プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~   作:おじ

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25.舞台の上で輝いて

 キュアルージュは変身を終えると、両方の手の平をじっと見つめていた。

 

 はっきりと、強いパワーを感じる。今の彼女が拳を握って地面を殴れば、舗装された道路だって容易に砕けるだろう。足を踏み込むときにちょっと力を加えてやれば、一瞬にして怪物までの距離を詰めることもできる。身長の何倍もの高さまでジャンプして届く。この力があれば、現実離れした存在の怪物とだって戦える自信がついてきた。

 

 そうして彼女の視線は、手の平から衣装に移る。地味な花屋の作業着から、赤を基調とした例のコスチュームに変わっていた。二十代半ばとなった今はさすがに抵抗を覚えるが、気にしないように努める。この格好で人混みの中を歩くわけではないのだ。

 

「あんたもプリキュア? それだと数が合わないね……」

 

 ザケンナーの肩の上で、ガンバリーナはそんなことを呟いた。感情に身を任せた行動だったから、事前確認が足りていなかった。キュアドリームとキュアルージュは彼女の知っているプリキュアと異なっている点があまりにも多かったが、プリキュアであることに違いはない。つまり、倒すべき息子の仇である。

 

「まぁいいさ。ザケンナー、二人まとめて叩き潰しちまいな」

 

 両手を合わせてそれぞれの指を交差させた大きな拳をつくると、ザケンナーはそれを勢いよく振り下ろした。ドリームとルージュは左右に跳んで攻撃を避けたが、彼女たちのそれまで立っていた地面は大きく凹み、アスファルトの破片が飛散する。

 

「ルージュ!」

 

 砂埃の舞う中、ルージュは振り向いてドリームの姿を確認した。彼女は何やら目で合図を送ろうとしている。その視線の先を追うと、道路の脇で倒れたままのブンビーの体に小石や砂が降っていた。

 

「行って、ドリーム!」

 

 敵の注意を引きつけるために、ルージュは敢えて正面から攻撃を仕掛けた。すると、ザケンナーの巨大な手が彼女を捕まえようとして伸びてくる。その間にドリームは、ブンビーとミルクの体を抱えてナッツたちが避難している場所に向かう。

 陽動のついでにそのままダメージを与えるつもりでいたルージュは、ザケンナーの腕の上を走って顔面を狙った。肘の辺りからジャンプして、勢いをつける。この一撃は入ると、彼女は確信した。

 

「ルージュ、気をつけて!」

 

 ドリームの声が届いたときには、不意にジャンプの勢いが失われる衝撃をルージュは味わっていた。空中で体が止まった。彼女は何が起こったか分からず、自分の体を見下ろしてようやく気付く。ザケンナーの肘から生えてきた手に、彼女の体は掴まれていたのだ。

 適当な壁をめがけて、彼女は放り投げられた。ぶつかる瞬間、目を逸らしたドリームには衝撃と音だけが伝わってきた。早く戦いに戻らなければ、ルージュが危ない。

 

「あれ、シロップは?」

 

 建物の陰に隠れているはずの妖精のうち、シロップがどこにも見当たらない。ブンビーとミルクの体を寝かせるのを手伝いながら、彼はうららを呼びに行ったのだとナッツが説明する。

 

 その途中で、クレープが上空を見上げて言った。

 

「帰ってきたクク!」

 

 シロップは翼を乱暴にはためかせて着地した。ドリームは目を凝らし、彼の背中に乗っているかもしれないうららの姿を捜す。しかし、彼女はいなかった。

 

「ドリーム! うららのキュアモを知らないロプ!?」

 

 いつもなら着地してすぐ小さな妖精の姿に戻るはずが、彼は巨大な鳥の姿を維持していた。口調からも、急いでいることが窺える。

 

「え……」

「うららはキュアモを持ってないロプ!」

 

 咄嗟にドリームは記憶を辿って、うららのキュアモの在処を思い出そうとしてみた。しかし、うららがキュアモを紛失していることさえ知らなかったのだから、思い当たることなどあるはずがない。

 地響きがするほどの衝撃の後で、ルージュの悲鳴が聞こえてきた。とにかく、今はドリームとルージュの二人で戦うしかないのだ。

 

「ごめん、シロップ! 行かないと……」

 

 彼女が戦場に戻るのを止めるわけにはいかず、シロップは肩を落とす。手がかりが何もない中で、のぞみが唯一の希望の糸だった。その糸が今、切れた。

 そう思われたとき、ナッツが思い出したように大きな声を出した。

 

「ナッツハウスは誰かが掃除してくれていたナツ!」

 

 うららがキュアモを失くしそうなところ。最も可能性が高いのはナッツハウスだった。切れかけていた糸に、張りが戻ってきたようにシロップは感じた。

 

「ナッツ達が最初に見たときのナッツハウスはひどい状態だったナツ! ということは、あの後で誰かがナッツハウスに行ったはずナツ!」

「ココリンとクレープは、夜にナッツハウスでのぞみと会ったクク。でも……」

 

 クレープは残念そうな顔をしていた。希望を取り戻したと感じていたシロップとナッツからも、興奮が失せる。ナッツハウスを掃除したのがのぞみなら、ふりだしに戻らなければならない。

 

「のぞみは、かれんが掃除してくれたと言ってたココ!」

 

 再び緩みかけていた糸に緊張を与えたのは、ココだった。負傷した彼が自力で立ち上がることは容易ではなかったが、黙って寝ているわけにはいられなくなり、よろよろと体を起こす。クレープは彼の体を支え、彼の言葉に同調した。

 

「そういえば、そうクク! たしかにのぞみはそう言ってたクク!」

「それじゃあ、かれんの家で誰かキュアモを見てないナツ?」

 

 シロップは思い出す。リビングに置いてあったかれんの鞄から携帯電話を取り出そうとして、キュアモと間違えた。決して彼女の携帯電話を覗き見ようとしていたわけではないと言い訳をしながら、彼はその経緯を説明した。

 

「だけど、あれはかれんの……」

「かれんのキュアモは、机の引き出しにあったミル」

 

 彼が結論付けようとしていたとき、気を失っていると思われていたミルクが口を挟んだ。仰向けに寝かせたのに、うつ伏せになって地面を這いながら彼らに近づこうとしている。ナッツは肩に腕を回させて、彼女を立たせてやった。

 

「みんなも見たミル? 今朝、かれんが出かけるとき、ミルクは用心のためにキュアモを持たせたミル。昨日の夜の時点でキュアモが鞄の中にあったなら、今朝キュアモを鞄に入れて行ったのはおかしいミル」

「じゃあ、あのキュアモは……」

 

 うららからの電話により、着信音を鳴らしていた携帯電話。シロップはそれに導かれて、かれんの鞄の中にあるキュアモを見つけた。まるでキュアモが、彼に見つけてもらいたかったかのように。

 

「あれがうららのキュアモだったロプ……」

 

 彼らを取り巻く運命の皮肉さを嘆くべきか、それらを好運と捉えるべきかシロップには分からなくなった。しかし、考えるだけではだめだ。自らが動かなければ、事態は好転も悪化もしないのだから。

 

「ミルク! かれんはどこにいるロプ?」

「きっと病院ミル!」

 

 彼が翼を羽ばたかせ風が舞う中、ナッツの制止を振り切ってミルクは地面から離れようとしているシロップの足にしがみついた。

 

「ミルクも一緒に行くミル!」

 

 口論をしている時間はない。彼はその大きな翼でミルクの体をすくうと、背中の荷台に乗せた。

 

「つかまってるロプ!」

 

 あっという間に地面から遠ざかり、ミルクは身を乗り出して戦場を見下ろした。ドリームとルージュが力を合わせて、どうにか怪物と渡り合っている。二人がどんな表情をして戦っているか、視認はできなかったが何となく想像はついた。

 

「さっきからうろちょろと、目障りだよ」

 

 シロップの存在に気付いたガンバリーナが、ザケンナーに指示を与える。怪物の手が届かないはずの高度までシロップは飛翔したが、際限なく腕は伸び続けていた。肘から新しい腕が生えて、三つの手が彼を襲う。

 

「そうはさせない!」

 

 キュアルージュが胸の宝玉の前で腕を交差させた。アームカバーの拳部分にある蝶の飾りが輝く。

 

「プリキュア・ファイヤーストライク!!」

 

 足下に出現した火炎の球を勢いよく蹴りだす。それはザケンナーの肩に命中して、シロップが逃げるのに十分な隙をつくった。目的を阻害されたザケンナーが彼女の方を振り返った瞬間、その顔面に火の球が直撃して小さな爆発が起きる。

 

「あんたの相手は、こっちでしょ!」

 

 ルージュの挑発は、彼女が望んだ以上の効果があった。怪物はすっかり興奮して、哮っている。冷静さを失わせられたならルージュはそれを好機と捉えるつもりだったが、怒り狂う怪物を鎮めさせることはガンバリーナも望んでいなかった。この巨大ザケンナーは、プリキュアの二人が力を合わせても倒すことはできないという絶対的な自信があったのだ。

 

「それじゃあ、さっさと片付けるとしようか」

 

 怪物は一歩ずつ地響きを鳴らしながら、プリキュアに近寄っていった。それまでとは明らかに違う怪しい雰囲気を漂わせ、全身の至る所から不気味な腕を何本も生やしながら。

 

 

 

 シロップが飛び去った後の空を、春日野うららはぼんやりと見上げていた。

 

 差し出された彼の手を握っていたら、今ごろは彼女も遠い空の向こうにいるはずだった。みんなと一緒に、戦っているはずだった。

 

 結局、逃げていたのは自分だったのだと、うららは気づかされた。

 中学生だった彼女たちは成長して、大人になっていくのだからずっと同じ関係ではいられない。のぞみたちはうららより先に中学を卒業して、高校生になる。うららのいる場所から、離れていく。

 

 シロップが言ったように、「会いたい」と言うべきだったのだ。彼女がそのように感じたなら、そう伝えるべきだった。みんなはそれを拒むだろうか。

 彼女は小さく首を横に振る。みんな同じ気持ちだった――シロップの言葉が頭の中で木霊する。分かっていた。かつての彼女たちは、強い絆で結ばれていたのだから。

 

 それでは、どうしてシロップの手を取らなかったのか?

 キュアモをなくしたから? 変身できなければ戦えないから?

 違う。そんなのは、ただの都合のいい言い訳だ。

 

「うららちゃん!」

 

 自問自答を繰り返し、自責と後悔の念に駆られていたうららを我に返らせた声があった。彼女の元マネージャーである鷲雄は、いつの間にか彼女の近くにいて、ただそこに立ち尽くすだけのうららを心配していた。

 

「無事でよかった。こんなところにいたのか」

 

 怪物の出現に驚かされて逃げ出したのは彼らの方であり、うららは初めから撮影場所に留まっていたのだから“こんなところ”と言われる筋合いはなかったのだが、自分の身を案じてくれている鷲雄の親切を無下にすることは彼女にはできなかった。

 

「すみません。ご心配をおかけして……」

 

 彼以外の人間を相手にしているのであれば愛想のいい笑顔でやり過ごせるのだが、デビュー当時から彼女を知っている鷲雄には通用しないと思って、うららは素直に頭を下げた。しかし、彼は頭を下げる直前のうららの表情を見逃さなかった。

 

「残念だったね、せっかく順調な撮影だったのに」

 

 見当はずれの言葉だった。もはや、うららにとって撮影の中断なんて取るに足らない事柄となっていた。都合のいい彼の勘違いに適当に調子を合わせておけばよかったのに、うららがつい正直に答えてしまったのは、心のどこかで弱音を吐きたいと思っていたからなのかもしれない。

 

「いえ、撮影のことはいいんです……」

 

 いつまでも頭を下げているわけにもいかず、彼女は何でもないような表情を繕ってから彼に顔を見せた。それは完璧な演技のはずだった。しかし、鷲雄には見抜かれてしまっていた。

 

「僕も高尾くんも、ずいぶん探したんだよ。二人であちこち駆け回って、うららちゃんの携帯電話にかけてみたらよかったってことにも、今きづいたよ」

 

 つまらない冗談で、うららの気を紛らわそうとしている。それでも彼女の気分が明るくならないのを知って、彼はふざけるのをやめた。

 

「そうだ。さっきの演技、すごくよかったよ。僕の知らない間に、ずいぶん芝居が上手になったね」

「ありがとうございます……」

 

 褒められているはずなのに、うららには皮肉に聞こえた。事実、彼もそのつもりで言ったのかもしれなかった。

 

「僕の知っているうららちゃんの演技とは違ったから、驚いたよ」

「鷲雄さんの知ってる演技……ですか?」

 

 頷いた後、鷲雄は大げさなくらい明るい笑顔をつくった。まるでうららの陰鬱な気持ちを吹き飛ばそうとするようだった。ところが、彼女の表情が変わらなかったから、彼は笑顔を和らげて優しい顔つきになる。

 それはうららにとって、懐かしい顔だった。髭が生えていなかった頃の彼の顔では、慌てた顔が最も印象に残っている。その次に覚えているのが、今の顔だった。家族のように彼女を親身に支えてくれた、頼りなげだけど温かみのある顔。

 広報や元マネージャーという立場を忘れ、彼女の友人の一人として彼は話をしようとしていた。

 

「うららちゃんのお芝居はもっと、きらきらと輝いていた」

「それは、今回の役が……」

「演技の種類のことじゃないんだ。分かるかな? 君の雰囲気というか……」

 

 ふさわしい言葉をしばらく模索した結果、彼は言い方を変えることにした。

 

「うららちゃんは、初めて僕と会ったときのことを覚えてる?」

「はっきりとは……」

 

 申し訳なさそうにするうららに、鷲雄は優しく微笑んだ。人見知りする小さな子どもを、安心させるように。

 

「僕は覚えてるよ。君は嬉しそうに、女優になりたい理由を教えてくれた」

 

 少しだけ、うららも思い出した。あのときの鷲雄も、今と同じ微笑みで彼女に接してくれた。緊張の解けた幼い彼女は、こう言ったのだ。

 

「舞台の上のお母さんは、輝いて見えたから」

 

 スポットライトを浴びているからそう見えたのではない。希望に満ち溢れた役を演じていたからでもない。とにかく、初めて見た母の姿にうららは甚く感動したのだ。母のような女優になりたい。そう思えた。

 

「僕は君のマネージャーになって、ずっと君を見てきた。そして、うららちゃんのはじける笑顔と、どんなことにもひたむきに頑張る姿に、何が何でもこの子の夢を叶えてあげたいと思った」

 

 身体的な変化が表れなくなっても、誕生日を迎える度にうららは成長している実感を得ていた。年齢を重ねて大人になり、知識も経験も身につく。昔より立派な人間になったはずが、大事なものを失っていることに気づけなかった。

 

 平気なふりをしていられなくなったうららは、自分が今どんな表情をしているのか分からなくなった。泣き出しそうな顔をしているかもしれないし、本当は泣いているのかもしれない。涙は流れなくても、心が泣いていた。

 鷲雄は膝に手をついて、うららと目線の高さを合わせるとまた優しい微笑みをくれた。

 

「笑って。そんな顔してたら、ファンが悲しむよ」

「今のわたしにファンなんて……」

 

 アイドルの仕事をしていたときとは違う。あの頃も仕事は多くなかったが、彼女を応援してくれる人はいた。しかし、低視聴率ドラマの脇役にファンができるはずがない。それは、彼女自身が誰よりも分かっていることだった。

 

「ファンなら、ここに一人いるじゃないか」

 

 拳で自分の胸の辺りをぽん、と叩いて鷲雄は誇らしげにしていた。

 

「それに、のぞみちゃんや、さっきの彼とかね」

「シロップ……」

 

 シロップが人間の姿でいたときだけ目撃して、鳥の姿は見ていなかったなんて都合のいいことがあるはずもない。うららはこのことに動揺したが、鷲雄はさして気にしていないようだった。

 

「そして、彼だってそうだ」

 

 鷲雄が指差した先の路地から、春日野うららの現マネージャーである高尾が出てきた。シャツの裾はズボンからはみ出して、整えられていた髪形も乱れている。うららを捜して、方々を走り回ったらしい。

 

「タレントの成功は、マネージャーの夢だからね」

「高尾さんは、わたしがいないと仕事にならないからです」

 

 嫌な言い方をしたうららを宥めるように、周囲をよく見てほしいと鷲雄は言った。大量の怪物が荒らしまわった痕跡が、あちこちにある。人影もほとんどなかった。

 

「ただの仕事のパートナーなら、うららちゃんを見捨てて逃げるんじゃないかな」

 

 彼女たちの存在に気付いた高尾は、ぱぁっと顔を輝かせた。これ以上ない、安堵の表情だった。彼のそんな表情を、うららは初めて目にした。

 彼は本当にうららを心配してくれていたのだ。彼女を置いて逃げることもできたはずなのに、それをしなかった。怪物に襲われるかもしれない危険を冒して、戻って来てくれた。特別な力も異常な状態に対する免疫もない彼にとって、かなりの勇気を必要としただろう。

 

「ねぇ、うららちゃん」

 

 鷲雄に呼ばれて、うららは彼の方を振り返った。彼が何を望んでいるか、彼女が本当に望んでいるものは何だったか、その一瞬の間に答えが分かった。

 

「僕はあの頃みたいに輝いているうららちゃんをもう一度見たいんだ。そんなファンの期待に、応えてはもらえないかな」

 

 それから少しの言葉を交わして、うららは走り出した。不思議そうな顔をしている高尾に会釈をするために一旦止まり、また走る。高尾はわけがわからず、彼女の姿が遠くに小さくなってから鷲雄に尋ねた。

 

「うららちゃん、どうしたんですか? どこに行ったんですか」

「心配ないよ」

 

 納得がいかない様子の高尾に、さっきのうららの顔を見せてやりたいと鷲雄は思った。あの表情を見れば、高尾にもきっと分かる。彼女はもう、大丈夫だ。

 

「うららちゃんには、たくさんの仲間がついているからね」

 

 撮影の再開もしばらくはない。春日野うららが夢を見つけるまでの時間は、充分にあった。

 

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