プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~ 作:おじ
「いらっしゃい」
指先についた餡子や粉を水でさっと洗い流し、布巾で手を拭いながら、秋元まどかは店に顔を覗かせた。立てつけの悪くなった引き戸は暖簾を仕舞うときには不便極まりないが、音で来客を知らせてくれるという一点においてのみ優秀な入口と言える。
和菓子屋の看板を掲げているのだから、客は和菓子を買いにくる。そのために彼女は材料を仕入れ、和菓子を作らなければならない。つまり、いつ来るか分からない客を迎えようとして、彼女が一日中ずっと店に出ているわけにはいかないのだ。
入店してしばらく待っても店員が出てこなかったなら、ほとんどの客は奥の調理場に声をかける。しかし、近頃のワイドショーなどで嘆かれているように、人付き合いや大きな声を出すのが苦手という人は少なくない。そんなとき、引き戸の立てつけの悪さは役に立った。
もっとも、彼には必要のないサービスだったかもしれない。外見こそ口数の少ないクールな二枚目で、実際の性格もそれに近いのだが、彼なら不躾な言い方で躊躇なく店員を呼んだはずだ。
「また来たんだ」
「少しいいか。すぐに帰る」
ナッツは懐から一枚の紙幣を取り出し、陳列棚の上に置いた。
「昨日の豆大福の代金だ。受け取ってくれ」
金はいらないと断っておいたのにわざわざ払いにきたくらいだから、ここでまた断っても無駄なのだろう。
「もらいすぎだと思うんだけど?」
紙幣を手に取り、彼の目の前でひらつかせてみせる。釣りはいらない、とドラマのような台詞をナッツが口にするようであれば、彼女はそれを冷やかすつもりでいた。
「あの豆大福、気に入らなかったんじゃなかったの?」
「俺は昔の方が好きだと言っただけだ」
ナッツは毅然とした態度で答えた。決してお世辞は言わず、自分の気持ちに正直で頑固。子どもみたいだ、とまどかは思った。そして、そんな彼の考え方が自分と似ていることにも彼女は気づいた。
「その金で材料でも買うといい。俺は、もっと美味い豆大福を食べてみたい」
「投資ってわけ?」
「それと、これを……」
先ほどから気にしていた小包を差し出され、まどかは妙な顔をしてそれを受け取った。上質そうな包みによる先入観のせいで、彼女はその軽さに驚かされる。
「こまちに渡してくれないか」
包みの中身に対する好奇心は容易に抑えられるものではなかったが、それよりも二人の巡り合わせの悪さをまどかは気の毒に思った。彼女の知るかぎり、数年ぶりの再会を果たすためにナッツはこの店を訪れ、二度も当てが外れたことになるのだ。
「ごめんね。あの子ったら、朝はお店に出てたんだけど、のぞみちゃんが来てから自分の部屋に籠っちゃって。あ、よかったら上がってく?」
こまちに渡すものがあるというのに彼女の所在を尋ねてこなかったのだから、ナッツが首を横に振ることはまどかにも予想できていた。彼はこまちに会いにきたのではなく、まどかを通して間接的に何かを伝えようとしているのだ。
「いや、遠慮する。今は時間がないんだ」
しばらくの間、ナッツは俯いて陳列棚に並んだ商品を見つめていた。その中に、彼の好物だった豆大福はない。見た目は同じでも、彼を満足させることはできず、まどか自身も満足はしていない中途半端な夢のかけらがあるだけだ。
どうすれば、それを夢に近づけることができるのか今の彼女には分からない。試行錯誤を繰り返して、多くのものを犠牲にしても、夢は一定の距離を置いて彼女の手の届かないところにある。夕べ、ナッツに豆大福を食べさせたのも、彼女が夢に近づくきっかけをくれるのではないかという期待があったからだ。
夢ははっきりと目に見えるところにあるのに、彼女の足は歩みを止め、意思の力ではどうにも動かない。夢に向かって再び歩きだすには、誰かの言葉や閃きが必要だったのだ。
ナッツはそれを与えてくれなかったけど、何年も前から止まっていた彼らの足が地面を離れ、新たな地を踏みしめているようにまどかには感じられた。こまちは今朝、そのきっかけを得たのだろう。
「こまちに伝えてもらいたいんだが……」
「いや」
伝言の内容をナッツが言おうとする前に、まどかは素早く断った。意外そうなナッツの表情が、まどかにはおかしかった。
「お金は受け取るし、これはちゃんとこまちに渡しとく。だけど、こまちに伝えたいことがあるのなら、それはあなたの口から言ってあげて」
その提案に納得したらしく、ナッツは穏やかな口調で「そうだな」と言う。
まどかは彼の顔を覗きこむようにして、わざとらしく微笑んだ。
「いいお姉ちゃんでしょ」
ナッツも微かに口元を緩めて頷く。いつも難しい顔ばかりしている印象だったから、彼の表情が和らいだのを見てまどかは安堵した。いつか、新作の豆大福を食べた後で彼に今と同じような顔をさせることができたら、そのとき彼女の夢は叶えられるのかもしれない。そんなことを、まどかは思った。
ところが、急にナッツの表情は曇り、何もない空間を振り返る。
「……何か出た」
「え?」
思うように開かない引き戸を乱暴に扱いながら、ナッツはどうにかして自身を落ち着かせようとしているようだった。
「ちょっと……」
「急用ができた」
引き戸を開け放したまま店の外に出たナッツは、入り口の傍に立っていたシロップと目で合図を交わすと同時に走り出した。
「そっちの方はいいのか?」
遠くの方で大きな音がして、人々の悲鳴が近づいてくる。遠ざかっていく音もある。思った通り、敵はあちこちに散らばっているようだった。
「急ぐぞ。乗れ」
ナッツの問いには答えず、通行人に目撃されることを承知でシロップは巨大な鳥の姿に変身した。どうせ彼らはこれから人ならざる者をいくつも目にすることになるのだから、自分たちの正体などどうでもいいように思えたのだ。
質問を無視されたことでシロップの意思を汲み取ったナッツも、妖精の姿に戻ってシロップの背中に飛び乗った。翼が羽ばたき、体が宙に浮く感覚を味わうと、一瞬にして雲と並ぶ高度まで上昇した。
先ほどまで立っていた地面が、信じられないほど小さく見える。引き返すことは、もうできない。
見た目はどこにでもいるような中年の女性だと聞かされていたのに、美々野くるみはすれ違う瞬間まで彼女の正体に気付くことができなかった。
昨日、キュアローズガーデンで話した時ののぞみはみんなと会いたがっていたのに、どうしてココの顔を見た途端に走り去ったのか。一晩のうちに二人の間に何が起こったのか気にせずにはいられなかったが、お世話役のお節介が赦される範疇にないことに思えたからくるみは何も聞けないでいた。
そのままファミレスの前に突っ立っていても仕方がないからココと連れ立って歩きはじめたとき、それまで視界のどこにもいなかったはずの女性がとつぜん現れた。くるみは些か驚きはしたが、さほど気にも留めなかった。近くにあったものが視界に入らないことなんてよくあることで、女性はずっとそこにいたのだろう。
そう思っていた。彼女から嫌な気配を感じるまでは。
「変身が上手だこと」
振り返ると、彼女は“どこにでもいる中年女性”ではなくなっていた。建物の影からザケンナーを生み出し、気分が悪くなるような雰囲気を纏っている。
「あなたが、ガンバリーナ!?」
「そっちの二人とは顔見知りのはずだけどねぇ。二匹って言った方がいいかい?」
くるみが彼女の正体を見破れなかったのは、注意力が散漫になっていたからではないらしい。彼女の顔を知っているココとクレープも気付かなかったのなら、彼女は意識的に気配を消していたということになる。つまり、ずっと前からこの街のどこかにいたかもしれないのだ。
「他のみんなに何もしてないでしょうね!?」
「みんなって誰だい? アタシが興味あるのはプリキュアだけだよ」
ザケンナーの姿を見つけた通行人が悲鳴で周りの人々に危険を知らせると、街がパニックに陥るのはあっという間のことだった。建物の中に避難する者もいたが、その影から出現したザケンナーが窓を覗いたりすると慌てて外に出てくるのだった。
「待ってくれ。こんなことをする必要はない。話し合おう」
ガンバリーナはかぶりを振って、弱いものを見下すような目でココを見た。
「どうしてあんたらと話さなくちゃならないんだ。アタシはプリキュアに用があるんだよ」
「もう戦いは嫌なんだ。復讐なんてやめてくれ」
彼女の手から発射された黒い光線を、クレープのバリアが防いだ。ココを狙った攻撃だったが、彼がクレープを抱えていたおかげで命中を免れたのだった。
「いきなり攻撃するなんてひどいクク!」
「だって、あまりにも礼儀がなってないじゃないか。人にものを頼むときに変身したままなんて」
力を増した攻撃はクレープにも防ぐことはできず、ココと一緒にクレープの小さな体は吹き飛ばされた。その衝撃で、ココも妖精の姿に戻る。
「ココ様! クレープ王女!」
次にガンバリーナの標的にされたくるみは、二人の身を心配する暇もなく青いバラの力によって得た身体能力で彼女の攻撃を避けた。
「さて、あんたは何者だい? 人ではないし、プリキュアでもなさそうだね。妖精にしては力が大きすぎる」
話し合いの通じる相手でないことが分かった以上、くるみの意思も固まった。これまでの敵と違って自分の身勝手な欲望を満たそうとするのではなく、動機がプリキュアに倒された息子の復讐というのなら、ひとりの母親として人間らしい感情は持っているはずだと期待していた。しかし、その考えは甘かったらしい。
関係のない街の人々に恐怖を与えて、ココの話に耳を傾けようともしないで攻撃した。あまりにも無慈悲で、常軌を逸している。彼女はきっと、まともではないのだ。
「私はプリキュアの、みんなの友達よ」
復讐のためじゃない。くるみは自分に言い聞かせた。
ガンバリーナのやったことは許せない。こまちを傷つけ、かれんを襲い、平和を望むココとクレープの気持ちを踏みにじった。くるみは自身の胸の内に、怒りや憎しみの感情があるのを認めた。
しかし、そのような感情に身を任せてしまえばきっと後悔する。復讐とは自分にとって大切な人を盾にとった愚かなエゴイズムだ。そんなまねをして仲間の顔に泥を塗るようなことはできない。
ココとナッツの為だと主張してわがままを通し、間違ったことをしようとしたミルクを正してくれた仲間を守るために、彼女は戦うのだ。
「だから、みんなに手出しはさせない!」
くるみはミルキィパレットを取り出すと、ペンでスイッチに触れた。彼女の身体を包み込むように、たくさんの青いバラが現れる。
「スカイローズ・トランスレイト!」
青いバラの力で変身しながら、くるみは十年ぶりに再会したみんなのことを考えていた。
容姿も環境も考え方も、昔とは変わってしまっていた。それでも、変わっていない部分もたしかにあった。
昔のりんなら、一緒にココ達を捜そうとしてくれただろうか。店番も、気を失っているこまちもほったらかして、危険な街を駆け回ってくれた?
うららは仕事より仲間を優先した? たった一体の怪物に、こまちはやられたりしなかった? かれんは戦おうとしてくれた? のぞみなら……。
本当に甘いんだから、とくるみは自分の考えを鼻で笑った。
そんなことを考えだしたら際限がなくなる。そんなことで、くるみはみんなのことを嫌いになったりしない。
大人になった彼女たちは、社会的責任やら義務といった言葉を背負わされるのと引き換えに自由を失った。それでも、互いを想い合う心は持ち続けていた。
だから、くるみにとって彼女たちは、今でも身を挺して守る価値のある大切な仲間なのだ。
仲間のためなら、美々野くるみは喜んで手を汚す。
「青いバラは秘密のしるし! ミルキィローズ!!」
情けない悲鳴を上げながら、ブンビーは走っていた。
渇いた喉を通って肺に空気が送られると、胸が裂けるような痛みを感じる。膝の関節は軋み、全身の筋肉が強張っていたが、後ろを振り返ることなく彼は走り続けた。
「ブンビーさん、痛い!」
のぞみの手首を掴んでいた手にも無意識に力が入っていたことに気付き、彼は慌ててその手を放す。彼女の細い手首には、うっすらと痣のような跡が残っていた。
「す、すまない! しかし……」
パルミエ王国の妖精が嫌な気配を感じ取れるように、怪物たちは執拗にのぞみとブンビーを追いかけてきた。のぞみがプリキュアだったことを知って狙っているのか、それとも本来は怪人であるブンビーに仲間意識を抱いているのかもしれない。どちらにせよ、連中に追われることが二人にとって迷惑であることに違いはない。
「わたし、戦います! ブンビーさんはその隙に逃げて!」
「あれ? 戦えないんじゃなかったの?」
走る速度を緩めると、ザケンナーの大群は瞬く間に距離を縮めてくる。今度は跡が残らないように力を加減して、その場に残ろうとするのぞみの手首を掴むとブンビーはまた走り出した。
「十代の頃と同じだと思ったら大間違いだよ!? いくらなんでも、あの数を相手にできるわけがない」
「でも、このままじゃ……」
怪物に体力という概念があるのかは定かではないが、高校を卒業してから運動不足の自覚があるのぞみと、スマートな体格は維持できていても年相応の衰えが見られるブンビーの足ではとても逃げきれそうにない。
仮に逃げきれたところで何かが解決するわけではないのだから、変身して戦うしかないとのぞみは考えていた。建物が破壊され、人々は混乱して逃げ惑っている。何より、他のみんなの身に危険が迫っているのだ。
「プリキュア・メタモルフォー……」
「ちょっと待ったぁ!」
ブンビーの大声に驚いたのぞみは変身の呪文を最後まで唱えることができなかったうえに、「なに勝手に変身しようとしてるの!」と怒られる結果となった。
「困るんだよ、そういうことされちゃ」
「何で……」
「私には顧客との大事な契約があるんだよ!」
彼がファミレスでココ達とどんな話をしていたのか。のぞみにはまったく見当がつかなかったが、冷静に考えてみれば、今のような状況下でココ達が彼にコンタクトをとる理由は一つしかない。
「それじゃあ、あのとき……」
とつぜん彼女の手を引くブンビーの力が強くなり、のぞみの体は彼の方に引き寄せられた。ブンビーは彼女の肩を抱くと体の向きを反転させ、ザケンナーの攻撃からのぞみを守った。
「ブンビーさん!」
彼の体ははじき飛ばされ、衝撃を吸収するために地面を転がった後、走るのをやめていたのぞみに向かって叫んだ。
「私は大丈夫だから、早く行くんだ!」
キュアモを握りしめたまま、のぞみは走った。逃げるんじゃない。本当は逃げ出してしまいたいと思っている自分の弱い心を、彼女は叱責する。今こそ理性的に、何をすべきか考えるときだ。そして、彼女はその答えを初めからもっていた。
だから、彼女はひたすらに走り続ける。唇を噛み締めながら、希望を繋ぐために。
結局のところ、ザケンナーの標的はのぞみの方だったようで、砂埃にまみれたブンビーには目もくれず彼女の後を追いかけようとしていた。
ブンビーはそのうちの一体の、肩と思われる部位を掴んで引きとめた。
「どうしてくれるの。このスーツ、高かったんだよ」
怪物にも協調性はあるのだろう、大群はのぞみを追いかけるのをやめて一斉に彼の方に向いた。
「まったく、これだから統率のとれてない組織は嫌なんだ。上司の顔が見てみたいよ」
先ほど彼を攻撃したと思われるザケンナーが、一瞬にして消滅した。蜂のような怪人の姿に戻ったブンビーが、腕の砲身から強力な太い針を飛ばしたのだ。
「仕事はスマートにやらなくちゃ」