その奇跡に魅せられて。 作:あああああ。
どこか遠くで奏でられるピアノの音色。換気の為に開けた窓から流れ込む微風と、柔らかく暖かな日差し。昼時という事もあって睡魔に誘われるこの時間帯。
こんな昼寝にもってこいな時に俺は…──
「…それで、遅れた理由はそれだけ?」
「…ですね。」
「まぁまぁ、しおっちが遅れて来たのにも理由があるんやし、そんな怒らんどいてやりぃよ?」
──…どうして生徒会室で正座させられてんだろうな…。
「何か言いたげな顔をしているわね? 言い訳でも思い付いた?」
「言い訳じゃねぇけど…今回に関しては俺、悪く無くね? 変な奴に絡まれて、気付いたら15分も経ってた訳で…」
「あら? 貴方は20分遅れて来たのよ? 残りの5分は何をしてたのかしら?」
「あー……」
「あんれぇ、しおっちぃ? これは有罪やんねぇ?」
「そう言えば、最近新しく出来た喫茶店があったわよね? 大きなチョコレートパフェが売りだそうよ♪」
「公園前のクレープワゴンじゃ…」
「ダメに決まっとるやん♪」
「…りょーかい。好きなだけ奢るから取り敢えず椅子に座って良いか?」
許可が無くても座るけどさ。なんて事を考えながら手前の席に腰を下ろす。ついさっきまで寝ていたのに、未だに眠気が抜けないのは何故だろう?
大口を開けて欠伸をしていると、右隣に座り直した彼女が呆れた様子で目元を抑えた。
「まったく、何時になったら貴方は遅刻しなくなるのかしらね…」
「この世が終わる頃くらい?」
「本人に遅刻癖を直す気が無いって事はわかったわ…」
「遅刻癖じゃねぇぞ。面倒になって、約束すっぽかして寝てるだけだ」
「だったら尚更たちが悪いわよ!」
「今回は約束のちょっと前に起きたんだぜ? まぁ、二度寝したけどさ」
「貴方ねぇ…!」
我らがポンコツ可愛い生徒会長さんの額にはくっきりと青筋が浮かんでいて、握った拳は行き場を探して震えている。その拳の行き場が俺の脳天では無い事を願うばかりだ。
「もぉー。えりちの事、あんまり揶揄わんといてよ? 拗ねちゃったら大変なんやし」
「別に揶揄ってる訳じゃねぇけどな。…1割くらいは」
「最後までちゃんと聞こえてるわよ!?」
絵里はただでさえポンコツで、更には揶揄った時の反応が面白い。最近のだと玩具のチョコを渡したら本当に口に入れた事とか、怪談話をしたら鏡に映った自分の姿に驚いて腰を抜かした事とか…。こんな感じで挙げたら切りがない。
「なんでそんなにピリピリしてんのさ…。あ、生理とか?」
─ドスッ!!
「…殴んなよ…。横腹は地味に痛いんだぞ…」
「えっち! 変態! そんな事聞かないでって何時も言ってるでしょ!?//」
「何時もの事やけど、デリカシー無いなぁ。それくらいはしっかりせんと駄目やで?」
「うぃうぃ。で、なんで絵里はピリピリしてる訳?」
「別に、ピリピリなんてして無いわよ!」
そっぽ向きながらそんな事を言われても説得力皆無だ。…いや、よく考えたらそっぽ向いてるのって俺の発言が問題かも…?
なぜ機嫌が悪いのかと思い希に目をやると、希は机の上を指差した。
「…あぁ、理由はこれか…」
机の上に積まれた書類の中から一枚、『不受理』の判子が押されたプリントを手に取る。不受理の判が押されているのにどうして生徒会室に置きっぱなしなのかは不明だ。
「あの子達、今日も来たのよ。それも朝から…」
「スクールアイドル部の設立申請、ねぇ?」
「ウチは良い案だと思うんやけどなぁ」
「希!?」
確か部活や同窓会の設立には最低でも5人は必要だ。だと言うのに、このプリントに書かれている名前は3人。最近は5人を下回る部活が増えて来たし、人数が足りなくても何とかなると思ったのだろうか。
それにこの名前…
「やっぱり、さっきの奴らが…」
「さっきの奴ら? もしかして、その3人に会った事があるの?」
「…変な奴に絡まれたって言っただろ。確かそいつ、後ろの二人に“穂乃果”って呼ばれてたなー、って思ってさ」
「なら間違い無くその子達やね〜」
最初は俺が色々と言われている問題児だと気付かずに近付いて来て、気付いても一切怖がらなかった少女。変な奴だと思ったが、それと同時に興味も湧いた。噂や周囲の印象を気にせずに自分で判断出来る奴は大人でも多くない。そう考えると、あのオレンジ頭は意外と芯が通ってるのかも知れない。…いや、ただのバカか。
「スクールアイドル…最近流行ってるみたいだけど、思い付きでどうこう出来る様な事じゃ無いわ」
「と、生徒会としての活動を認めて貰えなかった生徒会長が申しております」
「また殴るわよ?」
「こーわ…。まぁ、絵里の言いたい事も解るけどさ」
「あの子達はダンスとかの経験も無さそうやし、まともな練習プランもこれからみたいやもんね」
「そもそも流行ってるからってそれを初めて廃校を阻止出来るかって言われたら、無理だろうし」
特に説明など必要無いとは思うが一応、念の為。俺達が通っている国立音ノ木坂学院は今、廃校の危機にある。理由は単純に生徒の減少と教員不足。
今の所、三年生は3クラス、二年生は2クラス、一年生は1クラスと言ったように一年ごとに1クラス減っている。このまま行けば来年は0クラス、新入生は無しになりそうだ。
それが数日前の始業式で全校生徒に知らされた。で、絵里はそれを何とか阻止したいと考えている様だが…ぶっちゃけ今のままだと無理だって断言出来る。
理由? …責任感や義務感を感じて廃校を阻止しようとしてる奴が、良い案を思い付くと思うか? 理事長が生徒会の活動を認めないのは、絵里のそう言った所を察しているからだろう。
「でもまぁ、何もしないよりはマシかも知れんけどね」
「カードがそう告げてるんだったわね…」
「希の占いって当たるからな。応援してやったら?」
「絶対に嫌よ!」
「餓鬼か…」
「第一、うちの学院にはスクールアイドルなんて居ないのよ? 『やって見たけど出来ませんでしたー』なんて事になれば、それこそ逆効果じゃない!」
「…一応居たけどな。出来てすぐに解散したけどさ…」
意識の差が大き過ぎて『付いて行けない』と、そう言われた小さな部長の事を思い出しながら小さく呟く。今回のは聞かれなかった様だ。どうせならこっちも聞き取って欲しかったが、まぁ良いか。
「…はいっ、一旦廃校についてのお話は終わろっかね!」
「希?」
「そんな仏頂面で考えてても良い案は思い付かんよ〜? やったらご飯でも食べて、違う話をした方が楽しいやろ♪」
「でも…」
「俺も希の案に賛成。腹減ったし、真面な案すら思い付かねぇしな」
「はぁ…。そうね、このままじゃ時間が無駄になっちゃいそうだし…」
「後でしおっちに奢って貰うパフェでも決めよか? あっ、パフェだけじゃ無くってケーキとかもあるみたいやで♪」
「ふふっ、それは良いわね♪」
「お前らなぁ…」
まぁ、財布が少し軽くなるくらいで許されるなら安い方か。そう思う事にして俺は、持ったままだった部活の設立申請書を、書類の山の一番上に戻した。
高坂穂乃果、か…。一応覚えとくかな…。