プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~   作:おじ

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20.ザケンナー、ザケンナー

 注文を受けた後のウェイトレスの訝しげな顔つきに、ブンビーはうんざりした。

 

 厨房の方に引き返してからも、彼の席を窺いながら同僚と何やら話している。中年の冴えないサラリーマンという俗称が似合うことのないよう身だしなみには気を付けていた彼は、席の向かい側に座っている面々を前にして、周囲の視線はそちらに向けられているものだと知った。

 人間の姿になったココとくるみはそこに居るだけで注目を集めやすいというのに、ハンサムな成人男性であるココは一見ただのぬいぐるみにしか見えないクレープを大事そうに抱えており、くるみに関しては席に座ってからずっとブンビーを睨みつけている。

 ウェイトレスや他の客がどんな噂を口にしても、その中に真実はないだろうとブンビーは思った。彼らの関係は、一般の人の想像をはるかに超えたものなのだから。

 

「何の話か知らないけど、こう見えても私は忙しいんだ。さっさと用事を済ませてくれ」

 

 ブンビーはわざと素っ気ない言い方をした。実のところ、人間として至極まっとうな生き方をしてきた彼は、パルミエ王国の妖精からかかってきた電話の事件性に興奮していたのだが、それを相手に悟られるのは格好が悪い。

 理由をこじつけるのは少々面倒だったが、昼休みの気まずいオフィスから脱出できる口実ができたのは彼にとって嬉しい出来事であり、単調な繰り返しの日々にちょっとした刺激を与えられるのも楽しみにしていた。

 もっとも、ちょっとした刺激で済めばいいのだが。

 

「あぁ……。まさか、あなたを頼ることになるとは思わなかったんだけど……」

 

 国王であり教師の経験もあるというのに、ココの喋り方はたどたどしかった。ココ達にとってブンビーは故郷を滅ぼした組織の一員であり、たとえ彼が改心して真人間になっていたとしても、互いの間にある溝は大きく容易になくなるものではない。実際、この席の全員が気まずい思いでいた。

 

「ジャアクキングやガンバリーナという名前について、何か知らないか?」

 

 ブンビーは首を横に振りながら、非常に面倒なことになりそうだと思った。注文したコーヒーが運ばれてくる。

 ファミレスではなく、もっと人の少ない場所を指定すればよかった。

 

 

 

「それで? 私に何の関係があるわけ?」

 

 これまでの経緯を聞き終えると、ブンビーは空になったコーヒーカップの底をスプーンで突いた。

 

「ココ様の話、ちゃんと聞いてたの?」

 

 くるみとココの前にも置かれているコーヒーカップを眺めながら、ブンビーは財布の中身を気にした。話の途中から、妖精の国からやって来た彼らはこの国の通貨を持っているのだろうかという方面に関心が向いてしまっていたのだった。

 

「ぼくたちの力になってほしいんだ。どうか……」

「プリキュアはどうしたの」

 

 ブンビーは自分が呼ばれた理由にどうしても合点がいかなかった。ココの話は要領を得ないもので、核心に触れていない。

 プリキュアに倒された息子の仇を討つために現れたガンバリーナという女。彼女の目的はもちろんプリキュアを倒すことであり、妖精たちはそれを阻止したい。それで、どうして彼の出番になるのかが分からなかった。

 

「さっきも言ったけど、ナイトメアやエターナルでそいつらの話なんて聞いたこともない。だから、私に彼女を宥めさせることはできないわけ」

「それはさっき聞いたわよ」

「だからそう言ったじゃないか!」

 

 突然、彼が大声を出したものだから、近くを通っていたウェイトレスが小さな悲鳴をあげ、周りの客が一斉にこちらを向いた。愛想笑いと会釈で周囲の関心をあしらうと、彼は小声でくるみを非難する。

 

「にぶいわね。プリキュアがいたら、あなたなんかに頼ったりしないわよ」

「人を呼び出しておいて、その言い方はないんじゃない!?」

 

 小声で行われる彼らの小競り合いを制止させて、ココはくるみの失礼を詫びた。過去の因縁を忘れることなどできないが、今はブンビーに協力してもらうほかないのだ。

 

「プリキュアはもう戦えない。だから、あなたの力が必要なんだ」

「私なんて初老だよ!? あいつらまだ二十代だろう」

「そういう問題じゃないの」

「じゃあ何だっていうんだ?」

 

 その問いには答えず、ココはテーブルの天板に額がつくほど低く頭を下げる。

 

「頼む。もしものときは、ぼくたちと一緒に戦ってくれ」

「しかしねぇ……」

 

 意地悪をしてイケメンに頭を下げさせていると他の客に思われるのも居心地が悪い。ブンビーは、ココに頭を上げるよう言って腕組みをした。

 

「一つ、私からも条件がある」

「何だ?」

 

 しばらくの間、ブンビーはこれを言うべきか躊躇した。ココ達の陥っている状況はあまり穏やかではないが、彼らとファミレスでコーヒーを飲む日がくるなんて昔では考えられなかった。

 だから、これを言ってしまうことで、彼らの怒りや苦しみを思い出させるべきではないのかもしれない。しかし、今回の件にブンビーが協力するのなら、気付かないふりをして先延ばしにはできない問題がある。

 

「早く言いなさいよ」

「今から言うの!」

 

 咳払いをして、ブンビーは正面の二人と一匹の表情をそれとなく観察した。藁にもすがる思いの彼らにこの話をするというのは卑怯にも思えたが、話すのは今でないとならない。

 

「条件というか、頼みごとなんだが……」

 

 たとえ彼らが拒んだとしても、その結果を甘受しようとブンビーは決めていた。くるみの目つきが話を先に進めるよう促していたから、彼はもう一度大きな咳払いをした。

 

「私の同僚を、許してはもらえないだろうか」

 

 ココ達の顔に表れた些細な変化は、それを受け容れ難く、記憶に蘇った彼らの存在を反射的に拒絶したように思われた。その反応はブンビーにとって想像の範疇を超えないものであったが、自己満足による使命感と責任感に駆られていた彼は、どうしてもココ達の首を縦に振らせる必要があると考えていた。

 

「君たちに対して我々がやったことを忘れてくれと言うんじゃない。ただ、私の部下や同僚のやったことの責任は、私にある」

 

 ココ達の目は彼の視線を捉えて放さなかった。ちゃんと話を聞いているぞ、最後まで言ってみろと訴えているようだった。

 

「だから……今回、私が君たちに協力することを、彼らの償いと思ってくれないか」

 

 彼が言い終わると、くるみは飲み残しの冷めたコーヒーを一気に喉に流し込む。席を立つと、相変わらずの鋭い目つきで、言葉の真意を探るべくブンビーの顔をしばらく眺めていた。

 やがて彼女の瞳から警戒や嫌悪の色は消える。苦いコーヒーに、ミルクが溶けていくように。

 

「だったら、しっかり役に立ってよね」

 

 ココやクレープの眼差しも、先ほどまでとは違っていた。テーブルの隅に置かれている伝票さしから伝票を取ったココは、信じられないことに――彼としてはそれほど大したことではなかったのだが――ブンビーに微笑みかけた。

 

「それは、パルミエ王国への正式な謝罪と受け取っていいのかい?」

「あ、あぁ……」

「分かった。みんなに伝えておくよ」

 

 みんな、というのがパルミエ国民のことを指すのだとブンビーが理解するまでにしばらく時間がかかった。伝票を持ったままココが席を立つと、ブンビーは慌てて財布を取り出そうとスーツの内側に手を差しこんだのだが、ココは彼に向かって掌を向け「ここはぼくが」と断った。

 

「お金持ってたのね……」

 

 安堵と落胆の入り混じった奇妙なため息が出て、ブンビーはそれを自分で笑った。

 

 

 

 店の外に出たとき、夢原のぞみがそこにいたのは偶然のはずがないとブンビーは思った。

 あまり大人数で目立っては仕方がないから、ココ達が代表として彼を訪れただけで、のぞみや他の関係者は近くで待機する手筈だったのだろう。そんな推測も虚しく、彼らの反応から察するに彼女とは出会うべきではなかったらしい。

 

 意外な組み合わせの彼らに対して、のぞみの表情には驚きが素直に表れていた。クレープを抱えているココに視線が移ると、徐々に驚きの色は薄れ感情は読み取りにくくなる。

 彼女が走り去る刹那、ブンビーの瞳には戸惑うばかりの少女が残った。きっとココもそれを見ていたはずなのに、そこに立ち尽くすだけだった。

 

「追わなくていいの?」

 

 ブンビーの問いに、ココは沈黙という形で答えた。

 

 

 

 街路樹の影が差すベンチに腰を下ろすと、のぞみは先の行動を省みた。

 ココの顔を見た途端、心にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚がした。それでいて、動悸が激しくなる。感情と身体の矛盾に動揺した結果なのだと、彼女は思うことにした。

 

 何を言うべきか、何をするべきかと考えれば考えるほど思考が麻痺する。その場にいることが耐えられなくなる。あまりに感情的で、冷静さに欠いていた。彼女の脳は、目の前の事象を理性的に処理することを拒絶したのだ。

 昨日までは会いたいと願っていたのに、実際に彼を前にすると逃げ出してしまう。うららと話をしたことで、ドラマのヒロインに影響を受けてみたくなったのかもしれない。彼らと話し合わなければならないことはたくさんあるのに、その機会をふいにするなんて。彼女は自分を責めた。

 

 しかし、自責の念に駆られる時間は彼女にはなかった。急いだ甲斐もあって、ここからなら次のバイト先には歩いても間に合うゆとりはあるが、あまりのんびりもしていられない。

 悩み事は後回しにして、彼女にはやらなければいけない仕事がある。たとえそのような心持でないときでも、社会的責任を果たさなければならないのだ。

 

 のぞみが大きなため息を吐くと同時に、彼女の隣に不躾に腰を下ろした男がいた。その動作からは老いと疲れが感じられ、日陰で寛げるささやかなひと時を邪魔してはまずいと思った彼女が座面から腰を浮かせたとき、男は遠くの方を見据えたまま言葉を発した。

 

「君みたいな娘が一人で思い悩むには、天気が良すぎるとは思わないかね」

 

 のぞみは彼の顔を見て非常に驚いた。先ほど、ココ達と一緒にいるのを見かけたときの方が衝撃の度合いは大きかったはずなのだが、まさか彼が追ってきてくれるとは思いもしなかったのだ。

 

「……ブンビーさん」

「君の未来は明るく輝いているものだとばかり思っていたが、私の見込み違いだったかな」

 

 白い毛のまじった金髪を見て、彼は本当に真人間になったのだとのぞみには感じられた。もっとも、悪事を働いていたとしても老いれば髪は白くなるものなのだが、ブンビーのそれは真っ当な人生における苦労や努力を経験した証のように見えたのだ。

 

「ブンビーさん、あれからずっとこの町に?」

「あぁ。エターナルがなくなった後、起業してね。まぁ、何とかやっているよ」

 

 プリキュアとして戦っていた当時を振り返ると、のぞみは懐かしさでほんの少し切ない気持ちになる。いつでもみんなが傍にいて、一緒に夢を追いかけていた。

 皮肉なことに、彼女たちはナイトメアやエターナルの存在によって絆を深め、戦いが終わると疎遠になってしまった。そのことに気付いたのぞみは、今回の騒動がもっと早い段階で起きてくれたらよかったのに、などと考えてしまう。プリキュアというつながりがあれば、みんなが離れ離れになることもなかった。

 

「すごいですね。わたしなんて……」

 

 自分を卑下する言葉を使ってしまえばこれまでやってきたことが全て空虚なものになってしまうような気がして、のぞみの口は動きを止めた。結果としてそれは彼女にとって都合のいい台詞をブンビーが言ってくれるのを待つことになり、束の間の沈黙があった。

 

「おっと、もうこんな時間だ。そろそろ職場に戻らなくては」

 

 わざとらしい口調で大げさに振る舞い、ブンビーはベンチから立ち上がった。汗が滲んでいるシャツの襟元を閉めてネクタイを結び直し、仕事ができる男の風格を醸し出す。そのときの彼の表情があまりに真面目ぶっていたから、のぞみはおかしくて微笑した。

 

「電話対応もろくにできない連中でね。私がいないと仕事にならないのだよ」

 

 彼の視線は摩天楼と表現するには大げさなビル群の最上階に注がれた。登山家が巨大な山を眺めるような、野心家の目であった。若しくは、辛苦に耐える自信のない人間が漠然とした心持で海を見に行くようなものだった。

 

「小さな会社だ。その中で優秀な人材は私くらいのものだから、仕方のないことなんだけどね」

 

 のぞみを見つめる目も、先ほどと変わらず壮大なものに対しての敬意が込められていた。一人の小さな人間としてその視線を受け止めるのを重荷に感じたのぞみは、無意識に視線を逸らす。すると、ブンビーは息だけで小さく笑い、彼女を見る目つきを和らげた。

 

「君たちがいなければ私はいずれ身を滅ぼしていた。彼らと出逢い、同じ職場で働くこともなかっただろう」

 

 思い返してみれば、不思議な縁である。彼はプリキュア5というチームの誕生に立ち会い、最後の戦いに向かう彼女たちを見送ったのだ。

 

「つまり、今の私の人生があるのはプリキュアのおかげというわけだ」

 

 ドリームコレットを奪う任務は失敗の連続で、彼は部下と部署を失った。下っ端としてこき使われ、新しい職場でも変化はない。プリキュアには散々の苦労をさせられたが、悪いことばかりではなかった。

 

「だから……君は少しくらい、自分を誇りに思ってもいいのではないかな」

 

 のぞみは自分の人生を客観的に見ることができているつもりでいた。目的と行動が矛盾していることを承知して、それが人生なのだと学んだ。自分の思い通りにはいかず、目的を達成するための行動が目的を遠ざける。夢を叶える努力が、彼女の望みを阻害する。彼女が迷い込んだ迷路には出口が複数あり、不安を感じながらも今の彼女が進んでいる道こそが辿りつきたいゴールにつながっているのだと自身に言い聞かせていた。迷路の中で立ち止まるわけにもいかず、ひらすら前進するしかなかったのだ。

 

 そして、その先の出口が彼女の思っていたものと違った場合のことは、考えないように努めた。迷路から出た後どうすればよいのか、まるで分からなかった。

 

 教師になりたいという彼女の夢は、そのような矛盾と不安と後悔によって現実味を帯び、彼女を苦しめる案件になっていた。厄介なのは、のぞみがその事実を知ったうえで気づいていないふりを自分に対して続けてきたことだった。

 ブンビーは一度ならず二度までも、道を間違えた。それでも、今の彼は前向きに生きている。彼だけが特別なはずもなく、彼にだけ仲間がいたわけではない。

 

 時間は機械的に淡々と進み、のぞみを次のバイトに急がせる。彼女は学費を稼ぎ、夢のために勉強をする。

 しかし、大事なのは夢を叶えることではない。のぞみはそれを知った。もちろん、勉強の量や稼いだ金額もさほど重要じゃない。

 ベンチに腰を下ろしたときの陰鬱な気分はどこかに消えて、立ち上がった彼女の表情にはかつての輝きが戻っていた。

 

「もう行かないと! わたし、やらなくちゃいけないことがあるんです」

 

 クリスマスの朝早くに目が覚めてしまった子どものように、のぞみは胸の奥から溢れてくる衝動を抑えるのに苦労した。子どものままでいられたなら、家族が起きてくるのを待たずに枕元にあるプレゼントの包み紙を破ってしまうのだが、大人になった彼女にはまずアルバイトという責務がある。楽しみは、その後までお預けだ。

 

「やはり君にはその表情が似合っている」

 

 同窓会に彼を招待したら、みんなはどんな顔をするだろう。のぞみはそんな先のことまで考えだしていた。

 

「ブンビーさん、ありがとう!」

「あ、あぁ……。早く行けぇ」

 

 時計を気にしながらのぞみが走り出したとき、遠くの方で大きな音がした。

 耳をつんざくようなブレーキやクラクションの音がしなかったことから、自動車事故ではなさそうだった。もっと大きなものがぶつかって崩れるような音だった。

 

「ちょっと何あれ!?」

 

 ブンビーの示す方向から、何か巨大なものが近づいてきた。やがて、のぞみの目に入ったものは、暗く奇妙な形をした嫌な気配の生き物だった。

 

「ザケンナー!」

 

 それを変わった鳴き声だとのぞみが感じたのは、言葉のせいではなく、音がいくつも重なって聞こえたからだ。その理由はすぐに明らかになった。

 

「ザケンナー!」

 

 その奇妙な生き物は、のぞみの視界に捉えられる範囲で町のいたるところに存在した。その正体が昨日、こまちを襲った怪物であることは疑いようがない。

 

「ブンビーさん、下がってて!」

 

 のぞみはかばんの中からキュアモを取り出して、高く掲げた。

 

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