奥特曼†夢想 ‐光の三雄伝‐   作:焼き鮭

86 / 113
The Taste of Home

 

〈鎗輔〉「あっつ……今日は蒸し暑いな……」

 

 城内の渡り廊下を歩いている鎗輔が、うめき声を上げた。

 本日に陳留は、季節外れの熱気に覆われている。

 

〈フーマ〉『だらしねぇな。男ならもっとシャキッとしろ!』

 

〈鎗輔〉「フーマは暑くないの……?」

 

〈フーマ〉『ウルトラマンは、熱には強えぇからな』

 

〈鎗輔〉「羨ましい体質……」

 

 額の汗をハンカチで拭う鎗輔。

 

〈PAL〉[発汗量が上昇。水分の補給を推奨します]

 

〈鎗輔〉「水か……。確か、庭園の方に井戸があったよね。そっち行くか」

 

 食堂はここからだと遠いので、井戸を探すべく渡り廊下から庭園の方へ出た。

 

〈鎗輔〉「こうしてると、水道が整備されてるって本当にありがたいことなんだなって実感するよ」

 

〈フーマ〉『蛇口ひねるだけで水が出るんだからな。インフラって大事だ』

 

 雑談をしながら、井戸のある林に近づいていくと――その方向から、水が撒かれるような音がする。

 

〈鎗輔〉「先に水を飲んでる人がいるね」

 

 とつぶやく鎗輔に、フーマが首をひねった。

 

〈フーマ〉『……これ、水飲んでる音か? 派手にぶち撒けてる感じだが……』

 

 鎗輔が林をかき分けて、井戸にたどり着くと――そのまま硬直した。

 

〈華侖〉「はー、気持ちいいっす♪」

 

〈鎗輔〉「でえええぇぇぇぇぇええええええええええッ!!?」

 

 そして絶叫。何故なら――。

 

〈華侖〉「おおおっ、鎗輔っち!? どうしたっすか! そんなにおっきい声出して……」

 

〈鎗輔〉「どどど、どうしたはこっちの台詞だよッ! 何で……何で素っ裸なの!?」

 

 先客の華侖が、全裸で井戸の水を全身に浴びているからだ。

 

〈華侖〉「え? 水浴びしてるからに決まってるっす。鎗輔っちは服を着て、水浴びをするっすか?」

 

〈鎗輔〉「そ、そうじゃなくて……!」

 

 華侖の裸を直視してしまった鎗輔は、耳まで赤くなって慌てて視界を手で覆っていた。

 

〈華侖〉「何でそんなに慌ててるっすか? 鎗輔っち、顔が真っ赤になってるっす」

 

〈鎗輔〉「華侖ちゃんが、裸だからだよッ! 白昼堂々と、庭園の真ん中で……!」

 

〈華侖〉「はいっす。水浴びしてるっす」

 

〈鎗輔〉「何で……!」

 

〈華侖〉「今日は暑いからっす」

 

〈鎗輔〉「そうじゃなくてッ! 水浴びなら、お風呂か部屋でしなよ! こんな……こんな誰が来るか分からないところで……!」

 

〈華侖〉「この時間、お風呂は掃除してるっすよ? それに部屋だと、頭から水をザバーンと被れないっす」

 

〈鎗輔〉「被る必要はないでしょ! と、ともかく、早く服着て……」

 

 慌てている鎗輔の姿に、華侖は何を思ったか、こんなことを言い出した。

 

〈華侖〉「鎗輔っち、もしかして自分が水浴びしたいっすか?」

 

〈鎗輔〉「!?」

 

〈華侖〉「あははっ、代わってほしかったっすね? いいすよー、だったら鎗輔っちも一緒に水浴びするっす♪」

 

〈鎗輔〉「いや、それは……!」

 

〈華侖〉「ほら、脱がせてあげるっす」

 

 華侖が裸のまま飛びついてきて、鎗輔の上着を脱がそうと手を掛けた。

 が、その腕を鎗輔の手がガッと掴んで止める。

 

〈華侖〉「ほえ?」

 

 華侖が顔を上げると――赤面していたのが一変して、ひどく鬼気迫る表情となった鎗輔と目が合った。

 

〈鎗輔〉「……!!」

 

〈華侖〉「……あ、ご、ごめんっす……」

 

 華侖もその顔から、何かを感じ取って、慌てて腕を引いた。

 

〈華侖〉「……えっと……」

 

 鎗輔の態度の変貌ぶりに、気まずい空気が漂う――。

 

「姉さん……」

 

 それを破ったのは、鎗輔の背後から掛けられた声。我に返った鎗輔が、恐る恐る振り向くと――。

 

〈柳琳〉「ふふふふ……鎗輔さんも……何をされているのでしょうか……?」

 

〈華侖〉「あっ、柳琳」

 

〈鎗輔〉「柳琳ちゃん……!?」

 

 柳琳がすさまじい気迫の笑顔でいることで、鎗輔はハッと気がついた。

 

〈鎗輔〉「待って! 君は誤解しているッ!」

 

〈柳琳〉「はい、もちろん誤解でしょうね……ふふふふふ、うふふ、ふふふふふ……」

 

〈鎗輔〉「それやめてぇぇぇッ!」

 

〈フーマ〉『こ、怖……』

 

 歴戦のフーマも恐れおののく、何かが今の柳琳にはあった。

 

 

 

 どうにか場が落ち着いたところで、三人は庵へと移動。

 

〈鎗輔〉「……本当に、何もないからね?」

 

〈柳琳〉「大丈夫です。そもそも誤解をしていませんので。姉さんが水浴びしているところに偶然通りがかったら……無理矢理、姉さんが鎗輔さんも誘って脱がせようとしてたんでしょう?」

 

〈鎗輔〉「そう、そういうことなんだけど……」

 

 じゃああの威嚇するような笑顔は何だったんだ、と鎗輔とフーマは思った。

 それはともかく、柳琳は服を着た華侖を注意する。

 

〈柳琳〉「姉さん、何度も言ってるでしょう? いくら暑いからって、あんな場所で水浴びしちゃ駄目。部屋ですればいいじゃないの」

 

〈華侖〉「部屋でやると、びちゃびちゃになるっすよ?」

 

〈柳琳〉「手拭いを濡らして身体を拭くとか、やり方はあるでしょう?」

 

〈華侖〉「そんなの水浴びじゃないっす。やっぱり頭からザッパーンと、桶で水を浴びないとっ」

 

〈柳琳〉「それでも」

 

〈華侖〉「もー、何が駄目っすかー?」

 

〈柳琳〉「何度も何度も言ってるでしょ? 姉さんは曹家の一員なの。その姉さんが真っ昼間にお城の庭で裸になって……もしもそんな姿を兵たちに見られたらどうするの? 姉さんの恥は一族の恥、曹家の恥でもあるのよ? 華琳さまのお名前にまで傷がついてしまうわ」

 

〈華侖〉「もー、それが分かんないっす。フーマっちだって、裸じゃないっすか」

 

〈フーマ〉『いやいや、俺は人種が違うんだしさ……』

 

〈華侖〉「じんしゅ? よく分かんないっすー。何でフーマっちは良くって、あたしは駄目なんすかー?」

 

 裸を見られることに全く羞恥心がない華侖に、鎗輔も柳琳もため息。

 

〈鎗輔〉「……何とかならないかな、この子」

 

〈フーマ〉『本人の意識の問題だしなぁ……そこ改めようってのは難問だ』

 

 やがて説教に飽きたのか、華侖が好奇心の目を鎗輔に向けた。

 

〈華侖〉「そうだ、鎗輔っち!」

 

〈鎗輔〉「何?」

 

〈華侖〉「天の世界では、水浴びはどうしてるっすか?」

 

〈鎗輔〉「水浴び? それはこことはそんなに変わらないけど、流石に他人の前では……」

 

〈華侖〉「ご飯はどうっすか?」

 

〈鎗輔〉「え? ご飯?」

 

 気まぐれな華侖は話があっちこっちに飛ぶ。

 

〈柳琳〉「それは私も興味ありますね。天の世界では、どのような食事をされていたのですか?」

 

 柳琳も話に乗っかってきたので、鎗輔は考えながら答えていく。

 

〈鎗輔〉「まぁ色々種類があるんだけど、ぼくの国での最も一般的な料理は、和食というんだ。主食は白米で、おかずは魚や野菜が中心で」

 

〈華侖〉「あたしも魚は大好きっす」

 

〈柳琳〉「どんな味つけなのでしょう?」

 

〈鎗輔〉「よく使用する調味料は、塩は当然として、汁物には味噌、おかずには醤油というものを使うね。どっちもぼくの国独自のものだから、この大陸にはないものだけど……」

 

〈華侖〉「みそ? しゅーゆ……」

 

〈柳琳〉「どのようなものでしょうか」

 

〈鎗輔〉「味噌は醤に似たもので、穀物を発酵させたものだ。醤油もそうだけど、より液体状で……」

 

 と、和食の調味料の仔細を語る鎗輔。それに柳琳も、華侖も、妙に真剣に聞き入っている。

 

〈鎗輔〉「……触りはこんなところかな」

 

〈華侖〉「鎗輔っちは、やっぱり物知りっすねー」

 

〈鎗輔〉「いやいや、これくらいは天の国の常識だよ。それよりぼくは、フーマの国の料理が気になるな」

 

〈フーマ〉『え? 俺?』

 

〈鎗輔〉「フーマの国は、ぼくにとっても未知の世界だ。どんな食文化を築いてたのか、是非聞かせてほしい」

 

 未知の文化に大いに期待を寄せる鎗輔。だが、

 

〈フーマ〉『そう言っても……俺がウルトラマンになる前でも、食事は大体その辺で狩った獲物を、煮たり焼いたりするだけだったからな……。たまに塩漬けみてぇな粗末なもんを買ったりしたぐらいで』

 

〈鎗輔〉「……何で最も科学技術が発達してるはずの世界の住人の食事が、最も原始的な内容なのさ……」

 

〈フーマ〉『しょうがねぇだろ。超貧乏だったんだからよ』

 

 大いにガッカリする結果となった。

 そんな鎗輔に、柳琳が尋ねかける。

 

〈柳琳〉「ところで鎗輔さんも、故郷の味が懐かしくなったりするものでしょうか」

 

〈鎗輔〉「え? んー……まぁ、時々は」

 

〈柳琳〉「そうですか」

 

 変に納得した風の柳琳は、重ねて言う。

 

〈柳琳〉「あの、もしよろしければ、天の世界の食事について、もっと詳しく教えていただけないでしょうか?」

 

〈鎗輔〉「え? いいけど……そんなに興味ある? 別に作れやしないのに」

 

〈柳琳〉「是非」

 

〈華侖〉「鎗輔っちの話は、聞いてて面白いっすよ」

 

〈鎗輔〉「あはは、ありがとう。それじゃあ……」

 

 二人の言葉に気を良くした鎗輔は、更に踏み込んだ内容を説明していった。

 

 

 

〈鎗輔〉「今朝は随分と話し込んじゃったな」

 

 その日の晩、鎗輔は自室で手拭いに桶の水を浸して、額の汗を拭っていた。

 

〈鎗輔〉「それにしても、今日は暑かった。何か、涼を取るいい方法を考えないと……」

 

〈フーマ〉『そんな暑いんならよ、いっそのこと脱いだらどうだ。ここなら俺しかいねぇぜ?』

 

〈鎗輔〉「あッ……そ、それは……」

 

 鎗輔の様子の変化に、怪訝な顔となるフーマ。

 

〈フーマ〉『……そういやお前、どうして……』

 

 言いかけたところで、部屋の扉が外からノックされた。

 

〈鎗輔〉「はい」

 

〈柳琳〉「私です。入ってもよろしいですか?」

 

〈鎗輔〉「ああ……うん」

 

〈柳琳〉「失礼します」

 

 入室してきた柳琳は、両手にお盆を持っていた。それに目を留めて、驚きを見せる鎗輔。

 

〈鎗輔〉「柳琳ちゃん、それって……」

 

〈柳琳〉「鎗輔さん、夕餉はまだですよね?」

 

〈鎗輔〉「うん、まだだけど……」

 

〈柳琳〉「ふふふ、ちょうど良かったです。あの、これ……よろしければ、召し上がっていただきたくて……」

 

 柳琳が机の上に並べた皿に盛られている料理に、鎗輔は一瞬声が出なかった。

 

〈鎗輔〉「わ……和食……!? 何で……」

 

 それは明らかに大陸の料理とは異なる――日本食に近いものであった。それが何故あるのか、不思議でならない。

 柳琳ははにかみながら理由を語る。

 

〈柳琳〉「上手に出来たか自信はありませんけれど。鎗輔さんのお話しを聞いて、私なりに作ってみました」

 

〈鎗輔〉「は、話を聞いただけで……?」

 

 白米はもちろん、味噌汁や、焼き魚の大根おろし和え、根菜の煮物という和食セットに、鎗輔は感服するばかり。

 

〈鎗輔〉「……いかがでしょう?」

 

〈鎗輔〉「す……すごいよ! 感動した! 本当に、食べていいの!?」

 

〈柳琳〉「は、はい、もちろん……!」

 

〈鎗輔〉「ありがとう! いただきます!」

 

 すぐに席に着き、箸を進める鎗輔。こんなにも進んで食べるのは、彼にしては珍しいことであった。

 

〈鎗輔〉「……美味しい! しかも、味の再現度も高い! あの説明だけで、ここまで作れるなんて……すごいよ柳琳ちゃん!!」

 

〈柳琳〉「良かった……」

 

〈鎗輔〉「どうやって調理をしたの? 調味料は?」

 

〈柳琳〉「はい。鎗輔さんのお話しして下さったしょーゆやみそは、醤に近いものだというので、辛味が控えめなものを水で薄めたりなど手を加えて、再現してみました。喜んでいただけて何よりです」

 

〈柳琳〉「そうか……ぼくのために、努力してくれて……本当に嬉しいよ……ありがとう」

 

〈柳琳〉「いえ、それほどのことでは……こちらこそ光栄です」

 

 あまりにも感謝されて、ついはにかむ柳琳。そんな二人に、フーマが苦笑しながら呼び掛けた。

 

〈フーマ〉『何か今のお前ら、新婚夫婦みたいだな』

 

〈柳琳〉「え、えぇぇっ!?」

 

 途端、柳琳の顔が真っ赤になる。

 

〈柳琳〉「そ、そんな……私と鎗輔さんが、夫婦……!? あうぅ……」

 

〈鎗輔〉「ちょっとフーマ。ぼくだけならまだしも、柳琳ちゃんまでからかうのはやめなよ。これだけのことをしてくれたとてもいい子なのに、迷惑になるでしょ」

 

〈柳琳〉「いえ、あの……迷惑なんてことは……」

 

 しかし、鎗輔の方は全く動揺していないことに、一転して柳琳は複雑そうな表情をした。フーマは密かにため息を吐く。

 

〈フーマ〉『こいつ、存外に鈍いな……』

 

〈鎗輔〉「でも、どうしてぼくのためにこんなことをしてくれたの?」

 

〈柳琳〉「……鎗輔さんには、姉さんが何かとお世話になっていますから。そのお礼をしていませんでしたので」

 

〈鎗輔〉「そんなこと、気にすることないのに。でも、ありがとう。ごちそうさま」

 

 中国の風習に則って少しだけ残し、行儀正しく手を合わせた鎗輔は、改めて柳琳に向き合う。

 

〈鎗輔〉「でも、ちょっと意外かも。柳琳ちゃんが料理できるなんて」

 

〈フーマ〉『何でだよ? 柳琳も女じゃねぇか』

 

〈鎗輔〉「その考えは古いよ――まぁ、この時代が昔だけど。でも、家事というのは本来下の身分の人間の仕事なんだから、上流階級の人のすることじゃ……」

 

〈柳琳〉「いいえ。私も曹家の女ですので、料理ぐらいは出来ないといけません」

 

〈鎗輔〉「そうなんだ……」

 

 天の国の歴史と違い、女性が人の上に立って活躍しているこの漢王朝でも、そういう性に対する固定観念は強いようである。

 

〈フーマ〉『けど、華侖や栄華は料理しそうにねぇぞ?』

 

〈柳琳〉「あはは……まぁ、人それぞれですから」

 

 遠回しに肯定する柳琳だった。

 しかし、柳琳は普段の働きぶりを見ても、曹家の人間であることを必要以上に意識しているように鎗輔には思えた。そのことを内心心配していると――。

 

〈華侖〉「鎗輔っち――――――!!」

 

〈鎗輔〉「わッ!?」

 

 閉めていた扉がいきなり、破られるように開け放たれた。飛び込んできたのは華侖だ。

 

〈柳琳〉「ね、姉さん。もっと静かに扉を開けて。それに誰かの部屋を訪ねる時は、まずは廊下で声を掛けてからじゃないと……」

 

〈華侖〉「あっ、柳琳もいたっすか」

 

〈柳琳〉「姉さん、聞いてる?」

 

〈華侖〉「うん、聞いてるっす。鎗輔っち、晩御飯、持ってきてあげたっすよー!」

 

 まるで聞いていない華侖の手には、柳琳の時と同じようにお盆があった。

 

〈柳琳〉「それ……どうしたの?」

 

〈華侖〉「これは鎗輔っちの故郷の味っす! あたしが自分で作ったっす!」

 

〈柳琳〉「ええええ? 姉さんが料理を?」

 

〈華侖〉「そうっすよ? あれ? 鎗輔っち、もしかして晩御飯、もう食べた後っすか?」

 

 机の上の、空になった食器に気づく華侖。

 

〈柳琳〉「まさか姉さんも作ってくるなんて……」

 

〈華侖〉「え?」

 

〈柳琳〉「私も作ったの。お部屋にお持ちして、今さっき、食べていただいたばかりなのよ」

 

〈華侖〉「そうだったっすかー……。鎗輔っち、あんまり食べないから、これはもういらないっすよね……」

 

 しゅんと落胆して肩を落とす華侖。それを見かねる鎗輔。

 

〈鎗輔〉「いや、せっかくだからいただくよ。華侖ちゃんがわざわざ作ってくれたものに手をつけないなんてことは出来ない」

 

〈華侖〉「本当っすか!? ならどうぞっす!」

 

 途端にパァッと元気を取り戻す華侖。姉の振る舞いに、柳琳も笑顔だ。

 

〈柳琳〉「ふふふ、姉さんも私と同じことを考えていたのね……」

 

〈華侖〉「そうっすよ。鎗輔っちが喜ぶと思ったっす」

 

〈鎗輔〉「ありがとう。嬉しいよ」

 

〈華侖〉「へへー」

 

 華侖からお盆を受け取った鎗輔だが……皿の中身を覗き見て、笑顔のまま凍りついた。

 

〈柳琳〉「作り方、難しくなかった?」

 

〈華侖〉「そんなの簡単っす。醤に似てるのを使うって聞いたっすから、醤と厨房にあるのを片っ端から放り込んでみたっす!」

 

〈柳琳〉「片っ端から? ……っっっ!?」

 

 柳琳もまた、料理をひと目見て硬直した。華侖以外は、皆言葉を失っていた。

 

〈フーマ〉『……もう一度聞くけどよ、華侖って料理したことあんのか……?』

 

〈柳琳〉「多分一度も……」

 

〈華侖〉「初めてにしては上手く出来たっすねー」

 

 自信満々の華侖だが……皿の中身は、何を入れたのかも分からないほどに黒々とした泥のようなものが渦巻いているとしか形容できない代物であった。鎗輔の汗腺からはぶわっと冷や汗が噴き出ている。

 

〈フーマ〉『あッ……あー、華侖? 鎗輔、やっぱ腹いっぱいだってよ? ほんとに悪りぃけど、晩飯はまた今度で……』

 

 流石にフーマもやんわりと止めようとするが、鎗輔が首を振った。

 

〈鎗輔〉「いや……! 華侖ちゃんの好意と努力を、無駄には出来ないよ……! ぼくはこれを食べるッ!」

 

〈フーマ〉『鎗輔……お前って奴は……』

 

〈柳琳〉「鎗輔さん……」

 

〈PAL〉[ですが鎗輔、これは摂取するのに適しているとはとても――]

 

 鎗輔が慌ててスパークを手で抑え込んだ。

 

〈鎗輔〉「PALッ! そういうこと言っちゃ駄目ッ!!」

 

〈華侖〉「どうしたっすか?」

 

〈鎗輔〉「な、何でもないよ!? それじゃあ、いただきますッ……!」

 

 鎗輔は壮絶な覚悟を胸に、コールタールと見間違うほどにドロドロしたペーストを箸で摘まみ、意を決して口に入れた。

 

〈鎗輔〉「……」

 

〈華侖〉「どうっすか? どうっすか?」

 

 華侖が期待を瞳に込めて感想を求めるが――鎗輔はそのまま動かない。

 

〈フーマ〉『おい、鎗輔……?』

 

〈柳琳〉「鎗輔さん……?」

 

 やがて、ぐらりと頭が傾いたかと思うと――バターン! と椅子ごとひっくり返った。

 

〈柳琳〉「そ、鎗輔さん!?」

 

〈華侖〉「おおー!? 鎗輔っち、感激のあまりひっくり返っちゃったっすか!?」

 

〈柳琳〉「鎗輔さんっ! しっかりして下さい! 鎗輔さんっ!!」

 

〈PAL〉[柳琳、水を持ってきて下さい。出来れば、気つけ薬も]

 

〈柳琳〉「はい! すぐにっ!!」

 

 柳琳が慌ただしく駆け出していく中、フーマが嘆息した。

 

〈フーマ〉『鎗輔……損な性格してるぜ……』

 

 

 

 この翌日、鎗輔は朝から晩まで腹痛に苛まれたという……。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。