〈鎗輔〉「うッ……流石にもらいすぎたか。運ぶの大変だよ……」
〈フーマ〉『も~、相変わらずなっさけねぇこと言う奴だな~。いくら何でも、それは重くねぇだろ?』
〈鎗輔〉「だけどこれ、かさばるよ……。前が見づらい……」
〈フーマ〉『まぁ、確かに調子乗りすぎたかもな。けど今更返しに行くのもな』
〈PAL〉[視界が不良なところは、私がナビゲートします]
〈鎗輔〉「うん、頼むよ」
あるものを抱えて中庭を横切っていた鎗輔の目が、ふと庵に留まった。
〈鎗輔〉「あれ、あそこにいるのって……」
〈フーマ〉『華琳たちだな。おーい!』
庵では、華琳、春蘭、秋蘭の三人がお茶を飲んでいた。鎗輔がそちらに近寄っていくと、鎗輔の状態をひと目見た華琳が驚く。
〈華琳〉「どうしたの、鎗輔。そんな大荷物で」
〈鎗輔〉「これですか? 庭師さんたちが剪定をしてたので、花の咲いてる枝をもらってきたんですよ」
鎗輔が抱えていたのは、剪定で切り落とされた木の枝の束だ。
〈フーマ〉『こいつをいっちょ、警備隊の詰所に飾ってみようかって話になってな』
〈華琳〉「詰所に?」
〈鎗輔〉「例の計画ですけど、細かいところでまだ手を加えられる部分があるんじゃないかと相談してたら、フーマが詰所に飾りをするのはどうかと提案しまして」
〈フーマ〉『一度入ってみたんだけどよ、必要なものしか置いてねぇ、殺風景なとこじゃねぇか。もっと遊び心があった方が、いい職場になるだろ?』
〈鎗輔〉「で、何かないかなって探してたところで、これを見つけた訳です。捨てる枝なら費用も掛かりませんし、再利用です」
〈華琳〉「なるほどね。一つもらえるかしら?」
〈鎗輔〉「いっぱいありますから、好きなだけどうぞ」
華琳が小ぶりな枝を一本引き抜き、咲いている花をながめる。
〈華琳〉「……なるほど。季節の花を愛でるというのも、悪くないわね」
〈鎗輔〉「お褒めにあずかり光栄です」
談笑していると、何故か春蘭が鎗輔をにらみつける。その視線に気づく鎗輔。
〈鎗輔〉「あッ……春蘭さんもいりますか?」
〈春蘭〉「いるか馬鹿者っ!」
何故か怒られた。
〈鎗輔〉「……花は嫌いですか?」
〈春蘭〉「そうではないっ!」
〈フーマ〉『じゃ、何で怒って……』
〈春蘭〉「怒ってなんかないっ!」
春蘭がどうして怒っているのか分からず、首を傾げる鎗輔たち。
茶会の用意の際に、自分が却下した秋蘭の提案を、図らずも持ち込んできた鎗輔が華琳に褒められたということが気に食わない、という込み入った事情は、彼らのあずかり知らぬことであった。
〈鎗輔〉「まぁそれは置いておいて、三人はお茶会してたんですか」
〈フーマ〉『近くにいたんだし、どうせなら俺たちも呼んでくれよな。俺は茶ぁ飲まねぇけど』
〈華琳〉「来たいなら、それなりの意思表示をしておくことね」
〈鎗輔〉「次からそうします。いいですか?」
〈春蘭〉「良い訳がなかろう。とっとと帰れ」
〈フーマ〉『ひでぇ言い草だな』
〈春蘭〉「ひどいのはお前たちだ!」
〈鎗輔〉「一体何がひどいんですか、さっきから」
〈春蘭〉「そのくらい悟れるようになれっ!」
〈鎗輔〉「無茶な……」
如何に天才でも、人の心を読める訳ではない。
〈秋蘭〉「だが、初めは姉者も東雲を呼ぼうかと言っていたのだぞ?」
〈鎗輔〉「そうなんですか?」
〈春蘭〉「……何?」
春蘭に聞き返したが、当の春蘭は呆けた表情。
〈秋蘭〉「忘れたのか、姉者。華琳さまに喜んでいただけるならば、東雲を呼ぶのもまた一興、などと言っていたではないか」
〈春蘭〉「……?」
〈フーマ〉『忘れたんだな』
〈春蘭〉「何を言う! 忘れてなどおらぬ! そもそもそんなこと、考えるはずがなかろう!」
〈秋蘭〉「やれやれ……」
秋蘭の反応から、秋蘭の方が正しいことを言っているのだな、と鎗輔たちは判断する。
〈華琳〉「そんなことを考えていたの? なら、もう少し遅めに来た方が良かったかしら」
〈春蘭〉「そんなことはありません華琳さま! 我々は華琳さまのために茶の支度をしていたのです! そこに華琳さまが都合を合わせるなどっ……!」
〈フーマ〉『秋蘭。お前覚えてたんなら、言ってやりゃ良かったじゃんか』
〈秋蘭〉「姉者がどこで思い出すか見てみたくてな」
〈鎗輔〉「きっと最後まで思い出さなかったと思いますよ」
〈秋蘭〉「まぁ、そうだろうな」
〈フーマ〉『たまにひでぇよな、秋蘭も』
〈秋蘭〉「華琳さま。お茶のお代わりは如何ですか?」
〈華琳〉「そうね。もらおうかしら」
ごまかした。
〈華琳〉「ただ、この件……。忘れた春蘭にも問題はあるけれど……忘れられた鎗輔にも、ある意味問題はあるわよ?」
〈春蘭〉「だそうだぞ、東雲!」
〈鎗輔〉「春蘭さんは偉そうに出来る立場じゃありませんよ……」
〈春蘭〉「……な、何だとぅ!」
〈華琳〉「ええ。別に春蘭を褒めている訳ではないのよ?」
〈秋蘭〉「うむ。本来なら姉者が忘れなければ済んだ話だしな」
〈春蘭〉「そ、そうなのか……」
秋蘭も大概であるが。
〈華琳〉「実際、鎗輔が春蘭に忘れられるような人物だったことが問題なのよ。春蘭が絶対忘れないほどの人物になれば、全ては丸く収まるでしょう?」
〈鎗輔〉「そうは言っても、それって具体的にどうすればいいんですか……」
〈フーマ〉『こんなにも変な奴なのにな』
〈鎗輔〉「ちょっと、変な奴ってどういうことだよ」
〈フーマ〉『じゃお前、自分が普通の人間だと思ってんのか?』
〈鎗輔〉「それは……思わないけど」
〈華琳〉「どうすればいいかは、春蘭に聞いてみないとね?」
〈鎗輔〉「どうすればいいでしょうか? 春蘭さん」
素直に聞いてみるが、春蘭は変に黙りこくっている。
〈秋蘭〉「どうしたんだ、姉者。そんな真剣な顔をして」
〈春蘭〉「うむ。どうすれば、こういうことを忘れずに済むだろうか……と考えてな」
どうも、本人も物忘れが激しいことは気にしているようだ。
〈秋蘭〉「ふむ……。私はそうそう忘れたことがないから、何とも言えんが……」
〈春蘭〉「華琳さまは如何ですか?」
〈華琳〉「私も忘れたことがないから、その辺りの助言は出来ないわね。ただ、今回の件は大した問題ではないけれど……大事な報告や任務を忘れないようにする工夫は、考えておいても良いかもしれないわね」
〈フーマ〉『確かに、その忘れっぽさはどうにかした方がいいかもな。さっき自分が言ってたこと忘れるって、割とやばくね? 一人だけ宇宙化猫の電波食らってるみてぇじゃんか』
〈鎗輔〉「ウルトラ例え話やめて。難解だから」
〈PAL〉[春蘭の発言が前後で食い違うことは、私が記録している限りでも、八回もあります]
〈春蘭〉「そんなこと数えているのか!? 陰湿な奴だな……!」
〈PAL〉[たった今、バックログから数えました]
PALのひと言に、華琳が目を留める。
〈華琳〉「パルは春蘭とは反対に、随分と物覚えがいいのね」
〈鎗輔〉「PALは機械ですからね。人間と違って、記録を消去……自ら忘却しようとしない限りは、物忘れをするということはありません」
〈秋蘭〉「ふむ……姉者の補佐としては、打ってつけの能力だが」
その言葉の途端に、鎗輔がタイガスパークを春蘭から隠すように身をよじった。
〈鎗輔〉「貸しませんよ。壊されたら困ります」
〈春蘭〉「おいっ! 一番にするのが、壊される心配とはどういうことだっ!」
〈フーマ〉『自分の胸に聞いてみろよ。こないだだって、俺たちの部屋の扉をぶっ壊しやがったじゃねぇか』
〈春蘭〉「あれはお前たちが、天の国にはのっくなる風習があるというから……!」
〈鎗輔〉「ノックでは、扉をぶち破る勢いで叩いたりしませんよ……」
〈フーマ〉『直すの大変だったんだぞ? 力加減って奴を知ってほしいぜ』
〈春蘭〉「くぅっ……!」
〈華琳〉「パルを貸す気がないのなら、他に妙案はないかしら? 考えてみなさい」
命じられて、鎗輔が面倒そうに眉をひそめながらも案を出す。
〈鎗輔〉「PALの代わりに、誰かを補佐につければいいんじゃないでしょうか?」
〈華琳〉「だけど、春蘭についていける人材となると、秋蘭か季衣くらいのものだわ。この二人だって、常に春蘭の側にいられる訳ではないのだから」
〈鎗輔〉「それじゃあ……覚え書きをする習慣をつけるとか」
〈フーマ〉『メモしろってだな』
〈春蘭〉「めも?」
〈鎗輔〉「小さな紙片とか、手の平とかに、忘れてはいけないことを書き残して、後から確認できるようにするんですよ。ぼくもPALを作ってた時には、いっぱいメモを作ってました」
〈春蘭〉「なるほど。悪くない案かもしれん」
〈秋蘭〉「そういえば姉者、この後街へ新しい装備の品定めに行く予定だったよな」
〈春蘭〉「おお、忘れるところだった。ならば早速、そのめもとやらを試してみるか……」
〈鎗輔〉「あッ、でも手の平と言っても……!」
鎗輔の言いかけた言葉を、春蘭は聞いていなかった。
〈春蘭〉「季衣! 季衣はおらんか!」
呼ばれた季衣が飛んでくる。
〈季衣〉「はいっ! ってあー! みんなでお菓子食べててずるいですっ! ボクも食べたいー!」
〈春蘭〉「やれやれ。後でちゃんと分けてやるから」
〈季衣〉「約束ですよ? で、何ですか?」
〈春蘭〉「うむ。筆と硯を持てい!」
〈季衣〉「はいっ! で、書くのは紙ですか? それとも竹簡でいいですか?」
〈春蘭〉「いらん! 手に書く!」
〈季衣〉「……はい?」
〈鎗輔〉「いや、あの、手の平に墨は……!」
〈春蘭〉「声を掛けるな! めもをする用件を忘れてしまうではないか! 季衣、早く持てい!」
〈季衣〉「はぁ。それでいいんなら……」
鎗輔を黙らせ、季衣を遣いに出す春蘭。華琳と秋蘭は呆れ顔。
〈季衣〉「春蘭さまー! 持ってきました!」
〈春蘭〉「うむ、良くやった!」
やがて季衣が筆と硯を持ってくると、春蘭は筆にどっぷりと墨を含ませて、己の手の平に押し当てる。
〈春蘭〉「ええっと、街へ新装……」
〈鎗輔〉「……」
〈華琳〉「……」
〈秋蘭〉「……」
〈季衣〉「……」
〈フーマ〉『マジでやりやがったよ、こいつ……』
〈春蘭〉「東雲!」
〈鎗輔〉「……何ですか」
〈春蘭〉「用件が全部書けんではないか! 街へ新装では意味が分からんぞ! 新装開店か!」
〈フーマ〉『おい、手の平から墨垂れてるぞ』
〈春蘭〉「うおっ! これでは手の平が真っ黒になっただけではないか!」
〈鎗輔〉「だから言ったのに……いや、言わせてもらえなかったけど……」
春蘭の奇行には、誰もが声も出ない。
〈華琳〉「そもそも、筆と一緒に紙も持って来させれば済む話じゃないの」
〈春蘭〉「……むぅぅ。確かに」
〈鎗輔〉「……これは、説明が悪かったのかな?」
〈フーマ〉『春蘭に限って言えば、そうかもなぁ……』
〈季衣〉「あの、春蘭さま? 難しいお話しをしてるところすみませんが……ボクのお菓子……」
〈春蘭〉「ああ、季衣はよくやってくれた。わたしの分で良ければ、好きに食べて良いぞ」
〈季衣〉「やったぁ。じゃ、いっただっきまーす!」
話の流れをぶった斬って、皿の上の菓子に手を伸ばす季衣。
〈季衣〉「あ、これ美味しいですね! どこのお菓子なんですか?」
〈秋蘭〉「この間、南の市に新しい菓子屋が出来ただろう。そこで買ってきてみた」
〈季衣〉「ああ、あの端っこに出来たお店ですか? あそこ、まだ行ったことないんですよねー。今度行ってみようかな……。あ、これも美味しいっ!」
〈華琳〉「それは私も聞きたいわね。どこで買ってきたの?」
〈秋蘭〉「は。そちらも同じ菓子屋で、一番人気の饅頭だそうで」
季衣が饅頭を頬張る様子を、春蘭が羨ましそうに見つめる。
〈春蘭〉「……なぁ、季衣」
〈季衣〉「何ですか? 春蘭さま」
〈春蘭〉「わたしも一つ、もらっていいか?」
〈季衣〉「はい。もちろんですよ!」
季衣が差し出した最後の一個の饅頭に、春蘭が手を伸ばす……。
〈秋蘭〉「姉者……!」
〈鎗輔〉「春蘭さん!? そっちは、墨を塗った手……!」
もう遅い。春蘭は饅頭をしっかりと握っていた。
〈春蘭〉「……なっ! 饅頭が、真っ黒に……!」
〈鎗輔〉「……似たようなことをした奴が、いたなぁ……」
〈孝矢〉「ぶえいっくしぃッ!!」
〈孫策〉「やだ。風邪?」
〈タイタス〉『ちゃんと養生しないといかんぞ』
〈春蘭〉「東雲ぇぇぇっ! どうしてくれるのだ!」
〈鎗輔〉「これ、ぼくのせいなの?」
〈秋蘭〉「……姉者、手拭きだ」
〈春蘭〉「役に立たんばかりか、今度はこうしてわたしが饅頭を食うのまで邪魔するとは……! めも、何と恐ろしい罠……!」
〈フーマ〉『ほぼ自滅だろ……』
〈華琳〉「鎗輔。本当はどうやって使うものなの?」
必死に手拭いを使う春蘭は放置して、華琳が正しい使い方を尋ねる。
〈鎗輔〉「もっと細い筆で、小さな紙切れや手の隅に短く書くだけです」
〈フーマ〉『それだけのことでこんな大騒ぎとは……春蘭、大した奴だよ……』
今の発言は、もちろん呆れの意味のものだ。
〈華琳〉「なるほど。……方法に致命的な間違いがあったようね」
〈春蘭〉「何ですとっ!」
〈華琳〉「秋蘭。あなたは理解した?」
〈秋蘭〉「は。概ね」
〈華琳〉「なら後で、正しいめもの使い方を春蘭に教えておくように。使いようによっては、仕事が捗るようになるでしょうよ」
〈秋蘭〉「御意」
華琳の指示を最後に、この茶会の席はお開きとなった。
それから数日後――城の廊下で春蘭と出くわした鎗輔は、思わずギョッとした。
〈春蘭〉「おう、東雲」
〈鎗輔〉「し、春蘭さん……その大荷物は、どうしたんですか……?」
今度は、春蘭が両脇に荷物を抱えていた。大量に巻いた竹簡だ。
〈春蘭〉「うむ。めもだ」
〈フーマ〉『とてもそうは見えねぇんだけど……』
〈PAL〉[外にいたら、職務質問をされそうです]
〈鎗輔〉「何だって、そんなことになったんですか……?」
〈春蘭〉「必要なことを端からめもにしていたら、こんなになってしまってな……。紙はもったいないから、竹簡にしたら、このザマだ」
〈フーマ〉『どんだけ長くなっちまったんだよ』
〈春蘭〉「広げればあの曲がり角くらいなら届くと思うぞ?」
春蘭が指差した先は、十何メートルも先のところだ。
〈春蘭〉「やってみせようか?」
〈鎗輔〉「結構です……」
〈春蘭〉「それは助かる。これをちゃんと巻き取るのも、ひと苦労でな」
〈鎗輔〉「でしょうね……。そんなに書かないといけないことがあるんですか?」
〈春蘭〉「いざめもを作ろうとしたら、どれもこれも忘れてはいけないことのような気がしてな……」
どうやら、そもそもの情報の取捨選択が出来ていないようだ。
〈フーマ〉『物を捨てられねぇ人間って、こんな感じなんだろうな』
〈春蘭〉「これだけあっては、どこに何を書いたか分からんと来た。……めもというものは、本当に便利なのか?」
〈鎗輔〉「……やっぱり、春蘭さんは忘れてはいけないことは、秋蘭さんや季衣ちゃんに覚えておいてもらっていた方がいいですよ」
〈春蘭〉「……うむ。わたしもそう思うんだ」
落胆した様子で、巨大竹簡を抱えて去っていく春蘭を、鎗輔たちもやるせない気持ちで見送る。
〈フーマ〉『……どんな道具も使う人間次第とはよく言うけどよ……こんな極端な例ってあるか?』
〈鎗輔〉「……知らない」
〈PAL〉[前例は確認できません]
鎗輔はしばらく、その場に立ち尽くしていた……。