プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~   作:おじ

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32.かくも儚き不在

 若者が未来に抱く幻想のように果てしなく広がる青空と、目の前に拓けた道に秘められる可能性のように輝く太陽の下で、夢原のぞみは独り立ち尽くしていた。

 

 懐かしい光景。覚えのある感覚。気がつくと、彼女はサンクルミエール学園のテラスにいた。身に着けているのはプリキュアの衣装ではなく、学園の制服。中学二年生、十四歳の体に彼女は戻っていた。

 

 毎日みんなでお昼を一緒にした、思い出の場所。秘密とおかずを共有した特別な関係。事情を知らない生徒は、接点のなさそうな彼女たちのグループを不思議そうに眺めていた。運動神経抜群のスポーツ少女、女優を目指す現役アイドル、大和撫子で博学多識な図書委員、みんなから頼られる生徒会長……。

 何をやってもドジばかり、勉強も運動も苦手で、部活さえクビになるような夢原のぞみが、どうしてその中心にいたのだろう。

 

 俯くと、片手にお弁当箱の入った巾着袋がぶら下がっていた。とりあえず彼女は椅子に座り、みんなを待ってみる。幸いなことに、お腹は空いていない。

 

 お昼休みの時間も半分を過ぎたところで、彼女は違和感を覚えた。春の陽光を浴びているのに、温かさが感じられない。独りでいることの寂しさと不安が、体の芯まで冷たくする。遂に彼女はじれったくなって、かばんからキュアモを取り出そうとした。

 そのはずみに、キュアモにつけていたキーホルダーがかばんのふちに引っかかり、はずれてしまった。結ばれていた糸は解け、色とりどりのビーズがあちこちに散らばる。

 

 赤、黄、緑、青……四つのビーズは彼女の手の届かないところまで転がっていった。

 

 いやな予感がして、立ち上がるとのぞみはすぐに駆けだした。“廊下を走るな”の注意書きも無視して、親友と一年間を過ごした馴染みの教室を目指す。

 

「りんちゃん!!」

 

 勢いよく扉を開けると、その音が教室中に響いた。閑散としていて、休み時間だというのに生徒は一人もいない。これが喜劇で、春休み中に勘違いで学校に出てきていたなんて結末だったら、どんなにいいだろう。

 しばらく呆然としてみた後で、彼女はかぶりを振ると身を翻した。まだ心当たりはたくさんある。グラウンドやフットサル部の部室、思い出のある旧校舎かもしれない。それに、他のみんなだってきっとどこかにいるはずだ。自分がここにいるのだから。

 

「うらら!」

 

 講堂や池の畔から、演技の練習をする後輩の声は聞こえてこない。

 

「こまちさん! かれんさん!!」

 

 図書館にも、生徒会室にも、優しくて頼りになる先輩の姿はなかった。

 

 学園中を捜しまわって、とぼとぼとテラスに戻ってきたときにはとっくに午後の授業が始まっている時間だった。それなのに、注意してくれる先生もいない。

 

「ココ……」

 

 やがてお腹の虫が控えめに鳴りだして、のぞみはお弁当を開けることにした。大好物のたまご焼きに、タコさんウインナー。だけど、なぜだか嬉しくない。たまご焼きを口にしても、その気持ちは変わらなかった。

 

「一人で食べても、美味しくないよ……」

 

 明るい景色に、少しずつ影が差してきた。

 

 

 

 闇の住人に支配された薄暗い広場には、じわじわと重く鬱陶しい空気が蔓延していた。

 

 興奮と歓声はかき消され、その場にあるのは二つの音のみ。

 まずは悲鳴。ザケンナーの攻撃を受けたプリキュアが、固いレンガ敷きの地面やコンクリートの建造物に叩きつけられる瞬間までそれは聞こえる。そして、直後に響く轟音。妖精たちはさっきからそればかり、延々と繰り返し聞かされていた。

 

 プリキュアが味わうのは、意識が飛ぶほどの衝撃。生温かな痛み。頭をかすめる諦念。先ほどまでのザケンナーとは、パワーもスピードも桁違いに感じられた。

 

「どうした? 動きがバラバラだよ」

 

 怪物の頭上に浮くガンバリーナの挑発も、もはや意味をなさない。激情に駆られて特攻する気力なんて、プリキュアには残されていなかった。

 

「一人欠けただけで、この程度なのかい。それとも、あの娘のことが心配かしら」

 

 影に捕まったとき、ドリームが伸ばした手を掴んであげられなかったことをみんなが悔やんでいた。彼女はあの瞬間、どんなに仲間を頼りにしただろう。不意を突かれ、油断もしていた。それだけの事情で、ドリームをみすみす失ってしまった。

 

「ドリームをどうするつもり!?」

 

 木の幹を支えにして、キュアミントはよろめく体を起こす。震える足では、ガンバリーナのいる高所までは届きそうにない。

 

「キュアドリーム……」

 

 吐き捨てるように、彼女はその名を口にした。

 

「ふん、大層な名前だよ。希望のプリキュアだなんて」

 

 生き物の気配が感じられなくなった世界にも、緑はあった。現にミントが立っている傍には植え込みがあり、元気な花が咲いている。

 

「だけど、その希望も絶望に染まる」

 

 空が曇天に覆われても太陽の光を浴びようと意地らしく背を伸ばしていた花々は、彼女のその一言によって風化した。草の露は乾き、花弁が散る。泥のように形は崩れ、塵となって消えていった。

 

「そんなの、嘘よ」

 

 瓦礫の中から立ち上がったキュアアクアの瞳には、まだ強い輝きがあった。ふらついているキュアレモネードの腕を自分の肩にまわして、彼女の分までしっかりと地面を踏みしめる。

 支え合うことの大切さと、諦めの悪さ。夢原のぞみを見ていて、学ばされたことだ。

 

「みんなの気持ちがばらばらになって、絶望の仮面に取り憑かれたときも……」

 

 喧嘩をきっかけに彼女たちの絆に亀裂が生じたとき、そこをナイトメアに付け込まれた。ずっと隠していた弱さ、やりたいこととやらなければならないことの矛盾、中途半端な気持ちでやり過ごそうとしていた甘さ。それらを突きつけられた彼女たちは、絶望の闇に落ちた。

 あの苦難を乗り越えられたのは、本当に大切なことを気づかせてくれた人がいたからだ。

 

「ドリームが迎えにきてくれた」

 

 彼女のことを思い出すとまだ頑張れる気がして、自らの力でレモネードは立つことができた。不安なとき、いつも手をつないで引っ張ってくれたのぞみのように、決して挫けたりはしない。

 

「ずいぶんと信頼されているんだねぇ、あの娘は。ま、信じるだけなら勝手さ」

 

 親友を助けたくてがむしゃらに挑み続け、特に疲労の色が濃いキュアルージュも拳を強く握る。導火線に火がつけられたのなら、激しく火花を散らすしかない。

 

「信じてるんじゃない。知ってるのよ!」

 

 二十年もの間、誰よりも近くで見てきたのだ。どこでもつまずく癖、忘れん坊でいつも遅刻ギリギリ、りんは巻き込まれてばかりいた。だけど、のんきな笑顔に誘われてつい一緒に笑ってしまう。本音をぶつけ合える自慢の友達。元気をくれる、朝陽みたいな人。

 夢原のぞみは闇の中で、必死に抗っているはずだ。

 

「ドリームは絶望なんてしない!!」

 

 だから、絶対に諦めない。チームの要を失っても、彼女たちの希望が絶えることはなかった。太刀打ちできないほど強力な怪物だろうと、世界が闇に覆われようとも、戦い続ける。ドリームならきっと、そうしたはずだ。

 しかし、彼女たちのそうした決意も、ガンバリーナにとっては夢見がちな若者の戯言に過ぎない。

 

「そんなやついないよ」

 

 ルージュの言葉を、彼女は冷たく突き放す。夢原のぞみはたしかに、少し変わったところもあった。だけど普通の、人間なのだ。

 

「絶望っていうのはね、努力した者が最期に行き着く場所だ。高く跳ぼうとするほど、深く沈んじまう」

 

 地上のプリキュアを見下ろして、彼女は同情する。踏めば潰れてしまいそうな、ちっぽけな存在。本心を偽ることでしか生きていけない、脆弱な種族。何よりも哀れなのは、彼女たちがまだこの世界に希望を見出そうとしていることだった。

 

「夢を見て、希望を抱き、現実を知る。世の中は残酷だってね」

 

 せっかく人生の真意を説いてやっているというのに、プリキュアは聞く耳をもたず攻撃をしかけてきた。レモネードとアクアが怪物の正面から接近する。

 

「そんなこと、ない!!」

 

 いつの間にか建物の屋上に移動していたミントはそこから跳躍して、ガンバリーナに飛びかかろうとしていた。

 

「どうしてあなたは、そんな見方しかできないの!」

 

 それらの些細な抵抗も、結局は無駄だった。ザケンナーが腕を払っただけで、ミントは空中から叩き落され、地上の二人にぶつかる。せっかく勇気を奮ったのに、得られるものは痛みと虚無感だけ。

 

「じゃあ、あんたたちはどうなんだ? 一度もそう思ったことはないってのかい!」

 

 残る一人も向かってくると思ったが、先にやられた三人の介抱のためにキュアルージュは攻めあぐねた。今は何をやっても無駄ということが、分かってきたのかもしれない。

 

「理不尽な世界を憎んだことは? 自分の運命を恨んだことは!?」

 

 思い出される厭な出来事は、ルージュたちにも少なからずあった。二十年以上も生きてきたのだ。子どもの頃はみんなが優しく、健やかに育つ環境が用意されていた。当時は難しいことなんて分からなかったから、楽しいことばかり考えていた。

 やがて親の手から離れていくと、楽しいことや好きなことをやるためには代価が必要なのだと知る。それはお金や時間や体力、自分のプライドだったりする。今までは周囲の大人がそれを支払ってくれていたのだ。

 食事をして、快適に一日を過ごすというだけで多くのものを犠牲にしなければならない。何かを得るために、常に何かを失っていた。

 

「人間なんてみんな絶望しているんだ。だから、夢をみる」

 

 テレビの情報番組が報じるのは、恐ろしい事件や哀しい事故ばかり。町を歩けば、他人には無関心な人たち。道端に転がったごみ、壁の落書き。子どもの目では気づけなかった、醜い世界。

 

「だけど、嫌なことばかりじゃない! あんたにはそれが分からないの!?」

 

 たとえば接客業に従事する夏木りんは、週末に働いていると憂鬱になることがある。その分、友達と予定が合って久しぶりに出かけたときなどは楽しくて仕方がない。そうした楽しみがあるからこそ、毎日を頑張れるのだ。

 だが、ガンバリーナの侮蔑に満ちた視線を受けて、彼女の言っていることの意味にりんは気づく。友達と遊ぶ予定も、夢と称するには大げさだがそれに類するものには違いない。もしも、その予定がキャンセルされたらひどく残念がるだろう。せっかくの休みなのに何をしようかと、途方に暮れるかもしれない。

 

「光が強ければ、影もそれだけ深みを増す」

 

 アクセサリーのデザイナーを目指しているときは、疲れも忘れて頑張れた。あれほどの努力を続けたのに、いつしか夢を追うことが難しくなった。そのときの辛さを、りんは忘れない。

 

「そのうちに人は、太陽なんか眩しくて見ていられなくなる」

 

 強すぎる光は、畏怖の対象となる。太陽から目を背けて、いつの間にか影ばかり見つめていた。そこはつまらない空間だったが、居心地は悪くなかった。影の中から出ていくのが、億劫になるほどに。

 

「希望は、潰える」

 

 仄かに絶望の香りが漂いはじめた。

 

 

 

 シロップみたいに空を飛ぶことはできないから、視界の悪い雨雲の中に飛び込んだみたいだという形容はココにとってふさわしくないかもしれないが、真っ暗なザケンナーの体内を彼は文字通り闇雲に進んでいった。

 自分がどこにいるかも分からない。目指す場所の見当もつかない。これと同じ不安を、ココは以前にも味わったことがある。

 

 パルミエ王国がナイトメアの襲撃に遭い、けがをしたナッツがドリームコレットと共に空へと消えたとき、初めて孤独というものの辛さを知った。追っ手から逃れて、仲間のいない人間の世界で、一人きりになった。何の手がかりもなしにコレットを探しまわり、挫けそうになったときもある。独りで泣いた夜もあった。

 だけど、そんなココを助けてくれた人がいる。彼にとって彼女は、大いなる希望。決して手放してはいけない光。

 

 ミルクのように戦う力はない。ナッツがやったように、みんなを守る力も残されてない。それでも彼女だけは、ドリームだけはこの手で取り戻したい。その気持ちが暗闇に、小さな明りを灯した。

 

「ドリーム!」

 

 キュアドリームはさながら童話の眠り姫のごとく、目を瞑ったまま闇の中に漂っていた。その顔に生気はなく、全身が脱力しきっている。

 

「ドリーム!!」

 

 深淵へと沈んでいく彼女の体を引き止めようとしても、短い腕では届かない。人間の姿に変身して彼女の腕をしっかり掴むと、一気に引き寄せ抱きしめた。

 

「のぞみ……」

 

 強く願うことしか、彼にはできない。しかし、彼にここまで来る勇気をくれたのは、記憶に刻まれたのぞみの頑張っている姿だった。彼女が目的を見失い闇の中を彷徨っているのだとしたら、その道しるべとなりたい。

 もう先生と生徒ではないけれど、大切な存在であることに変わりはないから。

 

「目を覚まして、のぞみ……」

 

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