秋蘭から与えられた書類仕事を済ませた鎗輔が、ふとつぶやいた。
〈鎗輔〉「そういえば……香風ちゃんはどうしてるかな」
〈フーマ〉『ん? どうしたんだ、鎗輔』
〈鎗輔〉「ちょっと、香風ちゃんがここでちゃんとやれてるのかって、気になったんだ。ほら、あの子、ボーッとしてるでしょ?」
〈フーマ〉『あー、確かに。そういや、ここに来てからろくに会ってねぇな』
〈鎗輔〉「別に何か出来る訳でもないけど……野盗から助けてもらった身だ。ここら辺で、様子くらいは確かめておこうと思うんだ」
〈フーマ〉『いいと思うぜ、仲間のこと気に掛けるのはな。んじゃ、思い立ったが何とやらだ。早速行ってみようぜ!』
〈鎗輔〉「うん。香風ちゃんは柳琳ちゃんの預かりだったな……」
そういうことで、鎗輔たちは手始めに柳琳の執務室へと向かっていった。
〈柳琳〉「あら、鎗輔さん。ご機嫌よう。今日はどうされましたか?」
部屋に入ると、早速柳琳が笑顔で出迎える。
〈鎗輔〉「柳琳ちゃん。ちょっと、香風ちゃんの様子を見に来たんだけど、今はいいかな?」
〈柳琳〉「香風? それは……間が悪かったですね。今日はもう上がってもらったところで」
〈鎗輔〉「もう上がり? 随分早いね」
やや面食らう鎗輔。空には、まだ天道が高いところにある。
〈柳琳〉「はい、無駄な仕事をわざわざ用意してつき合っていただく訳にはいきませんし」
〈鎗輔〉「無駄な仕事って?」
〈柳琳〉「実は、お姉様から香風向けのお仕事を用意するように仰せつかったんです。それでいくつか見繕ったのですけど……てっきり二、三日掛かると思っていたのですが、あっという間に片づけてしまって」
〈鎗輔〉「それはすごい!」
〈柳琳〉「ええ。都の役人をされていただけのことはありますね。お教えすることは何もありませんでした。あのような方がどこにも仕官されず、在野にいらっしゃるなんて、普通では考えられません」
柳琳の語る内容に、鎗輔は腕を組んで感心。
〈鎗輔〉「そんなに能力高かったんだ、香風ちゃんって」
正直、第一印象からは想像がつかなかった、と内心独白する。
〈柳琳〉「如何に内部で腐敗が進行していたとしても、都の役人は簡単になれるものではありません。しかも、それだけ状況が悪化していた中でも悪い噂を聞くことはなかったですし。その精神力や仕事への真摯な姿勢は、誰しもが持ち得るものではありませんね」
〈鎗輔〉「すごいね、あの小さな身体で……」
〈フーマ〉『けど、仕事の早さなら鎗輔、お前も結構なもんだろ。お前だって今日の分の仕事、もう終わっただろ?』
フーマのひと言に、柳琳が目を剥いた。
〈柳琳〉「えっ、秋蘭さまが預けられたものですよね? それを、もうですか!?」
〈鎗輔〉「そんな大したことじゃないよ。秋蘭さん、とても簡単なものを選んでくれたそうだし。香風ちゃんと比べれば、全然」
〈柳琳〉「で、ですが……鎗輔さん、確かつい先日まで、この国の文字を知らなかったはずでは……?」
〈鎗輔〉「ああ、大体覚えたから大丈夫。心配してくれてありがとう」
〈柳琳〉「お、覚えた……? もう……!?」
にっこり微笑む鎗輔に、柳琳は目を白黒させた後に、感激の色を見せた。
〈柳琳〉「すごいです! この短期間で読み書きを習得なさるだけでなく、お仕事もこなせるほどになるなんて! それほどの才をお持ちの方、お姉様以外には知りません!」
〈鎗輔〉「そんな、大袈裟だな」
褒められて、鎗輔は少し恥ずかしそうにした。
〈フーマ〉『話戻すけどよ、香風はもうここにいないってことだな?』
フーマのひと言で、話題が香風に立ち返る。
〈鎗輔〉「ああ、どうしてるかなと思ってたけど、いらない心配だったみたいだね」
〈柳琳〉「いいえ。きっと、慣れない環境に来て戸惑っていることもあると思います。私やお姉様に言えないこともあるでしょうし……もしよろしければ、鎗輔さんがお話しを聞いてあげて下さい。鎗輔さんにとっても、きっといい収穫があると思いますよ」
〈鎗輔〉「分かった。ありがとう、柳琳ちゃん」
〈柳琳〉「いえ……」
お礼を告げられ、柳琳はほんのり頬に朱を差した。
鎗輔は香風が今どこにいるのかと、城内をグルッと回って捜し始める。
〈鎗輔〉「華琳さまや柳琳ちゃんに言えないこと、か……。それをぼくに話してくれるかな」
〈フーマ〉『どうだろうな。あの子、お前には結構懐いてる感じではあったけどな』
そう話しながら中庭を歩いていると、
「ぽけ~……」
〈鎗輔〉「ん?」
〈フーマ〉『今、変な声したよな?』
〈PAL〉[左方向からです]
PALが示した方向へ足の向きを変えると……庭の中央で、香風が大の字になって横たわっているのを見つけた。
〈鎗輔〉「し、香風ちゃん? ……何やってるの?」
ポカンとする鎗輔。フーマはこっそりつぶやく。
〈フーマ〉『……これが仕事の出来る元役人の姿か……人間って分かんねぇもんだな……』
〈香風〉「……あ、お兄ちゃん。おはよう」
鎗輔に気がついた香風が身体を起こす。
〈鎗輔〉「お、おはよう……。お昼寝してたの?」
〈香風〉「うん。ちょっと頭、使ったから。……シャンに何か、用?」
〈鎗輔〉「ああいや、用という用がある訳じゃないけど……今、どうしてるんだろうって思って見に来たんだ」
〈香風〉「シャンは……いつも通り。お仕事して、お昼寝してる」
〈鎗輔〉「邪魔しちゃったかな」
〈香風〉「シャンは好きなことしてるだけ。お兄ちゃんも好きなようにすればいい」
〈鎗輔〉「うん、ありがとう。横、いいかな?」
〈香風〉「うん」
許可をもらい、香風の横に腰かけた鎗輔が、吐息を漏らすようにつぶやいた。
〈鎗輔〉「こんな風にのんびりとするの、いつ以来かな」
〈香風〉「忙しかった……?」
〈鎗輔〉「まぁ……。そもそも、あんまりじっとしていられない性質だから」
〈フーマ〉『の割には、身体ヒョロヒョロだよな』
〈鎗輔〉「そこ、余計なこと言わなくていいから!」
茶々を入れるフーマを叱りつける鎗輔。
〈香風〉「シャンも、前はこんなにのんびりできなかった」
〈鎗輔〉「都にいた頃? 都は大変らしいね……」
まだ直接見た訳ではないが、悪い噂は既にいくらでも聞いている。
〈香風〉「大変……って言うか、ダメダメ。でもここはみんながすごい。華琳さまはもちろん、春蘭さまも秋蘭さまも。栄華さまや華侖さま、るーさまだって。みんな、能力がある。志もある。それは、すっごく重要」
〈鎗輔〉「志……そうだよね……」
一瞬、鎗輔は真顔になった。
〈香風〉「それで、そういう人たちを引き寄せる力があるのが、華琳さまの一番すごいところだと思う」
〈鎗輔〉「人を引き寄せる力か……」
〈フーマ〉『何だか分かるな。俺も、気づけば人を味方にしてるような、不思議な魅力を持ってる奴には何人か心当たりがある』
苦笑交じりに語るフーマ。
〈フーマ〉『俺と鎗輔がこうしてバディを組んだのも、華琳の力かもな』
〈香風〉「それは分かんないけど……でも、来たのがお兄ちゃんたちで良かったと思うよ」
〈鎗輔〉「どうしてだい?」
〈香風〉「何か……一緒にいると、ほわほわするし」
〈鎗輔〉「ほ、ほわほわかぁ」
どういう意味なんだろう、と一瞬戸惑う鎗輔だった。
〈香風〉「それに、お兄ちゃんはとても頑張ってる。そういう人、今はあんまりいないから」
〈鎗輔〉「そうなの?」
〈香風〉「何とかしたいって思ってる人は、みんなどっかに行っちゃった」
〈フーマ〉『いい傾向じゃあねぇなぁ』
〈香風〉「うん……。昔はそういう人が集まってたから都だったけど……今は、ただ昔が都だったってだけの場所。あんなところにいたって、何にもならない」
〈鎗輔〉「それで、役人を辞めたという訳?」
〈香風〉「……うん」
〈フーマ〉『身につまされる話だな』
神妙につぶやくフーマ。
〈鎗輔〉「でも、だからってどうして旅をしてたの? 柳琳ちゃんが、仕官してなかったのが不思議だと言ってたけど……ここに来るまでに、どこか違うところに仕官することは考えてなかったのかい?」
〈香風〉「うん……華琳さまに会うまでは、あんまり。しばらく、色んなところを回ってみたかったし……何より、都から早く出ていきたかったんだ」
〈鎗輔〉「そんなに嫌だったんだ」
〈香風〉「……都には毎日毎日手紙……上奏文が来てた」
〈フーマ〉『ジョーソーブン?』
〈PAL〉[上奏。天皇や皇帝など、高貴な身分の人間へ意見、事情等を申し上げることです。つまり、皇帝に向けた意見書です]
聞き返したフーマにPALが解説。
〈香風〉「あの土地は俺のものだ、とか、先に攻めてきたのはアイツの方だ、とか。それで勝つのは決まって、賄賂の多かった方。本当の事情なんてどうでもよかった。その役人ですら、もっと上の役人に贈る賄賂の額で、出世が決まって」
〈フーマ〉『嫌な話だな、全く……』
大きなため息を吐くフーマ。鎗輔は目を伏せる。
〈香風〉「で、あの時も何だか疲れたなーって、空を見てたら、鳥が飛んでいったのが見えた。鳥は、自由に飛んでる。領地とか関係ない。行きたいところに行ける。……それを見てたら、何か、役人してるのがバカバカしくなった。それでたまたま、同じようなことを思ってた人と会って……みんなで、旅に出ることにしたの」
〈フーマ〉『風来坊か。そいつは楽しそうだな』
フーマの口調には、変な慣れ親しみがあった。
〈香風〉「うん。四人で気ままに色んなところを回って……本当に、楽しかった」
〈鎗輔〉「……それは、良かったね」
〈フーマ〉『じゃ、何でその旅やめて、華琳のとこに来る気になったんだ?』
〈香風〉「華琳さま……ううん、曹孟徳の名前は、ちょっと前から聞いてた。本人も、その配下の者たちも優秀。あの若さで領地をよく統治し、帰順の意を示している近隣の邑も多い……ってね」
〈鎗輔〉「合ってるね」
〈香風〉「……それ以上に、とても大きな野心を抱いているってもっぱらの噂だった。実際会ってみて、大きいどころじゃなかったけど」
〈鎗輔〉「……」
鎗輔はその行く末を知っているが、口には出さない。
〈香風〉「どうせなら、そういう人の元で仕事をしたかった。凡庸な人の下よりも、ずっと面白そうだし」
〈フーマ〉『その気持ち、分かるぜ』
〈香風〉「あと、流石にお金もなくなってきてたし……」
〈鎗輔〉「お金かぁ……」
〈フーマ〉『そりゃ切実な問題だ』
苦笑いするフーマたち。
〈香風〉「……でも、華琳さまやお金のことよりも大事なことがあった」
〈鎗輔〉「それって何?」
〈香風〉「……華琳さまは、お兄ちゃんたちを召し抱えるみたいだったから」
〈鎗輔〉「えッ……ぼくたち?」
〈フーマ〉『何で俺たちが大事なことなんだ? こう言うのも何だが、俺たちゃ得体の知れねぇ怪人物だったろ。特に俺なんか』
と聞き返すと、香風は比較的真剣な面持ちとなって答えた。
〈香風〉「シャンは、空を飛んでみたい」
〈鎗輔・フーマ〉「『空を?」』
〈香風〉「……飛びたい。鳥みたいに、自由に色んなところに行ってみたい。それが、前からの願い」
〈鎗輔〉「……なるほど、そういうことか」
〈フーマ〉『どういうことなんだ?』
ピンと来ないフーマに、鎗輔は若干呆れ顔。
〈鎗輔〉「何言ってるの。フーマ、飛べるでしょ」
〈フーマ〉『ああ、そっか。そうだった』
〈香風〉「うん……! すごかった……! 竜巻を、物ともしないで思いのままに……シャンの、理想そのままの姿……!」
香風の口調に、次第に熱がこもっていく。
〈香風〉「どうやったのか知りたい……!」
〈フーマ〉『うーん……そうは言ってもなぁ……人間にはちょっと無理が……』
〈鎗輔〉「何言ってるの。簡単でしょ」
〈フーマ〉『へ?』
鎗輔は呆気なく提案。
〈鎗輔〉「香風ちゃんが、タイガスパークを使えばいいだけの話じゃん」
〈フーマ〉『ああその手があったな……って、前にも言ったが、ウルトラマンの変身は気軽にやるもんじゃあ……』
〈鎗輔〉「香風ちゃんの、たっての願いじゃないか」
〈香風〉「お願いします……! 一回だけでいいから……」
香風に懸命に頼まれ、フーマも折れる。
〈フーマ〉『まぁ……じゃ、一回だけな』
〈香風〉「ありがとう……!」
〈鎗輔〉「それじゃあ香風ちゃん、これ」
鎗輔は自分の手からタイガスパークを外し、香風の右手の甲に取りつけてフーマのキーホルダーを貸した。
〈鎗輔〉「その部品を下に動かして」
〈香風〉「うん……!」
香風はドキドキしながら、レバーを下にスライドさせる。しかし、
シーン……。
〈全員〉『……あれ?』
スパークは、うんともすんともしなかった。もう一度試してみるが、やはり何の反応もしない。
〈香風〉「何も起きない……」
〈フーマ〉『あれ? 変だな……。いつもなら、この時点で待機状態になるのに……』
〈鎗輔〉「故障かな……? PAL、何か分からない?」
〈PAL〉[原因は全くの不明です]
皆がそろって首を傾げる。
〈フーマ〉『鎗輔。試しに、お前でやってみろ』
〈鎗輔〉「う、うん」
本当に故障していないか、鎗輔で試してみることに。その時、
「キィィィィッ!」
〈香風〉「……待った、お兄ちゃん……!」
〈鎗輔〉「え……?」
〈フーマ〉『やっべぇもんが飛んできやがったぜ……!』
香風とフーマに瞬時に緊張が走る。何事か、と鎗輔が顔を上げると、
「キィィィィッ!」
〈鎗輔〉「……!? 何だ、あれは……!」
何か、奇怪な形状の巨大飛行物体が、猛スピードで陳留上空に迫ってきていた。目を凝らした香風がつぶやく。
〈香風〉「……竜……?」
〈フーマ〉『怪獣だッ!』
空を切り裂くように飛来してくるその正体は、超古代竜メルバ!
鎗輔たち以外もメルバの存在に気がついたのだろう。城のあちこちから悲鳴や怒号が聞こえてくる。鎗輔もまた緊迫した面持ちとなった。
〈フーマ〉『ある意味ちょうどいいな……。鎗輔!』
〈鎗輔〉「う、うんッ!」
これが二回目の戦闘となる。鎗輔は緊張しながらも、嵌め直したタイガスパークのレバーを操作した。
手の甲のスフィアに光が灯る。
[タイガスパーク、スタンバイ]
〈鎗輔〉「フーマ!」
掴んだフーマキーホルダーを右手に持ち替えると、エネルギーを受け止めたスフィアが青く輝いた。
『ハァァァァ……フッ!』
フーマを握り締める右腕を高く掲げながら叫ぶ。
〈鎗輔〉「Buddy Go!!」
たちまちの内に、鎗輔の肉体がフーマのものに変化して巨大化していく。
[ウルトラマンフーマ、変身完了]
「セイヤッ!」
城の中庭に、巨人となったフーマが堂々と立ち上がった。
超古代竜メルバ
陳留上空に飛来してきた、竜型の怪獣。ネオフロンティアスペースの超古代文明を滅ぼした怪獣群の一種で、鋭利な刃物のような容姿から「空を切り裂く怪獣」の異名で呼ばれている。