絶世の美女が俺の恋人に!? 前世は王女様とその従僕。いや、全部マッチポンプだから! 作:里奈使徒
桜の花びらが舞う四月の放課後。西日が校舎の窓を橙色に染め、部活帰りの生徒たちが三々五々、校門へ向かっていく。
俺もその流れに混じって歩いていた。校門まであと数歩というところで、背後から声をかけられた。
「あ、あの、白石君、麗良さんと連絡を取ってくれないかしら」
振り返ると、髪をロールに巻いたつり目の女が、校門の脇に立っていた。他の生徒の視線を気にしているのか、落ち着かない様子で俺を見ている。
神崎祥子。麗良の元親友で、いじめの首謀者の一人だ。
女子連中を巻き込み、俺への攻撃の空気を作り上げた張本人。
小説では売国奴として書いてやった。帝国に王宮の見取り図を売り渡す悪女。そのおかげで、今の麗良には蛇蝎のごとく嫌われている。
以前は親友だったのが、今では完全に破綻している。
まあ、その原因を作った俺が言うことでもないか。
麗良にひとしきり脅された神崎は、完全にびびっていた。慰謝料騒動ではたんまり金をもらったし、俺への態度も従順そのものに変わっている。
一体どれだけ脅したのか、麗良に聞いたことがある。
「それ相応の報いは受けさせた」
その時の表情が恐ろしかった。冷酷で、容赦がなく、絶対王政時代の君主そのものだった。
今は、前世の記憶が戻っていない神崎をこれ以上責めても意味がないとのことで、完全無視しているという。LINEも電話もすべて遮断。存在そのものを認めない扱いだ。
麗良曰く「序の口の制裁」だそうだ。
その完全無視が、神崎にとって非常にまずい状況を引き起こしているらしい。
「白石君、お願い。話を聞いて」
神崎が必死の表情で説明を始めた。
鳳凰院学園では毎年春に「桜を眺める会」という催しがあるらしい。創立以来続く伝統行事で、政財界の重要人物が一堂に会する。単なる花見ではない。情報交換や人脈作りを行う、日本の権力構造の縮図のような場だ。
「総理大臣の息子さん、大手銀行の頭取、有名企業の社長……そういう方々が何百人も集まるの。草乃月財閥のご令嬢である麗良さんは、会の目玉なのよ」
今年、神崎がその幹事を務めることになっていた。
座席表には最前列の特等席に麗良の名前を記載し、挨拶の順番も麗良を最初に持ってくる予定だった。当然出席するものと認識して準備を進めていた。
しかし、突然態度を急変されて、さあ大変。
「麗良さんの目が、本当に怖かったの……まるで殺される寸前の気分だった」
連絡を取ろうとしても、けんもほろろ。そこで、最近とみに仲が良い俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
だが実は、俺も最近麗良と会えなくなっている。
麗良が、ちょくちょく学校を休んでいるのだ。
「ショウ、どうしても外せない重要な仕事があるのだ」
仕事って……受験勉強はいいのかと聞いたら、鼻で笑われた。
「前世の王宮において、魑魅魍魎うごめく政治の修羅場と戦っていた経験に比べたら、受験なんて赤ちゃんのおままごとのようなものだ」
さすがは政治力九十二の設定で作った王女だ。既にいくつもの企業買収案件を処理したとか、政府の極秘プロジェクトに助言したとか言っていた。
十七歳の高校生が、である。
「お、お願い、白石君」
神崎が両手を合わせて懇願してきた。
正直、こいつにはさんざん恨みがある。少しばかり嫌がらせをしてやりたい気持ちもあった。
「神崎さんにノートを破られ、男子をけしかけられたときは本当につらかった」
俺がそう言うと、神崎の顔が真っ青になった。
「ひぃいい! ごめんなさい、ごめんなさい。麗良さんには言わないで」
すごい勢いで土下座を始める。校門脇のアスファルトに膝をつき、額を地面に押しつけた。制服が汚れるのも構わず、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら。
通りがかった生徒たちが足を止め、何事かとこちらを見ている。神崎は気づいていないようだった。
はあ……しょうがない。
こいつが麗良に嫌われた根本的な原因は俺にある。取り次ぎぐらいはしてやるか。
「わかった。電話してやるよ」
「本当!」
神崎が立ち上がり、膝の砂を払う。俺は校門の外に出て、街路樹の下で携帯を取り出した。夕日が傾き、桜の影が歩道に長く伸びている。
麗良の番号を呼び出す。
「ショウ、何か問題か?」
ツーコールで出た。仕事で忙しいはずなのに。
携帯越しに会議中のような雰囲気が伝わってくる。英語や中国語らしき言葉も混じっている。
「いや、特に問題はないよ。それより忙しかった?」
「ふっ、問題ない。お前からの電話以上に大切なものなどない」
相変わらずの好感度だ。重要な国際会議の最中らしいのに、俺の電話を最優先にしてくれている。
「そ、そう……ただ頼みがあって」
「なんだ? お前の頼みだ。何でも聞いてやるぞ」
「それじゃあ——」
「麗良さん!!」
横から神崎が飛び込んできて、携帯を奪い取った。街路樹の根元で、神崎が携帯を握りしめている。
「麗良さん、私です。祥子です。ごめんなさい、私が何か悪いことをしたのなら謝ります。だからどうかまた前のように——」
麗良の返答は氷のように冷たかった。
「……今、ショウと大事な会話をしている」
一切の感情がない。機械のような冷淡さだった。
「うっ、うぅ、麗良さん、どうして、どうしてこんな男と……?」
神崎が俺を指した瞬間、電話の向こうの空気が変わった。
「言ったはずだ。ショウへの無礼は許さんと。どうやら貴様には再度の制裁が必要のようだな」
明確な殺意が込められていた。
「ひぃい! ごめんなさい」
神崎が震え上がって、携帯を返してくる。
俺は「桜を眺める会」の詳細を説明した。開催日時、参加者の顔ぶれ、神崎が幹事として背負っている重責について。
「まったく、相変わらずショウは人がいいな。こんな性悪の売国奴相手に……」
麗良はため息をついた。
そして、信じられない言葉が続いた。
「ショウ、そこの売国奴に伝えておけ。会には行けん。今、シンガポールだからな」
シンガポール?
「それより、ショウ聞いてくれ。この国を支配する新たな王国を構築する予定だ……本当はショウに会いたいのだがな、でも、今は少しだけ待ってくれ。私の作る王国は、将来お前の——」
頭が真っ白になった。
王国?
この国を支配する?
まさか、日本でヴュルテンゲルツ王国を再建しようとしているのか。
草乃月財閥の権力と資金力があれば、不可能ではないかもしれない。政財界に人脈を築き、メディアを掌握し、最終的には政治的な実権まで握ることも……
背筋が凍った。
俺が書いた小説のキャラクターが、現実を侵食し始めている。
麗良はもう、俺の知っている財閥令嬢ではない。中世の王女が、現代日本で野望を実現しようとしている。
これが、ブレインウォッシュの効果なのか。
「神崎さん、麗良さん、会は不参加だって」
俺がそう告げると、神崎の顔が絶望に染まった。
「ひっ、ひっ、うぅ、うあぁあああん。出席するって言ってたのにぃい!」
神崎は泣きながら走り去っていった。ロールに巻いた髪が乱れ、夕日の中を遠ざかっていく。やがてその姿は、駅へ向かう人混みに紛れて見えなくなった。
確かに、ドタキャンは相当まずいだろう。
だが、それも俺が洗脳機械を使った結果なのだ。
街路樹の下で、俺は一人立ち尽くしていた。
*
それから、麗良と会う機会が減っていった。
好感度は相変わらず最高レベルだ。電話に出る時の嬉しそうな声、LINEでの愛情たっぷりのメッセージ、それらは変わらない。
ただ、物理的に会えない。LINEが未読のまま放置されることが増え、電話も留守番電話に繋がることが多くなった。
麗良は今、どこで何をしているのだろう。
王国を作ると言っていた。俺の知らないところで、何かが動き始めている。