プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~   作:おじ

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27.存在の耐えられない身軽さ

 不安や躊躇いはなかった。

 

 キュアレモネードは膝を曲げて腰を低くした体勢から、思いっきり地面を蹴る。ジャンプした瞬間に、ガンバリーナの放った黒い球が爪先に掠ったものの彼女は動じなかった。失敗を恐れるのではなく、上手くいったときのことを思い描く。プリキュアに変身した身体がバネのように弾むイメージ。

 もっと早く、もっと高く。黒い球の爆発にも振り向かず、彼女はひたすら空を目指した。ドリームに手の届く高さまで。

 

 背後でシロップとミルクの悲鳴が聞こえた。爆風に煽られて、墜落したのかもしれない。それでも、レモネードは上を向き続けた。新たなプリキュアの登場に意表を突かれたままのガンバリーナは隙だらけだ。この好機を逃せば、彼らのしてくれたことが水の泡となる。

 

 あっという間にガンバリーナと向かい合える高度まで達すると、頭で考えるより先に体が自然と動く。肩から腰、右の腿をねじり、直感に従って膝を動かせば鋭いキックが生まれた。霧のように姿を消したガンバリーナにその攻撃は避けられてしまったが、レモネードは膝を抱きかかえるような格好で身体を小さく丸めると、今度は前方向にぐるっと回転して勢いをつける。

 踵落としの要領で、キュアドリームを捕らえている怪物の手に強烈な一撃を与えた。握られていた手が解けて、彼女の体は解放される。

 

「ありがとう、レモネード!」

「はい!」

 

 落下していく二人を待ち受ける手があった。彼女たちの着地地点に咲いた巨大な手は、獲物を捕食するモンスターが口を開けているようにも見える。ドリームとレモネードは落ちながら顔を見合わせ、頷いた。

 空中で互いの靴の裏をぴったり合わせると、寸分の狂いもないタイミングと力加減で相手の足を蹴った。地面に向かって真っ逆さまに落ちていた二人の軌道は直角に曲がり、それぞれ建物の壁を利用して跳ね返ってくる。キュアルージュを目がけて。

 

 ルージュを掴む手に二人が同時に攻撃する。衝撃で力の緩んだ隙に素早く抜け出したルージュを連れて、三人はひとまず怪物から距離をとることにした。

 

「助かったよ、レモネード」

 

 二人の救助に成功してはじめてレモネードは後ろを振り返った。やはり黒い球の爆発に巻き込まれていたシロップとミルクは自力で歩くこともままならないらしく、ナッツとクレープの手を借りて建物の陰に移動する最中だった。

 

「こっちはナッツたちに任せるナツ!」

 

 戦闘に向いていない彼らだって、自分にできることを考えて懸命に戦っている。もっと早くにうららが来ていたら、今より少ない犠牲で済んだかもしれない。

 たとえドリームたちを危機的状況から助け出し、感謝の言葉をもらっても、まだ彼女たちの笑顔に迎えられるわけにはいかないとレモネードは思った。一人で悩み、思いつめて、身動きがとれなくなっていた。彼女の勝手な思い込みのせいで。

 

「わたし、みんながいなくなって思ったんです。やっぱり一人で頑張ろうって。でも……」

 

 それが大人になることだと分かったつもりでいた。いずれ別れがやってきて、一人になる。一人で頑張れない者に、成功は与えられない。誰かに頼ったり、依存しているようでは成長できない。一人でいることが強さなのだと勘違いしていた。

 

 中学一年生の彼女もそうだった。うららはそのことを思いだす。

 

 仕事や芝居の稽古が忙しくて同じ教室の友達と馴染めず、いつも一人でいた春日野うららを見つけてくれた声があった。本当は寂しかったのに、夢を叶えるためだから仕方がないと自分の心を偽っていた彼女に差しのべられた手があった。

 

「一人じゃないよ」

 

 あのときと同じ笑顔で、キュアドリームはその言葉を口にした。一緒に授業をサボタージュして校内を歩き回り、最後に行き着いた講堂で夢原のぞみがくれた言葉。

 

「だって、わたしたち友達じゃない」

 

 もう仲間とは思えないかもしれない。思ってもらえないかもしれない。そんなことをくよくよ悩んでいた過去の自分を、うららは恥じた。みんなが彼女から離れていったわけではなかった。拒絶されるのを恐れて、彼女の方から離れていったのだった。

 

「そう。一人じゃない」

 

 悪戯っぽい表情をして、ルージュはドリームの肩にもたれかかった。こうして三人が揃ったことを楽しんでいるようだった。

 

「テレビの前でずっと応援してたよ。うららの夢」

 

 彼女たちは離れ離れになってからも春日野うららの友達であり、仲間であり、ファンであり続けてくれていた。シロップと鷲雄の言ったことは、正しかった。彼女は、強い一人にはなれない。みんなの応援があるからこそ、勇気が出るのだ。

 

「のぞみさん、りんさん……」

 

 りんの夢がどんな結末を迎えたのか知りたい。のぞみが高校でも起こしたであろう騒動を聞いて、笑い合いたい。そして、自分の夢についてたくさん話をしたいとうららは思った。昔のように、みんなと一緒にいたい。

 

 陽炎の如くゆらゆらと地面から染み出てきたガンバリーナを睨みながら、うららはそんなことを考えていた。

 

「どうもおかしいね。プリキュアは二人のはずだけど……」

 

 キュアレモネードと他の二人を見比べて、ガンバリーナはやはり彼女もプリキュアなのだと認めるしかなくなった。予想外の展開にまいった様子で手をひらひらさせながら、面倒くさそうなしかめっ面を見せる。

 

「三人になったから何だって言うんだい。どうせこのザケンナーを倒すことはできやしないんだ」

「そんなことない!」

 

 真っ先に飛び出したのはドリームだった。ルージュとレモネードも後に続く。彼女たちの突進にたまらずガンバリーナは姿を晦ましたが、ドリームは彼女を気にも留めず巨大ザケンナーを目指した。

 

「一人じゃできないことでも……」

 

 高く跳躍したドリームに倣って二人が飛んだとき、空中で三人の心が通じ合った。ジャンプの勢いが衰え始めたタイミングで、ドリームとルージュは片方の膝の上に両手を乗せた。手の平を上にして、そこにレモネードの足が置ける大きさにする。

 

「二人ならできる!」

 

 チアリーディングの大ジャンプを見よう見まねで彼女たちはやってのけた。もっと高くまで飛んだレモネードの体は、ザケンナーの頭部をちょうど飛び越えられる軌道を描く。

 

 額を通過した辺りから、彼女を捕まえようとして次々に腕が生えてきた。レモネードはその身軽さを活かして機敏な動きで指の間をすり抜けたり、大胆にも手の上に着地しては握られるより早く次の手に飛び移る。

 巨大な波が押し寄せるように、後頭部を目指して頭の上を走り抜けるレモネードを複数の手が追いかける。腕の生えすぎた怪物の頭部は、いつの間にか珍種のイソギンチャクの体を成していた。

 

 そんな触手の森を突破した彼女は、迷うことなく後頭部から飛び降りた。あとは重力にまかせて背中伝いに落ちていくだけのレモネードを執拗に追う腕は、肩や背中からも生えてくる。

 

「レモネード!!」

 

 このときを、レモネードは待っていた。自分に複数の腕が集中し、正面の注意が疎かになるこの瞬間。彼女は胸の前で両腕を交差させる。

 

「プリキュア・プリズムチェーン!!」

 

 光の鎖が、彼女を追っていた全ての腕をひとつに束ねる。元々あった手足や首、胴体まで拘束された怪物は一切の身じろぎも封じられた。

 

「二人じゃできないことでも……」

 

 ドリームは右、ルージュは左の足に攻撃を与える。圧倒的な体格差など感じさせない、重い一撃だった。

 

「三人なら、できる!!」

 

 ザケンナーの巨体は轟音とともに、遂に倒れた。

 

 

 

 土煙がもうもうと立ち、地響きがする中、避難を済ませたクレープは興奮してシロップとミルクを褒め称えた。

 

「二人とも、よくやったクク! これでプリキュアは三人、きっと勝てるクク!」

 

 キュアレモネードの参戦を素直に喜ぶのは、彼女だけだった。功労者であるミルクたちが憂いを帯びた表情のままでいるのは、傷が痛むからではない。ナッツはそれを知っていた。

 気を失ったままのブンビーの傍で、項垂れているココ。みんな一生懸命に戦ってくれた。危険を顧みず、ぼろぼろになるまで。

 

 のっそりと立ち上がった巨大なザケンナーと、それに相対するプリキュアたちの背中をナッツは陰から見つめる。彼の眼差しは、二度と戻ることのできない遠い過去と、逃げることのできない近い未来に向けられていた。

 

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