奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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The Resourceful General

 

〈鎗輔〉「……本当に、これから戦が始まるのか」

 

 城壁の上から鎗輔が、眼下を走り回る武装した兵士たちの姿に、ぼんやりと息を吐いた。

 沛国の相、陳珪から豫州の討伐の依頼を受けて約半月。いよいよ本日が、豫州に向けての出兵を行う日である。

 

〈春蘭〉「どうした、そんな間の抜けた顔をして」

 

 そこを見つけた春蘭が何気なく話しかけてくる。

 

〈鎗輔〉「今、目の前にいる人たちって全員、兵士じゃないですか」

 

〈春蘭〉「何を当たり前のことを言っている。ご自慢の頭脳が鈍ったか?」

 

 揶揄するような春蘭だが、浮かない顔の鎗輔は反応しなかった。

 

〈鎗輔〉「盗賊も、千人単位でいると聞きます。そこまで行くと、戦の域ですよね」

 

〈春蘭〉「まぁな。だからこそ華琳さまも、先の謁見では陳珪にあのようなご対応だったのだ」

 

〈鎗輔〉「……つまり、これからここにいる人たち皆、盗賊相手とはいえ、殺し合いをするんですよね……ぼくも何度か言葉を交わした人も……」

 

 鎗輔の心情を察して、春蘭も真剣な顔となった。

 

〈春蘭〉「……戦は嫌いか?」

 

〈鎗輔〉「……誰も傷つかなくていい道があるなら、それが一番でしょう」

 

〈春蘭〉「やれやれ……。そんなザマでは、いずれ華琳さまがもっと多くの軍を率いるようになった暁には、心の臓が張り裂けてしまうのではないか?」

 

〈鎗輔〉「いや……流石にそれは」

 

〈華琳〉「……何を無駄話しているの、二人とも」

 

 この場に秋蘭を連れた華琳が現れたので、鎗輔も春蘭も飛び跳ねた。

 

〈春蘭〉「か……っ、華琳さま……! これは、東雲が!」

 

〈鎗輔〉「あッ、ずるい! 話しかけてきたの、春蘭さんでしょ!」

 

〈春蘭〉「貴様がこんなところで、ボーッとしているからだろうが!」

 

〈華琳〉「はぁ……春蘭。装備品と兵の確認の最終報告、受けていないわよ。数はちゃんとそろっているの?」

 

〈春蘭〉「は……はいっ。全て滞りなく済んでおります!」

 

〈華琳〉「……鎗輔には、糧食の最終点検の帳簿を受け取ってくるよう、言っておいたはずよね?」

 

〈鎗輔〉「す、すみません、すぐ行ってきます。栄華さんのところですよね?」

 

〈秋蘭〉「栄華は商人たちへの最後の根回しに出ているぞ。実際の作業は補佐の監督官がしているはずだ」

 

〈鎗輔〉「わ、分かりました」

 

〈フーマ〉『……話変わるけどよ、栄華ってあんな男嫌いなのに、よく交渉事とか出来るよな。余所の商人とかは大体男だろ?』

 

〈華琳〉「だからこそよ。男が嫌いだからと言って、いつまでもそのままでも困るでしょう」

 

〈フーマ〉『確かに』

 

〈華琳〉「……鎗輔、機会があればあれを抱いておあげなさい。たまには荒療治もいいでしょう」

 

 華琳のひと言で、鎗輔はブーッ! と噴き出した。

 

〈鎗輔〉「だ、だ、抱く!? いやいや、そんな……!」

 

〈華琳〉「あら。私から見ても、栄華は美人だと思うけれど?」

 

〈鎗輔〉「そういうことじゃなくってですね……! そんな、相手の気持ちを無視してなんて……!」

 

〈華琳〉「童貞丸出しね……。まぁいいわ。急ぎなさい、あなたが遅れることで、全軍の出撃が遅れてしまうわ」

 

〈鎗輔〉「は、はい。行ってきます!」

 

〈秋蘭〉「東雲。監督官は、今馬具の確認をしているはずだ。そちらに行くといい」

 

〈鎗輔〉「ありがとうございます、秋蘭さん!」

 

 秋蘭に礼を告げて、鎗輔は梯子を下りて厩舎の方向へ走っていった。

 

 

 

〈フーマ〉『珍しいじゃねぇか、与えられた仕事忘れるなんて』

 

〈鎗輔〉「正直、乗り気にはなれないから……っと、ここだ」

 

 厩舎のある区域で足を止めた鎗輔に、フーマが一つ尋ねる。

 

〈フーマ〉『ところで、監督官って誰か知ってんのか?』

 

〈鎗輔〉「あッ、そういえば知らない。まぁ、聞けば分かるでしょ。……あッ、そこの人!」

 

 辺りを見回して、荷馬車の近くにいる、フードに似た頭巾を被っている少女に目を留めた。

 

〈???〉「……」

 

〈鎗輔〉「あの、すいません!」

 

〈???〉「……」

 

〈鎗輔〉「あれ? もしもーし! 小妹(シャオメイ)!」

 

 反応がないので、近づいていって声を張ると、少女はキッと目を吊り上げて振り向いた。

 

〈???〉「聞こえているわよ! さっきから何度も何度も何度も何度も……一体何のつもり!?」

 

〈鎗輔〉「えッ、いや……返事がないので、聞こえてないのかなと……」

 

〈???〉「アンタなんかに用はないもの。で、そんなに呼びつけて、何がしたかった訳?」

 

〈鎗輔〉「いえ、糧食の再点検の帳簿を受け取りに来るよう、曹操さまに言われてきたんですけど……監督官がどこにいるか知りませんか?」

 

〈???〉「曹操さまが? はっ、嘘おっしゃい」

 

〈鎗輔〉「え?」

 

〈???〉「いくら使い走りでも、曹操さまがアンタみたいなもやしに直々に命令を出すはずがないじゃない。見栄を張るんじゃないわよ」

 

〈鎗輔〉「いや、見栄とかそんなんじゃ……」

 

 何で顔を合わせたばかりの相手に、こんなことを言われなければならないのか。鎗輔が戸惑っていると、

 

〈???〉「ちょっと待った。その首飾り……思い出した。あんた、この間曹操さまに拾われた、天界から来たとかいうもやしでしょ? こんな骨と皮だけの奴が救世主とか……ほんと、世も末なのね」

 

〈フーマ〉『……陳留って、何で口の悪い女が多いんだ?』

 

〈鎗輔〉「ぼくに聞かれても……」

 

〈???〉「まぁいいわ。で、何? 私も暇じゃないんだけど」

 

〈鎗輔〉「だから、糧食の帳簿を監督官からもらってくるように、曹操さまに言われてるんですって」

 

〈???〉「曹操さまに? それを早く言いなさいよ!」

 

〈鎗輔〉「さっきから言ってるでしょ……」

 

〈PAL〉[鎗輔。相手をしていたら、時間がなくなってしまいます]

 

 PALですらそう言う始末であった。

 

〈鎗輔〉「それで、監督官の人はどこでしょうか」

 

〈???〉「私よ」

 

〈鎗輔〉「え?」

 

〈???〉「何で聞き返すのよ? 私がここの監督官をしていることで、あなたの人生に何か致命的な問題があるとでも言いたい訳? もしあるって言うのなら、そこのところを論理的に説明してみなさいよ。少しでも論理が破綻してるなら嗤ってあげるから」

 

〈鎗輔〉「い、いや、そうじゃないですけど……」

 

 少し意外な顔をしただけで、ものすごく噛みついてくる少女にたじろぐ鎗輔に、PALが告げる。

 

〈PAL〉[鎗輔。彼女の声紋は、先日栄華の部屋からした声と、陳珪到着を報せた声と同じです。責任ある立場なのは確かでしょう]

 

〈鎗輔〉「そうなのか……」

 

〈フーマ〉『そんなんいいからよ~、もう帳簿だけもらっていこうぜ? 日が暮れるぞ』

 

〈鎗輔〉「う、うん。帳簿はどこですか?」

 

〈???〉「……その辺に置いてあるから、勝手に持っていきなさい。草色の表紙が当ててあるわ」

 

〈鎗輔〉「はい、ありがとうございます……」

 

 言う通りの、草色の帳簿を拾い上げて、来た道を帰っていく鎗輔。その道中でつぶやく。

 

〈鎗輔〉「何て言うか、すごい人だったな、さっきの……。栄華さんよりきつい人がいるとは」

 

〈フーマ〉『あれで部下なんだろ? 陳留って濃い奴多いのな』

 

 

 

 城壁の上にまで戻ってくると、華琳はイライラしたように腕組みして待っていた。

 

〈鎗輔〉「すみません、遅くなりました!」

 

〈華琳〉「待ちくたびれたわよ。早く見せなさい」

 

 持ってきた紙束を差し出すと、華琳はその場で表紙をめくって中身を確認し出す。

 

〈華琳〉「……」

 

 しかし仕事の早い華琳としては珍しく、紙面からなかなか目を離そうとしない。

 

〈鎗輔〉「……あれ? 持ってくるの間違えた……?」

 

〈PAL〉[ですが、草色の表紙のものはあれしかありませんでした]

 

 鎗輔も不安になってくると、華琳はパスッと帳簿を閉じて、

 

〈華琳〉「……秋蘭」

 

〈秋蘭〉「はっ」

 

〈華琳〉「この監督官というのは、一体何者なの?」

 

〈秋蘭〉「はい。栄華が使えると言っていた新人です。陳珪殿がいらした時の警備計画も作成したそうで、今度の食料調達も任せてみたのですが……何か問題でも?」

 

〈華琳〉「ここに呼びなさい。大至急よ」

 

〈秋蘭〉「はっ!」

 

 華琳の命でこの場を離れていく秋蘭の後ろ姿を見送る鎗輔の目は、すっかり丸くなっていた。

 

〈鎗輔〉「か、華琳さま。その帳簿、何て書いてあるんですか?」

 

〈華琳〉「秋蘭が戻ってきてから話すわ」

 

 

 

〈秋蘭〉「華琳さま。連れて参りました」

 

 しばらくした後、秋蘭が先ほどの、鎗輔に罵声を浴びせまくった少女を連れてきた。

 

〈華琳〉「お前が食料の調達を?」

 

〈???〉「はい。必要十分な量は調達したつもりですが……何か問題でもございましたか?」

 

 余裕の態度の少女と、それと対照的に眉間に皺を刻む華琳の対話を、鎗輔は固唾を呑んで見守る。

 

〈華琳〉「必要十分とは……何を以てそう口にしたつもり? 指定してた量の半分しか準備できていないように見えるのだけれど?」

 

〈フーマ〉『半分?』

 

 呆気にとられるフーマたち。行軍に糧食は必要不可欠。食べてエネルギーを得ないことには、どんな人間もろくに動けなくなる。戦闘するなど以ての外。

 華琳のことだから、無駄が出ない量を計算したはず。その半分では、明らかに遠征を成功させるには不足すぎる。

 

〈華琳〉「このまま出撃したら、糧食不足で行き倒れになるところだったわ。そうなったら、あなたはどう責任を取るつもりだったのかしら?」

 

 それを指摘されたにも関わらず、少女は堂々としたもの。

 

〈???〉「いえ。そうはならないはずです」

 

〈華琳〉「ほぅ」

 

〈???〉「理由は三つあります。お聞きいただけますか?」

 

〈華琳〉「……いいわ、説明なさい。私を納得させられたなら、今回の件は不問にしてあげる。ただし、納得させられなかった時は……」

 

〈???〉「……ご納得いただけなければ、それは私の不徳の致すところ。この場で我が首、刎ねていただいて結構にございます」

 

〈鎗輔〉「ちょッ……!?」

 

 とんでもない条件を自ら提示する少女に、度肝を抜かれる鎗輔。

 

〈華琳〉「……二言はないぞ?」

 

〈鎗輔〉「か、華琳さま! それは……!」

 

 思わず制止しようとしたが、即座に華琳に目で咎められた。

 

〈華琳〉「控えなさい、鎗輔。これはこの者自ら口にしたこと。本気ならば、首を刎ねられても本望。戯れで首を差し出すようであるならば、どの道我が軍には不要な人間よ」

 

〈鎗輔〉「け、けど……!」

 

〈フーマ〉『鎗輔。とりあえず、様子を見ようぜ……』

 

 戸惑う鎗輔だが、フーマに抑えられて、しぶしぶ身を引いた。

 

〈???〉「では、説明させていただきますが……」

 

 そして、少女が自身の命を賭けた説明を始めた。

 理由の一つ目は、華琳ほどの人間ならば、糧食の確認は自ら行うはず。そこで問題があれば訂正をするので、結果的に行き倒れにはならないという、ある種開き直った理屈。

 二つ目は、糧食が少なくなれば、それを運ぶ労力も減るので、行軍速度が上昇し、遠征に掛かる時間も大幅短縮できるという、物理的な論理。

 しかしこの二つ目に、春蘭が疑問を抱く。

 

〈春蘭〉「なぁ、秋蘭」

 

〈秋蘭〉「どうした姉者。そんな難しい顔をして」

 

〈春蘭〉「行軍速度が速くなっても、移動する時間が短くなるだけではないのか? 討伐に掛かる時間までは短くならない……よな?」

 

〈秋蘭〉「ならないぞ」

 

〈春蘭〉「良かった。私の頭が悪くなったのかと思ったぞ」

 

〈鎗輔〉「それは元から……」

 

〈春蘭〉「おいっ! 今何か言わなかったか!?」

 

〈鎗輔〉「何も言ってませんよ。空耳じゃないですか?」

 

〈春蘭〉「何だ、空耳か。ならいい」

 

〈秋蘭〉「姉者……」

 

 しれっと返す鎗輔と、納得してしまう春蘭に、秋蘭は嘆息した。

 それはともかく、華琳もここまでの二つの説明では納得していない。愛用の武器である鎌を、少女の首筋に狙って構えている。

 

〈鎗輔〉「……!」

 

 鎗輔も冗談を言っている場合ではなく、フーマキーホルダーを右手で握り締めていた。

 

〈華琳〉「後がないわよ。最後の理由、言ってみなさい」

 

 少女の命を分ける、三つ目の理由は。

 

〈???〉「……私の提案する作戦を採れば、戦闘に掛かる時間は移動時間以上に縮めることが出来ましょう。よって、この糧食の量で十分と判断致しました」

 

 その発言に、鎗輔らは度肝を抜かれる。

 

〈荀彧〉「曹操さま! どうかこの荀彧めを、曹操さまを勝利に導く軍師として、麾下にお加え下さいませ!」

 

 更に口にした名前に、もっと驚愕させられる鎗輔。

 

〈鎗輔〉「荀彧……!!」

 

〈荀彧〉「どうか! どうか、曹操さま!」

 

〈華琳〉「……荀彧。あなたの真名は」

 

〈荀彧〉「桂花と、そうお呼び捨て下さいませ」

 

〈華琳〉「桂花。あなた……この曹操を試したわね?」

 

〈荀彧〉「はい」

 

〈春蘭〉「貴様、何をいけしゃあしゃあと……。華琳さま! このような無礼な輩、このまま首を刎ねてしまいましょう!」

 

 たまらず怒号を発する春蘭だが、荀彧にはねつけられる。

 

〈荀彧〉「あなたは黙っていなさい! 私の運命を決めていいのは、曹操さまだけよ!」

 

〈春蘭〉「ぐ……っ。貴様ぁ……!」

 

〈華琳〉「桂花。軍師としての経験は?」

 

〈荀彧〉「はっ。ここに来るまでは、南皮で軍師をしておりました」

 

〈華琳〉「……どうせあれのことだから、軍師の言葉など聞きはしなかったのでしょう。それに嫌気が差して、この辺りまで流れてきたのかしら?」

 

〈荀彧〉「……まさか。聞かぬ相手に説くことは、軍師の腕の見せどころ。ましてや仕える主が天を取る器たれば、そのために己が知謀を説く労苦、何を惜しみ、ためらいましょうや」

 

〈華琳〉「……ならばその力、私のために振るうことは惜しまぬと?」

 

〈荀彧〉「ひと目見た瞬間、私の全てを捧げるお方と確信致しました。もしご不要とあらば、この荀彧、生きてこの場を去る気はありませぬ。既に我が三魂七魄はお預け致しました。残る身体が不要とあれば、その振り上げた刃、遠慮なく振り下ろして下さいませ!」

 

 あまりもの展開に、鎗輔たちは言葉を失っている。皆の注目が華琳の、華琳の鎌に集まっている。

 

〈華琳〉「桂花とやら。私がこの世で最も腹立たしく思うこと。それは、他人に試されるということ。……分かっているかしら?」

 

〈荀彧〉「無論です」

 

〈華琳〉「そう……。ならば、こうすることもあなたの考えの内ということよね……!」

 

 そう言うなり、華琳は振り上げた刃を一気に振り下ろす――!

 

〈春蘭〉「――なっ……!?」

 

〈秋蘭〉「……っ!!」

 

 結果、起こったことに、春蘭、秋蘭が目を見張った。

 

〈荀彧〉「……!!」

 

 荀彧は、その場に立ったまま。

 ――それを抱きしめ、背中で華琳からかばい立てしたのは、咄嗟に飛び出した鎗輔。刃は、彼の肩口に触れるか触れないかの位置で停止していた。

 

〈フーマ〉『……寸止めか』

 

〈華琳〉「当然でしょう」

 

〈鎗輔〉「よ……良かったぁ~……」

 

 へなへなと力が抜けて、どっと息を吐く鎗輔。すると、

 

〈荀彧〉「良くないわよぉっ!!」

 

 その頬に、荀彧がバチーンッ! と猛烈なビンタを食らわせた。

 

〈鎗輔〉「ぶふぅッ!?」

 

〈荀彧〉「あんたねぇぇぇ!! 私が曹操さまにお見せした覚悟が、台無しじゃないっ!! 何てことしてくれてるのよぉ!!!」

 

〈鎗輔〉「い、いや、身体が勝手に……」

 

〈荀彧〉「そんな汚らしい手で私に触るなっ!! 妊娠したらどうしてくれるの!? というか、何であんたなんかが曹操さまの真名を呼んでいるの!! あんたが首を刎ねられなさいよっ!!」

 

〈鎗輔〉「痛たいでででッ! やめ、やめてッ!」

 

〈秋蘭〉「こら、よせ……!」

 

〈春蘭〉「華琳さまの御前だぞ、おい!」

 

 鎗輔をゲシゲシと蹴りつける荀彧を、春蘭までもたまらずに止めに入った。一方の華琳は、長い息を吐いてから、改めて荀彧に呼びかける。

 

〈華琳〉「……桂花。もし私が本当に振り下ろして、邪魔も入らなかったら、どうするつもりだった?」

 

〈荀彧〉「あっ……は、はい!」

 

 我に返った荀彧が身なりを正し、華琳に向き直る。

 

〈荀彧〉「曹操さまのご気性からして、試されたなら、必ず試し返すに違いないと思いましたので。避ける気など毛頭ありませんでした」

 

〈華琳〉「そう……」

 

 引いた大鎌をゆっくり下ろした華琳が、愉快そうに大笑いする。

 

〈華琳〉「ふふっ。あはははははははっ!」

 

〈春蘭〉「か、華琳さま……っ!?」

 

〈華琳〉「最高よ、桂花。私を二度も試す度胸と知謀、気に入ったわ」

 

〈荀彧〉「恐れ入りましてございます」

 

〈華琳〉「ならばこれからは、あなたの残り半分も私に捧げなさい。我が覇道のため、その全身全霊を以て私に尽くすのよ。いいわね?」

 

〈荀彧〉「はっ!」

 

〈華琳〉「まずは、この討伐行を成功させてみせなさい。糧食は半分で良いと言ったのだから……もし不足したならその失態、身を以て償ってもらうわよ?」

 

〈荀彧〉「御意!」

 

 話は決着を迎えた。荀彧は、仮の形ではあるが、華琳の軍師として召し抱えられることが決定したのであった。

 しかし、怒りの冷めやらぬ荀彧が改めて鎗輔にギャアギャア文句をつけ、鎗輔がタジタジになっているのを尻目にする華琳に、秋蘭が呼び掛ける。

 

〈秋蘭〉「しかし、先ほどは驚きました。東雲が、あのような行動に出るとは……。華琳さまはそれもお読みで?」

 

〈華琳〉「そうでなければ、我が刃は鎗輔の肩に突き刺さっていたわよ」

 

〈秋蘭〉「流石……。鎗輔も、華琳さまのご慧眼にその身を救われましたな」

 

〈華琳〉「……しかし、東雲鎗輔……あれほどの覚悟を見せつけた者をなお、無意識にでもかばおうとするとは……。あれは、乱世に生きるべき人間ではないわ」

 

〈秋蘭〉「真に……」

 

〈華琳〉「……天は何故、かの者を遣いに選んだのか……」

 


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