プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~   作:おじ

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36.誰が為に夢はある

 夢が、のぞみたちにもたらしたもの。

 

 それは明日への期待や大きな目標、苦しみを伴う挫折やみんなとの別れ。

 

 大人になるのは大して難しいことではなかった。一年が過ぎ、誕生日がきて、勝手に年をとっている。でも、子どものころに憧れた将来の自分にはなれていない。夢との決着は、未来の自分に任せるとしよう。

 今日という日を全力で生きれば、きっといつかはちゃんとした大人になれる。身長はもう伸びないけれど、これからも夢が彼女たちの成長を手伝うだろう。嬉しいことも悲しいことも、すべて受け容れる強さをプリキュア5は手に入れた。

 

 絶望の闇に対抗する、希望の光。巨大な蝶の輝きが、みんなを包む。

 

 夢見る乙女の底力。それは何でもできると信じる心。

 

「プリキュア・ファイブ・ドリームアタック!!」

 

 敵を討ち滅ぼすのではなく、自分に打ち勝つための力。未来を照らす蝶の光と、ガンバリーナの放つ絶望の闇が激しくぶつかる。

 

「たった五人の小娘に……、このアタシがやられるものかぁ!!」

 

 彼女の堕ちた闇はあまりにも深く、光は届かない。自我が崩壊し肉体が削ぎ落ちていくのも顧みず、暗黒を求め沈んでいく。闇に支配されて身を滅ぼそうが、プリキュアを道連れにできればそれでよかった。

 

「夢なんていらない!! 希望も! 仲間も!!」

 

 多くを失ったガンバリーナの絶望は純度を増し、プリキュアを圧倒する。運命のように重く、人生のように厳しい力。これまでに彼女たちを幾度となく苦しめ、これからも逃れられないであろう現実。

 

 ただ、五人で力を合わせたなら、すこしは希望がもてるはずだ。

 

「私はいるわ!」

 

 忘れていた、かけがえのない宝物。今は誰よりも、その輝きの美しさを彼女は知っている。

 

「一緒に笑ったり泣いたりできる、大切な友達が……」

 

 寂しいと、両親に電話で素直に話すことができた。大声で怒鳴ったり、叱ったり、楽しいことにはしゃいだり、笑ったり……自分の意外な一面に気づかせてくれた。

 初めて変身したとき、水無月かれんはプリキュアになるのではなく、みんなと友達になりたいと願ったのだ。

 

「一人で充分なわけない! そんなんじゃ、成長できないわ!!」

 

 どうせいつかはばらばらになるのだと達観したつもりで、絆という不確かなものを自ら手放した。悔やんでも悔やみきれない、過去の過ち。彼女にとってみんなの存在が当たり前のものになっていたからこそ、その尊さに気づけなかった。失敗と反省も、彼女の成長には必要なのだ。

 

 急にちがう人間にはなれないけれど、親友と肩を並べることで、昨日よりずっと強くなれる。

 

 青い蝶の輝きが、みんなに道を示してくれた。

 

「どんなものにも終わりはあるし、諦めるという決断が必要なときもある!」

 

 アイデアはあるのに、いざ書き始めてみると筆が進まない。子どもの頃とはちがい、秋元こまちは現実の厳しさを知ってしまっていたから。主人公の台詞は綺麗事、起承転結のない単調な毎日。鉛筆と原稿用紙のほかに、なにかが足りないもどかしさ。

 

 ずいぶんと長いプロローグだった。ページをめくる手を途中で止めなくてよかったと、彼女は思う。ようやく続きが気になる本を、見つけることができた。

 

「だけど、みんなの言葉に紡がれて、新しい物語が始まるの!!」

 

 緑の蝶がくれるのは、大切な仲間を闇から守る安らぎの力。

 

「がんばっても結果が出なくて、そこから動けなくなったとしても!」

 

 夢を叶えるためなら、友達ができなくても構わない。ひとりぼっちのランチタイムから、春日野うららを連れ去った人がいる。楽屋まで励ましにきてくれたり、台本読みに付き合ってくれたり、新しく見つけたお店のデザートがどんなに美味しかったか、涎を垂らして聞いてくれる人。

 

 涙がこぼれる日もあったけど、次の日に彼女が笑っていられたのは、みんなとの楽しい時間があったから。

 

「みんなの応援が、次のステージに進む勇気をくれる!!」

 

 黄色い蝶の光がはじけて、暗闇の中で煌めく。

 

「叶えられない夢もある! でも……守りたい夢ができたから!!」

 

 服飾の専門学校に通うための学費や、そこで得た知識。無駄になったとは思わない。スポーツだって、必ず勝者と敗者がいる。悔しさに震えることはあるかもしれないが、本気で挑んだ結果なら、涙も汗と言い張れる。握手を交わし、勝者に希望を託せるだろう。

 

 ときには自分の夢さえ諦めなければいけないとしても、夏木りんは家族と親友の傍に居続けることを望んだ。みんなを喜ばせたいという願いは、そのような形でも叶えられるのかもしれない。

 

「あたしたちは、それぞれが決めたゴールに向かって突き進む!!」

 

 赤い蝶は情熱と、不屈の闘志に燃えている。

 

 拮抗していた力のバランスが、崩れはじめた。光の眩しさに目を細め、ガンバリーナはわめき散らす。

 

「いずれ後悔するよ!! あんたたちは人生ってものを、まるで分かっちゃいないんだ!!」

 

 そんな彼女の主張を退けるのは、ひときわ大きな輝きを放つピンク色の蝶。のぞみとココを引き合わせた、すべての始まり。

 

「間違えてもいいんだよ!」

 

 山積みの問題を投げ出して、遊びにいきたいときもある。読んでいて眠たくなる文章、将来なんの役に立つかわからない公式、呪文のようなアルファベットの羅列。夢原のぞみにとって勉強は、楽しくないもののはずだった。

 あの頃は勉強を、試験で点数をとるための準備にしか思えなかったから。熱気球で空を飛んだあの日、いろんなものを見て、聞いて、感じて、学ぶことに意味があるのだとのぞみは彼に教えてもらった。

 

「たくさん悩んで、何度も迷って……時間がかかったとしても! 自分たちの力で一つずつ、答えを見つけていくの!!」

 

 解き方や単語を暗記するだけではない。それまでの道すじが大事なのだ。制限時間や競争相手がなくたって、ちゃんと自分で考えなければならない。わからないことは、誰かに相談したらいい。彼女には、力になってくれる友達がたくさんいるのだから。

 

 みんなで頭を抱えて導き出した解答に、先生は苦笑しながら花丸をくれるだろう。

 

「大切な夢と、大好きなみんなが一緒なら! この先どんな辛いことが起きたって、乗り越えられる!!」

 

 みんながいる。なんでも話し合える仲間、自分を迎えてくれる人たち、大切な仲間、親友。

 

 かつて不思議な運命の導きによって出会い、夢を見つけて、追い続けた少女たち。個性はばらばら、相性ばっちり。食欲旺盛で天真爛漫。ケンカの後に笑っている。そんな楽しい五人組。

 

 それが夢と希望のプリキュア5。

 

 この先どんなに手強い敵が五人の行く手を塞ごうとも、彼女たちは決して立ち止まらない。いつでも大胆不敵に、フル・スロットル。

 

「アタシには、まだ……やらなくちゃいけない、ことが……」

 

 迫りくる希望の光を拒みながら、ガンバリーナは呻いた。気持ちに体がついていかない苛立たしさ、自分に対する怒りと幻滅。アクセルを踏み込んだところで、燃料タンクは空なのだ。急勾配の坂を滑り落ちながら、成す術もなく来たるべき審判に怯えるだけ。エンジンが不吉に唸り、バッテリーが切れる。底の見えない崖っぷちに、後輪が落ちた。

 

 光の眩しさに目を瞑れば、犯した罪の数々が走馬灯のように映る。罪もない人々に恐怖と不安を与え、街を混乱の渦に陥れた。不安を煽り、夢を嘲り、平和を踏みにじる狂気に駆られた愚行。忌むべき悪が浄化されたからといって、かんたんに赦されることではない。

 

「息子の……ためにぃ……」

 

 滅びの力は彼女自身の絶望と恐怖によって、地獄と通ずる門を生み出した。解放された闇の力のしもべたちは亡者と化し、かつての主人を影に引きずり込む。それは目を背けたくなるほど、痛ましい光景だった。

 断末魔の叫びとともに、ガンバリーナは闇に返った。独善的な復讐劇の、あっけない終幕。醜悪な化物として迎えた、哀れな最期。息子を想ってやったことだとしても、報いは受けなければならない。

 

 こうして白昼夢から覚めるかのように、跡形もなく闇は去った。

 

 戦士たちの胸に、虚しさだけを残して。

 

 

 

「……やったクク」

 

 蝶の光が世界を照らし、街は輝きをとり戻す。大地に花が咲き、大空に鳥が飛ぶ元通りの日常。それに仇なす脅威の影は、もうどこにもない。

 

「遂にガンバリーナをやっつけたクク!」

 

 戦いの終わり。からっと晴れた青空と、優しいそよ風。眩しい太陽がくれる、温かな陽気。正義が勝利を納めて悪を滅ぼしたというのに、歓喜の声をあげるのはクレープ王女だけだった。

 

「でも、これでよかったのかな……」

 

 五人のプリキュアは変身を解いた。この戦いで夢原のぞみが得たものは、目の前にある。十人の仲間と、それぞれの夢。そして、輝く未来。

 しかし、失ったものは目に見えない。これが本当に彼女たちの望んだ結末だったのか。

 

 子どもたちが憧れるテレビの中のヒーローは、悪者からみんなを救うために戦っている。次から次に現れる敵をかっこよく倒し、パワーアップを繰り返して最後の戦いに臨むのだ。毎週楽しみにしていた番組の、最終回。あとはエンディングを迎えるだけ。なのに、心にぽっかり空いた穴は満たされていない。

 

 ヒーローはなにか、大切なことを忘れている。

 

 

 

「よかないよ」

 

 光があるかぎり、闇は消せない。

 

 恐るべき執念により、ガンバリーナは地獄の底から甦ってきた。より多くの絶望を引き連れて。

 

「夢を捨て、家庭に捧げた人生を……これ以上壊されてたまるかぁ!!」

 

 心まで闇に侵された人ならざる者。半狂乱になって叫びながら、暴虐の限りを尽くそうとしている。制御できず溢れ出すエネルギーに命は削られ、心は蝕まれていく。

 

 咄嗟にみんなはキュアモを構えたが、のぞみだけはその場に立ち尽くし、倒すべき敵をじっと見つめていた。

 この世に生を受けると同時に与えられた幸せになる権利を放棄し、そのことを悔やみ、すべてを諦めるしかなくなった女性。彼女にも、夢はあったのだ。

 

 絶望の世界で聞こえた、悲愴な囁き。その声の主を、のぞみは思い出した。

 

「こんなところで終わるわけには、いかないんだよぉ!! アタシには……、アタシにだって……」

 

 一体どうすれば彼女を助けられるのか、のぞみにはわからない。変身を躊躇っている間にも、暗黒の力がみんなを襲う。プリキュアにならなければ、誰ひとり救うことはできない。のぞみはキュアモを握りしめた。

 その指に、ビーズのキーホルダーがふれる。壊れてばらばらになったはずの、一度は失ったもの。

 

 夢と希望が、プリキュアの力となる。だったら、どんなことでも最後まで諦めてはいけない。なにひとつ犠牲にすることなく、みんなを守りたい。昔の彼女にはできなかったこと。でも、今ならできると信じてみたい。

 

 奇跡が起きることを願って、夢原のぞみは変身をやめた。

 

 彼女に与えられた、プリキュアの使命。キュアドリームとして、そして一人の夢見る乙女として、叶えてあげたい夢がある。

 

「もうやめてくれよ!!」

 

 そんな彼女の願いは、意外な相手に届いたらしい。

 

「どうして、あんたがここに……」

 

 攻撃を放とうとするガンバリーナの手を押さえこみ、抵抗できないよう羽交い絞めにした者があった。絶望の闇に心と体を乗っ取られた怪物の動きを、容易に封じた中年の男性。不摂生がたたったような、うだつが上がらない容姿をしているが、とんでもない力を秘めているらしい。

 

 目の前で展開される二者のシュルレアリスムなやりとりを、のぞみたちは呆然と眺めるしかなかった。

 

「それはこっちのせりふだろ! なにやってんだよ、母さん!!」

「“母さん”!?」

 

 混乱する頭で、各々が知っている事実を穴埋めしていく。全員の知恵を集めても、事態はややこしくなるばかりである。

 

「“母さん”ってことは……ナツ」

「その人がジャアクキングミル!?」

「プリキュアに滅ぼされたんじゃなかったロプ!?」

 

 見当はずれなことを言い出す妖精たちに呆れて、ガンバリーナは思わず訂正する。

 

「そう、この子はその弟ムショクキング。うちの次男坊さ」

 

 もう一人の息子の登場はガンバリーナをなだめるどころか、かえってプリキュアへの憎しみを増幅させる結果となった。彼女に取り憑いた絶望は深く根を生やし、引き抜いてしまえば人格という地盤ごと崩れてしまうだろう。

 

「その手を放しとくれ。あんただって、プリキュアがいなけりゃもっとまともに……」

「母さんは間違ってる!」

 

 息子の腕の中で、ガンバリーナはみっともなく暴れた。この復讐は彼女にとっての意地であり、すべてなのだ。鬱屈した気持ちを晴らす、唯一の手段。惨めに生き残ったところで、死んだと同じ。

 

「母親が息子の無念を晴らすことの、なにが悪いって言うんだい!!」

 

 外見は醜悪な怪物のままであるが、その口調にはすっかり人間らしさがもどっている。強くて偉大な母の声は、悔しさのせいか情けなさのせいか、微かに震えていた。

 

「アタシが何の為に、仕事を辞めて家庭に入ったと思っているんだ! あの子にすべてを託したからだよ! それなのに、あの子まで失っちゃアタシは……」

 

 部屋に入ってくるのにノックをしてくれない無神経さ。口うるさく息子の生活態度を叱り、どかどかと大きな足音は二階まで響く。聞かされるのは小言と愚痴ばかり。ババアと罵ってもバチは当たらない、厚かましくいい加減な母親。

 そんな彼女の泣き言を、ムショクキングは初めて聞いた。か細い腕と、弱々しい背中。いつもはありあわせの手抜き料理ばかりでも、たまに奮発してレストランのシェフ顔負けの美味しいごはんを食べさせてくれたこともあった。喧嘩に負けて泣きながら家に帰ると、優しく抱き止めて本当の強さを教えてくれた。大好きだったお母さんの面影がまだたしかにあったから、彼は無意識のうちに大声で叫んでいた。

 

「がんばるから!!」

 

 その一言で、ガンバリーナは絶望の闇から解放された。全身を覆う影の鎧がはがれ落ち、意外そうな顔がのぞく。苦労の数だけ刻まれた皺、難しそうな表情も相変わらず。しかし、邪悪な気配は消えていた。

 

「俺が、がんばるから……」

 

 年老いた小柄な母から手を放し、ぼさぼさに乱れた髪を見つめながらムショクキングの声はどんどん小さくなっていった。いつから母の容貌は、こんなにも老け込んでしまったのだろう。同じ屋根の下で暮らしていたのに、パソコンの画面ばかり見つめて、扉を振り返ることもしなかった。

 

 力ずくで母の暴走を止めることはできても、説得できるほど強い言葉を彼はもっていない。

 

「がんばるったって、じゃあ何かい? あんたが代わりに、プリキュアを倒すって?」

「そうじゃなくて……嫌なんだ、そういうの。……ずっと嫌だった」

 

 部屋に閉じこもり、問題を避け続けたツケがついに回ってきた。家族とさえ向き合えなかった弱さを、認めるとき。無精髭が生えてお腹が出てきても、この段階を乗り越えなければ彼はいつまでも子どものまま。

 

「本当はもっと他にやりたいこと、あったんだよ……」

 

 男らしくない彼の口ぶりに、ガンバリーナは苛立ちを覚えつつある。息子なら母を手伝い、兄を敬うべきではないのか。がんばるなんてどうせ口だけなのだと、彼女は決めつけていた。

 

「あんたに何ができるっていうんだ? ひきこもりの、無職のくせに……」

 

 親子の間に生じた軋轢。どんな背景があるか知る由もないのぞみたちは、一線引いて事の成り行きを見守っていた。立派な長男と、親に見向きもされなかった次男。彼が勇気を出したのに、ガンバリーナは聞く耳ももたない。

 

「ねぇ、ちょっと……」

 

 見るに見かねて最初にその線を踏み越えたのは、夏木りんだった。種を育てた者の手によって、新たな芽が摘み取られようとしている。そんな悲劇を、見過ごせない。

 

 家族だってお互いのことをなんでも知っているわけではない。秘密もあれば、分かり合えないこともある。ただし、知ろうとする努力は必要だ。話したいことがあるのなら、そのときはちゃんと耳を傾けるべきなのだ。

 

「母親なら、聞いてあげて。……その人の夢」

 

 このときガンバリーナが敵の注意を素直に聞き入れる気になったのは、りんの表情があまりにも柔らかく、温かい優しさに溢れていたからだ。

 頭に血がのぼって怒鳴り散らした手前、引っ込みがつかなくなった彼女は目で話の続きを促す。

 

「俺は、ずっと兄さんにかなわなかったから……わかるんだ。弱い立場にいる人の気持ちが……」

 

 少年時代にみつけた夢をおっさんとよばれる年齢になってようやく、母親に話すことができる。照れくささのためかとつとつとした口調で、ムショクキングは語りはじめた。

 

「だから……俺はこの力を、世界を滅ぼすためじゃない……誰かを助けるために使いたい。人の役に立てたいんだ……プリキュアのように」

 

 息子の告白に、ガンバリーナは苦々しく眉根を寄せた。働かないで部屋にこもったのは、彼なりの反抗だったのかもしれない。出来の悪い親不孝な子だとばかり思っていたのに、自分がだめな親だったのだと気づかされた。

 

「どうして、もっと早くに言わなかったんだい」

「言えなかった」

 

 親子はそれぞれ、自分を責めていた。その苦しみを和らげることはできないけれど、痛みを分け合うことができたら、きっと傷は癒える。春日野うららの踏み出す一歩は、心の薬となるだろう。

 

「その気持ち、わかります」

 

 彼女はシロップに微笑んで、仲間に視線を移した。いつまでも一緒にずっと仲良く……無邪気な子どものささやかな願い。いずれ大人になれば、友情の在り方も変わる。いざというとき傍にいてくれたら、それでよかったのだ。求めれば応えてくれる最高の仲間たち。二度とみんなを疑ったりしない。

 

「たった一言なのにどうしても口にできなくて、ずっと一人で悩んでた……」

 

 カメラに向ける笑顔とはちがう。みんなといると、うららは自然と笑っている。オーディションに落ちた原因は、髪の色なんかじゃなかった。信じる心を、なくしていたからだ。

 

「今は勇気を出してよかったと思っています。みんながわたしを、笑顔で迎えてくれたから」

 

 さっきまで死闘をくり広げていた敵同士だとしても、家内安全は世界の願い。友達と過ごす楽しい時間、恋人との特別なひととき。幸せのかたちは無数にあるが、家族が仲良く暮らせる日常こそ、安らぎという表現にふさわしい。

 

「私も、自分の夢に自信がもてなかった」

 

 父と姉はしばらく口をきいていないが、時機がくればきっと認め合えることを秋元こまちは知っている。子どもの夢を応援しない親なんていない。姉妹だって、友達だってそう。間違いを犯せば正し、正しい行いをすれば誇りに思う。人と人がつながり、愛が生まれる。

 

「背中を押してくれる誰かが必要だったの。そして、私にはいつでも味方になってくれる家族と、友達がいる」

 

 一人で戦った昨日は、怪物に手も足もでなかった。今日の敵はもっと手強かったはずなのに、みんなで力を合わせたら倒すことができた。そのくらい、仲間の存在は大きい。

 

 観念したように、ガンバリーナはうなだれる。目的も手段も間違えていた。足下に転がっていた幸福を拾おうともせず、石ころのように蹴とばしたのだ。それが息子の夢だということも知らずに。

 

「……ばかだね、なにもかも手遅れだよ。今さら……」

 

「やり直せるわ」

 

 水無月かれんの言葉にためらいはなく、確信だけがあった。自分の夢の為に、ナッツハウスを去った十年前のあの日。決して振り返らないと決めた。みんなの気配がなくなってようやく間違いに気づき、諦めと後悔を伴って後ろを顧みたとき、みんなは変わらずそこにいた。

 

 許しを得るには、ただ思い出すだけでよかったのだ。

 

「大切な人がそばにいてくれたら。どんなことでも、きっと……」

 

 息子を滅ぼした、憎むべき敵。プリキュアの言葉に嘘偽りはなく、心の底からそんな理想を信じている。哀れな親子に対する憐れみや励ましとはちがい、自分自身に言い聞かせているようだった。

 

 愛や勇気で救われる運命なら、どんなに楽だろうか。ガンバリーナは底のない沼に沈み、脱出できないと悟っていた。プリキュアの差しのべた手をとれば、彼女たちまで引きずり込んでしまう。

 

「あんたらと一緒にしないでおくれ。アタシたちは闇の世界の住人だ」

 

 戦わずとも両者を隔てる堅固な壁。プリキュアが見ようとしない、努力の行き止まり。ムショクキングの善行はすべて、悪行と歪曲される。正義の力が脅威となる。息子がヒーローになれば、世界は敵に回るだろう。

 

「生き方だけは変えられない。魚が空を飛ぶもんか」

 

 光を遮る灰色の空、地獄の業火に焼かれた不毛な大地。奈落に生まれ、奈落で果てる。それが彼女たちの適応した環境。優しさに包まれて、愛を恵まれたプリキュアには理解できるはずのない葛藤。

 

 嘆きの声に共鳴したのは、花畑の蝶ではない。子どもに敬遠されながらも、せっせと蜜を運ぶ蜂。

 

「たしかに、我々は怪人として生まれた」

 

 少年時代に憧れていたもの、青年になって志した仕事。純粋さの喪失こそが、ブンビーに課せられた報いだった。ナイトメアに入社した志望動機なんて、とっくに忘れた。充実した福利厚生、他社より多い賃金、将来性……そんなものに目がくらんだ末の、悪夢。

 あの会社で出世しても、その手につかめたのは金と幹部のバッチだけ。人としての尊厳は、手放さなければならなかった。

 

「しかし……悪人として生まれたわけではない」

 

 伝説の戦士プリキュアに変身した、五人の女の子。残業代も褒賞金も出ないのに、悪の組織と戦い続けていた。敵ながら感心せざるをえない、本物のヒーロー。

 罪を認めるには、勇気が必要だった。それは、中年から新しい人生を始めるための安すぎる代償。彼は喜んで支払った。汗水たらして稼いだもので。

 

「他にも道はあったはずなんだ」

 

 くたびれた哀愁、口元や額の皺、シワだらけのスーツ。彼の歩んできた道のりを想像する材料は、充分にあった。

 

 皮肉めいた笑みを浮かべて、ガンバリーナは元同業者に小さく頷く。無言の境に、労わりの心が伝わった。

 

「ムショクキング。先に帰って、風呂掃除でもやっといてちょうだい」

「母さんは……帰らないのかよ」

 

 手をつないで一緒に家路についた大昔の場面が脳裏によみがえり、束の間の感傷に浸る。成長した息子に、親の情けない姿はみせられない。

 

「やったことの責任はとらないとね」

 

 母親らしく穏やかに、彼女は微笑んだ。子どもが立派に育ってくれたのだから、未練はない。

 

「さぁ、プリキュア。煮るなり焼くなり好きにしとくれ。アタシゃどうしたらいいんだい?」

 

 邪悪な憎しみは、どこにもない。だから、夢原のぞみが条件を提示したとき、みんなそろって驚いた。

 

「じゃあ、一つだけ」

 

 ややあって、安心したような吐息が仲間たちから漏れる。そういえば、のぞみはいつもこんな調子だった。相手が誰だろうと、屈託のない笑顔で恥ずかしげもなくこんなことを言う。

 

「夢を信じて」

 

 ガンバリーナも呆れて笑った。失笑とはちがう、気が緩んだ拍子の自然な笑い。

 

「つくづく、おかしな娘だよ」

 

 無謀な夢に挑もうとする息子を叱咤激励し、ときに慰め、支えてあげる。母親として果たすべきは、復讐ではなかった。

 生きているかぎり、幸せをあきらめない。息子の背中を見送る毎日が、彼女の贖罪となる。

 

「あのとき、言ってくれたでしょ。やりたいことがあるなら、自分が納得できるまで諦めちゃだめだって」

 

 出会ったばかりの若人にそんな説教じみたせりふを言ったのは、彼女だって本当は夢を信じていたかったからなのかもしれない。

 

「わたし、学校の先生になりたい!」

 

 その笑顔を見て、ガンバリーナは認めた。希望のプリキュア、キュアドリーム。夢原のぞみにはその名に恥じない、大きな夢がある。

 

「勉強の楽しさと、仲間の大切さ。みんながたくさんのことを、わたしに教えてくれたの。だから、わたしもいつか誰かの力になりたい」

 

 人とふれあい、考え方や感じ方の多様性を知り、心を育む。のぞみが手伝ってあげたなら、小さな芽は太陽を目指してまっすぐに伸びるだろう。

 ただ、学校は勉強を教える場所でもある。その一点にのみ、二人の子を育てた親としてガンバリーナは不安を覚えた。

 

「見込みはあんのかい。見かけより大変な仕事だよ」

 

 社会人としての経験もない、自分の子どもより年下の娘。夢をもつのは勝手だけど、人生という荒波に揉まれてもその手に握りしめ続けるのは難しい。何ものをも受け入れる真っ白な心ほど、黒く染まりやすい事実を彼女はよく知っていた。

 しかし、のぞみの笑顔には無垢な優しさだけでなく、寛大さと強さも備わっていた。彼女だって、もう子どもではない。現実という悪意のない敵と戦いながら、共存する決意を固めている。

 

「大丈夫。なんとかなるなる」

 

 のぞみは両手を広げて、この場にいる全員を示した。プリキュアの仲間、妖精とブンビー。闇の世界からやってきた不器用な親子。

 

「だって、こんなに難しい問題もみんなで解決できたじゃない」

 

 ガンバリーナが振るべきは降服の白旗か、夢追い人への応援旗か。長すぎる人生で彼女はようやく、いい先生に出会えることができた。

 

「あんたにゃ負けたよ」

 

 人違いから生じた、ちぐはぐな諍い。お互い泥まみれになったけど、それぞれの夢を確かめられた。これまでにない、潔い撤退。ガンバリーナの心は、感謝の気持ちで満たされている。

 

「まぁ……アタシが言うまでもないんだろうけど」

 

 ムショクキングの丸まった背中を叩き、恩人たちに微笑みかける。ちょっと不慣れで彼女らしくもある、皮肉めいた捨て台詞。

 

「せいぜい、がんばりな」

 

 こうして親子は我が家に帰っていった。暗く冷たい世界に明りが灯り、暖炉に薪がくべられる。

 夕食の席で交わされた言葉も、明日は怒鳴り声に変わるだろう。それも彼女たちにとっては、あるべき日常のワンシーン。

 

 親子喧嘩が家族の証。

 

 

 

 春の風が薫る頃、街はいつもの慌ただしさをとり戻そうとしていた。

 

 扉の開く音、電車の到着を告げる駅員のアナウンス、遠くで響くサイレン、学校のチャイム。新聞を広げるサラリーマンのため息、革靴の軋み、気持ちを入れ替えるための深呼吸。自動車のブレーキ、お母さんが下校中の子どもを見つけ名前を呼ぶ。驚きのあとで弾む笑い声と、助手席のドアの閉まる音。

 

 なにひとつ失われることのなかった、在るべきままの世界。

 

「のぞみ」

 

 彼女の足下に並んで立っていたココが、ガンバリーナたちの消えた空間を見つめながら言った。

 

「これでよかったココ」

 

 同じ地点に視線をやっても、見えているものは微妙にちがう。だけど、今は隣にいる。それでいいのだと、のぞみは思えた。

 

「うん。ありがとう、ココ」

 

 時計塔が鐘を鳴らし、別れのときを告げる。秒針が時を刻み続けるように、彼女たちにもやるべき仕事がある。自分の体調や身内の集まりより優先されてしまう、不条理のような日々の務め。

 

 楽しいことも大変なことも、終わってしまえばあっという間。変身を解いてプリキュアでなくなってしまえば、現実の暮らしに帰らなければならない。

 

「えっと……みんな、これからどうする?」

 

 生き甲斐であり、悩みの種でもある生活の糧。そのために彼女たちは、欲しいものを我慢し、疲労のとれない体で毎朝眠気と戦って、家族や友達と過ごす時間を犠牲にすることを強いられる。

 せっかく十年ぶりに集まったのだから、せめてあと一時間だけでもみんなと一緒にいたい。その願いが叶わないことを知りながら、のぞみは遠まわしにみんなの予定を尋ねた。

 

「あたしはお店にもどらないと。ちょっとトラブルがあったみたい」

「とりあえず、鷲雄さんと高尾さんに連絡を……」

 

 携帯電話に保存されたメッセージを確認して、りんとうららはすでに仕事の心配をはじめている。あまりにもそっけない二人の返事に、のぞみはがっくりと肩を落とす。

 

「そっか、そうだようね……」

 

 大人になって――ひょっとすると学生の頃から、一か月先までスケジュールは埋め尽くされていた。二十四時間のうち半分は、ただ何となく勝手に過ぎる。再会の感動も、次の予定に流されてしまう。

 

 しかし、視線を落とした先でココが含みのある笑みを浮かべているのにのぞみは気付いた。妙に思って顔を上げると、みんなは微笑んで彼女の瞳を見つめている。その一言を、待ちわびるように。

 

「のぞみ、せっかくみんながそろっているのよ」

「私たちに聞いておきたいことがあるんじゃない?」

 

 かれんとこまちに促されて、みんなが期待している言葉をのぞみは理解した。曇っていた顔は自然にぱあっと明るくなる。このとき彼女の胸に溢れた喜びは、すべて仲間たちに還元された。

 

 今日がだめなら明日がある。明日もだめなら、明後日がある。いつかかならず、また会える。

 

 それが夢原のぞみの願いなら、みんなは叶えてくれるだろう。

 

「みんな! 同窓会にきてくれる!?」

 

 声を合わせて元気に応える、プリキュア5の合言葉。

 

「Yes!!」

 

 約束という笑顔が咲いて、蝶はきらきらと舞っていた。

 

 

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