絶世の美女が俺の恋人に!? 前世は王女様とその従僕。いや、全部マッチポンプだから! 作:里奈使徒
つまらない。
このままでは人生が終わってしまう。
私は草乃月財閥の一人娘。小さい頃からお稽古、勉強漬けで自由がなかった。このまま親の会社に就職し、親の決めた相手と結婚する。レールの上を走るだけの人生。
嫌だ。高校生の間くらいは青春を謳歌したい。
父を説得し、庶民の高校に入学した。
庶民の学校生活を眺めるのは、動物園を見学しているようで面白かった。鳳凰院高等学園に通うはずだった友人も何人かついてきてくれた。庶民では話が合わないだろうから。持つべきものは友人よね。
一般の生徒たちとは住む世界が違う。昼食時に「今日のお弁当のおかず」で盛り上がっているのを見ては、内心で失笑した。そんな些細なことで喜べるなんて。
そして——紫門君。私の最愛の人。
社交界で顔見知りだった彼は、私のために海外留学を蹴ってくれた。
「麗良が南西館高校に行くなら、僕も一緒に行くよ」
「でも、紫門君の留学は......」
「君の方が大切だ。君を一人にはできない」
告白された時は、運命を感じた。キスは驚いて拒絶してしまったけれど、嫌じゃなかった。次は受け入れる。覚悟はできている。
ただ、不満が一つ。白石という男。
クラスの後ろに座る地味な生徒。名前もうっすらとしか覚えていない。話したこともない。話す価値もない。
そんな小物が紫門君を誹謗中傷してきた。
紫門君が女性とホテルに行った? でたらめだ。紫門君に聞いたら、生徒会の打ち合わせで他校の女子と会っただけだと言っていた。
紫門君が言うには、白石は私の気を引きたくて嘘をついたらしい。
「彼、君のことを好きなんじゃないかな。だから僕を悪者にして、君の気を引こうとしているんだよ」
くだらない。気を引きたいなら正々堂々と告白すればいい。どうせ断るけれど。
昨日は暴力まで振るってきた。
紫門君のことを嘘つき呼ばわりして、逃げる私の髪を掴んだのだ。
女性の髪を掴むなんて、頭がおかしい。
絶対に許さない。
紫門君に報告したら、すごく怒ってくれた。
「何だって? 白石が君に手を上げたって?」
「許せない。君を傷つける奴は、僕が許さない」
「明日、きちんと話をつけてやる」
ふふ、ざまあみろ。お父様に頼んで退学にしてやる。視界に入るだけで不愉快だもの。慰謝料もたっぷりもらう。庶民には高いかもしれないけれど、当然の報いよね。
いじめられていると言っていたけれど、いじめられる方に問題がある。白石を見れば分かる。顔も頭も性格も悪い。当然の結果だ。
はあ、小物のことなんて考えるだけ無駄。
紫門君のことを考えよう。明日はキスを受け入れる。その先だって——
ベッドに入り、眠る。
夢の中で、不思議な光景を見た。広大な城、戦場、そして——誰かの声。
*
目が覚めた。
頭が割れそうだ。こめかみを押さえると、指先が震えていた。
知らない天井——いや、知っている。自室だ。なのに、どこか遠い。
私は......誰?
麗良。レイラ。二つの名前がぶつかり合う。どちらも自分のような気がする。どちらも違うような気もする。
頬に触れる。濡れていた。泣いていたらしい。
夢?
あれは夢? いや、夢にしては——
石造りの城壁。剣戟の音。血の匂い。
数千、数万の民の期待を一身に受けて立つ姿。
王としての記憶。
洪水のように押し寄せてくる。
前世?
ううん、ただの夢。そんなことがあるはずない。
だが、あまりにも鮮明だ。王宮の調度品、家臣たちの顔、戦場の匂いまで......
無理やり起きて、身支度をする。
鏡の中の顔。いつもの草乃月麗良だ。なのに、どこか違う。
「お嬢様、朝食の準備ができております」
「......ええ」
食事が喉を通らない。
*
校門が見えてきた。
「麗良さん、おはようございます!」
クラスメートたちだ。
いつもの光景。いつもの挨拶。だが——
「おは、よ......」
手が止まる。
クラスメートの顔と、前世の記憶が重なった。
ヴュルテンゲルツ城が燃えている。
裏切った重鎮たちの手によって。
お父様を殺した者たち。私も殺そうとした者たち。
都合の良い言葉で媚びていた者たち。陰では私をあざ笑い、国を売っていた!
笑顔が、醜い笑みに変わる。
やめろ。だまれ。
眉間にしわを寄せていると、紫門が近づいてきた。
「おはよう、麗良」
昨日までは爽やかな笑顔だった。見惚れていたはずなのに——
今は醜悪な小鬼にしか見えない。
胃がせり上がる。
シモン・ゴールド・エスカリオン......。
記憶が蘇る。レイラの婚約者でありながら、帝国と内通していた男。民をいたぶり、国を売った裏切り者。
おえっ!
地面に吐いた。
はあ、はあ、はあ。
胸が焦げ付く。八つ裂きにしてやりたい。
「麗良、調子でも悪いのか?」
紫門の声が、シモンの声と重なる。
「う、うん、ちょっとね」
「大丈夫かい? なんなら保健室まで連れていくよ」
やめろ。近づくな。
その手で、どれだけの民を苦しめた。
「い、いい」
「遠慮するなって、僕と君の仲だろ」
「いいって!」
差し出された手を振り払った。
「れ、麗良?」
「はあ、はあ、大丈夫だから......少し落ち着いたら行く」
「そ、そうか。無理するな。落ち着いたら教室に来てくれ。面白いもの、見せてやるから」
面白いもの?
嫌な予感がする。
紫門が去っていく。
天を仰いで、息を吐く。
「麗良さん、もしかして体調がお悪いんですか?」
「さっき吐いてましたし、風邪なら休んだ方がいいですよ」
次々と声をかけてくる。
国を崩壊させた裏切り者たちだ。
「麗良さん」
「麗良さん」
駄目だ。我慢できない。
手を振り回した。
「ひいっ! な、何するんですか、麗良さん」
誰かの頬を引っ掻いたらしい。
はあ、はあ、私は何をやっている?
ふらつきながら、その場を離れた。
*
中庭の石段に座る。
桜に囲まれた静かな場所。なのに息苦しい。
時間が経つほど、記憶が溢れてくる。
大飢饉。民が飢えた時、領主シモンは宴に耽り、苦しみを嘲笑った。
異民族の反乱。シモンが任命した将軍は真っ先に逃げ、王国軍は瓦解した。
そしてミナトガワの撤退戦。シモンの手引きで王都は陥落し、お父様は殺された。
だが、その地獄で私を支えてくれた人がいた。
ショウ・ホワイスト。王国一の将。忠義の人。
そして——私の最愛の人。
大飢饉では、寝食を忘れて民を救ってくれた。
反乱では、巧みな外交で鎮圧してくれた。
そして撤退戦では——
「陛下、ここは私が食い止めます。どうか、どうか生き延びてください」
「ショウ! 無茶よ、一人で敵陣になど......」
「私の最後のお願いです。必ず生きて、国を再興してください」
血まみれの剣を握り、満身創痍のショウが振り返った。
「陛下を愛していました。お言葉をいただけるなら、それだけで......」
「ショウ......私も......」
その時にはもう、ショウは炎の向こうに消えていた。
あの日から、私の心には穴が空いている。
だからこそ——
今度こそ、ショウを守りたい。
現世では白石翔という名前だが、間違いなくあのショウだ。
魂は変わらない。優しく、強く、誰よりも誠実な心。時を超えても変わらない。
立ち上がる。
今度は私がショウを守る。
シモンの策謀で苦しめることは、絶対に許さない。
*
廊下を歩く。
「麗良さん」
「そうそう、これからメインイベントですから」
その顔。王を裏切った時と同じだ。
無言で扉に手をかける。
「麗良さん、俺たちは見張りをしてますから。存分に白石の奴を――ぐぼっ!」
言い終わる前に殴った。
最愛の人の名前を、その汚い口で——
拳を振りかぶり、顔面に叩き込む。
ごきん。何かが砕ける音。男は鼻血を噴いて倒れた。
「うがああ! 鼻が、鼻が!」
「れ、麗良さん、何を?」
周りの者たちが後ずさる。
「邪魔よ。どきなさい」
声に威厳が宿る。
一斉に道が開いた。
「ひっ......」
「な、何だあの迫力......」
教室の扉を開け放つ。
バン!
全員の視線が私に向いた。
ショウは?
見渡した瞬間、息が止まった。
教室の後ろ。机の間で——ショウが倒れていた。
制服は破れ、顔には痣。囲んだ者たちが殴る蹴るを繰り返している。
「おい、まだ息があるぞ」
「もっとやれよ」
視界が赤く染まる。
私のショウに何てことを!
前世と同じだ。忠義の人が、裏切り者たちに——
許せぬ!
一人の男がショウの頭に木刀を振り下ろそうとしていた。
前世で真っ先に逃げた卑怯者だ。
「これで止めだ」
殺す!
「やめろおおお!」
叫んだ。教室中に響く咆哮。
振り返る者たちの間を、ショウのもとへ歩く。
「......貴様ら、何をしている」
自分でも驚くほど、殺気のこもった声だった。
「れ、麗良違うんだ」
紫門が前に出てきた。
小金沢紫門。前世のシモン・ゴールド・エスカリオン。
その顔を見た瞬間、怒りが噴き出す。
「麗良、聞いてくれ。君が襲われたと聞いて、心配で心配で、怒りで我を忘れてしまった」
言い訳。いつものように嘘を並べる。
「白石の奴が許せなくて――」
前世と同じだ。民を苦しめ、国を売り、それでも正義を気取る。
そしてショウを苦しめている。
前世、お父様の墓前で誓った。
再び出会えば、殺す。
骨の髄まで後悔させてやる。
「ひぎゃああ!」
股間を膝で蹴り上げた。
前世、やりたくてしょうがなかったこと。ついに実践できた。
膝が深く食い込む。紫門の顔が苦痛に歪む。
白目を剥いて倒れる姿。実に滑稽だ。
「がっ......はっ......」
くっく、最高に気分が良い。
木刀の男も同様に制裁し、宣言した。
「ショウに手を出す輩は、この私が許さん!」
教室が静まり返る。
私の中で、レイラ・グラス・ヴュルテンゲルツが目覚めていた。
ショウ、世界が敵になろうとも私だけはお前の味方だ。
【洗脳されなかった場合の草乃月 麗良の人生】
高校時代に小金沢紫門との交際を開始。二十五歳で結婚するも、結婚と同時に紫門の態度は豹変し、毎日のようにモラハラ・パワハラを受ける地獄の日々が始まる。三年後に離婚したものの、そのストレスでうつ状態となりアルコールに依存するようになり、三十歳の時に急性アルコール中毒で病院に搬送され、間もなく死亡した。