〈鎗輔〉「はぁ……昨日は散々だった」
城内の廊下を、鎗輔がため息交じりに歩いていた。思い返しているのは、華琳たちの下着選びに散々つき合わされたこと。あれだけ恥ずかしい思いをしたのは初めてであった。
〈フーマ〉『鎗輔~、お前はもうちょっと男らしくなった方がいいぜ。何かって言うとなよなよし過ぎだ。女相手だって、もっと堂々と胸張ってだな』
〈鎗輔〉「そう言うフーマは、女性の相手は上手なの?」
〈フーマ〉『俺!? あ、あったり前だろ? 何たって風の覇者だからな。そりゃあもう、宇宙中の女からモッテモテでな……』
〈鎗輔〉「あッ、見栄張ってる」
〈フーマ〉『何だと!』
言い合いながら、栄華の私室の前を通り過ぎかけた時。
〈栄華〉「やっぱり! わたくしの思った通りですわ♪」
〈鎗輔〉「ん?」
扉の隙間から漏れてきた、いやに上機嫌な声音に、思わず足が止まった。
〈鎗輔〉「今の、栄華さんだよね」
〈フーマ〉『妙に楽しそうだったな。珍しい』
扉に振り返ると、更に続けて声が聞こえる。
〈栄華〉「さぁさぁ、次はこちらを……あっ、香風さんは何もなさらなくて結構ですわ、わたくしが脱がせて差し上げますから……」
〈鎗輔〉「! 香風ちゃんもいるのか……? と言うか、中で何を……」
〈フーマ〉『今、脱がせるとか言わなかったか……!?』
いかがわしい雰囲気の言動に、冷や汗を垂らす鎗輔たち。栄華の声はどんどん続く。
〈栄華〉「ああ、肌もつるつるのすべすべ……このふにふにの感触がたまりませんわ……ふふふ。……ああっ、ごめんなさい……少しくすぐったかったかしら……大丈夫、痛いことはしませんからご安心下さい。むしろ……そうですねぇ、これは教育と言ってもいいかもしれません……。これを機に、香風さんにも目覚めていただけると……わたくしとっても嬉しいのですけど……ふふっ、ふふふっ」
明らかに尋常ではない台詞の数々に、冷や汗が滝のようになる。
〈鎗輔〉「こ、これ……本当にやばいことをやってるんじゃ……」
〈フーマ〉『栄華の奴、香風を見る目がやべぇからな……。まさか、香風に一服盛って無理矢理とか……』
〈鎗輔〉「そ、そんなまさか……春蘭さんたちの時だって、結局は違ったし……」
〈フーマ〉『けど、ただごとじゃねぇことが起きてんのは間違いねぇだろ……!』
〈鎗輔〉「……よし」
鎗輔がゴクリと息を呑み、恐る恐る扉の取っ手に手を掛け――一気に開け放った!
〈フーマ〉『トライスクワッドだ! 全員動くなぁッ!』
〈鎗輔〉「栄華さんッ! それは犯罪――えッ?」
室内に踏み込むと、そこで繰り広げられていた光景は――!
〈栄華〉「な、何ですの、一体……?」
〈香風〉「……あっ、お兄ちゃん」
栄華が数々のフリフリの服を、眠そうにしている香風に着せて楽しんでいるものであった。
〈栄華〉「えぇと……何とおっしゃいましたか。犯罪、とか聞こえたような……」
〈鎗輔〉「……ごめんなさい。勘違いしました」
数分後、鎗輔は地獄の底のように冷え切った目の栄華を前に、額を床にこすりつけて許しを乞うていた。
ちなみに香風は、お腹空いたと言ってどこかへ行ってしまった。着飾られたまま。
〈フーマ〉『けど栄華、お前も紛らわしいこと言うなよな。廊下にだだ漏れだったぜ』
〈栄華〉「そちらの脳が穢れているから、妙な勘違いをなさるのではなくて? やっぱり、余計なものをぶら下げているからいけないのですわ……チョン切ってしまえば、少しは大人しく……」
〈鎗輔〉「待って待って! もう邪魔しませんから、勘弁して下さい!」
栄華がハサミに手を掛けたので、鎗輔は後ずさって話題逸らしを図る。
〈鎗輔〉「そ、それより、香風さんに着せてた服って、全部栄華さんが用意したんですか?」
〈栄華〉「ええ、もちろん。街の仕立屋にわたくしが意匠を伝え、完璧に仕上げさせたものです。生地はもちろんのこと、染め方から細部の刺繍に至るまで、どれもわたくしのこだわりが詰まった一品ですのよ。わたくしの思った通り、どれも香風さんにはよくお似合いで……」
熱く語った栄華は、鎗輔たちに見られていることを思い出してハッと我に返った。
〈栄華〉「あ、あなたたちには関係のないことですわ!」
〈鎗輔〉「さいですか……」
〈フーマ〉『しかし、ちょっと意外だな』
花やぬいぐるみで飾られた部屋の中を見渡したフーマがつぶやく。
〈栄華〉「何がですの?」
〈フーマ〉『随分と女の子っぽい部屋じゃねぇか』
〈栄華〉「なっ……わ、わたくしが可愛い物に囲まれて生活していてはいけないと、そうおっしゃいますのっ!?」
〈フーマ〉『そうじゃねぇけど、いつも倹約倹約って言ってんじゃねぇか。だから部屋も、もっと質素なもんなのかなと』
〈栄華〉「何をおっしゃいますか! ここにある物は全て、わたくしが価値を見出して側に置いている物です! 日々の疲れを、こうした愛らしい物で癒される……それがわたくしの生活ですから! 装飾品一つとっても、わたくしには必要な物! 決して無駄などあいりませんわ!」
〈鎗輔〉「ち、ちょっと落ち着いて下さい」
ムキになって、早口にまくし立てる栄華を鎗輔がなだめる。
〈鎗輔〉「別に、悪いことだとか言ってませんよ。人に必要なものは、その人それぞれ。むしろ、自分にとって必要なものをしっかりと把握して、仕事と私生活の均衡を両立させてる栄華さんは立派です」
〈栄華〉「なっ!? な、何をそんなにお世辞を……」
〈鎗輔〉「ご機嫌取ってるんじゃありませんって。自分を癒す術を確立してるから、この陳留の財政を一手に担うだけの仕事が出来るんでしょう? みんなのことを支える栄華さんのこと、ぼくは尊敬します」
にこりと微笑み掛けると、栄華はボッと赤くなった。
〈栄華〉「……ていって下さい」
〈鎗輔〉「え?」
〈栄華〉「今すぐここから出ていって下さいっ!」
〈鎗輔〉「わッ!」
栄華が大声を上げて、鎗輔の尻を蹴り飛ばして部屋から追い出し、激しく扉を閉ざした。
〈鎗輔〉「いてて……乱暴だなぁ、もう……」
〈フーマ〉『ありゃ照れ隠しだろ。お前があんなこと、臆面もなく言うから』
〈鎗輔〉「ぼくは思ったことを、そのまま言っただけのつもりだったんだけど・…・」
蹴られた尻を撫でつつ、ぼんやりつぶやく鎗輔。
〈鎗輔〉「それにしても……あの部屋を見たら、秋蘭さんが前に言ってたことも、分かる気がする」
〈フーマ〉『ん? それって何だったっけか?』
〈鎗輔〉「栄華さんが、男に対して強い偏見を持っているかもって奴。栄華さんの部屋、実に少女趣味だったでしょ?」
〈フーマ〉『まぁな。男の要素が欠片もなかったぜ』
〈鎗輔〉「私生活の内容にこそ、人のありのままの姿が表れる。栄華さんの感性は、きっとこの城の誰よりも女の子らしいものだ。つまり、一番男と縁遠くて、男に慣れてないって訳」
〈フーマ〉『なるほどなぁ。だからこその男嫌いか』
〈鎗輔〉「うん。だから、栄華さんに歩み寄る道のりは大分長いものになるだろうけど……あきらめずに続ければ、きっと何とかなるよね」
〈フーマ〉『気長なもんだ。ってか、お前いつまでここにいるつもりなんだよ』
〈鎗輔〉「そんなの、ぼくにも分からないよ。いつになったら帰れるものか……」
肩をすくめつつ、鎗輔はフーマとともに栄華の部屋の前から離れていった。
鎗輔を追い出した栄華は、憤懣やるせない様子でぶつくさつぶやいている。
〈栄華〉「何ですのあの男……勝手に部屋に入ってきただけでなく、あんなことを……。尊敬しているだなんて、軽々しく……」
〈栄華〉「はっ!? そうやって甘い言葉で、他のみんなにつけ入っているのですわね! 何て卑怯なのでしょう! これだから男という生き物は度し難いのですっ!」
〈栄華〉「きっと言葉の裏には、どろどろとした劣情を隠しているに違いありませんわ! わたくしだけでもしっかりしませんと……」
〈栄華〉「あんな男なんかに、わたくしは絶対なびいたりしませんわ!!」