プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~ 作:おじ
先延ばしにした問題には、必ずいつか直面しなければならないときがくると分かっていても、春日野うららはそのときが今ではないように願っていた。
なぜならば、彼女はドラマの撮影の最中で、台無しにされた昨日のシーンを撮り直しているところだったからだ。彼女はやはり、自分にできるかぎりの最高の演技をした。きっと神様はその演技に感心するばかりで、彼女の願いなどすっかり忘れてしまったのだろう。大量のザケンナーの出現によって、またしても撮影は中断された。
野次馬が我先にと逃げ出すと、スタッフも自分の仕事を放り出してあちこちへ散ってしまった。監督だけは慣れたもので、恐怖よりも怪物とスタッフに対する怒りの方が勝ったらしい。一通りの悪態を吐いてから、撮影の関係者に促されてようやく避難したのだった。
昨日に引き続いて芝居を邪魔されたうららこそ怪物に憤慨する資格を有していたのだが、彼女が怒りの矛先を向けたのは昨日の自分だった。
キュアミントと一緒にうららも戦っていれば、昨日のうちに問題は解決していたかもしれないのだから。
しかし、それはできなかった。仕方がなかったと、うららは良心に言い訳をする。
――だって、今のわたしには……。
「あれは何だ!?」
誰かが叫び、空を指で示した。その頃には撮影場所にほとんど人は残っておらず、街を占領していた怪物たちもいつの間にか姿を消していた。だから、空を飛ぶシロップを目撃した者が少なくて済んだことが、うららにとって唯一の、微かな救いだった。
シロップは人目につきにくい地点に着地すると、珍しい巨大な鳥を追いかけようとした人々とすれ違いになって人間の姿で戻ってきた。うららを見つけてそこに降り立ったのだから、彼が駆け寄ってくるのにうららは驚きもしなかったし、彼のもたらす報告にも想像がついていた。
それはきっと、楽しい話ではないはずだ。
「のぞみたちが戦ってる。一緒に来てくれ」
再会の余韻に浸ることもなく、シロップは彼女の手首を掴んで引っ張った。ところが、うららがそこから動く気配を見せなかったから、彼はその手を放して彼女を睨む。そのときに、ようやく二人の視線が合った。
「だめだよ。わたしは……」
シロップの容姿は、昔とほとんど変わっていなかった。少年っぽさの残る端正な顔立ちをしている。きっと彼は、うららにも変わらないでいてほしいと思っていただろう。
しかし、春日野うららは変わった。髪形も変えて、顔立ちだって大人っぽくなったと自負している。内面の変化もある。だから、シロップの期待には応えられない。彼の知っている春日野うららは、消えてしまっていた。
「お前、どうしたんだよ!? のぞみやみんながピンチなんだぞ。みんなを見捨てるのかよ!」
信じられないというような、否定的な目を彼はしていた。昔の彼は、そんな目でうららを見たことはなかった。彼の不器用な優しさと、その優しさに素直になれずちょっと視線を逸らしてしまう。そんな彼の仕草が、うららは好きだったのに。
「シロップだって……」
うららの声色が切なさと寂しさを帯びていたから、シロップはそこで初めて彼女の姿をまじまじと見て、変わってしまった彼女に気づく。
「わたしを置いていったじゃない。のぞみさんも、ココ達も、みんな……」
演技では決して再現できないほど、今の彼女は悲劇のヒロインになりきっていた。自分でも、面倒くさい女だと思う。こんなのは自分じゃないと否定する。それでも、一度溢れ出した言葉は止まらなかった。
「わたしがどんな気持ちで! ナッツハウスに残っていたか、シロップに分かる!? 最後まで一人で、ずっと待ってたのに!!」
こんなつもりではなかった。あくまで彼の知る昔の春日野うららを、演じるつもりでいた。それぞれ違う方向を見ていたのだから、みんなが離れ離れになる未来を彼女はずっと前から知っていた。みんなが彼女から離れていくのは、自然の成り行きだと分かってはいたのだ。
シロップの目に、同情の色は表れなかった。
「じゃあお前が! 会いたいって、みんなに言えばよかっただろ! ちゃんと伝えたのかよ!?」
「言えるわけないじゃない! みんな、高校生になって忙しかっただろうし……」
彼女の言葉を打ち消すように、十年という歳月が変えてしまった今の彼女を否定するように、彼は頭を大きく横に振った。
「お前だけじゃない、みんな同じ気持ちだったんだ!」
彼は、うららの目を見た。変わってしまった彼女から、まっすぐ視線を逸らさなかった。うららには、彼の瞳に映る自分の姿が見えた。
「だけど、やっとのぞみがきっかけをくれたんだろ!」
今度は彼女の手首を掴むのではなく、彼の方から手を差し出した。うららを信じて、彼女の意思に選択を委ねようとしたのだ。
「だから! 一緒に来いよ!!」
彼の手をとりたい。それが、うららの正直な気持ちだった。しかし、彼女は伸ばしかけた手を引っ込めねばならなかった。彼の顔に表れた失望を、受け止めなければならなかった。
「……行けない」
「お前……」
彼が拳を握り、必死に怒りに耐えているのを見て、うららは慌てて言葉を付け足した。
「キュアモがないの」
「だったら、おれが取ってきてやる。どこにある? 家か?」
「そうじゃなくて……」
罪を告白するような緊張が、うららの心に訪れた。誰にも言えず、ずっと秘密にしていたことへの罪悪感。みんなに仲間と思ってもらえなくなるのではないかという恐れ。それらが一挙に彼女の胸に押し寄せたが、シロップなら力になってくれる。そんな彼の存在が、うららに勇気を与えた。
「なくしたの、ずっと前に。ナッツハウスも、家も学校もあちこち捜したんだけど見つからなくて……。だから、わたしは……」
戦えない。言い訳としては十分すぎる材料だ。キュアモがなければ彼女はプリキュアに変身することができず、ただの人間としての彼女に特殊な力はないのだから。
しかし、うららは自分の手が震えていることに気付いた。それは罪悪感から解放された安堵によるものではない。
彼女は悔しかったのだ。みんなに危険が迫っているというのに、何もできない自分の無力さに腹が立った。なにより、キュアドリームやキュアミントと一緒に戦えないことがもどかしかった。一人で戦ったこまちがどうなったか、うららは知っている。そして、今はのぞみが戦っている。それなのに、うららには戦おうとすることすら許されないのだ。
シロップは、そんな彼女の震える手を握った。
「待ってろ」
彼女の返事は待たず、鳥の姿に変身すると彼は飛び去ってしまった。彼の言葉が、戦えないうららは安全な場所で待機していろという意味なのか、それとも何かしらのアクションを起こすからそれがもたらす結果に期待してほしいという意味なのか、うららには判別がつかなかった。
彼の姿が太陽で見えなくなったとき、手の震えが止まっていることにうららはやっと気づいた。
巨大な三体のザケンナーは、キュアドリームの予想を裏切らず、また彼女の想像をはるかに超えるほど手強かった。
見た目通り攻撃の威力は格段に増し、見た目と反して身のこなしは軽い。大抵の場合、このような怪物は頭の回転が鈍いはずなのだが、彼らは判断力にも長けていた。元々は複数のザケンナーが集合してできた体だから、現在は一つの巨大な生き物に見えてもその中には吸収されたザケンナーの意識が混在しているのかもしれない。
ドリームが最も厄介に感じたのは、手足が二本ずつの人間を象った形態をしていても、その正体は不定形な影ということだった。攻撃を避けたはずが、思いもよらない箇所――後頭部や腰など――から腕を生やしてくる。もっといえば、怪物には体の正面という概念がないのだった。頭部はただの飾りであり、姿勢を変えなくても周囲をまんべんなく見渡すことができるらしかった。
高校を卒業してからろくに運動をしていないキュアドリームにとって、まともに戦って勝てる相手でないことは火を見るより明らかだった。しかし、それは個人の能力を競った場合であり、味方と敵の数が同じだからといって一騎打ちに持ち込む必要はない。
ドリームは密かに仲間を頼りにしていた。かつては五人で戦っても苦しめられただけに、ブンビーが味方でいてくれることは心強かったし、ミルキィローズの強さもよく知っている。二人の戦闘におけるブランクを考慮しても、勝てる見込みはあるとドリームは考えていた。
ところが、ローズとブンビーの考えは違った。これまでの戦いでかなりの体力を消耗した彼女たちが敗北を意識するのに、ザケンナーの強さは十分すぎた。
「コワイナーたちが恋しくなる日がくるとはね。少しぐらいくすねておけばよかったよ」
いくら攻撃を仕掛けてもダメージを受ける様子のない怪物に、ブンビーは辟易していた。とっておきの太い針も威力を失い、怪物に対して何の効果も得られなかった。
「そこ! 弱音を吐かない!」
彼を鼓舞しながら、ローズも目の前の怪物の頑強さには困り果てていた。自慢の怪力も巨体をよろめかせるくらいにしか役に立たず、体の大きさが違いすぎるのだから彼女が攻撃の為に近づけば、必ず反撃されるリスクを伴うのだった。当然のことながら、彼女の攻撃が届くのは稀である。それより先に、彼女の体は敵の攻撃によってはじき飛ばされてしまうのだから。
そうなると、彼女の思考はドリームと同じ結論に至る。一対一で戦っても勝ち目のないことは分かった。理想的なのは三人で協力して一体ずつ倒す方法だが、その間に他の二体が大人しく待ってくれるとも思えない。
彼女たちが勝つには、数で有利になる必要があった。ローズは自分に昔と同じ力が備わっていることに期待して、ミルキィミラーを取り出した。
「下がってて!」
近くで戦っていたブンビーに注意を促して、標的を定める。今なら二体同時にやれると、彼女は確信した。
「邪悪な力を包み込む、煌くバラを咲かせましょう」
全ての力をミルキィミラーに託す。不利な戦況を逆転させるには、これしかなかった。
「ミルキィローズ・メタルブリザード!!」
鈍い輝きの花吹雪が起こり、無数の花片は二体のザケンナーを包みこんで大きなバラの形となる。やがてそれが崩壊したとき、中に閉じ込められたザケンナーも同時に消滅した。
残るザケンナーはドリームが相手にしている一体のみとなった。三対一ならきっと勝てる。ミルキィローズは急いでドリームの助っ人に向かった。
ところが、彼女は必殺技を使った後に残る体力を勘定に入れ忘れていた。
体が重くなり、走り出そうとすると足がもつれる。彼女はそのまま地面に倒れ、ミルクの姿に戻ってしまった。
「ミルク!」
思わず建物の陰から飛び出したナッツの腕に、クレープが飛びつく。ミルクの身を案じる気持ちは彼女も変わらなかったが、助けに行くにはあまりにもリスクが大きすぎると判断したのだった。そして、それは正しかった。
倒れたまま動かないミルクの傍に、これまで姿を晦ましていたガンバリーナが不意に出現した。ミルクが力のない妖精になっても容赦するつもりはないらしく、彼女の掌には黒いエネルギーの球があった。
「まずい!」
咄嗟にブンビーは二人の間に割って入り、ミルクの体を抱えるとガンバリーナに背を向けた。その直後、激痛と衝撃が彼の背中を襲う。彼はミルクを傷つけないように体を丸めたまま、地面を転がっていった。
「ブンビーさん!」
しばらくして障害物にぶつかったブンビーも、再び起き上がることはなかった。必然的にドリームには隙ができ、振り返ったときにはザケンナーの攻撃が目の前に迫っていた。
「他愛ないねぇ。もうおしまいかい?」
巨大な拳に押しつぶされたドリームは、倒れたまま上空を見つめていた。全身の骨が砕かれたような痛みで、意識が遠のいていく。思考が鈍り、視界は霞む。指一本動かす気力さえ、彼女には残されていなかった。
「言っとくけど恨むんなら自分を恨むんだね。あんたは自業自得だけど、こいつらにはアタシゃなんの恨みもなかったんだから」
ブンビーとミルクを見下しながら、彼女は言った。どうやら二人にとどめをさすつもりはないらしい。しかし、ドリームに対しては違った。
「ザケンナー、やりなさい」
彼女の指示に従い、ザケンナーは倒れたままのドリームを叩き潰そうとして拳を掲げた。ドリームはそれをただぼんやりと見ていた。
キュアドリームが倒されれば、ガンバリーナは満足して帰ってくれるかもしれない。絶望の中に、彼女はそんな期待を見出した。敵の目的は自分なのだから、ガンバリーナがよっぽどのサディストでないかぎり、ココやミルクたちがこれ以上傷つくことはないはずだ。
だから、最後の一撃を大人しく受けることにしたのだった。
「それにしても、妖精たちを戦わせておいて結局来たのはあんただけかい。他のプリキュアは、仲間を見捨てたわけだ」
ザケンナーの拳が振り下ろされたとき、ドリームは淡い希望を手放さなければならなかった。彼女がやられたところで、ガンバリーナは彼女の他にプリキュアがいることを知っている。全員を倒すまで街を破壊し続けるかもしれない。
そして、ガンバリーナの言うとおり仲間は来ない。うららは仕事がある。こまちは昨日の戦いで、精神的にも傷ついた。かれんは大学を卒業したばかりで忙しいはずで、りんは……。
「のぞみ!」
りんの声が聞こえた。昔のりんなら、のぞみのピンチには必ず駆けつけてくれた。だけど、昔とは事情が違う。彼女は来られない。のぞみは覚悟を決めて、目を瞑った。
「のぞみ!!」
幻聴では、ない。
彼女は目を見開いて、巨大な拳が眼前に迫っているのを認めた。反射的に足が地面を蹴り、その攻撃を避ける。まだ、諦めるわけにはいかない。そう思った。
夏木りんは膝に手をつき、肩で呼吸をしていた。さっきとはまるで立場が逆転したように感じながら、ドリームは彼女に駆け寄る。
「りんちゃん……」
「のぞみ! ごめん!」
彼女はドリームの言葉を、大声で遮った。うやむやになる前に、言っておきたかったのだ。
「ごめん……さっきは、あたし……あんたを一人で……」
りんの手にキュアモが握られているのを見て、ドリームは微笑した。彼女の肩に手を置き、顔を上げるように促す。
「りんちゃん」
二人の視線が合った。りんの目には、先ほどまでにはなかった強い輝きがあった。ずっと失われていた、夢と希望があった。
「ありがとう。来てくれて」
彼女の微笑に誘われて、りんもつい微笑んだ。巨大な怪物と強いエネルギーを放つ女性がいて、ミルクを抱えたブンビーが倒れている。状況を呑みこんだ彼女は、すぐに表情を切り替えてガンバリーナを睨む。
「あんたは何者かしら? 昨日の娘とは違うようだし……」
「あたしは、のぞみの親友よ」
ガンバリーナは鼻で笑い、りんの返答を一蹴した。
「違うね。あんたはただの、怖いもの知らずの大馬鹿者さ」
すると今度は、りんがガンバリーナを笑う番だった。
――怖いもの知らず? そんなわけないじゃない。
破壊された街と、瓦礫の山。現実離れした光景に、体が震える。あの巨大な怪物は、きっと警官が束になっても敵わないのだろう。
「たしかに、馬鹿かもしれない。だけど……」
ぼろぼろになったキュアドリームに触れる。彼女の体も、微かに震えていた。それは怪我や疲労によるものかもしれない。しかし、それだけではないはずだ。のぞみだって、今のりんがそうであるように、戦うのが怖かったに違いない。だから、のぞみはりんを頼ってきたのだ。
それなのに、りんは彼女と一緒に戦うことさえ恐れ、彼女を拒んだ。のぞみを一人で戦わせてしまった。
だから、それが馬鹿なことだとしても、りんは決意したのだった。のぞみと一緒に戦いたい。のぞみと一緒なら、なんだってできる。
あいが言ってくれたように、ふたりは親友、なのだから。
「親友が頑張ってるのに、あたしが頑張らないわけにはいかないでしょ!」
りんはキュアモを高く掲げた。それには、かなりの勇気が必要だった。昔は当たり前のように戦っていた怪物に、どうしてひどく怯えないといけないのだろう。仕方がない、彼女はおばけだって怖いのだから。
――でも、本当に怖いのは……。
初めて変身したときもそうだった。戦うのが怖くてたまらなかった。それでも、のぞみが戦っていたから、自分だけ逃げるなんて彼女にはできなかった。のぞみを助けたい。それが彼女の願いだった。
本当に怖いのは――。
唾を飲み込み、決意を固めた。りんの気持ちは、十年前のあのときと少しも変わっていない。
――のぞみが、いなくなること。
「プリキュア・メタモルフォーゼ!!」
キュアモから発生した真っ赤な光が、りんを導いた。光の中で彼女の体は、彼女の心は熱く燃え上がった。体中を流れる血が熱を帯びて、全身が脈打つ。溢れてくるエネルギーは、とても抑えられるものではない。
拳からは、火炎が迸る。熱い。しかし、それが心地よかった。全力で走った後のような爽快感。汗にまみれて、呼吸は苦しいのに、気分がいい。彼女がずっと忘れていた感覚だった。
真紅の薔薇の花言葉。彼女は長いこと失っていた情熱を、今その手に取り戻した。のぞみのために。ゆうとあいのために。
そして、自分のために。
「情熱の赤い炎! キュアルージュ!!」