プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~   作:おじ

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10.普通の人々

 普段から運動をしていない人たちが息を切らし始めて、ようやく混乱は治まってきた。

 

 怪物からどれほど遠ざかることができたか確認しようと後ろを振り返ったうららは、正面から走ってきた男性とぶつかってしまう。

 

「あ、ごめんなさい」

 

 謝ると同時に、みんなが同じ方向に逃げる中でどうしてこの人は流れに逆らっているのだろうという疑問が頭に浮かぶ。

 そして、その疑問は彼の顔を見てすぐに解決した。

 

「……うららか?」

 

 金髪に褐色の肌で、女性の注目を集めやすいその容姿は衰えていない。本当は小動物のような妖精だなんて微塵も感じさせず、彼女との思いがけない再会にもクールな表情を保っている。

 

「ナッツ……。じゃあ、あの怪物は……」

 

 この世のものではない怪物が、むやみやたらと彼女の前に現れたのでは堪らない。

 ナイトメアやエターナルだって、ナッツ達の持ち物を狙っていただけで決して人類を滅ぼそうとしていたわけではない。ナッツ達が人間界に逃げてきたから、彼らも追いかけてきただけなのだ。

 今回もきっと、そのような事情に違いない。

 

「怪物だと?」

「はい。ナッツは何か知ってるんでしょ!?」

「いや……」

 

 はっきりとしない彼の口調に、うららはじれったくなった。

 怪物が現れ、ナッツがこちらの世界に来ているのだ。関連性がないとは言わせない。

 

「さっき嫌な気配は感じたが、まさか……」

「ナッツ! 何が起こってるのか、教えてください!!」

 

 彼女がどんなに急かしても、ナッツは口元に指を当てて考えるような素振りをみせるだけだった。

 うららの頭の中では、不安と疑問と、それらをナッツが解決してくれるだろうという期待が渦巻いて、余計に彼女を混乱させた。

 そんな彼女を冷静にさせたのは、新たな驚きだった。

 

「ナッツ様!!」

 

 どこから走ってきたのか、美々野くるみはせっかくのおしゃれな服が汗で湿っているのも気にせず駆け寄ってきた。

 

「くるみさん!?」

 

 膝に手をついて呼吸を整えながら顔を上げた彼女は、うららの顔を見てまた息が荒くなる。

 

「うららなの!? ずいぶん雰囲気が変わっちゃって……」

「はい、あれからもう何年も経ちましたから」

 

 再会の余韻に浸っている暇はないと思い出したくるみは、乱れた服装をさっと直して彼女たちに向かった。

 

「大変なの! 変な怪物が現れて、こまちが怪我を……!」

「何!?」

 

 これほどサプライズに満ちた一日になるのなら、オーディションの結果も合格であるべきだったと皮肉に思うことさえ、うららにはできなかった。

 生身の状態で怪物に襲われたのか、戦って負けたのか。どちらにせよ、くるみの報告はうららを激しく動揺させた。

 

「今はりんに看てもらってます。ナッツ様も、早く避難してください!」

「しかし……」

「ナッツハウスで落ち合いましょう。私もココ様たちを連れてすぐに行きますから」

 

 戦う力のないナッツは、自分の情けなさに嫌気がさした。何より、くるみの言うとおりにするのが今の段階で考え得る最も効率的な行動だということが、彼を一層みじめにさせる。

 

「分かった。……うららはどうする?」

 

 咄嗟に自分がどうすべきか思いつかず、うららは言葉に閊えた。

 

「わたしは……」

 

「うららちゃん!」

 

 マネージャーの高尾に呼ばれて、ようやく彼女は考えを落ち着かせることができた。

 

 昔のように変身して怪物と戦う?

 うららは、首を横に振った。

 

「わたしは、お仕事がありますので」

 

 一瞬だけ、ナッツは驚きを表情に出した。しかし、すぐにいつものクールさを取り戻す。

 それは時の流れが何をもたらすか悟った大人の、記憶と現在を区別するような諦めを感じさせた。

 

「そうか。気をつけてな」

「はい……」

 

 中断されたドラマの撮影がある。その後は雑誌の取材。夜には舞台の稽古もある。

 昔の彼女なら、そんなことは気にせずこまちを心配して飛び出したことだろう。

 しかし、それらの予定を全てキャンセルした春日野うららに、女優としての未来はない。

 

 うららは、大人として当たり前の判断をした。

 胸のあたりにもやもやしたものが残ったが、気にしないように努めた。

 

 

 

 受話器から聞こえる呼び出し音に苛々して、りんはテーブルを指でコツコツと叩いた。

 

「もしもし、りんちゃん?」

 

 まるで危機感のない呑気な声を聞いても、ほっと一息つくには気が早い。

 ありえないような事がいっぺんに起きたのだ。彼女の身に危険が迫るのは、これからかもしれない。

 

「のぞみ! 今どこにいるの!?」

「ナッツハウスだけど……りんちゃん、どうかしたの?」

 

 どうして今になってのぞみがナッツハウスに行っているのか、そんなことは大した問題ではない。のぞみのことだから同窓会の会場にナッツハウスを選び、状態を確認しようとしたのだろうとりんは見当をつけた。

 

「のぞみ、落ち着いて聞いて」

「うん、何?」

「あのね……」

 

 そこでりんが言葉を途切れさせたのは、弟のゆうが学校から帰ってきたからだ。特撮ものをとっくの昔に卒業した弟の前で、怪物や変身なんて単語を口にできるはずがない。

 夏木りんは、変身もしなければ怪物とも戦わない、普通の人間なのだから。

 

「ただいまー」

「お、おかえり」

 

 受話器の送話部を手で塞ぎ、彼女は自然に振る舞った。

 幼いときはやんちゃで外を走り回っていたゆうも、高校生になった今はすっかり落ち着いて思春期の男子らしい態度をとるようになっていた。

 彼が自分の部屋に入り姿が見えなくなるのを確かめると、りんは受話器を耳に当てて声の調子を落とす。

 

「とにかく緊急事態なの! 今からお店に来れる?」

「えぇー、今日はもう上がっていいって言ったのに」

「そうじゃなくって!」

 

 人の気配を感じて彼女が顔を上げると、目の前にゆうが立っていた。昔のように無邪気な笑顔を見せることはなく、むすっとした顔のまま彼は言う。

 

「用があるなら、店番かわろうか」

「えっ、いいよ。ゆうは学校から帰ってきたばかりなんだし」

 

 彼女も学生の時分には母を手伝おうと店に出て働いていたが、今は人手が足りている。りんは正式な従業員であり、忙しくもないのにのぞみを臨時のバイトとして雇っている状態だ。

 本業は学生のゆうに、手伝ってもらうことなんてない。

 

「でも、人が来てるんじゃないの。靴あったし」

 

 こまちの靴だ。彼女が目を覚ましたとき、誰かが傍にいた方がいい。なにしろ怪物と戦って、気が付いたら知らない部屋にいるのだ。動揺しない人間なんていないだろう。

 

「大丈夫。のぞみに来てもらうから」

 

 とても電話で落ち着いて話すことなんてできない。直接話して、店番とこまちの看病を分担するのが最も効率のいいやり方だとりんは考えた。

 

「わかった」

 

 それだけ言うと、ゆうは自分の部屋に戻っていった。放置していた受話器の存在を思い出して、電話口の向こうにのぞみがまだいるか確認する。

 

「もしもし!?」

「りんちゃん、一体なんなのー?」

 

 すっかり混乱した様子ののぞみは、くたびれた調子の声で応答してくれた。幼いころからの信頼関係がなければ、自分なら相手の気が狂ったのかと疑うかもしれない。

 

「とにかくお店に戻ってきて。詳しいことはそれから話すから」

「うん……。あっ、そういえば、りんちゃん聞いてよ」

 

 まさかのぞみの前にも見知らぬ脅威の前兆があったのかと思い、りんは気が気ではなかった。

 

「何!? どうしたの!?」

 

 緊張した彼女とは対照的に、のぞみの口調は穏やかなままだった。

 

「ナッツハウスが綺麗なの」

「……へ?」

「わたし、ナッツハウスを掃除しようと思って来たんだけど、ずっと使ってなかったのに綺麗なままだったんだよ」

 

 状況が分かっていないとはいっても、あまりに能天気な彼女の発言に、りんはほっとするより呆れてしまう。

 

「そういえば途中でかれんさんに会ったんだけど、かれんさんが掃除してくれたのかな?」

「かれんさんが?」

 

 りんが同窓会のメールを送って半日が経つが、かれんはまだ返信をくれていない。ナッツハウスを同窓会の会場にするという考えは全員が思いつくだろうから、そもそもの持ち主であるかれんが掃除をしてくれた可能性は十分にある。

 

 ただ、それなら同窓会に参加するというメールをよこしてくれていいはずなのに。

 りんは携帯電話の待ち受け画面を開いたが、そこに表示されたのはやはり着信なしの文字だった。

 

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