奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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The Brave General

 

 ひと悶着があったりもしたが、鎗輔たちは予定通りに陳留を出立。数日後には、豫州との州境を越えていた。

 

〈鎗輔〉「……すんなり入れましたね」

 

 馬での移動中、鎗輔が隣を進む秋蘭に話しかける。

 

〈鎗輔〉「違う州に立ち入るんだから、もっと検査なりうるさいものだと思ってましたが」

 

〈秋蘭〉「陳珪の根回しが効いたのだな。それはそれで恐ろしい話だが……それより東雲、大丈夫か?」

 

〈鎗輔〉「はい。行軍もゆっくりですし、フーマや香風ちゃんに鍛えてもらいましたから」

 

〈香風〉「お兄ちゃん、頑張ってた」

 

〈フーマ〉『俺のバディなら、もうあんな情けねぇ姿晒すんじゃねぇぞ』

 

 この世界に来た当初の醜態を思い出し、気まずそうに目を泳がせる鎗輔。

 

〈フーマ〉『ところで、随分ゆっくりと行進すんだな。もう州越えたって言っても、まだまだ距離あるんだろ?』

 

〈鎗輔〉「確かに……ただでさえ予定期間を半分も縮めてるのに」

 

〈秋蘭〉「別に東雲を気遣ってのことではないだろうし、気にする必要はないと思うがな」

 

〈鎗輔〉「そうは言っても……あ、桂花さん」

 

 問題の人物の後ろ姿を見つけ、呼び掛けると――荀彧がギョッと振り返った。

 

〈桂花〉「な……っ! アンタ、何で……っ!」

 

〈鎗輔〉「華琳さまから、連絡行きませんでした? ぼくたちも桂花さんのこと、真名で呼ぶと」

 

〈桂花〉「聞いたけど覚える気にもならなかったわ!」

 

〈鎗輔〉「はぁ……」

 

〈桂花〉「それに、古参の夏侯淵さまはともかくとして、何でアンタなんかに真名を呼ばれなきゃならないのよ! 訂正なさい!」

 

〈香風〉「シャンも訂正する……?」

 

〈桂花〉「……あなたは別にいいわ」

 

〈PAL〉[加入時期で言うならば、鎗輔と香風は同期ですが]

 

〈桂花〉「なら訂正するわ。役に立つ立たないの話よ」

 

〈フーマ〉『ひっでぇなぁ。こちとら天の御遣いだぞ桂花』

 

〈桂花〉「うるさいわね! 天の使者だか何だか知らないけど、アンタら得体が知れないのよっ! 一人で三人分も声を出して! 真名を呼ぶなっ!」

 

〈フーマ〉『お断りだねー。やーい桂花~』

 

〈桂花〉「きぃーっ!」

 

〈鎗輔〉「フーマ」

 

 桂花が過剰に反応するので、面白がってからかうフーマを鎗輔がたしなめた。

 

〈鎗輔〉「そんなことより、本当に大丈夫なんですか? あんなこと言って」

 

〈桂花〉「そんなことじゃないわよ。ごまかされませんからね!」

 

〈秋蘭〉「華琳さまの命だ。あきらめて受け入れるのだな」

 

〈桂花〉「……しょうがないわね。で、あんなことって?」

 

〈鎗輔〉「決まってるじゃないですか。本当に予定の半分の糧食しか持ってこないなんて……」

 

 陳留軍が引き連れている荷車は、本当に当初予定されていた半分の台数であった。確かに労力は減って経済的にも助かるが、鎗輔には未だに不安が残っている。

 

〈桂花〉「別に無茶でも何でもないわよ。今の我が軍の実力なら、これくらい出来て当たり前なんだから」

 

〈鎗輔〉「……そうなんですか?」

 

〈秋蘭〉「華琳さまは知にも勇にも優れたお方だが、それを頼んで無茶な攻めを強いることはないからな。正直、こういう強行を実戦で試すのは初めてだ」

 

〈桂花〉「ここしばらくの訓練や討伐の報告書と、今回の兵数を把握した上での計算よ。これでも余裕を持たせてあるのだから、安心なさいな」

 

〈鎗輔〉「でも、特段急ぎもしないで……」

 

〈桂花〉「うるさいわね。軍師の私が大丈夫って言ってるんだから大丈夫なの。何か文句でもある?」

 

〈鎗輔〉「……そこまで言うなら」

 

〈秋蘭〉「その辺りの手並みはおいおい見せてもらおう。……しかしあのやり取りは肝が冷えたぞ」

 

 秋蘭のひと言に相槌を打つ鎗輔。

 

〈鎗輔〉「本当ですよ。ぼくなんか、危うく斬られるところだった」

 

〈桂花〉「あれはあんたが勝手にやったことでしょうがっ!」

 

〈鎗輔〉「だけど、あんなことしないで最初から軍師として志願すれば良かったでしょう」

 

〈桂花〉「それが出来ていたなら、していたわよ」

 

〈鎗輔〉「……そうなんですか?」

 

 秋蘭に目を移すと、彼女はコクリと首肯した。

 

〈秋蘭〉「うむ。軍師の募集はしていなかった。経歴を偽って申告する輩も多いのでな。個の武勇なら姉者辺りが揉んでやれば大体分かるのだが……」

 

〈フーマ〉『そりゃ確かに一目瞭然だな』

 

 春蘭の前では、小手先のごまかしなど通用するまい。

 

〈秋蘭〉「香風のように既に名が知れているならまだしも、大概の文官は使ってみんと判断がつかんのだ」

 

〈フーマ〉『筆記試験とかすりゃいいんじゃねぇの?』

 

〈鎗輔〉「そんな簡単な話じゃないでしょ。試験の点数と、仕事上で有用かどうかはやっぱり別の話になるし。軍師ともなるとなおさら」

 

〈秋蘭〉「うむ、その通り。後は……栄華につけるにはちょうど良さそうだったしな」

 

〈鎗輔〉「なるほど」

 

〈フーマ〉『分かるわ~』

 

 その理由には納得するしかない二人。

 

〈桂花〉「そんな訳で、一刻も早く曹操さまの目に留まる働きをして、召し上げていただこうと思ったのだけれど……思っていたよりもその機が早く来て、良かったわ」

 

〈鎗輔〉「だからって、あんな騙し討ちみたいなやり方……」

 

〈桂花〉「しつこいわねぇ。黙って私の手腕を拝見してなさいよ」

 

〈秋蘭〉「それで、華琳さまはどうだったのだ?」

 

 それを聞かれた途端、桂花のしかめ面が陶酔したような笑顔に一変した。

 

〈桂花〉「思った通り、素晴らしいお方だったわ……。あのお方こそ、私が命を懸けてお仕えするに相応しいお方だわ!」

 

〈フーマ〉『そんなに良かったのか?』

 

〈桂花〉「……ふっ。あなたたちのような流木なんかには分からないのでしょうね。かわいそうに」

 

〈フーマ〉『何か俺たちに恨みでもあんのかよ』

 

〈桂花〉「別にないわよ。単に嫌いなだけ」

 

 取りつく島もない桂花に、フーマがこっそり鎗輔に囁く。

 

〈フーマ〉『陳留ってやっぱ、性格きつい奴多いな……』

 

〈鎗輔〉「まぁ、世の中色んな人がいるから……」

 

〈桂花〉「……ところで、さっきから気になってたけど、その足に引っ掛けてるのは何?」

 

 桂花が鎗輔の馬の鞍に結びつけられている、牛革製の鐙を指差した。

 

〈鎗輔〉「ああ、これですか。鐙と言って、これに足を掛けることで馬上での安定性がぐっと上がるんですよ。出兵前に作っておいたんです。簡単なものですけど」

 

 長い行軍に耐えられているのは、これもあるから。自慢げに説明する鎗輔だが、桂花からは嘲笑われる。

 

〈桂花〉「なぁに? そんなものがないと、ろくに馬に乗れないっていう訳? 骨と皮しかない通り、貧弱極まりないわね。藁人形の方がまだマシなんじゃない?」

 

〈鎗輔〉「……いいものなのに、自転車の補助輪みたいな扱いされてる」

 

〈秋蘭〉「しかし、これはこれで有用だ。姿勢が安定するというのは大きい。次の機会にでも、軍に試験的に導入してみようかと考えているが」

 

〈桂花〉「……まぁ、一瞬感心しちゃったことはしちゃったけど……」

 

 などと話し込んでいたら、隊の前方から春蘭が駆けてきた。

 

〈春蘭〉「おお、貴様ら、こんなところにいたか」

 

〈秋蘭〉「どうした姉者。急ぎか?」

 

〈春蘭〉「うむ。前方に何やら大人数の集団がいるらしい。華琳さまがお呼びだ。すぐに来い」

 

〈鎗輔〉「分かりました」

 

〈香風〉「はーい」

 

〈秋蘭〉「うむ」

 

〈桂花〉「分かったわ!」

 

 招集を掛けられ、鎗輔たちは馬の足を速めて前方集団の方へ向かっていった。

 

 

 

〈秋蘭〉「……遅くなりました」

 

〈華琳〉「ちょうど偵察が帰ってきたところよ。報告を」

 

〈柳琳〉「はい。行軍中の前方集団は、数十人ほど。旗がないため所属は分かりませんが、格好もまちまちですし、どこかの野盗か山賊かと思われます」

 

〈華琳〉「……そう。さて、どうするべきかしら? 桂花」

 

 既に答えは出ているだろうが、華琳は試しに軍師に使っている桂花に尋ねかける。

 

〈桂花〉「はっ! もう一度偵察隊を出し、状況次第で迅速に撃破すべきかと。将の選抜までお任せいただけるなら……夏侯惇、徐晃、東雲。この三名を中心に据えるのが良いでしょう」

 

〈鎗輔〉「えッ、ぼくも?」

 

 意外な指名に振り向く鎗輔。

 

〈桂花〉「……曹操さまを偵察に行かせる気?」

 

〈鎗輔〉「いやいや、ぼく戦えないんですけど……」

 

〈フーマ〉『言っとくが、俺は人間とは戦わねぇぞ』

 

〈桂花〉「ついでに戦闘に巻き込まれて死んでくれれば言うことなしでしょう? 天の御遣いってまだ二人もいるのでしょう」

 

〈鎗輔〉「残機制じゃないですよ!?」

 

〈桂花〉「ざんき? まぁ半分は冗談よ」

 

〈鎗輔〉「半分しか冗談じゃないのか……」

 

 空恐ろしくなる鎗輔。

 

〈桂花〉「曹純さまはお戻りになったばかりだし、夏侯淵さまと曹洪さまは本隊の指揮があるでしょう」

 

〈華侖〉「なら、あたしが行きたいっすー!」

 

〈桂花〉「……せめて夏侯惇さまの抑え役くらい、してちょうだい」

 

〈鎗輔〉「そういうことなら……」

 

〈春蘭〉「おい、何を納得している! それではまるで、わたしが敵と見ればすぐ突撃するようではないか!」

 

〈桂花〉「違うの?」

 

〈鎗輔〉「違うんですか?」

 

〈PAL〉[違いますか?]

 

〈華琳〉「違わないでしょう?」

 

〈フーマ〉『違わねぇよなぁ』

 

〈春蘭〉「うぅ、華琳さままで……」

 

 五連発に流石にへこむ春蘭。

 

〈華琳〉「冗談よ。ならその策で行きましょう。どう対処するかの判断は任せるわ。鎗輔、春蘭」

 

〈秋蘭〉「はっ! 承知致しました!」

 

〈鎗輔〉「了解です」

 

〈香風〉「華琳さま、行ってきまーす」

 

 春蘭の隊をそのまま偵察部隊とし、三人は先行して野盗か山賊の集団がいるという場所へと走っていった。

 

 

 

 

〈春蘭〉「全く。先行部隊の指揮など、わたし一人で十分だというのに……。賊なら突っ込んで残らず蹴散らせば良いだけではないか」

 

〈一刀〉「あの、これは偵察ですからね……。まだそうと決まった訳じゃないんですから」

 

〈春蘭〉「貴様なんぞに言われるまでもないわ。そこまでわたしも迂闊ではないぞ」

 

 そう言われても、少しも安心できない鎗輔であった。

 

〈香風〉「春蘭さま、あそこー」

 

〈春蘭〉「よし! と」

 

〈PAL〉[突撃は控えて下さい]

 

〈春蘭〉「わ、分かっている……! と、とりあえず、とりあえず……わたしは何を言おうとしたのだ、東雲!」

 

〈鎗輔〉「知りませんよ……。でも、前の人たち、何だが様子がおかしいですよ」

 

 前方に見えた集団を観察する鎗輔。彼らは一箇所に留まり、騒いでいる様子だ。しかし宴会などではない模様。

 

〈春蘭〉「何かと戦っているようだな」

 

〈香風〉「あ。何か飛んだー」

 

〈鎗輔〉「何だろう」

 

〈PAL〉[人です]

 

〈フーマ〉『人だな』

 

〈鎗輔〉「人!!?」

 

 集団の中から次々と、人間が高々と宙に舞っている。あそこで何が起こっているのか。

 

〈春蘭〉「何だ、あれは!」

 

〈兵士〉「誰かが戦っているようです! その数……一人! それも子供の様子!」

 

〈春蘭〉「何だと!?」

 

〈鎗輔〉「大変だ……って!?」

 

 鎗輔も焦るが、春蘭は報告を聞いた瞬間に飛び出し、一気に加速していった。

 

〈鎗輔〉「ち、ちょっと待って! そんな速度出せない……!」

 

〈香風〉「お兄ちゃんは、ゆっくり来てー」

 

〈鎗輔〉「香風ちゃんまで!」

 

〈フーマ〉『おい鎗輔! 急げっての! のんびりすんな!』

 

〈鎗輔〉「分かってるよ……!」

 

 香風もあっという間に走っていってしまい、鎗輔はやむなく残された兵士たちを連れながら、二人の後を追いかけていった。

 

 

 

〈鎗輔〉「やっと追いついた……って!」

 

 到着した時には、春蘭と香風は一人の少女をかばって野盗を蹴散らしていたが、逃げていく彼らを追撃までしようとしていたので、慌てて止めに入った。

 

〈鎗輔〉「待った! 駄目です! 落ち着いてッ!」

 

〈春蘭〉「東雲、何故止める!」

 

〈鎗輔〉「深追いは駄目ですよ! ぼくたちは偵察です。その子は助けたんだから、一旦本隊に合流しましょう」

 

〈香風〉「桂花、流れ次第で全滅させていいって……」

 

〈春蘭〉「そうだぞ。敵の戦力を削って何が悪い!」

 

〈鎗輔〉「待ち伏せがあるかもしれないでしょう!? 兵士が石にされたって聞いたでしょう!」

 

〈香風〉「あー……」

 

〈春蘭〉「そういえば、そんな話もあったな」

 

〈鎗輔〉「……もう何人かの人に尾行してもらってます。何かあれば知らせてもらえますよ」

 

〈香風〉「さっすがー」

 

〈春蘭〉「むぅぅ、貴様にしてはなかなかやるな」

 

 むしろ、こんなことでよく今まで無事でいられたな……と疲れた気分になる鎗輔だった。

 

〈???〉「あ、あの……」

 

 肩を落としていると、春蘭たちが助けた、香風と同程度の体格の少女が控えめに呼び掛けてきた。

 

〈春蘭〉「おお、怪我はないか? 少女よ」

 

〈???〉「はいっ。ありがとうございます! お陰で助かりました!」

 

〈春蘭〉「それは何よりだ。しかし、何故こんなところで一人で戦っていたのだ?」

 

〈???〉「それは……」

 

 少女が答えかけたところで、後方から本隊が追いついてくる。

 

〈鎗輔〉「あッ、華琳さま!」

 

〈???〉「……っ!」

 

〈華琳〉「鎗輔。謎の集団とやらはどうしたの?」

 

〈鎗輔〉「もう逃げていきました……」

 

 野盗が女の子を襲っていたこと、それを春蘭と香風が撃退したこと、逃げた野盗には尾行をつけたことを簡潔に報告する鎗輔。

 

〈鎗輔〉「その女の子が、この……」

 

 少女を紹介しようとする鎗輔だが、

 

〈???〉「お姉さん、もしかして、国の軍隊……っ!?」

 

〈春蘭〉「まぁ、そうなるが……ぐっ!」

 

 いきなり、少女が持っていた巨大鉄球を振るい、春蘭が咄嗟に剣で弾き返した。

 

〈鎗輔〉「!?」

 

 もし春蘭が防御しなければ、鉄球は全員に襲い掛かっていただろう。少女は周り全てに敵意を剥き出しにしたのだ。

 

〈春蘭〉「き、貴様、何をっ!?」

 

〈???〉「国の軍隊なんか信用できるもんか! ボクたちを守ってもくれないくせに、税金ばっかりどんどん重くして……っ!」

 

 少女は怒りを露わに、鉄球を無遠慮に振り回す。鎗輔たち兵士は思わず後ろに下がり、春蘭が剣を盾に少女の攻撃をいなす。

 

〈春蘭〉「……くぅっ!」

 

〈鎗輔〉「し、春蘭さんッ! 君、少し落ち着いて……!」

 

〈???〉「ボクが村で一番強いから、ボクがみんなを守らなきゃいけないんだっ! 盗人からも、お前たち……役人からもっ!」

 

 鎗輔がどうにか落ち着かせようと声を張るが、少女の耳には届いていない。

 

〈春蘭〉「くっ! こ、こやつ……なかなか……っ!」

 

 春蘭も本気を出す訳にはいかないとはいえ、少女の猛攻ぶりに防戦一方であった。

 

〈鎗輔〉「春蘭さんッ……!」

 

 見かねて鎗輔は身を乗り出しかける。

 

〈PAL〉[危険です。華琳の時とは違います]

 

〈鎗輔〉「それでもッ……!」

 

 PALの制止も振り切って飛び出す、その寸前に、華琳が大喝した。

 

〈華琳〉「そこまでよ!」

 

〈???〉「え……っ?」

 

〈華琳〉「剣を引きなさい! そこの娘も、春蘭も!」

 

〈???〉「は……はいっ!」

 

 華琳の気迫に当てられて我に返った少女が、鉄球を手放した。落下した鉄球は地面に沈み込み、それを見た鎗輔が一瞬目を剥いた。

 

〈華琳〉「……春蘭。この子の名は?」

 

〈春蘭〉「え、あ……」

 

〈許緒〉「き……許緒と言います」

 

 そう名乗った少女は、華琳の威圧感によってすっかりと大人しくなっていた。

 

〈鎗輔〉「許緒……! あの子が……」

 

 名前を聞いた華琳は、許緒に対して、

 

〈華琳〉「許緒、ごめんなさい」

 

〈許緒〉「……え?」

 

 おもむろに、頭を下げた。

 

〈桂花〉「曹操、さま……?」

 

〈春蘭〉「何と……」

 

〈許緒〉「あ、あの……っ!」

 

 家臣たちも驚いているが、許緒としてもこれは予想外だったのか、逆に戸惑っている。

 

〈華琳〉「名乗るのが遅れたわね。私は曹操、山向こうの陳留の地で、太守をしている者よ」

 

〈許緒〉「山向こうの……? あ……それじゃっ!? こ、こちらこそごめんなさいっ!」

 

 華琳の名を耳にした許緒は、すぐにこちらも大きく頭を下げて謝罪した。

 

〈春蘭〉「な……?」

 

〈許緒〉「山向こうの噂は聞いてます! 向こうの太守さまはすごく立派な人で、悪いことはしないし、税金も安くなったし、盗賊もすごく少なくなったって! そんな人たちに、ボク……ボク……! 本当にごめんなさい!!」

 

〈華琳〉「……構わないわ。今の政治が腐敗しているのは、太守の私が一番よく知っているもの。官と聞いて許緒が憤るのも、無理のない話だわ」

 

〈許緒〉「で、でも……」

 

〈華琳〉「だから許緒。あなたの勇気と憤り、この曹孟徳に貸してくれないかしら?」

 

〈許緒〉「え……? ボクの……?」

 

〈華琳〉「私はいずれこの大陸の王となるわ。けれど、今の私の力はあまりに小さすぎる。だから……村の皆を守るために振るったあなたの力と勇気。この私に貸してほしい」

 

 華琳の口にした「王」という言葉に、静かに驚く許緒。

 

〈許緒〉「曹操さまが、王に……?」

 

〈華琳〉「ええ」

 

〈許緒〉「だ……だったら……曹操さまが王様になったら、ボクたちの村も、治めてくれますか? 盗賊も、やっつけてくれますか?」

 

〈華琳〉「約束するわ。陳留だけでなく、あなたたちの村だけでもなく……この大陸の皆がそうして暮らせるようになるために、私はこの大陸の王になるの」

 

〈許緒〉「この大陸の……みんなが……」

 

〈桂花〉「ああ、曹操さま……」

 

 華琳の言葉に、何故か桂花が一番感動していた。

 それはともかくとして、鎗輔が遣わした尾行が戻ってきた。

 

〈栄華〉「お姉様、偵察の兵が戻りましたわ。盗賊団の本拠地は、すぐそこだそうです」

 

〈華琳〉「分かったわ。……ねぇ、許緒」

 

〈許緒〉「は、はいっ!」

 

〈華琳〉「これから、あなたの村を脅かす盗賊団を根絶やしにするわ。まずそこだけでいい、あなたの力を貸してくれるかしら?」

 

〈許緒〉「はい、それならいくらでも! じゃない、ボクの方こそお手伝いさせて下さい!!」

 

〈華琳〉「ふふっ、ありがとう……。春蘭、香風。許緒はひとまず、あなたたちの下につけるわ。分からないことは教えてあげなさい」

 

〈香風〉「はーい」

 

〈春蘭〉「了解です!」

 

 新たに仲間に迎えられた許緒が香風、春蘭と話している間に、華琳が鎗輔に呼び掛ける。

 

〈華琳〉「鎗輔」

 

〈鎗輔〉「は、はい」

 

〈華琳〉「……他人を助けたいという気持ちは大事だけれど、もっと己の身も顧みなさい。あなたの行いは蛮勇。命を縮めるだけよ」

 

〈鎗輔〉「す、すみません……」

 

 ひと言謝った鎗輔は、顔を上げて華琳に言う。

 

〈鎗輔〉「でも、少し意外でした」

 

〈華琳〉「何がかしら?」

 

〈鎗輔〉「華琳さまが、許緒ちゃんに謝ったことです。華琳さまが悪いことはないのに、言っては何ですが、太守が庶民に……」

 

〈華琳〉「別に、頭を下げるだけならただじゃない。それで、防いでいるだけだったとはいえ、あの春蘭をてこずらせるほどの人材がこの手に入るならば、あり余るほどの収穫よ」

 

〈鎗輔〉「えッ、つまり、人材獲得が目的で……」

 

〈華琳〉「まぁ、同じ官のやることに思うところがない訳でもないけれど……。でも、何事も力で解決しようというのは二流三流のやることよ。時には自ら身を引き、下の身分の者にも非を認めることも、覇道には必要なことなのよ」

 

〈鎗輔〉「……」

 

 許緒たちの方の話も纏まったようなので、陳留軍は行軍を再開していった。

 

 

 

 春蘭と香風によって蹴散らされ、山岳地の合間に設けられた砦に逃げ帰ってきた野盗たちは、盗賊団の首領にそのことを報告していた。

 

〈首領〉「何ぃ! 軍隊の殴り込みだとぉ!?」

 

〈野盗〉「へぇ! それも、今までの奴らとは桁違いの強さです!」

 

〈野盗〉「親分、どうしましょう!?」

 

 一瞬頭に血が昇った首領だが、すぐに落ち着いて嘲笑を浮かべる。

 

〈首領〉「ガッハッハッ! たとえどんなに腕っぷしが強い奴らが来ようと、俺が手に入れた『力』の前には何の意味も持たん! そうだろう?」

 

〈野盗〉「そ、そうでした!」

 

〈野盗〉「どんな奴も、石にしちまえば同じことです!」

 

〈首領〉「その通り! そろそろ、俺たちの邪魔をする怪力小娘を始末しに行こうとも考えてたが……向こうから来るのなら、手間が省けてちょうどいい! 徹底的に力を見せつけて、腰抜けぞろいの官吏どもに、俺たちには絶対勝てねぇってことを見せつけてやるッ!」

 

 首領は豪語しながら玉座より腰を浮かす。

 

〈首領〉「俺たちは絶対的な力を手に入れた! こいつがありゃあ、何でも出来る! 間抜けな軍隊どもなど、返り討ちよ!!」

 

 大きく腕を広げた首領の背後に、巨大な『何か』の影がかすかに蠢く。

 

「ギュウウゥゥ!」

 

 巨大な影から生えている二本角が、不気味な光を放った。

 


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