プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~ 作:おじ
夢原のぞみは、初めてプリキュアに変身したときのことを思いだしていた。
事情を呑みこめず、人間とはかけ離れた力をもつ怪人を前にして足が竦んだ。得体の知れないものに対する恐怖と困惑が、彼女に逃げ出すよう促した。実際のところ、できるものならのぞみだってそこから逃げてしまいたかった。
それでも、のぞみはココを助けた。彼女より弱いはずなのに、夢を叶えるために必死に抗うココの姿に、自分の中の何かが動かされるのをのぞみは感じた。彼の夢を応援したいと思い、彼の夢を嘲笑う敵が許せなかった。
無力でも、勝てなくても、のぞみは戦う決意をした。だから、キュアドリームに変身することができたのだ。
今だって、のぞみはココを守るためにプリキュアに変身できた。初めての変身と違うのは、彼女が守りたいと思う人が増えたという、それだけのことだ。
「ドリーム……」
昨夜のナッツハウスで再会したときも、ココは彼女の成長ぶりに驚かされたが、キュアドリームの姿はまた違った印象を彼に与えた。彼女は強く、逞しくなった。彼の知らない間に、夢原のぞみは大人になったのだ。
「すまないココ。ココにもっと力があれば……」
「いいんだよ、ココ」
ドリームは、優しく彼に微笑みかけた。
「ココが教えてくれたんじゃない。夢を叶えるためには、自分を信じて立ち向かわないといけないときもあるって」
学校の先生になりたくて、ずっと努力を続けてきた。勉強が苦手で、宿題が嫌いだったのぞみが先生になりたいと思ったのは、ココに大切なことをたくさん教えてもらったからだ。ココがいなければ夢を見つけることはできなかったし、仲間がいたから彼女は夢を追いかけることができた。
たとえ離れ離れになったとしても、いつか夢を叶えてみんなと再会したい。これも彼女のささやかな夢だ。
「だから、わたしも頑張りたいの」
戦うのは怖い。昨日のこまちのように、何もできず返り討ちになるかもしれない。彼女が加わったところで、戦況はほとんど変わらないだろう。それでも、のぞみはみんなと一緒に必死で抗ってみたかった。戦う前から諦めたくはないと思ったのだった。
ザケンナーの攻撃が迫っているのに気付いたドリームは、急いでココを抱えると安全な場所に避難した。もっとも、戦いの場において安全と言い切れる場所のあるはずもなく、また別のザケンナーが彼女を襲う。
反応が遅れたドリームを救ったのは、ミルキィローズだった。ザケンナーの体を蹴って払い、正面から強烈なパンチを叩きこむ。仲間を巻き込みながらしばらく宙を飛んだザケンナーは、やがて障害物に激突して消滅した。
「油断しないで!」
「ローズ……」
厳しい口調の後でローズが悔しそうな表情をしていたから、ドリームは礼を言いそびれた。
「どうして来たのよ。私たちが何のために……」
最も危険な役回りを自ら請け負い、最前線で戦ってきた彼女にとってキュアドリームの加勢は素直に喜べるものではなかった。
青いバラの力をもつ戦士になっても、元は小さな妖精であり、戦わなくて済むのならそれに越したことはない。それでも彼女が戦うことを決意したのは、のぞみたちを戦わせたくなかったからだ。彼女たちは恩人であり、かけがえのない仲間である。彼女たちのためなら、何だってできる。たとえ勝ち目のない戦いだとしても、最後までがむしゃらにあがいてみるつもりだった。自己満足の献身だとしても、ミルクはそうしたかったのだ。
しかし、ドリームと背中を合わせた途端、そんなことはどうでもいいように思えた。絶望的な状況で彼女が諦めそうになったとき、いつもドリームは駆けつけてくれた。今だって、懐かしく温かい存在が触れられるところにある。彼女にはそれが嬉しかった。
「ま、来ちゃうだろうとは思ってたけどね。のぞみったら、単純なんだから」
「何よそれー」
いつもの調子で憎まれ口を叩くローズに笑顔が戻ったのを見て、ドリームは子どものように頬を膨らませてみせた。戦場にふさわしくない和やかな雰囲気が、彼女たちを包む。
「君たち、そういう話はこいつらを片付けてからにしなさい」
ブンビーも合流して、三人は背中合わせになり周囲を取り囲んでいる怪物と対峙した。それぞれ妖精を抱えた状態でまともに戦えるような数ではない。再び怪物が一斉に攻撃を開始したら、彼女たちはひとたまりもないだろう。
ところが、怪物たちは一向に攻撃を仕掛ける気配がない。まるで彼女たちの動きを封じただけで満足しているようだ。ドリームが訝しがっていると、怪物の群れの中から声がした。
「まさか、あんたがプリキュアだったとはね……」
やがて影から滲み出るように姿を現したガンバリーナを見て、ドリームが言葉を失ったのは、ほんの数時間前に交差点で出会ったパワフルな女性が彼女の前にいたからだ。不気味な雰囲気を放ち、怪物たちを従えて。
「なんとなく妙な気配は感じてたんだけど、騙されたよ」
ガンバリーナの正体に驚かされたのは、ドリームだけではない。ローズたちも二人が顔見知りということに、少なからず衝撃を受けた。
「ドリーム! あいつを知ってるの?」
「どうして……」
ローズの問いは耳に入らなかったのか、ドリームは小さくそう呟いただけだった。未だに聴力の衰えをしらないガンバリーナは、それが気に入らなかった。
「何度も言わせるんじゃない。アタシの息子はね、プリキュア……あんたに滅ぼされたんだよ」
ドリームは弁解しようと口を開きかけたが、急に重苦しい風が吹き荒び声を発するタイミングを失った。その突風は、ガンバリーナが邪悪な力を密集させようとして生じたものだった。
「あんたはアタシの息子を奪った。今度はアタシが、あんたから大事なもんを奪う番だよ」
彼女が両手を合わせると、その中に黒々とした球体ができた。サッカーボールくらいの大きさのそれはブラックホールのように風を吸引し、ドリームたちは姿勢を低くしたり電柱などの地面としっかりつながっているものにつかまって、体が飛ばされないようにした。
しばらくそうやっていると、球体がどんどん大きくなっていくのが分かった。よく観察すると、路上に転がっているごみや木の葉のほかに、黒い物体が吸い込まれている。
「どうして味方を……」
ローズの言葉で、ようやくドリームにもその物体の正体が分かった。それは彼女たちを取り囲んでいるザケンナーだったのだ。抵抗することを知らない怪物たちは、次々と球体に吸い込まれていく。
やがて、球体の大きさは初めの十倍以上にもなり、ドリームたちの周囲からザケンナーは姿を消した。全てのザケンナーが、ガンバリーナの手の中に集まったのだ。
「余興はおしまいだ」
彼女が球を空中に放ると、それは三つに分散した。それらの影は徐々に巨大なザケンナーの姿を形成していく。
「ザケンナー!」
敵の数が減ったのはドリームにとって好都合だったが、ガンバリーナが彼女たちにとって有利に働くことをするはずがない。きっと一体ずつの力が、減った数の分だけ増していることは想像できる。
「シロップ!」
ドリームは敵から目を逸らさず、ブンビーの腕の中にいるシロップを呼んだ。
「ロプ?」
「ココをお願い!」
ダメージを負った今のココに敵の攻撃を防ぐ余力はありそうもない。また、久しぶりの戦闘でココを抱えながら、彼の体に負担を与えないように戦える自信もドリームにはなかった。
「クレープとナッツも避難するクク! これ以上は足手まといクク」
彼女の提案に、ナッツは素直に従った。妖精たちは鳥の姿に変身したシロップの背中に乗って、建物の陰に移動する。ガンバリーナがそれを見逃してくれたのは、キュアドリームの登場によって妖精への関心などなくなってしまったからに違いない。
万が一の事態に備えて戦況が把握できる位置に隠れようというクレープの指示により、シロップは適当な場所に着地した。全員が背中から降りると、彼はまた翼を羽ばたかせはじめた。
「シロップ!? どこに行くナツ?」
「うららを呼びにいくロプ!」
彼の足はすでに地面から離れていた。正義感が強く、頑固で真っ直ぐな彼を今さら引きとめることはできそうにない。
「のぞみが戦ってくれてるのに、自分だけ戦えないなんて言わせないロプ!」
戦いが始まる前から、彼はうららに会おうとしていた。どうしても直接会って言いたいことがあるというから、ナッツは彼に付き添うことにした。一人では危険だし、ナッツだって済ませておきたい用事があったからだ。
空の飛べないナッツには、飛び立ってしまったシロップを追いかけることも、他の助けを呼ぶことも、ましてやドリームたちと一緒に戦うこともできなかった。
「のぞみさん、どうしたの?」
店に戻ってきた夏木りんを迎えたのは、彼女にとって意外なことにゆうからの質問だった。何か聞かれるとしたら、それは噂話が好きなあいだとばかり思っていた彼女は、驚きのあまり咄嗟に言い訳が思いつかなかった。
「別に……何でもないよ」
「何でもないってふうには見えなかったけど?」
俯いたりんの顔を、あいが覗き込む。彼女を学校の成績だけで評価するならば決して優秀な生徒とはいえないかもしれないが、頭は悪くない。それが今やりんにとって不都合だった。
「急用ができたから、明日のバイトは休ませてほしいって、それだけだよ」
上手い言い訳ができたと思えたのは口を動かしている間だけで、言い終わると二人の視線にそれを容易く見抜かれたことがわかる。
「もう……お姉ちゃん、嘘つくの下手すぎ」
責めるのとは違い、気安い口調でそう言うとあいは微笑んでみせた。
「のぞみさん、お姉ちゃんを頼って来たんでしょ? だったら、行ってあげたら?」
「でも……」
りんが言葉に詰まったのは、昨夜、彼女の家の玄関でこまちと話をしていたときに感じたのと同じ仕草をゆうがしているのに気付いたからだ。彼の視線は自分の足下に向いているが、りんの次の言葉に注目しているのは間違いない。
それでも、彼女は先ほどと同じ選択をした。仕方がない。そう自分に言い訳をして。
「店の仕事、二人じゃ何もできないでしょ? あたしがいないと……」
あいは呆れたと言わんばかりに大きなため息をつく。
「ちょっと待ってて」
そう言うと、おもむろに靴を脱ぎ始め上り框に上がった。彼女の行動に戸惑うりんを無視して、廊下を駆けていく。
彼女が二階で何やらばたばたと音を立てるのを、りんは聞いていた。非難しているようなゆうの視線と、気まずい沈黙に耐えかねて彼女の方から口をきこうとしたとき、慌ただしい足音とともにあいが戻ってきた。
彼女は、一冊のノートを持っていた。りんは一瞬、それが自分のものだと錯覚したが、よく見ると違う。未練がましくアクセサリーのデザイン画を描いていた、あのノートではない。
「おい、それ……」
ゆうの顔色が変わったのを見て、それは彼のノートなのだとりんは知った。
「お姉ちゃん、これ、何だと思う?」
「何って……」
あいからノートを受け取ると、りんはページをめくりそこに書かれているものに目を通した。むすっとした表情のまま、ゆうはそれらのやり取りを止めさせることはしなかった。
「ゆう、あんた……」
ある日とつぜん彼が昔みたいに陽気な性格に戻ったとしても、りんはこれほど驚きはしなかっただろう。彼のノートには、びっしりと花の種類や育て方が書かれてあった。下手くそなスケッチや、それを補うための雑誌などの切り抜きの写真もある。
寡黙で、部活ばかりに打ち込む普段の彼からは想像もできない。花に対する熱心さと勤勉さが、一冊のノートに顕れていた。
「ゆうの将来の夢、知ってる?」
彼の話なのに、なぜかあいが得意げにしている。性格は正反対になっても、二人はやはり双子のきょうだいなのだとりんは感じた。
「ゆう……」
りんは、彼の口から直接聞きたかった。
「教えてくれる? ゆうの夢」
気恥ずかしそうに俯いたあとで、彼の口元が微かに緩んだのをりんは見逃さなかった。やがて、彼はぼそっと、こんなこと言わせるなよといったふうな口調で呟いた。
「花屋……ってか、この店を手伝いたい」
最後は消え入りそうな声になってしまったが、りんの耳にはちゃんと届いた。弟の夢を、彼女は初めて知った。
「だから、ゆうがいれば店番はばっちり!」
誇らしげに胸を張るあいにも、りんは尋ねた。
「あいにも、あるの? やりたいこと」
言いだしっぺのくせして自分に話を振られると思っていなかったのか、あいは困ったように少し考える仕草をして、自信のなさそうな口調で語った。
「はっきりとは決まってないんだけどね、私、小さいときからお姉ちゃんやお母さんたちがこのお店で働いてるの見てきたじゃん? それで、いいなって思った。こういうの……」
そこで彼女は「花屋はゆうとかぶるからダメだけど」と慌ててフォローを入れる。
「でも、接客業っていうか、お客さんに喜んでもらえるような仕事がしたい。ぼんやりしてるけど、それが私の夢」
夏木りんはこれまで、彼らが将来どんな仕事に就くかなんて考えたこともなかった。ただ歳の離れた姉として、大人になっていく彼らの選択肢を広げてあげたいと思っていた。高校を卒業後の進路を決めるとき、二人が家計のことを心配しないで済むようにしたい。進学と就職のどちらでもいい、好きな道を歩んでほしかった。
それなのに彼女は、二人がすでにやりたいことを見つけているなんて思いもしなかった。りんにとって二人はいつまでも小さな子どものまま、彼らが抱く将来の夢はスポーツ選手とかパティシエのような空想に近いもののはずだった。
「ごめん。あたし、知らなかった」
知らなかったのではない。弟と妹想いの姉のふりをして、二人の夢を知ろうともしなかった。そして、理解しているつもりでいた。二人がフラワーショップ夏木の仕事に興味はないのだと。
「だったら、勝手に俺たちの将来まで背負いこむなよ」
「そうそう。私たちだって、このお店、大好きなんだから」
ゆうとあいの言葉を受けて、りんは自分の間違いに気づいた。彼女は二人の姉であり、二人が彼女の弟と妹であることに異論を唱えるものはいない。しかし、それ以前に彼女たちはきょうだいなのだ。
姉弟とも、姉妹とも違う。ひらがなで、きょうだい。誰が先に生まれたとか、性別や歳の差なんて関係ない。支え合うのがきょうだいなのだ。仲が悪くても、分かり合えなくても、小さいときからいつでも傍にいてくれた友達。それがきょうだいだった。
「二人にちょっと頼みたいことがあるんだけど、いい?」
目配せを交わし、微笑み合ったゆうとあいは同時に頷く。聞く前から返事は決まっていた。初めての、姉からの頼みごとなのだから。
「店番やってくれる? どうしてもやらなくちゃいけないことができたの」
あいは元気よく拳を突きだして、親指を立てた。任せて、という意味らしい。
「行ってきて。ふたりは親友、なんでしょ?」
それから自室に戻るまでの記憶が、りんにはなかった。無我夢中で机の引き出しを次々に開け、中を漁る。そこにはないと分かり、押入れに仕舞ってあるものを引っ張りだす。奥の方に、カビの臭いとも木の臭いとも判別のつかない独特な臭いのダンボール箱があった。
ひっくり返すと、懐かしいものが出てきた。ナッツハウスの商品に関するデザイン画やアイデアのメモ、それにビーズメーカー。その中にまぎれて、キュアモがあった。
キュアモを手にして廊下に飛び出そうとした彼女は、扉のところにゆうとあいが立っていたのに気付かず、もう少しのところでぶつかりそうになった。
「ねぇ、ゆう……」
りんは、店番を任せるにあたり、彼の花の知識をテストしてみることにした。
「赤いバラの花言葉、知ってる?」
「……情熱?」
見事に正解した彼の頭をぽん、と叩いてりんは廊下を駆けていった。改めて、彼女は思う。この店と花と家族が大好きだ、と。だから、自分のことも好きになりたい。親友を見捨てて逃げるなんて、そんなのは嫌だ。
夢原のぞみがそうしたように、彼女の頼みを断った過去の自分が悔しくて、全速力でりんは走った。フットサルでボールを追いかけるように。がむしゃらに夢を追いかけていたように。
彼女が出て行った後、散らかしっぱなしの部屋をゆうとあいは眺めていた。床に落ちた、何枚ものデザイン画を。