プリキュアオールドスターズ ~プリキュア5の同窓会~ 作:おじ
「あ、いらっしゃいませー」
店の前に二つの人影が差し、夏木りんは花の手入れを中断して顔を上げた。
「りん……よね?」
まだ夕方だというのに酔っぱらっているのか、力なく寄りかかっている女性を支えながら息を切らしている彼女の顔は、一瞬にしてりんの記憶から蘇った。
「もしかして……くるみ!?」
中学卒業以降の女子の容姿の変化は文明開化のそれに等しいが、りんは大人びたくるみの姿に驚いたのではない。
異世界の妖精である彼女がこちらの世界に来ていることと、彼女が連れている人物に見当をつけたからだ。
「挨拶は後にして! 空いてる部屋、使わせてもらっていい!?」
「う、うん……。え? こまちさん、どうしたの!?」
「話も後!」
わけもわからず、くるみの強い押しに負けて、りんはとりあえず自分の部屋に二人を招いた。
ベッドにこまちを寝かせて頭の中を整理すると、ようやくただ事ではないと気づく。突然、数年ぶりに現れた奇妙な組み合わせの二人。慌てている様子のくるみと、気を失っているこまち。
まさかちょっと会わなかった間に、こまちが酒飲みのだめ人間になったなんてことはないだろう。
「何があったの?」
「……分からないわ。でも、また何かが起ころうとしてる」
落ち着いているように見えて、必死に動揺を抑えているのがりんには分かった。
再会の感傷に浸ることもできず、りんは眠っているこまちと微かに震えているくるみを交互に気付かった。彼女は質問を諦めて、くるみが自然に口を開くのを待つ。
「こまちは気を失ってるだけ。しばらくすれば、目を覚ますと思うわ」
「ねぇ、くるみ……」
「急に押しかけてごめんなさい。事情が事情だから、病院に行っても面倒なことになると思ったの」
その事情が何であるか、実のところ二人が現れてすぐにりんは察していた。ただ、その予想が裏切られることを期待していたから、自分からは何も言わなかったのだ。
それを口にしてしまえば、現実になってしまうような気がしたから。
「ナイトメアでも、エターナルでもない。また新しい敵が現れたのよ」
「それで、こまちさんが……」
十年前の経験がどれほど異常なものだったか、平和な生活に慣れてようやく気付くことができた。
彼女たちの日常で敵なんて言葉は、映画以外で耳にすることなんて滅多にないはずなのに。
「街に怪物が現れて、こまちはプリキュアに変身して戦ったの。でも、勝てなかったわ」
「まだ、プリキュアに……」
ナイトメアとの戦いが終わったとき、一時的に彼女たちはプリキュアの力を失った。しかし、エターナルとの戦いで蘇った力は、今もキュアモとして彼女たちの手元にある。
それは今となっては必要のない力だった。少なくとも、今日までは。
「りんもまだキュアモ持ってるわよね?」
「あるにはあるけど……」
万が一の時に備えて、どこかに仕舞っておいたはずだ。いつか必要になるときがくるかもしれないと思ったまま、十年が過ぎた。
新たな敵との戦いを決意するには、あまりにも時間が経ち過ぎた。
「他のみんなは? みんなもこのこと知ってるわけ?」
くるみは首を横に振った。
「私たち、同窓会に誘われてさっき着いたばかりなの。みんなのことは分からないわ」
「同窓会って……、気が早すぎるでしょ。計画だってこれから立てるところだったんだよ?」
正座している膝の上で、くるみは拳を握る。
「別にいいじゃない。私は少しでも早くみんなに会いたかったの」
どんなに仲が良くても、いずれ進路が別れてしまうのはこの世界の常識。別れの度に悲しくはなるが、仕方のないことだと諦めるしかない。
だから、こまちとかれんが中学を卒業したときも、自分たちが卒業したときも、服飾の専門学校に進学を決めたときも、りんはそれぞれの別れを受け止めてきた。
自分の気持ちを抑えるのに一生懸命で、残された者の気持ちまで考える余裕はなかった。
「りん、こまちをお願い」
彼女が何も言えずにいると、くるみは立ち上がって表情を引き締めた。
「ちょっと、どこに行くのよ?」
「ココ様とナッツ様を捜しに行くの。シロップにクレープ王女も心配だわ」
反射的にりんはくるみを引きとめようとしたが、理性が彼女を制止させた。
一緒に探しに行って、自分が敵と遭遇したら?
プリキュアに変身して戦う? キュアモをどこに仕舞ったか覚えてもいないのに?
こまちの呻き声を聞いて、りんは自分の役割を理解した。十年前とは、何もかも違っているのだ。
「……分かった。気をつけるんだよ」
「私なら大丈夫よ」
くるみが出ていくのを見送って、りんは大きなため息を吐いた。
この歳になると、あまり無茶もできないのだと自分に言い聞かせて、無理やり納得させるしかなかった。
「一体、何があったの……」
ナッツハウスからの帰り道、やけに閑散とした通りを歩いていたかれんはひびの入った壁を見つけた。
あまりにも不自然なそのひびは、まるで何か強大なエネルギーがその中心に加えられたようだと素人でも想定できる。車がぶつかったのとは明らかに違う。
ありえないことだが、とてつもない怪力の持ち主が壁を殴ったとしたら、このくらいのひびができるかもしれない。それとも、人間がすごい勢いで叩きつけられたなら……。
何となく嫌な感じがして、かれんは急いでその場を後にしようと早足になった。
すると、誰かが後ろから彼女の肩を叩いた。
「かれん!?」
悲鳴をあげて、恐る恐る振り返ったかれんは痴漢かと思った相手を見て声が出ないほど驚いた。
「やっぱり、かれんだ」
「……ココ?」
人間の姿に変身したココは、時間の経過を感じさせない若々しい容姿のままだった。そもそも本当の姿ではないのだから年齢は反映されないのか、自由に好きな姿に変身できるのかもしれない。
しかし、そんなことはどうでもよかった。今は彼の容姿よりも、どうして彼がここにいるのか知ることが何より優先されるべき問題である。
「どうして……」
壁のひびを見つけたココは、かれんの問いなど耳に入らなかったようだ。
「これは……かれん! ここで何があったんだ!?」
「わ、分からないわ。私も今、来たばかりだから」
「さっき、嫌な気配を感じたんだ。邪悪なものがこの街に入り込んでいるかもしれない」
「え、どういうこと……」
邪悪なものなど、やたらといるものではない。かれんにとって、医学部に入学して卒業するまでの努力と比べたら、世の中のほとんどの出来事は楽観的に捉えることができる。
普通の人間にとって、起こり得る程度の出来事であれば。
「気をつけるクク。何かこっちに向かってきてるクク!」
ココのかばんから顔を出したクレープが注意を喚起した途端、突風が吹いた。
妖精の特殊な能力がなくても分かる。明らかにこの世のものではない、光の対極にあるような禍々しいエネルギーの塊。
気分が悪くなり、目を背けたくなるほど邪悪なそれは、徐々に人の姿を形成した。
「さて、あんたがプリキュアだね」
一見するとどこにでもいる中年の女性のようだが、かれんは禍々しい迫力を感じていた。
「あなたは一体、何者なの?」
「……ジャアクキング」
女性ははっきりとした口調でそう言うと、にやりと笑った。
「この名に覚えがあるだろう?」
「……いいえ、知らないわ」
「嘘をお言い!!」
落ち着いていて話が通じそうな第一印象は、子どもを食べる魔女のような恐ろしい表情によって崩壊した。
「プリキュアなんだろう? まさか、忘れたなんて言わせないよ」
「待て! 何の話だ!」
「邪魔者はお黙り!」
彼女が腕を一振りしたことによって起きた強風に煽られ、ココは壁に激突した。衝撃によって変身が解け、妖精の姿に戻る。
「あら、あんたがプリキュアの妖精だったかい」
「何をするの!?」
女性の掌に黒々としたエネルギーが集まり、光線となってココを襲う。
「あんたがいなくなれば、その子はプリキュアに変身できないんだろう?」
かれんには彼女の攻撃を防ぐどころか反応すらできずに、ココに光線が迫るのをただ見ているだけだった。
反射的に目を瞑り、恐る恐る瞼を開くと、ココの前に立ち塞がったクレープがバリアを展開して光線を防いでいた。
「もう一匹いたかい」
「ココリンを傷つけたら許さないクク!」
バリアを突破することはできず、女性はひとまず攻撃をやめた。余裕のある笑みを見せたことから、今の攻撃が彼女の全力でないことは想像がつく。
「どうしてこんなことをするの!?」
かれんの問いに対する彼女の返事は、ありきたりであり、それでいてかれんにとっては予想もできないものだった。
「復讐だよ」
「復讐……ココ?」
「そうさ。プリキュアに滅ぼされた、アタシの息子のね」
かれんの脳裏に、十年前の戦いの記憶が走馬灯のように蘇った。
ナイトメアにエターナル。彼女たちが倒した敵は、最後には消滅してしまった。心当たりはいくらでもある。
「アタシの名前はガンバリーナ。闇の支配者ジャアクキングの母親さ」
しかし彼女が口にした名前は、かれんの知らない名前だった。十年前のことで、敵の名前を正確に記憶している自信はなかったが、少なくともジャアクキングといった敵がいなかったのは間違いない。
「何か勘違いをしているんじゃない? 私たちは……」
「とぼけても無駄だよ!」
今度はかれんに攻撃が向けられた。今の彼女は生身の人間であり、プリキュアに変身することもできない。自動車に轢かれる寸前の猫のように、体が麻痺してしまい動けなかった。
「ロプー!」
次の瞬間、かれんは風を感じた。あっさり死んでしまって天国に昇ろうとしているのかしらという馬鹿げた考えは、寒さによってかき消される。
「かれん、大丈夫ロプ?」
「シロップ!」
巨大な鳥となったシロップの背中の荷台で、彼女は身をすくめていた。ちゃんとココとクレープもいる。
「あいつは何者ロプ?」
さすがに空までは追いかけてこられないようで、ガンバリーナから逃げきれたと確信してもかれんの動悸は激しいままだった。
「分からないわ……」
助けてくれたシロップにお礼を言うことも、ココとクレープの無事を確認することも忘れて、かれんは無力な自分の手を見つめた。