〈鎗輔〉「香風ちゃーん、今いるー?」
鎗輔が香風を呼びながら、彼女の部屋へ向かっていた。そこである人物と鉢合わせする。
〈栄華〉「あら、東雲さん……」
〈鎗輔〉「栄華さん」
栄華だ。先日のことがあってか、栄華は少し警戒したように鎗輔から距離を取っている。
〈鎗輔〉「そんな、にらまないで下さいよ……。何もしませんから」
〈栄華〉「どうだか……。それより、香風さんに何の用ですの?」
〈鎗輔〉「ああ。仕事がひと区切りついたので、ちょっと様子を見に来たんですよ」
〈栄華〉「様子?」
〈鎗輔〉「部屋の。……ほら、あれからしばらく経ったじゃないですか。今はどうなってるのかなと……」
〈栄華〉「そういうことですの……。それなら奇遇ですわね。わたくしも同じ用ですのよ。綺麗なままだといいんですけど……」
〈鎗輔〉「栄華さんもでしたか……」
香風の部屋。それはゴミ溜めという言葉がぴったり当てはまるほどの惨状であった。大掃除してどうにかまともな部屋には戻せたが、部屋主があれなので……気になるのは当然のことだろう。
〈栄華〉「香風さ~ん、ちょっとよろしいですか~?」
栄華が部屋の扉に呼びかけると、中から返事が来る。
〈香風〉「んー? 栄華さまー?」
〈栄華〉「はい♪ ちょっとお部屋にお邪魔してもよろしいかしら?」
〈鎗輔〉「香風ちゃん、ぼくもいい?」
〈香風〉「いいよ-。今、開けるー」
扉が内側から開けられて、香風が顔を覗かせた。
〈香風〉「栄華さま、お兄ちゃん、いらっしゃーい」
鎗輔たちが開けた扉から中を覗き込み、目を見張った。
〈栄華〉「何と……!」
部屋は綺麗なままであり、物も片づいているのだ。
〈香風〉「どうしたの?」
〈栄華〉「……ああ、香風さん! やはりあなたはやれば何でも出来るのですわね!! わたくし感動しましたわ!」
栄華は大感激。フーマも感心する。
〈フーマ〉『確かに驚いたな。あの様子だから、どうなってるもんかと思ってたが……』
しかし鎗輔は、怪訝に眉を寄せていた。
〈鎗輔〉「……何か、違和感あるな……。どこに……」
〈PAL〉[鎗輔]
PALが告げる。
〈PAL〉[窓に何度も開閉された痕跡があります]
〈鎗輔〉「……! そうか、そういうことか……」
何かを察した鎗輔が、ツカツカと窓の方に歩み寄っていく。
〈香風〉「あっ……」
〈フーマ〉『……うげッ!?』
窓から外を覗き見て、フーマが悲鳴に似た奇声を発する。
〈栄華〉「……ああっ!!」
栄華も窓に近寄って、事実を目の当たりにした。
〈香風〉「あちゃあ……」
〈鎗輔〉「香風ちゃん……窓の外は、ゴミ捨て場じゃないから」
部屋の中が、綺麗なはずである。
窓のすぐ外に、ゴミがうず高く積み重なって捨ててあるのだから。
〈香風〉「でも、部屋は綺麗だし……」
〈栄華〉「城の景観を損なっては台無しですわ!! んもう、香風さんったら、せっかく褒めたのに……」
やっぱり簡単にはいかなかったと、落胆する鎗輔であった。
栄華は気を取り直して、香風に振り向く。
〈栄華〉「さ、香風さん! わたくしと一緒にちゃんとゴミ捨て場に持っていきますわよ!」
〈香風〉「えー……遠い……」
〈栄華〉「いいじゃありませんか、その間、わたくしとたくさんお話ししましょう……?」
香風が栄華から離れて、鎗輔にすがりついてくる。
〈香風〉「お、お兄ちゃん……お兄ちゃんも手伝ってくれる……? シャンたちだけだとその、大変そう……」
〈鎗輔〉「しょうがないなぁ。あの量は二人じゃ厳しいだろうし、手を貸すよ」
〈香風〉「ありがとう、お兄ちゃん……」
〈栄華〉「……ふん、まぁいいですわ」
フラれた栄華がむすっとむくれた。
〈鎗輔〉「はぁ……これで終わりか」
〈栄華〉「何か、どっと疲れましたわ……。流石にこの前よりは袋も少なかったですけれど……」
ゴミを全て運び終えた時には、鎗輔たちはすっかりくたびれていた。
〈香風〉「……窓の外がゴミ捨て場じゃ、ダメ?」
〈栄華〉「ダメですっ!」
〈香風〉「むぅ。それじゃあ、華琳さまにお願いしてみようかな……」
〈栄華〉「いけません! そんなことをお願いすること自体いけませんっ!」
〈鎗輔〉「普通、住む場所がゴミ捨て場の近くなんて嫌がるものだよ……」
〈PAL〉[衛生上も良くありません]
〈フーマ〉『物臭、ここに極まれりだな……』
香風のだらしなさには、ほとほと手を焼かされる鎗輔たちだ。
〈香風〉「シャン的には結構、重要……」
〈栄華〉「だーめーでーす。ちゃんとゴミを捨てに行く習慣を身に着けて下さいませ」
〈香風〉「……努力する」
〈栄華〉「何ならわたくしが毎日通って差し上げましょうか?」
〈香風〉「身に着ける!」
〈栄華〉「よろしい」
などと話しているところに、
〈桂花〉「ようやく見つけた……! 香風!」
廊下の向こうから、桂花がドタドタと走ってきた。彼女は鎗輔の顔を見て、すぐ顔をしかめる。
〈桂花〉「……栄華はともかく、何であんたもいるのよ」
〈鎗輔〉「ちょっとゴミ捨てを」
〈フーマ〉『そっちこそ、そんなに慌ててどうしたんだ』
〈桂花〉「軍を動かすことになるかもしれないから。……って、あんたたちに用はない。香風、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
〈香風〉「シャンに?」
〈桂花〉「あなた、都の役人だったでしょう? 土地の争いについて何か例を知らない?」
〈香風〉「土地の争い……?」
きな臭い話に、鎗輔も思わず背筋を正していた。
〈桂花〉「今日、二つの村から遣いがやってきてね。余った土地の配分で揉めてるそうなの。華琳さまの手を煩わせることでもないから、私が対処したいんだけど……片方の村をどうにかするために軍を貸せ、なんてことまで言ってきて。どちらかの言い分が明らかに間違っていたら良かったんだけど、両方とも間違っているとも言い切れなくて」
〈栄華〉「あらあら……それは困りましたわね」
〈桂花〉「片方は先祖代々受け継いできた土地の所有権を主張、もう片方はそんなの知らなかった、先に開墾したからこっちのものだと主張。平行線ね」
〈鎗輔〉「それはまた、ややこしい問題ですね」
元々の権利を持つ方に所有権があるのか、それとも実際に手を加えた者に権利が発生するのか。現在でもままある土地問題だ。
〈栄華〉「目印とかは出していなかったんですの?」
〈桂花〉「自分たちの村以外の手が入るなんて思ってもみなかったんですって。手を出された方の長老はカンカンで、武力で奪い返すことも辞さないそうよ。大きな揉め事に発展されたら困るし……最悪、先手を打って軍を介入させようとも思っているんだけど……」
〈香風〉「……その必要はないと思う」
香風は即答する。
〈桂花〉「え?」
〈香風〉「そういう話、昔、聞いたことがある。常山の騒動……調べてみて」
〈桂花〉「常山?」
〈香風〉「うん。その時は、上手く役人が収めたはず……そのやり方は、参考になると思う」
〈桂花〉「常山……分かったわ、調べてみる。ありがとう、香風」
桂花があっさりお礼を言ったことに、軽くショックを受ける鎗輔。
〈香風〉「ううん、シャンは知ってるだけ」
〈桂花〉「それがすごいのよ。じゃ、私は仕事があるから」
〈栄華〉「ええ。桂花、頑張ってね」
桂花が去っていってから、フーマが鎗輔に尋ねる。
〈フーマ〉『常山の騒動って、何だ?』
〈鎗輔〉「いや、ぼくも知らない。けど、土地争いで解決の前例があるのは大きいよ。それだけで、裁量の説得力が増すから」
〈フーマ〉『なるほど。それがパッと出てくるなんて、香風もすげぇじゃんか。人は見かけに寄らないって言うか』
〈香風〉「でも、文官の仕事はあんまり楽しくない。お兄ちゃんや華琳さまの役に立てるのは、嬉しいけど」
〈栄華〉「香風さんがいてくれるだけでも、わたくしたちにとってはありがたいことですわよ?」
〈香風〉「……ありがとう、栄華さま」
〈栄華〉「まぁっ……!」
思わず抱き着こうとした栄華を、香風はサッとかわした。
〈栄華〉「あうっ!」
〈香風〉「何だか急に目眩がー栄華さまーだいじょうぶー?」
〈鎗輔〉「はは……」
白々しい香風に、鎗輔が乾いた笑いを浮かべていると、今度は秋蘭が駆け込んできた。
〈秋蘭〉「香風! ここにいたのか」
〈香風〉「あ、秋蘭さま」
〈栄華〉「あら、秋蘭さん。秋蘭さんも香風さんをお探しでしたの?」
〈秋蘭〉「ああ。少々我々だけではどうしようもない問題が発生してな……」
秋蘭が持ち込んだ、治水堰の改修の問題も、香風はすぐに答えてみせる。
〈香風〉「小さな堰をいくつも作って、河を分流させる方法もある。王景という人を調べれば、参考になるかも」
〈秋蘭〉「王景……だな、分かった。ありがとう香風、恩に着る」
〈香風〉「いいってことー」
治水工事の問題もあっさり解決した香風に、栄華も鎗輔も感心し切っていた。
その後も香風は、華侖と柳琳が持ち込んだ、尻尾をなかなか掴ませない盗賊の対処方法に関しても即座に回答した。そのことに舌を巻く鎗輔。
〈鎗輔〉「香風ちゃんはすごいね。みんなが持ってくる難題を、すぐに解決して」
〈香風〉「シャンがたまたま覚えてただけ。知識量なら、お兄ちゃんの方がすごい」
〈鎗輔〉「いいや。ぼくが知らないことを、香風ちゃんが知ってる。そこが重要なんだよ」
鎗輔とて、万物の真理を知っている訳ではない。聞かれても、答えられないことがある。他人が出来ないことを出来る人材は、非常に有り難いものだ。
〈鎗輔〉「役人をやってたからって、記録を逐一覚えて、答えられる。これが出来る人は、滅多にいるものじゃないよ。香風ちゃんの頭がいい証拠だ」
〈フーマ〉『そうだな。俺も、今までの戦いのことを全部は覚えちゃいねぇ。それが出来るのはほんとすげぇや』
〈栄華〉「ええ。少なくとも、わたくしたちの中に、都の役人しか見ることの出来ない記録や報告書全てを暗記している人はいませんわよ?」
〈香風〉「んー……そんなにすごいかなー……」
鎗輔たちにどれだけ称えられても、香風自身は、己の能力の高さをあまり実感していないようだった。
〈香風〉「でも、シャンが一番知りたいのは……空の飛び方」
〈栄華〉「は? 空……ですか?」
〈鎗輔〉「ああ……前に、そういう話をしまして」
鎗輔が栄華に、香風が空を飛ぶこと、それが出来るフーマに憧れていることを話した。
〈栄華〉「まぁ……変わったことをお考えですのねぇ……。でも、それならフーマさん、やり方を教えて差し上げたらよろしいでしょうに」
〈フーマ〉『無茶言うなよ。人間には無理だぜ』
〈鎗輔〉「ぼくもせめて、原理は教えてもらいたいんだけど。一体、何を推進力に使ってるのさ」
〈フーマ〉『だから、んなこと聞かれても……俺は科学者じゃねぇんだしよ』
〈鎗輔〉「は~……フーマは香風ちゃんと違って、知識面じゃ役に立たないな」
〈フーマ〉『何だとぉ! お前なんか、フィジカル壊滅的じゃねぇか!』
〈栄華〉「もう、わたくしの近くで口喧嘩なんてなさらないで下さいまし」
うるさそうに耳をふさぐ栄華の傍らで、香風はぽけー……と、窓から夕焼けに染まった空を見上げていた。