絶世の美女が俺の恋人に!? 前世は王女様とその従僕。いや、全部マッチポンプだから! 作:里奈使徒
警察署の取調室で、カツ丼を箸でつついていた。
グレーの壁、蛍光灯の白い光。向かい側には中年の刑事が座っている。
「罪を認めなければ出さない」
「証拠は揃っている」
「素直に白状した方が身のためだ」
そんな脅し文句を聞き飽きるほど聞かされていた。
その時だった。
「白石、釈放だ」
看守の声に振り返ると、刑事が複雑な表情で立っていた。
「え?」
「証拠に不備が見つかり再調査となった」
俺は目を丸くした。昨日まであれほど強気だった刑事たちの態度が一変している。
「つまり……俺は無罪?」
「現時点では容疑不十分だ。ただし、捜査は継続する」
警察署の外に出ると、夕日が俺の顔を照らした。自由の空気がこれほど美味しく感じられるとは思わなかった。
しかし、完全に解決したわけではない。関内愛里彩が被害届を撤回しない限り、この問題は続く。示談が成立しなければ前科がついてしまう。そうなれば、高校は退学、就職も絶望的だ。
この保釈中になんとか解決しなければならない。
翌日の朝、携帯電話にメールが届いた。送信者は麗良だった。
件名:【緊急】関内愛里彩について
『すまない、ショウ。父との対決が間近で、直接話はできないが、関内愛里彩について調べた。添付ファイルを見てくれ。彼女は非常に危険な人物だ。一人で会いに行くのはやめておけ。今は動けないが、必ず助けに行く、レイラ』
添付された資料の内容は衝撃的だった。
関内愛里彩、十六歳。堀恋高校一年生。
表の顔:地下アイドル「LASH」のボーカル。今秋にはメジャーデビュー予定。
しかし、これはすべて偽装された仮面だった。
裏の顔:冷酷な策略家。
愛里彩は計画的に無実のサラリーマンを痴漢に仕立て上げ、示談金を要求していた。ターゲットは必ず家庭を持つ中年男性。家族にバレることを恐れる彼らは、泣く泣く金を払うしかなかった。
資料によれば、被害者は少なくとも十二人。総額で一千万円以上の不正な利益を得ていると推測される。
なぜそんなことを? 家も金持ちそうだし、アイドルとしても成功している。
『お金が目的ではありません。愛里彩にとって、これはゲーム。他人を支配し、屈服させることに快感を覚える――サイコパスの典型的な行動パターンです』
完全なモンスターじゃないか……。
麗良の心配も分かる。しかし、俺は決意を固めた。
麗良は父親との重要な戦いの最中だ。俺のことまで心配させるわけにはいかない。
自分の問題は、自分で解決する。
横浜市内の高級住宅街。
午後の陽光が石畳の道を照らしている。周囲の家々は、どれも億を超えそうな豪邸ばかりだ。手入れの行き届いた庭園、輸入車が並ぶガレージ。
愛里彩の実家は、レンガ造りの洋風建築だった。まるでヨーロッパの古城を思わせる重厚な佇まい。
「普通にブルジョアじゃないか!」
痴漢冤罪を繰り返してまで小遣い稼ぎをする必要など、まったくない環境だ。やはり愛里彩にとって、これは金儲けではなく娯楽なのだ。
近くの電柱の陰に隠れて、愛里彩の帰りを待つ。春の風が吹き抜け、どこかの庭から花の香りが漂ってくる。
それから約二時間――ついに愛里彩が現れた。
夕暮れの光の中を、ツインテールの美少女が歩いてくる。学校の制服を着て、軽やかな足取り。一見すると、どこにでもいる普通の女子高生だ。しかし、俺にはもう彼女の正体がわかっている。
人の皮をかぶった悪魔だ。
「あら、もう出てきたんだ」
電柱から飛び出した俺を見て、愛里彩は一瞬驚いたが、すぐににやりと笑った。
「ああ、出たさ。誰かさんのおかげで、とんでもない目に遭ったよ」
「そう、その誰かさんには困ったものね」
愛里彩の口調は軽やかで、まったく悪びれる様子がない。
「このアマあああ!!」
俺は怒鳴りながら愛里彩に向かって走り出した。
「キャーこわい! お巡りさん、痴漢よ、逮捕して!」
愛里彩が甲高い声で叫ぶ。その声が高級住宅街に響き渡った。
まずい!
慌てて急停止する。もし本当に警察が来たら、保釈中の身である俺は即座に逮捕される。
「て、てめえ……」
「ふふん、私はか弱い女子高生で、あなたは痴漢容疑で捕まった男。自分の立場がわかった?」
愛里彩は勝ち誇った表情で、俺を見下ろしている。
「それにさ、私、こんなの持ってるのよ」
愛里彩が学校鞄から黒い物体を取り出した。スタンガンだ。先端からバチバチと青白い電流が迸る。
「それで、私に何か用――って、わかってるわ。被害届を撤回してほしいんでしょ?」
「……ああ、その通りだ」
「いやよ。私、怖かったんだから」
「少しお前のことを調べた。痴漢冤罪を繰り返して大金を巻き上げているな」
愛里彩の表情が一瞬変わった。しかし、すぐに元の余裕の表情に戻る。
「証拠はあるの?」
「あ、ある」
「あるなら見せて」
「今、ここにはない」
「そう、嘘ね」
愛里彩は勝ち誇った顔で言った。俺の表情から、嘘を見抜いたのだ。
「……示談にしてやってもいいよ」
「本当か?」
「ええ、五十万」
「はあ? ふざけんなあ!」
「じゃあ、この話はなし。バイバイ~」
愛里彩は手をひらひらと振って、家に向かって歩き始めた。
「待て、待てって!」
「話を聞け。いくらなんでも学生がそんな大金持ってるわけないだろうが!」
「親に泣きつけばいいでしょ」
「親に迷惑はかけられない。冤罪なのはお前が一番わかってるだろうが?」
「はあ~やっぱり学生は貧乏ね。おじさんたちは金払いよかったのに」
やっぱりやってんじゃないか!
「そうね~じゃあ五万円でいいわ」
「本当か?」
「ええ、負けてあげるんだから、他にもしてもらわないとね」
嫌な予感がした。
「無罪の俺にこれ以上何をさせるんだ」
「とりあえず土下座してよ」
「土下座だと!?」
「そうよ。さっきから愛里彩のこと睨んでて、むかつくんだよね」
ふざけるなと言いたかったが、穏便に済ませるためだ。
俺は地面に座り、頭を下げた。石畳の冷たさが膝に伝わる。形だけ、形だけだ。
「これでいいか?」
「まだよ。次は、私の靴を舐めて」
「はあ?」
愛里彩が足を前に出してくる。制服に合わせた黒い革靴が、俺の目の前にある。
こいつ、下手に出ていたら、どこまでもつけ上がってくる。
紫門たちからのいじめに比べれば……自分にそう言い聞かせて、愛里彩の足元まで這っていく。
靴の比較的きれいな部分に、ちょんちょんと舌を当てる。革の冷たい感触と、かすかな土の味。
「こ、これでいいかよお!」
その光景を見た愛里彩はニンマリと満足そうに笑って――
「やっぱりやめた」
「は?」
「愛里彩の気が変わったの。やっぱり五万なんてはした金で示談なんてしないわ」
「てめえ、靴まで舐めさせて、嘘かよ!」
「だからなに?」
完全に舐められている。いや、文字通り舐めたのは俺の方だが。
「悪事をばらすぞ」
「ばっかじゃない。私のバックには、小金沢グループの紫門さんがついているのよ。あんたのような小物がいくらわめこうが、無駄よ」
小金沢グループ! やはり愛里彩は紫門の手下だったのか。
「て、てめええ!!」
「おっと、だめよ。おいたしちゃ」
俺が殴りかかろうとすると、愛里彩がスタンガンで威嚇してくる。
「く、くそ。ご、五十万かよ」
「ううん、百万に値上げした」
「はあ?」
「さっき愛里彩を襲おうとしたから、ペナルティよ」
こいつは……こいつは……
「百万ぽっちで示談できるのよ。いいじゃない。それに比べてサラリーマンのおじさんたちは、金払いいいわよ」
愛里彩は過去の「戦果」を自慢げに語り始めた。
涙を流しながら悔しそうに金を払うサラリーマンたち。家族を養うために必死に働く父親たちが、この悪女のせいでどれほど屈辱を味わったことか。無実なのに、家族にバレることを恐れて、こうして屈辱的に靴を舐めさせられたのだろう。
善良なサラリーマンの人生を狂わせた罪、お前の人生で償わせてやる。
こうなれば最終手段だ。愛里彩のDNAを手に入れなければならない。
しかし、愛里彩はスタンガンを持っている。無理やり髪の毛を抜きに行っても、反撃されたら終わりだ。
考えろ、考えろ……
そうだ、一つだけ方法を思いついた。非常に情けないやり方だが……
「わ、わかった。払ってもいい」
「ふうん、やっと自分の立場を理解できたみたいね」
「ああ、ただやはり百万は高い。で、できれば、条件として……」
俺は意を決して言う。
「靴ではなく、直に足を舐めたい。それなら払ってもいい」
愛里彩は一瞬、何を言われたかわからずきょとんとしていた。その後、腹を抱えてげらげらと笑い出した。
「うひゃっはっははは!! なによ、変態。ああおかしい。愛里彩って魅力的すぎるもんね~わかる、わかるわ」
計画通りだ。
愛里彩はルックスに絶対的な自信を持っている。完全に油断している。スタンガンを鞄にしまい込んでいるではないか。
愛里彩はひとしきり笑った後、靴を脱ぎ始めた。
「ふふ、本当はもっとお金を取ってもいいんだけど……サービスよ」
生々しくソックスを脱いでいき、素足を露わにする。夕日に照らされた白い足が、石畳の上に置かれた。
「はい、足指の裏まで丹念に舐めなさい。愛里彩の足を舐められるなんて、一生の幸運ね」
あとは、舐めながら隙を見て髪の毛を引っ張るだけだ。
愛里彩の親指を口に入れる。悔しいが、全然嫌な臭いがしない。それどころか、この状況に少し興奮している自分に嫌気が差す。
とにかくやるぞ……
舐めながらチャンスを伺う。だが、まだ距離が遠い。もっと近づいてくれれば……。
「なに、さっきからぼーっとしているの。ほらもっと喉の奥まで使ってやるんだよ」
「うぐっ」
愛里彩に足を喉まで突っ込まれて、むせてしまった。
ゲホ、ゲホ!
「なに、むせたの? だらしないわね」
愛里彩がサドっ気を出して俺の顔を覗き込んできた。
これはチャンスだ!
時間が止まったように感じた。愛里彩のツインテールが、目の前で揺れている。夕日を背に、アッシュブラウンの髪が輝いている。
今しかない。
右手が動いた。考えるより先に、身体が反応していた。
指が髪を掴む。絡みつく。そして——
思い切り引いた。
ブチブチブチッ!
髪の根元から毛が千切れる感触が、指先に伝わった。
「いったああ!!」
愛里彩の絶叫が、高級住宅街に響き渡った。さっきまでの余裕の表情が、苦痛と驚愕に歪んでいる。
俺は立ち上がった。握りしめた掌の中に、アッシュブラウンの髪の毛が何本も絡みついている。
これで勝てる。
「何しやがる、てめええ! せっかくブローした髪が!」
「ばあか、ひっかかったなあ!」
舌を出して愛里彩を煽る。
「くそ餓鬼、くだらないことしやがって。もう絶対に許さない。示談なんて絶対にしない。社会的に抹殺してやるよ」
愛里彩は口汚く罵るが、もう気にしない。
「覚えてろよ、悪女!」
愛里彩がスタンガンを取り出そうと鞄に手を伸ばすが、もう遅い。
捨て台詞を吐き、俺はその場から全力で駆け出した。
夕暮れの高級住宅街を、髪の毛を握りしめて走り抜ける。背後から愛里彩の罵声が聞こえるが、振り返らない。
これで、ブレインウォッシュを使える。