プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~ 作:おじ
ツインテールを子どもっぽいと感じるようになったのは、中学二年生の秋だった。
髪形を変えると、クラスメイトの女子と一通りのやりとりを交わさなければならない。可愛いとか、似合ってるよ、なんて決まり文句に「本当? ありがとう」といかにも嬉しそうに返す。
それが面倒くさかったから、修了式までツインテールのままで過ごした。
春日野うららが髪形を変えたのは、中学三年生に進級する前の春休み。
のぞみ達が中学を卒業して、ココ達がパルミエ王国に帰った後だった。
「うららちゃん」
マネージャーの高尾に話しかけられ、長く尾を引く息を吐く。
この男は何も知らない。うららにかけがえのない仲間がいたこと。うららの夢のこと。ツインテールだった頃の彼女を、過去の映像や写真でしか見たことがないはずだ。
そんな男が、春日野うららのマネージャーを務めている。彼女のことを何もしらない男が、いかにも彼女のことを知ったふうな口をきいて、関係者に売り込む。だから彼女は、彼が話した通りの春日野うららでいなければならない。
「どこに行ってたの。心配したんだよ」
彼が心配していたのは、うららの身の安全とかではなく、自分の体面だろう。女優とそのマネージャーというコンビで仕事をやっているのだから、お互いにできるだけ迷惑はかけない。
仕事上のパートナーと言ってもいい。しかし、信頼しているかと問われたら、返答に詰まるかもしれない。高尾だって、私生活の面でうららを頼ったりすることはしないだろう。
だから、彼が難しい表情をすると、うららは笑顔を繕って良好な関係を保つのだ。
「すみません。ちょっと知り合いと会って話しこんじゃいました」
「頼むよ、ほんと。少しでも早く現場入りしてやる気を見せないと。気に入ってもらえれば、次の仕事につながるかもしれないんだよ」
悪い人間ではないし、嫌いなわけでもない。ただ、“コンビ”や“パートナー”を、“仲間”という言葉に置き換えてみると、しっくりこない。
うららにとって高尾という人間は、スポーツの選手と審判のような関係の相手だった。チームメイトでもなく、選手と監督でもなく、相手チームの人間とも違う。審判がいないと試合が成立しないから必要というだけで、その審判は誰だってかまわない。
“仲間”はいない。
ツインテールをやめた、あの日から。春日野うららは一人になった。
携帯電話を取り出して、着信を確認する。夕べのかれんからの電話が、履歴の一番上にあった。メールは高尾から送られた今日のスケジュールを簡素にまとめたものが最新で、その前は昨日の昼に届いたのぞみからのメール。
同窓会は中止だろうな、とうららは思う。
くるみとナッツに会った。かれんにも会った。シロップと話をした。それだけで十分だった。
昔のままの関係だったなら、ナッツハウスに集合してこれからどうするか話し合ったかもしれない。しかし、うららがその席に参加することはなかっただろう。
長い間、まともに連絡も取っていなかったのに、みんなのことを今でも“仲間”と思えるか、“仲間”と思ってもらえるか、彼女には自信がなかった。
「え?」
手に持っている携帯電話が振動した。メールの受信はバイブレーターにしてある。メールということは緊急事態ではないと思われるが、彼女は慌ててそのメールを開いた。
――何見てるの?
はっとして顔を上げると、辺りを見回して彼女が見える位置にいるはずの送信者を捜す。
見つけた。高尾マネージャーの隣でこちらに向かって手を振って、彼女と目が合うと微笑みを伴って近づいてきた。
「久しぶりだね、うららちゃん」
「鷲雄さん!」
春日野うららの元マネージャーである鷲雄は、以前より質の良さそうなスーツを着こなし、似合わない髭を伸ばしている。その変化をうららに見られるのが恥ずかしいのか、言い訳をするような照れ笑いを浮かべた。
「お久しぶりです。今は広報の仕事をしてるって聞きましたけど……」
「うん、そうなんだ。撮影を見学に来たのもその関係だよ」
彼が異動になると聞いたとき、うららはひどく残念がった。現在のマネージャーである高尾と違い、彼女をデビュー当時から支えてくれた鷲雄とは確かな絆があった。
うららがオーディションに合格すれば自分のことのように喜び、不合格のときは本人より落ち込んでいた。外国のファミリー映画みたいに大げさな言い方をすれば、家族に近い親しみを彼女は感じていた。
「高尾くんと話したよ。うららちゃん、よく頑張ってるんだって?」
保護者じゃないんだから。彼の言葉を愛想笑いで受け流しながら、うららはそう思った。
何とかさんは真面目でよくやってくれてますよ、なんて、本人のことをまるで知らない教師が言いそうな台詞だ。うららにとって女優は夢であり、仕事であり、それを頑張るのは当然のことだ。
働いて収入を得るのが日本国民の義務なのだ。仕事がなければ収入もない。だから、うららはできるだけいい芝居をして、あわよくば次の仕事につながればいいと願っている。
仕事をもらうために、仕事を頑張る。わざわざ褒めてもらうようなことではない。
「この業界、ふとしたことがきっかけで一気に売れることもあるし、人気が出てもずっと続くとは限らないんだから、焦ることはないよ。うららちゃんは自分のペースで頑張ればいいんだ」
――頑張ってる。
言おうとして、うららは言葉を飲み込んだ。
彼女を取り巻く様々な事柄が、ちょっとだけ上手く噛みあっていないだけなのだ。鷲雄や高尾に悪気はない。うららは精一杯、頑張っている。それで、結果が出ない。彼女の髪の色が気になるとか、彼女より役にぴったりな女優がいたなんて些細な理由で。
だから、彼らは応援してくれる。鷲雄も高尾も、いい人だから。
その好意を素直に受け入れられない自分が悪いのだ。
彼女は思った。
どうして“頑張れ”が辛いのだろう。
「あ、そういえば」
思い出したように、鷲雄は言った。
「さっき、懐かしい子に会ったよ」
全国チェーンのコンビニの前に立った夢原のぞみは、青と白のストライプの制服に身を包み、彼女を見つけると子どものように大きく手を振った。
「うららー!」
偶々、撮影の休憩とのぞみの休憩時間が重なっていた。これも、人生における奇妙な巡り合わせの一つに過ぎない。順調にいけば大学を卒業しているはずの彼女がコンビニの店員で、視聴率が最悪のドラマの脇役にうららが一縷の望みを残さなければならないのも、偶然なのだとうららは思うことにした。
昨日の事件のことで会いにきてくれたのかという考えがふと彼女の頭をよぎったが、そうだとしたら夕べの内に連絡してくれてもいいはずである。ミルクやナッツの話を聞いてその必要はないと考えたのなら、わざわざ忙しいアルバイト中に会おうとするのもおかしな話だ。
のぞみが働いているコンビニの近くで撮影があったのも偶然であり、それを知ったのぞみがうららに会おうとしたのもちょっとした気まぐれなのかもしれない。そんなことをうららは思った。
「のぞみさん」
「ごめんね、無理言っちゃって」
「いえ、ちょうど休憩に入ったので大丈夫です」
のぞみが撮影現場の近くでアルバイトをしていることは、鷲雄が教えてくれた。勝手にうららと会わせる約束をして、主演役者のNGで休憩時間が遅れそうになったときは何度も時計を確認していた。
撮影が休憩に入ると、鷲雄はすぐ監督に近づいて仕事の話を一方的に始めた。時折、彼女たちをちらちらと見る。時間を稼いでいるつもりなのだろう。
「昨日のこと、もう誰かから聞いた?」
「はい。かれんさんとシロップから……」
「そっか。うららは大丈夫?」
視界の端で、監督が鷲雄から離れていくのが見えた。彼の時間稼ぎはほんの一分ももたなかったらしい。申し訳なさそうな反面、実はその成果に満足しているのか誇らしげでもある視線をうららに送ってきた。
鷲雄はどんなつもりで、うららをのぞみに会わせようとしたのだろう。彼女たちの関係が疎遠になっていたことは、彼も知っていたはずなのに。
やがて、のぞみの方に向き直ったうららは、彼女の心配そうな表情を見て自分がまだ何も答えていないことに気が付いた。
「大丈夫です、何とかやってます……」
「え?」
しまった、と思ったときにはもう遅い。うららは自分の間抜けさに嫌気がさした。
テレビや雑誌を頻繁にチェックしていれば春日野うららの活躍の程度は想像に難くないはずだが、芸能人の仕事は他にもたくさんある。のぞみは彼女の近況を思い遣って“大丈夫”と訊いたのではない。
「いえ、あの……昨日は怪物に驚いて撮影が中止になったんですけど、今日は大丈夫そうです」
喋っている最中は上手く取り繕えたように思えたが、言い終わるとすぐにどうしてこんな下手くそな言い訳をしたのだろうと後悔する。
「そうだね。大丈夫だよ」
俯いたうららの手を取りながら、のぞみは言った。
「うららなら、きっと大丈夫」
誰かと手をつなぐなんてあまりにも久しぶりのことで、うららは何となく気恥ずかしくなり、それと同時に妙な温かさを感じていた。
「夢原さん、いつまで休憩してるの! もう時間だよ」
のぞみと同じ制服を着た年配の女性に声をかけられ、つないでいた手が離される。
「はい、すぐ行きます!」
彼女は元気に返事をしたが、それが虚勢であることがうららには分かった。どんなに疲れていて惨めな気持ちのときでも、愛想のいい演技をする彼女と同じものを確かに感じた。
「ごめんね、ばたばたしちゃって。昔から、うららには格好悪いところばかり見られてるなぁ……」
「そんなことないです!」
感情的になって大声を出したことに、のぞみはもちろんのこと、うららも驚いていた。
怒りや悲しみといった感情を顕わにする役に挑戦したことはある。しかし、春日野うららの本心は長いこと外に出されることはなかった。
愛想のいい若手女優として気に入ってもらうために、いつも演技をしていた。やがて、心に蓋をして感情を抑える方法を覚えた。いつの間にかそれが当たり前になり、彼女は自分の心などどこかに消えてしまったものだと思っていたくらいだった。
「そんなこと、ないです。のぞみさんは格好悪くなんて……」
かつてののぞみは、どんなに絶望的な状況でも諦めない強さをもっていた。うららは、そんな彼女に惹かれたのだ。今となっては自分勝手な偶像に過ぎないかもしれないが、のぞみの弱音なんて聞きたくなかった。
「ありがとう、うらら」
のぞみの柔らかい微笑みが、全身に染み込んでくる温かい日差しのようにうららは感じた。彼女が笑みをくれるだけで、安心できる。彼女の優しさに縋っているだけと分かっていても、もう少しだけその温かさを感じていたかった。
「じゃあ、もう行かなきゃ」
先ほどの女性が店から出てきたのを見て、のぞみは慌てて駆け出した。彼女の背中にかけるべき言葉は、一つしか見つからなかった。
「あの……、頑張ってください!」
走るスピードを緩めずに振り返ったのぞみは、バランスを崩して転げそうになりながらピースをした。
「うららも頑張れ!」
――頑張る。
久しぶりに、うららは自然に笑うことができた。
朝早くにかれんが出て行ってからしばらくの間、水無月邸は静寂に包まれていた。
ナッツは窓の近くに座り込み外の景色を眺めるばかりで一言も発することはなく、シロップはリビングと玄関を何度も落ち着きなく往復していた。
静かなリビングでは時計の秒針が忙しなく時を刻む音だけが響き、怠け者の相棒である分針が真上を向いたのと同時に、ココも重い腰を上げた。
「みんな、話があるココ」
大きなテーブルの上に揃った小さな妖精たちは、ココの話を黙って聞いていた。そして、みんなが同じ考えであることを確認し合った。もしも、ココがいつまでも話を切り出さなければ他の誰かがその役を引き受けていただろう。
「五人はもうプリキュアじゃないココ」
「ナッツ達だけの力で解決するナツ」
ミルクとシロップはこれに同意したが、クレープは違った。
「キュアミントが変身できたなら、他のみんなも戦えるはずクク。みんなに連絡して、昔のように力をひとつにして戦うべきクク」
「これ以上、みんなを戦わせるわけにはいかないナツ」
ナッツは語気を強めて、クレープの意見を退けた。
「だけど、今度の敵の狙いはプリキュアの方クク! つまらない意地を張るより、もっと現実的に考えるクク!」
考える時間は十分にあった。クレープの肩に手を置いて、ココは首を横に振った。
「今までココ達はプリキュアに何度も助けられてきたココ。今度はココ達がプリキュアを助ける番ココ」
優しい口調でこそあったが、そこには力強い決意が込められていた。それを感じ取ったクレープは、ゆっくりと息を吐き、彼らの意思を汲み取ることにしたのだった。
「……止めても無駄なことは分かったクク。だったらココリンも、クレープがみんなと一緒に戦おうとするのを止めないでほしいクク」
「クレープ……、ありがとうココ」
話し合いをしている間にも、ガンバリーナと怪物がどこかに現れるかもしれない。各自の決意を確認できたなら、具体的にどうするかという議題に変えるべきであり、シロップは進行の遅さに苛々していた。
「それで、どうするロプ? この中で戦えるのは、ミルキィローズに変身できるミルクだけロプ」
「ココとナッツも、少しの間ならクレープのように敵の攻撃を防げるココ。上手くサポートすれば……」
「一歩間違えれば、足手まといナツ。それに、ミルクの体力がいつまでもつか分からないナツ」
「戦うんじゃなくて、話し合いで解決できないクク?」
「ガンバリーナは相当プリキュアに恨みをもっていたココ。火に油を注ぐことにもなりかねないココ」
「じゃあ、どうするロプ!?」
すると、それまで黙っていたミルクが何か思いついたように顔を上げた。
「あの人がいるミル!」