昼下がり、鎗輔が庭園の側を歩いていると、コソコソと動く人影を見つけた。
〈鎗輔〉「あッ、春蘭さんだ」
〈フーマ〉『おーい春蘭。そんなとこで何やってんだ?』
フーマが呼び掛けたが、春蘭はこちらに気づく様子もなく、そそくさと庭園を横切っていった。
〈鎗輔〉「行っちゃった……」
〈フーマ〉『……何か、えらく挙動不審だったな、春蘭の奴』
つぶやくフーマ。いつもはふんぞり返るくらい堂々としている春蘭が、変に肩を縮こまらせていたのだ。当然不審に思う。
〈鎗輔〉「何かあったのかな……」
〈フーマ〉『おい、尾けて確かめてみようぜ』
〈鎗輔〉「ええ? それはちょっと趣味悪いよ……」
〈フーマ〉『いや、宇宙には他人に化けれる奴も多いんだ。そいつが春蘭に化けてるかもしれないぜ? これもここを守るためだ! さぁ!!』
フーマが適当な理由をつけて、気乗りしない鎗輔に春蘭の後を尾行させた。
そうして様子がおかしい春蘭の後を、見つからないように身を潜めながら鎗輔がついていく。
〈鎗輔〉「……確かに変だね。妙に勘が鈍い。いつもなら、人の気配には誰よりも敏感なのに」
〈フーマ〉『だろ? 怪しいぜ……。おッ、あそこに入ってくぞ!』
春蘭が人目を気にしながら、部屋の中に滑り込んでいった。鎗輔は柱の陰から出て、その扉の前まで向かう。
〈鎗輔〉「ってここ、春蘭さんの部屋だよ」
〈フーマ〉『何で自分の部屋に戻るのに、あんな警戒してたんだ? ますます怪しいな……』
室内からは春蘭と、もう一人、別の誰かの声が漏れてくる。
〈秋蘭〉「……お、おい、これは」
〈春蘭〉「……いや、まさか、こんなに……」
〈鎗輔〉「……今の声は」
〈PAL〉[秋蘭のものです]
〈フーマ〉『中で二人で、何やってんだ……? まさか、やべぇ薬とか、良い子の番組じゃあ見せらんないことしてんじゃねぇだろうな……』
〈鎗輔〉「や、やめてよ。ぼく海外生活長かったから、そういうの、洒落にならないくらいのリアリティが……」
〈春蘭〉「……ああ、これは、たまらん……」
〈秋蘭〉「やりすぎだぞ、姉者ぁ……」
〈フーマ〉『けどこの声……マジで冗談じゃ済まないかもしれねぇぜ……』
〈鎗輔〉「……よ、よし……中を確認しよう……」
腹をくくった鎗輔が、わずかに扉を開いて、フーマとともに室内を覗き込んだ。
幸いと言うべきか、二人が危惧したような事態は確認できなかった。その代わり、ある違和感を見つける。
〈鎗輔〉「あれ? 華琳さまだ」
〈フーマ〉『ホントだ。けど、声はしねぇよな?』
春蘭と秋蘭の傍らに、間違いなく華琳の姿がある。しかししゃべっているのは、二人だけだ。
訝しんでいると、とうとう春蘭たちがこちらに振り返った。
〈春蘭〉「! 何奴!」
〈鎗輔〉「わぁぁッ!」
〈秋蘭〉「大人しくしてもらおうか」
すぐさま春蘭と秋蘭が飛び出してきて、鎗輔を組み敷いた。
〈春蘭〉「おのれ! 我々の秘密を見た者……は……」
〈秋蘭〉「……何だ、東雲ではないか」
〈鎗輔〉「ど、どうも……」
正体を知った秋蘭たちが、鎗輔から離れる。
〈秋蘭〉「悪かったな。とりあえずこんなところで立ち話も何だ。入れ」
〈鎗輔〉「いいんですか? 秘密とか言いましたけど」
〈秋蘭〉「東雲なら構わんよ。な、姉者」
〈春蘭〉「何……? こやつとて……!」
〈秋蘭〉「いや、前に話しただろう。姉者のいるところで」
〈春蘭〉「……そうだったか?」
〈秋蘭〉「……」
〈鎗輔〉「……」
〈秋蘭〉「まぁ……いい。とりあえず入れ」
春蘭の相変わらずの記憶力はともかく、鎗輔は中に通される。室内にはやはり、華琳の姿。
〈鎗輔〉「華琳さまと何やってたんですか? ……華琳さま?」
しかし鎗輔はすぐに、何かおかしいことに気づいた。華琳は先ほどから、瞬き一つもしないで立ち尽くしているのだ。
〈秋蘭〉「東雲。前に話した件、覚えているか?」
〈鎗輔〉「前に話した?」
〈秋蘭〉「華琳さまの人形を作って、衣装の研究をしている話だ」
〈鎗輔〉「ああ。そういえばそんなことを、買い物に連れ出された時、に……」
まさか、と、鎗輔が華琳の方へ首を向けた。
〈鎗輔〉「それが、華琳さま人形だ」
〈鎗輔〉「え―――――――――――ッ!!?」
鎗輔、吃驚仰天。
〈鎗輔〉「いや待って! 本当にすごい! どこからどう見ても本物なんだけどッ!」
〈フーマ〉『あ、ああ……。俺も度肝を抜かれたぜ……。嘘じゃねぇよな……?』
〈PAL〉[ですが、目の前の華琳からは熱源反応がありません。確かに人形です]
〈鎗輔〉「うわほんとだ! 近くでよーく見れば、木目が見える! うっすらとだけど!」
〈春蘭〉「おい! 人形とはいえ、華琳さまに不作法に近寄るな! 畏れ多い!」
〈フーマ〉『これ、動くのか?』
〈春蘭〉「当然だ。そうでないと、着替えさせられないだろう」
〈鎗輔〉「どんな技術!?」
球体関節すらないのに、と大幅にショックを受ける鎗輔だった。
〈鎗輔〉「え……待って。あの時は、確か、春蘭さんが作ったって……」
〈春蘭〉「よく出来ているだろう。我ながら自信作だ」
〈鎗輔〉「し、信じられない……。彫刻家顔負けだ……」
ショックのあまり、気が遠のいている鎗輔に代わって、フーマが春蘭に尋ねる。
〈フーマ〉『じゃあ、さっきコソコソ帰ってきてたのは、これ絡みなのか?』
〈春蘭〉「うむ。街の仕立て屋に新しい服を作らせていたのでな、それをこっそりと……何だと!? どこから気づいていたというのだ!」
〈フーマ〉『庭で見かけた時からだけど』
〈春蘭〉「馬鹿な……細心の注意を払って帰ってきたというのに……」
〈秋蘭〉「姉者、いつも言っているだろう。堂々と帰ってきた方が、気づかれにくいぞ」
〈フーマ〉『ああ。あれじゃあ逆に目立つぜ』
〈春蘭〉「むぅぅ……。この夏侯元譲、一生の不覚……!」
春蘭が落胆している間に、我に返った鎗輔が、秋蘭の持っている服に目を留めた。
〈鎗輔〉「……それって、前にぼくが案を出したものですか?」
〈秋蘭〉「うむ。件の、ごしっくろりーたとかいう奴だ」
〈春蘭〉「あと、きゃみなんとか、というのも受け取ってきたぞ」
〈鎗輔〉「キャミソールですか。ゴスロリと言い……よく作れましたね。冗談のつもりだったのに……」
〈春蘭〉「ふふん。我が国の職人の腕を甘く見るなよ?」
〈フーマ〉『それを着せてたって訳か』
〈春蘭〉「そ、それは……だな」
何故か歯切れが悪い。
〈鎗輔〉「違うんですか?」
〈秋蘭〉「いや、何というか……だな」
〈フーマ〉『似合わなかったのか? ゴスロリは華琳にはよく似合うと思うけどな』
〈秋蘭〉「いや、とてもよくお似合いだった」
〈春蘭〉「だが、あれはまずい。まずすぎる」
〈秋蘭〉「全くだ」
〈鎗輔〉「どういうことですか?」
言わんとするところが分からず、首を傾げる鎗輔。すると春蘭が、恍惚としながら答える。
〈春蘭〉「あれは可愛らしすぎて、我々の仕事が手につかん」
〈鎗輔〉「……そういうこと」
〈秋蘭〉「案を出してもらった東雲には悪いが、あの二つは禁じ手ということにさせてもらった」
〈鎗輔〉「それはいいですけど……」
〈秋蘭〉「で、姉者。作業はどうする? 今日は華琳さまがお出かけだから、作業するには最適の日と言っていたが?」
〈フーマ〉『作業?』
〈春蘭〉「うむ。華琳さまも、日々成長なさっている。それに応じて、この人形に時折調整を施しているのだ」
春蘭たちの熱意の程に、鎗輔たちは呆れたような感心したような、よく分からない気持ちになった。
〈春蘭〉「だが、こんな乱れた気持ちで大切な華琳さまの調整など出来はせん。一旦、時間を置こう」
〈秋蘭〉「そうだな……。外の空気でも吸いに行くか」
〈春蘭〉「ほら、貴様も早く出ていけ! 言っておくが、このことは他言無用だぞ。特に、華琳さまのお耳に入れようものなら……!」
〈鎗輔〉「分かってますって。じゃあ、ぼくはこれで」
春蘭の挙動不審の謎が解けたので、鎗輔は自室へと戻っていく。その道中で、フーマと話し合う。
〈鎗輔〉「いやー、しかし、驚いた……。まさかただの木彫りで、あんな瓜二つの人形が作れるなんて……。塗料は何を使ってるんだろ……」
〈フーマ〉『意外な才能だよな……』
ふと、フーマがこんなことを言い出す。
〈フーマ〉『なぁ、今ちょっと思ったんだけどよ……もしもあの人形が怪獣になったりしたら、どうなると思う?』
〈鎗輔〉「ええ? ……やめてよ。絶対カオスなことにしかならないじゃん」
〈フーマ〉『俺なら爆笑する自信あるな~』
〈鎗輔〉「苦労が増えるだけだよ……」
想像してしまって、げんなりとする鎗輔であった。
果たして今の発言が、フラグとなるかどうか……それはまだ、誰にも分からない。