『旧題』 バイオハザード~インクリボンがゴミと化した世界~   作:エネボル

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01 『手記』 9月22日~25日

 ジョー・ナガトの手記 その1

 

 

 9月22日 午前

 

 最近、どうやら街では風邪が流行っているらしい。

 実際昨日、クラスメイトの内、5人もの人間が欠席をしていた。

 

 ――――そして、ならばこそ今朝の具合の悪さも別に俺の気の所為ではない筈……と、本日は俺も学校を休む事にした。

 

 しかし風邪だと大げさには言ったが、実態には少し気怠いがその程度で、『サボりの口実に使っただろう?』と指摘されたら、正直上手い言い訳が思いつかないレベルの不調でしかないのだが、まぁ偶にはこういう日があっても良いだろう。

 

 まったく、二度寝は素晴らしい文化だぜ。

 

 

 

 9月23日 午前

 

 本日の≪ラクーンタイムス≫のコラムは、『近年アメリカで多発する多数の猟奇的な“事件について』という題が付いていた。

 過去にアメリカで発生した猟奇殺人事件の凄惨な概要や、それらに対するFBI捜査官や犯罪心理学者のコメントが掲載されており、中々面白い内容だった。

 

 実際の所、今年の7月にこのラクーンシティの郊外にあるアークレイ山地でも、奇怪な殺人事件が発生している。調査の為に同市の警察特殊部隊が複数投入されるも、未だにその犯人は挙がっていない凄惨な事件だ。

 

 その事もあって、本日のコラムは中々に強く印象に残った。

 特に印象深かったのが、自称有識者による≪アークレイ山地猟奇事件≫についてのコメントだ。

 

『――凄惨な事件を娯楽として消費する悪乗りした市民達の態度は、即刻改めなくてはならない』

 

 確かに例の事件に端を発して、街には≪アークレイの食人鬼≫というゴシップが生まれている。

 それはその通りだし、改めた方が良いとはもっともな意見だ。

 だが、俺の記憶が正しければ、≪アークレイの食人鬼≫という悪乗りした噂を立てて人々を煽ったのは、まさに本日のコラムを書いた奴だ。

 その辺りについてはどういう了見をお持ちなのか? という感想が、読後に強く残った。

 

 

 

 話は変わるが、先程からアパートの階下に住む婆様がヒステリックな声を上げている。

 また例の“巨大ドブネズミ”でも発見したんだろうか?

 ホント、朝から騒がしい……。

 街を巡回するパトカーの数も心なしか多い気がするしな。

 

 

 

 

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 追記 午後

 

 親父と学校からの連絡があった。

 親父の方は『忙しいのでしばらく帰れない』という知らせで、学校の方は『欠席者多数の為、明日からしばらく学校閉鎖する』という内容だ。

 またその二つの知らせを裏付ける様に、先程からラクーン市内全域に向けてなにやら『暴徒』に対する警報が流れている。

 緊急車両の音もまるで途切れる様子もないし、なにかヤバい事が起きたっぽい。

 

 

 

 9月24日 夕方

 

 親父の仕事は警察官で、その仕事柄、帰りが日を跨ぐ事もそう珍しくはない。

 そして母親の方は俺が幼い頃に既に死んでいる。

 つまり俺は物心つく前から、独りで夜を過ごす事に慣れる必要があったというわけだ。

 とはいえ独りで夜を過ごす事に慣れるまでには、相応の時間が掛った。毎晩の様に限界まで起きて『健気に親父の帰りを待つ――』なんて馬鹿も、よくやっていた覚えがある。

 まったく懐かしい話だ……。

 ――――そして現状を俯瞰してみると、まさにそんな子供時代に戻ったみたいだった。

 まったく情けなくて涙が出てくるぜ……。それもこれも街の様子がおかしく(・・・・)なった所為(せい)だ。

 

 今日は朝から警察や消防の特殊車両が街を走り回り、市内全域には繰り返し例の『暴徒』に対する警報が流れていた。

 まるで昨日までとは様子が違うと、俺も朝から不気味に思った。その時はそれだけ――。

 その後、友達のロバート・ケンドが構える『ケンドの銃砲店』に足を運んだ時に、俺はそこで今の『不穏』を確信する悍ましい光景を見た。

 

 こんな風に綴ると店長に申し訳ないが、『ケンドの銃砲店』には珍しく“活気”があった。

 あの店の客層が狭いのは周知の事実で、俺を含む訪れる客の殆どが『常連』といっても過言ではない。

 しかし今日はそんな『ケンドの銃砲店』にまったくの素人達が客として訪れ、「とにかく護身用の武器を売ってくれ――』と、緊張した様子で銃器を買い求める光景があった。

 

 俺は街に漂う『不穏』を察知したのが俺だけではなかったと少しばかり安堵したが、しかし直ぐにその光景が意味する所を察して、強くゾッとした。あからさま過ぎて一瞬、本気で気づかなかったが、しかし気づけば嫌でも理解できる……。

 ――――街全体で武器を欲しがるなんて状況は、それだけでおかしい(・・・・)

 店長も忙しさに身を捩りながら、そこで同じ台詞をぼやいていた。

 

 そして武器を求める客の足が落ち着いた頃。

 店長は忙しさを見かねて手伝いに入った俺に臨時報酬だと言って、手ずから改造を施した38口径カスタムベレッタ(サムライエッジ)と、専用の特製強装弾を渡してきた。

 ラクーンシティ警察の特殊部隊S.T.A.R.Sが正式に採用した自動拳銃と同等の改造品だそうだが、俺は渡されたその銃に対してより、店長がそんな(・・・)決断を下した事の方に対して強く驚きを感じた。

 

 俺に銃の扱いを教えてくれたのは他ならぬ店長ロバート・ケンドだった。教師役にはウチの親父や、店の常連のバリー・バートンの名も挙げられるけど、やはり一番は同じ日系人の店長だと思う。そして、そんな彼のおかげで俺は周囲に対し、『銃の扱いに関して自負がある』と素直に自慢ができるようになった。

 とはいえ、俺がどれだけ銃の扱いに長け、その知識を深く得ようとも、店長は決して俺が個人で銃を所持する事だけは許さなかった。

 まぁ、それは当然だろう。俺が『未成年』であるという事実がまずは横たわるし、常連や他ならぬ俺の身内に“警察官”が居る。

 そもそも安易に『法』を破るなんて真似は、するべきではない。それが『普通』って奴だ。

 

 ――――しかし今日、店長はそんな禁忌を破って俺に銃を渡してきた。

 

 こうして改めて事実を書き綴ってみたが、未だに店長の決断には驚きを禁じ得ないぜ。

 こんな状況でもなければ、素直に喜べたのに……。

 

 銃を渡され、それを実際に使用(つか)う可能性を示唆された時、俺は初めてそこに信頼の重さと、現状に対する恐怖を強く感じた。

 店長は「いよいよの時は躊躇わず使え――」と言ったが、出来るだろうか? 

 あの厳しい顔が今も頭から離れない……。

 

 

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 追記 深夜

 

 親父が負傷したという知らせを受けた。連絡をくれた職員によると幸いにして命に別状はないらしく、一先ずは安心したぜ。

 なんでもスタジアムで発生した大きな暴動に対応した際、そこで錯乱した暴徒の一人に腕の一部を噛み千切られた(・・・・・・・)とか――。まったく悍ましい話だぜ。

 そして聞いた時は質の悪い冗談かと思ったが、何故か今になって例の『アークレイの食人鬼』の事が脳裏を過る。その所為か、どうしても嫌な予感が拭えない……。

 ――――負傷の具合は軽いと言うが、やっぱり様子を見に行った方がいいだろうか?

 しかし電話越しでも署内の混雑が手に取る様に判るので、わざわざ見舞いに行っても他の職員の仕事を邪魔するだけだろう。――――まぁ、これは後で考える事にする。

 

 とりあえず応対してくれた職員から『早めに病院に行けよ』という伝言を頼んで、現状(いま)に至る。

 そして伝言と言えばだが、実はその時、親父の方からも俺に対して一つ言伝があると言われた。

 聞けばランダムな数字の羅列で、それは親父のベッドルームにある鍵付きトランクの解除番号だった。

 

 ケースを開けてみると中には大口径のリボルバー拳銃とそれ専用の銃弾一式が入っていた。

 察するに、どうやら親父も店長と同じ事を俺に言いたいようだ。

 

 

 

 9月25日 午後 

 

《速記文字による》

 

 ――――自分でも強く混乱を感じているのが判る。上手く言葉にして纏める事が出来ない。

 大雑把に言えば『精神的なショックを受ける出来事に“複数”、遭遇した――』と、なるが……。

 まぁ、いい。とりあえず気持ちを落ち着ける為にも、まずは思うままの順で書き殴る事にする。

 

 現在、街中で広がる“暴動”の騒ぎについて綴る。

 

 これまで人々が噂してきた『アークレイ山中の食人鬼』だが、ついにその正体が判明した。

 怪物の正体は『ウォーキングデッド』――つまりは“歩く死体”という奴だった。

 馬鹿馬鹿しいと思うが生憎とこれが真実だ。笑えよ、クソったれ。

 

 そして今後、奴らの事は『感染者(ゾンビ)』と呼称するらしい。理由は奴等に殺された人間も遠からず連中と同類の『人を食う化物』に成り下がる様子から取られたそうだ。

 誰かがその増え方を見て、「まるで感染していくようだ――」と比喩したからだそうだが、俺もこれは人伝手に聞いた話なので、その辺の詳しいルーツについては曖昧だ。

 それに重要なのはそんな連中の呼び名よりも、まさに現状――『死者が街を徘徊して人を襲う』なんて馬鹿話が実際に成立しているこの状況の方だ。

 

 窓の外には無数の呻き声が在り、また同時に至る所で多くの悲鳴と銃声が上がる――。こんな状況に遭って尚、まさか時が経てば平和が戻るなんて楽観を抱く奴は流石にいないだろう。当然、俺もそのように感じている。

 

 ――――何より()の俺には、それを断言出来る不思議な根拠があった。

 いや、この場合は知っていた(・・・・・)と綴る方が正しいか……。

 

 まったくこんな荒唐無稽な事実に気づいた時、俺は俺の正気を本気で疑った。いや、寧ろ未だに強い混乱と疑いを感じている。

 

 しかし落ち着いて考えてみると、確かに“予兆”は既にあった。例えば幼少期に感じた“この街”に対する例えようのない強い忌避感だ。

 幼少の頃、一家で『ラクーンシティ』に引っ越しをする事が決まった。その当日に俺は街に対する例えようのない忌避と不安を感じて、強く泣き叫んで抵抗をした事があった。

 それは今まで、お袋を偲ぶ際に酒に酔った親父が語りだす古い逸話の一つでしかなかったが、しかし今思えばこの逸話こそが紛れもない『予兆』であったと思わず考えてしまう。

 

 ――――まったく、どうして俺はもっと早くこの(・・)事実に気づかなかったのか? こんなギリギリになるまで『真実』に気づかなかった己の愚鈍さを、今日ほど呪いたいと思った日は無いぜ……。

  

 不思議な事に()は、今、この瞬間に起きた“出来事”の概要を知っていた(・・・・・)。理由は突如、頭の中に湧きやがった俺がまだ俺でなかった頃の『記憶』の所為だ。――――所謂、『前世』の記憶ってやつだ。

 そんな荒唐無稽な論法でしか成立しえない謎の『記憶』が俺の中に有って、その記憶が現状にすさまじい既視感を与えているのだ。

 まったく自分でも訳が分からない。傍から見ると遂に狂ったとしか見えないだろう。実際、こんな馬鹿をクソ真面目に綴り始めた俺自身が今、一番己の正気を疑っている……。しかし、俺は正気なんだろうな。

 ――――その証拠に一つ、出来るようになった事がある。

 

 《以下、日本語で綴られている》

 

 前世の俺は今よりもっと血の濃い日本人だったらしい。それを思い出したおかげか、その当時に使っていた言語が今になって使えるようになった。

 文法も漢字も以前に比べると遥かに上手く扱える気分だ。――――とはいえ身体が文字を書きなれていない所為か、字の形はちょっとぎこちないが……。

 まぁ、それより例の『記憶』の事だ。

 

 体感としては数十年くらい前のモノだろう。それ程の時が経過したセピア色の景色の中に、俺はこの『バイオハザード(レジデントイーヴィル)』っていう世界を見た。

 俺の知る限りで現在、そんなタイトルを冠するゲームはこの世に存在しない。

 そして彼のタイトルは前世では超有名だった事から、僅かながらでも耳にしたことがないって事は、こちらの世界には存在してないと考えても良いだろう。

 

 バイオハザード

 

 まったく、今となっては本当に口にするのも躊躇う“忌み名”だ。

 そしてまさにその作中で現在(いま)、俺が住んでるこの『ラクーンシティ』と、この街に根を下ろす巨大な製薬企業『アンブレラ』の存在は語られた。

 そして現状もまさに件のゲームの内で描かれたそれに、ひどく酷似している……。

 

 ――――と、ここまで書けば流石に馬鹿でも判るだろう?

 

 俺はかのゲームで描かれた地獄の中にいる。そして生きる為には文字通りこの『ゾンビだらけの壮絶な世界』を踏破する必要があり、しかもそれを諦めてアナグマを極めても遂には街ごと滅菌――、つまり『死ぬ』というクソみたいな状況に置かれているようだ。

 

 冗談みたいに聞こえるかもだが、これが『現実』だ……。クソったれ!

 

 

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《ページが毟り取られている》

 

 

 

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 追記 夕方

 

 相変わらず電話回線が込み合っている。

 親父の居る警察のオフィスに繋がる気配がまるで無い。

 電話を掛けてみたのはただの感傷で、なんとなく声を聴きたくなった。それだけだ。 

 それにしても暴徒を相手にして負傷したと聞いたが、この場合の暴徒とは、十中八九例の『感染者』と見て間違いない。――――つまり、そういう事になるんだろう。

 流石にその部分で楽観をしても仕方が無い。

 なんだか、妙に凪いだ気分だぜ……。

 

 ――――まぁ、いいさ。現状について少しだけ綴る。

 幸い武器は手元にあるし、水や食料を含むサバイバルに必要な道具も今日の内に調達した。

 その上で俺がやるべきは、やはり脱出に動くタイミングについて考える事だ。

 そしてこのタイミングについて俺は、『ジル・バレンタイン』が主役を務めた『バイオハザード3』を参考にしようと考えている。理由は、奴等『感染者』が持つ“設定”にある。

 

 ウォーキングデッド(歩く死者)と綴るとオカルト染みた存在に思えるが、実際の所、奴等は『歩く死者を生み出す“Tウィルス”』に感染した存在だ。つまり奴等は文字通り『ウィルス感染者』であり、同時に状況が相応の理屈の上に成立していると証明している。

 ならばその設定の中にこそ、活路があると思った。

 

 うろ覚えだが『感染者』の見た目が悍ましく腐敗するのは、感染後に尋常でない新陳代謝が起こるからだ。そしてその代謝活動に必要なエネルギーを補おうとするからこそ、奴等は目端に映る“肉”に食らいつくとされる。――――つまり逆説的に考えると、感染者は『時間が経過する程に自らのエネルギー消費に耐えられなくなる――』そういう存在だと考えられる。

 そこで俺は状況が推移するのを待ち、感染者が共食いや燃料切れでその数を減らした段階で動く事を考えた。それが『バイオ3』に倣う意味である。

 

 今となってはうろ覚えな部分の多いバイオ3だが、確か探索の後半に登場する感染者は、明らかに前半に登場した個体よりも酷く損傷を受けていた。そしてこれが、もしも俺の推察通りの設定による時間経過による感染者の表現ならば、まさしく終盤に賭ける価値はあると思う。故に俺はそこに勝ち筋があると読んだ。

 

 それとこれは希望的な観測だが、“あの”アークレイ山地の洋館を調査して全ての元凶である『Tウィルス』の存在を暴いた『ジル・バレンタイン』も、設定的にアンブレラの追っ手を撒く為とはいえ、あえて他より行動を遅らせていた。

 その事もあって、俺は現状で安易に動いても山火事に飛び込むようなものだと思い、行動を避ける事にした。

 ――――今は体力を温存して耐え忍ぶ。

 それが『最善』だと思いたい。

 

 

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 追記 深夜

 

 ついに電話が繋がり、久しぶりに親父と喋った。

 二日酔いで苦しんでいる時の方が快調に聞こえるような酷い声だった。

 電話を受けて早々、親父には『今すぐに街から逃げろ――』と言われたが、しかしこっちにもいろいろと考えってモノがある。

 そもそも街からの脱出が簡単に出来るなら言われる前にさっさと逃げてるぜ。

 思わず、馬鹿を言うなと返してやった。

 

 ――――それと、噛み千切られたという傷についても少し尋ねてみた。

 親父はそれに対し『大丈夫だ』と軽口で返したが、流石にそれは明らかに嘘だと判かった。

 チラホラと『身体が痒くて熱い』とか、『腹が減る』とか、そんな台詞を吐きやがった癖に、何が『大丈夫』だ、クソったれ。

 忌々しい事に、今の俺にはそれが典型的な“かゆうま”の症状だって手に取る様に判る。そして俺の勘が正しければ、既に親父は死に掛けだ。――――程なく街を徘徊する有象無象の感染者(ゾンビ)の一人となり下がるだろう。

 まったく、例の記憶のおかげで親父の辿る運命は悟れたが、同時にそれでも無力だと証明された気分だぜ。癪な事に今の俺に判るのは、精々親父が“T”に対する抗体を持たなかった事ぐらいだ。

 

 妙な記憶が有ろうが無かろうが、結局“かゆうま”から人を救う方法なんて無い。

 仮に存在するとしても、今の俺ではとてもそれに手が届くとは思えない。

 ――――あぁ、本当にふざけやがって、クソが! あの野郎、遂にくたばりやがる!

 しかもこんなくっだらねぇ電話が遺言になりやがった!

 それにあのクソ野郎、本気(マジ)で頭が沸いてやがるぜ……。

 この状況で『生きろ……!』とか、マジで無茶苦茶言いやがる。

 まったく、最期まで面倒な事を言いやがって、クソが!

 

 

 《文字が滲んでいる》

 


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