絶世の美女が俺の恋人に!? 前世は王女様とその従僕。いや、全部マッチポンプだから!   作:里奈使徒

12 / 30
第11話「私は、王女レイラ・グラス・ヴュルテンゲルツである!」

 つまらない。

 このままでは人生が終わってしまう。

 

 私は草乃月財閥の一人娘。小さい頃からお稽古、勉強漬けで自由がなかった。このまま親の会社に就職し、親の決めた相手と結婚する。レールの上を走るだけの人生。

 

 嫌だ。高校生の間くらいは青春を謳歌したい。

 

 父を説得し、庶民の高校に入学した。

 

 庶民の学校生活を眺めるのは、動物園を見学しているようで面白かった。鳳凰院高等学園に通うはずだった友人も何人かついてきてくれた。庶民では話が合わないだろうから。持つべきものは友人よね。

 

 一般の生徒たちとは住む世界が違う。昼食時に「今日のお弁当のおかず」で盛り上がっているのを見ては、内心で失笑した。そんな些細なことで喜べるなんて。

 

 そして——紫門君。私の最愛の人。

 

 社交界で顔見知りだった彼は、私のために海外留学を蹴ってくれた。

 

「麗良が南西館高校に行くなら、僕も一緒に行くよ」

「でも、紫門君の留学は......」

「君の方が大切だ。君を一人にはできない」

 

 告白された時は、運命を感じた。キスは驚いて拒絶してしまったけれど、嫌じゃなかった。次は受け入れる。覚悟はできている。

 

 ただ、不満が一つ。白石という男。

 

 クラスの後ろに座る地味な生徒。名前もうっすらとしか覚えていない。話したこともない。話す価値もない。

 

 そんな小物が紫門君を誹謗中傷してきた。

 

 紫門君が女性とホテルに行った? でたらめだ。紫門君に聞いたら、生徒会の打ち合わせで他校の女子と会っただけだと言っていた。

 

 紫門君が言うには、白石は私の気を引きたくて嘘をついたらしい。

 

「彼、君のことを好きなんじゃないかな。だから僕を悪者にして、君の気を引こうとしているんだよ」

 

 くだらない。気を引きたいなら正々堂々と告白すればいい。どうせ断るけれど。

 

 昨日は暴力まで振るってきた。

 紫門君のことを嘘つき呼ばわりして、逃げる私の髪を掴んだのだ。

 

 女性の髪を掴むなんて、頭がおかしい。

 絶対に許さない。

 

 紫門君に報告したら、すごく怒ってくれた。

 

「何だって? 白石が君に手を上げたって?」

「許せない。君を傷つける奴は、僕が許さない」

「明日、きちんと話をつけてやる」

 

 ふふ、ざまあみろ。お父様に頼んで退学にしてやる。視界に入るだけで不愉快だもの。慰謝料もたっぷりもらう。庶民には高いかもしれないけれど、当然の報いよね。

 

 いじめられていると言っていたけれど、いじめられる方に問題がある。白石を見れば分かる。顔も頭も性格も悪い。当然の結果だ。

 

 はあ、小物のことなんて考えるだけ無駄。

 

 紫門君のことを考えよう。明日はキスを受け入れる。その先だって——

 

 ベッドに入り、眠る。

 夢の中で、不思議な光景を見た。広大な城、戦場、そして——誰かの声。

 

        *

 

 目が覚めた。

 

 頭が割れそうだ。こめかみを押さえると、指先が震えていた。

 

 知らない天井——いや、知っている。自室だ。なのに、どこか遠い。

 

 私は......誰?

 

 麗良。レイラ。二つの名前がぶつかり合う。どちらも自分のような気がする。どちらも違うような気もする。

 

 頬に触れる。濡れていた。泣いていたらしい。

 

 夢?

 

 あれは夢? いや、夢にしては——

 

 石造りの城壁。剣戟の音。血の匂い。

 数千、数万の民の期待を一身に受けて立つ姿。

 

 王としての記憶。

 洪水のように押し寄せてくる。

 

 前世?

 

 ううん、ただの夢。そんなことがあるはずない。

 だが、あまりにも鮮明だ。王宮の調度品、家臣たちの顔、戦場の匂いまで......

 

 無理やり起きて、身支度をする。

 鏡の中の顔。いつもの草乃月麗良だ。なのに、どこか違う。

 

「お嬢様、朝食の準備ができております」

「......ええ」

 

 食事が喉を通らない。

 

        *

 

 校門が見えてきた。

 

「麗良さん、おはようございます!」

 

 クラスメートたちだ。

 いつもの光景。いつもの挨拶。だが——

 

「おは、よ......」

 

 手が止まる。

 クラスメートの顔と、前世の記憶が重なった。

 

 ヴュルテンゲルツ城が燃えている。

 裏切った重鎮たちの手によって。

 お父様を殺した者たち。私も殺そうとした者たち。

 

 都合の良い言葉で媚びていた者たち。陰では私をあざ笑い、国を売っていた!

 

 笑顔が、醜い笑みに変わる。

 

 やめろ。だまれ。

 

 眉間にしわを寄せていると、紫門が近づいてきた。

 

「おはよう、麗良」

 

 昨日までは爽やかな笑顔だった。見惚れていたはずなのに——

 今は醜悪な小鬼にしか見えない。

 

 胃がせり上がる。

 

 シモン・ゴールド・エスカリオン......。

 

 記憶が蘇る。レイラの婚約者でありながら、帝国と内通していた男。民をいたぶり、国を売った裏切り者。

 

 おえっ!

 地面に吐いた。

 

 はあ、はあ、はあ。

 

 胸が焦げ付く。八つ裂きにしてやりたい。

 

「麗良、調子でも悪いのか?」

 

 紫門の声が、シモンの声と重なる。

 

「う、うん、ちょっとね」

「大丈夫かい? なんなら保健室まで連れていくよ」

 

 やめろ。近づくな。

 その手で、どれだけの民を苦しめた。

 

「い、いい」

「遠慮するなって、僕と君の仲だろ」

「いいって!」

 

 差し出された手を振り払った。

 

「れ、麗良?」

「はあ、はあ、大丈夫だから......少し落ち着いたら行く」

「そ、そうか。無理するな。落ち着いたら教室に来てくれ。面白いもの、見せてやるから」

 

 面白いもの?

 

 嫌な予感がする。

 紫門が去っていく。

 

 天を仰いで、息を吐く。

 

「麗良さん、もしかして体調がお悪いんですか?」

「さっき吐いてましたし、風邪なら休んだ方がいいですよ」

 

 次々と声をかけてくる。

 国を崩壊させた裏切り者たちだ。

 

「麗良さん」

「麗良さん」

 

 駄目だ。我慢できない。

 

 手を振り回した。

 

「ひいっ! な、何するんですか、麗良さん」

 

 誰かの頬を引っ掻いたらしい。

 

 はあ、はあ、私は何をやっている?

 

 ふらつきながら、その場を離れた。

 

        *

 

 中庭の石段に座る。

 桜に囲まれた静かな場所。なのに息苦しい。

 

 時間が経つほど、記憶が溢れてくる。

 

 大飢饉。民が飢えた時、領主シモンは宴に耽り、苦しみを嘲笑った。

 異民族の反乱。シモンが任命した将軍は真っ先に逃げ、王国軍は瓦解した。

 そしてミナトガワの撤退戦。シモンの手引きで王都は陥落し、お父様は殺された。

 

 だが、その地獄で私を支えてくれた人がいた。

 

 ショウ・ホワイスト。王国一の将。忠義の人。

 そして——私の最愛の人。

 

 大飢饉では、寝食を忘れて民を救ってくれた。

 反乱では、巧みな外交で鎮圧してくれた。

 そして撤退戦では——

 

「陛下、ここは私が食い止めます。どうか、どうか生き延びてください」

「ショウ! 無茶よ、一人で敵陣になど......」

「私の最後のお願いです。必ず生きて、国を再興してください」

 

 血まみれの剣を握り、満身創痍のショウが振り返った。

 

「陛下を愛していました。お言葉をいただけるなら、それだけで......」

「ショウ......私も......」

 

 その時にはもう、ショウは炎の向こうに消えていた。

 

 あの日から、私の心には穴が空いている。

 

 だからこそ——

 今度こそ、ショウを守りたい。

 

 現世では白石翔という名前だが、間違いなくあのショウだ。

 魂は変わらない。優しく、強く、誰よりも誠実な心。時を超えても変わらない。

 

 立ち上がる。

 

 今度は私がショウを守る。

 シモンの策謀で苦しめることは、絶対に許さない。

 

        *

 

 廊下を歩く。

 

「麗良さん」

「そうそう、これからメインイベントですから」

 

 その顔。王を裏切った時と同じだ。

 

 無言で扉に手をかける。

 

「麗良さん、俺たちは見張りをしてますから。存分に白石の奴を――ぐぼっ!」

 

 言い終わる前に殴った。

 

 最愛の人の名前を、その汚い口で——

 

 拳を振りかぶり、顔面に叩き込む。

 

 ごきん。何かが砕ける音。男は鼻血を噴いて倒れた。

 

「うがああ! 鼻が、鼻が!」

「れ、麗良さん、何を?」

 

 周りの者たちが後ずさる。

 

「邪魔よ。どきなさい」

 

 声に威厳が宿る。

 一斉に道が開いた。

 

「ひっ......」

「な、何だあの迫力......」

 

 教室の扉を開け放つ。

 

 バン!

 

 全員の視線が私に向いた。

 

 ショウは?

 

 見渡した瞬間、息が止まった。

 

 教室の後ろ。机の間で——ショウが倒れていた。

 制服は破れ、顔には痣。囲んだ者たちが殴る蹴るを繰り返している。

 

「おい、まだ息があるぞ」

「もっとやれよ」

 

 視界が赤く染まる。

 

 私のショウに何てことを!

 

 前世と同じだ。忠義の人が、裏切り者たちに——

 

 許せぬ!

 

 一人の男がショウの頭に木刀を振り下ろそうとしていた。

 前世で真っ先に逃げた卑怯者だ。

 

「これで止めだ」

 

 殺す!

 

「やめろおおお!」

 

 叫んだ。教室中に響く咆哮。

 

 振り返る者たちの間を、ショウのもとへ歩く。

 

「......貴様ら、何をしている」

 

 自分でも驚くほど、殺気のこもった声だった。

 

「れ、麗良違うんだ」

 

 紫門が前に出てきた。

 小金沢紫門。前世のシモン・ゴールド・エスカリオン。

 

 その顔を見た瞬間、怒りが噴き出す。

 

「麗良、聞いてくれ。君が襲われたと聞いて、心配で心配で、怒りで我を忘れてしまった」

 

 言い訳。いつものように嘘を並べる。

 

「白石の奴が許せなくて――」

 

 前世と同じだ。民を苦しめ、国を売り、それでも正義を気取る。

 そしてショウを苦しめている。

 

 前世、お父様の墓前で誓った。

 再び出会えば、殺す。

 骨の髄まで後悔させてやる。

 

「ひぎゃああ!」

 

 股間を膝で蹴り上げた。

 

 前世、やりたくてしょうがなかったこと。ついに実践できた。

 膝が深く食い込む。紫門の顔が苦痛に歪む。

 白目を剥いて倒れる姿。実に滑稽だ。

 

「がっ......はっ......」

 

 くっく、最高に気分が良い。

 

 木刀の男も同様に制裁し、宣言した。

 

「ショウに手を出す輩は、この私が許さん!」

 

 教室が静まり返る。

 

 私の中で、レイラ・グラス・ヴュルテンゲルツが目覚めていた。

 

 ショウ、世界が敵になろうとも私だけはお前の味方だ。




【洗脳されなかった場合の草乃月 麗良の人生】
 高校時代に小金沢紫門との交際を開始。二十五歳で結婚するも、結婚と同時に紫門の態度は豹変し、毎日のようにモラハラ・パワハラを受ける地獄の日々が始まる。三年後に離婚したものの、そのストレスでうつ状態となりアルコールに依存するようになり、三十歳の時に急性アルコール中毒で病院に搬送され、間もなく死亡した。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。