プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~ 作:おじ
見渡す限り真っ赤に染まった薔薇の花園の中に、のぞみは白くて小さな背中を見つけた。
「おーい、ミルクー!」
「ミル?」
振り返ったミルクはのぞみの姿を認めると、持っていたじょうろを手放して彼女の胸の中に飛びこんだ。
「のぞみ! 久しぶりミル!」
「元気そうだね、ミルク」
しばらく会わないうちにずいぶんと素直になったものだとのぞみが驚いていると、我に返ったミルクは慌てて彼女の腕から飛び降りて、そっぽを向いてしまう。
「どうしてずっと顔を見せなかったミル?」
「ごめん、卒業の論文や試験勉強で忙しくて……。結局ダメだったけど」
「はぁ~!? また留年したミル!?」
いつもの調子を取り戻したミルクは、わざと嫌味っぽく言った。
留年した自分が悪いのだと分かっていても、そんな言い方をされて黙っていられるほどのぞみも大人ではない。
「何よー!? わたしだって頑張ったんだからー」
「やっぱりのぞみに先生は無理ミル」
昔と変わらない言い争いを繰り広げているうちに、のぞみは憎まれ口を叩くミルクすら愛おしく思えるほどの感傷に浸っていた。
二十三年間の人生の中で何度も経験してきた。別れはいつだって寂しくて、出会いはいつだって楽しい。
そして、再会はやっぱり嬉しかった。
「二人とも、相変わらずだな」
不意に聞こえた男の声に、のぞみは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「よっ」
「……シロップ」
聞き間違えるはずがないのに、口調で気づけないわけがないのに、どうして一瞬でも彼の姿を捜してしまったのだろう。
失望を表情に出さないように、のぞみは笑顔を取り繕った。
「元気だった? 背伸びたねー」
自分の頭の上に手を置いて身長を比べようとするのぞみから逃げて、シロップはやや気恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
「しばらく会ってなかったからな」
「そうだねー。シロップとは何年ぶりくらいになるかな?」
人間体であるシロップに対抗してのことか、ミルクも美々野くるみの姿に変身して彼に詰め寄った。妖精の姿では見受けられなかった容姿の変化も、くるみには顕れている。
「もう、どこに行ってたのよ!? いつも勝手にいなくなるのやめてよね」
「ちょっとココ達に呼ばれてたんだよ」
「ココ様に……?」
その名前を耳にして、波が砂浜に打ち寄せるようにのぞみの胸には数々の思い出がとめどなく溢れかえってきたが、今はそれを抑える理性が必要だった。
上手く事が運べば、近いうちに彼との再会を果たすことができるのだから。
「そうだ! 今度、みんなで同窓会を開こうと思ってるんだけど、二人は大丈夫?」
「同窓会……? それって、かれんやりん達と?」
他に人間の知り合いはいなかったが、念のためくるみは尋ねた。
「うん。だから、くるみにはココ達に都合のいい日を聞いてきてほしいの」
無邪気に話すのぞみとは対照的に、くるみは右手の人差し指を口元に添えて、考えるような動作をした。
「知ってると思うけど、エターナルとの戦いの後で王国は完全に復興して、ココ様とナッツ様はもうパルミエ王国の正式な国王なの。昔みたいにはいかないわ」
「ま、おれが手を貸せば王宮なんて簡単に抜け出せるけどな」
「ちょっと、シロップ!!」
くるみに咎められて悪戯っぽい笑みでごまかしたシロップは、腕を頭の後ろで組み何でもないような素振りをする。
「みんなってことは、あいつも来るのか?」
「うらら? もちろん、うららにも声かけてるよ。みんなで集まらないと意味ないもん」
「……ふーん」
わざと興味のないふりをするシロップを見て、本当は彼もみんなで集まることを楽しみにしているのだとくるみは察した。
彼女だって、ずっと同じ気持ちだったのだ。
「一応、お二人に聞いてはみるけど、あまり期待しないでね。また近いうちに、ここで会いましょう」
「うん、ありがとう! じゃあ、よろしくね」
のぞみが帰ると、辺りが一変して静寂に包まれたような気がした。
落としてしまったじょうろを拾って水やりを再開すると、心なしか薔薇も元気をなくしたようだった。
一面に咲いている花々を眺めながら、シロップは尋ねた。
「お前、今でものぞみと会ったりしてたのか?」
「ええ、ここ数か月は忙しかったみたいだけど、たまにこうしてキュアローズガーデンに足を運んでくれるの」
「……他のみんなは」
くるみは腰を落として薔薇に顔を近づけ、シロップに表情を見られないように微笑んだ。
それは、時間の経過がいかに残酷なものか皮肉に思った笑みだった。
「のぞみだけよ」
鼻からすうっと息を吸い込んで、シロップは空を見上げた。
十年前の楽しかったころに、思いを馳せて。
ココとナッツは顔を見合わせて、互いに相手が困った表情を浮かべていることに苦笑いした。
「ココ様、ナッツ様、どうか考えてみてはくれませんかパパ」
「そうは言われても、すぐには返事を出せないココ」
上級お世話役として長年パルミエ王国の国王に仕えてきたパパイヤは二人の前に跪き、腰が曲がって小さくなっていた体がますます小さく哀れに見える。
「お節介は承知しておりますパパ。しかし、お二人が王位を継承して幾年か経ち、そろそろいい頃合いではないかと……」
「結婚なんて、いくらなんでも急すぎるナツ」
「今すぐにというわけではないですパパ。今日のところはお食事をご一緒していただくだけで、結構パパ」
幼少期から自分たちの世話を焼いてくれたパパイヤの頼みを邪険にすることはできず、二人はどうすればこの場を凌ぐことができるか画策していた。
「クレープ王女はこの話を承知で招待を受けたココ?」
「もちろんパパ。クレープ王女にお越しいただけたということは、向こうはまんざらでもないということパパ」
「そもそも、異国間の王同士の結婚なんて認められないナツ。国がめちゃめちゃになるナツ」
久しぶりにクレープとの会食を持ちかけられて二つ返事で承諾した二人は、まんまとパパイヤの策略にはめられたことに腹を立て、また、彼との口論により三時のおやつが先延ばしになっていることも我慢ならなかった。
「知ってのとおり、今のパルミエでは不作により食糧が不足しているパパ。お二人のどちらかがクレープ王女とご結婚されたら、クレープ王国より食糧支援が受けられるパパ」
「そんなことをしたら、パルミエ王国の農業は廃れるばかりココ」
一度ナイトメアに滅ぼされた影響で土地の環境が悪くなったのか、復興後のパルミエ王国では食物が育ちにくくなり、数年前から不作続きとなっていた。
打開策を見出せないまま政権が交代してお世話役を退いた後も責任を感じていたパパイヤは、国の将来を案じた結果、クレープとの縁談をもってきたのだった。
「とにかく、これ以上お待たせするのは失礼パパ。とりあえずクレープ王女を出迎えるパパ」
間接の痛みに耐えながら、パパイヤはゆっくりと立ち上がる。
反対側から扉が開いてミルクが部屋の中に入ってきたのは、彼が扉の前に差し掛かったときだった。
「ココ様、ナッツ様! 同窓会のお知らせミル!」
国王に対してあまりにも馴れ馴れしい口のきき方に、元上司としてパパイヤは叱責する。
「ミルク! いきなり押しかけてきて、何を言い出すパパ!」
「ミルクはお二人のお世話役ミル。これは、あくまで職務に関するお話ミル」
準お世話役から晴れてお世話役に昇格したミルクは、反省する態度など微塵もみせず堂々とした。
「同窓会ナツ……?」
「はいミル! のぞみにお二人の都合を聞いてきてほしいと頼まれたミル」
「のぞみ……」
ココの表情に顕れた微細な変化を、ナッツは横目で観察していた。ココのことでナッツの知らないことはない。その表情の真意をナッツは見抜き、自分と重ね合わせる。
「今はクレープ王女の招致でそんな暇はないパパ。それに、国王が二人とも国を離れては国民が不安がるパパ」
「たしかにその通りナツ。ナッツ達も参加したいけど、時期が悪かったナツ」
「すまないココ。しばらく忙しくて時間がとれないと、のぞみに伝えてくれるココ?」
「ミル……」
残念そうなミルクを見かねたのか、扉の外で待機していたシロップも部屋に入ってきた。
「プリキュアはパルミエ王国の恩人じゃなかったロプ? 国を代表してプリキュアの誘いを受けるのも、国王の仕事ロプ」
「シロップ。これはお前が口をはさんでいい話じゃないパパ」
クレープとの食事と、のぞみたちとの同窓会。ココは自分の心がどちらに傾いているか分かっていながら、国王として感情を表に出さないよう努めた。
「落ち着くココ。シロップはクレープ王女を迎えに行くという急な仕事を頼まれてくれたばかりココ」
「そのクレープ王女がお待ちしておりますパパ。まずは王女との挨拶を済ませるパパ」
独断で国王同士の会食を手配したパパイヤは、思ったとおりに事が運ばないことに焦り、懇願するように言った。
そんな彼の胸中など気にかけず、シロップは嬉しそうに提案する。
「そうロプ! クレープ王女も同窓会に来てもらうロプ」
「そんなことができるわけないパパ」
「クレープ王女だってプリキュアには助けてもらった恩があるロプ。おもてなしの一環として王女も連れていけば、ココとナッツも来れるロプ」
それを聞いて、落ち込んでいたミルクの表情がぱぁっと明るくなる。
「いい考えミル! ココ様、ナッツ様、いかがミル?」
腕を組んでしばらく唸った二人は、やがて申し訳なさそうな視線をパパイヤに送った。その意味を読み違えず受け取ったパパイヤは、がっかりと肩を落とす。
「シロップ」
ココに呼ばれて、シロップは首を傾げる。
「ロプ?」
「クレープ王女を迎えに行ってもらったばかりで疲れているところすまないココ。少し休んだら、人間界まで乗せてもらえるココ?」
「もちろんロプ!」
はしゃいで喜びを分かち合うシロップとミルクを王座から見守りながら、ココとナッツも顔を見合わせて微笑んだ。