憤怒に絶望。
怨嗟に呪詛。
悲哀に喜悦。
ひとつの国が滅びを迎えようとしていた。
古い歴史と伝統を誇る小国のささやかな平和は、大国の欲望と思惑によって蹂躙されて終焉を迎えようとしていた。
街を焼く炎の朱。流される血の紅。
赤の色彩に染まる中を勝者として略奪にいそしむ兵士達。
遠く聞こえてくるのは、犯される女たちの悲鳴と殺される男達の断末魔。
目の前にいるのは、それらの暴虐の主。
「滅びろ。お前達が我々を滅ぼすというのなら、我々もお前達を滅ぼそう」
最後の王は、王城の地下の最奥に踏み入ってきた者達を前に表情もなく抑揚のない声で宣言した。
兵士達が足を踏み入れた其処は巨大な儀式場。
広大な空間の天地を繋ぐ巨大な柱が規則正しく立ち並びぶ其処は、揺らめくことのない魔法の光が闇を退けてはいるものの、その光は果てまで届かず闇に飲まれて空間の巨大さを見せつけている。
兵士達と彼らを率いる将が目にしたのは、隠された脱出路でもなければ、秘められた財宝でもなく、悍ましき神秘の法。
魔法の光が闇の領土から切り取ったわずかばかりの場所に設えられた祭壇。
そこに鮮烈な赤を今も広げながら横たわるのは、見目麗しき少女。
祭壇を背に、血塗られた短剣を手に兵達を迎え嗤う王。
そして――祭壇の上に広がる空間の揺らめきとそれを包んで青白く輝く球形の立体魔方陣。
「我らは、ずっと見ていた。あの世界を。死すら死した、悪鬼達が蠢き、争う世界を」
王は嗤う。
「我らが手にした神秘はその一欠けら」
王は嗤う。
「お前達はその神秘を望んだ。もっと寄越せと、刃を振りかざした」
王は嗤う。
「ならば、我等でなく彼等から受け取るがいい!」
王は嗤う。
人の世の滅びを。
宣言とともに、魔方陣が弾けて散り。封じられていた空間の揺らめきもまた、凪いだように消える。
訪れる静寂。
何が起こるかと、周囲を警戒する兵士達。
武器を構えて身構え、周囲を警戒し――何事も起こらない。
「……失敗か?」
「脅かしやがって」
嘲り混じりのざわめきがゆっくりと広がっていく。
そんな中、兵士達に混じっていた魔術師達の顔色は蒼白へと変わり、周囲へと向ける視線は死地にあって逃げ道を探すがごとし。
「6の6倍の歳月を以って、全ては彼方より来たる。ははっ! 王が、死をも超越せし魔性の王達の降臨だ!」
そう、変化は既に始まっている。
次元を超えた、遥かな彼方。
笑って殺し、笑って殺され、暴力と闘争の饗宴に耽る悪鬼達の楽園。
あまりにも巨大で、あまりにも膨大な召喚は、成就までの時間も相応に長大。
初めに訪れるのはささやかな端役。
小さく、無力な、非力で脆弱な存在。
周囲の闇の中から、流れるように這いずり出てくる黒い粘液の流れ。
気がつけば、兵士達の嘲弄の声に混じるのは蟲の羽音。
人の血を啜り、人の肉を喰らい、人の体を苗床とする異界より来たるモノ達。
知性と呼べるものすら持たぬソレ等は、本能と欲望のままに獲物の群れへと襲い掛かる。
かつて王国が在った。
神秘の法を伝え、奇跡の技を持つとされた古き王国が。
かつて世界が在った。
人が世の主として、思うがままに君臨し全てを支配していた世界が。
かつての王国は、魔が闊歩する人外の魔境となって歴史に没し、世界は彼方よりの侵蝕によって人は万物の霊長の座より滑り落ちた。
だが、それでも人は生きていた。
ゆっくりと、生きづらくなっていく斜陽の時代を。
世界を支配する絶対者から、数ある列強種。そして、奴隷や家畜として飼われる世界の端役へと滑り落ちていく時代を。
そして、人は抗っていた。
斜陽の時代と。
没落の運命と。
元旦投稿。