奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

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断空戦烈斧

 

 迫り来るガクマから、せめて華琳だけでも守ろうと鉄球を握り締めていた季衣だが、フーマの登場に度肝を抜かれていた。

 

〈季衣〉「な、何あれぇ! 巨人!? 曹操さま、これって……」

 

 思わず振り返った季衣は、鎗輔の姿がなくなっていることに気がついた。

 

〈季衣〉「あれ? 兄ちゃんは?」

 

〈華琳〉「後で説明するわ。……フーマ、頼むわよ」

 

 華琳はガクマと対峙したフーマから目を離さずに、そう返した。

 

〈華侖〉「うひゃ~! 近くで見ると、おっきいっすねーフーマっち」

 

〈柳琳〉「姉さん、のんきにしてる場合ではないわ」

 

〈春蘭〉「ぬぅ……わたしだってあれくらい大きければ、この手で華琳さまをお守りできるというのに……」

 

〈秋蘭〉「姉者、そんなことを言っても仕方がないぞ」

 

〈桂花〉「ぼんやり見ている暇はないわ。今の内に兵を砦に回して、賊の首魁を捕らえるのよ!」

 

〈栄華〉「万一の時のために、撤退の用意も進めておきましょう」

 

〈香風〉「がんばれ、お兄ちゃん……」

 

 各々がこの間にも残存の盗賊に対処する中、フーマとガクマの戦闘が幕を切る。

 

「ギュウウゥゥ!」

 

 ガクマは自身と同等の体格のフーマに真っ先に狙いをつけ、石化光線を吐き出す。が、

 

「フッ!」

 

 フーマは残像が残るほどのスピードで回避して、ガクマの背後に回り込んだ。陳留軍の間から、感嘆の声が上がる。

 

「ギュウウゥゥ!?」

 

 ガクマはすぐさま振り返って再度石化光線を吐くが、フーマは宙に飛び上がってよけつつ光波手裏剣で反撃。

 

「セイヤッ!」

「ギュウウゥゥ!」

 

 光刃を首筋に食らい、ガクマが悶絶する。

 

〈フーマ〉『へッ。相手を石にするやべぇ光線も、当たらなきゃ意味ねぇぜ!』

 

 ガクマはムキになり、ひたすらフーマを狙って石化光線を発射するも、フーマの速度に全くついていくことが出来ず、翻弄されるばかり。やがて疲れが見えて動きが鈍っていく。

 

〈フーマ〉『鎗輔! そろそろ決めてやりな!』

 

〈鎗輔〉『「うん……!」』

 

 鎗輔がタイガスパークを操作して、ギンガレットを召喚。エネルギーをスパークで受け止める。

 

[ギンガレット、コネクトオン]

 

〈フーマ〉『七星光波手裏剣!!』

 

 虹色に輝く手裏剣がガクマの背面に突き刺さり、必殺攻撃を食らったガクマががくりと倒れた。直後に爆散して消滅する。

 

〈フーマ〉『へへッ、楽勝だったな』

 

 ガクマをあっさりと完封したフーマが足を止め、着地。陳留軍もわっと湧き立って勝利を称えた。

 

〈華侖〉「おおー! あっという間にやっつけたっす!」

 

〈香風〉「圧倒的……」

 

〈栄華〉「心配するほどのことはありませんでしたわね」

 

〈春蘭〉「よーし! 総員、砦に突撃して賊どもを根絶やしに……」

 

 安堵した春蘭が兵士たちに指示を飛ばしかけるが……その瞬間、微細な揺れを感じ取った秋蘭がハッとさえぎった。

 

〈春蘭〉「待った! まだ警戒を解くなっ!」

 

〈春蘭〉「え?」

 

 直後、地面の一画からフーマ目掛け、青い光線が放たれる!

 

〈フーマ〉『!? うおッ!』

 

 ギリギリで気づいて身をよじったフーマだが、完全にはかわし切れず、光線が足にかすめた。左足が石に変わってしまう。

 

〈フーマ〉『んなッ……!?』

 

〈鎗輔〉『「ま、まさか……!」』

 

 光線が飛んできた地面が裂け、巨大なものが這い出てくる!

 

「ギュウウゥゥ!」

 

 またしてもガクマ! だが頭に生えている角は二本だ!

 

〈季衣〉「え、ええっ!? 怪物がまた出てきたっ!」

 

〈栄華〉「一体だけではなかったのですわね……!」

 

〈桂花〉「ちょっと……まずくない? あいつ、足をやられたわっ!」

 

 桂花が独白した通り、片足を石にされたフーマは、一番の売りの機動力がガタ落ちしてしまった。

 

〈フーマ〉『くそぉッ! ウルトラマンフーマ、一生の不覚だぜッ!』

 

「ギュウウゥゥ!」

 

 ガクマは二本角を動かして前方に突き出すと、フーマに向かって突進。

 

〈フーマ〉『うおぉぉッ!』

 

 動きが大幅に鈍ったフーマはよけることが出来ずに、はね飛ばされてしまった。

 

「ギュウウゥゥ!」

 

 倒れたフーマを更に、ガクマが前足で踏み潰す。

 

〈フーマ〉『ぐはッ! くッ……!』

 

 苦しみながらも転がって逃げるフーマ。だがダメージにより、カラータイマーが点滅する。

 それは鎗輔の生命力が低下している印だ。

 

〈鎗輔〉『「うぅッ……!」』

 

〈フーマ〉『鎗輔、大丈夫か! くッ……!』

 

 鎗輔を気遣いながらも、フーマは容赦なく飛んでくる石化光線をギリギリでかわす。次に食らったら非常にまずいので、必死だ。

 

「ギュウウゥゥ!」

 

 しかしガクマは何を思ったか、光線の矛先を陳留軍の本隊、つまり華琳の方へ向けた!

 

〈華琳〉「はっ……!?」

 

〈春蘭〉「か、華琳さま!!」

 

〈華侖〉「華琳姉ぇ!!」

 

 気づいた春蘭らが一斉に駆け出すが、到底間に合わない。ガクマが光線を放つ!

 

〈鎗輔〉『「危ないッ!!」』

 

〈フーマ〉『うおッ!?』

 

 その瞬間――鎗輔がフーマの身体を引っ張って、横に倒して華琳たちの盾にした。

 

〈鎗輔〉『「うわあああぁぁぁぁぁぁッ!!」』

 

 華琳らをかばって光線を受けたフーマの身体は、腹部から下が完全に石に変わる。これでは立ち上がることが出来ない。

 

〈季衣〉「巨人が……ボクたちを助けてくれた!?」

 

〈桂花〉「あいつ……!」

 

〈華琳〉「……鎗輔……!」

 

 ガクマは起き上がることが出来ないフーマの方へ、余裕綽々ににじり寄ってくる。確実にとどめを刺す気か。

 

〈鎗輔〉『「うぅ……フーマ、ごめん……! 勝手なことを……」』

 

〈フーマ〉『いや、グッジョブだぜ……! あいつは今、俺が動けなくなったものとすっかり油断してる……!』

 

 フーマは謝る鎗輔を慰めて、近づきつつあるガクマを見据えた。

 

〈フーマ〉『一発逆転のチャンスだ! 鎗輔、あれの用意をしとけ!』

 

〈鎗輔〉『「あれって……まさか、あれを使えと!?」』

 

 フーマが指しているのは、先日入手した『アレ』。一度試しに使ってみたが、予想外の威力を見せつけて唖然としたものだ。

 

〈フーマ〉『攻撃のチャンスは一度きり! 確実に仕留めるぞ! 俺が合図したら、すぐにやるんだッ!』

 

〈鎗輔〉『「わ……分かった!」』

 

 鎗輔たちは固唾を呑みながら、ガクマが十分に近づいてくるまでじっと待ち構える。ここで気取られたらおしまいだ。

 

「ギュウウゥゥ!」

 

 彼我の距離が、150メートルまで縮まった。140……120……100……!

 

〈フーマ〉『今だッ!』

 

 合図が飛び、鎗輔がスパークに触れる。

 

[セット]

 

 鎗輔の左手の中指に、香風から生じた指輪が嵌まり、それに右手をかざす。

 

[香風リング、エンゲージ]

 

 リングから紫色の電流が生じ、鎗輔の傍らに香風のビジョンが現れた。

 

〈フーマ〉『断空戦烈斧ッ!』

 

 フーマが伸ばした両腕の先から、エネルギーが実体化した巨大な斧の刃が出現。それが縦回転しながら、空間をも断たん勢いでガクマに飛んでいく!

 

「ギュウウゥゥ!!」

 

 ガクマは鼻の頭から尻尾の先端まで巨斧に貫かれ、両断された肉体が石化してバラバラに砕け散った。

 と同時に、その力の影響が消えてフーマの肉体が元に戻る。

 

〈春蘭〉「や……やったッ!!」

 

〈華侖〉「うわぁ―――いっ! 大逆転っす―――――っ!!」

 

 一瞬の内の逆転勝利に、陳留軍が一斉に歓声を発した。華琳もまた、よろよろと立ち上がるフーマを見上げて頬を緩ませる。

 

〈華琳〉「フーマ……鎗輔……感謝するわ」

 

 その言葉とともに――彼女の胸元から一片の光が飛び、フーマの手の平がキャッチした。

 鎗輔の手中に、華琳の縦ロールと大鎌を模した指輪が収まる。

 

〈鎗輔〉『「また、指輪……!」』

 

〈フーマ〉『今度は華琳か……ほんと、何なんだろうな、これ』

 

 フーマにはもう飛び去っていくエネルギーも残っておらず、その場で縮小して鎗輔の肉体に戻っていった。

 

 

 

 ほとんどの体力を使い果たして、立っているのがやっとの鎗輔の元に、季衣と桂花、栄華、秋蘭を連れた華琳が駆けつける。

 

〈季衣〉「兄ちゃーん! 何でこんなとこに……ってか、巨人が縮んで、兄ちゃんが? まさか、さっきの巨人って……!?」

 

 混乱気味の季衣に構わず、汗だくの鎗輔が華琳に尋ねる。

 

〈鎗輔〉「華琳さま……盗賊たちは、どうなりましたか……?」

 

〈華琳〉「逃げ出す者には、春蘭と香風が追撃を掛けているわ。砦の制圧には、華侖と柳琳が。これで一網打尽ね」

 

〈鎗輔〉「そうですか……これで、もう盗賊に襲われる人は、いなくなるんですね……」

 

 疲弊し切った状態でありながら、なお他人のことを気に掛ける鎗輔に、華琳が苦笑。

 

〈華琳〉「鎗輔、先ほどは助かったわ。それと……」

 

〈鎗輔〉「え……」

 

〈華琳〉「……よく戦場から逃げ出さなかったわね。感心したわ」

 

 そのひと言に、思わず呆気にとられる鎗輔。

 

〈鎗輔〉「……それって、褒められるところなんですか……?」

 

〈秋蘭〉「少なくないのだぞ。初陣で使い物にならなくなる奴は」

 

〈華琳〉「それに、天の国にこういった戦いはないのでしょう? 少なくとも、初陣で逃げたくなる気持ちを御することが出来ただけで大したものだわ」

 

〈鎗輔〉「あ、ありがとう……ございます……」

 

 礼を言った鎗輔の身体がぐらりと傾いて、倒れかかった。それを季衣が慌てて受け止める。

 

〈季衣〉「に、兄ちゃん! 大丈夫!?」

 

〈PAL〉[意識を喪失しています]

 

〈フーマ〉『今回はハードだったからなぁ……しょうがねぇさ』

 

〈季衣〉「わぁっ!? しゃべった!?」

 

〈華琳〉「季衣。鎗輔を後方に預けておいてちょうだい。桂花と秋蘭は、本陣を前に移す指揮をなさい。華侖と柳琳に加勢して、砦を落とすわ」

 

 鎗輔の身柄を季衣に託して、華琳は戦の大詰めに取り掛かっていった。

 

 

 

〈鎗輔〉「……あれ?」

 

 鎗輔が目を覚ました時には、彼は荷車の上に乗せられていた。

 

〈秋蘭〉「やっと気がついたか」

 

〈季衣〉「兄ちゃん! 良かったぁ!」

 

〈鎗輔〉「あ、あの……砦は!?」

 

 意識を失うまでの状況を思い返した鎗輔が、顔を覗き込んでいた春蘭たちに尋ねる。

 

〈春蘭〉「とっくに陥としたぞ」

 

〈フーマ〉『お前その間、ずっと寝てたんだぞ。ここはもう陳留手前だ』

 

〈鎗輔〉「ほ、本当に……?」

 

 そうなると、自分はどれだけの間、気を失ったままだったのだろうか。流石に唖然とする鎗輔だった。

 

〈鎗輔〉「……まぁ、それならそれでいいけど……誰か、この縄解いてもらえません?」

 

 目が覚めても身体は起こせない。何故なら、落ちないように荷車に縄でくくりつけられているからだ。

 

〈華琳〉「どうせ馬に乗れる体力など戻っていないでしょう? ついでだから、そのまま戻ってはどう?」

 

〈華侖〉「あ、鎗輔っち! 目が覚めたっすか!」

 

〈柳琳〉「ご無事で良かったです……!」

 

 鎗輔の覚醒に気づいて、華侖や柳琳、香風らも集まってくる。が、鎗輔は格好が格好なので羞恥に駆られる。

 

〈鎗輔〉「やめて! 見ないで、こんな姿!」

 

〈フーマ〉『気にすんなよ。もうみんな、散々見てたぜ』

 

〈鎗輔〉「うぅ……。だけど、見たところみんなが無事なのは良かったです」

 

 鎗輔の周りには、華琳ら主だった人間が一人も欠けることなくそろっていて、特に怪我を負った様子もなかった。それには安堵する。

 

〈春蘭〉「ふんっ。あの程度で死ぬような軟弱者が、我が軍にいるはずもなかろう」

 

〈桂花〉「死ぬような軟弱者はいないけど……ねぇ」

 

〈鎗輔〉「ほっといてよ。……だけど、荷車に縛りつけられてる割には、身体痛くないな」

 

 不思議に思う鎗輔。土が剥き出しの道の上を移動し続けるのは、馬上でも振動が伝わって苦しいもの。それなのに、こんな身動きの取れない状態で、どこにも苦痛がない。

 

〈フーマ〉『俺が念力で身体支えて、衝撃を和らげてるのさ』

 

〈鎗輔〉「そうなのか……ありがとう、フーマ」

 

〈フーマ〉『頑張ったバディのためだ。こんくらいはやってやらなくっちゃな。……それより、一つ怪獣のことで問題があるんだけどよ』

 

〈鎗輔〉「ああ、うん……怪獣と盗賊は、どういうつながりだったんだろう。ぼくはてっきり、盗賊が上手いこと山の中にいる怪獣を利用してるものだと思ってたんだけど……」

 

 気に掛ける鎗輔。あの時のガクマは、どう考えても盗賊に使役されているとしか思えないようなタイミングで出現していた。

 

〈華琳〉「それだけれど、捕らえた賊の首領を尋問したら、とても奇妙なことを証言したわ。秋蘭」

 

〈秋蘭〉「はっ。賊の首領は、ある晩に見た夢の中で、覚えのない声からこう告げられたそうだ。『お前に力を与えてやろう』と」

 

〈鎗輔〉「夢の中で……?」

 

〈秋蘭〉「そして翌朝に、砦の外にあの怪獣たちがいた。怪獣は自分の言うことに従い、その力を背景に勢力をあそこまで拡大したという。……この話を、どう思う?」

 

 秋蘭の問いかけに、怪獣について最も詳しいフーマが意見する。

 

〈フーマ〉『偶然とかじゃあねぇだろうな。怪獣が人間の命令を聞くなんて、よっぽどのことがなけりゃあり得ねぇ。……この件、どこの誰だかは知らねぇが、裏で糸を引いてる奴がいるぜ……』

 

〈華琳〉「一件落着、とはいかないみたいね……。まぁ、今回は桂花と季衣という得がたい宝が手に入ったのだから、それで良しとしましょう」

 

〈鎗輔〉「……季衣ちゃんも、正式に陳留の一員になるんですね」

 

 得心する鎗輔。

 

〈春蘭〉「ああ。季衣には、今回の武功を以て華琳さまの親衛隊を任せることになった」

 

〈季衣〉「それにボクの村も、しばらくは曹操さまが治めてくれることになったんだ! 税もずっと安くなるし、警備の兵や曹操さまの信頼してる役人も連れて来てくれるって言うし、それが一番嬉しいよ」

 

〈鎗輔〉「え? 季衣ちゃんの村って、豫州でしょ? それを、苑州の華琳さまが……?」

 

〈栄華〉「しばらくは今回の件の後始末も必要ですし、警護の名目も兼ねて沛国のあの方に申し出ておきましたの」

 

〈鎗輔〉「陳珪さんか。……でも、それって後々問題になるんじゃ……」

 

〈華琳〉「大丈夫よ。あくまでも一時的な預りであって、返せと言われればすぐ返すと約束してあるもの」

 

〈季衣〉「えー。ボク、曹操さまがずっと村を治めてくれる方が嬉しいんですけど」

 

〈鎗輔〉「それでも……遠征費用だって沛国持ちなのに……こちらに有利すぎませんか?」

 

〈栄華〉「ええ。タダより高いものはないと言いますし、いずれどれだけの取り立てが来るやら……」

 

 栄華は渋い顔だが、華琳はどこ吹く風だ。

 

〈華琳〉「あれが怪しいのは織り込み済みよ。それにあの程度の小者も呑み込めないようでは、朝廷の魑魅魍魎と渡り合うことなど到底出来ないでしょうね」

 

〈フーマ〉『どんだけやべぇとこなんだ、朝廷って』

 

 ある程度話が纏まったところで……華琳が桂花に振り向いた。

 

〈華琳〉「さて。後は、桂花のことだけれど……」

 

〈桂花〉「そ……曹操さま、ここでですか!?」

 

〈華琳〉「皆もそろっているし、ちょうど良いでしょう」

 

〈鎗輔〉「桂花さんのことで、何か?」

 

〈秋蘭〉「知っているだろう。桂花のした約束のことだ」

 

〈鎗輔〉「ああ、あの糧食の……。でも、砦は一日足らずで陥としたんですし、足りなかったなんてことにはならないと思うんですけど……」

 

 最後に確認した糧食の量を思い返す鎗輔。あれは砦攻めをする日の早朝で、その時には半分以上も残っていたのだから、単純に考えればこの折り返しの途中で尽きてしまうとは思えないのだが……。

 

〈秋蘭〉「当初の予定通りだったならば、確かにそうなのだが……」

 

〈鎗輔〉「何か問題が?」

 

〈秋蘭〉「話せば長くなるのだがな……」

 

 秋蘭の説明するところによると……糧食は、昨日の晩で無くなってしまい、今日は全員が何も口にしていないという。その原因の一つは、損害が少な過ぎて兵が想定以上に残ったこと。しかし、それは然したる問題ではなかった。

 最大の原因は……。

 

〈フーマ〉『まぁ……道中で人の十倍食う奴が仲間になるなんて、普通は思わねぇよなぁ』

 

〈華琳〉「不可抗力や予測できない事態が起こるのが、戦場の常よ。それを言い訳にするのは、適切な予測が出来ない、無能者のすることだと思うのだけれど?」

 

〈桂花〉「そ、それはそうですが……」

 

 季衣が度を越した大食漢だったということだ。ずっと気を失っていた鎗輔の分程度では全く埋め合わせにならず、とうとう陳留目前まで来て、食い尽くされてしまったのだという。

 

〈季衣〉「え? えっと……ボク、何か悪いこと、した?」

 

〈柳琳〉「ううん、大丈夫よ。季衣さんは気にしなくで」

 

〈鎗輔〉「か、華琳さま。結局のところ、遠征は予想以上の成功だった訳ですし、もう陳留も見えてますし……あの約束は……」

 

〈華琳〉「どんな約束であれ、反故にすることは私の信用に関わるわ。少なくとも、無かったことにすることだけは出来ないわ」

 

〈桂花〉「……分かりました。最後まで糧食の管理が出来なかったのは、私の不始末。首を刎ねるなり、思うままにして下さいませ。ですが、せめて……最後は、曹操さまご自身の手で……!」

 

〈鎗輔〉「か、華琳さま……!!」

 

 どうにか流れを止めようともがく鎗輔だが、縛られているので手が出せない。

 ところが、

 

〈華琳〉「とは言え、今回の遠征の功績を無視できないのもまた事実。……いいわ、減刑して、おしおきだけで済ませてあげる」

 

〈桂花〉「曹操さま……っ!」

 

〈華琳〉「それから、季衣とともに、私を華琳と呼ぶことを許しましょう。今後はより一層、奮起して仕えるように」

 

〈桂花〉「あ……ありがとうございます! か、華琳さまっ!」

 

〈華琳〉「ふふっ。なら、桂花は城に戻ったら、私の部屋に来なさい。たっぷり……可愛がってあげる」

 

〈桂花〉「え? そ、それは……ま、ままま、まさか……!」

 

 頬を上気する桂花の一方で、華琳の口調から察した鎗輔がブッと噴き出した。

 

〈PAL〉[鎗輔。華琳の今の発言は、どういう意味で――]

 

〈鎗輔〉「あぁーッ!! PALにはまだ早いッ!」

 

〈フーマ〉『親かよ。……いや、親みてぇなもんか』

 

〈季衣〉「それより兄ちゃん。ボク、お腹空いたよー。陳留って、美味しいものがたくさんあるんでしょ?」

 

〈鎗輔〉「ああ、うん……。じゃあ、後片づけが済んだら、ご飯にしようか」

 

〈季衣〉「やったぁ! それじゃ、早く帰ろうよ! 兄ちゃんもずっと寝てたから、お腹空いてるでしょ? 兄ちゃんには聞きたいこと、いーっぱいあるんだから!」

 

 はしゃぐ季衣が、鎗輔の荷車を引いて陳留へ全力疾走する。

 

〈鎗輔〉「うん、嬉しいのはいいけど、せめて街に入る前には降ろして。衆人環視に晒されたくはない」

 

〈季衣〉「ほら、春蘭さまも早く早くー!」

 

〈春蘭〉「ははは。分かったというに」

 

〈華侖〉「あ、季衣ー! あたしも置いてっちゃダメっすー! ほら、急ぐっすよ、鎗輔っち!」

 

〈鎗輔〉「ねぇ、聞いてる? 華侖ちゃんも押さないで。そろそろ城門にたどり着きそうなんだけど。おーい!?」

 

 鎗輔の悲鳴に似た呼び掛けの声が、透き通った蒼い空に吸い込まれていき――。

 陳留には新しい仲間が二人加わったのであった。

 


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