〉「幸い、あなたも知恵は回るみたいだから、未来の知識を役立てたいというのなら、この世界のことをもっと学びなさい。そしたら知識の活用方法を己で見出せるようになるはずよ。それまでは、この世界に慣れるついでに雑用でもこなすことね」

 

 これにより、鎗輔の未来の知識の活用という案は没という結果で終わった。

 

 

 

 執務室を出て、別の仕事を探しに城をうろつき出した鎗輔にフーマが呼び掛ける。

 

〈フーマ〉『見事に言い負かされたな、鎗輔』

 

〈鎗輔〉「うーん……やっぱり、漫画みたいに上手くはいかないか」

 

〈PAL〉[何事も、下積みが必要ということでしょう]

 

〈鎗輔〉「だね。一足飛びで成功を収めるというのは無理な話か……」

 

 などと話し合いながら城の渡り廊下を歩いていると、

 

〈秋蘭〉「どうした。こんなところで何をしている」

 

〈鎗輔〉「あッ、秋蘭さん」

 

 両腕で大量の竹簡を抱えた秋蘭と出くわした。

 

〈鎗輔〉「すごい量ですね……。それ全部、事務仕事の分ですか?」

 

〈秋蘭〉「無論だ。姉者が怠けるものだから、書類が溜まってしまってな……」

 

〈鎗輔〉「大変ですね……。あッ、それなら、何か手伝いましょうか。ちょうど仕事を探してたところで」

 

 申し出ると、秋蘭は少し考えてから竹簡の山の一番上を顎で指した。

 

〈秋蘭〉「なら、一つお前の意見をもらおうか。これを読んでどう思う?」

 

〈鎗輔〉「考える仕事ですか。任せて下さい。それなら得意分野で……」

 

 意気揚々と竹簡を手に取って、開いた鎗輔だが、

 

〈鎗輔〉「……」

 

〈秋蘭〉「何でも良い。ひと通り読んで、思った通りのことを言ってみろ」

 

 促す秋蘭であったが……鎗輔はPALにこう尋ねかけた。

 

〈鎗輔〉「PAL……これ読める?」

 

〈PAL〉[漢文の翻訳アプリはインストールしていないことは、ご存じのはずです]

 

〈鎗輔〉「……フーマ」

 

〈フーマ〉『無理言うなよ』

 

 自信満々に言ってからのこれなので、秋蘭に思い切り呆れられた。

 

〈秋蘭〉「……仕事を探す前に、読み書きを教えてもらえる師を探すことを勧めるぞ」

 

〈鎗輔〉「そうします……」

 

 

 

 秋蘭と別れてから、鎗輔は肩を落としながらまた歩き始めた。

 

〈鎗輔〉「盲点だった……。現代の中国語なら読めるんだけどなぁ」

 

〈フーマ〉『この時代の言葉は読めねぇのか』

 

〈鎗輔〉「そりゃそうだよ。日本語が分かるからって、古文をいきなり読めるかってのと同じ話で。でも、当たり前のことって案外気づかないものなんだな……」

 

〈PAL〉[それで、誰に文字を教えてもらうつもりですか?]

 

〈鎗輔〉「それなんだけど、難しいな。このお城に、暇してる人なんていないし……」

 

 悩みながらとりあえずあてもなく歩いていると……。

 

〈鎗輔〉「ん?」

 

 

 

〈秋蘭〉「それでは、本日の朝議はここまで」

 

〈春蘭〉「解散っ!」

 

 その日の朝議が終わると、玉座から華琳が秋蘭に呼びかけた。

 

〈華琳〉「秋蘭」

 

〈秋蘭〉「はっ」

 

〈華琳〉「東雲鎗輔が仕事を探しているという話、聞いているかしら?」

 

〈秋蘭〉「はい、聞いております。本人からも何か仕事がないかと相談されましたので」

 

〈華琳〉「そう。で、何かあてがってやったの?」

 

〈秋蘭〉「いえ。ただ、自分で仕事は見つけたようなのですが……」

 

 何故か言い淀む秋蘭。

 

〈華琳〉「……どうしたの? 聞いているなら、教えなさい」

 

〈秋蘭〉「それが……」

 

 

 

〈鎗輔〉「えーっと、これはあっちで……」

 

〈文官〉「おーい、こっちも持ってきてくれ!」

 

〈鎗輔〉「あ、はい!」

 

 その頃、城の書庫では、鎗輔が文官たちに混ざって本棚の整理を手伝っていた。

 

〈文官〉「次はこれをそっちの棚に!」

 

〈鎗輔〉「はい! ……でも、これは歴史書みたいだから、そちらの棚の方が良くありませんか?」

 

〈文官〉「そうか? しかし、勝手に並べ替えたら他の者が困るから……えッ!?」

 

 意見された文官が驚いて鎗輔に振り返った。

 

〈文官〉「何でこれが歴史書だと分かったんだ!? 文字が読めなくて困ってるんだろう?」

 

〈鎗輔〉「最初に、どの棚にどの分類の本を収めるか、ざっと教えてくれたじゃないですか。この本の表紙には、そこの棚の本に共通して使われてる文字が書かれてるから、そうじゃないかなと」

 

〈文官〉「ま、まぁ筋は通ってるが……この忙しさの中で、そんな細かいところを見て記憶したのか!? しかも本の分類は、初めに一度、軽く教えたきりなのに……まさか全部覚えてるのか!?」

 

〈鎗輔〉「はい。あっちが兵法書で、あそこは儒学、あの辺りは陳留の記録ですよね」

 

 全て正解なので、文官はますます驚愕。

 

〈文官〉「な、何という観察力に記憶力……。君は読み書きを覚えれば、郷挙里選にも受かるかもしれないな!」

 

〈鎗輔〉「いやぁ、それほどでも」

 

〈文官〉「おっと、手を止めてはいられないな。これが片づけば、約束通り文字を教えてあげよう。君なら瞬く間に習熟できるだろう。私も楽しみだ」

 

〈鎗輔〉「はい、ありがとうございます!」

 

 能力を褒められたりしながら、作業を進めていたら……。

 

〈華琳〉「鎗輔――――――――――――――――――っ!!」

 

〈鎗輔〉「わぁッ!?」

 

 華琳がものすごい大声を発しながら、書庫に飛び込んできた。

 

〈華琳〉「東雲鎗輔はいるわね!?」

 

〈文官〉「そ、曹操様!」

 

〈文官〉「いかがなさいましたか!?」

 

 突然のことに文官たちが動揺している中、華琳は大きく足音を鳴らしながら鎗輔のところまでやってくる。

 

〈鎗輔〉「華琳さま? 何でここに……」

 

〈華琳〉「何をしているの? あなたは」

 

 聞くより早く、鎗輔の方がひどい剣幕で問われた。

 

〈鎗輔〉「え、えっと、この人たちが人手不足で困ってたので、手伝いを……」

 

 何故そんな顔をされるのか分からず、戸惑いながらも返答すると、華琳の眉はどんどん吊り上がり……。

 

〈鎗輔〉「いててッ!? な、何するんですかッ……」

 

〈華琳〉「いいから来なさい!」

 

 鎗輔の耳たぶをつまんで引っ張りながら、唖然としている文官たちにも構わずに鎗輔を連行していった。

 

 

 

 連れていかれた先は、陳留の街を一望できる城壁の上。

 

〈鎗輔〉「あの……何で怒ってるんでしょうか……?」

 

 赤く腫れた耳をなでながら、恐る恐る尋ねる鎗輔に、華琳はくいと顎で街の景色を指し示した。

 

〈華琳〉「見なさい。街よ」

 

〈鎗輔〉「はぁ……それが何か……」

 

〈華琳〉「……ここから、突き落としてもいい?」

 

〈鎗輔〉「ご、ご勘弁を……」

 

〈華琳〉「なら、もう一度よく見なさい。その節穴を皿のようにして」

 

 きつく言いつけられて、街をぐるりと観察する鎗輔。

 決して小さくはない街の各所では、老若男女様々な人間が、それぞれの生活を営んでいる姿が視認できる。

 

〈鎗輔〉「……大勢の人が生きてます」

 

〈華琳〉「それを狙って、戦が起きる」

 

〈鎗輔〉「え?」

 

 目を丸くして振り向いた鎗輔に、華琳はため息を吐いた。

 

〈華琳〉「少し考えれば分かる話でしょう? 豊かな街があって、そこを制するだけの力があるなら……力ずくで食料なり金なりを奪い取れば、そいつは一生楽しく暮らせるでしょうよ」

 

〈鎗輔〉「いや、そんな無茶苦茶な……」

 

〈PAL〉[論理が飛躍しています]

 

 納得しない鎗輔を、フーマが諭した。

 

〈フーマ〉『鎗輔。現代日本で生きてたお前には実感がないのは無理ないだろうけどな……法が機能してねぇ世界じゃ、そんな無茶苦茶な理屈の方が当然なんだよ。俺はそんな世界を、いくつも見てきた』

 

〈鎗輔〉「そ、そんな……」

 

〈PAL〉[しかし、他者より略奪して生活するなどという短絡的な蛮行など、長くは続かないことは少し考えれば分かることのはずです。不合理です]

 

〈フーマ〉『PAL。みんながみんな、合理的に生きるほど賢くはねぇんだ』

 

〈華琳〉「……鎗輔、あなたはよっぽど平和惚けした世界に住んでいたようね。この国……いや、この世界は、フーマの言う理屈で成り立っているのよ」

 

〈鎗輔〉「……そうか。そうだよね……紀元二世紀なんだ」

 

 鎗輔は改めて、この世界での常識の欠如を実感した。

 

〈華琳〉「けど、この街で戦は起こらない。何故か分かる?」

 

〈鎗輔〉「……華琳さまが、この街を守ってるから、ですか? 曹孟徳の国だから……」

 

〈華琳〉「少しは頭の中のお花畑が整地されたみたいね。……民とは弱いものよ。国は本来、そこで暮らす弱い庶民の盾となり、矛となるべきもの。その代わりに、労働力や資金を提供してもらって存在しているの。分かる?」

 

〈鎗輔〉「はい。労働と納税の義務を代償に、安全と生活の権利を保障してるんですね」

 

〈華琳〉「伊達に知識を自慢した訳ではないわね。そうよ。私の服も、食事も、この城さえも、彼らの血と命で成り立っているの。鎗輔……あなたの、今の生活もね」

 

 最後のひと言に、鎗輔はゴクリと生唾を呑んだ。自分が誰に支えられて生きているかを、これほど痛感したのは初めてだ。

 

〈PAL〉[ですが、鎗輔は自ら労働の意志を示し、実際に勤労していました。何が問題点なのかが見えません]

 

〈華琳〉「では聞き返すけれど、鎗輔、あなたはどうして書庫の整理なんか手伝おうと思ったの? 秋蘭に聞いた話では、この国の文字が読めないというのに」

 

〈鎗輔〉「それは……人手が足りないと聞いたのもありますけど、整理が終わったら、あの人たちから文字を教えてもらう約束を取りつけてたんです。字が読めるようになれば、秋蘭さんに頼まれて出来なかったことも出来るようになりますから」

 

〈華琳〉「なるほど。その労働への意欲に免じて、何が問題だったかの答えを教えてあげるわ」

 

〈鎗輔〉「は、はい」

 

〈華琳〉「私が怒った理由はね、書庫の整理は、街から人を集めて手伝わせようと思っていたから」

 

 これを聞いて、鎗輔がハッとなった。

 

〈鎗輔〉「その人たちの仕事を、ぼくが奪ったことになるんですね……」

 

 だが、それは回答として不十分だったようだ。

 

〈華琳〉「……つい先日、他国の役人をしていた一団が、この国に入ってきたという報告があったのよ。彼らを集めて働かせてみて……使える者がいれば、そのまま文官として召し抱えようと思っていたの」

 

〈鎗輔〉「えッ、それじゃあ……」

 

〈華琳〉「そうよ。あなたは、その者たちの仕事を奪っただけでなく……この国に優秀な文官の団体が入ってくる可能性を一つ、潰したことになるわね」

 

 自分が意図せずともやってしまったことの意味を悟り、鎗輔の顔が青くなった。

 

〈鎗輔〉「そ、そうだったのか……そんな事情があったなんて……」

 

〈フーマ〉『でもよ、だったらそう言ってくれりゃいいのに』

 

〈華琳〉「この城全体の予定を、いちいち説明する訳ないでしょう……。覚えておきなさい。物事はもつれた糸のようなもの。一つ手繰れば、必ず他の糸を引き寄せ、それが更に他の糸を引き寄せるわ。それを見据えて一手を打てる力量が、上に立つ者には求められるの」

 

〈鎗輔〉「は、はい……」

 

〈華琳〉「あなたはまだ、右も左も分からない新参。進んで仕事を探すのはいいけれど、実際に行う前に、責任を持つ私の許可を得るようにすること。いいわね?」

 

〈鎗輔〉「すみませんでした……」

 

 すっかり意気消沈した鎗輔に、華琳は苦笑。

 

〈華琳〉「まぁ、安心なさい。文官の件は、秋蘭が既に別の手段を講じてくれているから。このことを見越した上で、あなたの意志を尊重して何も言わなかったのね」

 

〈鎗輔〉「よ、良かった……秋蘭さんにお礼言わなくちゃ」

 

〈華琳〉「本当に人に貢献したいなら、秋蘭のように糸を手繰った先のことを見据えられる視点を持つことね」

 

〈鎗輔〉「分かりました……」

 

 己の考えの甘さを痛感した鎗輔に、華琳は城下の街を視線で示した。

 

〈華琳〉「見なさい、鎗輔。あそこに住むのは、この国の民。私たちが守り、育て慈しむべき、大切な宝よ」

 

〈鎗輔〉「はい……」

 

〈華琳〉「その宝を守るためには、どうすればいいかしら? 飢饉にあえがず、盗賊に奪われず、他国の侵略に怯えずに過ごさせないためには」

 

〈鎗輔〉「……力が必要です。飢饉にも、盗賊にも、侵略にも負けない力を、国に与えること」

 

〈華琳〉「そうよ。掛かる火の粉は払うだけでは駄目。火種から消せるほどの力を持たないと意味がないわ。そうしなければ……いつまで経ってもこちらには火の粉が掛かってくるばかり」

 

〈鎗輔〉「戦いを終わらせるためにも、力が必要なんですか?」

 

〈華琳〉「ええ。戦う相手がいなくなれば……他国の侵略に怯えることもなくなるわ。飢饉だって防ぐ手立ても見つかるし……あなたの知識を活かせるような環境にも出来る」

 

 鎗輔はうなずきつつも、華琳に聞き返す。

 

〈鎗輔〉「でも……もっと平和的に、話し合っての解決は出来ないでしょうか? 効率面でも、皆が協力する方がずっと理想的です」

 

〈華琳〉「なら聞くけれど、あなたの国は、みんな仲良く……そんな綺麗事で、平和を保っているの?」

 

〈鎗輔〉「……いいえ」

 

 いやに重い響きのひと言に、華琳は若干訝しんだものの、論点がずれるので言及はしなかった。

 

〈華琳〉「なら、そんなものはただの理想ね。理想は現実の上にしか築けない。外れるものは崩れ落ちていくだけよ」

 

〈鎗輔〉「……」

 

〈華琳〉「この大陸はね、鎗輔。あなたの国とは違うの。人に話を聞いてほしければ、声を張り上げて、相手の耳を引っ張って、力ずくで引きずり倒して言い聞かせないと……伝わらないのよ。そのために、強い指導者の下、どこまでも声を轟かせられる強い国を作るの。そのためには……どうしたらいいかしら?」

 

〈鎗輔〉「現実的なもの……武器や食料……それらをそろえる、お金がないと駄目です。そのお金を集めるために、農業、工業を発展させる。それには技術や、土地がいる。それを開拓するのは……人。人を集めるために、平和で豊かな国を作る。そのために……全てが巡って、つながってます。どれも欠かしてはいけない……」

 

 国を作るということの、基本。社会は循環している。分かっていると思っていたが、その実理解していなかった事柄を、今ここで理解した。

 

〈華琳〉「血税は民衆の祈りよ。豊かで大きく、平和な国を作るための。今や、あなたの存在はこの国……いいえ、この世界全てにとって重要な力。“護る”ということの意味を、その身に刻みつけなさい」

 

〈鎗輔〉「ええ……」

 

〈華琳〉「書庫の整理を手伝うとか、文官の仕事を横取りする程度で満足しているようなら……この城から放り出しますからね」

 

〈鎗輔〉「はは……手厳しいですね」

 

〈フーマ〉『ま、そうだな。俺のバディになったからには、でっけぇ器の人間になってもらわなくちゃな! 張り合いがねぇぜ!』

 

〈鎗輔〉「うん、頑張るよ」

 

 話が纏まったところで、華琳が皮肉げに鎗輔に笑いかけた。

 

〈華琳〉「とは言え、一度やると決めたからには最後までそれを貫くのも、人として当然の理。書庫の整理は、しっかり最後まで完遂すること。読み書きもきっちり教えてもらいなさい。いいわね?」

 

〈鎗輔〉「はい! 行ってきます!」

 

 書庫へと駆け出す鎗輔を最後まで見届けず、背を向けてここから離れていく華琳。背中越しに、微笑とともにひと言言い残した。

 

〈華琳〉「ふふっ、期待しているわよ……東雲鎗輔」

 

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