プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~ 作:おじ
夢原のぞみがそのことに気付いたのは、三年ほど前に建てられた若い夫婦の住む白い家を通り過ぎ、自宅の門が街灯の向こうに見えてきたときだった。
「鍵かけたっけ……?」
携帯電話を開いて時間を確認する。大学生活六年目を迎えた彼女にとって、学費と時間と勉強を生活の中で共存させるためには睡眠を犠牲にしなければならなかった。
色んなことが一度に起きて心身ともに疲れたのぞみがこれからナッツハウスに戻った場合、帰宅したときには時間だけでなく勉強する気力さえも失っていることは容易に想像できる。
「盗られて困るようなものはないと思うけど……」
ナッツハウスは今も昔も水無月家の所有物であり、万が一にも何者かが侵入して住居を荒らそうものなら、鍵を渡してくれたかれんの信頼を裏切ることになる。
空腹と睡魔の誘惑を携えたまま、のぞみはナッツハウスへ戻ることにした。
戸締りを確認する。それだけのことなのだ。
「どうなっている」
ナッツが独り言を呟いたのは、ちらほらと街灯や家々の照明が灯り始めたことによる焦燥感をごまかすためだった。
嫌な気配が感じられなくなってしばらく経つというのに、誰もナッツハウスに姿を見せない。
くるみやココ達は安全な場所に避難できたのか、それとも新たな敵に阻まれて連絡すらできない状況なのか、彼は心配でならなかった。
もう一つ気になるのが、ナッツハウスの状態である。
こまちとかれんが中学を卒業してからは、みんながあの場所に集まることはほとんどなくなった。彼の知るかぎり、のぞみとりんの卒業後は一度も使われていないはずだった。
それなのに、ナッツハウスは掃除したばかりのように綺麗な状態で、施錠もされていなかった。まるで、いつでもみんなが集まれる昔のナッツハウスに戻ったように。
「……ここは」
うろ覚えの道順を辿り、無意識のうちに彼の足はそこに向かっていた。
古風な建物から見覚えのある女性が出てきて、のれんを片付けようとしているのが遠目で確認できる。
ティーンエイジャーではないのだから。こみ上げてきた衝動を抑えることができないでいる自分に呆れながら、ナッツは彼女に駆け寄った。
「こまち!」
「え?」
彼女は、ナッツをその老舗和菓子屋のファンか何かだと勘違いしたようで、愛想のいい対応をした。
「ごめんね、お客さん。今日はもうおしまいなんだ」
言葉づかいと表情と仕草で、ナッツは目の前にいる割烹着姿の女性が秋元こまちでないことを知った。
記憶では大型バイクに跨ったレザージャケット姿ばかり印象に残っているのだから、まさか彼女が秋元まどかとは思えないだろうと、心の中で誰にともなく言い訳をする。
「いいんだ。仕事の邪魔をして悪かった」
「あれ? もしかして……」
瓜二つの顔をずっと見てきたナッツと違い、数えるほどしか彼と顔を合わせていないはずなのに、まどかは彼のことを覚えている様子だった。
「ナッツさん……だよね? かれんちゃん達といつも一緒にいた……」
「……あぁ」
難しそうなナッツの表情を見ると、まどかはくすっと微笑んだ。のれんを脇に差してわざとらしく店に入るのを手間取ってみせる。
「悪いけど、扉押さえててくれない?」
「こうか?」
ナッツは言われた通り、背中で扉を支えながら、のれんを店の中に仕舞うのを手伝った。
手を払うと一仕事終えた解放感に伸びをして、まどかは彼を振り返った。
「久しぶりに、うちの豆大福食べてかない?」
「いや、俺は……」
こまちに似た眼差しを向けられて、言葉とは裏腹にナッツはこの誘惑に勝てないことを悟った。
「入って。私の自信作なんだ」
何を期待しているのか自分でもよく分からないまま、ナッツは彼女に従った。こまちに会いたいのか、豆大福を食べたいのか。それとも、知った顔に安らぎを求めようとしているのかもしれない。
「あら、秋元さん。もう帰っちゃうの?」
「はい、お邪魔しました」
玄関まで見送りにきてくれた相手に抱く印象としてはあまりにも失礼だけど、こまちは毎日顔を合わせている両親と比べて、十年ぶりに見たりんの母はひどく老いたように感じた。
「せっかくだから、ご飯食べていってもいいのよ?」
「いえ、きっとうちでも夕飯の準備をして待ってくれていると思いますから」
こまちは、りんを羨ましく思った。普通なら、娘の中学時代の友人などやたらと覚えているものではない。食卓などでりんが話をするときに聞き流したりしないで、真剣に耳を傾けている証拠だ。
「お母さん、もういいから」
家族と出かけたときに同級生と出くわすのを嫌がる思春期の少女みたいに、りんは余計な世話を焼こうとする母と、なんとなく玄関までついてきた妹をリビングに戻そうとした。
「はいはい、わかりました」
「また来てくださいねー」
さっさと退散する二人に会釈をしたこまちは、どこか恥ずかしそうにしているりんを見て微笑む。
「素敵な家族ね」
「そうですか?」
首を傾げながらも、それが自慢であるかのようにりんははにかんだ。
「騒がしくてすみません。弟のゆうは反動で大人しくなったんですけど」
店の中を走り回り、悪戯ばかりして手に負えなかったあの小学生が、今では落ち着きのある高校生だなんて想像もできない。さきほど廊下ですれ違うまで、彼女の中で彼は永遠の小学生だったのに。
「何年生になるの?」
「高三です、この春から」
「進路を決めないといけない時期ね」
高校三年生の秋元こまちは、小説家になる夢を熱心に抱き続けていた。しかし、その二年後に彼女は就職活動を始めていた。小説家という職業は、履歴書を送って試験に合格すればなれるものではなかったのだ。
そのようなことを考えていると、夏木りんがどの時期に、どのようにして現在の彼女に至る結論を出したのか、こまちは気になりだした。
「あの、こまちさん。同窓会のことなんですけど」
世間話はここらで切り上げて、りんは今のうちに話し合わなければならないことがあることをこまちに思い出させた。十年ぶりにこまちが夏木家を訪れた理由を、忘れてはならない。
「どっちにしても、近いうちにみんなで集まる必要があると思うんです。できれば、明日にでも」
彼女の提案が如何にまともで論理的なものであるか分かっていても、こまちはそれに同意することはできなかった。言うなればりんの考えは理想論であり、現実的ではない。
物書きはもっと冷静に、また、淡泊に物事を見据えなければならない。
「私はもう、プリキュアにはなれないわ」
左肩にかけたかばんのストラップが、だらりと垂れた。右手でそれを直しながら、こまちは昼間の戦いを思い出す。気がつくと、自分の肩を抱くような格好になっていた。
「こまちさん……」
キュアモを持っていて、一度は怪物と戦おうとしたこまちがどうしてそんなことを言いだしたのか。それが分からないほど夏木りんは無神経ではないし、強い人間でもない。
微かに、こまちの肩が震えているのが見てとれた。
「……りんさんは、どうして夢を諦めたの?」
突然の質問に初めは少し戸惑ったりんだったが、すぐにその意図を理解して声を潜めた。
「こまちさん、さっきうちの家族を褒めてくれましたよね」
「えぇ……」
「実は、あたしもけっこう自慢なんです」
言っているうちに照れくさくなり、りんは意地の悪い仮定を持ち出した。
「もしも、まどかさんの夢が和菓子職人じゃなかったら、こまちさんはどうしてました?」
その質問で、これまでにりんが経験してきたと思われる葛藤をこまちは理解できた。
「私がお店を継いでたとしても、小説家になる夢はやっぱり諦められなかったと思うわ」
こまちのその言葉からは、同調してくれているのか、それとも非難しているのかりんには分からなかった。
やがてそれまでりんの顔をまっすぐに見つめていたこまちの視線が、廊下の隅に向けられた。
りんがそちらに顔を向けると、居心地の悪そうに人差し指の腹を親指でこすりながら、弟のゆうが渋面で廊下の壁を睨んでいた。
そういった彼の所作からは、彼女への非難がたしかに感じられた。