奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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The Sign of Upheaval

 

 その日、陳留の城は朝からひどく慌ただしいありさまだった。

 

〈鎗輔〉「どっ……こいしょ……。はぁ~……疲れる……」

 

 鎗輔が栄華の執務室の前に、大量の書簡が入った箱を降ろすと、どっと息を吐いて額の汗をぬぐった。

 

〈フーマ〉『こんな荷物ちょっと運んだくらいでそんなバテバテなんて、相っ変わらず体力ねぇなぁ』

 

〈鎗輔〉「もう聞き飽きたよ、それ……」

 

 フーマの忠告にうんざりしながら、扉を数回ノックする。

 

〈鎗輔〉「栄華さん。書簡を持ってくるよう頼まれたので、置いておきますよ」

 

〈???〉「曹洪様ならお留守よ」

 

 すると室内からは、聞き覚えのない女の声が返事をした。

 

〈鎗輔〉「そうでしたか。では、良ければ曹洪さんに伝えておいて下さい」

 

〈???〉「分かっているからさっさと行きなさい。新入りも、今日は暇ではないはずよ」

 

〈鎗輔〉「はい。お願いします」

 

 荷物を扉の前に置いたまま、執務室の前を離れた鎗輔は、PALとフーマに話しかける。

 

〈鎗輔〉「……さっきの人、誰だったんだろう。栄華さんの部下にいたかな」

 

〈PAL〉[記録している限りの人物の声紋とは一致しません]

 

〈フーマ〉『けど、侍女にしちゃ偉そうだったな』

 

 疑問に思っているところに、華侖と香風が並んでやってくる。

 

〈華侖〉「あ、鎗輔っちー! 捜したっすよー!」

 

〈鎗輔〉「華侖ちゃん、香風ちゃん」

 

〈華侖〉「今日って何でみんなこんなにバタバタしてるんすか!?」

 

 と聞かれて、鎗輔は一瞬面食らう。

 

〈鎗輔〉「何でって……今日の朝議で言ってたこと、聞いてなかったの?」

 

〈華侖〉「聞いてたけど、よく分かんなかったっす」

 

〈鎗輔〉「……香風ちゃんは?」

 

〈香風〉「今日、朝からいいお天気だったから……ふぁあ」

 

〈鎗輔〉「……寝てたのか」

 

 若干呆れた鎗輔。手の甲のタイガスパークを持ち上げてPALに命令する。

 

〈鎗輔〉「PAL、今日の朝議の内容を抜粋して、再生して」

 

〈PAL〉[分かりました]

 

 スパークから、朝議の場での華琳の声が、編集された形で流された。

 

『沛国の相が謁見を求めている――既に済陰に逗留――至急行かせてほしいと言っているわ――』

 

〈華侖〉「おおー!? パルから、華琳姉ぇの声がしたっすー!!」

 

〈香風〉「声真似……?」

 

〈鎗輔〉「そうじゃないよ。PALは聞いた音声を記録して、そのままの形で流すことが出来るんだ」

 

〈華侖〉「すごい便利っすねー!」

 

〈香風〉「書記いらず……」

 

 感心しきりの華侖と香風。それはともかく、華侖は今の内容について聞き返す。

 

〈華侖〉「ところで、済陰ってどこっすか?」

 

〈香風〉「陳留の隣街」

 

〈華侖〉「おおー! 流石香風っす!」

 

〈鎗輔〉「いや、そこは覚えておこうよ……」

 

〈香風〉「ちなみに、沛国は豫州にある国。確か、済陰も国」

 

〈フーマ〉『国? ここって漢王朝って国だろ? その土地の中に、別の国があるのか?』

 

 今度はフーマが質問したので、鎗輔が説明する。

 

〈鎗輔〉「漢は帝国だよ。帝国とは、皇帝によって統制されてる国や州の集合体のこと。だから、帝国の領域内に別の国があることは矛盾しない」

 

〈フーマ〉『へぇ~、なるほどねぇ。じゃ、相ってのは?』

 

〈鎗輔〉「相はいわゆる宰相で、国の王の代理人という訳だ。つまり、沛の国の相が華琳さまへの謁見を求めて、もう隣の街にまで来てるから、今日はその応対の準備にみんな追われてるの」

 

〈華侖〉「おー、そういうことっすか」

 

〈栄華〉「そういうことっすか、ではありませんわ! そろいもそろって、こんなところで油を売って!」

 

 華侖がうなずいたところで、栄華が怒声を発しながらこの場に詰め寄ってきた。

 

〈鎗輔〉「あ、栄華さん。部屋の前に荷物、置いておきましたよ」

 

〈栄華〉「……っ」

 

〈鎗輔〉「うッ……」

 

 鎗輔が声を掛けるが、栄華にキッとにらまれたので口ごもった。

 

〈フーマ〉『こっちも相変わらずキッツイな』

 

〈栄華〉「……とりあえず相をお迎えする支度に手が足りませんの。この際猫の手でも汚らしい手でも構いませんから、手伝って下さいまし!」

 

〈香風〉「はーい」

 

〈華侖〉「分かったっすー!」

 

〈鎗輔〉「分かりました」

 

 栄華からの指示を受けて、解散していく鎗輔たち。その中で、フーマが鎗輔に呼びかけた。

 

〈フーマ〉『しかし、仮にも王様の代理人が、もう近くまで来てるから会わせろーなんて、急な話じゃねぇか。普通は事前の通達とかあるんじゃねぇのか?』

 

〈鎗輔〉「そうだろうね。何だか不穏なものを感じるな……」

 

 

 

 それから数日後、沛国の相を迎え入れる時がやってきた。

 

〈栄華〉「いよいよですわね……」

 

〈華琳〉「秋蘭、柳琳。支度は?」

 

〈柳琳〉「もちろん、万全です」

 

〈秋蘭〉「滞りなく」

 

〈華琳〉「結構。春蘭、警備に抜けは無いわね?」

 

〈春蘭〉「当然です。猫の子一匹通しません」

 

〈華琳〉「それから、鎗輔。会見には、あなたも同席なさい」

 

〈鎗輔〉「えッ、ぼくも……?」

 

 意外そうに振り向いた鎗輔に、華琳が肩をすくめた。

 

〈華琳〉「当然でしょう。あなたは天の御遣い。大陸の情勢に関わる話は、その耳で直接把握するべきだわ」

 

〈鎗輔〉「ああ、なるほど……」

 

〈華琳〉「いい加減、自分が既にこの陳留の要人の一人なのだという自覚を持ちなさい。……とはいえ、謁見の間に来るのは後でいいわ。春蘭、廊下にも鎗輔が立てるところはありそう?」

 

〈春蘭〉「はっ。それなら……」

 

〈柳琳〉「鎗輔さん。でしたらこちらへ」

 

〈春蘭〉「そうだな、柳琳のいる辺りなら良かろう。ただし、わたしたちの邪魔にならんようにな」

 

〈鎗輔〉「分かってます。……けど、話を聞くだけなら、初めから謁見の間に並んでてもいいんじゃ?」

 

〈華琳〉「立っていれば分かるわ。春蘭、客人が広間に入ったらこちらに鎗輔を連れてくるように」

 

〈春蘭〉「承知致しました」

 

〈鎗輔〉「じゃあ……!?」

 

 柳琳のいる列の端に並ぼうとする鎗輔だが、隣の兵士を見上げて硬直する。

 

〈兵士〉「……」

 

 柳琳の周囲を固めている兵士たちは、屈強な陳留の兵の中でもひと際筋骨隆々の者ばかりなのだ。しかも、立っているだけなのに妙な威圧感を放っている。それに気圧されてしまっていた。

 

〈柳琳〉「どうかなさいましたか?」

 

〈鎗輔〉「あ、ああいや……」

 

 柳琳の呼びかけで我に返り、控えめに列に加わる。そんな鎗輔にフーマが揶揄するように言う。

 

〈フーマ〉『何ビビってんだよ。言っとくが、タイタスの旦那はもっとすげぇぞ』

 

〈鎗輔〉「そっちはもう見てるけど……」

 

〈フーマ〉『いいや、でかい姿だと迫力が全然……』

 

 などと話している間に、肝心の時がやって来た。

 

〈???〉「沛国相、陳珪殿、ご到着!」

 

 慌てて身を正す鎗輔。そして長い城の廊下の向こうから、左右に立ち並ぶ完全武装の兵士の威圧を受けながら涼しい顔をしている女性が、その間を通り抜けながら進んできた。

 

〈フーマ〉『へぇ、沛国の相ってのも女なのか』

 

〈鎗輔〉「しッ……」

 

 少しずつ近づいてくる陳珪という女性を、緊張から来る動悸を抑えながら観察する鎗輔。兵士の中にも、生唾を呑み込む者がいる。

 彼らがこんなにも緊張しているのは、女性が際立った美人だから、というだけではない。その纏う雰囲気が……明らかに常人とは一線を画すものだからだ。

 

〈陳珪〉「……」

 

 やがて陳珪は鎗輔の存在に気がつくと、その出で立ちに少し目を留めて、

 

〈陳珪〉「……ふふっ」

 

〈鎗輔〉「……ッ!!」

 

 微笑みかけられた鎗輔の背筋に、ぞわり、と薄ら寒いものが走った。

 

〈陳珪〉「……」

 

 現実の時間にすれば、それはほんの数秒だけの出来事。陳珪はすぐに鎗輔の目の前を横切っていく。

 しかしそれだけの時間で、鎗輔の背面にはどっと冷や汗が噴き出していた。

 

〈???〉「……!」

 

 陳珪の後を、付き人らしき少女が、こちらは普通に兵士たちの威圧感に当てられて動揺している様子で、追いかけていった。

 

 

 

 陳珪が謁見の間に入っていってから、整列を解いてどっと肩を落とした鎗輔にフーマが呼び掛ける。

 

〈フーマ〉『すげぇ雰囲気の女だったな……。ありゃあただ者じゃないぜ』

 

〈鎗輔〉「うん……。華琳さまがここにいろと言ったのは、多分これが理由だろうね……。先に、相手のことを見ておけって……」

 

〈香風〉「……お兄ちゃん、大丈夫?」

 

 ただ視線を交わしただけで疲弊している鎗輔を、香風が気遣った。

 

〈鎗輔〉「うん、大丈夫……ありがとう」

 

〈華侖〉「何か、すごかったっすねぇ……」

 

〈鎗輔〉「うん……気を抜いたら、呑み込まれそうだった」

 

 華侖のひと言にうなずくが、何故か華侖は唇をとがらせる。

 

〈華侖〉「むー。鎗輔っち、そんなにああいうおっぱいがいいんすか? あんな、ぼんぼーんっていう」

 

 瞬間、膝から崩れそうになる鎗輔。

 

〈鎗輔〉「えぇぇ!? そっち!?」

 

〈フーマ〉『まぁ確かに、格好もすごかったけどよ……』

 

〈華侖〉「うぅ、あたしもああいうぼんぼーんになりたいっす! 柳琳、何とかならないっすか……?」

 

〈柳琳〉「え、えぇ……私にそんなこと言われても、困るよぅ……」

 

〈華侖〉「そうだ! 鎗輔っち、揉んでほしいっす! おっぱいは揉んだら大きくなるって、前にどこかで聞いたっすよー」

 

〈柳琳〉「ちょっと姉さん!?」

 

〈鎗輔〉「わー!! ここで脱ぐんじゃないッ! あと、それは俗説……!」

 

〈春蘭〉「うるさいぞ、お前たち。既に謁見は始まっているのだ、さっさと広間に入らんか!」

 

 服を脱ぎ出す華侖を柳琳と止めていると、広間の扉から半身を出している春蘭に叱られてしまった。

 

〈香風〉「はーい」

 

 華侖の服装を正してから広間に入ろうとするも、その寸前に鎗輔がつぶやく。

 

〈鎗輔〉「そういえば、相の後ろに一人、女の子がついてたけど……」

 

〈春蘭〉「相の侍従や小間使いではないのか?」

 

〈鎗輔〉「でも、相の人に顔立ちが似てましたよ。雰囲気は全然違いましたけど……」

 

〈フーマ〉『親戚とか、歳の離れた妹とかじゃねぇか? この国ならそういうのも、珍しくないんだろ?』

 

〈鎗輔〉「だろうね。親子とするにはあの子、大きすぎるし」

 

〈春蘭〉「まぁいい。とりあえず入れ」

 

〈鎗輔〉「あッ、すいません」

 

 最後になった鎗輔が広間に入っていき、扉が閉ざされた。

 

 

 

〈華琳〉「……豫州で賊が暴れているということは理解したわ。しかしそれは、既にそちらの問題ではなくて? 陳珪殿」

 

 鎗輔が謁見の間に入った時には、華琳と陳珪の話は、既に本題に入っていた。

 

〈秋蘭〉「遅いぞ、東雲」

 

〈鎗輔〉「すみません。どこに立てばいいですか?」

 

〈栄華〉「ちょっと、わたくしの隣には来ないで下さいまし」

 

〈柳琳〉「鎗輔さん、こちらに」

 

〈鎗輔〉「ありがとう」

 

 柳琳と秋蘭の間に入り、上座の華琳と、その正面から向かい合う陳珪に目をやる。

 

〈華琳〉「我が軍が領内で賊を捕まえられなかった非は……まぁ、認めざるを得ないわ。しかしそちらで捕まえると言ったものを捕まえられなかったことに関しては、こちらに責任を転嫁される謂われはないのではなくて?」

 

〈陳珪〉「あら。ならば、同じことが逆の立場であったらどうするのかしら。豫州から逃げた賊を追うために、我々の兵が陳留へ踏み入る許可を求めたら?」

 

〈華琳〉「通す訳がないでしょう。その賊には、そちらでの罪の前に、我が領に足を踏み入れた報いを受けてもらう必要があるもの」

 

 対談を広間の端から聞きながら、フーマがこっそりと鎗輔に尋ねた。

 

〈フーマ〉『なぁ、華琳たちは何の話をしてんだ?』

 

〈鎗輔〉「いや、朝議で説明あったでしょ。これに関することで来てるんだろうって……」

 

〈フーマ〉『いやー、そん時寝てたからさー』

 

〈鎗輔〉「……香風ちゃんを笑えないよ。PAL、お願い」

 

〈PAL〉[分かりました]

 

 フーマへの説明をPALに任せる鎗輔。

 鎗輔がこの大陸に墜落した時、華琳は春蘭たちを連れて陳留郡の怪獣出没の状況を調べていた訳だが、同時に郡を荒らす盗賊の一団の討伐も行っていた。が、盗賊は豫州へと逃亡。この時代だと州から州へ逃げるのは国外逃亡に近しいので、華琳たちは追討を豫州から拒まれた以上は追うことが出来ず、やむなく引き返したところで、グエバッサーに襲われた隊商、そして鎗輔とフーマを発見したのであった。

 ということをPALが説明している間に、話はどんどん進んでいく。

 

〈陳珪〉「ならば此度の件、孟徳殿は私たち豫州の兵があなたたち陳留の兵を通さなかった……そこが問題の全てだというのね」

 

〈華琳〉「ええ。我が領内から賊を逃がした報は、既にそちらには伝えたもの。更に言えば、責任を持って追跡するともね」

 

〈陳珪〉「なら……改めて、賊を逃がした責任を取ってもらう、と言ったら?」

 

〈華琳〉「……責任? 報を伝え、こちらの申し出を断っておいて……先ほども言ったはずだけれど、既にそれはそちらの問題でしょう」

 

〈陳珪〉「身内の恥を晒すようで何だけれど……残念ながら、豫州には陳留ほどの精兵を持つ郡はわずかなの。今、賊は豫州に散在していた他の賊を取り込んで、小さな廃城を根城にしているわ。規模は数百か、千に及ぼうとしている……といったところかしら」

 

〈華琳〉「……初めから我々に追わせておけば、指で数えられる程度で済んだものを。そうなる前に手を打たなかったことはこちらの責任ではないわよ。それを曲げて頼むというなら、相応の態度というものがあるのではなくて?」

 

 華琳は容赦なく陳珪を責め立てるが、陳珪は全く堪えた様子を見せない。どうにも嫌な予感を覚える鎗輔。

 

〈陳珪〉「まぁ、私としては、正直、どちらでもいいの。あなたが動いても、動かなくても。ただ、一度逃がした賊を再び捕らえる機会をあげようと思っただけ。……孟徳殿が、こちらに賊が逃げた報を送ってくれたようにね」

 

〈華琳〉「……」

 

〈陳珪〉「孟徳殿の助けが借りられないなら、我が豫州の東方、徐州にいらっしゃる陶謙殿に礼を尽くすという手もあるし……ここから更に北上して、南皮の……何と言ったかしら。今頭角を現しつつある、汝南袁氏筆頭の……」

 

 そこまで陳珪が言いかけると、華琳の顔色がさっと変わった。

 

〈華琳〉「……まさか。袁紹を頼るにしても、南皮から豫州に兵を入れるなど……どうするつもり」

 

〈陳珪〉「あの辺りの相や太守には色々貸しがあってね……済陰に寄る前にあちこち足を伸ばして、既に話は通してあるの。まだ袁紹殿ご自身には持ちかけていないけれど」

 

 話の中に出てきた名前に、華侖が顔をしかめた。

 

〈華侖〉「あちゃー。袁紹の名前が出てきたっすよ」

 

〈フーマ〉『何か都合が悪いのか?』

 

〈柳琳〉「袁紹さんとお姉様とは、旧知の仲なんです」

 

〈栄華〉「ただ、お姉様とはあまり仲が……」

 

〈フーマ〉『ああ……それを駆け引きに利用してるってこったな』

 

〈栄華〉「それに陳珪殿が南皮に赴けば、今回の件も袁紹さんのお耳に入るでしょうね……」

 

〈フーマ〉『対立してる奴に、失態をチクるってか。えげつねぇな、あの姉ちゃん』

 

 陳珪のやり口の陰湿さに、フーマは一周回って感服した。

 更に陳珪は、ここで爆弾を投下する。

 

〈陳珪〉「そうそう。まだ一つ、今回の話を持ちかけた理由があるのを伝え忘れていたわ」

 

〈華琳〉「理由?」

 

〈陳珪〉「豫州の兵が、早期に賊を捕らえられなかった理由。それは、弱かったとかのありきたりなものではないわ。――討伐に向かった兵は皆、何がどうなったのか、石に変えられた姿で発見されたの」

 

〈鎗輔〉「ッ!!」

 

 鎗輔のみならず、広間全体が一瞬ざわついた。

 

〈陳珪〉「命からがら戻ってきた者に話を聞いても、化け物を見た、と取り乱すばかり。お陰で、豫州の郡は全て、賊に対処することを放棄してしまった。中には、化け物を恐れて逃げ出す太守も」

 

〈華琳〉「……!」

 

〈陳珪〉「別に、その化け物の退治までもやれと言いたいのではないの。……けれど、噂は聞いているわ。孟徳殿は、予言に謳われた天の御遣いを擁護したと」

 

 華琳の眉間の皺が深く刻み込まれる。

 

〈陳珪〉「噂の通りに天の御遣いがこの陳留にいて、この話を耳にしたのなら……天から遣わされし救世主。きっと、怪物に脅かされる豫州の民を捨て置くことはなさらないでしょう」

 

〈鎗輔〉「……」

 

〈陳珪〉「……今なら、あなたたちに優先的にさせてあげると言っているの」

 

〈華琳〉「……あなた、国を売るつもり? 陶謙はまだしも、袁紹は野心の塊よ。どうなるか分からないあなたでもないでしょうに」

 

〈陳珪〉「あら。それこそ他国の話など、陳留太守の曹孟徳殿には関係ないでしょうに。それとも……先に買っておきたいのはあなただったかしら?」

 

〈華琳〉「……」

 

〈陳珪〉「言ったでしょう。逃がした賊を再び捕らえる機会をあげる、と」

 

〈華琳〉「助けてあげるのはこちらの方よ」

 

 華琳と陳珪の視線が、真正面からぶつかり合い……その結果、華琳が出した答えは――。

 

 

 

 陳珪たちが謁見の間から退室すると、華侖が大きく息を吐き出した。

 

〈華侖〉「ぷはー。息が詰まったっすー」

 

〈秋蘭〉「しかし、驚かされた。怪物の話もそうだが、それまでも駆け引きに利用する陳珪殿にはな」

 

〈華侖〉「えっ、どういうことっすか? 秋姉ぇ」

 

 秋蘭のひと言に華侖が聞き返す。

 

〈秋蘭〉「仮に、華琳さまが遠征を拒否して、天の御遣いこと東雲が怪物退治に赴いたとしよう。そうなれば東雲の身柄は、豫州か、陶謙か……最悪、袁紹の手に渡ってしまうかもしれない。陳珪殿は言外にそう言っていたのだ」

 

〈華侖〉「うわー……袁紹に鎗輔っちを取られるのは、あたしも嫌っす」

 

〈香風〉「……お兄ちゃん」

 

 香風が、やや不安げに鎗輔に顔を向けた。

 

〈香風〉「もし華琳さまが、行くなと言ったとしても……豫州に向かってた?」

 

 それには、フーマがはっきりと答える。

 

〈フーマ〉『行かない訳にはいかねぇよ、聞いちまった以上はな。――たとえ、華琳が二度と帰ってくるなと言ったとしてもだ』

 

〈春蘭〉「何ぃ!? 貴様、華琳さまを裏切ると言うのか!?」

 

 すぐさま春蘭が食って掛かったが、フーマは恐れもせずに断言する。

 

〈フーマ〉『勘違いされちゃ困るが、このウルトラマンフーマが華琳の部下になったんじゃねぇぞ。ウルトラマンは、あくまで中立の立場。怪獣退治において、現地民の命令で動くってことは許されねぇ。……鎗輔、お前はこうなった時どうする?』

 

〈鎗輔〉「……フーマを放っておくことは出来ないよ。……そういうこと」

 

〈柳琳〉「そんな……!」

 

 柳琳や香風たちがショックを受け、春蘭はますますいきり立つ。

 

〈春蘭〉「東雲、貴様まで……!」

 

〈秋蘭〉「落ち着け、姉者。東雲たちの立場も分かってやれ。それに、華琳さまは豫州への遠征を決定なされた。そのようなことは起こり得ん。それで良いではないか」

 

〈華琳〉「ええ。現実的には何一つの問題もないわ」

 

 華琳が鎗輔たちの元へと降りてきて、肩をすくめた。

 

〈鎗輔〉「お疲れさまです、華琳さま」

 

〈華琳〉「この程度、大したものではないわ。朝廷に顔を出すことに比べればね」

 

〈フーマ〉『どんな魔境なんだよ、朝廷って……』

 

 華琳は、豫州との同盟という形で出兵することを決定し、陳珪と話を取りつけた。これについて、柳琳が訝しむ。

 

〈柳琳〉「あのお方……どこまでが本心だったのでしょうか。仮に天の御遣いが狙いならば、お姉様の提示した条件を呑めないなりと理由をつけて、自ら破談にするでしょうし……」

 

 華琳は同名の締結に当たり、遠征に掛かる費用は全て豫州側の負担とさせ、準備期間は半月とした。これを陳珪があっさりと了承したのは、華琳にとっても意外なことであった。

 

〈華琳〉「さぁね。けれど、これで貸しを作っておくのも悪くはないでしょう。もちろん、向こうにいいようにされないよう、色々と根回しは必要だけれど」

 

〈フーマ〉『政治の世界って大変だな』

 

〈鎗輔〉「……」

 

 政争の一端を垣間見たフーマが呆れたようにつぶやき、鎗輔は一瞬顔を伏せた。

 

〈華琳〉「それよりも栄華」

 

〈栄華〉「はい。お風呂は用意させてありますわ。ゆっくり、汗をお流し下さいませ」

 

〈華琳〉「それと、遠征に出す兵の支度も調えておいてちょうだい。既に城下の商人には話をつけているし、費用は向こう持ちだから、あまり額面は細かく言わないように」

 

〈フーマ〉『へ? それってつまり、最初から行く気だったってことか? じゃ、何であんな回りくどい話を……』

 

〈華琳〉「ふふ……フーマは施政者には向かないみたいね。任せるわよ、栄華」

 

〈栄華〉「もちろんですわ。遠征部隊は他国に見られても恥ずかしくないよう、万全整えさせていただきます」

 

 後の支度を栄華に託し、華琳は苦笑交じりに浴場へと移っていった。

 

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